扉を開けるか、否か。
天王州アテネは今、究極の選択を迫られていた。
(どうして……ハヤテがここに)
白皇学院の時計塔、その最上階にある生徒会室。つまりは、彼女の目の前にある無駄に大きな木製扉である。そんな木の板たった一枚を挟んだ先に、彼女が長年追い求めていた人物がいる。
わずか数十センチ先に、綾崎ハヤテが。ずっと手を伸ばしても伸ばしても、夢の中で煙と共に消えてしまっていた、あの彼が。扉に手を伸ばしては、また止めて引っ込める。
そんな状況に置かれたアテネだったが、同時に頭をかすめることがある。
(何故、彼から何の連絡もないのかしら)
数週間消息を絶ったかと思えば、唐突に屋敷に戻ってきて、何をしていたのか問い詰めれば「核戦争を止めていた」などと嘘全開で逃げられたこともあったほどだ。
(何かしら連絡のできないトラブルに巻き込まれているのか)
或いは。
(敢えてハヤテが白皇に来ることを止めなかった、か)
言いながら、彼女はゆっくりと扉に伸ばした手を止めた。
心当たりがないわけではない。自分がハヤテを避けていることに、従者が懐疑的であるということに。そりゃ、これまでずっと目的の一つとして動いてきたのだ。それが目前でひっくり返されてしまえば、不満に思うのも当然だ。
(けれど、今会ったとして……私はどんな顔をすればいいの)
あのとき。
学院の敷地内で、彼の姿を見たときに彼女は直感した。
隣にいるのが自分ではなくて。周りを囲んでいるのが自分ではなくて。手を差し伸べたのが自分ではなくて――
その輪の中で、笑顔でいる彼をみてしまったときに。
(私ではもう、貴方の事を……)
もう、彼の中に自分の居場所はないのだと。伸ばした手は届かないのだと。
だから、今更〝貴方〟の重荷になるくらいなら……私は
「などと薄幸の乙女全開なモノローグをやってるところ申し訳ありませんがお嬢様。熱反応が扉の前まで近づいてきます、あと数秒で邂逅です」
「は?」
ばんッ。
開け放たれた扉の前にはヒナギクの姿が。怪訝な表情で周囲を見回すが、そこには誰もいない。彼女は小首を傾げてもう一度周囲に目を配る。
「どうしました、ヒナギクさん?」
彼女の背中越しに、ハヤテの声が続く。
「いえ、ちょっと扉の前に人気を感じたから。もしかしたら奇襲かと」
「どこの戦国武将ですかアナタは……」
気がつけば右手には竹刀を握っている生徒会長。その判断の早さと迷いの無さにはさしものハヤテも頬を引きつらせてしまう。
「でも私の勘違いだったみたい。ごめんなさい、会話の途中だったのに遮ってしまって」
ヒナギクは申し訳なさそうに笑うと、ゆっくりと扉を閉めた。
そのすぐ頭上、天井に張り付くようにして声を殺しているメイドさんと、彼女に抱きかかえられたお嬢様がいるとも知らずに。
「ふぅ……危機一髪でしたね、お嬢様」
「もうどこからツッコんでいいのか分かりませんわ」
メイドはアテネを抱きかかえたまま、音も立てずに地上に着地。生徒会室の前から離れると、近くにあった無人の会議室へとそくさくと移動する。
「ここならすぐに見つかることもないでしょう。どうぞ精神を落ち着けて、今後の行動を検討してください」
「え、えぇ。ありがとう」
ヨゾラはお姫様抱っこしていたお嬢様をそっと降ろす。黒いドレスの裾を軽く手で払うと、小さく咳払いをひとつ、向き直った。
「その前に聞きたいことがあるのだけど」
「あぁ、今日は動きやすいように髪型をポニーテールにしてみました。とはいえメイド服は機動性には優れませんが」
「一番どうでもいい疑問に答えてくれてありがとう」
額を抑えつつ、びしっとメイドさんに指をさす。
「ではなくて!貴女のその格好ですわ」
ヨゾラは服装こそメイド服だったが、顔にはサングラスのようなものを装着。両手には黒くメカメカしい手袋をしている、およそ従者には見えない格好だった。
「これはコンパクトサーモグラフィーグラスです。一見ただのサングラスですが、微細な熱反応にまで対応できます。先ほどの回避もこのグラスのおかげです」
「はぁ」
「それでこれはあらゆる壁に吸い付く手袋です、親愛なる隣人もびっくりなほどの完璧な吸い付きで、500キロの重さまで対応可能です。ニューヨークの摩天楼もスルスル上れます」
一体どこのスパイグッズだ。呆れた視線などものともせず、嬉々としてそれらの珍妙な機械の説明するメイドさん。
「いつの間にそんなものを……」
「先輩からお借りしました。いざと言うときにお嬢様をお守りするための便利グッズだそうです」
「あのバカには今一度、後輩の指導の方法を考え直してもらう必要があるわね」
頭を抱えたくなる衝動をなんとか抑えつつ、ため息をつくに留める。
「それにしても、よくあれだけ即座に反応できたわね」
「それは私自身も驚いてます」
手袋とサングラスを外したヨゾラは、考えるように腕を組む。
「この前の先輩じゃないですが、もしかしたら本当に私は異国の女スパイなのかもしれません。どこかのお屋敷にメイドとして潜入していた、とか」
「万が一もしそうだとしたら、任務中に記憶喪失なんて最悪のケースね」
「はい、俄然思い出すのが怖くなりました」
「多分大丈夫だから安心なさい」
根拠はないが、なんとなく断言できる。
さて、これ以上余計なあれこれに時間を割くほど余裕もない状況なので本題に戻って。
「それで、お嬢様。この後どうされますか」
「そうね……この後、ね」
「勇気ある前進か、或いは戦略的撤退か」
思わず黙り込んでしまうお嬢様。しばらく視線を左右に彷徨わせていたが、おずおずと口を開いた。
「貴女は……その、〝彼〟についての話はアイルから聞いているの?その、」
「いえ、全く」
ヨゾラはあっさりと首を横に振る。
「ただ、先ほどからお嬢様の様子を見ていてただならぬ関係なのは理解しました。中学時代は主人公からの告白を盛大に振って大きな傷を付けてしまったものの、実は素直になれなかっただけで未練たらたらで高校時代にしれっと追加される新ヒロインのような」
「えぇ、その解釈は誤解とだけ言っておくわ」
「けれど私はアリだと思います。人間必ず合理的に動くわけではありません。そういったリアリティを恋愛ゲームに反映させるのもまた面白いと、だというのに脳死でビッチだなんだと騒ぎ立てるこじらせ【自主規制】の多いこと。ヒロインに幻想を抱き、綺麗な上辺だけを見たいのであればチラシ裏にでも自分だけの脳内妄想作品を書いていればよろしいのでは」
「お止めなさい」
熱弁するメイドにストップをかけるアテネ。公然と女子が規制されるようなことを言ってはいけません。
「ともかく、お嬢様のプライバシーを詮索する気はありませんので。ご安心ください」
「むしろ妙な誤解をされるくらいなら、本当のことを伝えた方が安心ですわ」
最もである。
「で、結局どうします?事情は存じ上げませんが、お嬢様は生徒会室内にいる男性が気になるご様子」
「いやどうして男性って分かるんですの?」
「先ほどのサーモグラフィーグラスは熱探知のみならず、その対象の性別身長体重体脂肪率ウエストサイズなどもつまびらかにする機能があります」
「とんでもない危険アイテムですわ、即刻廃棄しましょう」
サングラスは廃棄が決定した。
「話を戻しますが、気になるけど直接会うのは心の準備が出来てない。そうお見受けします」
「うぅ」
「それを考慮して、進軍か撤退か。ご決断を」
図星をつかれて言葉を失うアテネお嬢様。拳を口元にあてて思案するように視線を彷徨わせていたが、やがて扇子をぴしっと開く。そして、ヨゾラに決意を秘めた瞳を向けるのだった。
コンコン。
「失礼します」
「はい、どうぞ――って」
どちら様?
生徒会室の扉を開けたヒナギクは首を傾げてみせた。それもそのはず、見覚えのないメイド服を着た少女が立っていたからだ。
「ご多忙のところ失礼致します。生徒会長の桂ヒナギク様とお見受けします。私、メイドのヨゾラと申します」
「ヨゾラさん?えーと、生徒の関係者の方、でしょうか」
メイド姿なので通学しているどこかの名家の従者かと思うのも無理はない。しかし、ヨゾラは首を振った。
「いえ、私は先輩――アイル様の部下になります。つい数日前に白皇学院で雇用されました」
「え?アイルさんの?」
「はい。今後私も皆様をお手伝いさせていただく機会もあるかと思いまして、ヒナギク様を始め、生徒会の方々にご挨拶にお伺いした次第です。どうぞお見知りおきを」
スカートの両裾をつまんで、綺麗にお辞儀をしてみせるヨゾラ。これはこれはご丁寧にとヒナギクも頭を下げる。
「そうだったんですか。ごめんなさい、今生徒会は私しかいなくて。他のメンバーは出払っているんです……もう少ししたら戻ると思うんですけど」
「こちらこそ、アポイントなしで訪ねるのは失礼でした」
「いえいえ、そんな。待っててもらっても構いませんが……」
ヒナギクが軽く後ろを振り返ると、ハヤテとシスターが何やら話し合っている様子。生憎と今は取り込み中といえば取り込み中のような気もする。
「あら?」
そんな執事の姿に気が付いて、ヨゾラは目を丸くしてみせた。
「あなた様はもしかして」
「へ?僕ですか?」
きょとんとするハヤテの元にそのまま歩み寄るメイド。
「やはり、三千院家に最近配属されたと噂の新人執事様ではありませんか」
「え、えっと、はい」
執事様とは。また仰々しい呼び方である。
「確かお名前は、
「随分美意識にうるさそうな名前ですね。違いますよ?」
執事の冷静なツッコミ。
「そうでした。
「惜しい、近づいたわ!」
「いやヒナギクさん、惜しくないです。それでは妖怪討伐モノが始まっちゃいます」
都内某所に暮らすわがままお嬢様と不幸な執事による妖怪討伐モノ。次回辺りから連載要検討。
「いやいや!しないですから!」
「それで、綾崎ハヤテ様。私は新人メイドのヨゾラと申します。新人同士、ここは一つよろしくお願いします」
「いや名前知ってるかい」
ちょっと変な人なのかな。ハヤテが抱いた第一印象は周囲も認めるところ、概ね間違っていないものと思えた。ひとまず差し出された右手に握手を返す。
「ところで、どうして三千院家の執事様がここに?」
「えーと、説明すると長いようで短いようでやっぱり短いのですが」
かくかくしかじか。
「ははぁ、なるほど。マラソン大会でお嬢様を優勝させられず、無能で主人の役に立たないという烙印を押されて執事の再教育を図るためにとある施設で実習を行うところ、だと」
「あれ、おかしいな?存在しないはずの記憶というか、それ原作のあらすじだと思うんですが」
ハヤテは自主的に執事の品格を学ぶため、アレキサンマルコ教会の門を叩いたのである。確認。
と、それまで蚊帳の外だったシスターがすっと前に出てきた。
「えぇ、そんな訳で。この私、シスター・フォルテシアが綾崎君の実習を担当しているわけです。執事とらのあなのスペシャルプログラムとして」
「なるほど、空気と同化してこのままフェードアウトするのかと思っていましたが、そういう事だったのですね」
「ず、随分ずけずけとモノを言うメイドさんですね……」
メガネをただしながらわざとらしく咳払いするシスター。が、ヨゾラの顔を見て、ふと眉をつり上げた。
「ん?んん?」
そのまま、少しだけ顔を近づけてその顔を見つめる。
「貴女、どこかで――」
「えっと、なんでしょう?」
「……いえ、気のせいですね。なんでもありません」
しかし、さっと首を振るとヒナギクたちの方に向き直った。
「では、執事実習を始めましょう。生徒会室のサポート実習ですから、皆さんが戻られたらスタートです」
「えぇ、もう少しで戻ると思います」
ヨゾラは彼らを交互に見ると、ぽんと軽く手を叩く。
「あの、私も是非見学させてください。生徒会のサポートを間近で見て勉強したいのです、新人メイドとして」
「えぇ、構いませんよ。綾崎君も」
「はい、ちょっと緊張しますけど」
ヨゾラの提案に、シスターはにっこりと微笑んで了承。執事もOKときた。
そうこうするうちに生徒会のメンバーがぞろぞろと戻ってきた。ヒナギクやシスターがメンバーに趣旨を説明し始める。
その隙を見て、ヨゾラはさりげなく携帯を取り出す。そしてメッセージアプリに手早く文字を打ち込む。
『潜入成功。これよりマルタイの監視に入ります』
暫くして、ポンと返信のメッセージが。
『ありがとう、仰々しい言い方をしなくてもいいわ。少しハヤテの様子を見てくれるだけでいいから』
返信主は他でもない彼女の主人であった。
結局あの後。アテネ自らが生徒会室に乗り込むのは躊躇われるということになり、しかしすぐそばにいるハヤテの動向が気になるという複雑な乙女心を察知したヨゾラの「では、私が生徒会への挨拶という体で様子を見ましょうか」という提案が採用されることになったのだ。
とはいえ、潜入というほど堅い任務ではなく様子見という軽いお願いベースだったようだが。メイドさんはやる気満々のようである。
「では、準備も整いましたし始めましょう。皆さんはいつも通り仕事をなさってください、綾崎君が即興でサポートしますので」
「あ、そういう試験なんですね。即興ってまたテキトーだな……」
審査基準を問うも、「私の独断と偏見です」ときっぱり。
生徒会メンバーの方も事情を理解したらしく各々仕事に戻るべく席につく。間もなくハヤテの執事実習が始まるようだ。
「では、先輩の顔に泥を塗らないように、私もしっかり勉強させていただきます」
ヨゾラも無表情ながら、グッと両手で拳を作ってみせた。
「ところでヨゾラさん。先輩ってアイルさんの事ですか?」
「はい。あの方がそう呼んでほしいのではと分析しました。さながら水泳部のクール系ヒロインのように。そう、まさに時代は後輩系クーデレ、所詮胸なんて飾りですよ、と。とはいえ72をステータスというのはただの逃げとも思っている可能性もありますが」
「ふふ……あとで〝ちゃんと〟話を聞く必要がありそうですね、あの人には」
しっかりと〝先輩〟の顔に誤解という泥を塗り、笑顔のヒナギクの右手がきつーく握りしめられた気がしたが、多分恐らくきっと気のせいだろう。気のせいに違いない。
さて、生徒会室でスタートしたハヤテの執事実習。生徒会室で執事って何だよという野暮なツッコミは置いていて。彼の室執事業の適正には、シスター・フォルテシアも舌を巻かざるを得なかった。
主人の注文に一切首は振らないどころか、瞬時に要求を満たす手際と要領の良さ。例えば。
「ハヤ太君、次はシーフードカレーが食べたいな」
「はい。独自ブレンドのスパイスで魚介の香りが引き立ちますよ」
行列のできるカレー店も顔負けの本格カレーを瞬時に調理したと思えば。
「ハヤ太くん、ちょっとパスタを作ってくれないか」
「はい。鮮度の良いトマトとエビでアラビアータを仕上げてみました。隠し味に柚の皮を少し入れて、全体の風味とトマトの甘みを引き立ててます」
3つ星シェフも仰天するほどのパスタも。
「ハヤ太くん、美味しいケーキが食べたいな」
「どうぞ、旬の果物をふんだんにつかったフルーツタルトです。ポイントは砂糖じゃなく水アメで甘さを出しているところですよ」
まるで宝石のような芸術的なケーキまで同時に提供してみせる。生徒会3人娘こと、美希、理沙、泉の嵐のようなオーダーにもたった一人で対応してみせる高性能っぷり。
「なるほど。確かにハイスペ男子ですねあれは。しかもどことなく一級フラグ建築士の香りがします」
「いえ、それどころではありませんよヨゾラさん。あれは某学園ジュブナイルで過去最大の10股を達成した主人公をも超えるポテンシャルを持っています」
「なるほど、血のバレンタイン事件必至ですか」
いつの間にか
「ってあなたたち!仕事中よ、何レストランみたいにハヤテくんに料理ばかり頼んでるのよ!!」
3人娘には生徒会長の雷が落ちていた。当然である。
「構いませんよ、このくらい。あ、この資料はまとめておきましたので」
にこっと笑顔で手早く資料をまとめて仕分けボックスに滑らせる執事。360度どこから見てもハイスペである。
「ほらヒナ。本人もこう言ってることだし、この働きぶりなら高得点間違いなしだぞ」
「アナタたちねぇ」
お気楽な3人に思わずため息がこぼれるヒナギクだったが。
「まぁいいじゃないヒナ。そういうのも含めてのサポートみたいだし」
「愛歌さんまで……」
そう言ってたしなめるのは副会長の霞愛歌。
リクライニングチェアに腰掛け、資料を片手にゆったり紅茶をたしなんでいる。もちろん、ハヤテが丹精込めて淹れた紅茶である。
「そういえば挨拶がまだでしたね。私は霞愛歌、この生徒会で副会長をしております。以後お見知りおきを」
「はい、初めまして。三千院家の執事をしてます、綾崎ハヤテです。こちらこそ、よろしくお願い致します」
丁寧に頭を下げる愛歌は言葉使いや態度にも出ているとおり気品がよく、育ちの良さが手に取るようにうかがえた。きっとおしとやかで心優しい女性なのだろうと、ハヤテは口元を緩めてみせる。
「ここに千桜さんもいれば喜んだのでしょうけれど。残念ね、こんな時に出張なんて」
「まだいらっしゃってないメンバーですか?」
「えぇ。春風千桜さん。メガネが似合うキュートな書記ちゃんです。また今度いらっしゃったらご紹介しますわ」
是非。ハヤテは一礼するとヒナギクにもとへと歩み寄る。
「ごめんなさいねハヤテくん。あの子たちやりたい放題で」
「いやいや、それが今回の試験ですから。むしろドンドン頼ってください」
確かにその通りなのだが、生徒会長としては素直に納得していいのかは複雑なところ。とはいえ、生徒会の業務(半分は食事会)はハヤテの迅速な立ち回りもあって通常の三倍のスピードで進展した。食事会も同時だったので、業務に限って言えば結局いつも通りのスピードだったという野暮なツッコミはしてはいけない。
そして夜。アレキサンマルコ教会。
「お疲れ様でした。本日の実習ですが、文句なしの出来でしたので合格です」
「ほ、本当ですか!」
「はい。この実習の働きぶりならば、一流の執事に向けての一歩としては十分と言えるでしょう。第一段階はクリア、と言うことですね」
受検者ハヤテはシスター・フォルテシアからお褒めの言葉を頂戴していた。第一段階とはいえ、ひとまず安堵の色を瞳に宿らせるハヤテである。
「本当はあと数回の実習が行われる予定だったのですが、綾崎君の働きであればもう最終試験に挑んでもらっても良いかもしれません」
「え、もう最終ですか」
「はい。まああまり尺がないという事情もありますので」
「身も蓋もないっすね」
とはいえ、最終試験に一気に段飛び出来るのであれば、早く屋敷に戻りたいハヤテとしても歓迎ではある。
それはそうと、ハヤテには一つの疑問があった。
「では最終試験は明日から実施します。最終試験の説明は明日の午前9時にアンドレからさせますので、内容はそのときに明かします。それまではしっかりお休みください。何か質問があれば」
「はい」
「はい、綾崎君」
手を上げたハヤテはやや遠慮がちに、シスターの横に目を向けた。
「あの、どうして先ほどのメイドさんがここに?」
シスターの横には何故か白皇学院理事長室の新人メイド、ヨゾラがさも当たり前のように立っていたからだ。
言うまでもなく、彼女は教会の人間ではない。
「はい、私がシスターに直訴したのです。新人メイドとして、この素晴らしい施設の取り組みを是非間近で見学したいと。何より、これほど美人で清らかで心優しいシスターの人柄に惚れ込みました。是非密着取材して見習いたいと」
「今時大変勉強熱心な若者です、その熱意に私も心を打たれ、見学を許可した次第です」
許可した理由はむしろ後半にあるような。そんな余計なことは言わない程度には空気を読めるハヤテは黙って頷くに留めておいた。
「そんな訳で、彼女も貴方の試験終了まで見学生として帯同します。どうぞ、立派な姿を見せてあげて下さいね」
「はぁ」
ツッコんだら負け。世の中にはそんなことは五万とある。
「では綾崎君は、明日に備えてゆっくり休んでください。最終試験はこれまでとは比べものにならないほど過酷かつ斬新な試験ですので」
これまでもなにも、1回しか実習に行っていない上に、大した面白どころもないまま終わってしまったのだが。そんな野暮なことは言わない程度にはデリカシーのあるハヤテは頷くに留めておいた。彼も本編以上に成長しているのである。
「分かりました。では、明日もよろしくお願いします!」
「えぇ、ごゆっくり」
一礼する執事ににっこりと微笑んだシスターはそのまま、隣のメイドにも声を掛ける。
「では、ヨゾラさんも明日は9時までにここに集まってくださいね」
「分かりました、シスター・フォルテシア。寛大な御心に感謝申し上げます」
「いえ。迷える子羊を導くのが私たちの仕事ですから」
ヨゾラもくるりと背を向けて、教会をあとにする。
2人が礼拝堂から去って行ったのを見届けると、シスターは真顔になり、首にかけていた十字架のペンダントにそっと手を触れた。
「さて、準備は滞りなく整いました」
――今のうちに、せいぜい現実を楽しんでおくことですね。
シスターのそんな囁きは、誰の耳に届くこともなく、鐘の音にかき消されたのだった。
とらのあな編は最終試験が少しだけ長くなるかと思います、数話くらいですが、原作はリアルウィザードリィでしたが、今回はアレンジしてみようと考えてます。特にリアルの部分を。もちろん出演メンバーもまたガラリと変えるので、是非お付き合いいただければと思います!
そして.とらのあな編が終わるといよいよバレンタインデーに。これまでよりももう少し強くラブコメ要素にも結構突っ込んでいこうかと構成中です!
感想や評価、ご指摘などございましたら何卒よろしくお願い致します!
物語の終わり方について
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エンディングは一つのみが好ましい
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各ヒロインのルート分岐などがあっても良い
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どうでもいい