新年も二回り目となれば、カウントダウンの余韻もそこそこに世間は忙しなさを取り戻してゆく。民間企業では社長が声高に士気を低める挨拶を垂れ、公務員たちは首長の訓辞に欠伸を噛み殺す。証券取引所では大発会の音頭が取られ、世の中が徐々に動き出してゆく。
勿論、それは学生も例外ではない。
だらりとした半平を脱いで、ぬくぬくと潜っていた炬燵から這い出て、心に鞭打ち通学の波に体を滑り込ませるのだ。
「ヒナ、聞いたか。三千院家の新しい執事のこと」
さて、1月も7日目を迎えた白皇学院生徒会室。
書記の千桜は、手元のファイルを棚に戻しながらふと思い出したように口を開いた。
「急にどうしたの、ハル子」
「いや、なんでも高額な賞金首になったそうでさ」
眉をひそめて、新聞に落としていた視線を上げたのは生徒会長のヒナギク。賞金首とはまた一体どこの世界の話なのか。紙面を折りたたんで机に置くと、テーブルの上のティーポットを手に取った。
「花菱から聞いたんだけど、三千院家の遺産を一手に引き受けることになったらしい」
「遺産を?」
「あぁ、遺産が欲しければ自分の命を狙えってな。それで賞金首って話らしい」
「それは、随分思い切った決断ね」
カップにお湯を注ぎながら思案する。誘拐を企んでもあっさり自供するようなうっかりさん、そんな印象だっただけに取り返しの付かない大事に巻き込まれているのではと懸念する。
「確かに、お人好しそうな人だったけど。大丈夫かしら」
「ヒナは会ったことがあるのか」
「ほんのちょっとだけね」
人差し指と親指で小さな間を作ってみせる。
見かけただけで、話したこともないのだから向こうは知らないだろうけど。そう付け加えると、千桜は頷きつつ続ける。
「ただ、聞いた噂だと腕はかなり立つそうだ」
「あら、そうなの?」
「ミサイルやレーザーを照射する巨大ロボットと生身で戦ったり、高速で車より速く自転車を操縦したり、車や列車に轢かれても1コマ後には無傷だったりと巷ではガンダムの生まれ変わりと言われているそうだ。ついでに剣術や重火器の扱いにも長けているとか」
「へぇ……」
どんな噂だ。呆れたように目を細めつつ、カップをもって机に戻る。
ヒナギクはクリスマスイブの夜以来、三千院家には足を運んでいなかった。暫く見かけないうちに随分と話は進んでいるらしい。
「あと100万円するカシミアのコートをボロボロにして寒空の下ずぶ濡れで締め出されたり、勘違いから鷺ノ宮さんのとこに売り飛ばされたりしたこともあるそうだ」
「かなりの不幸体質なのかしら」
言いながら、カップをすする生徒会長。ハーブの香りは、冷静さを保ちつつ考えをうまく整理させてくれる。ヒナギクは窓の外を眺めながら、ぽつりと呟いた。
「そこそこ腕が立つ、ね」
「ヒナ?」
「ううん。少し、手合わせしてみたいなーって思っただけ」
茶目っ気混じりにはにかんでみせる。
「流石だな。戦闘狂の血が騒ぐって事か」
「誰が戦闘狂よ」
タイミングを測ったかのように、生徒会室の扉が開いた。
「話は聞かせてもらったわ。ヒナが暴れ出しそうだって?」
「ちょっと愛歌さん!」
紫陽花色の髪をなびかせ、颯爽と入ってきたのは副会長の霞愛歌だ。腕に抱えていたいつくかの封筒を、テーブルの上にあったレターケースに滑り込ませる。
「これは三千院家の執事君の命もあと僅かですね」
「えぇ。うちの会長は強敵にもひるまず、考える前にまず特攻が持ち味だから」
「人をヤクザの鉄砲玉みたいに言わないで」
わざとらしく咳払いを数回。机の脇にのけていた決済資料を手元に引き戻す。
「そうじゃなくて。剣道部に勧誘できないかなって話よ」
「剣道部?」
「そう。男子は新人戦の結果も振るわなかった事もあって、夏の大会に向けた補強を真剣に考えてるそうなの。3年生が抜けて強かった分、新チームの体制が出遅れたのもあるんだけどね」
千桜と愛歌は顔を見合わせる。
「けど、ヒナは女子の主将だろう?男子の心配なんて」
「あら、私は生徒会長でもあるのよ。男女関係なく生徒全ての応援するのは当然でしょ?」
軽くウインク。なるほど会長の目は生徒全体に向けられている、内心で千桜は首肯した。
以前彼女が、「生徒の顔全てを覚えている」とこともなげに言って見せた事があった。その時は流していたが、存外冗談でもないかもしれない。
「ま、男子の半分以上はヒナ目当ての途中入部だからなぁ。特に1年は全部なんじゃないか」
「剣道がしたいというよりは、ヒナと少しでも同じ空間にいたいだけの子が多いものね」
2人の言葉に僅かに眉の間を曇らせるヒナギク。
「人を客寄せパンダみたいに言わないでよ。皆本気で強くなろうとしてるんだから」
「そりゃ基本的にはそうだろうけどさ」
「基本も応用もなく、そうなのよ」
「はいはい」
知らぬが華とはよく言ったものだ。
「とにかく、男子の方は戦力アップが不可欠!この冬の時期にもし補強もできるなら超したことはないわ、いろんな意味でね」
「それは分かったが」
千桜は思案するように小首をかしげた。
「その執事くんはうちの学院の生徒ではないだろう?」
「それはそうだけど。ナギの執事になったのだし、編入してきたりしないかしら」
「あー、確かに。学院の執事の人は同時に入学や途中編入してくるケースが大抵だからな」
棚から生徒名簿を引っ張り出すと、パラパラとめくり出す千桜。
白皇学院は財閥の御曹司やご令嬢も多く通うマンモス校であるが故、使用人も頻繁に敷地を出入りする。のみならず、年次が近い使用人であれば常に主人のそばにいるべく、一緒に入学して通学するケースも多い。白皇に入学するというのは、執事にとってはステータスの一つでもあるのだ。
「それに、三千院家の執事だったら剣道部に入る確率も高いわよ」
「というと?」
千桜の疑問にすっと口元を緩めてみせる。
「だって、主人さまはうちの剣道部所属だから」
「え、そうなのか」
「ほぼ幽霊部員と化しているけどね」
執事君よりも、ご主人様の復帰の方が重要かもね。苦笑混じりに、そうつぶやくヒナギク。
と、端末の画面に目を落とした愛歌が小さく声をこぼした。
「ヒナ、千桜さん。噂をすればみたいよ?」
一体何の話だろう。目線を交わしつつ、近づいてきた2人に彼女はそっと端末を渡して見せた。
そこではSNSのチャット画面で、教員と思われるアカウントから愛歌にメッセージが送られてるようだ。
『三千院さんから先ほど先生に相談がありました。先生は今猛烈に感動しています、まさか三千院さんから話しかけてくれるなんて。教師冥利に尽きるというモノです。思わず私は号泣していました』
「どれだけ無愛想なのよあの子は」
「まぁまぁ、本題はここからで」
『それはさておき、三千院さんの執事が学院で迷子になっているようです。どうやら一部職員が不審者と勘違いしているようなので、もし生徒会でも見かけたら連絡をしてください』
「なんだかややこしい事になってるみたいね」
「この学校はB○Wのマップ並に広いからなー」
軽くうなずき合うと、ヒナギクはそのまま歩いて行き、部屋のドアに手をかけた。
「先生たちも困ってるみたいだし、
皆さんどうも、お久しぶりです。綾崎です。昨年末から三千院家で執事をやってます。
更新頻度が遅れたこともあって久しぶりに感じますが、まだ執事を始めて2週間くらいしか経っていません。皆さんの世の中ではいろいろな出来事があったかとおもいあますが、こちらも本当にいろいろな事がありました。
大晦日で首都高を自転車で走り抜けて初日の出を見に行ったり、お嬢様のお友達とお笑いの勉強をしたり、迷子の手助けをしたり。レンタルビデオを返しにいったら逆に借金が増えたり。あまつさえ、お嬢様を怒らせてしまいお友達の家の執事になってしまうこともありました。無事、機嫌も直ってまた雇ってくださったのですが。
ある意味借金取りに追いかけられるよりも激動の2週間でしたが、三千院家の相続条件を僕に変えることができたのはひとまず安心でしょうか。まあこの辺の詳細はウェブリかコミックス、もしくはWikで確認してもらえば良いので割愛しますが――
「なんて訳分からないモノローグはもういいか。今はとにかくお嬢様にお弁当を届けないといけないんだ」
茂みの中からひょこっと顔を覗かせたのは水色の髪の少年、もとい執事のハヤテである。
「けど、こんなにお嬢様食べられるのかな。おせちもびっくりな重箱だけど」
ハヤテは右手に持っていた包みを持ち上げてまじまじと見つめる。中身はメイドのマリアお手製の料理が入った特製重箱のお弁当であるが、いかんせん4段重箱と気合い十分。しかし、13歳の女の子にはいささか量が多過ぎはしないだろうか。
「まぁ、今心配するべきはそこじゃないよな」
軽く首を振ると、ぐっと眉間にしわを寄せる。
「ナギお嬢様の執事だと説明したのに、何故かいきなり不審者になっているんだ。おかげで段ボールに入ってスニークミッションをこなすハメになってしまった」
再び茂みの中に身を潜めつつ、彼は周囲の人の気配を探る。足音はまばら、これなら素早く的確に隠れながら移動すれば大丈夫だろう。
しかし、簡単なお使いが一体なんでこんな事になったのか――それは遡ること30分前のこと。
「おお!ここが白皇学院ですか、噂には聞いていたけど大きいなぁ」
そびえる巨大な門を前に、ハヤテは感嘆の声を上げていた。白金の文字で白皇学院と神々しく刻まれた柱の先では、丘をように広がる敷地が彼の眼前を覆っていた。本当にここは学校なのか、前方に見える高い時計塔はともすれば英国のビックベンにも見間違うほどに見事な建造物だ。
さて、門をくぐろうと足を踏み出したところでふと視線を感じた。振り返ると、黒のスーツを着たいかにも柄の悪そうな男達が4,5人、彼の元に近づいて来ているではないか。
「おうおう、テメー綾崎のとこのガキじゃねーか」
「あ、あなた方は」
ハヤテは彼らに見覚えがあった。
「僕の臓器を売りさばこうとした親切な方々の下っ端さん」
「だーれが下っ端だオイ!」
忘れもしない、2週間前に自分を借金の形にどこか未知の世界に売り飛ばそうとしたグループの末端連中だ。
「てめー、俺らが汗水垂らして債権回収している中で、のんきに学校とは良い度胸じゃねーか。ええ?」
「い、いや、そんなつもりでは」
男の一人がハヤテに顔を近づける。
「しかもここ、金持ちばっかりが通う白皇ですぜ」
「ほう、偉くなったもんだなお前。この前まで無一文だったくせに、ロリコンになったと思ったらもう貴族生活かい」
「いや人聞きの悪いこと言わないでくださいよッ!」
ハヤテには断じてそういった趣向はない。今のところは。
「未来永劫無いですってば!」
「一人で何言ってんだお前」
「あ、いえ。何でも」
すると、別の男がハヤテの肩に手を回して肩を組んできた。
「まー、ここで会ったのも何かの縁だ。学校のカフェか何かでちょっと奢ってくれや」
「いやいや、何故僕が」
「いいじゃねーか、臓器を売り合おうとした俺らの仲だろ。つまりオメーはもう俺らのマブよ」
「いやその理屈はおかしい」
だが男達はぐいぐいとハヤテに群がってくる。
「頼むぜ綾崎。俺ら債権回収に失敗してアニキにどやされたばっかなんだよー」
「そうそう、おまけにこいつがハゲなんて口走るもんだからキレ散らかされて帰るに帰れなくてなぁ。な、ちょっとだけ。人助けだと思って!」
「人の臓器をえぐり取ろうとしてたのに何言ってるんですか」
「それはそれじゃん」
そう言われても、自分はここの生徒でも関係者でもないのに勝手にそんな事が許されるわけもない。しかし彼の思惑には関係なく、男たちに肩を組まれて歩かされてしまう。
「待ちな、そこの雑草ども」
「ああ?」
が、そんな彼らの足を止めたのは、女性の声だった。
「誰だテメー。今なんて言った?」
「雑草。アンタら、生徒でも関係者でもないでしょ。んで今許可無く侵入しようしてんだから、それで十分よ」
コツコツと歩いてきたのは、翡翠色の髪の女性だった。シャツにジーパン姿、見た目は20代後半くらいか。
「おうおう、言ってくれんじゃねーか。俺たちが誰だか――」
「うるさい。あたしは今虫の居所が悪いの。給料が減って大変おかんむりなの、もう誰彼構わず殴り飛ばしたい気分なのよ。出来ればアンタらみたいな雑草を滅多打ちにしたいのよ」
言葉を遮って肩をぐるぐると回し、ショートカットの髪をガシガシと乱雑に掻く。しかも、何故か左手には名簿らしき冊子を手にしながら。とんでもなく度胸のある
「今なら見逃してやるから失せな。ここは天下の白皇学院、あんたらが足を踏み入れて良い場所じゃないのよ分かる?」
「て、てめぇ!女だからって調子に乗ってんじゃねーぞ。俺たちが誰だか――」
「二度は言わないわよ。ほらイナゴ共は散った散った」
二の句をつがせない女性の態度に、ついに男達は切れた。
「じょ、上等だコラぁ!!女風情がいっちょまえに、いてこましたるわぁぁぁ」
飛びかかる1人の男。反動で突き飛ばされたハヤテは急いで起き上がる。流石にマズイ、相手は女性1人だ。
が、女性は男の一人の顔をわし掴むと、勢いそのままに地面にたたきつけた。地面をえぐるほどの衝撃が伝わってきたかと思えば、そこには泡を吹いて伸びている男が1人。
「こ、このやろォォォォ!」
「やりやがったなこのアマぁぁぁ!!」
あ然として一歩も動けない他の男達ははっとして、今度は2人いっぺんに飛びかかっていったが、鋭く放たれた回し蹴りがカウンター気味に決まっていた。男達の体内からは聞こえてはいけない、骨と肉がきしむ音が確かにハヤテの耳にも届く。
「こ、こいつ……!」
「ど、どこの組のもんだぁ!?」
そこからはまさに嵐であった。女性が腕を振るえば男が地面をバウンドし、足を薙げば男が弾き飛ばされる。
気がつけば、5人の男がうめき声を絞り出しながら、無残に転がっている状況に。
「アンタ話聞いてたぁ?」
「ひぃ!?」
倒れていた男の一人の首根っこをつかむと、そのまま目線の高さまで持ち上げる。大の男を、いとも容易くだ。
「あたしはねぇ、今すっごく機嫌が悪いのよッ。たった5回の会議の遅刻で、給料も下げられてこんな門番みたいなことまでさせられてるのよッ。おまけに禁酒も命じられて妹に全部没収されるし!もう散々なワケ!」
「あ、あぐ……」
「そりゃ前日に5次会まで行って二日酔いマックスになったのは1ミリくらい反省してるけどねぇ!なにも減給までしなくてもいいじゃない!この門番2週間したら元に戻してくれるっていうけど、その間になんか問題あったら減給続行なわけ!分かるこの私の苦しみがッッ」
男はもう白目をむいて意識が飛びかけているようだ。もはや返事1つもままならない。
「まぁそういうワケで」
女性は男を思い切り放り投げ、残りの4人にもギロリとにらみつける。
「とっとと失せな!まだ身体の感覚があるうちに」
声もなく、這いずるようにして逃げ出した男達。ハヤテはそんな光景を愕然としながら見つめていたが、女性の目が向いているのに気がつく。
「アンタも、あいつらの仲間なら私の目の黒いうちに出ていきなさい」
「ええ!?いや僕は違っ」
「肩組んで侵入しようとしてたでしょ」
そうだった――!
端から見れば、言い逃れできない格好になっていることに気がつく。事情を丁寧に説明すれば、とも考えたが。
「えーと」
どう見ても気が立っている目の前の女性には通用しそうにない。そもそもこの女性が何者なのかも分からない。
ハヤテにはお嬢様にお弁当を届けるという崇高な使命がある。すごすごと帰ってくればマリアさんに怒られてしまう。そんな事は三千院家の執事として許されない。
「すみません、僕は使命がありますのでこれにて!」
「なっ――」
女性の一瞬の不意を突き、ハヤテは目にも止まらぬ速さで駆け抜けた。しばらく呆然としていた女性だったが。
「ちっ、逃がすか小僧!」
女性も慌ててその後をおいかけるのだった。
ちなみに、一連の様子を敷地内から眺めている3人の女子生徒が。
「相変わらず桂ちゃん絶好調だねー」
「てか、あんな暴君を門番に置いといていいわけ?」
「いいんじゃね、我々は安全だし」
泉、美希、理沙の生徒会役員もとい3バカである。
「3バカ言うなッッ」
そんなこんなで。不幸にも不審者に疑われたハヤテ少年はアラートが鳴らないようにしながら、学校の敷地内を密かに移動していたのである。
「なんでよりにもよって、あんなやばそうな人に目を付けられるんだ」
ハヤテは茂みからそっと顔を覗かせる。周囲に人気はなく、どこか雰囲気もひっそりとしていた。ここならば少しは姿を出しても大丈夫か。。
「どうしよう。もしあの女性が学校関係者なら、今頃僕は不審者として報告されているかもしれない」
しかし立ち上がって、周囲を見回すが、遠くの方にあの巨大な時計塔はあるのみで、現在地は不明のままだ。ここまで広大だとは完全に予想外で、地図の一つも持ってこなかったことは悔やまれる。
「綾崎君?」
「ひぃ!?」
唐突にかかってきた声に、肩を震わせて飛び上がるハヤテ。
「すみませんすみません!僕は決して不審者などではなくてナギお嬢様の――って」
あれ?
振り返ったハヤテの目には見覚えのある男性が。それもつい最近お屋敷で。確か名前は
「あ、アイルさん?」
「お久しぶりです」
彼は笑顔で会釈をしてみせる。赤い髪に褐色の肌。漆黒の執事服には深紅のタイがよく目立っていた。
「なんだアイル。お前の知り合いか」
「えぇ。彼が三千院家の執事ですよ、葛葉さん」
一緒にいたらしい女性が、鋭い視線をハヤテに向けてくる。
「君が噂の、三千院家の新しい執事君か」
一瞬たじろいだものの、どうやら怒っているわけではなく、元々そういう目つきのようだ。ピシッとしたスーツ姿の女性は品定めをするように、彼の足先から頭まで目を向ける。
「しかし、こんな場所に隠れているとは。うちの学院に潜入でもしていたのか?」
「い、いやそれは」
違うと言いたいが、結果的には潜入してしまっていたのは事実なワケで。どう言い繕っても嘘を言っているように聞こえてしまいそうだ。
「もしかして、ナギお嬢様にお届けものでも?」
そこで助け舟を出してくれたのはアイルだった。
「そうなんです!お嬢様にお弁当をお届けしようと来たのですが、入り口で門番らしき女性に不審者と勘違いされてしまい」
「門番?」
「えぇ、実は――」
ハヤテはここまでの経緯を簡単に説明した。入り口でヤクザ連中を相手に一騎当千の立ち回りをしたあの女性のことを。
「ユキか、全く仕方のないやつだな」
「まぁまぁ、ちゃんと門番はされていたみたいですし」
女性はあからさまにため息をつき、アイルは苦笑まじりにフォローする。どうやらあの女性は、この2人の知り合いらしかった。
「世話をかけたな。あのバカには私から言っておく」
「い、いえ、こちらこそ不審な動きをしてしまい」
「やつの問題行動は今に始まった話じゃないからな」
女性はハヤテの言葉を待たず、鬱陶しそうに手を振って会話を流す。
「アイル、お前は彼をご主人様の元に送ってやれ。変に騒ぎになっても面倒だ」
「承知しました」
それだけ言い残し、彼女は踵を返して去って行った。あまり長話は好きなタイプじゃないらしい。
2人の執事はその後ろ姿を見送ってから、顔を見合わせた。
「あの方は当校理事の葛葉キリカさんです。彼女に任せておけば騒ぎも収まるでしょう」
「そうでしたか。助かりました、一時はどうなるかと」
「学院側の不備ですから。こちらこそ、ご迷惑をおかけしてすみません」
お互いに丁寧にお辞儀をしつつ。ハヤテはふと気になっていた疑問が頭をよぎる。
「門番らしき女性は、結局何者だったのでしょう」
「彼女はここの教師です、一応」
教師。学業を教える人。学術、技芸などを教授する人。素手でヤクザを地面にめり込ませたり、回し蹴りで弾き飛ばしたりする人をイメージすることは少なそうだ。
「気持ちは分かります。およそ教鞭をとるような方には見えないでしょうから」
「あ、いえ。そういうわけでは」
「白皇は広いので、いろいろな方がいらっしゃるんです」
バツの悪そうに頬を掻くアイル。
「彼女は当校の世界史の教職員なんですが、いささか酒癖と賭博癖が強く、度重なる会議への遅刻で門番の罰則が科されておりまして」
「何らや突っ込んではいけない事情のようですね」
およそ教師に対しての評価ではない気しかしないが。ハヤテは大人しく流すことに。
「アイルさんは白皇で働かれていると言ってましたね。普段はどのような事を?」
「生徒会や理事会のサポートがメインです。生徒と違って授業を受けることはありませんが――」
隠れる必要もなく大手を振って学内を歩けるようになったのでひとまず安堵か。そんなこんなで、2人はしばらく当たり障りのない話を交わしつつ、敷地内を歩いていたが。
「そういえば」
道中、ふと空を見上げて立ち止まったハヤテ。
視線の先には天空を突き破らんばかりに伸びる学院の象徴、時計塔が。
「あの時計塔って?」
「あそこは生徒会がある施設ですね」
「ははぁ。生徒会、ですか」
杉並区ほぼ全部という広大な敷地の中にあって、圧倒的な存在感を放っている。学校の中枢ともいうべき施設なのも納得である。
「いやはや、本当に大きいですよね」
「ド○モタワーくらいあるらしいですからね」
「えぇ、マジっすか!?200m超えてませんかあれ」
ぽかーんと口を開けて、天空の塔を眺める三千院家の執事。そんな彼を横目に、アイルは塔のてっぺんを指差した。
「上ってみます?」
「え、いいんですか」
「基本は関係者以外立ち入り禁止なのですが」
私も関係者の1人ですから。
そっと口元に人差し指を添えて、内緒のポーズで微笑む。その整った容姿に、少しだけドキッとしてしまった僕はハっとする。このときめきは、ひょっとしてもしかして――
「いや物騒なモノローグを入れるなよッ!!」
すすす、と。気がつけばアイルがかなりの距離を取っていた。
「ちょッ、違いますからね⁉︎これは天の声が勝手にッ」
「ははは、時制的にソーシャルディスタンスを意識しようかと思っただけデスヨ」
「武○錬金やソウ○イーターもビックリな棒読み!嘘下手ですかアンタ!」
ハヤテがあたふた両手を振っていたその時だった。
「ふふ、騒がしい人ね。三千院家の新しい執事君は」
「!?」
突如。
透き通るような声が、ハヤテの周囲を包み込むようにして響き渡る。
「だ、誰ですか!?どこから」
「あらあら。見えないのかしら、ここよ。ここ」
右を振り向くが誰もいない。左を振り返るが、アイルしかいない。彼もまた驚いたようにあたりを見回している。
「三千院家の執事ともあろう人が、ご主人様を見つけられず迷子なんて。鍛錬が足りないのではなくって?」
そうか、木の上か。
慌てて見上げると、ビンゴだ。そこには声の主と思われる人影が。
太陽が逆光になっていたが、徐々に目が慣れてくる。そこには桃色の髪をそよ風になびかせた、美しい少女が妖艶に微笑みながらこちらを見下ろして――
「……」
いたのだが。それは想像とはだいぶ違う光景だった。
恐る恐るといった様子で枝に足場にした制服姿の少女――桂ヒナギクが、及び腰で幹にしがみついているではないか。
目が合う。困惑しかないハヤテの視線に、ヒナギクもまた頬を引きつらせて返すしか無い。まるで時が止まったかのように、一切の言葉もなく、ただただ無為な時間だけが流れていく。
「あの。アイルさん、これは一体」
「ふむ」
やっと、ハヤテは視線だけを隣の執事、もといガイドに投げてみる。すると彼はポンと、軽い調子で手を叩いてみせた。
「古今東西。こういった場合にふさわしい言葉がありますよ」
そうして、アイルは笑顔のまま一言。
「次回に続く」
「続くの!?」
一気に飛んで白皇学院です。
原作時系列だと、元旦からわずか1週間で単行本2〜4巻まで進むんですよね。三千院本家に行って、咲夜や伊澄と邂逅し、ワタル達とも出会ってから、鷺ノ宮家に売り飛ばされつつ巨大ロボと戦うという……とんでもない怒涛の1週間だなと、書いていて改めて笑
物語の終わり方について
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エンディングは一つのみが好ましい
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各ヒロインのルート分岐などがあっても良い
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どうでもいい