アテネちゃんの執事!   作:通行人A'

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Task37:シツジの品格③

 

 

 

 見上げれば快晴。雲一つない冬の青空はどこまでも高く、そして遠く澄み渡っている。

 ぴりっと冷えた空気も、この空の下であればむしろ心地よいくらいだ。

 

 こんな日は白皇学院の敷地を歩く、マリアの足取りも自然と軽くなる。

 有名なアニメの主題歌なんかを、思わず鼻歌で口ずさむほどだ。最近彼女の主人が何度も部屋で流しているうちに、頭に残ってしまったので曲名も知らないのだが。

 

「今日は、なんだか良い1日になりそうですね」

 

 ただ、彼女が機嫌が良い理由はもう一つある。

 最近買ったばかりのセーターの着心地がとても良かったのである。

 

 お屋敷では一般的に見れば堅苦しいメイド服姿が常である従者の彼女も、ひとたび外に出れば17歳の女の子。新しい服を買えばすぐに着て外に出歩きたいし、天気が良ければ気分は浮き足立つというものだ。

 

 丁寧に編み込まれたパールホワイトのニットはふんわりと暖かく、それでいて滑らかで軽い心地がする。まるで自分の足取りのようだと、彼女は上機嫌に向けた視線をふと止めた。

 

「あら、アイルくん?」

 

 思わず出た声に、前方を歩いていた人物もまた足を止めて振り返った。

 学校内で執事服という格好は比較的目立つものだ。アイルは一瞬驚いたような表情をしたが、すぐに相好を崩して彼女の元に近寄ってきた。

 

「奇遇ですね、マリア様」

「本当にそうですね」

 

 そう言ってマリアは彼に向けて相好を崩した。

 またどうして白皇に。そう尋ねようと思ったが、彼女の雰囲気がとても楽しげに見えたのが少し気になった。

 

「なにか随分と上機嫌の様ですが、良いことでも?」

「えぇ。新しく買った服が思った以上に良かったので、それで」

 

 彼は私服姿のマリアを見つめて、合点がいったように頷いて見せた。

 真珠色のセーターに、少し長めのキャラメル色をしたスカートは可愛らしさの中に大人びた女性っぽさも醸し出している。

 

「優しい色合いですね、とてもお似合いになられてます」

「あら、お上手ですね。でもその手には乗りませんよ?誰にでも同じようなことを言っているんでしょうから」

 

 困ったように両手を振る様子をみて、「冗談です」と悪戯っぽく微笑むマリア。

 この手の話はどうも旗色が悪い。アイルは軽く咳払いをして、話題を変えることにした。

 

「ところで、どうして白皇(ここ)に?」

「あ、そうでした。ちょうど良かったですわ」

 

 彼女は思い出したようにポンと手を打った。

 

「理事会に届け物をと。帝お爺さまの書類です」

「わざわざマリア様ご自身が?お電話でもいただければ取りに伺いましたのに」

「散歩をしたかったというのもありますから。服も買ったばかりでしたし、お天気も良かったので」

 

 なるほど、とアイルは納得する。

 彼女の言い分はもっともだ。今日はことさら天気もよく、絶好の散歩日和である。

 

「では、私の方で受理します。お嬢様にお渡ししておきますので」

「はい、お願いします」

 

 封筒に入った書類を受け取ったアイルは、腕時計に目を向ける。時刻はちょうど午後3時を回ったところだった。

 

「この後、お茶でもいかがですか?お時間があればですが、せっかく白皇にいらっしゃったことですし、時間があえばお嬢様ともお会いになられてください」

「まぁ、よろしいんですか」

 

 マリアは笑顔で是非にとうなずく。

 

「では、久しぶりにアイル君の給仕を見定めさせてもらいますね」

「目線が審査員みたいですね」

「えぇ、私、こう見えて厳しいですよ?」

 

 同じ従者として、と胸を張るメイドさん。

 お手柔らかにと苦笑しつつ、2人は理事会館の方に歩き始めた。

 

「今日も白皇は平穏ですね」

「えぇ。私たちの時と違って。問題児もいませんから」

「ふふ、牧村さんのことですか」

「ご想像にお任せします」 

 

 クスクスと笑うマリア。

 

 その矢先である。

 近くの剣道場から、ごうごうと漆黒の炎のようなものが空に向けて放たれたのは。

 

 あ然として、その様子を見上げる2人。

 

 続け様に、今度は人が剣道場の上空に打ち上がった。

 よく見れば2人にもよく見覚えのある執事服をきた青年ではないか。竹刀を持った彼はなすすべ無く上空に打ち上がったかと思えば、そのまま道場に向けて落下していった。

 

 やはりその様子を言葉もなく眺める2人。

 

「……あの、なんだか見覚えのある子が見えたような気がしたのですが」

 

 とマリア。

 

「あぁ、綾崎君ですね。変わったアトラクションにでも参加されているのかな」

 

 のんびりとそう言ってのける執事の腕をぐっと抱き寄せるメイドさん。

 

「って、言ってる場合じゃないですよ、どこの世界に黒い炎を打ち上げられるアトラクションがあるんですか」

「いや白皇(ここ)に」

「バカ言ってないで、行きますよ!」

 

 予定変更。

 マリアは半ば無理矢理アイルを引っ張り、剣道場へ向かうのだった。

 

 

 

 

 遡ること数分前。

 

 人間、反応速度にはある程度の限界がある。視覚情報を脳で処理するまでには、体内で一定の手続きが必要になり、それらをショートカットするようなことは基本的にできないからだ。

 

 ともすれば、野々原楓が放つ剣技は、間違いなくその限界を超えていた。

 ハヤテ自身、何故避けられているのかが理解できない程だった。

 

「くッ」

 

 危機本能。

 言葉にすれば恐らくそう表現するであろう、不確かなものを頼りに回避に徹するしかない。

 

「ふむ、受けるのは中々ですね」

「いや……もう正直もういっぱいいっぱいです」

「ふふ、謙遜なのは良いことですよ。綾崎君」

 

 謙遜ではない。

 竹刀を下ろして、足を止めた楓に、ハヤテはやっと落ち着いて一呼吸。息すらろくにできなかったと意識する暇も無かったわけだが。

 

「もう止めてください!僕たちが戦う理由はないはずです!主に僕に!」

「あら、連○のコーディ○ーターみたいなことを言うのですね」

 

 肩で息をする三千院家の執事に対し、頬に手を当てて微笑む東宮家の執事。

 余裕さが段違いだ。これが執事としての格の差なのか、思わず身がすくみそうになるのを必死にこらえる。

 

 とはいえ、周囲からしてみれば2人が高次元の立ち回りをみせていることに違いない。

 剣道部現主将のヒナギクにしてみても、ハヤテの潜在能力には改めて目を見張るものがあった。

 

「やっぱりすごい逸材だわ、ハヤテ君……あの楓先輩にあそこまで渡り合えるなんて」

「ふむ、三千院家の執事は伊達ではないようだね」

 

 外野の氷室はそう言いながら、どこからともなく取り出した一輪のバラを口元に添えてみせた。

 

「しかし、渡り合えてるとは言いがたいんじゃないかな」

「え?」

「あの程度で、果たして野々原君の相手になるかどうか」

 

 武道場中央では、竹刀を青眼に構えた楓がハヤテににじり寄っていた。

 

「では、ここからはちょっとギアを上げていきましょうか」

「ははは、もう十分では?」

「いーえ。もう少し学園バトルものっぽくいきましょう」

 

 そんなジャンルでしたっけこれ。

 そんなツッコミをする間もなく、彼女の竹刀から放たれたのは、巨大な黒い炎。さながら黒い大蛇が大きな口を開けて、炎をまといながら猛然と突進してくるがごとく。

 

「いやマジですか!?」

 

 転がるようにして辛うじて避けたハヤテだが、かすめた執事服は見るも無惨に焼け焦げている。ついでに剣道場の壁にはぽっかりと大きな穴が。

 

「うおおお!さながら異能学園モノの序盤にありがちな展開のようではないか!」

「言ってる場合ですかお嬢様!マジでやばいですってこれ」

 

 興奮したように目を輝かせる三千院家のお嬢様。

 しかし、他の部員らはあ然とその光景を見届けている。主将に至っては、額に手を当てて項垂れていた。

 

「楓先輩、道場を壊さないでって言ったのに」

「はっはっは、野々原くんは熱くなりやすいからね。言うだけ無駄じゃないかな」

「笑い事じゃありませんよ!」

 

 脳天気に笑う氷室。一体この後の片付けを誰がすると思っているのか。

 

「まぁ、執事同士の戦いはまた剣道とは違って、ルール無用の残虐ファイトにもなり得る。必殺技の一つや二つ、飛び出しても何ら不思議ではない」

「執事って」

 

 一体どういう存在なんだろうか。

 考えることを放棄したいヒナギクの憂いなどお構いなしに、2人の執事は力と力のぶつけ合いを止めることなく加速させていく。というよりも、一方的な楓の猛攻をハヤテが辛うじて凌いでいる構図なのだが。

 

「これが、一流の執事の実力ですかッ」

「ふふ、脇が甘いですわね」

 

 一瞬の隙を見逃さず、懐に潜り込まれる。

 

「いかん!ナッ○よけろ――ッ」

「いや僕綾崎で――」

 

 ナギの悲鳴もむなしく。つき上げられた竹刀はハヤテに胸に直撃。

 黒炎にのまれるハヤテは、なすすべなく上空に打ち上げられ、そのまま床に叩きつけられた。

 

「がッ――は」

 

 いや死ぬだろコレ。

 

 そう誰もが頬を引きつらせているが、ハヤテは口元の血を拭いつつも、竹刀を杖にしてよろよろと身体を起こそうとしている。

 

 執事は人間に非ず。部員たちは改めて確信した。

 

「三千院家の執事は腕利きと聞きましたが、期待外れでしたか」

「くっ、野々原さん……なんて強さだ」

 

 一体俺たちは何を見せられているのか。

 この異常な状況、もとい世界観に周囲もようよう冷静になってきた頃合いで。

 

「一体何の騒ぎなんですか、これは」

「む、マリア?」

 

 慌てたように入り口に駆け込んできたのは三千院家のメイドさん。

 

「お前、何故ここに」

「いきなり上空に黒い炎が立ち上ったら、心配で見に来ますよ」

「なるほど、遊園地で増援を呼ぶために空にザ○ルを放ったのは正解だったようだな」

「いや意味が分かりませんけど」

 

 メイドさんは呆れたようにため息をつく。

 そんな彼女をマジマジと見つめるナギ。

 

「というかマリアよ、寝間着で外出とはまた斬新だな」

「お待ちなさい。このオシャレ服が寝間着に見えますか」

「いやだっていつもメイド服だし」

 

 ぐいぐいと詰め寄られる。圧に思わず目をそらすご主人様。

 

「だからって何で寝間着なんですか、私服回だって現時点で原作よりもかなり多いんですから」

「いやお前こそ何の話をしているのだ」

 

 一体私をなんだと思っているのか。

 

「さっきだって似合ってるって褒めてくれたんですから!ね、アイルく――」

 

 マリアが振り返るとそこには誰もおらず――彼女が掴んでいたのは、マネキンの腕だった。

 

「か、変わり身の術!?」

「いやフツーに逃げられただけだろ」

 

 こんなもの何処から持ってきたのか。 

 

「もー、厄介事と践んで逃げましたね」

 

 颯爽ととんずらした執事に恨み言を添えつつ、マリアは再び場内に目を向ける。

 

「で、この状況はなんなんです?」

「見れば分かるだろう、魔界から来た100人の執事たちが、王になるために主人と組んでバトルロワイヤルを繰り広げる。今はその中の一戦というわけだ」

「まったく分かりませんわ」

 

 お手上げとばかりに肩をすくめるマリア。

 

「ハヤテ君が剣道部に興味を持ってくれて、体験入部してもらおうって話になったんですけど」

「なるほど?」

「何故か東宮くんが突っかかって、執事の楓さんと勝負するって流れになってしまったわけです」

 

 こめかみを抑えながら、疲れた表情で近づいてきたのはヒナギク。この道場内の荒れきった惨状を考えれば、頭を抱えたくなるのも無理はない。

 一方、マリアは数回小さく頷いて、納得したように腕を組んだ。

 

「……大方ナギが部に所属していたことを聞いて、運動の楽しさを教えて引きこもりを治そうとおも立ったハヤテ君が、ヒナギクさんとあまりにも距離が近いような雰囲気を出してしまい、部員の方々を反感を買ってしまった、という所でしょうか」

「お前、前回のあらすじを今更ここで振り返るなよ」

「あら、何も聞こえませんわ」

 

 メイドさんの理解力と洞察力は関ブランドの三徳包丁のごとく鋭いのである。

 

「それから安心してください。施設の修理は全て私が理事会に言っておきますから」

「あ、ありがとうございます、マリアさん!」

 

 マリアの頼もしい言葉に思わず両手を包み込むようにして握るヒナギク。

 この中で唯一にして、絶対的な味方はもはや彼女しかいない。そう確信して良いくらいの心境であったという。

 

 

「さて淑女諸君。盛り上がっているところ申し訳ないが」

「え?」

 

 氷室の視線を向ける先。

 武道場の中央では、今にも竹刀から大技を繰り出そうとしている楓と片膝をついているハヤテの姿が。バトルはいつの間にかクライマックスを迎えようとしているらしい。

 

「ハヤテ、負けるな!私が付いているぞ」

「思い切りよそしていた主人がいう台詞でしょうかねー」

「う、うるさい!」

 

 お嬢様の必死の檄が飛ぶ。

 しかし、敵は悠長には待ってくれない。

 

「さて、次の奥義で、決着とさせていただきましょう」

「なにか手は……」

 

 楓がゆらりと竹刀を構える。

 マズイ、これ以上あの技を食らっては負けは確実。お嬢様の前で無様な敗北を喫すること、これすなわち、お嬢様の剣道部復帰の可能性の消滅、ひいては将来のネトゲ廃人ルートの確定を意味する!そんな事は許されない――

 

 

「執事たるもの」

 

 刹那。

 彼の耳に聞こえてきたのは、氷室の独り言だった。

 

「転がっているゴミを見逃すようでは、一流とは言えないですよ」

「え」

 

 そう言い残して、踵を返して歩き出す氷室。

 

 転がっているゴミ?

 ハヤテは一瞬で周囲に視線を巡らせて、目を見開いた。そうだ、これしかない。 

 

 

 最後の力を振り絞って、低姿勢から一気に横に駆けるハヤテ。

 

「逃げようとしても無駄ですわ!」

 

 同時に、楓の竹刀が振り下ろされる。

 竹刀から放たれた黒炎は獲物を絞め殺す蛇のごとく、渦を巻きながら彼を瞬く間に飲み込んでしまった。

 

「ハヤテ!」

 

 炎に包まれる人影に、ナギたちはあっと息を呑む。

 が、ヒナギクは首を振って指さした。

 

「いえ待って!違うわ、あれは――」

 

 炎の渦が解かれたその先。目を回しながら姿を現したのは執事服の青年――ではなく、胴着を身につけた男子生徒。

 

「東宮くん!?」

 

 この決闘の元凶にして、早々に退場していたはずの東宮であった。

 

「まぁ、変わり身の術ですわね」

「お前それが言いたいだけだろ」

 

 何故か嬉しそうに両手を合わせるマリアはさておき。

 

 

「な、坊ちゃま!?」

 

 想像だにしていなかった事態に、楓は思わず手を止めてしまう。

 

 

 わずか1秒足らず。意識がほんの少しハヤテから逸れた。

 その一瞬の隙が全てだった。

 後ろに回り込んだ執事の存在に、彼女が直感で反応するころにはもう遅い。

 

 

 振り下ろされた竹刀が、小気味の良い音を場内に響かせていたのだった。

 

 

 

 

 時刻は午後5時を回ろうかという頃合い。

 夕日が道場内の床を橙色に染め上げていく中、場内では剣道部員たちが各々、器具などの片付けを行い始めていた。

 

「参りましたわ、綾崎くん。さすがは三千院家の執事ですね」

「いえ、そんな」

 

 建物の前では、健闘をねぎらうように握手を求めてきた楓に、ハヤテはおずおずと右手を差し出してみせる。

 

「坊ちゃまの情けない顔を見たら、思わずそちらに意識が集中してしまう。妙手ですわ」

「え、いやあの……そんなつもりでは」

 

 変わり身の術、くらいのつもりだったが。はからずも彼女には想定以上の効果があったようだ。

 

 楓はぐったりと伸びた主人を抱き上げる。

 

「では、私はこれで。次は綾崎くんも奥義や必殺技を覚えておいていただけると嬉しいです」

「必殺技……ですか」

「えぇ。執事たるもの、必殺技の一つや二つ、持っていて損はないですから」

 

 楓はすっと人差し指を立てて微笑んでみせた。

 

「そうすれば、もう少し私も本気で手合わせできると思うので」

 

 では。

 去って行こうとするその背中に、ハヤテは慌てて声をかけた。

 

「あの、野々原さん!」

「はい?」

「一流の執事って、一体何なのでしょうか」

 

 唐突な質問に、楓は困ったように眉を下げる。

 

「一流、というものに私などが該当するかどうかは正直分かりませんのでなんとも言いがたいのですが」

「そんな、野々原さんはこれだけ強いのに」

「強さとて、執事の品格の一部分に過ぎませんわ」

 

 もっともである。

 しかし、一度口に出して疑問をぶつけてしまった以上は簡単に引くわけにもいかない。

 

「すみません、いきなり。ですが野々原さんとの戦いで、これまで」

「でしたら、私よりももっと聞くべき相手がいらっしゃると思いますよ」

 

 聞くべき相手。

 小首を傾げるハヤテに、楓はすっと指を彼の胸元に突きつけてみせる。

 

「お宅の執事長さん。あの方ならば一流の品格というものについて最もお詳しい一人かと」

「え、クラウスさん……ですか」

 

 思わずナギとマリアの方の目を向けるあ、彼女は軽く首を横に振った。

 

「知らん名前だな、新キャラか?」

「そう錯覚するくらいには出番少ないですからねー」

「いやいや、お二人とも」

 

 二人の辛辣なコメントはさておき。

 

「あの、野々原さん。クラウスさんが聞くべき相手とは、どういう事なのでしょうか」

「うーん、私から言うべき話ではないような気もするのですけれど」

 

 楓は少し思案するように、頬に手を当てていたが、

 

「執事というものは、国や地域によっても差がありますが、大きな責任や信頼を背負うものですから、高貴な身分や高潔な人格、心身の強さを要される職務という認識が多いですわ」

「はい、さっき冴木さんにもそんな話を聞きました」

 

 楓は、ただでさえ細い目をさらに細めてみせる。

 

「そして世界のどこかには、執事の中でも極々精鋭だけが集まる秘密組織があるとも言われています」

「秘密組織!?そ、それはもしかして不可能なミッションをこなして世界を救うという例の」

「ふふ、どうでしょうね。界隈で語られる都市伝説のようなものですから」

 

 そう例えば、海賊王がこの世のどこかに置いてきた秘宝と同じ。

 

「ですが、そんな精鋭組織にかつて所属していたのが」

「まさか……執事長、ですか」

「風の噂です。ただ、そういう話が出てくるくらい、高名な方ということですわね」

 

 私から言えるのはこのくらいでしょうか。

 そう言い残すと、楓は沈みゆく夕日の中へと消えていった。

 

「え?なんか急にバトルものにありがちな上位組織とか出てきたんだけど。大丈夫なのかこの後の展開」

「心配いりませんわナギ。次回になったらそんな伏線、綺麗さっぱりなかったことになってますから」

「えぇ……」

 

 なお、メイドさんのとんでもなく物騒な発言は追及厳禁。

 

 

 

「はぁ、楓先輩にも困ったわ。結局後輩たちまで必殺技を練習したいとか言い出すし、ちゃんと練習をしなさいよね」

「あ、ヒナギクさん」

 

 片付けを終えたのか、ヒナギクがため息をつきながら武道場から顔を覗かせた。

 

「すみませんでした、練習場をぐちゃぐちゃにしてしまって」

「あー、ハヤテくんは悪くないから気にしないで。これは部の問題だから」

「ははは」

 

 生徒会長だけでも大変なのに、剣道部でも頭を悩ませる問題があるらしい。彼女の心労とタフさには頭が下がる思いである。

 

「それで、ナギは剣道部に復帰する気になった?」

「む?」

 

 彼女はポンとナギの頭に手を置いて尋ねる。

 そういえば、そんな話からこの騒動が始まったんだよなと、ぼんやり記憶を思い起こす。

 

「まぁ、ハヤテたちが戦う姿を見てカッコイイとは思ったよ。剣道というのも存外悪くはないかもしれん」

「お、お嬢様」

 

 でも。

 

「剣道部に戻る気はさらさらないぞ。だって剣道の面とか小手ってすっごく臭いし」

「……は?」

 

 にっこりと。それはもう満面の笑みでそう言ってのけるお嬢様。

 

「大体さ、あんなもんを身につけてよく運動なんて出来るよなー。何かの罰ゲームかって話だろこれ。剣の道がどうか知らんけど、もっとやり方ってあると思うわけだ」

「あ、あのお嬢様?ちょっと前を見てくださいませんか?」

 

 ペラペラとしゃべるナギの目に前で、ふるふると笑顔のまま小刻みに震えているヒナギク。

 

「あとさ、よく思うんだけど剣道の漫画とかって面が邪魔でキャラの区別とか表情も分かりにくいじゃん。だからあんまり増えないんだろけどさー、そういう事だぞって言いたくなるよね正直」

「お嬢様!?一回前見ましょう?前見てから話す内容を考えましょう!?」

「それから──ん?」

 

 やっとナギは視線を前へ。

 そこには、にこやかな笑顔のまま、竹刀を大きく振りかぶっている剣道部主将の姿が。 

 

「剣道を、バカにするな――っ!」

「だあぁぁ!?」

 

 面を間一髪で避けるナギ。

 

「あぶな!何をするのだヒナギク」

「それはこっちの台詞よ!剣道のなんたるかをたたき込んであげるからそこになおりなさい!」

「わー!竹刀を振り回すなばかもの!」

 

 慌てて逃げ出すナギとおいかけるヒナギク。 

 

「何事も、触れちゃいけない部分ってありますからねー」

「まあ、あれはタブーですよね」

「ってお前ら!呑気に見てないで助けろ主人のピンチだぞオイ!」

 

 そんな2人を微笑ましく見守るメイドと執事。

 何だ事件か。主将がご乱心だ。続々と野次馬根性で集まり出す剣道部員たちまで。

 

 

 武道場前は一気に生徒の喧噪であふれかえっていった。

 

 

 

 

 

 そんな喧噪を、離れた木の陰から静かに見守るのは1人の少女。

 黒いドレスを身に纏い、夕日に煌めく金髪を風にゆらめかせて。

 

「ハヤテ」

 

 囁くように呼ぶその声は、冬の風にかき消されてしまうほど儚い。

 

 彼女の視線の先には、執事服を着た水色の髪の少年の姿。金髪の少女に腕を引っ張られ、桃色の髪の少女に竹刀を向けられ、慌てて何かをしゃべっている様子。困ったように、それでもどこか楽しげにもみえる表情を見て、彼女――アテネはそっと目を閉じて小さく頷いた。

 

「そう、貴方は今……笑えているのね」

 

 彼女はそっと微笑する。

 それは安堵か、喜びか。いずれにしても、それが慈愛に満ちた言葉であることは明らかだった。

 

 

 だが、誰も気がつかないだろう。

 彼女の閉じられた瞳の奥に宿る、小さくも切なさには。

 

「私がいなくても、貴方ならきっと」

 

 

 そよ風に髪が優しくなびく。

 

 

 暫く目を閉じていた彼女は、何を思ったのか携帯を取り出した。

 

「アイル、計画を変更するわ。例の扉を探す方に専念するわよ……理由?いいのよ、目的の一つはもう達成されたから……分かっているわ、でもこれでいいの」

 

 電話口ではまだ何か男性の声が聞こえていたが、彼女は一方的に通話を切った。

 そうして、もう一度だけ、〝彼〟の方に視線を向ける。

 

 

「良いのよ、これで。このままで」

 

 

 不意に、彼が振り返った気がした。しかし彼女はもう、背を向けて歩き出していた。

 

 

 故に、2人の視線が交わることはなかった。

 

 

 

 

 

 





祝!ハヤテのごとく完全版発売!
ということで、読書用の電子書籍と保存用の本で2セットずつ購入しました。

あとはアテネ編のアニメ化だけですね……!(切望)

物語の終わり方について

  • エンディングは一つのみが好ましい
  • 各ヒロインのルート分岐などがあっても良い
  • どうでもいい
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