バレンタインデー。
起源を遡ると諸説あるので割愛するが、2月14日に、欧州などで主に大切な人に贈り物をあげる日として知られてきた。
日本で流行したのは古くは昭和30年代ともいわれ、そこから様々な思惑も重なり独自の文化を形成していった結果、主に「女性から男性へ、チョコレートを贈る日」というのが定着した。
「愛って、なんでしょうか」
「唐突になんですかハヤテ君」
学校に帰ってくるなり、時代劇のような恋愛問答をし始めた執事に、留守番をしていたメイドは呆れたような視線を向けていた。
「いえ、その、実は今日、前の高校のクラスメートからチョコレートをもらいまして。それでちょっと考え込んでいたといいますか」
「なんだ、そういう事ですか。てっきりトラックにでもはねられて頭を打ったのかと思いましたわ」
「いや死にますから。マリアさんは僕のことをなんだと思っているんですか」
散々車にはねられてもピンピンしている人間が言っても全く説得力がないのでは。そんな返しが喉元まででかかったマリアだが、軽く息をつくにとどめた。
「前の高校というと、この前の女の子ですか?あの西沢さんっていう」
「えぇ、まぁ、はい」
分かりやすく顔を赤らめるハヤテ。なんて可愛い反応だろうか。
「その反応からすると、本命ということなのかしら」
「えぇ、本命、ということらしいです……一応、ぼ、僕の聞き間違いでなければ」
ハヤテの反応からすれば決して満更でもないようである。一般的には同僚の男の子に春が訪れたことを祝福するべきなのだろうが。
(ですがナギとのこともありますし……うーん、どうしましょう)
ややこしい事に、メイドさんの主人はこの〝彼〟に好意を持っているのである。どころか、お互いに相思相愛だと勘違いをしている始末。これには海よりも浅く、山よりも低い並々ならぬ事情があるのだがそれは今割愛するとして。
「あの、ハヤテ君。差し出がましいことを聞くようでアレなんですが、その西沢さんから告白なんかもされたりとか?」
「えっと、あの、はい」
「それで、ハヤテ君は、交際とかすることになったのですか?」
ぶんぶんと首を千切れんばかりに振るハヤテ。
「そんな、僕なんかが!そんな女性とお付き合いするなんて、100年早いっていうか」
「どこの修行僧なんですかハヤテ君は」
真面目なのか冗談なのか、ハヤテの場合は判別がつかない時がある。
「ですが、告白されたのならお返事は?」
「それが、その……返事はしなくていいって言われたんです。ただ本命だから、受け取って欲しいって……」
「まぁ、それはそれは」
赤らんだままの顔を俯かせ、もじもじと人差し指同士を弄ばせている。何というか、その辺の女の子よりもよっぽど可愛らしいと感じてしまうのは異常なのだろうか。
たまに男子ということを忘れそうになるほどだ。
「でも、だからちょっとマリアさんにお聞きしたいんです。僕ではどうしたらいいのか分からなくなってしまって」
「私ですか?」
きょとんと目を丸くするメイドさん。
「マリアさん、恋愛経験豊富そうですし、細木○子ばりのすばりのアドバイスをいただきたいというか!」
「れ、恋愛……経験?」
そして笑顔のまま固まるメイドさん。
脳内コンピューターで必死に〝恋愛経験〟を検索し始めるが。
(あれ?私ってそういう経験、あったかしら?)
遡れば遡るほどに、そういった甘酸っぱいストロベリーソーダの記憶は見当たらず。真っ黒な背景が続くばかり。
(よく考えれば、小さな頃にお爺さまに拾われてからはほぼお屋敷の中でしたし……勉強ばかりで、学校は飛び級。いわゆる華のJK時代も、13歳で卒業したからそんな色恋なんてほぼ無縁で)
検索結果。〝該当する記憶はありません〟
「確かに、僕みたいに恋愛のない10代なんて〝灰色の青春〟なのかもしれませんが」
「は、灰色……」
単に自分自身に向けられているはずのハヤテの言葉が、矢のようにぐいぐいと突き刺さっていく。
「ずっと長いこと、恋人がいないダメダメな人生を送っている僕ですから、そりゃやっぱり嬉しかったんですよ?」
長い間どころか、17年間恋人なんていません。
「マリアさんは年上だし大人だから、こんな色恋に縁遠い学生生活は送っていないでしょうけど」
送りました。色恋の物心ついたときにはもう高校卒業してました。
「だから興味は、あるんですよ?あるけど僕恋愛素人のバカだから何もできないっていうか」
バカ!?素人どころか初心者ですけどバカって!?
「ですから、僕みたいな死んだ方がマシな青春を送っているヤツに、高等恋愛術をくぐり抜けてきたマリアさんい是非アドバイスを――」
カッと目を見開き、拳に力を込めてハヤテは訴える。恋愛とは、愛とは一体何なのか、この有能お姉さんメイドから教えを乞うために。
「って、マリアさん?何故背を向けてひざをかかえていらっしゃるのですか」
「ハヤテ君となんか一生クチききません」
「ええ――ッ!?」
教えどころか、何故か絶交宣言をされたのであった。
屋敷のソファに身を任せたマリアは、深くため息をついた。
「恋愛、ですか」
考えれば考えるほど、そういったものには縁遠い学生生活だった。
飛び級してわずか10歳で生徒会長の座に君臨し、辣腕を振い、時に皆に可愛がられ、愛でられ、気が付けば卒業していた訳である。
(周りの皆さんも、基本的には同級生というよりも、妹のような扱いだったとは思いますし)
それは無理もない話で。本来の高校生の年齢からみれば、彼女はまだ小学生だったのだ。
つまるところ。
うわっ、私の恋愛経験……低すぎ?状態である
(まぁ、恋愛云々はこの際良いのですが……バレンタインとか、そういった青春ならではのイベントくらいは皆と騒いでみたかったですねぇ)
別に恋人がいなくても。気になっている人がいて、それを友だちに相談したり。からかったりからかわれたりしながらも一緒にチョコレートを作ってみたり。その誰かに、恥ずかしながらも精一杯作ったチョコレートをあげてみたり――そんなザ・青春のような、甘酸っぱくも大切な〝あったかもしれない〟思い出が。
そんな彼女の脳裏に、ふと昔の記憶がよぎる。
「バレンタイン。そういえば、私のときって確か」
それは、6年前のこと。
白皇学院、生徒会室にて。
「マリアちゃん、先輩!事件です!」
叫び声と共に開かれたには生徒会室のドア。飛び込んできたのは高等部2年の牧村詩織。白衣とメガネが似合うキャピキャピの17歳である。別名、白皇に悪夢をもたらすマッドサイエンティスト(科学部談)
「どうしました?副会長の牧村さん」
そんな慌ただしい彼女を優しく迎え入れるのは、白皇学院生徒会長のマリア。齢11歳にして高等部2年兼主席に君臨する、ウルトラスーパー幼女である。
「どーでもいいけどお前、その登場の仕方しかできないのか?」
反面、面倒そうに迎え入れるのは〝元〟副会長、アイル。高等部3年である彼は卒業を間近に控えた身であり、生徒会役員は退いている。が、今回のようにたまに様子を見に来たりもしている。
「なーに言ってるんですか!これが騒がずにいられますか!大事件なんですよ!」
呆れたような視線などなんのその、肩で風を切りながらテーブルにつく詩織。
マリアとアイルは顔を見合わせたが、ひとまず彼女に向かい合うように席に着いた。
「でね、さっき何気なくマリアちゃんの下駄箱を漁っていたんだけど」
「何気なくそんな所を漁らないでくださいッ」
開幕から問題発言をかます詩織は気にせず、テーブルの上に次々と何かを並べ始めた。
「そこで、こんな代物を見つけちゃったんです!」
「これは……」
それらは可愛らしくハート型にラッピングされたものだった。
「そう、これはバレンタインのチョコですよ!マリアちゃん!」
「まぁ!」
マリアは目を輝かせて手を合わせた。
「おや、えらく嬉しそうですね会長」
「当然ですよ!かの噂に聞くバレンタインデーのチョコレートなんですよアイルくん!聖なる神々の女王が生まれた日であり、人々に繁栄と祝福をもたらすという運命の日の贈り物です」
「多分間違ってはいないんでしょうけど……なんか大げさだな」
大分偏った情報を収拾しているらしい。
一方で、詩織は険しい表情を崩さない。
「そんな場合じゃないですよマリアちゃん!これは事件なんですよ」
「というと?」
「見てください、裏にある名前を察するにこれはどれも男子からです」
確かに、それぞれの包みの裏側には贈り主と思われる名前が。
「それがどうかしたんです」
「マリアちゃんにバレンタインのチョコレートなんて、変態のしわざに違いありません!!」
断言。
「は?」
呆れたように半目になるマリア。その頭を撫でるように手を乗せる詩織。
「だってそうじゃないですかッ!マリアちゃんこんなにちっちゃいんですよ、それなのにチョコレートだなんて。これはもう犯罪といっても良いレベル!」
「牧村さん、そんな決めつけなくても」
「いーえ、断言します!これは『ちっちゃい子大好き少年』の計画的犯行、略してTKDSのしわざに違いありません!!」
「変な造語を作らないでくださいッ!」
TKDS。
それは世の中の表舞台には決して姿を見せない。紳士の集団である。幼女の笑顔を全力で愛し、幼女の願いを己が願いとし、幼女の幸せを一心に祈り続ける。
しかし彼らは影。その存在を意識させることは決してしない。直接触れるどころか、話しかけることも一切禁じている。視界にすら入ることを許さない。それがTKDSという、紳士集団である。
「それは服部半蔵もびっくりな集団だなぁ」
「もう、アイルくんも真に受けないでください」
呑気にそんな事をいうアイルを一瞥しつつ、マリアはため息をつく。
「牧村さんも落ち着いてください、開けてみないと何も分からないじゃないですか」
「ごめんごめんマリアちゃん、つい熱くなっちゃって。でも危険がないかだけ確認させて?」
と言いながら詩織は探知機のような機械を取り出し、ラッピング一つ一つにかざし始めた。
「ひとまず危険物質はないみたいだね」
「確認のレベルが高すぎる」
「あとは成分かな。ちょっとチョコを採取して確認してみよう」
「その液体のが危険そうに見えるんだが」
ビーカーや謎の紫の液体まで持ち出す有様はもはや実験の研究者のようである。
その様子にはさしものアイルも頬を引きつらせていた。
「そのへんにしておけ。勝手に開けるのはマナー違反だ」
「ああ、そんなまだ検査の途中なのに!!」
ラッピングを開けられるまえに詩織から引き離す。
「心配する気持ちは分かるけど、過保護すぎると嫌われるぞ」
「ふぁ!?」
「既に内心鬱陶しがられてるかも」
「はぅあッ!!」
その一言で、詩織はがっくりとテーブルに突っ伏して撃沈。マリアが「そんな嫌いにはなりませんよ!?」と慌ててフォローをしてなんとか立ち直らせようとする。
「うぅ、確かに頭に血が上りすぎてたかも。ごめんなさいマリアちゃん」
「まぁ、心配してくれたのは嬉しいですから。ね?」
しょんぼりと肩を落とす副会長をなだめる生徒会長。立場があべこべのような気もするが。
「もう、アイルくん。やりすぎですよ?」
「すみません、会長。荒ぶってるコイツを鎮めるにはこれくらいしか方法がなく」
会長にたしなめられ、苦笑で返すアイル。
「では、騒ぎのお口直しに。会長、両手を出してくださいますか?」
「え?」
言われるがまま、差し出されたマリアの両手。そこに星の模様があしらわれた青い袋がちょこんと乗せられた。
「これは?」
「チョコレートです。今日はバレンタインですから」
気持ち程度ですが。そう言って微笑む執事。
黒いリボンを解いて開くと、色とりどりの包みに入った一口サイズのチョコレートが。それを見て、ぱあっとみるみる目を輝かせるマリア。しかしすぐに不安そうに眉を八の字にする。
「でもいいんでしょうか、バレンタインって女性が意中の男性に贈り物をするルールですよね?それを破ってしまったら四肢を鎖でつながれ、未来永劫煮えたぎる釜湯でゆで続けられるって」
「どこの煉獄のイベントですかそれは」
偏るにしても程がある知識である。
(きっと帝様だな。悪い虫が付かないように吹き込んだに違いない)
犯人についての心当たりはすぐについたが。
「お世話になった人に感謝を伝える意味もあるそうですから。あまりそういう事は気にしなくて大丈夫ですよ」
「まぁ、そうなんですね」
ホッとしたように息をつくチビっ子会長。
「生徒会のメンバーとして、お嬢様――いや、会長には本当にお世話になりましたから。ほんの心ばかりのお礼です」
「では、いただきますね。ありがとうございます、アイルくん!」
再び嬉しそうに破顔するマリアは、年相応に可愛らしい。
「では、自分は教室で用事があるので。失礼しますね」
その反応を見届けて、アイルは席を立つ。そのまま生徒会室の扉に向かおうとしたが。
「牧村?」
その進路を阻む副会長。何故か両手を差し出している。
「チョコは?」
「は?」
怪訝そうに首を傾げるアイルに目を見開く詩織。
「えぇ!?この流れは私ももらえる流れじゃないんですかッ」
「どういう流れだそれは」
「だってだって!私だって先輩をお世話してたじゃないですか。そのお礼があってもいいんじゃ――」
言い終わらないうちに彼女の頬を引っ張る
「ほー、誰が誰を世話してたって?」
「い、いふぁいでふ、へんふぁい(痛いです、先輩)」
数々の殺戮マシーンを作り上げては、学院に混乱をもたらしたこのマッドサイエンティスト。世話をした覚えはあってもされた覚えはないアイルである。
「ちょっと!ちょっとはお世話したじゃないですか多分きっとどこか別の世界では!私たち良いチームだったでしょ!?」
「……そうか?」
「ひどッ!?」
肩を落として分かり易くショックを受ける副会長。肩を落としながら壁際までいって体育座りをし始める副会長。
「アイルくーん」
生徒会長からも非難するような視線が飛んでくる。
アイルはため息をつくと、座り込んでいる彼女の頭にそっと包みを乗せた。
「ほへ?」
きょとんとした顔でそれを掴むと、顔の前までもってくる。マリアとは色違いの赤い袋だ。
「一応な、同じ生徒会だったから」
「ほほう」
ぱあっと一転して笑顔になる副会長。
「なーんだ先輩!もー、結局用意してるんじゃないですか!ツンデレなんだからー!!」
バシバシと無遠慮に肩を叩く詩織。
「チョーシに乗るな」
「い、いふぁい(い、痛い)」
すぐに頬を引っ張られる詩織。
「まあまあ、せっかくですから一緒にいただきましょう。この前美味しい紅茶をもらったんです」
そんな2人をなだめつつ、マリアはご機嫌な足取りで食器棚へ。その日の生徒会室は普段以上に賑やかだったという。
(そういえば、そんな事もありましたね……)
ソファに背を預けたまま、うっすらと目を開けるマリア。思い出していたのは彼女が学生だった頃の記憶。
青春の代名詞、バレンタインデーらしいイベントだっかたは疑義がありそうだが。
(お返しをしようと、ホワイトデーを待ってたのですが……結局、アイルくんは3月に入ってすぐ居なくなってしまったんですよね)
卒業式にも出られず、どころか3月14日にも彼は姿を消していた。結局、彼女はお返しができず仕舞いで……
「あ、そうですわ!」
何かを思いついたのか、立ち上がって手を合わせるマリア。
「せっかくのバレンタインですし、あのときのお返しをしましょう」
どうせならサプライズで、思い立ったら吉日だ。
メイドさんは先ほどとは打って変わって、上機嫌な足取りで厨房への向かうのだった。
ちなみに。
「そもそも女が男に贈り物をするという日本独自の文化が間違っている!!」
「どうしたんですかお嬢様突然」
窓の外の景色を眺めながら仏頂面のナギが
「世の中あんなお菓子メーカーの陰謀に踊らされおってからに。言っておくが、昨日の夜からずっとチョコレートを作ろうとしていたのに全くうまくいかずに諦めてひがんでいるわけではないぞ?」
「え、えぇ……もちろん分かってますよ」
有無を言わせないお嬢様の圧力に思わず視線をそらすハヤテ少年。
「というわけで、ハヤテ!お前がチョコを作って私にプレゼントしてくれ!」
「え?僕ですか?」
「大丈夫だ、問題ない。お前ならセーラー服でも巫女服でも着こなしてチョコを渡せばイチコロなのだ」
「絶対大丈夫じゃない人ですよそれ」
ナギたちの脳裏には様々な女装して頬を赤らめながらチョコを渡そうとするハヤテの姿が。
「そういえば、日本のバレンタイン発祥は神戸のお菓子メーカーらしいですよ?掲載した広告が始まりなんだとか」
「いやその豆知識今いる?」
2月14日はまだまだ続く。
メイドさん回、のはずが長くなりそうだったので前後半に分かれてしまいました。
あと2話くらいバレンタイン話をやったら、ヒナ祭りに向けて物語を進めていこうと思います!
物語の終わり方について
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エンディングは一つのみが好ましい
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各ヒロインのルート分岐などがあっても良い
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どうでもいい