「ぷはー。この一杯のために生きてるわー」
ジョッキを置いた雪路は、目を閉じながら高らかにそう宣言する。
一方、カウンターで隣に座ったアイルは理解できないように辺りを見回していた。
「先生?つい前回までお寺にいませんでしたっけ僕ら……しかも結構シリアスな展開になりそうな気配だった気が」
しかし目の前の教師は、そんなことにはお構いなしに尚もジョッキを傾ける。
「いやーちょうど良かったわぁ。私今月もうお金なくってさー、誰か呑ませてくれないかなーって思ってたトコなのよ、あはは」
「しかもさらりとたかるつもりかこの人……まあ構いませんけど」
「マジ!?やったッ、なら飲み放題にしちゃいましょ!ほれほれ!」
ここは、どこにでもあるチェーン店の居酒屋。18時を回ったこの時間帯は、会社帰りのリーマンなどで続々と賑わい始めていた。
「まーまー、積もる話もあるかもだけど。アイルくんもとりあえず駆けつけ一杯!」
「はぁ……いや駆けつけてないですが、むしろ無理矢理連れ込まれた側ですが」
「ほら、堅いこと言いっこなしなし!」
飲みニケーションを体現したような雪路の応酬に、なすがまま押し流されるように注文タブレットを手に取るアイル。
「あ、ついでに砂肝とレバー2本ずつ、あと揚げ出し豆腐とホッケの塩焼き」
「はいはい」
寺院のお墓で雪路に偶然出くわしたのが、わずか30分前。戸惑うアイルを余所に、彼女はささっとあるお墓の前まで進んでいくと、一升瓶の蓋を開けて、墓石にかけ始めた。曰く「中身は水」とのこと。そして、空になった瓶を墓石の側におくと、乱雑に取り出した菊の花束をそこに差し込んだ。そのまま墓石の前で合掌すること1分。
そして、神妙な表情で振り返り、一言。
「さ、飲みいくわよッ!」
「は?」
こうして、あれよあれよという間に近くの居酒屋に引っ張り込まれカウンターに並んで今に至るわけだ。
「やっぱ花金に呑む酒は良いわねー、労働者になって唯一の楽しみよね」
「先生今日出勤してないでしょ……なんなら明日行事ですよ」
「え?なんかあったっけ」
マジかこの教師は。白皇学院の伝統行事のスケジュールも頭に入っていないとは……まあすっぽ抜けているから前日も出勤せずに酒をあおっているのだろうが。
「ヒナ祭り祭りですよ、明日は教職員の皆さんにも協力お願いしているんですから」
「あー、そっかそっか。いやぁ幻の日本酒探してたらすっかり忘れてたわ、あはは」
「そろそろ本気で理事会にしかられますよ……」
にへらっと笑いながらジョッキを傾ける雪路。全く教師の鏡である。その後も暫くは職員会議がダルいだの、カリキュラム設定が厳しいだの他愛のない話を、主に
雪路が一方的に喋り続けていたのだが。
何杯目かのビールのあと、日本酒に切り替えた雪路がとっくりからおちょこに注ぎつつ、不意に顔を上げてそう口にした。
「それで、何を聞きたい?」
「え」
雪路は自分のおちょこに注ぎ終わると、アイルのおちょこにとっくりを向ける。
「なんであんな場所にいたのか、あのお墓って誰のものか。聞きたいんじゃない?」
「……聞いても、いいんですか」
「構わないわよ、別に隠さなきゃいけないことでもないし。私もアンタには聞きたいことがあるしね」
おちょこからあふれないように、アイルもそっと日本酒を口元に運んだ。
「さっきも軽く言ったけど、あの墓は私の両親の墓……ってことになってるわね」
「なっている?」
「他人からのまた聞きで、ここの存在を知ったのよ。それもつい2年前くらいにね」
ぐいっとおちょこを傾ける雪路。
「まっさかホントに死んでるとはねー、薄々そうじゃないかとは思ってたけど」
話す内容とは裏腹に彼女はあっけからんと笑ってみせる。無理をしている様子でもなく、本当に気にしていないようだ。
「ってゴメンゴメン。話す順番が違ったか、アイルくんはウチの今の両親が血がつながってないってのは知ってるわよね」
「すみません、詮索するつもりは無かったのですが」
「ううん、気にしないで。別に隠してるわけじゃないから」
私もヒナもね。そう言って顔の前で軽く手を振って続ける。
「ヒナが小さい時に蒸発してね。ま、借金だけうちらに残して消えやがったろくでなし共なんだけど……なんだかんだどっかで生きてよろしくやってんじゃないかって思ってたわけよ」
「はい」
「けど、おっちんでたってわけ。それをツテで知ってねー、半信半疑だったけど実際に墓石に名前が書いてあるとさ」
再び日本酒を軽くあおる雪路。
「あーあ、死んじまったかってね。ま、自業自得なわけだし、今更別に感慨もないんだけど……言っても親は親だしなぁ」
「えぇ」
「当初はだれも墓参りに来て無さそうなくらい寂れててさ。最初はざまーみろとも思ったんだけど、そのうち不憫な気持ちが勝って。んで、たまーに参ってやってるってわけよ」
とっくりが空になったのか、彼女はまたタブレットを手に持って注文を再開する。流石に飲み過ぎなのではないだろうか。
「で、私の事情は話したから、今度はこっちから質問」
やっと神妙な表情になると、すっと目を細めてアイルを見つめる雪路。
「アイルくん、用件はうちのお墓にあったでしょ。その理由を教えなさい」
「……どうしてそう思います?」
「こんな寂れた墓に来た私に何も聞かなかったでしょ。だってのに、アンタはうちの墓石ばっかり見てた」
ため息をついて、じっとアイルの方の睨む。
「わざとらしくね、こっちから話を振るのを待ってたんじゃない?」
「さすが、ヒナギクさんのお姉様ですね」
「当たり前田のクラッカーってね。教師舐めんじゃないわよ」
教師の鑑である。
的確な洞察力に感嘆詞ながらも、非礼を詫びる意味でも頭を下げる執事。続けて彼はあのお墓に訪れた事情を打ち明けることにした。
とはいえ、正直に幽霊からの依頼なんて口にすればふざけていると一蹴されかねない。なので、知人のお見舞いに病院にいったところ、話の流れで看護師から手紙の宛先人を探して欲しいと頼まれた、というストーリーに一部脚色することに。
「マジ?」
「えぇ」
話を聞き終えた雪路は、眉をひそめて視線を左右に彷徨わせていた。表に出さないようにしているようだが、そこに動揺があることは明らかだ。
「これが、その手紙です」
アイルは懐から一枚の封筒を取り出す。恐る恐るといった様子で手を伸ばした雪路は、手紙にそっと指を触れて、そこで止める。
「これ、中身は?」
「もちろん、見ていません。看護師の方も開けていないそうです」
そっか、そうよね。
反芻するように頷くと、封筒を慎重に受け取る。そのまま乱雑に服の内ポケットに滑り込ませた。
「もしご覧になるなら、私は席を外しましょうか」
「いいわ、今更見るもんでもないわよ。それに支払しないまま君に逃げられるかも知れないし」
「しませんよ、先生じゃないんですから」
こんな時まで考えることはそれか。
「まあそれは冗談として」
「本当に冗談でした今?」
「私はいいけど……ヒナが、ね」
そう言っておちょこを傾ける雪路。いつの間に追加注文したのか、とっくりは3本も並んでいる。
「親が死んでること、あの子には言ってないのよ。当時はまだ中学生だったしね。そんなこんなで言うタイミング逃しちゃって……あはは」
あちゃーと仕草をして軽く笑ってみせているが、どこか無理をしているような笑顔なのは気のせいではないはずだ。
「あの子さ、親がいなくなってから結構荒れちゃってね。ま、いなくなったあとも色々ぶっ飛んだことがあったからなんだけど、ともかくエネルギー余しちゃってよくやんちゃしてたのよ」
「あのヒナギクさんが……」
「ん。まだ幼かったしねー」
懐かしむように目を細める雪路。品行方正かつ眉目秀麗、文武両道と優秀な言葉を並べれば暇がない彼女にも、そんな時代があったらしい。しかし親が突然蒸発したらそれも無理はないだろう。
「で、その有り余るパワーを武道にぶつけろって今の親父がね。それで剣道を始めたのよ」
「それは的確な判断でしたね」
「あっはっは、新選組みたいなものね。パワーを余した野武士集団が、国を守る志に身を置くことになる的な」
その例えはどうなのだろうと疑問に思いつつも、アイルは相づちを打つに留める。
「でも、あの子はどこかでまだ信じてる。きっとまた両親に会えるって。多分」
「……」
「伝えるにしてもタイミングがなぁ……って、ただ先延ばしにしてきただけなのよね」
雪路はアイルのおちょこにお酒を注ぎながら、どこか自虐的に笑む雪路。
「本当は私が逃げてるだけ。んなこたぁ、とっくに分かってたんだけど……どーにもね」
「先生」
「けど、もう高校生か。大人よね、高校生は」
その言葉には、諦めにも似た寂しさが込められているような気がした。
「剣道部の主将にもなって、生徒会長にもなって、ほーんと誰かから生まれたなんて信じられないくらい立派になって……もう1人でも」
「まだ子どもですよ、高校生だって」
「……かもね」
けど。
言葉を切って、彼女は内ポケットを服の上から摩る。
「これが、きっとタイミングなのよね。神様がもうその時だって言ってるのかもしれない」
しばらくそうしていた彼女だが、やがてとっくりごと手にと取ると、そのまま一気に日本酒を流し込んだ。そしてカウンターに叩きつけるように置く。
「アイル君」
「はい?」
じっと真剣な表情で勢いよく執事の両肩を掴む。
「一つ、頼まれてくれないかしら。私たちのけじめに付き合ってもらえない?」
アイルはきょとんとして彼女を見つめていたが、やがて小さく息をついて。
「えっと……嫌です」
「断るんかいッ!!」
「だって先生が絡むとどうせろくな事にならなさそうですし」
「いやいやいや!確かに間違ってない、って自分で言ってて悲しくなるけど、ここは流れ的に頷くところでしょーがッ!先生の言うことは素直に聞いておきなさい!」
ぶんぶんと肩を揺すられる執事は、観念したように両手を挙げた。
「冗談ですよ、たまにボケないと調子狂うので言ってみただけです」
「アンタ、中々良い性格してるわね」
「お褒めに預かりどうも」
アイルは軽く首に手を当てて軽く回すと、改めて雪路に向き直った。
「乗りかかった舟ですし、最期までお付き合いしますよ先生」
それで、何をすれば?
3月3日。
夕方にもなると、学院の敷地内はあちこち立ち並ぶ出店の灯りや人混みでごった返し、相応の活気に包まれていた。
「おー、いっぱい人がいるぞアテネ!楽しそうだぞ!」
「えぇ、今日はお祭りだからね。外からも沢山人が来ているのよ」
目を輝かせて理事長室の窓に顔を押しつけているマキナを微笑ましそうに眺めるアテネ。まだ執務中だが、終わったら少し外を散歩してもいいかもしれない。
「聞くところによると、このお祭りではダンスのメインイベントがあるとか。ここで踊った男女は、敷地内にある伝説の大樹の下で結ばれるという運命があるとかないとか」
「なにか色々混ざってないかしらそれ」
メイドのヨゾラが、ティーカップに紅茶を注ぎながら窓の方に目を向ける。
「ともかく、恋する乙女には必須のイベントです。お嬢様今こそ出撃しましょう」
「わ、私ですの?」
不意を突かれて目を点にするお嬢様。
「ハヤテ様をダンスにお誘いするのです。まるで昨日まで普通に合っていたかのような態度で、自然に腕を組んでお誘いすれば」
「すごく怖いのだけど、恋愛じゃなくてホラーよねそれ」
「二重の意味でドキドキです、吊り橋効果も狙えます」
「そんな要素はいりませんわ」
一蹴。
「では仕方ありません、ハヤテ様を拘束監禁して、お嬢様のもとに連れてくるしか」
「アイルみたいなこと言い出さないでちょうだい」
ふと、ヨゾラは周りをキョロキョロと見回す。
「そういえば、先輩の姿が見当たりませんが」
「今日は大切な用事があるそうよ」
「なるほど……まさか女性関係!」
我天啓を得たり。ハッとしたように目を見開くヨゾラだったが。
「それはないわね」
またも一蹴。
「そうでなくても、他人の恋愛事情にさほど興味ありませんわね」
「私個人としては興味津々ですが、イメージはしにくいですね」
確かに、あの執事の恋愛事情など全くと言っていいほどイメージができない。ヨゾラも肩をすくめてみせた矢先、窓際にいたはずのマキナがたたたと駆け寄ってきた。
「アテネ、ヨゾラ!大変だ!」
「どうかしたのマキナ?そんなに慌てて」
「アイルが!アイルが制服の美少女と並んで歩いているぞ!」
は?
とっさに顔を見合わせるお嬢様とメイド。こっちだぞ、と慌てたちびっこ執事に引っ張られるようにして窓際に移動するが、
「あれ?」
流れる人混みの中に紛れてしまっていたのか、さっと見回してももう窓から見える景色には見当たらなかった。
「さっきあそこにいたんだ!白皇の制服をきた女の人と、仲よさそうに話ながら歩いていたんだぞ」
「本当なの?見間違いとかではなく?」
「本当だぞ!この目に間違いはない!」
自信満々に小さな胸を叩いてみせるマキナ。またも顔を見合わせるお嬢とメイドさん。そしてうなずき合う。
「ヨゾラ、緊急偵察ミッションの指令よ。受けてくれる?」
「御意」
「よろしい。私は執務で動けませんが、頼むわね」
「かしこまりました!ビッグボスの生まれ変わりと呼ばれたスニークスキルをお見せする時が来たようですね」
誰が呼んでいるんだろうか。
「オレも!オレもいくぞ」
「では、マキナ君と私のスーパーコンビでミッションを達成を目指しましょう」
マキナとヨゾラはハイタッチする。ここに従者のスニーキングコンビが誕生したのだった。
さて、そんな噂の当事者達はといえば。
「ううぅ……何故こんな目に」
「まぁまぁ、こうなってはもう仕方がありませんよ」
右には執事服のアイルがにこやかな表情で、その隣には白皇の制服を着た華奢な少女が付き添うように歩いていた。しなやかな体つきに、水色の艶やかな髪。うっすらと目尻に浮かんだ涙は、男の嗜虐心がそそられて止まないほどだ。薄幸の美少女とはまさにこのこと。道行く男は10人いれば8人は振り返るほどの美少女である。もう2人は男に見せかけた実は美少女なので問題は無い。
「それにしても、道行く男性は皆貴方に釘付けですね……綾崎くん」
「いっそ殺して」
その薄幸の美少女――ではなく、美少年、綾崎ハヤテはやるせなく天を見上げるのだった。
ヒナ祭り祭り。我らがハヤテくんの女装は必須です。となると当然あのイベントも(ry
物語の終わり方について
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エンディングは一つのみが好ましい
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各ヒロインのルート分岐などがあっても良い
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どうでもいい