「ふう、こんなものでしょうか」
三千院家の厨房。
メイドのマリアは、満足そうに笑みを浮かべると
台に乗っているのはハート型のチョコレート。ホイップで綺麗な模様が描かれており、小さなドライイチゴがアクセント。中心には「ST・Valentine」の文字も。
味見もバッチリ、形やデザインも上出来だ。
「よし、では早速届けにいっちゃいましょう」
丁寧にラッピングを施し、紙袋に入れて準備完了。手に取ってそのまま厨房を出て行こうとしたものの。
「そうでした、メイド服のまま学校にいくわけにもいかないですね」
忘れることなかれ。私服である。
ダークブラウンのジャケットにスカートをなびかせ、肩から黒いストールをかければ今度こそ準備万端。
「これでよし。ではちょっと出かけてきましょう」
そんな風に、意気揚々よ廊下を歩いていたマリアだったが。何を思ったのかふと立ち止まる。
(考えてみると、いざ改まって渡すのも少しアレですね……少し予行演習的なモノをしていった方がいい気がしますわ)
ちょうど廊下をチョロチョロと歩いていた三千院家のマスコット、タマを発見する。図体にして約3メートル、体重は約250キロ。どこからどう見ても虎の出で立ちをしているのに、三千院家の人間が「猫」と言い張るこのペットこそ、学名ホワイトタイガーネコの「タマ」である。
「タマ―、ちょっとこっちにいらっしゃい」
「ニャ?」
マリアの呼び声にタマは小首を傾げる仕種をしながらも近づいてくる。
「ちょっと私の練習に付き合ってもらえますか?」
「ニャニャ?」
訳も変わらず目を点にするタマ。しかしそんなことはお構いなしに、メイドさんはとびっきりの笑顔で手に持ったチョコレートを差し出した。
「はい、アイルくん。今日はバレンタインデーですから7年前のお返しに、手作りチョコレートですわ」
無言になるタマ。当然である、どう返していいのか分からない。
無言になるメイド。当然である、どう展開していいのか分からない。
(あれ、これってなんだか少しラブ的な意味が含まれてません?なんか語尾にハートが付いてるような気が。いきなり7年前のお返しっていうのも何の話?ってなりそうだし、私だけ一方的に覚えててっていうのはなんだかラブ要素になりませんか?)
考えすぎだろうか。しかし思考を始めたメイドさんの脳内パトスはとどまるところを知らない。
自分の言葉を俯瞰し、相手の反応を予想。その後に起こりえるパターンを瞬時に分析する。
(趣向を変えてみましょう。大丈夫、ただ渡すだけなんですから)
タマに向けて、もう一度チョコレートを差し出す。しかし今度はどこかつっけんどんな表情で。
「べ、別にアイルくんの為に作ったわけじゃないんですからね?ただ借りを作りたくないだけですから、勘違いしないでくださいね?」
無言を続けるタマ。
(ダメですわ!?なんだかこれ、少し前まで流行っていたツンなんとかみたいになってますわ!明らかにラブ的な意味が上がってますし!恐るべき、恐るべきですツンなんとか!)
ぶんぶんと頭をふるマリア。お淑やかたれの代表である三千院家のメイドの魂は一体どこに忘れてきてしまったのか。
(いけません!我を忘れては、ただ淡々と渡すだけ!それだけじゃないですか)
再度チョコレートを差し出す。心なしか彼女の瞳は冷え切った
「あら、アイルくん。バレンタインデーだというのにチョコを一つももらえていない惨めな貴方に、私がチョコを恵んで差し上げますわ。むせび泣いて喜ぶといいですわ!」
帰りたい。率直に思うタマであった。
(違いますわ!?これなんか別方向で別のフラグが急造されてしまう気がしますわッ、一夜城もびっくりななんという突貫工事!
しかもよく考えたらこれハート型のチョコですし!全然そんな意味ないのに、単にイベントに合わせただけなのに、これでは言葉のキツさも相まってラブ要素急上昇じゃないですかッ!!)
頭を抱えるマリア。なんだか考えれば考えるほどドツボにはまってる気がする。
しかしメイドさんも予想外だっただろう、遠目から震えながら眺める2人がいたとは。
「お嬢様……あの、何されてるのでしょうか、あれ」
「分からん。だが触れるなハヤテ。絶対に面倒くさいことになるから。触れたら最後、自宅前でバーサーカーに両断される強制バッドエンド直行なのだ」
「マジですか」
「マジだ。だから今見たことは一切合切忘れるのだ」
私たちは何も見なかった。
人知れず、主人と従者は固く誓いたって握手をするのだった。
(はぁ……結局何の成果も得られませんでしたわ)
ため息交じりに歩くマリア。
場所は変わって白皇学院の敷地内。放課後になり、帰宅する生徒や勉学、部活にいそしむ生徒。思い思いの時間を過ごしている中で、私服の彼女は1人、校舎に向かって歩いていた。
(でも仕方ありません。こうなればぶっつけ本番です。私の持てる全てのノウハウを持ってして、彼にチョコを受け取らせてみせます……!!)
揺るぎない固い意思を胸に闘志を燃やす。
ちなみに、唐突に現れた美少女に周囲の男子生徒たちはみるみる色めき立ち。「あの可憐な天使は誰だ?」「あんな可愛い娘この学校にいた?」などと騒然としていたがそれはさておき。
(ひとまず、理事会の方に行ってみましょうか)
敷地内の一角にある理事会の校舎。
基本的に生徒は寄りつかず、運営に携わる関係者が出入りしている施設。しかしながら、三千院家が学院の出資大きく関わっているということもあって、年に1回くらいの頻度でマリアもここを訪れることがある。
「おや、珍しいな。君がここに顔を出すのは」
「まぁ、キリカさん」
受付に向かう途中、意外な人物に出くわした。
この学院の理事1人であり、教師でもあった葛葉キリカ。顔見知りなのかマリアは相好を崩して彼女の元へ駆け寄る。
「なんだ、ウチの教職を希望するなら、今すぐにでも手続きを済ませるぞ」
「違いますよ、何度も言っていますが私はお嬢様のお世話で手一杯ですから」
「残念だ。ただ、失業したらいつでも泣きついてこい」
「ふふ、考えておきます」
断られるのが分かっていたのか、彼女は大して残念でもなさそうに軽口を叩いてみせる。
「冗談はさておき、理事会に何か用か?」
「あ、いえ。ちょっと届け物を……アイルくんがどちらにいるかご存じありませんか?」
届け物。
一瞬だけ、マリアの手にある紙袋に目をやると、キリカは何かを察したように小さく頷いてみせた。
「そうか、アレも人並みに人生を謳歌しているようで」
「あの?」
「あぁ、何でも無い。奴なら今日は生徒会の用事とかで時計塔に行っているはずだ」
時計塔は理事校舎からは反対に位置している。どうやら見当違いの方向に来てしまっていたらしい。
「そうでしたか、ありがとうございます。ちょっと回り道になっちゃいましたね」
「まぁ、気にすることは無い。人生に回り道は付きものだからな。それもまた一興だ」
「急に規模の大きい話になってません?」
勝手に何かを納得する理事に別れを告げ、メイドさんは今度こそ目的地へと歩みを進めることに。
学院の敷地内はとにかく広いので、敷地内を走る路面電車を利用して向かう。数分もすれば、白皇のシンボルである時計塔が見えてくる。
「この電車。原作でも設定上はあるけれど、滅多に出てこないんですよねー」
などと物騒な事を呟いていると、ちょうど時計塔の出口付近で、執事服の男性が資料を片手に突っ立っているのを発見した。
(あら、ちょうど良かった。ではこのまま彼に渡して――)
最寄り駅で降車して、そのまま彼のいる時計塔の入口に駆け寄ろうと足を踏み出したが。
(待って……なんて言って接触しましょう)
ぴたりと足を止める。彼女に襲いかかるは何度目かのシンキングタイム。
(わざわざ数年前のお返しの為に、わざわざ探し出しましたって伝えましょうか)
紙袋を持ったまま冷静に自身の状況を俯瞰するメイドさん(本日2回目)
(いえ、なんだかそれは重いと思われる気が。アレですわ、ここはもっとさりげない余裕さが必要不可欠です。ここは偶然を装って自然に話題を――)
その時である。
「マリアちゃん!」
「きゃあッ!?」
不意にかかってきた声に軽く悲鳴を上げて跳びのく。振り返れば見覚えのある白衣の女性が彼女にニコニコと満面の笑みを向けていた。
「ま、牧村さん?」
「あはは―、偶然だね。何してるの、こんなところで」
牧村詩織である。自身のよく知る人物だったことに落ち着きを取り戻しつつ、彼女は
「あ、えっと、えー、アレです。ちょっと届け物を、アイルくんに」
「え!もしかしてバレンタインデーのチョコとか?」
「まあそんな感じというか。あ、もちろん義理ですよ!?以前のお礼というか深い意味は全く」
何故か目を輝かせる詩織。
「すごい偶然!実は私も先輩に贈り物を渡そうと思ってたんだよー」
「まぁ、牧村さんもですか」
目を丸くするマリア。
「うん!ほら、学生の頃にチョコもらったお礼にねー」
「良かった……そうですよね!別に重くなんてないですよね?むしろ人として当然の行いですわ」
「重い?何の話?」
同じ動機の人間がいたことに安堵するメイドさん。きょとんと小首を傾げていた詩織だったが、気を取り直して自身のチョコをお披露目する。
「ほら見て!先輩のために作成した対人類用兵器型チョコレート生成ロボットの『チャーリー』だよマリアちゃん!」
『コンニチワ、マリアサマ。チャーリーデス』
それは人型ロボットだった。何故かシルクハットを被り、茶色のコートを身につけている。
「この子はね、日常生活において役立つ様々な種類チョコレートを瞬時に生成できるんだよ。パーティーなどイベントに欠かせない『超激辛チョコ』とか、嫌な上司に日頃の恨みを合法的に返す『下剤チョコ』とか、気になるあの人を一撃必殺する『時限破裂チョコ』とか、気になるあの人を昏睡させて手中におさめる『催眠ガスチョコ』とか」
「ごめんなさいやっぱり一緒にしないでください」
「ええッ!?急に!?」
ともあれ、2人は改めて時計塔の前に立つアイルに目を向ける。彼は時計塔を見上げたり、外壁を見回りながら手に持った資料に何かを書き込んでいる。建物についてなにか調べているのだろうか。
仕事中に邪魔をするのも若干気が引けるが、志を共にする仲間も出来たことで、心持ち気が軽くなるマリア。
「では、一緒に渡しにいきましょうか。〝それ〟については受け取ってもらえるか分かりませんが」
「そんなことないよー、先輩絶対にうれし泣きしてくれるって」
「違う意味で泣きそうですけど……」
詩織の言葉に応えるようにチャーリーはぐっと親指を立ててみせた。これがもし賭けならば、即破壊される方に賭けようと思いつつ。
「やっほー!せんぱ」
「先輩!」
詩織が声に被せるように、別の方向からも声が。思わず2人は足を止めて見ると、アイルに駆けよってくるメイド服の女性が1人。
「おや、ヨゾラさん。どうかされましたか」
アイルはとえいば、彼女の方に笑顔を向けている。
「こちらにいるとお聞きしたので参上仕りました」
「相変わらず大げさな物言いですね……」
そう言ってかしづくヨゾラ。忍者の末裔か何かなのだろうかと訝しみたくなる。
「お嬢様から何か言づてでも?」
「いえ、先輩にこれをお届けに」
そう言って2つの四角いラッピングに包まれたものを差し出した。
「これは?」
「チョコレートです。本日はバレンタインデーと聞きましたので、お嬢様と私からです。」
「そうですか、それは。ありがとうございます」
意外だったのか、少し驚いたように目を丸くする執事。
「ちなみにお嬢様の分は本命の方用とマキナくん、ヒナギクさん用のチョコレートを作った余り物で作ったそうです」
「そういうのは本人には言わない方が良いと思いますよ?」
「そうでしたか、私としたことがつい」
呆れたような視線を送るアイルだが構わずに続けるメイドさん。
「私の分は日頃お世話になっている感謝の気持ちを多少でも込められたら良いのになぁとぼやいたあの日の夜」
「途中から願望になってるじゃないですか」
「お返しは30倍で良しとします」
ため息をつきつつ、差し出されたチョコレート2つを受け取る。
さて、そんなやり取りを遠目から一部始終見ていたマリアと詩織。2人の心中はといえばただ一言。
(なん……だと……?)
細かいやり取りまでは聞こえなかったが、「先輩」と呼ぶメイド服をきた女性が、彼にチョコレートを渡す姿をばっちりと目撃したわけである。
「マリアちゃん、これは大変な事になったよ」
「えぇ、まさかこんな、こんな事が起こるとは……」
2人は半ば震えながらも、顔を見合わせてほぼ同時に頷いた。
つまりこれは、未だかつて無い
そんなこんなで夜。都内の居酒屋。
「……急な呼び出しで何事かと来てみれば」
アイルは啞然としながら、店内の一角にあるテーブル席の前で突っ立っていた。
「これは一体?」
テーブルには赤い顔をしたマリアと詩織。
アイルは今一度携帯のメッセージアプリを見直す。
『緊急事態につき今すぐにここの居酒屋に集合すべしです!私もマリアちゃんもご立腹です!!(爆)』
そんなメッセージと、怒りを表すスタンプが3個連続で送られていた。
「ちょっとそこに正座してくらさい先輩!私たちはおかんむりなんれす!」
「そうです!断固説明を求めます!」
ワーワーと訴える2人は明らかに酔っ払っている様子。よく見れば詩織の傍らには空になった日本酒瓶が。
「まさか牧村お前、マリア様にお酒飲ませたんじゃ」
「呑んでません、これは場酔いです!」
「えぇ……」
ちなみにマリアのメインはジンジャーエールとのこと。
「なんなんですか、あのちょー可愛いメイドさんは!唯一の後輩キャラを被せるなんてどういう了見なんれすか!」
「は?」
詩織の抗議につづき、マリアは紙袋ごとアイルに押しつける。
「そうですよ!アイルくんなんてこのタマにあげるはずだったチョコレートを食べちゃえばいいじゃないですかッ」
「タマ?え?」
「別にアイルくんのために作ったわけじゃないこのチョコレートを仕方なく恵んであげますから」
「なんかツンデレみたいになってますが」
「違いますよーーッ」
その後、数時間をかけて2人の誤解を解くハメになる執事であった。
マリアさん回その2でした。今作では余裕のあるお姉さんな印象が多めだったので、たまには隙のあるはっちゃけた一面を出したかった所存ですm(_ _)m
バレンタインは次回で最後。トリはやっぱり縦ロールのお嬢様予定です。よろしくお願い致します!
物語の終わり方について
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エンディングは一つのみが好ましい
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各ヒロインのルート分岐などがあっても良い
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どうでもいい