「それで、この事態の説明をしてくださる?」
冷ややかな視線が容赦なく浴びせられていることを感じつつ、背筋を伸ばしたアイルは視線だけを明後日の方向に向けていた。
「はて、何のことでしょうか」
「とぼけないで」
視線の主、天王州アテネは理事長室の机に肘をついたまま促すが、彼女自身このこう着状態が崩れることはないように思えた。
「言い方を変えましょう」
やがてため息をついて、背もたれに背中を預けるアテネ。
「昨日、白皇に戻った私に理事会から報告がありました。先週末にサーバーに侵入しようとした不届者がいたそうです」
「存じております」
「そして、直前に情報を掴んだ私が極秘に侵入者捕縛令を貴方に命を出していたと。結果、犯人を炙り出しつつ、サーバーへの被害もなかった」
「はい」
「そんな命指示をした覚えは一切ないのだけれど」
執事は務めて冷静に、姿勢を正したまま返答する。
「年始もバタバタでしたし、ご記憶から溢れていてもいた仕方がないのでは」
「貴方ね……」
呆れたように目を細めるご主人様。
当事者に向けて堂々と嘘を貫き通そうとする姿勢は、つとめて泰然自若と言えるかもしれないが、さもなくば愚の骨頂である。
「いいわ。私の方で推察して見せましょうか」
アテネは黒い扇子を開くと、口元を隠したまま身体を起こす。
「貴方は何らかの理由でセキュリティセンターに不法侵入。サーバールームでまったくの偶然に他の侵入者を発見した。これ幸いと、自分の不法侵入の口実に利用した。私の指示だということで、理事会への牽制もね」
「ふむ」
「侵入の理由は……そうね、ハヤテの編入試験があったから、合格させるために回答のデータをすり替えるため、とか」
まるで隣で見ていたかのような話ぶり。恐るべきその洞察力である。
「確かに私はハヤテのサポートをしてほしいと頼みました。でもそれは貴方に不正をさせる為ではないわ、純粋に勉強を見てあげてというお願いよ」
「あ、いえそれは――」
「もし、貴方が回答データを差し替えて合格させたのだとしたら、今すぐに三千院さんのところに謝罪に行き、一旦合格を取り消して正式な結果で採点し直してもらう、再試験の実施を取り計らいなさい。でなければ、真面目に学業に励んでいる生徒たちに失礼だわ」
射貫かんばかりの強い視線には、さしもの執事も白旗を振らざるをえなかった。
「……分かりました、正直にお話します」
「最初からそれ以外は許していませんわ」
「データをすり替えたのは事実ですが、それは問題のデータです」
怪訝な表情をするアテネに、彼は説明を続けることに。
ハヤテが受けた試験問題が学校側のミスで入れ替わってしまっていたこと。
発覚したときには時既に遅し、試験のデータは送られてしまっていたこと。加えて合格記念パーティーを開催するという気の早い三千院家の状況もあって、再試験をさせるにも難があったこと。
「――というわけで、問題データを彼が受けた試験のものに変えることにしたんです」
「なるほどね」
扇子を閉じると、アテネは再び背もたれによりかかった。
「採点結果は彼の力によるもので間違いありませんから。ま、学校側のミスも隠蔽すれば私も面倒事を回避できると思ったのが本音ですけど」
「……」
「不正は不正ですね」
肩をすくめる執事。
「それは建前でしょ」
「というと?」
「再試験にすれば精神的にハヤテが受かるかは怪しくなるかもしれない、だけど特例で合格許可をさせれば、他の生徒にも申し訳ないし、ハヤテの肩身も狭くなる。学校のミスが露呈すれば、不在だった私の責任も問われて立場が悪くなるでしょうし。身内のミスだから、性格上ヒナも責任を感じるでしょうね」
アテネは淡々と続けつつ、目を細める。
「結局、一番の面倒な仕事を負っているじゃない。周りを庇う為に」
「過大評価だと思いますが……」
「まぁ、いいわ」
椅子から立ち上がると、アテネはつかつかと従者の元に歩み寄る。
「今回のことは不問にします。理事会への報告のままにしておくわ」
ですが。
「次回から、こういう事態のときは必ず報告しなさい」
「それは時と場合が」
「か・な・ら・ず・よッ」
「……善処します」
思い切り詰め寄られてしまえば逃げることも許されない。
彼女のルビーのように美しい瞳も、こういう状況だと怒りに燃えているようにも見えると、ぼんやりアイルは考えていた。それも彼女の美しさだと言えるのだが。
「それで、肝心の侵入者についてはなにか分かりましたか?」
「調査部が聴取していますが、結果は芳しくないようですね」
アイルは報告書を手に、顔をしかめてみせた。
「SNSで顔も名前も知らないヤツから仕事を受けていたみたいで、その経歴は確認したそうです」
「大元は辿れたの?」
「残念ながら。海外サーバーをいくつか経由した捨垢のようです」
そう、と彼女も同様に表情を曇らせる。
「本人も与えられた指示しか把握していないようです。完全な捨て駒らしい」
「厄介ね。指示の内容で目的が分かるのではなくて?」
「普通はそうですね」
ただ、彼は報告書を乱雑に机に滑らせる。
「指示はリアルタイムで来ていたようで。私がヤツを発見した際には、サーバールームに侵入しろ、とまでしか来ていなかった」
「随分と警戒心の強い相手のようね」
「えぇ。どのサーバーを狙ったかも分からずしまいですね、確認できる履歴や侵入の経緯とも矛盾しないし、嘘を吐いてるとは思えません。何よりやつにメリットがなさ過ぎる」
アテネは力なく肩を落とした。
「現状、打つ手はなしということね」
「こちらでも探ってみます。万が一にも生徒に危害が及ぶことはないように」
「えぇ。お願いね」
そっと椅子に座り直した若き理事長は、山のように積み上げられた決済書類の横目にペンを取った。
うんざりするような量の紙を見ると、昨今叫ばれているペーパーレス化を我が校でも本格的に進めなければと決意を改めざるを得ない。
とはいえ、学園関係者がDX化に賛成かといえばそんな一枚岩でもなく、なにより自身が機械に極端に疎いという致命的な欠点がさらに説得への足かせとなっている現状にも忸怩たる想いである。
「それから、報告があと2件ほど」
「なにかしら」
手を止めて、視線だけを上げるアテネ。
「2月のマラソン大会ですが、先の台風などで敷地内の工事が伸びた関係で、今年は中止にしてはどうかと理事会から」
「それは仕方がないわね……うちの学生は喜ぶ人の方が多そうだけれど」
「まぁ、マラソンほど過酷な競技もそうないですからね」
「分かったわ。その方向で進めて頂戴。大会分の内心点などは他の行事で調整しましょう」
アイルは頷いて返すと、別の資料を取り出した。
「で、もう1件。旧校舎に関する案件が」
「旧校舎って、あの?」
「えぇ。何で取り壊されずに残っているのか不思議なくらいのオンボロ廃校のことです」
白皇の歴史は長い。
その説明をし始めると大幅に尺を取るのでここでは省略するが、ともかく長い歴史の中で、校舎を何度か立て直しているうちの一つに、忘れ去られたように残っている旧校舎が一つある。昭和初期から残っている当時といては先進的であった洋館風の校舎だが、今となっては床はボロボロ壁も傷んでいるという典型的な廃屋である。
「取り壊そうとした経緯はあるようなの。歴代の理事長の中で、少なくとも過去に3度は実行に移そうとしたわしいわ」
「へぇ、初耳ですね」
「でも、どれも中止に終わっている」
アテネは手元の冊子をめくりながら、頬杖をついた。
表紙には『理事長ちゃんのれきだい☆にっき!』とピンク色の可愛らしい文字で書かれているが、アイルは敢えてそこには触れず。
「何かしらの圧力でもかかってるんです?」
「圧力……といえば、そうなのかも知らないわね」
「煮え切らない言い方ですね」
答える代わりに差し出された冊子。
開かれたページには月日と数行程度の文字が並べられていた。
いわゆる日記というやつであろう。
3月9日 旧校舎の取り壊しが決まった。迷子の生徒が入り込んで怪我をするなどかねてから危険な廃屋だったため、一刻も早い撤去が急がれるところだ。先代の理事長たちは頑なに触れていなかったみたいだが、一体何があるというのか。
3月14日 ずっと耳鳴りが止まらない。耳元で、ヒタヒタと足音が付いて回ってくるのだ。ヒタヒタ、ヒタヒタ。誰が付いてきているんだ。
「……オヤ○ロ様の呪いでも伝わってるんですかここには」
「何の話?」
3月18日 ヒタヒタが止んだや、今度はブンブンと音が続いている。朝起きても、夜寝ても、ずっとずっと。ブンブンブンブン。何なんだ、何がしたいんだ。旧校舎か、壊すのがいけないのか。やっぱり先代が言っていたことは本当だったんだ。
3月20日 ブンブンブンブン。ブンブンブンブン。音は止まない。毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎n
3月28日 旧校舎の取り壊しを中止したら音がピタリと止んだ。こんなすがすがしい朝を迎えたのはいつぶりだろうか。後世の理事長に記す、決して旧校舎を取り壊してはならない。決して。これは忠告ではない、警告である。
「本当にそんな理由なんすか、超常現象系?」
「どうも旧校舎の祟りと歴代理事長に語り継がれているそうよ、厄介案件として」
合点がいったように1人頷く執事。
「報告の件、旧校舎で夜な夜な不審な声や音が聞こえると。そんな相談が増えてるようなんですよね」
彼は困ったように、報告書を差し出してみせた。
件数はそこまで多いわけではないが、とはいえ無視できるものでもない。
生徒が現に困っているもだから。
「お嬢様なら何とか出来るんじゃないですか?ほら、不思議な力で叩きのめすとか」
「心霊系は専門外よ。除霊とか勝手が分からないわ」
「テキトーにお札でも貼っておけば良いんじゃないですかね」
「それでいいなら世の中霊媒師だらけになるけれど」
ここで、執事は何かを思いついたように手を打った。
「そういうのはやはり、専門家に頼むべきですよね」
「当てがあるの?」
「えぇ、1人だけ」
所変わって。
日本庭園が広がる光景はさながら武家屋敷か。
都内某所一角にある敷地のお屋敷に、アイルは足を運んでいた。
「……なるほど。旧校舎の祟り、ですか」
湯呑みを座卓にそっと置き、鷺ノ宮伊澄は静かに頷いてみせる。
「えぇ。どうも歴代の理事会に伝わる厄介な案件のようでして」
「何月が重なるほど、こういった問題は対処が難しくなることもあります」
「えぇ、そこでスペシャリストである伊澄さんに依頼をさせていただきたく、馳せ参じました」
「それはそれは。素晴らしい慧眼ですね」
褒められて嬉しいのか、瞳をキラリと光らせる伊澄さん。
「分かりました。アイル様にはお世話になりましたし、特別スーパープライズでお受け致しましょう。アフターケアサービスとして1年間のトラブル保証も付けます」
「大盤振る舞いですね」
なんだかパソコンメーカーのセールス文句である。
「因みにトラブルとは?」
「除霊をしたとて、そこは霊を溜め込んでいた場所として他の霊を吸い寄せやすい状態になることがあるのです。頑固な油汚れみたいなものです。時間経過で薄まっていきますので、そこまで心配するものでもありませんが」
「そういった〝汚れ〟をすぐに落とす方法はないのですか?」
「即効性が必要なら結界を張るオプションもありますが、メンテナンスなどの維持費が高額になりますので」
鷺ノ宮家の生業も色々と大変らしい。
「では、夜にまたお迎えにあがりますね」
「いえ、私が夜に学校に行きますので大丈夫ですよ?学校までの道筋は完璧です」
「実は私も伊澄さんのお仕事に興味がありまして」
ほほう。伊澄の瞳がまたキラリと光る。
「是非、身近でその辣腕を拝見したいと」
「仕方がありません。そういう事でしたら同行を許可しましょう」
迷子で学校まで行けるのか心配で。
とは言わないのが大人のお約束。
「それはそうと伊澄さん」
「なんでしょうか」
「今って学校の時間なのでは?」
「……」
そんなこんなで夜。
「ここが旧校舎ですね」
「むむ!」
ボロボロに朽ち果てた洋館を、伊澄たちは見上げていた。
校舎というにはあまりにも雰囲気がかけ離れているというか、Tウ○ルス感染したゾンビたちがうようよしていても違和感がないほどである。
「確かに、中から気配を感じます……」
「中からどころか、そこらじゅうからただならぬ雰囲気が伝わってきますが」
枯れた木々にはカラスが群がりこちらを見下ろしている。
足下には黒猫がうろうろと通り抜け、あげく地面には釘の刺さったわら人形まで転がってる始末。
しかし伊澄お嬢様はさして気にしてはいない様子。
「どうやら、学生時代に剣道部に所属していたものの、最初の夏あたりから山籠りの修行や道場破りを繰り返すようにして幽霊部員化。しかし志なかばで病死。今は失われた青春を取り戻したくて剣道部に固執し続けてる……的な怪異がいると推察されます」
「何やらえらく具体的な怪異ですね……」
「間違いありません」
自信満々に頷く伊澄お嬢様。
さて、洋館の入り口にある赤い扉に近づこうとした時。
「あれ、アイルさん」
不意にかかってきた声に振り返ると、見知った制服姿の女性がこちらに近寄ってきた。
「ヒナギクさん?」
「こんばんは。それに鷺ノ宮さんも、珍しい組み合わせですね」
まさかり、ならぬ竹刀を担いだ生徒会長である。
「どうされたんですか、夜分に。しかも竹刀まで持って」
「あー」
ヒナギクはバツが悪そうに、竹刀の先を地面に下ろした。
「実は生徒会に相談があったんですよ。夜な夜な、旧校舎から変な音がするって」
「それで、わざわざ見回りに?」
「えぇ。もし不審者でもすみ着いてたら大変ですし」
さらりと言ってのけるヒナギク。
「だからって、夜にお一人は危険ですよ。しかもこんな場所ですし」
「まぁ、宿直室で美希たちの試験勉強を見てたんですけど。息抜きをかねてちょっとだけ」
ちょっとだけ、といいつつ武器持参をしているあたり、単騎征伐も視野に入っているようだ。なんとも勇ましい生徒会長である。
アイルはさっと伊澄にアイコンタクトを送る。
このままでは旧校舎に入ることはできない。何とか旧校舎から彼女を遠ざけなくては。
すると、伊澄は小さく頷いてみせた。
ここは私にお任せ下さい、と言わんばかりの力強い瞳で。
「生徒会長さん、ここは危険ですよ」
「鷺ノ宮さん?」
「いくら生徒会長さんでも、ヘタをしたらケガではすみません」
伊澄は夜風にその美しい黒髪を揺らしながら、洋館を見つめる。
幻想的な美しさの中に、神秘的な雰囲気を纏う彼女に、ヒナギクは思わず目を見張った。
「ここ、そんなに危険なの?やっぱり不審者とか」
「いえ、それ以上に危険な存在が蠢いてます」
伊澄はゆっくりと目を閉じて続ける。
「私たちは、それに対処するべくここに来ました」
「……なるほどね」
「はい。ですから、生徒会長さんはお帰りに――」
「だったら、私も一緒に行くわ」
目をぱちくりする伊澄。
「え、え?どうしてですか?」
「危険なんでしょ?だったら生徒の安全を守る立場として、見過ごすわけにはいかないわ」
「え、えーと」
「それに危険だからって引き返すのはプライドが許さないもの」
オロオロと言葉を探す伊澄。
「で、では、実はここは全然危険じゃないんですよー、と言えば」
「そうなんだ。なら安心して見回りができるわね」
にっこりと微笑んで返すヒナギク。
「……アイル様、交渉失敗です」
「まぁ、仕方ありませんね」
こうなっては、もう彼女は引かないだろうことは明らかだった。
困惑する伊澄には、執事も苦笑するしかない。
「生徒会長さんはナギと同じであまのじゃくです」
「なッ、どこがよッ!私あんなに負けず嫌いじゃないわよ!」
「結構良い勝負だと思いますよ」
「アイルさんまで!」
こうして、奇妙な3人組の旧校舎探索が幕を開けたのだった。
今作のヒナギクさんにはパッシブスキル「勇猛+2」が付いております
物語の終わり方について
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エンディングは一つのみが好ましい
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各ヒロインのルート分岐などがあっても良い
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どうでもいい