これまでのあらすじ。
熱を出して倒れてしまった白皇学院生徒会長ヒナギクさん。仕事は生徒会の他メンバーに任せて、自宅で静養することになりましたが、生憎家族はしばらく家を空けているというではないですか。
これはいけません。ラブコメ的に緊急事態。すぐに先輩を派遣するように進言しましたが一蹴され、代わりに送り込まれたのが学院からの刺客こと、私ヨゾラでした。看病をするうちに彼女の健気さに次第にほだされてしまい、家族が戻るまでの数日間、彼女のメイドになることを決意。
インフルエンザなどの強力な感染症ではなかったとはいえ、高熱だったこともあり、初日こそ、ぐったりとベッドに倒れ伏していましたが。そこはメイドたる私の出番、消化や栄養を重視した料理などで心身をサポートし続け、翌日の夜にはほぼ平熱に戻りました。
そして本日は3日目。ここまで何事もなく、順調に時間は流れています。
そうはいっても、年頃の女同士、同じ屋根の下。何も起きないはずがなく……
「変なモノローグを入れないでください。何もないでしょ、何も」
「おや、おはようございますお嬢様」
「その呼び方は恥ずかしいから止めてくださいって。おはようって言える時間でもないですし」
階段から降りてきたヒナギクを迎え入れたのは、炊きたてお米や焼き魚の香りだった。じっくり休養していたため、時間は10時前と朝とはいえ少し遅めということもあって、かなり食欲をそそる。
「だいぶ顔色も良くなってますね。体調はどうですか」
「ありがとう、おかげさまでゆっくり休めましたし、すっかり良くなりました」
そう言って微笑むヒナギク。顔色も良く、もう体調はほぼ快復しているようだ。
「とはいえ、病み上がりなのでまだゆっくりされてくださいね。我慢できずに無闇に走り出したりしてはいけません。
「しませんよ、私は小学生ですか」
寝てばかりいるのも退屈なので、実は外で素振りくらいしようと思っていたヒナギクだが、その案はそっと没にした。
「幸い明日は土曜日ですし、生徒会は皆さんがしっかりフォローしてくれているようなので」
「……分かってます。ぶり返して皆に迷惑かけたら本末転倒だし」
彼女のことだから『心頭滅却すれば風邪もまた健康』なんて言い出して登校するんじゃないかと思ったが、存外冷静になっているらしい。これは順調に私の調教が進んでいるということですね」
「勘違いされる物言いは止めてください」
やれやれとため息をつくと、ヒナギクはテーブルに着く。そこにテキパキと朝ご飯を並べていく。ご飯、お味噌汁、焼き魚、卵焼き、大根おろし、海苔、漬物。
典型的といえば典型的、しかし理想的といえばまた理想的な日本の朝ご飯。
「すみません、掃除やご飯まで頼ってしまって」
「メイドですから、当然の仕事ですから」
自慢げに腰に手を当てて胸を張るメイドだった。
少し遅めの朝食後、ヒナギクは自室で勉強をすることに。ここ数日は寝込んでばかりいたので、極力安静にしつつ真面目な彼女は自学自習の時間をいつも以上に多めにとることを決めた。学生の鑑である。
しばらく集中していたが、ふと気が付くと、窓の外は少し日が傾いてきていた。気が付けばもう夕方か、などとぼんやり考えていると、ドアをノックする音が聞こえる。
「どうぞ」
ドアから顔を覗かせたのはメイドのヨゾラ。
「お嬢様、ご気分は?」
「ありがとう。おかげさまで体調も整ってきました」
それとその呼び方止めてくださいってば。
そう言って苦笑しつつ、ヒナギクは時計に目を向ける。時刻は4時前、空の色もあかね色に変わりつつある。そろそろ晩ご飯の時間である。
「ヒナギクさんは、好きな食べ物はありますか?」
「え、好きな食べ物?」
ヒナギクは少し躊躇うように視線を泳がせていたが。
「か、カレーとハンバーグ」
「ほう」
「ちょ!なんですかその「まるで小学生の男子だな」みたいな視線は!いいじゃないですか、両方とも美味しいんですから」
真っ赤になってまくしたてる。
「良いと思います、何も恥ずかしがることはありません。よく食べてよく寝るのが成長には大事ですから」
「諭し方が明らかに小学生に対するそれになってますよ!」
「成長も色々ありますから」
「なんだか含みのある言い方ですね」
ヨゾラの視線はヒナギクのとある部分にロックオンされていた。
「まあそれはさておき。しっかり食べても大丈夫そうなので、材料を買ってきますね」
「それなら、私も一緒に行きます。お世話になりっぱなしだし、買い物や料理くらいは手伝いますから」
「いやいや、私はヒナギクさんのメイドですから」
ヨゾラの言葉を遮るように彼女は軽く首を横に振る。
「ずーと寝っぱなしだったから身体もなまっちゃって。少しくらい外に出たいんです」
要はじっとしていられないらしい。やっぱり小学生男子じゃないかと内心でツッコむメイドさんであった。
「あ、そのカレーじゃなくてこっちの甘い方が」
「まあ、辛いのは苦手なのですね」
「そういうわけないですけど、カレー本来の味を楽しみたいっていうか。あ、今味覚が子どもみたいって思いましたね!」
最寄りのスーパーで材料を買う2人。ただでさえ美女2人がきゃっきゃっと買い物をしているので周囲の男性はつい振り返ってしまうというのに、片方はメイド服ときたものだから余計に目立つ。
まあ普段通っているスーパーにいきなりメイドが現れたら何かのイベントかと訝しむのも無理からぬ話である。
「あれ、ヒナギクさん?」
そんな中、1人の青年が2人に声をかけてきた。
「あら、ハヤテ君」
「それにヨゾラさんまで。こんな所で奇遇ですね」
どこの勇者かとおもえば、顔見知りであるハヤテであった。執事服のまま、買い物かごをもっている。彼も買い物だろうか。
周囲の買い物客は「メイドと執事だ」「どこかのVIPが来ているのか?」とざわつき始めている。
「ハヤテくんも買い物?」
「えぇ、このスーパーは安いのでたまに使うんですよ」
天下の三千院家が食材の値段を気にしているとは到底思えない。どころか、食材の値段など眼中にすらないのではないだろうか。ともすれば、これは倹約家の体現者こと、ハヤテの個人的な思惑で来ているに違いなかった。
「それにしてもヒナギクさんとヨゾラさん、珍しい組み合わせですね」
当然の問いかけだが、ヨゾラは何故か胸を張ってみせる。
「いいえ、私はヒナギクお嬢様の専属メイドになりましたから、当然というものです」
「え、そうなんですか?」
「あくまで一時的に、ね。この前ちょっと風邪を引いちゃって、家のことを手伝ってもらってたのよ」
放っておくと何を話し出すか分からないので、釘を刺すべくヒナギクは進んで事情を説明することに。
「ははぁ、そうだったんですか。風邪ってもう出歩いても大丈夫なんですか?」
「えぇ、ヨゾラさんのおかげですっかり元気よ。ま、風邪といってもちょっと疲れただけで、決してウイルスに負けたわけじゃないけどね」
「いや、勝ち負けの問題ではないと思いますが」
ごもっとも。
「ちなみに今晩はカレーとハンバーグです、お嬢様たっての希望でカレーは甘口です」
「へー」
「ハヤテ君、今『意外と小学生みたいな味覚だな』って思ったでしょ?」
「うぇ!?お、思ってませんよ!?」
せっかくだからと3人は買い物を一緒にすませ。
「ここ数日、ナギはちゃんと学校に来てる?」
「相変わらず引きこもってます、この前出たF●teの新作やっててろくに寝てもいらっしゃらないんですよ」
途中まで道が一緒なのでそのまま帰路に着く一同。
「あー、グラフィックこそ旧世代ですが各陣営のキャラデザと関係性などが秀逸でしたね」
「平然と乗っかりますねヨゾラさん……」
「メイドですから」
「なんかアイルさんに似てきている気がするわ」
当たり障りないとは言いがたい世間話をしつつも、別れ道の曲がり角に差し掛かる。
「それでは、僕はこっちですので。ヒナギクさん、病み上がりですからくれぐれもお大事になさってくださいね」
「ありがとう、ハヤテ君。また学校で――」
そういって手を振ろうとしたその時。不意に瞳に飛び込んできた光景に、ヒナギクは思わず固まってしまう。
「ヒナギクさん?」
ハヤテたちも怪訝そうに彼女の視線の先を追いかける。すると、近くの電信柱の足下に、古びたダンボールが置かれていることに気が付いた。上の蓋ははがされ、側面には『拾ってあげてください』と書かれた紙が貼ってある。
恐る恐ると覗き込んだ3人は思わず目を見開いた。
「これって……」
同時刻、三千院家の本邸。
「執事の次はメイド。野良猫感覚で従者を拾ってきてない君?」
「余計なお世話ですわ」
大体、と前置きして天王州アテネは目の前に座る老人にじとっと睨む。
「アイルを拾ったのはお爺さまだったはずでは?ご自分の目的に利用する為に……目論見は外れたようですが」
「利用だなんて人聞きが悪いのう……純粋に人助けじゃろうて」
老人――三千院帝はとぼけた様子でそう返すと、テーブルにあったティーカップを手に取った。
「お前さんに付けたのだって、家を取り戻さなくてはならない状況を心配して、少しでも力になろうと思った結果じゃというのに」
「意図的に私を遠ざけるため、の間違いでは?」
「お前さんのことを思ってのことじゃて」
非難めいた視線などどこ吹くでカップをすする。
「まあいいですわ、それよりもいい加減本題に入ってくださいません?わざわざこんなことを言うために呼びだした訳ではないでしょう」
「相変わらずつれないのぅ。近頃の若者は結論を急ぎすぎてかなわんわい」
わざとらしくため息をついてから、テーブルの上で手を組んだまま、目を細める帝。
「お前さん、庭城へ戻ろうとしていないか?」
一方、アテネは怪訝そうに眉をひそめる。
「あら、どうしてそう思いますの?」
「いやなに、年寄りの勘というやつだ。なんとなく、じゃよ」
勘、といいつつ彼の口調には確信めいているようだった。
「私が戻るメリットがどこにあると?」
「ふむ、それが分からんから聞いてるんじゃよ。家も取り返し、ご両親の無念も果たせたお前に、今更城に戻る理由が」
アテネは心底おかしそうに口元を緩めてみせる。
「いやですわお爺さま、あんな場所に二度と行きたいなんて思うわけがないでしょう。それに」
「それに?」
「石が必要ならば、こそこそ探し回るまでもないじゃありませんか。今目の前にいる〝老人〟を拷問なりなんなりして、在処を聞き出せばいいだけの話ですから」
途端に涙目になって震えながら距離を取る三千院家当主。
「冗談です……本気にしないでくださいます?」
「お前の場合目がマジだから笑えんわッ」
ため息をついてソファから立ち上がるアテネ。
「お爺さまが水面下で何を企んでいるかは存じませんが、あまりご自身の力を過信しない方が良いかと」
「ふん、それこそ余計なお世話じゃい」
肩をすくめると、そのままアテネは踵を返し、部屋の出口に向かって歩いて行く。
刹那、帝は言い知れぬ気配を感じて、思わず顔を上げた。
「なっ……」
思わず絶句した。彼の眼前に飛び込んできたのは、得体の知れない黒いもやが、まるで取り憑くかのように彼女の後ろ姿を覆っている光景だったのだ。
「お、おい!アテネ!」
振り返った彼女の瞳は、憎しみの色がありありと浮かんだような、明らかに別のナニカかの瞳だった。
――あれは〝ワタシ〟の石だ
幻聴、ではない。彼女は確かにそう口にした。だが直感的に感じる、これは彼女の言葉ではない。
「……お爺さま?」
しかし、それも一瞬のこと。
すぐに普段通りの彼女が、怪訝そうな表情でこちらを振り返っていた。瞳もいつもの彼女の赤い瞳で、黒いもやも消え去っている。
「どうかされました?もしかして具合でも?」
「い、いや……」
気のせいか、幻覚か。自分がおかしくなっているのだろうか。帝は努めて冷静になるべく、強く首を振ってみせる。
「なんでもないわい!このあとお気に入りの声優さんがラジオをするのを思い出しただけじゃ!」
「はぁ」
訝しげに目を細めたアテネは、そのまま部屋を出て行った。
「あれは一体……」
暫く、途方もない様子でその出口を見つめていた帝だったが、やがて机の上にあった携帯端末に手を伸ばすのだった。
物語の終わり方について
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エンディングは一つのみが好ましい
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各ヒロインのルート分岐などがあっても良い
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どうでもいい