アテネちゃんの執事!   作:通行人A'

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Task21:この世の果てでマンガを叫ぶ少女NAGI

 

 

 少女は知っている。

 

 

 

 世界は必ずしも、少女の味方をしないことを。

 

 

 

「ぬわぁああああ──ッ‼︎」

 

 

 

 舞い散る紙。倒れた椅子。握りしめられたその拳。

 

 ここ、三千院家の別邸に少女の怒号が響き渡ったのは師走も佳境の事である。

 

 

「ナギ、一体なんの騒ぎですか!」

 

 駆けつけたマリアの目に飛び込んできたのは、紙吹雪の中に立ちすくむ、この屋敷の主人、三千院ナギの後ろ姿であった。

 

「人生経験が足りないそうだ」

「はい?」

 

 床に落ちている紙切れを拾う。それはとある雑誌の1ページだった。

 

「まんがで何の賞も取れないのは、人生経験が足らないからだそうだッ」

 

 『総評 今回受賞の逃した人へ』と始まるそのページには、編集部からの一言という項目コーナーに『面白いマンガを描くには人生経験が重要だ』とコメントが添えてある。

 漫画雑誌の受賞者発表のページであることが容易に想像できた。

 

 それを横目に、マリアはやれやれとため息をつく。

 

「一足早く春が来たのだと思いましたわ、頭に」

「うおォい!人をアレな人間扱いするな!」

「この惨状を見てもそう言えますか?」

 

 びりびりに破られた雑誌、乱雑に倒された椅子やティーテーブル。どう見てもアレな人である。

 

「改編期だからって、納得のいかないアニメの最終回に当たっても仕方ないですよ?」

「だから違うわッ。というか、今は12月だろう!」

 

 言いながら、ナギはページの破片を拾い上げてずいいっと彼女に突きつける。

 

「まんがだ!未来ある新人が夢への飛翔の足がかりになる受賞発表のコーナーで、だ!人生経験が重要って、たったそれだけで」

 

 しかし持っていたその破片も宙に放るやいなや

 

「そんな漠然としたアドバイス一言で、新人が育つか──ッ」

「そんな事を私に言われても」

 

 再びの響き渡った怒号にも、メイドさんはつとめて冷静である。

 

「いつものことですが、受賞できなかったからって紙吹雪を起こさないでください」

「むう、しかしだな……こんな投げやりなフォローでは、世紀の名作が生まれる前の読切でお蔵入りというような、世界の損失が起こるかもしれないのだぞ」

「誰に対しての意見ですか、全く」

 

 あちこちに散らばった紙切れを拾いながらやはり呆れたように息をつくメイドさん。慣れた対応からして、今回が初めての騒動ではないらしい。

 

 

 

 部屋を綺麗に整えて、麗らかな午後のティータイムへ。

 紅茶を片手に、ナギは神妙な表情で小さく頷いた。

 

「人生経験、か。確かに足りていない気がする」

「その心は?」

「学校もあまり行かないし、スポーツもしない。かといって生活には困らないし、毎日だらだらしていても何とかなってしまう。これはつまり……」

「ダメ人間まっしぐらですねー」

 

 容赦ないメイドさんの追撃にナギは思わず前のめりに倒れそうになるのを堪えた。反論したいが、口にした事実を俯瞰すると遺憾ながら全く反論できないことはさしもの彼女でも抗いようがない事実であった。

 

「うむぅ、反省すべき点は少なくないかもしれんな」

「風邪でも引いたんですか、ナギが反省なんて珍しい」

「ふん。かの女性実業家メ○リー・アッシュはこう言った。問題解決の第一歩は、問題の存在を認めることであると」

 

 ナギはすっと椅子から立ち上がり、部屋の大窓に目を向けた。

 

「ということで、本日私は大きな人生経験を得るために、マリアのお手伝いをしようと思う!!」

 

 笑顔のまま固まるメイド。

 

「えーとナギ?私今日外出の用があるので出来れば大人しくしていていただけると大変助かるのですが」

「どーいう意味だっ!私が手伝ったら迷惑とでもいうのか」

「はい」

「そこはストレートなのかよ!ちょっとはオブラートに包んであげろよ!」

 

 容赦なく切り捨てるメイド。

 

「だが甘い、侮るなマリア。今回はこれしきでは引き下がらんぞ!」

「侮ってはいませんが、困ってはいますわ」

 

 一時的な思いつきとはいえ、主人の決意は堅いようだ。

 

「あ、良いことを思いつきました」

「む?」

「私がいない間にナギのおもり……ではなくて、ナギの成長のための特別アドバイザーをお呼びしようと思いまして」

「本音隠す気ある?」

 

 マリアはポンと手を叩くと、にこやかな笑顔のまま部屋を出て行った。

 

 

 で、数分後。

 

 

「というわけで、臨時特別アドバイザーのアイルくんです」

「どうもナギお嬢様……微力ながらお手伝いをさせていただきたく馳せ参じ」

 

 いやいやいや。

 執事は慌ててマリアを部屋の隅に引っ張っていく。

 

「ちょっとあのマリアお嬢様?」

「なんでしょう」

「来ておいて難ですが、何故私がここに?」

 

 三千院家の屋敷に突如として召喚されたのは、天王州家の執事アイルであった。来た本人が一番この状況に驚いているらしく。

 

「いえ、この前アイルくんは『どうぞこの身を煮るなり焼くなり使わせてください』と仰ってくださったので」

「多分ですけど言ってないです」

「実はかくかくしかじかで」

「便利ですねその表現」

 

 それは世界のお約束。

 

「事情は分かりましたが、私である必要性が無い気が」

「SPの方々の言うことを聞くとも思えません。そもそもお屋敷内には常駐していませんし」

「いや完全に部外者の自分の言うことなんて、もっと聞かないでしょう」

 

 もっともな指摘であるが。

 

「あと、先程白皇の理事長室にお電話したら『ボロぞうきんになるまでどうぞ使い潰してください』とおっしゃってくださいまして」

「外堀から埋めんでください」

 

 できるメイドならでは、当然のような周到さである。強引とも言える。

 

「そりゃ、マリアお嬢様がお困りになっているのであれば、可能な限りお力にはなりたいですが」

「あら嬉しい」

 

 彼にとってはまだ不義理の後ろめたさも完全には引いていないらしく。全く気にしていない笑顔のマリアとは実に対照的である。

 アイルは息をつくと、軽く頷いた。

 

「分かりました。何回か編集者に化けて出版社に潜入した経験はありますから、付け焼き刃程度でよければ多少はお役に立てるかと」

「またピンポイントな経験ですねそれは」

 

 打ち合わせもそこそこに、ナギの前に戻る2人。

 

 

「なんなのだ?こそこそ……って、お前はあのときのエドモンドではないか」

 

 この前そんな挨拶を彼女にしたようなしなかったような。

 

「エド?」

「あ、いえ。こっちの話なので、お気になさらず」

 

 マリアは小首をかしげるが苦笑交じりに流す。

 

「お前、じじいの暗殺の手立てはたったのか」

「流れるように人を犯罪者に仕立て上げないでください」

「なんだ、いくらでも協力するのに。人手が必要なら遠慮無く言えよ」

 

 実の祖父に対してえらく物騒な暴言を宣うお嬢様をいなしつつ。

 

「して、これがナギお嬢様のマンガですか」

「は!?」

 

 一体全体どこから取り出したのか、執事の手には一冊のノートが。

 

「のォォ、貴様いつの間に!?」

「執事なので」

「答えになってるか!」

 

 言わずもがな、ナギの自作マンガである。目を見開くナギに構わず手早くページをめくっていく。

 

「相当に支離滅裂なストーリーですね」

「な、なんだと貴様!」

 

 勝手にノートを読まれ、あまつさえ第一声が罵倒とは。ナギは烈火の如く顔を真っ赤にして今にも掴みかからん勢い、だったのだが。

 

「き、貴様のようなにわかに、私のマンガが」

「しかし、イラストは上手ですね」

「……え?」

 

 きょとんするナギの前にひざをつき、ノートを広げてみせるアイル。

 

「身体全体のバランスや細かい表情などはよく出来てます、元々絵のセンスはあるのでしょうね」

「う、うむ?」

「それから構図の取り方も悪くないですし、セリフ回しも光るモノがあると思います」

 

 一つ一つ、親身な様子で指摘する執事に、いつの間にか怒りなど何処へその。

 

「しかし、ストーリーは支離滅裂です。ナギお嬢様は大変聡明でいらっしゃいますが、それ故に頭の中だけで物語を咀嚼、理解したまま、アウトプットは要点だけになっている節が散見されます」

「そ、そうなのか?」

「はい。お嬢様は理解力が人よりもはるかに優れていらっしゃる。ですが、読者は初見ですからそうもいきません」

 

 いかに、要点をしぼりつつわかりやすく展開をアウトプットするか。自分の頭の中では理解している流れでも、初見はそうはいかない事の方が多いのである。

 

 アイルは側にあった本棚に目を向けて、いくつかのタイトルに手を掛けた。

 

「ナギお嬢様、こちらの作品などはお読みになったことはありますか?」

「いや、手が届かないので読んだことはないが」

「でしたら、参考になるのでお読みになってください」

 

 では、ひとまず読んでみるか。

 ナギが椅子に腰掛けると同時に、すっと差し出されたのはティーカップ。

 

「オータムナルティーです。集中力が増すと思いますよ」

「お前、いつの間に」

「執事ですから」

 

 口元に人差し指を当てて微笑む執事。ナギもすっかりご機嫌になったようで、黙々とマンガを読み始めた。

 

 

 

「ありがとうございます、アイル君」

「これでしばらくは大人しくなさっていると思いますから、ごゆっくり外出なさってください」

 

 一連の様子を見ていたマリアは、安心したように頷く。かと思えば、じーっと彼の方に何か言いたげな視線を向けていた。

 

「あの。マリアお嬢様?どうかされました?」

「いえ別に。ただ、しばらく見ないうちに随分とキザになったなーと思って」

「いや、キザだなんてそんな」

「天王州さんの手前、格好を付けやすい性格になっちゃうんですかねー」

 

 形式美を重んじる世界に長く身を浸していると自然と立ち振る舞いも整ってくる。それは一方で、劇場チックなキザったらしい性格にも映ってしまうのかもしれない。

 

「これは、職業柄といいますか、えーと」

「ふふ、冗談です」

「……お嬢様」

 

 からかわれていたと知り肩を落とす。ともあれ、これでマリアも気兼ねなく外出ができるだろう。そう楽観していた執事だったが。

 

 

 しかし、彼は侮っていた。

 相手は財閥界の天下布武と名高い三千院家、そのご令嬢。ことがそんな予定通りに進むはずがないのである。

 

 

「なるほど!やはり私は間違っていなかった、人生経験を積もう」

 

 椅子から立ち上がったナギは、高らかにそう宣言した。

 

「え、もうお読みになったんですか?」

「うむ。昨今はコンテンツの消費が激しくなる一方だからな。その流れに置いて行かれぬよう、日々私も鍛えているのだ」

「なんとまぁ」

 

 かなりの分量があったマンガだが、読了に要した時間はわずか1時間。通常の3倍以上のスピードであったことに半ば驚きを隠しきれない。

 

「しかし良い作品だった、中々できたフォローだったぞエドモンドよ」

「いやー」

 

 想定ではマンガを読んでいる時間でマリアの外出が終わるまでがフォローだった、などとは言い出せまい。

 主導権はあっという間にナギに返上されることとなってしまったらしい。

 

 

「では、気合いも十分となったところで人生の経験値を稼ぎにいくぞ」

「人生経験ですか」

 

 人生経験。

 一口に言ってもその意味合いは多種多様である。一般では体験しえぬような事柄を経験することが人生経験と言うことは疑いがないが、ごくごく平凡な日常を送っていてもそれは振り返れば人生経験といえる。要するに立場や環境によって、その意味合いは千差万別ということになる。

 

 

「普段のナギお嬢様の生活は、昼前に起床、ゲームをしながら端末でアニメを消化しつつ不登校を極め、夕方には伊澄さんと自作マンガの話で盛り上がり、夕飯後は深夜アニメを見つつネットサーフィンで5ch巡回……見事に自堕落極まりないですね」

「っておい!なんで私の華麗なる1日のスケジュールを知っているのだ」

「マリアお嬢様から受け取ったメモに平均的な1日の生活が」

「なんの記録をしてるんだアイツは」

 

 メモを奪うとびりびりに破り捨てるナギ。

 

「これは私のごく一部の側面にすぎん。普段はもう少しちゃんとしているぞ」

「1年の6割とのことですが」

「なんの統計?」

 

 ともかく、とナギは大げさに咳払いを数回。

 

「普段はしていないことをして、経験値を稼ぐのだ!」

「でしたら、しばらくネットを辞めるというのはいかがでしょうか」

「却下だ」

 

 即答である。

 

「ネット環境から足を洗い、自然に目を向けることで現代のすさんだ心を癒やせば、普段見えなかったものが見えてくることもありますよきっと」

「甘いな。ネットというのはもう我々にとって自然と同義なのだ、あって当たり前のもの。それを無くすことで得られる経験などは、結局現実に役立つとは考えにくい」

「一理あるようなないような」

 

 腕を組んで思案する執事。どうせ学校に通ってみようと提案したところで、同じく屁理屈を盾に却下されるのは目に見えている。彼女ほど頭の回転が早いと、言い含めるのも一苦労だ。

 

 

「というわけで、マリアが出かけている間に掃除などをしようと思う」

「掃除。へぇ、良いじゃないですか」

「うむ、日頃はすることがない事こそ、やってみて実感しておくことが大切なのだ」

 

 意外だ。自堕落極まりないこのお嬢様が、日頃の感謝をこめてメイドさんの手伝いをしようとしている、そう彼の目には映った。

 これならばマリアもむしろサプライズに喜んでくれるだろう、と。

 

 

 だが彼は知らなかった。このお嬢様の本当の実力を――

 

 

「さて、手頃な応接室から始めるか」

 

 2人は屋敷にある1つの客間へ。

 

「ナギお嬢様、いきなり全てを掃除というのは大変ですから、まずは家具の上、それも軽いモノから始めましょう」

「ふむ、そういうものか」

「ええ、どのみち床にこまかいゴミは落ちますから。床は最後にまとめて清掃する方が効率がいいですよ。例えば銀製のものはこういったシルバーダスターを――」

 

 1つ1つ、丁寧に説明していく執事の伊言葉を、ナギは真剣な面持ちで咀嚼していく。先程のマンガの助言同様、その眼差しは真剣そのもの。

 

 やはりこのお嬢様は頭がずば抜けて良い。執事は改めてそう感じた。一度言ったことは1字1句明確に記憶しているらしく、問い直せばすらりと説明を暗唱してみせる。再度説明する必要がないということが、説明者にとってどれほど楽か。

 

「なるほど、大体要領は分かった。早速実践してみよう」

「では、私は他の用具を持ってきます。先に始めていてください」

「うむ、頼むぞ」

 

 

 10分後。

 

 どうしてこうなった。応接室に戻ったアイルは、目の前の惨状にただ絶句していた。

 

 床に散乱するシャンデリア。真っ二つになった本棚や食器棚。粉々になった銅像や食器などなど。

 戦車でも突っ込んできたのだろうか。あるいは戦闘機でも墜落してきたんだろうか。それにしてはお嬢様は傷ひとつなくよく無事だったなともう色々とツッコみたいことが満載なのだが、そんな胸中を察してかお嬢様はおもむろに口を開いた。

 

「エドモンドよ、経験してひとつ分かったことがある」

「なんでしょうか」

「掃除は……散らかる」

 

 モップを片手に、その戦場に立ち尽くす少女の背中はいつになく大きく見えたという。

 

 

「さて、次にいくか」

「ちょっ、まだ続ける気ですか」

「無論だ。まだ応接室しかやってはいないではないか。水回りやエントランス、庭の清掃などもある」

 

 応接室だけでこの惨状だというのに。

 

 完全に油断していた。そう、このお嬢様頭は良いが、壊滅的に実行能力が不足しているのである。

 理論○=実践○ではない。世の中そんな事はいくらでもあるではないか。

 

「い、一旦マンガの執筆に戻ってはいかがでしょう!今の経験を生かして」

「いや、あえてこのまま突き進んでみよう。集中して一気に片付けることでは○れメタル級の経験値を得てから臨むべき!」

「は○れメタルはもう逃走してます!」

 

 

 執事の制止をむなしく、それでもお嬢様は止まることをしらなかった。

 

「次は皿洗いだな!」

「ああ!銀製の最高級食器がっ」

「今度は洗濯だ、どれ洗剤は私が最高の調合をしてやろう」

「混ぜるな危険!」

「庭の整備は機械に頼ることにしよう」

「ですがドリルは絶対に必要ありません!」

 

 その後の屋敷がどうなったかは、聡明な読者諸君の想像に任せたい。知らぬが仏。世の中、そういった事柄は五万とあるものだ。

 

 

 

 日も傾いてきた夕刻。

 

「もしかして、私は役に立っていないのでは」

「あー」

 

 木々がなぎ倒され、盛り土が山積している庭を前に、少女はかねてからの疑問をようやく口にした。

 もはや目を背けたくなる屋敷の惨状に、文字通り目を背けながら執事は言葉を濁す。

 

「まぁ、物事には得手不得手がありますから。これからゆっくり覚えていけば」

「それは、つまり」

 

 思わず言葉を遮ってしまうナギ。

 

「私は、マンガを描く才能がないということか」

「え、いやそんな事は」

「考えなかったわけではない!」

 

 いつの間にか俯いて拳をぎゅっと握りしめる。

 

「万が一、億が一、地球が爆発するくらいあり得ない可能性だが……受賞できないのは、私にマンガを描く才能がないから、では」

 

 想像したくなかった事実。

 目尻にたまった涙は今にもこぼれ落ちそうで――

 

「才能とは千差万別です」

「む?」

「世の中に存在する人の数だけ、才能というものが存在します。そこに正解はありません」

 

 アイルはハンカチでそっと彼女の涙をぬぐう。

 

「特に絵を描く、話を作る。そういった能力もまた同義です。生まれた瞬間に決まるものもあるかもしれませんが、その後の本人の歩みでいくらでも獲得できる才があります。それは未知数です」

「それは、そうだが」

「おそらく共通して言えることは、描き続けること」

 

 誰になんと言われようとも、自分自身を信じ続けて、描きたいことを描き続ける。時に流れれるかもしれない、時に踏み外すかもしれない。それでも、自分を信じてペンを折ることなく走り続けたその先には、きっと何かが待っている。そう信じて。

 

「その才能の片鱗は、もうお嬢様にも立派に備わっていると思いますよ」

「エドモンド」

 

 微笑む彼を見て、ナギはふっと息をついた。

 

「ふん、格好を付けるな。誰目線の説教だそれは」

「あれ、結構良い事言ったつもりだったんですが」

「一言余計だっつーの」

 

 だが。ナギは口元を緩めてみせる。

 

「その根拠のない才能とやら、この三千院ナギは、まぁ信じてやってもよい」

「それはどうも」

 

 不遜とも言える物言いだが、素直に感謝が言えない彼女なりの礼なのだと、執事はなんとなく感じ取っていた。彼女はいわゆるツンデレらしかった。

 

「それに、ナギお嬢様は大変大きな人生経験をお持ちだと思いますよ」

「そうか?」

「これほどの大きなお屋敷に住まわれていたり、13歳で飛び級なさっていたり。最悪投資だけで食っていける財力もありますし、働かなくても高笑いしながらネオニート街道をばく進できるし」

「後半悪口になってるだろオイ」

「ともかく!これらは通常じゃ得られない経験です」

 

 一般とかけ離れた人生経験という意味では、確かに彼女ほどの例もそう多くはないだろう。

 

「なるほど、人は人の経験、か。無理して積むものでもないという事だな」

「それが分かっただけでも、貴重な経験だったかと」

 

 

 2人がふと空に目を向けると、雲一つない青空にあかね色がじんわりと滲みはじめていた。

 彼女たちを照らす夕日は、思わず目を覆いたくなるほどのまぶさしよりも、どこか温かみのある光を注いでくれている。

 

 

 たまには、こんな夕日も悪くはない。ナギは空を見上げて、そう口ずさんだ。

 

 

 

「それで?いい話で終わりそうな所申し訳ありませんが」

 

 

 その声が聞こえてくるまでは。

 

 

 びくりと肩をふるわせる執事とお嬢様。穏やかな顔つきは一瞬にしてひきつり、後ろから伝わってくる言い知れぬ重圧(プレッシャー)に押しつぶされそうになりつつも。

 

 

「ナギ?アイルくん?」

 

 

 おそるおそる振り返れば、そこには夕日に照らされた美しい女性が1人。

 

 

「この惨状を、説明していただけますね?」

 

 

 それはそれは、とびっきりの笑顔を携えている三千院家のメイドさんであった。

 

 

 

 その後2人に何が起こったかは、聡明な読者諸君の想像に任せたい。知らぬが華。世の中、そういった出来事は五万とあるものだ。

 

 

「重要な人生経験を得たぞエドモンド」

「……その心は?」

「怒ったマリアは、本当に怖い」

「貴重な経験ですね」

 

  

 

 







物語の終わり方について

  • エンディングは一つのみが好ましい
  • 各ヒロインのルート分岐などがあっても良い
  • どうでもいい
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