唸りをあげるように、乾いた打撃音が生徒会室内に響き渡った。
「ほぅ、私の一撃を受け止めるとは……大した奴だ」
目の前の女性がニヒルに笑う。
どこの魔王の台詞だと、ハヤテは内心でツッコミながら冷静に今の状況を俯瞰した。
目の前の教師が床を蹴ったのは僅か一秒にも満たないつい一瞬のこと。
本能的に竹刀を横に寝かせると同時に、ハヤテは受けたこともないような衝撃に襲われた。
竹刀同士の鍔迫り合い。
咄嗟の事とはいえ、男のハヤテが押され気味か。
なんて重い一撃だろうか。
決して油断していたわけではない。
ヤクザ5人をたった1人で殲滅していた光景を目の当たりにして、ただ者ではないとは直感していた。
それでも相手は女性だ。
どこかにケガをさせたらどうしようか、といった遠慮があった。
しかし、現実はどうだ。相手の勢いに押される一方ではないか。
いつの間にか、ヒナギクは離れた壁によりかかり、彼らの様子を静観している。
彼女が「手を抜かずに」といったのも納得だ。
手を抜くどころか、本気でぶつかっても退けられるか怪しいかもしれない。
「って、冷静に考えたら、何故僕はまたこんな事に巻き込まれているんでしょう」
「それは使命と使命がぶつかりあっているからよ、少年!」
竹刀が弾かれ、お互いに距離を取る。
「ちなみに私がこの使命を帯びているのと遅刻が多いのとは無関係よ」
「いや絶対無関係じゃないでしょそれ」
何故かドヤ顔で宣言する雪路。
呆れたように目を細めると、ハヤテはヒナギクの方に視線を向ける。
「あの、桂さん。お姉さんは結構、いやかなりお強いのでは」
「そうね、うちの姉はもう見ての通り残念極まりないけれど。腕は確かよ」
「余計にタチが悪いですね」
次の瞬間、彼は本坊的に下を向く。
懐に入り込むようにして低姿勢の雪路が、竹刀で溜めを作っていた。
「よそ見とは良い度胸ね‼︎」
鋭い突きが彼の胸をかすめる。
すんでの所で回避したが、もうコンマ1秒でも反応が遅れていたら持っていかれていた。
「ったく!これ、バトルものでしたっけ!」
「ちッ‼︎」
ハヤテは崩れた体勢のまま、繰り出された右手首を押し蹴った。
雪路はよろめくようにして後退り、2人はまた距離を空ける。
(なんて反応の早さなの)
壁に寄りかかり、ヒナギクは感心したように腕を組んだ。
彼女がこれまで見てきた男性の中でも、相当超人的な部類に入ることはこの数秒だけでもよく理解できた。
ハヤテは落ち着いて竹刀を構え直すと、青眼に構える。
「三千院家の誇りにかけて、本気でいかせていただきます」
「ふっ、良い覚悟だ。その誇りとやら、粉々にして埃にしてくれよう」
そんな作品の行方知れずな展開を繰り広げている時計塔の下では。
「流石でしたナギお嬢様。環境トップの強さに甘んじず、冷静な展開の把握と相手の一歩先をいく読み、完敗です」
「いや、それはこちらのセリフだぞエドモンド。あのメンツでここまで追い詰められるとはな。読み誤れば私の負けだった。バトルの奥深さを改めて教えて貰った気分だよ」
「いやゲームして遊んでただけだからなお前ら」
堅く握手を交わすアイルとナギ。
そんな様子を呆れたように眺めるのはワタルである。
「というか、何故ワタルまで付いてきているのだ」
「あん?別にお前に付いてきたんじゃねーよ」
ワタルはため息をつくと、親指で時計塔の上をぐっと指して見せた。
「あの借金執事にはレンタル店の件で用があんだよ」
「なんだ、ロ○ト・ユニバースのヤシガニ回でも貸してやるのか」
「オメーと一緒にすんなアホ。そもそもアレは貸出用じゃねーし」
どっちもどっちである。
思っていても当然口には出さない執事であるが。
建物に入ると、荘厳なエントランスホールが3人を出迎える。
煌びやかなシャンデリアに照らされ、真紅のレッドカーペットは艶やかに広げられている。
隅々まで磨かれた銅像や金銀をあしらったインテリアの数々。
「まったく、たかが学校の施設にここまで無駄に豪華に演出するのはいかがなものか」
「オメーの家も大概だろーがよ」
こつこつと足音を響かせながら、エレベーターホールへ。
「けど、どーして生徒会って最上階にあるのだ?連中は一々移動するのに手間だろうに」
「その辺は私も詳しくはありませんが。聞いた話によれば、先代の理事長、つまりは創業者が『高い所から他者を見下ろすことで格差社会の教育になる』と言い放ったらしく」
「十分詳しいから。傲慢な教育論の極地じゃねーかそれ」
ワタルは呆れたようにため息をつく。
「いや、そもそも教育なんてものは傲慢ありきなものだ。ある意味その創業者は達観しているとも言える」
「そういう話をしてるんじゃなくてだな」
3人が乗り込んだエレベーターはすいすいと上階へ。
「唐突ですが、日本で最初のエレベーターはいつ頃出来たかご存知ですか?」
「本当に唐突だな。分からんけど」
「1842年に水戸偕楽園の休憩所「好文亭」に設置された運搬機が最初と言われているな。電動式なら浅草の12階か、事故も多かったからすぐに使用中止になったと聞いているが」
「流石です、ナギお嬢様」
さらりと答えるナギに、執事は満足げに微笑み続ける。
「この白皇は日本で3番目の電動エレベーターが設置されたんです」
「マジかよ」
「ほう。それは知らなかったな」
ナギたちは目をぱちくりしてエレベーター内を見回す。
「当時はまだここまで大きな時計塔はありませんでしたが、7階建の時計塔に整備されたんです。その当時から最上階は生徒会だったそうですが、生徒は怖がって皆階段ばかりを使っていたと記録されてます」
「なるほど、まだ未知の技術だろうしな。無理もない」
「事故とかあったらたまったもんじゃねーしなぁ」
アイルたちが最上階のエレベーターホールに足を踏み入れると、奥からはけたたましい打撃音が響き渡った。
「なんだか騒がしいぞ」
「そのようですね」
続けてドタバタと忙しない足音。というより、地面を蹴りつけるような大きな音が飛び込んでくる。
「議論が白熱しているんでしょうか」
「ふむ、侃侃諤諤というやつだな」
「いや明らかに事件の音だろコレ!なんかあったのか⁉︎」
ワタルを先頭に生徒会室に駆け込むと――
「やりますね!僕のリミットブレイクを防ぐとは」
「そっちこそ!私のオーバーリミットをかわした人間は初めてよ、坊やッ」
目にも止まらぬ速度で竹刀をぶつけ合う教師と執事の姿が飛び込んできた。
執事が薙ぐと、教師が弾き返す。
教師が突くと、執事が受け流す。
そんな繰り返しが、四方八方から。手を変え位置を変え。
ワケも分からず呆然とするナギら一行。
ふと、入口近くの壁に寄りかかってるヒナギクに気がついた。
「おいヒナギク、なんなのだこの状況は」
「あらナギ」
彼女は腕を組んだまま、雪路を一瞥する。
「色々ややこしいんだけど、まーたお姉ちゃんが暴走してね。綾崎君との勝負に勝たないと給料がなくなるって」
「なるほど分からん」
ナギの呆れたようにため息をつくと、ヒナギク同様腕を組んで壁によりかかる。
そんな外野の懸念などどこ吹く風か。
ハヤテと雪路は連撃の応酬から一転、距離を取ってにらみ合う。
「いやいや!冷静に見てないでさ、あの二人止めなくていいのかよ会長」
「次の一撃で決まるわ。ヘタに横やりをいれたら死人が出るかも」
「既にそんな戦いに!?」
気づけば、対峙する2人からは近寄りがたいオーラじみたものが出ているではないか。
ワタルとて、止めなければとは思うものの、確かに今の彼らに入り込む余地がないことは理解できた。
「私をここまで追い詰めたのは給料日と妹以外では君が初めてよ」
「それは喜んでいいんでしょうか」
「一応、名前を聞いておこうかしら」
目を細める雪路に、ハヤテは目線は外さずに小さく息をついて。
「綾崎ハヤテ、夢は3LDKです」
「私は桂雪路。白皇に舞う美しき世界史教師よ、夢は無限の給料」
今更ながらの名乗りを上げて、2人は地面を蹴る。
――いざ!
「はい、そこまで」
あっという間に。
竹刀は、2人の手からするりと抜けてしまった。
「ケガしちゃいますから。せめてちゃんと防具を付けてくださいね」
淡々と彼らを武装解除するのは、いつの間にか間に入っていたアイルであった。
「アイル君!給料がかかった大一番を邪魔する気?」
「桂先生。学校側としてはこれ以上の騒ぎにさせるわけにはいかないんです」
「けど――」
言葉を遮って、携帯端末を見せる。
「うげっ、キリカ先輩」
画面に映った上司――葛葉キリカの表情に、雪路は一瞬で顔を青ざめた。
『ユキ。これ以上学院に迷惑をかけるようなら、永劫門番に任命するが』
「申し訳ございませんでしたぁッ‼︎」
『では、配置に戻れ』
「御意」
画面越しから刺殺さんばかりの視線に、彼女は背筋をピンと正した教師は、そのまま回れ右をして部屋から出ていった。
『悪かったな、三千院家の執事君。あんなのでも、一応ウチの教師でな』
「あ、いえ!僕もつい周りが見えなくなって――」
『ああ、いい。気にするな。それでは』
軽く手を振ると、キリカはそくさくと通話を切ってしまった。
あまり気の長い性格ではないのか、それかよほど忙しいのだろう。
「すげーなアイツ。あの状況をあんなにも簡単に……流石理事長の執事」
「うむ、さながら戦争を止める蒼天の剣のごとくスマートさだな」
「でもあれどっちかというと混乱招いたからなぁ。賛否あるけどさ」
壁際でガン○ム談義に華を咲かせるナギとワタルはさておき。
ヒナギクは申し訳なさそうに、ハヤテの前に歩み寄る。
「ごめんなさい綾崎君。姉の暴走を止められなくて」
「いえ、こちらこそご迷惑を。というか、あれだけパワフルな方だと止めるのも容易ではないでしょう」
「ええ、まぁね」
そんな状況では、苦労が絶えないのも無理はない。
ハヤテも思わず苦笑いを返すしかないわけで。
「しかし、流石ハヤテだ。あの姉を退けた戦闘力は目を見張るものがある」
彼女の後ろからひょこっと顔を覗かせたナギは、どこか満足げに頷いていた。
「あ、お嬢様、すみません遅くなってしまって」
「なーに、ハヤテの愛妻弁当なら待つ甲斐はあるさ」
制作者はメイドさんだが。
「では、お弁当を――って、あれ?」
ハヤテは、右手に持っていたはずの重箱を差し出そうとして、空虚な違和感に首をかしげる。
ほどよい重みが、感触が、ない。
「あの……もしかしてアレ」
ふと、何かに気がついたアイルが指をさす先。
皆の視線もそれにならって向いてくると。
「え」
そこには、地面に落下して、中身がぐちゃぐちゃ出てしまっている重箱があった。
あ然とする一行。
「マ、マリアさんに、くれぐれもよろしくと言われたお弁当が。丹精込めてお作りになっていたお弁当が」
目を点にしたまま膝から崩れ落ちるハヤテ。
「申し訳ございませんお嬢様。本日限りで職を辞させていただきます。探さないでください」
そのまま深々と土下座をするハヤテ。
「い、いや!落ち着けハヤテ!このくらいでクビとかないから、な?まだ食べられるし」
「そうよ綾崎君!悪いのは私たちだから!マリアさんにもちゃんと説明して謝るし、ね?」
慌てて頭を上げさせるナギとヒナギク。
それでも頑なに頭を下げて責任を取るというハヤテを、なんとか説得しにかかっている。
「薄々思ってたけどさ、アイツ。不幸が吸い付いてくるようなヤツだよな」
「顔で笑って心で泣くようなタイプですよね」
そんな様子を生暖かく見守る執事たちだった。
と言うわけで、気を取り直して昼食タイム。
「アイルさん、料理すごく上手ですね!」
「いえ、綾崎君ほどでは。手際と良い味付けといい、プロ顔負けですよ」
「いやぁ、そんな。逃亡生活で年齢経歴偽って潜入したイタリアンとかフレンチで鍛えられただけですよ」
弁当箱はぐちゃぐちゃだったが、それでも中身は全てダメだったわけではない。
無事だった弁当以外は、執事2人が食事をさっと作り、給仕をしつつ生徒会の大テーブルを囲む。
「ふふん!お前たち、喜ぶがよい。ハヤテの手料理を味わえる機会などめったにないぞ」
「なんでオメーが自慢気なんだよ」
いやめちゃくちゃ旨いけどさ。
ワタルは呆れる視線とは裏腹に、箸をしきりに動かしている。
「でもホントに美味しい。流石2人とも執事ですね」
「お褒めにあずかり光栄です」
ヒナギクも目を丸くして、スープをすする。
「これは……私も負けてられないわね」
「いや、その発想はおかしい」
ひそかに瞳の奥に小さな蒼い炎をたゆらせていた。
和やかな空気が流れる白皇の昼。
が、ふとアイルが口にした言葉に、皆の注目が集中することに。
「そういえば綾崎君は、学校には行かれないのですか?」
不意な問いかけに、ハヤテは給仕の手を止めて思案するように視線をさまよわせた。
「えーと、そうですね。しばらく通ってなくて、無断欠席が続いているのでとっくに退学になってるんじゃないですかねー」
へらっと笑うハヤテだったが。
ナギは食事の手を止めて、意外そうな表情を向けた。
「学校ならお前、退学になってたぞ」
「え」
再び目を点にして振り返る執事。
「いや、雇用主としてこの前学校側に確認した時にそう言われたんだが。最近、両親が申請して受理されたって」
もしかして、知らなかったのか?
ナギの問いに、ハヤテは目をぱちくりしていたが。
「あ、あはは。そうだったんですかー。なるほどなるほど。あの両親がやりそうなことですねー」
笑顔を振りまいて、何回か頷いてみせた。
無理をした、痛々しい笑顔なのはいうまでもない。
「あ、ちょっと茶葉切らしているので追加してきますね」
そう言い残して、奥のキッチンへとそくさくと去って行く。
ずしりと重い空気だけを残して。
「お前なんて地雷爆発させてくれてんだっ。食事どころじゃねーぞこれ」
「うるさい!というかフツー本人が知ってるだろこれくらい」
「ちょっと2人とも!まずこの空気をなんとかしないと」
ナギたちは一斉に視線をアイルに向ける。
「エドモンド!ここは一発頼む」
「いや一発て。そう言われてもですね」
「アイルさん、ここは執事の腕の見せ所です!」
「それを言ったら生徒会長も――」
ここで言葉を遮って、彼は人差し指を立ててみせる。
「でしたら、ここの編入試験の提案してみてはどうでしょう」
ナギたちはしばし思案したかと思うと、かみしめるように数回頷いて見せた。
「ふむ。確かに、良いタイミングかもしれんな。マリアも学校の事は気にかけていたし」
「そうね。実はさっき、本人にも学校のパンフレットを渡したところだったの」
「む、そうか。なら話は早いな」
しかし、そこに待ったをかける声。
「いやでも試験って、来週じゃなかったか?時間なくね?」
「まぁ確かに。白皇の編入は簡単ではないですしね」
ワタルの指摘ももっともで。
編入試験は基本的に要求学力が高めに設定されている。ましてここは天下の白皇学院、難度の高い試験が実施されることは言うまでも無い。
「ナギ、彼の学力は大丈夫そう?」
「そこは心配なかろう。なにせハヤテは天才だからな」
断言。
若干、いやかなり根拠のない断言だが、よほど自信があるらしいご主人様。
「お待たせしました――って、お嬢様?どうされました」
ハヤテの前に歩み出たナギは、不適に笑んだかと思うと、ぐっと指を突きつけて。
「ナギ・スプ○ングフィールドが命じる!お前は編入試験を受けろッッ」
「いやそれキャラが混ざ……って、え?」
これはギ○スという名の絶対君主命令。こうしてハヤテは、未知なる戦い『白皇学院入学試験』に挑むことになった。
『そう。白皇の編入試験を』
生徒会室に横付けされたバルコニー。
執事が手にした携帯越しから聞こえてくるのは、
「ナギお嬢様が言うには余裕とのことでしたが。前の学校の成績を見るに、ぎりぎり」
『そう……って待ちさない。何故お前が彼の成績を知っているのよ』
「あーいや、この前学校に忍び込んだ時に、ちょっと」
無言の圧力を感じつつ、
『まぁいいでしょう。それよりアイル。貴方、試験をサポートなさい』
サポートとは。
「つまり、セキュリティサーバーエリアに侵入して試験問題のデータを盗めと?」
『違います』
一蹴するアテネ。
『勉強をみてあげなさいという事よ。可能な限り正統派のサポートをしてあげて』
「ああ、そっちですか、なんだ」
『残念そうに言わないで』
先が思いやられると、憂鬱そうな愚痴が通話口から聞こえてきたがスルーする執事。
『私ももう少しで戻れると思うから、お願いね』
「了解です、15日くらいですか」
『遅くとも、20日までには』
小さな手帳を開くと、書かれている予定を流し読みながらページをめくる。
「彼が白皇の生徒になれば、大手を振って会えますね。日程調整もまた考えましょうか」
『……そう、ね』
妙な間があったことが気になったが、執事はあえて触れずに通話を切った。
物語の終わり方について
-
エンディングは一つのみが好ましい
-
各ヒロインのルート分岐などがあっても良い
-
どうでもいい