原作一切関係ないオリジナルの話になります。それっぽい事を言ってるだけなので読み飛ばしていただいても構いません笑
「ふぁ」
煌々と輝く月の下、アテネは込み上げてきたあくびをかろうじて噛み殺した。
さも退屈そうな瞳を瞬かせ、軽く首を振ってみせる。そのままぐっと伸びをひとつ。
「アテネ、眠いのか?まだ7時だぞ」
そんな彼女を心配そうに見上げるのは、執事のマキナだった。
「朝から退屈な挨拶や会議を入れられたから、少しね。けど大丈夫よ」
彼女の背丈より二回りも小さな少年に微笑みかける。しかし彼はポケットから小さな包みのアメ玉をいくつか取り出してみせる。
「ほら、これ食べると元気になるぞ!」
「あら、ありがとうマキナ」
アテネは優しく微笑むと彼の小さな手のひらから、レモン味をそっと手に取った。つつみを解いて口に放り込むと、舌の上で申し訳程度の酸味が広がる。
眠気を吹き飛ばすにはほど遠いが、小さな従者からもらった気遣いは十分胸にしみるものだ。
さても、時は1月3日。
新しい年が明けて、そろそろ70時間が経とうという頃合い。日本でいえば正月三が日、除夜の鐘から始まり、初夢や書き初め、元始祭といった古来の行事目白押しの正月休みが待っているワケだが。
「アテネ、この後はどうするんだ?」
「そうね。少し早いけれど、本邸に戻って休もうかしら」
ここはギリシャの中心都市アテネ。さらにその中心部に位置する国立庭園に、アテネたちは足を運んでいた。
アクロポリスの遺跡群の下に広がる緑豊かなこの公園には、かつての王宮である議事堂や近代オリンピック会場跡のザッペイオン、ゼウス神殿などが集まる。
入り口にずらりと並ぶ大理石の巨大な柱が王宮だったころの名残を思わせる議事堂前で、アテネはもう一度伸びをしてみせた。見上げれば空は雲一つなく、金色に輝く三日月を中心に、星々が煌めきちりばめられている。
「退屈な挨拶回りは1日で終わらせたいわね、こう何日も拘束されてはかなわないわ」
「でも、ちゃんといげんを示さないとダメだぞ。アテネはとうしゅなんだからな、きぜんとしないと」
「えぇ、分かっているけど……アナタ、最近
小言のタイミングとか特に。
「うん、マネしてみたんだ!」
「由々しき傾向だわ、アレに毒されないようにもっと配慮しないと」
無垢な執事に思わず頭を抱えるアテネ。白い綺麗なスーツが少しずつ汚れていくような危機感を感じざるを得ない。
彼女は執事を先導するように歩き始める。
庭園の木々に目を向けながら、ふと逡巡する。ギリシャに戻ってきたのはたかだか2ヶ月ぶりだというのに、どうしてかずっと長いこと日本にいたような感覚がする。故に、ギリシャに帰ってきたという感情よりも、しばらく日本を離れるという気持ち方が強くなっている。
それだけ日本の生活が充実していたのか、あるいはこちらの生活が退屈なのか――
「つまらなそうな顔をしていると、幸せが逃げてしまうよ?」
エーゲ海から夜風にでも乗ってきたのか。そう思わせるほど、優しく透き通るような声にアテネは思わず足を止めた。
「それにもったいない。強く気高い天王州アテネという人間には」
振り返れば、彼女の視線の先には女性が一人。
腰まで伸びたブロンドの髪は月下に美しく照らされ、丁寧にロールされた毛先まで余すことなく艶やかさを強調している。
「セレネさん……」
女性はアテネの前に歩み寄ってくる。
齢にして20代前半くらいか。背丈はアテネより一回り高く、紺碧の瞳は吸い込まれそうなほどに澄み渡っている。
「ごきげんよう、アテネくん。今日は月が綺麗な夜だね」
「えぇ、本当に。明るすぎるくらいですわ」
2人して見上げると、月は煌々と輝いている。
「それにしても、私がつまらなさそうと?」
「私にはそう見えたが、気のせいだったかな」
ふっと口元を緩める女性に、アテネも負けじと笑みを返す。
「その言葉、そっくりそのままお返ししますわ」
「ほう?」
「会議中に居眠りをしていらっしゃったのはセレネさんの方では?」
「ふふ、これは一本取られたな」
セレネと呼ばれた女性は、他人事のように身体を揺らして笑ってみせる。
「クイーンズフォード家の公爵位ともあろう方が、そんな態度でよろしいんですの?立腹されていた方々も少なくなかったように思いましたが」
「構わないさ。あの連中が振りかざす善意に意味なんてない。金を集めることしか頭にないんだからな」
さっと髪を書き上げると、月明かりにブロンドのロングヘアーは煌めいた。さながら月の女神のごとき美しさを想起させる。
「ですが、お金と権力は表裏一体。人はお金がある所に集まるものです。その動機にも一理あるでしょう」
「うん、やはり君は聡いな」
反論されたというのに、セレネは満足そうに笑みを作ってみせた。
「そういえば、今日はあの執事くんは一緒じゃないのかな」
「アイルですか」
アテネは背中に隠れたマキナの頭をそっと手の甲で撫でつつ、軽く首を振ってみせる。
「彼は日本に留守番させています。向こうでの仕事もあったので」
「そうか。久々に」
なにか思案するように口元に手を当てるセレネ。彼女の碧い瞳の奥には一体どんな景色が広がっているのか、想像は容易ではない。
「それはそうと、アテネくん。この前の話は考えてくれたかな?」
「話、ですか?」
唐突な振りに、思わず小首をかしげるアテネ。
「私の元に来てくれないか、という話だよ」
「……その話ですか。冗談でしたら、もう少しユーモアのある話をしていただけません?」
「まさか。私は本気だよ」
ぐっと彼女に近づくと、その右手を取った。
「我がクイーンズフォード家は、君のような優秀な人間を求めている」
スッと口元を緩めて――
「だ、ダメだぞ!アテネはあげないぞ!」
2人の手を引き離したのはマキナだった。彼は精一杯両手を広げてアテネとセレネの間に割って入る。むっとした顔を彼女に向けて。
「おや、これは随分手強そうな
「うぅ」
さも微笑ましそうに笑うセレネに、マキナはやや毒気が抜かれたようにうろたえる。
「ふふ、2人の騎士の間に揺れる君もまた美しい」
「変な言い方は辞めてくださる?」
アテネはため息をつきつつ、大丈夫だと目線で執事に合図を送る。それを受けて、彼はそっとまたアテネの後ろに下がった。
「それに、貴女が欲しがっているのは、本当に私ですか?」
「というと?」
「目当ては、私の執事の方では」
「……ほう」
目を細めてアテネを見つめる。
「どうしてそう思うのかな」
「さぁ。根拠もない、単なる勘ですが」
肩をすくめて軽い調子で返すアテネ。しかし、その瞳はいつにも増して真剣な光を浴びていた。
「確かに、君の所の執事は優秀だ。否、そんな言葉に留めるのは失礼にあたるかな」
「大げさですわ」
「そうかな。出自も血筋も一切関係なく、己の腕一つで、名だたる家柄の連中を黙らせたんだ。天王州家の再興を目に見える形で証明させた」
彼女は夜空を見上げながら続ける。
「
「まぁ、それは」
「素性も分からなかった彼が、己の立場を周囲に納得させるだけの働きをしてみせたことは紛れもない事実だ。そうそう出来ることではないよ」
いささか過大評価のしすぎではないか。
アテネは反論しようと視線を宙にさまよわせたが、残念ながらちょうど良い言葉が見つからなかった。
「それに、なんと言っても主人への愛」
「……は?」
あ然とする彼女に構わず、セレネはつらつらと続ける。
「愛とはつまり、忠誠心。いついかなる時も主人のために尽くすその心が執事には何よりも重要。その点でも彼は申し分ない」
「だいぶ語弊がある気がしますが」
「そんな事はないさ」
アテネは呆れたようにため息をついて首を振る。
「アレに、愛だの忠誠心だのはそんな大げさなものはありません」
「なるほど、君が手放したくないのも分かる」
「勝手な解釈をしないでくださいます?」
そんな反論など気にも留めず、またすっと右手を取ったセレネ。
「しかし、我が家系が君を欲しているのとは別問題だよ。どうだろうか、改めて両家同士の話を考えてみる気は無いかな」
「結構です」
「それは残念」
言葉とは裏腹に、楽しそうに微笑むセレネ。
と、彼女たちに向けてこつこつと近づいてくる足音が。
「公の場で、一体何されてるんですか」
2人がほぼ同時に視線を向けると、赤い髪の青年が怪訝そうな表情を返してきていた。
「アイル、どうしてここに」
目を丸くするアテネに、彼は軽く肩をすくめてみせた。
「正月は学院の動きも完全に止まりますからね。暇つぶしに」
「せめて挨拶にと言いなさい」
「これは失敬」
悪びれる風もなく、軽く会釈をするアイル。そのままくるりと向きを変えて、セレネの方に深々と頭を垂れた。
「新年おめでとうございます、セレネ様。今年もお嬢様共々、何卒よろしくお願い致します」
「丁寧な挨拶をありがとう、執事君」
彼女は薄く笑み返す。
「ついでに、どうかな。君も説得に協力してくれる気は無いかな」
「といいますと?」
「アテネ君を我がクイーンズフォード家に迎え入れたいと思ってね」
アイルは眉をつり上げると、愕然と主人に振り返る。
「え、お嬢様もしかしてそっちの気が」
「そんなワケがあるか」
扇子で頭をはたかれる執事。言うまでもなく、家同士の話である。
「まぁ私としてはそれでも構わないが」
「変な方向に話をもっていかないでくださいます?」
呆れたようにため息をつくと、そのままジト目で執事に圧を送るお嬢様。その赤い瞳は、さっさとこの話を切り上げろと雄弁に語っていた。
「……ご覧の通り。ご主人様が乗り気ではないので、私としても賛同はしかねます」
セレネは腕を組んでなにやら思案顔を作っていたが、ふと顔を上げた。
「仮に、力尽くで略奪しようと言ったら、君はどうする?」
「それは」
言葉を句切って、神妙な顔つきになる従者。
「穏やかじゃないですね」
反面、セレネはたおやかに微笑みを携えることを止めない。余裕の表れのようにも、挑発のようにも見える。いずれにしても、反応を楽しんでいることは間違いがなさそうだ。
「その場合、私は貴女の執事とぶつかるわけですが」
「うん、そうなるね」
じっと、反らすこと無く彼女の視線と真っ向から対峙する。
「止めておいた方がいい」
周囲の空気は一気に冷え込んだように張り詰め、アテネとマキナはぐっと息を飲み込む。
――死にますよ。
「私が」
ガクッとアテネたちは膝から崩れ落ちそうになるのをなんとかこらえた。一体何のためのやり取りだったのか。反面、セレネは心底おかしそうに声を上げて笑う始末。
「やはり、君は面白いな」
ひとしきり笑うと、彼女は一歩、二歩と退いた。
「冗談はこれくらいにして、そろそろお暇するとしよう」
そのままくるりと背を向けて、こつこつと歩き始める。
「また日本に遊びにいくよ。屋台の『おでん』を食べたいからね」
ひらひらと手を振りながら、去って行く後ろ姿に軽く会釈をするアテネたち。
「あ、嵐のような人だったぞ」
「なんだマキナ、随分難しい言葉を使えるようになったんだな」
背中が完全に見えなくなってから、ほうっとため息をついたのは小さな執事だった。
「けど、アテネを奪おうとした。悪いやつか?」
「あの人なりのジョークだよ、気にするな」
頬を膨らませるマキナを、どこか微笑ましく見つめながらアイルは軽く頭を撫でてやる。
「ところでアイル」
「なんでしょう」
と、お嬢様からはジト目が飛んでくる。
「啖呵を切っていながら、あれはどういうことですの?」
「というと」
「執事同士との勝負に負けると、アナタは言い切りましたけど」
そういうことか。自分の専属執事ともあろう人間が、あっさり引いたことに怒っているらしい。家柄の上下関係にも関わってくるので無理もない。
「お嬢様、クイーンズフォードの執事はご存じですよね」
「精鋭中の精鋭と。英国でも広大な影響力をもつ家柄ですから当然かとは思いますが」
腕を組んで近くの柱によりかかるアテネ。
「その精鋭をまとめる執事長が、彼女の専属執事です」
空を見上げると、月はちょうど流れてきた雲に陰っている。
「人はその影すら掴めず、発想は常に常識を凌駕する。型にはまらず付和雷同を嫌い、尾張の大うつけと呼ばれ、天下にもっとも近づいた男」
「途中から人物変わってるじゃない」
「まぁともかく。強さも忠義も、全てにおいて、世界最高峰の執事と言われる人物です」
私ごときが勝てるはずもない。
そう言ってのけるものの、お嬢様は全く納得していないような表情のまま。あんな適当な説明をされればそれはそうだが。
「私は会ったことが無いけれど、お前はあるの?」
「一度だけ。見かけたことがあるだけですが」
アイルは目を細める。
「何というか、オーラがすごいんですよ。こう、人が簡単に触れちゃいけないような。いかにも英国貴族って感じの」
「説明下手か」
「ほら、クラスの陽キャに会ったとき本能的に相手を上と認識して、一歩引いて会釈と愛想笑いしてしまうことがあるでしょ?そんな感じです」
「誰の何の話なのよ……」
陰のモノと陽のモノは対局に位置する存在。相容れない存在でありながら、しかし万物を構成する上では互いになくてはならない表裏一体の存在でもある。森羅万象、陰陽は世界の根幹をなしているのである。何の話?
「もう良いですわ、真面目に話す気が無いってことね」
「大真面目に言ってるんですが」
「それはそれで大問題だわ」
呆れたように息をつくと、柱に預けていた身体をおこすアテネ。
「新年早々、くだらない話をするためにわざわざここまで来てくれたわけ?」
「またそんな」
執事はそっと、アテネの横に。
「お嬢様の顔を見たくなったので来ただけですよ」
「……は?」
およそ柄にもない台詞に、彼女は目を点にする。こんなキザったらしいことを堂々と言う人間だったか。と思ったのもつかの間。
「やはり、お嬢様の不機嫌そうなお顔を拝見しないと、1年が始まらないなぁとふと思い」
「あぁ、そう。ケンカを売りに来たって事ですね」
「ツンデレですか?」
「どこがよッ!!」
渾身のツッコミが公園内に日響き渡った。
「どうかな、彼らは」
そんなアテネ達の様子を、木々に隠れてそっと眺めていたのは――
「君の目にはどう映る?」
先ほど別れたはずの女性、セレネ。
「ミュオン君」
「ここに」
そして、彼女の直ぐそばに、まるで影から這い出てきたように傅く男が一人。
滑らかな銀髪に、漆黒の燕尾服を身にまとったそれは執事と言うよりも、騎士という表現の方が似つかわしいとさえ。
「天王州家のアテネ様ですね。また口説かれていたんですか?」
「うん、残念ながら振られてしまった」
先ほどの毅然とした態度はどこへやら。眉を八の字にしてしょんぼりとした表情をみせるセレネ。
「当然の反応といえば当然でしょう。天王州家といえば日本有数の大財閥です、近年は財政状況も非常に安定しています。向こうがうちと併合する理由は一切ありません」
「むぅ」
ばっさりと切り捨てる男に、彼女は軽く頬を膨らませる。
「強いモノ同士が手を取り助け合えば、さらに強くなるじゃないか」
「子どものような理論を、当然のように家系問題に持って来ないでください」
「それにアテネ君のことは気に入っているんだ」
「より理由が幼児化しましたね」
男はため息をつきつつ、すっと立ち上がる。
「君だって、〝彼〟のことが気になっているのだろう?」
「否定はしませんが」
そっと向ける視線の先。食ってかかるアテネを軽々としたフットワークでからかい避ける執事の姿が。
「10年前、突如として天王州家に現れた男。ありとあらゆる手段を尽くしても、素性が一切分からなかった人物」
「そんな人間は、後にも先にも彼だけだったね」
男は静かにうなずく。
「何よりも、私の〝目〟を持ってしても」
言うが早いか、彼の紺碧の右眼が薄く輝き始めて
「ミュオン」
ぐっと、男の腕をつかむセレネ。
「それはいけない。我々にも曲げてはいけない矜持がある」
「……そうでしたね」
そっと。静かな中にも確かな強制力ももった声が響く。
彼は軽く首を振ると、何事もなかったかのように一歩下がってみせた。
「まぁそれはそうとして、ミュオン君」
「なんでしょうか、セレネお嬢様」
セレネは自信の腹部に視線を落とすと
「おでんが食べたい」
とぼけた調子でそんなことをのたまった。
「では、帰りの飛行機でシェフに作らせましょうか」
「いや、日本の屋台で食べたあの味が良い。あれは家の者にもマネはできない」
男は静かに息をつく。
「公爵位ともあろう方が、庶民の味を好むというのもいかがなものかと思いますが」
「仕方ないじゃ無いか、味覚というのは個性なんだから」
年甲斐も無く瞳を輝かせた無邪気に様子には、男も反論の余地もないと判断せざるをえなかった。
「では、近く日本に向かいましょうか」
「うん、早速スケジュールを立てよう。煩わしい長老どもの会議は全て中止だな」
「それは出席してください」
男はそう言うと、もう一度視線を投げる。しかし今度は返ってきた視線とぶつかった。
遠くにいる赤い髪の執事から、確かに同じような視線が送られていたからだ。
「私も、彼をもっと知る必要がありそうだ」
物語の終わり方について
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エンディングは一つのみが好ましい
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各ヒロインのルート分岐などがあっても良い
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どうでもいい