時は少しだけ戻って、2月の上旬。
「ふっふっふ!何を隠そうこの私は、綾崎ハヤテ君のガールフレンドなのだよ!」
「なん……だと」
都内。ほとんどの人が名前も知らないであろうまん丸のキャラクターがマイクを持った看板が目印の某カラオケ店。
その個室で、マイクを持った2人の少女が対峙していた。
東には、一国を動かすレベルの権力すらも備えると囁かれ、練馬区ほぼ全てを手中に収めている天下の大富豪令嬢、三千院ナギ。
西には都内の公立高校に通う女子高生、西沢歩。
「ってあれぇ!?何このステータスの差、一瞬で劣勢!?」
がっくりと膝をついてしまう女子高生。
気のせいか。ナギの背後には日本城がそびえ立ち、そこに巻き付くようにして天に昇る龍の姿が見える。一方の歩の背後には……
「だから何故ハムスター!?決定的な戦力差じゃないかな、かな!」
震えるようにして頭を抱える
「そんな事はどうでもいい!おいハムスター、ハヤテのガールフレンドとは一体全体どういうことなのだッ」
「ああッ、早速ハムスターって呼んだね!」
さてはて。本来交錯するはずのないこの二人が一体どうして対峙しているのか。さらに言えば何故カラオケボックスなのか。
事の発端は、この日のお昼頃。三千院家のお屋敷で、ナギが家電量販店に行くと言い出したことから始まった。
「え?携帯電話ですか」
せっせと中庭の掃除をしていたハヤテが思わず振り返って聞き返すと、マリアは軽く頷いてみせた。
「はい。学校にも通うようになって、外で動かれることも多くなってくるでしょう。またこの前みたいに学院内で騒ぎになってもアレですし」
「言われてみれば確かに。このご時世にスマホの一つも持ってないと格好付かないですしね」
「もう原作は2005年設定というのも野暮ですわね」
物騒なことを言いながら、メイドさんはさっと財布を差し出した。
「そんなわけで、ささっと適当な携帯を買ってきてください」
「え?そんな僕の携帯なのにお金を出してもらうなんて」
「ですがハヤテ君のお給料はほぼ借金返済に消えてしまってますし」
「そこは原作設定に忠実なんすね……」
なんとも世知辛い。
「けれど、今時の携帯電話ってどこで買うものなんです?」
「まー、普通にヨド○シとかビッ○カメラとかの家電量販店ですかね。携帯ショップとかだと混んでそうですし」
行くとすると、新宿駅前のビッグカメラ辺りかな。そんな独り言を呟いたとき、彼の背後から声がかかってきた。
「やはり家電量販店か……いつ出発する?わたしも同行する」
「三千院」
振り返ると、劇画チックにお嬢様が立っていたので、執事も同じように劇画チックに振り返ってみせた。メイドさんだけ不思議そうに小首を傾げていたが。
「自分で言うのもアレだが、お前本当に守備範囲広いな」
「執事なので。抜かりはありませんよ」
ニッコリと微笑んで口元に指を添える執事。
「ってちょっと待ってください?今お嬢様なんて仰りました?」
「だから、私も同行すると」
「お、お嬢様が!?自ら日中に、外出を申し出る……だと!?」
「いや私のこと何だと思ってんの?」
大げさに一歩退いて目を見開くハヤテに苛立つご主人様。
「いやだって、ネットにゲームに漫画にアニメ!一度部屋に閉じこもったら、天岩戸にこもった天照大神もびっくりなほど外に出たがらないあのお嬢様が、ですよ!」
「人を引きこもりみたいに言うなッ」
「違ったんですか?」
メイドさんは呆れたように
「ともかく、私もハヤテの携帯購入に付き添うことにする。これは決定事項だ」
「いやでも」
「良いか?人生経験が何よりも成長になると編集部は言った。未知なる冒険が今の私には必要なのだ!」
家電量販店が未知なる冒険とはこれいかに。
「はぁ……仕方ありません。ハヤテ君、申し訳ないですが買い物ついでにナギの子守もお願いできますか」
「うぉい!主人は私だぞ、私がハヤテの保護者!」
「分かりました。お嬢様のことはお任せください」
「聞けよオイ」
一方同じ頃。
都立潮見高校に通う女子高生、西沢歩は自室で真っ暗になった画面を睨んでいた。
「おかしい……壊れたのかな、去年買ったばかりなのに」
先ほどから充電してもボタンを長押ししても一切反応がない自分のスマホをただ見つめて呟く。しかしいくら見つめても画面は暗転したまま、やがて冷静に目を閉じた歩は――
「てかヤバくないかなコレ!課題提出前で携帯使えないとか、もしかしなくても詰んだんじゃないかな!?」
期末考査前ならむしろ、携帯が使えない方が集中出来るのでは。
「信頼なるマイクラッスメーツに写させてってお願いがしにくくなる!」
学生の鑑である。
「モノローグうるさい!」
歩は慌てたように室内を言ったり来たりしていたが、何度目かのため息をついた後、力なくベッドに腰を下ろした。
「今月ピンチだけど仕方ない……修理しにいこう」
うんともすんとも言わなくなったスマホをじっと見つめる。
まだ買って1年も経っていない、買い換えるには早すぎるというのもあったが。それ以上に彼女はこの携帯に思い入れがあった。
去年の夏。放課後、同級生の男の子と一緒に家電量販店に買いに行った。多分男子にとっては何気ない友人の買い物の付き添いという認識だったのだろうが、彼女にとっては誘うのもかなりの勇気がいることだった、いわゆる放課後デートのつもりで。
そのときに買ったのが、このスマホ。裏返すと、そこには制服姿の歩と水色の髪をした男子生徒がツーショットで写っているプリクラが1枚。彼女はそれを見つめて、ぽつりと呟いた。
「ハヤテ君、今どこにいるのかな」
三千院家の敷地=練馬区のお隣にある新宿。駅東口を降りてすぐ目の前にあるビッ○カメラに、ハヤテたちは足を運んでいた。
「ほほう、別邸の迎賓館よりは広いみたいだな。しかしちょうど良いコンパクトさ加減だ」
「都内有数の規模なんですがそれは」
当然人混みも多い。
「こんな小さな箱にこれだけの人が詰め込まれているとは」
「ここは年中混んでますからねー」
「人が多いからな。迷子になってはならんぞハヤテ」
「は、はぁ」
それはこっちの台詞だ、とは言い出せず。執事服の裾をつまんでいるお嬢様に苦笑を返すのみ。
しかし未知なる冒険、ならぬ初めて足を踏み入れた家電量販店は見るもの聞くもの全てが新鮮だ。
「いやー、最新機器もどれも安くて手頃だが、これでは採算がとれないのではないか?」
「いやおやお嬢様それは。というか、アマゾンでも買い物されてますし値段の比較とかって見ないのですか」
「あれってどこかに値段書いてあったっけ」
「えぇ」
それすら眼中になかったとは。恐るべきは三千院家の財力か。
2人は携帯関連コーナーは地下2階へ、各メーカーごとに売り場が広がっている。ハヤテ自身目的があって携帯を購入したかったわけではなかったため、最低限の機能さえあればどれでもいいと思っていたが。
「こちらはメインに4800万画素の広角レンズを搭載しており」
「この端末はサイズの縮小化と要領の拡大化に成功してますので」
よりどりみどり。
業界の技術革新は著しく、メーカー一つにとっても豊富なPRを振りまかれれば、自ずと目移りしてしまうのもまた人間である。ようやく契約するメーカーを絞り、機種を決めて、受付で契約の手続きに入ったころには、すっかりナギは手持ち無沙汰。
「なぁ、ハヤテ。私もその辺を見てみたいのだが」
「あ、大丈夫ですよ。もう少し時間かかると思うので、あまり遠くにはいかないでくださいね」
「うむ!」
とてとてと、近くの機器コーナーに走って行くナギ。まあどこかのテレポートお嬢様でもないし、そうそう迷子にはならないだろう。ハヤテはちょくちょくナギの方に目を向けつつ説明を聞いていたが。
20分後。
「案の定お嬢様が迷子になる、と」
近くで機器を眺めていたはずのナギお嬢様は一瞬目を離した隙に、こつぜんと姿を消していた。それが世界のお約束、などと呑気に納得していないで、執事は契約説明を遮って慌てて店員に事情を説明するのだった。
さて、その件のお嬢様はといえば。
「おかしい……ハヤテが迷子になった」
キョロキョロと、辺りを見回して呟いていた。言うまでもなく迷子は彼女であるが、本人はそう思っていないようで。
「全く仕方のないやつだな」
腰に手を置いて一つため息。保護者としてすぐに探してあげないと、きっと不安で寂しくて泣いてしまっているに違いない。ナギの脳裏にはダンボールに捨てられて涙目になっているハヤテの姿が。もしくは迷子センターでめそめそと泣いているハヤテの姿が。
「こうしてはおれん。早くセンターに行って拾ってやらねば」
そうは言っても、ハヤテは一体どこに消えてしまったのか。
そもそもここはどこだ、と考える時点で自分が迷子になっているという可能性は微塵も考えないのがお嬢様クオリティー。仕方が無いので、近くの女性に声をかけることに。
「あの、すみません」
「およ?」
返ってきたのはやや間の抜けた声。続けて振り返ったのは、ナギよりも少し年上そうな制服姿の少女――西沢歩であった。
「迷子センターの場所は――」
歩は自分よりも小柄なナギをまじまじと見つめていたが、やがて合点がいったように手を打った。
「あー、もしかして迷子になっちゃったのかな」
「な!誰が迷子だ、誰が!」
勝手に納得してポンと胸を叩く歩に断固と抗議をするナギ。
「保護者とはぐれちゃったんだよね。大丈夫、おねーさんに任せなさい!すぐに見つけてあげるから」
「違うのだ!迷子は私じゃ無くて、保護者が私!この三千院ナギがハヤテの保護者なの!」
「だから保護者と――って、え?ハヤテ?」
思わぬ言葉にきょとんと目を点にする。
「それって、君の保護者の方のお名前、かな?」
「だーかーら、私がハヤテの保護者なのだ。私の執事をやっている男だ」
「ハヤテ?執事?」
理解が追いつかず小首をひたすら傾げる歩だったが、ナギは冷静になり、その反応を分析してみせる。『ハヤテ』という言葉を聞いた瞬間、彼女の瞳孔は大きくなり、瞬きの回数も明らかに多くなった。
「もしかして、ハヤテの知り合いか?」
「え?いやいや、知り合いというか」
「よく見ればその制服、アイツの前の高校の制服ではないか」
前の高校?
歩はぶんぶんと思い切り首を振りたい気持ちを辛うじて堪えつつ、ナギに改めて視線を向ける。とにもかくにも、冷静に状況を整理しなくては。
「あのね、お嬢ちゃん。ハヤテって名前なんだけど――」
「お嬢様!」
しかし、突然かかってきた声にその思考は遮られる。それは歩にとってこの声は聞き覚えのある声……それどころかずっと聞きたかった声まであった。
「こんな所にいたんですかお嬢様!探しましたよ」
「おぉ、ハヤテ」
ふらりと目の前に現れたのは執事服の少年だ。その格好には全く見覚えがない、当然だろう、一介の女子高生で執事が知り合いなどという人間が世界にどれほどいようか。しかしその顔を見た瞬間、彼女は思わず硬直して背筋を伸ばした。
「は、ハヤテ君!?」
振り返ったハヤテもまた、驚いたように目を見開く。
「に、西沢さん」
暫くお互いに動けずに、瞬きをしながら見つめ合っていたが。
「やっぱりハヤテ君だ!全然学校来ないし、心配してたんだよ!」
歩は駆け寄ると、ぐぐっと彼の顔を覗き込んでみせた。心配と喜びが入り交じったそんな表情で。
「え、えぇ。お久しぶりです」
「それにどうしたの、こんな所でそんな格好で」
「えーっと、その、なんと言えばいいのか」
話せば長いようで短いようでやっぱり長くて複雑な事情が。軽く頭を掻きながら、ハヤテは困ったように視線を明後日の方向に。
「1億5680万と4000円の借金のカタとして親に売り飛ばされて、気がついたら執事として住み込みで働いていたというか」
「……は?」
ぽかんと目を点にする歩。無理もない、言っている本人ですら現実味がない話だと自覚しているのだから。
「もしかして、さっきまでお昼寝してたとかかな?まだ夢と現実の区別が付いてないとか」
「ははは、たまに僕もそう思います」
しかしこれが純然たる現実である。
「でも良かったよ、ようやく会えて。今年初めてハヤテ君の顔が見られて、本当に嬉しいよ」
「へ?」
「あ、いや!別に深い意味はなくて!元気そうな顔を見れて安心したっていうか」
顔を真っ赤にしてぶんぶんと首を振る歩を、きょとんと見つめるハヤテ。都内の家電量販店の一角に広がる二人の世界。そこに不意に、後ろからゆらり、ゆらりと足を踏み込んでくるご主人様が一人。
「ハ・ヤ・テ?」
ただならぬオーラを纏いながら、ナギは2人の間に割って入り、ハヤテに問いかける。
「なんだその女は、一体どういう関係だ」
「え?い、いや、彼女は西沢さんと言って、僕のクラスメートだった方で」
すると、今度は反対側からも同じようなオーラが。
「ハヤテ君?一体その女の子は何者なのかな。ハヤテ君の何なのかな」
「あ、この方は三千院家のナギお嬢様で、僕がお仕えしているご主人様で」
ハヤテの説明もそこそこに、今一度視線を交錯させる2人の少女。
言葉を交わさずとも分かることがある。目と目を合わせただけで感じ取れることがある。誰が言い始めたのか知らないが、それは「女の勘」と言われる本能に違いなかった。
たった一つの大切なものをかけて、戦う運命にある相手。
一目見た瞬間に、お互いが理解した。自分たちは、ライバルだと……!
ナギの背後には恐ろしい形相でとぐろを巻いている龍が蠢いているのが見える。今にも口から炎を吐きそうなほどの威圧感を携えて、歩を睨み付けてくる。しかし、彼女だって黙ってはいられない。相手が龍なら、こちらは最強の力をもつ――物陰で震えているハムスターで迎え打つ。
「ってあれぇ!?何故私だけハムスター!?」
歩が振り返ると同時に逃げ出してしまった。勝負あり。
「いや確かに、可愛さは最強だけど!え、ここは竜虎激突って場面じゃないの!?」
「何を言ってるんだお前は」
ナギは腰に手を当ててため息を一つ。
「さて、決着は付いた。行くぞハヤテ」
「は、はぁ」
くるりと踵を返した彼女の肩を、歩の右手がぐっと引き留める。
「ま、待つよろし!」
「シャンプーかお前は」
そのまま、びしっと指を突きつけ、高らかに宣言を。
「勝負はこれからよ!負けられない戦いがここにある!」
「ほぉ、勝負か」
振り向いたナギは、口元を僅かに緩める。
「良いだろう。ここで悪い虫を駆逐しておくのも私の役目だ、かかってくるがいい」
「だ、誰が虫かな!虫はそっちじゃないかな、かな!」
こうして、竜虎ならぬ竜鼠対決が思わぬ形で幕を開けることに。
「ハヤテは先に帰っていろ、これは私たちの問題だ。ついてきたらクビだぞ」
「いやいやお嬢様!?」
「そうだよハヤテ君。これは女同士の戦いだから!」
「西沢さんまで!?」
女同士の真剣勝負に男は野暮。早々にハヤテに退場を命じ、2人はいざ戦いの地へと赴くことに。決戦の舞台は言わずと知れた――
「なんだここは?」
「なんだって、カラオケだけど」
ビル上階にある某カラオケ店。ここで、ハヤテをかけた女の戦いの火蓋が切られることになった。
「ほう、ここが噂に聞くカラオケボックスというやつか」
「噂に聞くって……もしかして来たことないの?」
「うむ、こんな所に来たのは生まれて初めてだ……あ、この機械で曲を選ぶのか」
興味深そうにボックスの中をキョロキョロとしているナギは、どこか年相応で可愛らしい。不意にそんな風に思ってしまった歩は脳内で「何敵にほだされかけているのかな!」と叱咤激励を送る。
「しかし、うちのトイレよりも狭いな」
「んなッ」
前言撤回。全然可愛らしくない。
「ところでハムスター、お前はハヤテのなんなのだ」
「何って、学校のクラスメートで」
歩は待てよと言葉を区切る。クラスメートというと他人行事すぎる、もっと親しい友達と言うべきではないか。いやむしろ同じクラスで異性で友達である場合はつまり。
「が、ガールフレンドって所かな!」
「なにぃ!?」
思わず身を乗り出すナギ。これは大きな隙、そんな動揺する様子を見せてしまえば、相手はたちまち追撃の手を強めるに決まっている。
「そう!何を隠そうこの私は、綾崎ハヤテ君のガールフレンドなのだよ!」
「なん……だと」
竜対鼠で圧倒的な戦力差かと思われた勝負は、一気に形成逆転の様相を。
「つまり、お前たち2人は付き合っていてあんなことやこんなこともしていると?」
「え、えぇ!?ち、ちが!そんなんじゃないんじゃないかな」
ん?
「いやだってガールフレンドって」
「えと……女の友達だから、ガールフレンド」
「いやそれニュアンス違くね?」
「で、でも意味は間違ってないんじゃないかな!」
形勢逆転ならず。自分よりも年下からの呆れたような視線が突き刺さる。
「そ、そういうナギちゃん?だっけ?君はハヤテ君の何なわけ?」
「ふん!冥土の土産に教えてやろう。ハヤテは私の運命の相手であり、我が三千院ナギの家に暮らす専属の執事なのだ。つまり私とハヤテは心まで?がっていると言っても過言ではない!」
「なん……だと」
つまり、世界でも有数なお金持ちである彼女の家で、一つ屋根の下で一緒に暮らし、あまつさえ執事にして何でも言うことを聞かせている。なんて羨ましい、ではなくて、なんて圧倒的敗北感。どうして世の中はこんなにも不公平なの教えてゴッド!
がっくりと膝から崩れ落ちていた歩だが、心に灯った炎はまだ消えていなかった。
「だったら何も遠慮はいらないわねナギちゃん!侍の国でトップアイドルとして君臨するかもしれない、私の歌でなぎ倒してあげるんだから!」
「面白い!私の無数のレパートリーで、ロイヤルストレートフラッシュのごとく返り討ちなのだ!」
いざいざ、竜鼠激突す。
「結局心配で付いてきちゃいましたけど……お嬢様たち大丈夫かな」
「まぁ心配いらないんじゃありません?むしろ、年の近い友人と遊んでいるなんて、とても素晴らしい進歩ですわ」
バチバチに2人がやり合っているボックス内部を、ドアの窓からこっそり覗いているのは執事とメイドさん。
「いや遊ぶっていう雰囲気でもなかったのですが……」
「まー、ハヤテ君の朴念仁っぷりだと気がつくのは難しいかもですね」
「ところで、いつの間にマリアさんまでここに?」
「禁則事項ですわ」
当然の疑問に、マリアはニッコリと口元に人差し指を当てて微笑んでみせた。
「せっかくですから、私たちも隣で歌いませんか?」
「え?あれ、マリアさんひょっとしてめっちゃ歌いたい気分だったりします?」
「良いじゃないですか、こんな機会もあまりないんですから」
様子を見守るといっても、廊下に貼り付いていては他のお客の迷惑にもなるし、なにより怪しまれる。だからこの対応は別に間違ってはいない。
しかしこのメイドさん、ノリノリである。
2時間後。
「ぜ、全敗……華の女子高生が、全敗」
「いやお前。あれだけ音を外してたんだから当たり前だろ」
ボックスを出て、がっくりと肩を落とす華の女子高生。
「っていうか、ナギちゃん上手すぎじゃないかな。98点以下が一つもなかったよ、何の歌かはよく分からなかったけど」
それもそのはず。幼いころから英才教育を受けてきたナギだったが、その中には当然超一流教師による音楽の教育もあった。ボイストレーニングや歌唱訓練も当たり前のように受けてきた彼女にとって、そのへんの女子高生の歌など相手にもならないのである。
「そうか?あのくらい普通ではないのか」
「全然普通じゃないよ、プロ顔負けの実力じゃ――」
って何相手を褒めているんだ!ぶんぶんと頭を振って苦悩する歩。そんな彼女の葛藤はつゆ知らず、ナギは気持ちよさそうにぐっと伸びをしてみせた。
「けど、いっぱい歌ったからスッキリしたな。圧勝に次ぐ圧勝だったということもあるが」
「くっ、今に見てなさい」
敗北の屈辱を両肩で一身にうけながらも、受付で財布を取り出す歩。
「あ、お金。私のカードを使うか?」
「ノーセンキュ!ライバルに借りなんて作りたくないからね、これくらい奢ってあげるわよ」
ぷいっとそっぽを向きつつ、支払を済ませる。ナギはライバルという言葉に、どこか怪訝そうに眉をつり上げていたが。
すると、空気を読んでか読まずか、入り口に待機していたらしい黒服の男達がぞろぞろとナギたちに近づいてきた。戸惑う歩に、「心配するな、コイツらは迎えのSPだ」と手で制してみせるナギは、まさに大富豪のお嬢様にふさわしい貫禄が見て取れた。
「ではな、ハムスター。中々悪くない時間だったぞ」
屈強な男達に囲まれて去っていく少女の背中は、少しだけ名残惜しそうにも見えるのは気のせいか。
「ちょっと待った!」
「ん?」
負け犬の遠吠えといわれればそれまで。しかし歩は、拳をぐっと握りしめて叫ぶのだった。
「勝負はこれだけじゃないからね!今日のところはここまでにしてあげるけど、まだまだ始まったばかりなんだから!」
「はっは」
惨敗していたヤツが何を言う。ナギはどこか楽しそうな口調で、振り返った。
「いつでも来るがいい。返り討ちにしてやるさ」
これが、後に世界を動かす双璧とまで呼ばれた2人の、最初の出会いであり、因縁の始まりであった。
「これそういう物語じゃないから!」
ちなみに。
「やりましたわ、また100点!さぁ、次はハヤテ君ですわ」
「はい。しかしマリアさん、めっちゃ歌上手いすね……さらっと演歌まで」
「ふふ、では次はこの『○の証』とかも歌っちゃいましょうか」
「本家の歌姫降臨ですか!?」
メイドと執事も歌いまくっていた。
なんだかんだ、作中最強のヒロインって西沢さんだったんじゃないかなと、読み返してて改めて思う今日この頃です。
物語の終わり方について
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エンディングは一つのみが好ましい
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各ヒロインのルート分岐などがあっても良い
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どうでもいい