「はぁ」
天王州アテネは、軽くため息をつくや否や、鋭い視線を投げつけた。
理由は明白。目の前で座る男の態度を計りかねていたからである。
丁寧に正座する姿それ自体は真摯な態度を見て取れる。一方で、俯き加減の様子は心ここに在らずといった気持ちが遠慮なく張り付いている。
全くもって、話を聞く態度ではないわね──
長く艶やかな金髪をそっと指を添わせ、巻かれた毛先を弄ぶように撫でつけた。そして咳払いを一つ。
「聞いているのですか、アイル」
少し強めに声をかけて、初めて肩が動くのを確認する。おずおずと上げられた彼の瞳は、やっと焦点があったのか彼女を捉えたようだ。
「失礼、何の話でしたっけ」
彼は地面に敷かれたペルシア絨毯を手で触りながら、能天気な調子を見せている。
椅子に腰掛けていたアテネは、怒りよりも呆れの方が先に来たのか、遂には額を手で押さえつけた。
自身の置かれた状況すら、今思い出したような口振りだ。
「話の最中に居眠りとは良い度胸ね」
「滅相もない。強いて言うなら」
瞑目でしょうか。
その男は、くすんだ赤髪を乱雑に掻きながら、悪びれもなく欠伸を一つ。
彼女は彼をアイルと呼んだ。
年齢で言えば彼女よりもいくらか上の青年だ。しかし言い訳は実に子供じみている。
「聞く気がないという意味では一緒でしょう」
「主人の大切な話を、拝聴放棄する執事がどこにいるというんですか」
「今、目の前に」
わざとらしく紺色のネクタイを締め直す仕草をすると、彼は背筋を伸ばして姿勢を正して見せた。とはいえ正座なのだから格好は付かない。
それでも淡々とした表情にはさしものアテネも苛立ちを隠すことは難しい。ぴくりと眉がつり上がるものの、右手に持った黒い扇子を開いて口元に当て、冷静に息をつく。本題はそんなことではないのだから。
「まぁ、いいでしょう。それよりもこれを一体どう説明するつもりですの?」
「と言いますと?」
「で・す・か・ら」
指差す先には、60インチは優にあるだろう大きなモニター画面。
「それは世界が誇るS●NYの最新モデルで、黒の表現に極限までこだわった8K有機ELの――」
「誰に何の広告をしているのよ……そうではなくて、これです」
アテネは素早くリモコンを手にすると、たどたどしい様子で無数に並んだボタンを眺めて、いや目を細めて睨み付けた。
どうしてリモコンというのはこうもボタンが多いのか。美徳と無駄の判別ができないどこかの政治家のようだと、嘆息したくなる。
「この、録画した番組表を表示するのはどれだったかしら」
「お嬢様……いい加減、その程度の操作は慣れてください」
「ぐッ」
憐れみの混じった声色には思わず反論したくなるものの、本日初めての正論でもあるが故、言葉に詰まるアテネ。彼は差し出されたリモコンを受け取ると、画面に録画一覧をあっさり表示させる。
「で、これがどうしたんです?ディスクに焼く方法ですか」
「違います。事はもっと深刻です」
リモコンを奪い返すと、カーソルを動かして録画一覧を遡っていく。
「私は先ほど、疲れを癒やすため、マキナにお願いして先々週録画していた『○村動物園 最愛のワンコ特集』を観ようとしました」
録画されているのは一覧の下から2番目。
しかし、当該の位置にぴたりとカーソルが止まると表示されていたタイトルは
『シ○・ゴジラ』
「どうしてよッ!!」
我慢ならずに立ち上がってしまった。
「いえ、この前地上波初放送していたものでつい」
「……貴方、子犬たちで癒やされようと思ったら、グロテスクな怪獣が飛び込んできた心境を考えたことがある?」
「確かにあの進化の過程は中々衝撃でしたね」
「えぇ、喧嘩を売ってるのかしらね」
本当に全くこの男は。
にこやかにガンを飛ばすが、アイルはさして気にした様子もない。
「これもある意味生まれたての愛らしい姿ですし、癒やされるような気持ちに」
「全然なりませんわ」
愛らしいのかも怪しい。
「落ち着いてくださいお嬢様、不幸な事故ですからここは一つ穏便に……」
「どこが事故ですか!他意が見え隠れしてなりませんわ」
アテネは閉じたままの黒い扇子を彼めがけて振り下ろす。せめてそのとぼけた表情に苦痛の一撃でも加えてやりたいと。しかし寸でのところで白羽取りが決められると、ぎりぎりと鍔迫り合い状態が続いた。
「確かに一部演出については賛否両論ありますけど俺は好きですよ昔からファンだし」
「何の話をしているのよお前は」
しばらく押して押されてを繰り返していたが、彼は懐から透明のケースに入っている円盤を一枚取り出してみせた。
「一応UHDブルーレイには動画保存しておきましたので、4K対応で」
きょとんとそのケースを見つめて、ぱちくりと数回瞬きを繰り返す。
「ぶるー、れい」
「まぁすごく高性能なDVDの進化形だと思ってください」
「し、知っていますわ!そうではなくて、取ってあるなら先に言っておいてくださいませんこと」
もっともな指摘である。
声を荒げるのに疲れたのか、アテネは深々とため息をついて再び椅子に腰を落ち着けた。
「というか、なに気に最後まで観てるんですね」
「マキナが一緒に見たがったから仕方が無くですわ」
キッと睨みつけると、男は両手を挙げて何でも無いとアピールを返す。
「いい加減書き込むくらい出来るようになったらどーです?マキナだってこのくらい一通りできますよ」
「いいの、そういうのは専門外ですから」
「そうやって嫌なことから逃げ続けてるといつか後悔を」
「お黙り」
余計なお世話だとピシャリ。向こうもこれ以上の突っ込みは火に油を注ぎかねないと直感したのか、辛うじて飲み込んで肩をすくめるにとどめていた。
「それよりもアイル、ヘリの手配をして頂戴。デロス島の別邸に向かうわ」
「了解。機関砲はどーします」
「要るわけないでしょう、戦争にでもいくつもりですか」
「てっきり、本家関係者宅を爆撃するのかと……」
願わくば、この男に鉄槌の一つでも天井から落ちないかと真剣に願いつつ、アテネは小さく息をつく。
「誰かさんのせいで疲れたついでに、幾つか面倒を片付ようと思っただけですわ」
「それは失敬」
送られる皮肉めいた視線を軽やかにかわしつつ、端末を片手にさっと部屋を出て行く執事服。
その後ろ姿を呆れ混じりに見送ると、アテネは窓の外をまじまじと見つめた。前方に映るは、アテナイのアクロポリスの中心、パルテノン神殿をはじめとする遺跡群。
眼下に広がる市街では、遠目からでも観光客と分かる男女らが楽しげに歩道を闊歩している様子がうかがえた。
アロハシャツにサングラスをかけた男性が陽気に笑いながら奥さんと子ども達にジェスチャーをしていれば、親子の女性2人がおしゃれなバッグを手に、左右のお店に目移りをしている。ビーチの帰りか、乾ききらない水着でじゃれ合うカップルの姿も。
「……」
微笑ましい光景だと目を細めるか。あるいは浮かれた光景だと呆れるのか。彼女はどちらでもなく、ただそっとその景色を、人々を見つめていた。
「アテネ、どっか出かけるのか?」
ふと、背中にかかってきた声。
いつの間に入ってきたのだろうか。振り返ると、小さな少年が彼女の方をのぞき込むようにして見上げていた。白い髪にやや褐色の肌、10歳くらいの少年。黒い執事服を身につけているものの、裾はちょっぴり余り、着られている感が否めない。
「えぇ、けれどマキナ。貴方はお留守番よ」
マキナと呼ばれた少年は首を傾げるが。
「その代わり、大人しく待っていたら貴方の好きなハンバーガーを買ってきてあげるから」
「本当か!分かったぞ!」
目をキラキラさせて何度も頷く彼の頭に、優しく手を乗せて、そう諭してみせた。
世界最大規模の資産総額を誇る天王州財閥。唯一の本家令嬢にして、現当主のアテネの元には、大変優秀な従者が──
「お嬢様。バリスタ装備は」
「だから要りませんわッ」
大変風変わりな従者が集う。
これは、彼女たちが紡ぐ語られるはずのなかった物語。
物語の終わり方について
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エンディングは一つのみが好ましい
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各ヒロインのルート分岐などがあっても良い
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どうでもいい