「つまり、目的は金品目当ての窃盗という事ですわね」
「はい」
天王州家の客間にて。
当主である天王州アテネの問いに、目の前で正座していた男は気まずそうに肯首してみせた。
専属の執事と、屋敷の警備についての是非を交わしている最中に、偶然不法侵入でとっ捕まえたのがこの男である。彼は自信が泥棒だと言うことを、いともたやすく認めてみせた。犯行現場を目の前で目撃しているのだから、言い逃れる術はないのだが。
では、この男の処遇をどうするべきか。
ソファーに座るアテネは隣に立っている執事、アイルを一瞥する。彼は「お嬢様にお任せします」と言わんばかりに軽く肩を竦めるばかり。
執事のように粛正はしないまでも、このまま警察に引き渡すべきなのだろうが……
「理由を聞いても良いかしら」
隣の執事に言われるまでもなく、自身が甘いことは承知している。それであっても、情状酌量の余地を考慮しない訳にはいかなかった。
男は暫く黙っていたが、首にかかっていたロケットをそっと取り出してみせた。
「家族の……娘の、ためです」
ぽつりと、そう零れた男の言葉を耳にすると、アテネの表情も神妙なものに変わった。
「家族?」
「えぇ、たった1人の娘です」
彼女の表情に僅かに影が差す。
「ソニアと言うんです、私の娘。今年でもう19歳になるかな」
男はその昔、マフィアの組合だった。シチリアンマフィアといえば、厳格凶悪な印象こそあるものの、男はといえばうだつの上がらない一兵卒。暗殺や抗争のような輝かしいステージとは程遠い、上からのおこぼれ、ちまちまとしたシノギで何とか生計を立てていた。
そんな男に転機が訪れたのは、ある夏のこと。
「富豪の令嬢暗殺というビッグミッションが、私の元に舞い込んできました」
穏やかじゃない話に思わず顔を見合わせるアテネとアイル。そもそも犯罪組織なのだから物騒なのは当然と言えば当然なのだが。
2人の反応に構わず男は続ける。
富豪の令嬢の暗殺。
それも、ちょっとやそっとの大富豪ではない。世界でも有数の規模を誇る超ド級の大富豪である。
『やったよソニア!大富豪の娘の暗殺だ!これで一気に天下を取れるぞ!』
『わぁッ、すごいよパパ!』
成功すれば、有り余るほどの報酬と地位が手に入る。うだつの上がらない人生からの一発逆転を目の前にして、男は喜び勇んでその話に飛びついた。たった1人の娘も我がことのように喜び、めくるめく大きな野望を共に語り合ったものである。
「ちょうどこの地、ギリシアでその令嬢を手にかけようとしました」
彼女がミコノス島にいるとの情報をキャッチした男は、市街地に乗り込み機会を窺った。住宅街の通りにあるゴミ箱に身を隠し、拳銃を片手に暗殺の準備は万端。
待つこと数時間。帽子を被った対象を目にした瞬間、飛び出して銃の引き金を──
「引いたまでは良かったものの……見事に返り討ちにされてしまい」
少女の側にいた青年に容易く蹴散らされ、目的を果たせぬまま尻尾を巻いて逃げ帰ることになったのだ。しかし、おめおめと失敗したなどと組織に申告出来るはずもなく……
「なるほど」
組織を抜けるとなれば一筋縄ではいかないだろう。逃亡生活に身を委ねざるを得ない状況も想像に難くない。資金だってじきに限界はくるだろう。
「それで、生活に困りここに侵入したと」
男は首を振る。
「いえ、やはり悪いことはダメだと会心しまして。マフィアは廃業、娘と一緒に日本に渡り、板前になったのです」
「は?」
目が点になる。ちょっと話が見えない。
「日本での修行は、それはもう過酷なものでした。親方は鬼だし、睡眠時間なんてないようかもの。いや正直、マフィアにいた時の方が楽でしたよ」
「……」
しかし男は持ち前の手先の器用さを生かし、みるみると才能を開花させていった。特に包丁さばきは親方も一目置くほどで、当初は「外人」としか呼ばれなかったが、いつの間にか名前を呼んでくれるほどに。
いつしか自分の店を持つという夢まで持つほどに、更生した男だったが……
「運命は皮肉でした。まさか、支店の開店前に試食したフグの毒にあたるなんて。というか、フグに毒があるなんて」
そうして、男は死んだ。
「あ、死んだっていうのは比喩ですよ。現にこうして生きてる訳なんで」
「見れば分かりますわ」
死んだはずだった。
運び込まれた病院で医師が死亡認定をし、娘は悲観にくれて家を飛び出してしまう事に。
ところが、これが実は希代のヤブ病院でありヤブ医者であったため、適当な診断の末、即死亡認定をされたのだが。
「まさか、寄生虫症による腹痛で気絶していただけだったとは……」
そもそも食べたのはフグですらなかったという始末。マンボウをフグと勘違いしたという喜劇作家も頭を抱えるようなオチまで付いた。
「娘は既に行方不明。己を恥じた私は、着のみ着のまま日本を飛び出しました。生まれ故郷でもう一度再起をかけて成り上がろうと」
そして、いつか必ず娘を迎えに行こう、と。
「結果、私の屋敷で盗みを働こうと?」
「事業も失敗ばかりで……気が付けば10年の月日が経っていまして」
なりふり構っていられなくなったという事らしい。
最近ため息をついてばかりだと、アテネは嫌な自覚をしつつ、眉間を指で抑えた。隣を見れば、執事も何とも言えない表情でこめかみを叩いている。
さて、この男の処遇をどうしたものか。
話が四方八方に飛んでいて、一体どこから何をツッコめばいいのか迷いつつも。
「貴方にも事情があるのは分かりました。けれど、盗んだお金で成功したとして、娘さんが喜ぶとは到底思えませんわ」
「……はい」
罰を覚悟をしているのだろう、口元をきつく結び姿勢を正す男。
「話を聞く限りだと窃盗くらい気にしないんじゃないですかね」
「お黙り」
横からの意見は文字通り一蹴して。
「窃盗は未遂とはいえ、住居侵入に器物損壊。然るべき償いは受けて貰わなくてはなりませんわね」
アテネはどこからともなく羽ペンを取り出すと、机の上に置かれた紙にサラサラと滑らかな筆跡で字を書き綴る。そうして、そのまま執事の方へと差し出した。
「ここの店舗、経営には問題がなかったわよね」
「ええ、業績は黒字です。ただProとさ噂立つ前に、ハードの普及状況をどうにかして欲しいですね。未だに抽選しているというのは如何なものかと」
「何の話をしているのよお前は」
当選したいだけの人生だった。
「ここに連絡を。内容はその通りに伝えてちょうだい」
アイルはその紙を一瞥すると、何か言いたげに彼女の方に視線を投げた。それも一瞬のことで、軽く頷いて部屋を後にする。
部屋に残ったのはアテネと男の2人だけ。
彼女の前に座る男は極度の緊張からか身を硬くしている。無理もない、これから自身の処遇がどうなるかが彼女のペン一つで決められてしまうのだから。
警察に突き出されるくらいならまだマシだ。天下の大富豪だ、専用の粛清部隊に血祭りにされる可能性だってある。
「アテネさん、こんな身勝手なお願いをするのはお門違いだと百も承知です。しかし、どうか最後に一つ願いを聞き届けてはいただけないでしょうか」
「願い?」
男は強張った身体を揺すり、なんとか言葉を絞り出す。
「もし、娘に会う事があれば……逃げて申し訳なかったと。そう、伝えてはいただけませんか」
考えておきましょう。彼女は目を閉じて静かに頷いた。
暫くして、部屋に戻ってきたアイルは右手でOKのサイン。それを確認して、アテネはゆっくりと椅子から身を起こした。
「アテネ市内に、ウチの系列で最近オープンしたレストランがあります」
「え?」
唐突な話題に面を食らった男だが、彼女は淡々と続ける。
「そこのシェフはフランス料理専門なのですが、日本食にも関心があるみたいで、造詣がある人間を探しているそうです」
コホンと、アテネはわざとらしく咳払いを一つ。
「貴方、まだ包丁は扱えるのかしら」
男は目を見開く。
「しっかりと働いて、自分の力で娘さんを迎えに行きなさい。それが然るべき償いです」
「アテネ様……」
いつの間にか様付けに。
「娘さんの情報に関してはこちらでも調べてみます。だから貴方は今できる事に邁進して下さい」
「あぁ……」
呻くように嗚咽し、その場にひれ伏す男。
「私がこの屋敷に足を踏み入れたのは運命だったのかもしれない、いや女神様のお導きだったのだ……そうに違いない」
とうとう神格化してしまったようだ。
「今度こそ、しっかりご家族と向き合ってくださいね。たった1人の娘なのでしょう」
「はい……」
アテネお嬢様による大岡裁き、ここに幕引き。
涙を流し、土下座を続ける男を宥めつつ、アイルは彼を連れて部屋を出て行く。アテネは小さく息をつくと、椅子に身を預けて、目を閉じる。
思った以上に疲れたらしい、寝起きだと言うのに騒がしい午前だったのだから無理もない話だが。
うつらうつら。船を漕ぎ始めようとした時。
「そんなトコで寝ていると風邪引きますよ」
いつの間に戻ってきたのか、執事が毛布を片手に部屋に戻ってきた。
「平気よ。少し疲れただけだから」
「結構なお手前でした、お嬢様」
お茶会の席のような発言を投げてくる執事に、アテネは煩わしそうに手を振って返した。
「言いたい事は分かるけど、今は貴方の小言なんて聞く気分ではないの。もっと気がきく話題にしてちょうだい」
「別に何も意見してないでしょう」
「イントネーションで分かるのよ」
批難しようとしている事くらい。甘いと言われるのは重々承知だ。しかし──
「家族は、大切にしなくてはならないわ」
誰に言うわけでもない、ポツリと呟かれたその言葉は、部屋の隅へと吸い込まれていった。
「なんて良い話っぽく終わろうとしても……肝心の問題が棚上げ状態なんですが」
アイルは空気を読まずに人差し指を立てて申し立てる。
そう、盗人に簡単に侵入を許したのかという非常に重要な問題が。
「感知出来てなかったじゃないですか」
あからさまに目を逸らすアテネ。
「不法侵入の不手際は執事の責任ではなくて?」
今度はアイルが目を逸らす。
お互いに気まずい沈黙が流れる。
「取り敢えず、防犯システムの強化は早急な検討課題にしましょう」
「……そうね」
言うが早いか、執事は懐から細長い紙を取り出して
「では差し当たって、屋敷専用の屈強なSP100人を──」
「それは却下」
改革の道は遠く険しい。
物語の終わり方について
-
エンディングは一つのみが好ましい
-
各ヒロインのルート分岐などがあっても良い
-
どうでもいい