アテネちゃんの執事!   作:通行人A'

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Task19:ロード・オブ・ザ・鷺ノ宮〜二つの時計塔〜

 

 

 

 

 

「素朴な疑問をよろしいでしょうか」

「なにか?」

「伊澄さんを探すのはいいとして」

 

 アイルは辺りを見回した後、おもむろに空を見上げた。

 

 

「ここ、札幌なのですが」

「なんでやねんッッ」

 

 スパーンっ。

 心地いい音が、時計台の周囲に響き渡る。冬の北海道の空は、どこまでの清く青く、澄み渡っていた。

 

 

 

 札幌市。人口約200万人、日本の五大都市にも数えられる北海道の道庁所在地であり、国の政令指定都市だ。旧札幌農学校の施設として有名な札幌時計台やサッポロビール博物館、五輪の舞台にもなった大倉山ジャンプスキー台、温泉で知られる定山渓など様々な観光スポットが所狭しと並ぶ。

 中でも最も有名なのは、毎年200万人超の来場者がある「雪まつり」だろうか。市内を横につらぬく大通公園で開催されるその祭りは、職人達の手による息をのむほど美しい氷像達が、足を運ぶモノを圧倒するという。

 

 まあそんなるるぶを斜め読みしたような情報はさておき。

 

 

「伊澄さんのやつ、いくら迷子になるにしても北の大地とはな……遂に海をこえよったか」

「鷺ノ宮家の執事の方は大変ですね」

「一番割に合わない仕事やなぁ」

 

 こめかみを叩きながら、咲夜はため息をつく。

 そんな彼女は、まさか北海道に来ることになるとは思っていなかったのか、ブラウンのジャケットに薄桃色のプリーツスカート。12月の札幌市ではやや心もとない格好だ。

 

「咲夜さん。それでは寒いでしょう、これを」

「え?」

 

 アイルは上着を脱ぐと、そのまま隣の咲夜にそっと羽織らせる。

 

「なんや自分優しいな」

「執事として当然の振る舞いです」

 

 彼は口元に人差し指を当てると、ニコッと微笑む。

 

「それに、このタキシードは特別性です。天王州家の執事御用達ですから」

「ホンマや、なんか妙に暖かいわ」

「周囲の気温や湿度に応じて、その都度快適な体温を維持できるように微調整が可能なタキシードなのです」

「いや凄すぎるやろ!ジャ○キーの映画かっ!」

 

 咲夜はツッコミつつも、しかし満更でもなさそうに執事服を抱きしめるように羽織った。

 なんだかほっこりする光景……かと思ったら。

 

「では、性能も知っていただいたところで」

「へ?」

 

 執事は何事もなかったように、咲夜からサッと上着を取り返す。

 

「ちょ、紳士らしく貸してくれるんちゃうん?」

「いえ、天王州家の執事服を自慢したくて」

「そのために渡したんかいッ!ちょっとキュンとした乙女心返せボケェッ‼︎」

 

 やはり心地よいハリセンの音が周囲に響き渡る。

 

「すみません……咲夜さんがあまりにも小気味のいいツッコミをされるのでついボケを」

「くッ、分かっててもツッコんでまう。悔しいけど、さすがは天王州家の執事と認めざるを得ない」

 

 評価のポイントはそこでいいのだろうか。

 

「まぁ、冗談はさておき。寒いのでこれは着ていてください」

「お、おう……」

 

 改めて咲夜に上着をかけるアイル。彼女は少し戸惑うように執事を見上げる。

 

「けど、自分は寒くないんか?」

「あぁ、天王州家の執事服はあらゆる場面を想定してます。シャツもズボンも優れた気候変動対応をしているんです」

「どこまで技術進歩させる気やねん無法地帯か」

 

 まぁ、そう言う事なら。

 再び、ぶかぶかな執事服をぎゅっと羽織る咲夜。

 

「で、伊澄さんの目撃情報ってどこなんやったか」

「鷺ノ宮家の執事の方によると、札幌駅から大通公園付近とのことでしたね」

 

 2人が現在いるのは、前述した重要文化財でもある札幌時計台の前だ。ローマ数字の大きな丸時計が特徴的な赤い屋根の塔。観光客が物珍しそうに見上げては、写真を撮っている。

 

 因みに札幌の時計のある塔というと、デジタル時計が目立つ巨大な鉄骨の赤いタワーを想像する方も多かろう。あれは「さっぽろテレビ塔」というまた別の名所である。初めて訪れた際には割と混同しがちで、待ち合わせ場所にするには要注意だ。

 

「そんな補足いうとる場合か」

「けど、時計台もテレビ塔も出来た当初は時計がなかったそうですよ」

「いやますますいらんてその豆知識」

 

 アイルはどこから持ってきたのか札幌市案内のパンフレットを四つ折りにして、ポケットへと仕舞い込む。

 

 

 さて。愛沢家にて、来賓であった名家・鷺ノ宮家のご令嬢が迷子になったとの報を受けた一行。

 当然大きな屋敷であるが故、その敷地内で迷子になっているのだろうと当初は事態をそれほど申告に考えず、何なら余裕な心持ちさえしていたアイル。

 

 しかし数十分たっても発見できず、あまつさえ鷺ノ宮家の執事の1人がこんなことを宣ったのだ。

 

「あー、どうやら札幌にいるみたいですね」

 

 目が点になって、瞬きをして、そうしてもう一度尋ねる。何処にいるって?札幌?

 

「北海道の札幌市です。そこで目撃情報が散見されています」

 

 平然とそう言ってのける執事らにやはり目が点。しかし彼らはすぐさまヘリを手配して当たり前のように移動しようとしているではないか。

 

 とはいえ協力しろとの主人の命ゆえ、中途半端に投げ出すわけにもいかずに執事達に引き続き捜索の協力を打診。それでいつの間にやら舞台は北の大地に――

 

 

「よう考えると、ウチらまで札幌来るのそもそもおかしないか?」

「でもそうしないと話が進展しないので、作品的に」

「恐ろしい事さらっと言うなや」

 

 物騒な言動をする執事を小突きつつ、咲夜は改めて周囲を見回す。ニット帽をかぶった女性やマフラーで顔半分を覆った男性らが、時計台周辺でキャッキャと楽しそうにはしゃいでいる。意識してみると、心なしかカップルばかりが周囲には溢れているではないか。

 

「……」

 

 そういえば、今の自分達のこの状況。男性の上着を羽織っている女子とあってはどう見えるのか。気恥ずかしくなったのか彼女はサッと距離を取ることに。

 

「どうされました、咲夜さん?」

「うっさい。執事ならこういう心も機微も察しろっちゅーねん」

 

 理不尽な言い分をぶつけてくる彼女に小首をかしげつつも、さてどうしたものかと息をつく執事。

 

「しかし、時計台(ここ)は人が集まりやすいので、迷子なら足を運んでいてもおかしくないと思ったのですが」

「せやなぁ、それは伊澄さんが自覚しとったらの話や」

 

 どういう意味ですか。怪訝な表情を返すアイルに、彼女は人差し指を振ってたしなめる。

 

「真の強者とは、自身が強者であることを自覚しないという」

「はぁ」

「要するに、や」

 

 一呼吸。白い息を吐き出して続ける。

 

「おそらくアレは、迷子になったつもりはないで」

 

 というよりも

 

「まだ目的地に向かってる最中っちゅー感じやな」

 

 納得するように1人頷く咲夜だが、それはちょっと待ってくれと異議を申し立てる執事の反応も無理からぬ話である。

 

「いえあの、お屋敷におられたんですよね」

「せやな」

「で、今は北海道にいるわけですよね」

「そうや」

「それが迷子じゃないと⁉︎」

 

 そもそも東京にいたのにいつの間にか北海道にいること自体がもう異次元な話なのだが、それに触れるのはもうとうの昔に諦めたらしい。

 

「せいぜい、うっかり遠回りくらいにしか思ってないんちゃうか」

「これ人間の話してます?」

 

 アイルはこめかみを叩いて、目を閉じた。

 

「認識を改めます、こりゃ一筋縄じゃいかない案件か」

「アプデだけで端末容量いっぱいになるかもなぁ」

 

 彼女の執事達の苦労を思うと、めまいがしてくる天王州家の執事であった。

 

 

 

 

 

 鷺ノ宮家。主に温泉旅館や施設事業を展開している家柄で、天王州家や愛沢家にも負けず劣らずの名家中の名家である。そこの1人娘、名を鷺ノ宮伊澄という。腰まで伸びた艶やかな黒髪に、優しげな黒い瞳。彼女が常に身につけている和服姿は、清楚な少女を象徴するトレードマークでもある。

 

 さて、そんな伊澄お嬢様はといえば、

 

「困りました」

 

 大通公園と平行するように、札幌市内を東西に貫く「狸小路」を歩いていた。

 約1キロにも及ぶその商店街には土産屋や飲食店など200軒もの店が連なっている。

 

「会場に行く前に少しだけ外の空気を吸おうと思ったのですが」

 

 見知らぬ場所に出てしまったようですね。

 伊澄は辺りをキョロキョロとしながら、しかし歩みは止めることなく進んでいく。彼女を挟むようにして並び立つお店には、スーツケースを引いた観光客らが忙しなく出入りしている。

 

「ですが、こんな事もあろうかと、対策は万全です」

 

 誰に語りかけるわけでもなくそう呟くと、彼女は着物の裾から手のひらサイズの端末を取り出してみせた。さながら青いネコ型ロボットが秘密道具を取り出すがごとく。

 

「あいふぉん。これさえあれば、咲夜の屋敷に戻ることなど造作もありません」

 

 商店街の真ん中に立っているタヌキのオブジェに満面のドヤ顔を決めると、早速端末を操作すべく――

 

 

 とりあえず真っ暗な画面を見つめてみる。

 

 とりあえず周りにあるボタンらしきものを見つめてみる。

 

 とりあえず裏返して、リンゴのマークを見つめてみる。

 

 そうして少女は、ある一つの結論にたどり着いた。

 

「なるほど……このあいふぉんは壊れて」

「壊れとんのはお前の頭じゃあァァァァッ!!」

 

 スパーンっ。

 景気の良い音を立てて伊澄の頭を叩いたのは、鋭く振り下ろされたハリセンだった。

 頭を押さえながら涙目になった伊澄がおずおずと振り返ると

 

「なんでやねん!なんで電源が入れられへんねん!お前はアレか!?カー○か?考えるのを止めとんのかッ、地球に戻ることができないんか!?」

「さ…咲夜」

 

 呆れ返ったようにハリセンを肩に担ぐ咲夜の姿が。

 

「まったく、年中無休でボケ倒しよってからに」

 

 伊澄は頭をさすりながら立ち上がると、彼女の側にもう一人が駆け寄ってきた。

 

「良かった、心配しましたよ伊澄さん」

「まぁ」

 

 安堵したように息をつくアイルの姿もあった。

 

「貴方は……天王州さんの執事さん。お名前は確か、アイル様」

「覚えていてくださり光栄です。1年ほど前に、パーティーでご挨拶させていただきましたね」

「そういえば」

 

 伊澄は思い出したようにポンと手を打つ。

 

「ところでアイル様、ひとつお聞きしたいことがあります

「一つで、いいんですか?」

 

 こちらは10個くらいありますが。

 

「ここは、どこなのでしょうか」

「北の大地……北海道です」

「まぁ」

 

 全く驚いていないようなぽけーっとした表情で、彼女は目の前の2人を交互に見つめる。

 

「それで、どうしてアイル様と咲夜が北海道に?旅行ですか?」

「ふっ」

 

 咲夜は口元を緩めると、ハリセンを思い切り振り上げる。

 

「オノレをしばきに来たんじゃ!覚悟せぇッ!!」

「咲夜さん落ち着いてっ!ステイステイ!」

 

 今にも飛びかかりそうな咲夜を羽交い締めにして何とか抑える。

 

 肩で息をする彼女を宥めつつ、伊澄にここまでの経緯を簡単に伝える。愛沢家にいたアタナが突如として姿を消したので、慌てて探していたんですよ、と。

 

 

「まぁ、そうでしたか。それはご迷惑をおかけしました」

「いえ、まあそれなりに」

「ですがご心配は無用です」

 

 先程までぽーっとしていた表情を途端にキリッとさせて

 

「少し外の空気を吸いたかっただけです、すぐに咲夜のお屋敷に戻ります」

 

 

 絶句。

 

 アイルは疲れたように乾いた笑いを返し、咲夜にいたっては突っ込む気力もなくなったらしく額を押さえていた。

 

 

「まあ、何にしても見つかってよかったということで」

 

 言いつつ、アイルはどこからともなく取り出した執事服を、伊澄にそっと羽織らせた。

 

「寒いでしょうから、着ていてください」

「まぁ、ありがとうございますアイル様」

 

 そういえば咲夜が既に羽織っているが。

 

「いや自分、もう一枚持ってたんかい」

「執事ですから、こんな事もあろうかと執事服は常に2枚持ち歩いています」

「どんな想定やねんそれ」

 

 そもそもどこから取り出したのか、と聞くのは野暮というもの。執事ですからと返されて終わることは、お嬢様2人もお嬢様ゆえに熟知していた。

 

 

 しかしこれで、執事服を羽織った少女2人と白いワイシャツの男という、なんとも奇妙奇天烈な集団の完成である。

 

「では、伊澄さんの執事の方々に連絡してきます。少しお待ち下さい」

「そやな、伊澄さんはウチが見張ってるさかい、安心してや」

 

 アイルは軽く礼をすると、携帯を片手に電話をかけ始める。

 

 

 

「しっかし、自分迷子でついに海を越えるようになるとはな」

「ですから、私は一息いれようとしただけです」

「こんな一息があってたまるか」

 

 あくまでも迷子であるとは認めないつもりのようだ。しかしその態度にも慣れたモノなのか、咲夜は肩をすくめるにとどめていた。

 

「それはそうと咲夜、私には今回大きな不満があります」

「いや絶対それこっちの台詞なんやけど……まぁええわ、言うてみ」

 

 面倒そうに腕を組みながら促す。

 

「これは到底許されるべき行為ではありません」

「何やねんどっかの弁護士みたいに」

 

 伊澄はふんすっと、明らかに異議ありの表情で語り出した。

 

「まず今回のタイトルを見てください。これは明らかに私がメインの回だと誰もが錯覚します。しかし蓋を開けてみれば咲夜のあざといアピールにスポットが当たる回とは」

「オイ何ドメタで突っ込んできてんねん⁉︎あとアピール言うなッ」

「これは明らかに詐欺に当たります。優良誤認です。消費者庁案件です。断固抗議です」

「ちょまて!優良誤認ったぁどういう意味や!?」

「特に優れているわけではないのに、あたかも優れているかのように偽って宣伝する行為のことです」

「意味を聞いとるんちゃうわッ!誰が劣化版やねん」

 

 小気味のいい掛け合いに、隣で見守っていた執事からはつい笑いが漏れる。いつの間にか連絡は終わっていたらしい。

 

「何笑ろてんねん自分」

「そうですよアイル様」

 

 抗議の視線を向けてくる2人。だが執事は首を振って、優しげに彼女たちを交互に見比べた。

 

「いえ、お二人は本当に仲がよろしいんだなと思いまして」

 

 きょとんとして、思わず顔を見合わせる咲夜と伊澄。

 

「いや、単なる腐れ縁やて。兄弟姉妹みたいなもんや」

「なるほど、私がお姉さんですね」

「断じてそれだけはないわッ」

 

 もう何でもええわ、と咲夜は伊澄の肩に手を置く。

 

「ともかく伊澄さん、もう年貢の納め時やで。大人しく迷子はお家に帰るんや」

「ですから、私は迷子ではありせん」

「まだ言うか自分」

 

 伊澄はきりっと神妙な表情を作って

 

「いつから咲夜家の会場に向かう道に、北海道がないと錯覚したの?」

「素直に間違えたと言えェェッ‼︎」

 

 しきりに騒ぐ2人を、しばらく微笑ましそうに見ていた執事だったが、ふと周囲に視線を戻して……凍り付いた。

 

 

「あの……お二人とも仲睦まじいのは大変結構なのですが」

 

 

 2人のお嬢様がようやく振り返れば、青ざめた執事の顔。そのまま彼の指差す先へと視線を向けると――

 

 

 

「……ここ、洞爺湖なんすけど」

 

 

 3人の眼前には、それはそれは広い湖が広がっていた。

 

 

 

 

 






お気に入り登録、感想、評価、本当にありがとうございます。大変励みになります。最近は時間も作る機会が増えまして、更新頻度も少し上がっております。
今後も不定期ではありますが精進していきますので、何卒よろしくお願いします!

アンケートも回答していただき本当にありがとうございます。拝見させていただいてますが、非常に参考になります。
リクエストなどもございましたら是非!実現可能かはケースバイケースですが、今後の参考にさせていただけたら嬉しいです!


物語の終わり方について

  • エンディングは一つのみが好ましい
  • 各ヒロインのルート分岐などがあっても良い
  • どうでもいい
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