アテネちゃんの執事!   作:通行人A'

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Task66:神話になったりならなかったり

 

 

「お誕生日、おめでとう――!!」

 

 ドアを開けた瞬間、割れんばかりの歓声がヒナギクを包み込んだ。

 何事かと思う間もなく、爆竹が弾けるような音があちこちで上がり、色とりどりのカラーテープが宙を舞う。

 そして周りを囲む生徒たちと拍手で、彼女はようやく自分が祝われているのだと思い至った。

 

 そう、今日3月3日は自分の誕生日である。

 

「会長おめでとうございます!」

「我らが生徒会長の生誕万歳!白皇万歳!」

「好きだ会長!結婚してくれー!」

「おいどさくさで何言ってんだてめー!殺す!」

 

 拍手の中を歩けば、至る所からお祝いのコール。

 

「えっと、あ、ありがとう」

 

 彼女は遠慮がちに左右に会釈をしつつ、辺りを見回す。すると、周りと同じように拍手をしている美希がこちらに近づいてきた。

 

「やーやー、めでたいなヒナ」

「ヒナちゃんおめでとうだよー!」

 

 その後ろには理沙や泉の姿も。3人ともしてやったりという笑顔を彼女に向けてくる。

 

「これ、もしかして貴女たちが?」

「ああ、ヒナの誕生会だ。極秘で計画していたんだが、上手くいったようでなにより」

 

 美希は満足そうに胸を張って見せた。

 

「えっと、ありがとう。でもこんなに派手にする必要なんてなかったのに」

「何を言ってるんだヒナ。忘れたのか」

「え?」

 

 理沙が立てた人差し指を揺らしてみせる。

 

「年始くらいに聞いたじゃないか。もし自分の誕生会をやるとしたらどういうのものがいいかって」

「そうだったかしら」

「そう、そしたらヒナは」

 

 

『誕生会?そうね……騒がしいのは苦手だから、家族とか親しい友人と静かに食事とか、そういうのがいいかな』

 

 

「と言っていたので、可能な限り派手にしてみた」

「どこまであまのじゃくなの……」

 

 ドヤ顔を決める3人娘に呆れたようにため息をつく。

 

「まぁいいじゃないヒナ。お祝いは大勢の方が楽しいわよ」

「少し騒がしすぎる気はしますが」

 

 今度は愛歌と千桜が近づいてくる。

 

「なるほど、生徒会皆グルだったわけね」

「ふふ、ご名答」

 

 可笑しそうに笑う愛歌に降参といった様子で肩をすくめるヒナギク。最近会議であからさまに自分を遠ざけようとしていた事にも合点がいった。

 

「でもありがとう。こうやってお祝いしてもらえるだけで嬉しいわ」

「なるほど、これがヒナなりのツンデレってやつか」

「今のどこにツンがあったのよハル子……」

 

 くいっとメガネを直して頷くクールな書記。

 

 と、いきなりヒナギクに向けて上空からスポットライトが照らされた。

 

「では、主役も来たことですし、ぼちぼち始めちゃいましょう!」

「え?」

 

 声の主はさっきまで側にいたはずの美希。見ればステージの脇にある司会マイクを握っているではないか。

 

「まずは我らが無敵の生徒会長による生歌のオープニングセレモニー!会場の皆、盛り上がっていこー!」

「は!?」

 

 困惑するヒナギクに構わず、会場がわっと歓声に包まれる。ニコニコと笑顔の泉と理沙が両側から彼女をホールドすると、そのままステージ側へと連れ去った。

 

「ほー、この大勢を前に歌うとは、ヒナもやるなぁ」

「ふふふ、ばっちりカメラに納めておかないと」

 

 そんな様子をのんきに見送る愛歌と千桜。

 盛り上がる会場の期待に応えるがごとく、ステージに躍り出たヒナギクの衣装は、某国が用意した歌姫の影武者がごとく、キュートでセクシーなコスチュームに早変わり。

 

「ええ!?どうやって着替えさせられたの私!?」

 

 星の髪留めがスポットライトにキラリと光る。その姿に会場のボルテージは最高潮に。

 

「では張り切って歌っていただきましょう!命の行方を問いかけ、窓辺から飛び出す思いで、会場の皆様もご唱和ください!2曲続けて『残酷な天●のテーゼ』『魂のル●ラン』!」

「ちょっと美希!私歌なんて」

 

 美希がパチンと指を鳴らすと同時に、会場に響き渡るBGM。手拍子、声援、指笛と盛り上がり続ける会場。退路は断たれた。

 

 ――ええい、ままよ!

 

 

 顔を真っ赤にしたままセンターに陣取ったヒナギク。会場の視線を一身に集め、高らかに掲げたマイクで熱唱するのだった。ほとんどうろ覚えの歌を。

 

 

 

 所変わって、大ホールの入口付近。

 中からは誕生会で盛り上がる生徒の歓声が漏れ聞こえてくる。

 

「まったく……何がヒナ祭り祭りですか、くだらない」

 

 そんな盛況を横目に、瀬川虎鉄はまるで自分自身に言い聞かせるようにしながら、嘆息した。

 そんな憂いを帯びたイケメンの背後から声をかけるのは、銀髪をたなびかせて歩いてくる執事服の女性だった。

 

「あら、私は好きですよ。お祭りの喧噪は心まで弾むような明るい気持ちになりますから」

「の、野々原先輩」

 

 振り返ると、視線の先には先輩執事、野々原楓の姿が。彼はバツが悪そうに頬を掻いてみせた。

 

「……聞こえてました?」

「ばっちり。突っ張るのも結構ですけど、もっと素直に学校を楽しめばいいのにとお姉さんは思うわけです」

「別に硬派を気取っているわけじゃありませんよ」

 

 ぶっきらぼうにそう言い放つと、虎鉄はホールの窓に視線を向ける。

 

「ただ、この行事の趣旨にいささか疑問があるだけです」

「というと?」

「男子が女子を誘うという慣習が黙認されているのがこのヒナ祭り祭り!男から誘わないといけないなんて、古き悪しき慣習そのもの!ジェンダーレスを推進するこの日本の、否世界の基準から真っ向から反対する企画そのものではないですかッ」

 

 白皇はグローバルな視点に欠けているのだと、彼は熱弁を続ける。

 

「日本が世界に誇る白皇がこんなていたらくを晒していいのかという話です!こんなものSNSに挙げれば炎上待ったなしですよ。しかも学生の本分は勉強のはず!にも関わらず、こんな不純異性交遊を推進するようなイベントなんて……」

「あの、虎鉄くん?」

「さ、誘いたくても勇気のない、『漢』たちは一体どうすればいいのか!なんて嘆かわしい、格差を助長するイベントに他ならない」

 

 ジェンダーも不純異性交遊も関係なさそうですわね。

 ヒートアップする虎鉄を眺めつつ、内心でそう独りごちる楓。

 

「虎鉄くんは黙っていればカッコイイんですから、中身がバレる前に誘ってしまえば大丈夫ですよ」

「貶しながら褒めないでくださいややこしい。そういう先輩はどうなんですか」

「あら、私は自分よりも弱い殿方の誘いは受けないので」

 

 そう言って今日一番の笑顔で微笑む女執事。この人より強い男がこの学院に何人いるだろうか、否。虎鉄は喉元まででかかったそんな言葉を辛うじて飲み込んだ。

 

「では、私は坊ちゃんをお迎えにいきますね。振られて落ち込んでいる頃でしょうから」

「あ、東宮の坊ちゃんは告白ができるのか……すごいな」

 

 では、楓は踵を返すとその場を後にする。残された虎鉄は再び深いため息をついた。

 嗚呼、空では星がきらめき、木々は風はそよぎ、地上では笑い声が響く。世界はきっととても色づいているというのに、自分は視界はモノクロな気がしてならない。

 

 そんな思いを振り切ろうと、前も見ずに歩き出そうとしたその時、誰かが懐に飛び込んできた。

 

「うわ!」

「きゃ!」

 

 よろけた虎鉄だったが、すぐに誰かとぶつかってしまったのだと理解する。衝撃の軽さと声からして女性に違いない。なんてことだ、ケガをさせてしまったかもしれない。

 

「ああ、スミマセン!大丈夫ですか」

 

 慌てて顔を上げると、ぶつかってしまったであろう女性に手を伸ばして。

 

「いたた……」

 

 虎鉄の目は見開かれた。

 手を差し伸べたその先に、尻餅をついていた美少女に、彼の全てが釘付けになった。

 

 美しい水色の髪。透き通ったサファイア色の瞳。アクセントの赤いリボンがひらりと揺れる。白皇のセーラー服に包まれたその身体は華奢で、一輪の白百合をも思わせた。

 

 刹那、彼の視界は瞬く間に色づいた。

 前言撤回!ヒナ祭り祭り、万歳!

 

「おおおお嬢さん!お名前はなんですか」

「へ?お、お名前?」

 

 突然顔を近づけられて頬を赤らめる少女は視線を右往左往させるが。

 

「名前は綾崎ハ――じゃなかった!」

「綾崎?綾崎さんと言うのですね!ハというのは」

「ああ、違くて!えっと」

 

 ハッとしたように少女は口を開いた。

 

「綾崎ハーマイオニーです」

「魔法少女みたいなお名前ですね!素敵だ!」

 

 その美少女、ハーマイオニーちゃんは虎鉄のハートを見事に打ち抜いていたのだった。

 

 

「ハヤテのやつ、遅いな……」

 

 同じ頃。ホール裏にある楽屋では、ナギが心配そうに壁にかかった時計を見つめていた。

 

「喉が渇いたって外に飲み物を買いに行きましたけど、何かトラブルでもあったんでしょうか」

 

 マリアも同じく不安そうに頬に手を当てる。

 たかが飲み物を買いに行くくらい、幼稚園児じゃあるまいし。もしここにハヤテのことを知らない第三者がいたらそんなことを口にするかも知れない。

 

 だが彼女たちは知っている。綾崎ハヤテという人間が、いかにトラブルに巻き込まれやすい人間かを。まして今は女装の真っ最中。トラブル好きの神様がもしいれば、こんな機会を放っておくはずがないのだ。

 

「あんな格好やしなぁ、案外男共にナンパでもされてたりして」

「まぁ、ハヤテ様が他の殿方と……」

 

 他人事とばかりに面白がる咲夜と何かを想像して真っ赤になる伊澄。

 

「つ、つまり!信じて送り出した執事があんなチャラい先輩と一緒のビデオレターを送ってくるなんて展開!?」

「どこに需要あんねんソレ」

「侮るな!世界は広いのだ、我々の感知できないような怪物もいるかもしれないではないか!」

 

 盛り上がるご主人様らはさておき。そろそろ準備をした方が良い頃合いだと、アイルは腕時計に目を落とす。そんな彼の肩をちょんちょんと叩いたのは詩織だった。

 

「先輩、様子を見に行ってあげたら?彼女、じゃなかった彼がいないと始まらないでしょ?」

「だな。牧村、少しお嬢様たちを頼めるか?」

「おっけー。あ、外に行くならコーラとチュロス、買ってきてください!」

「はいはい」

 

 初めからそれが目的か。屈託無く笑う彼女に一瞥をくれつつ、アイルは楽屋を後にする。廊下を歩けば、ホール内から聞こえる大歓声は激しく、建物を揺らさんばかりの熱狂ぶりだ。

 

(この盛り上がりが収まらないうちに実行しないとな……さて、道に迷ってるとならいいが、万が一誰かに絡まれてたりでもしたら)

 

 が、外に出たアイルの足は、そのままピタリと止まった。

 まさに目の前で、制服姿の美少女、もといハヤテの手を取り跪く、虎鉄の姿があったからだ。

 

「……何をしているんですか、お二人とも」

 

 2人はアイルに気が付くと慌てたように距離を取る。いな、距離を取ったのは虎鉄の方だけだ。

 

「アイルさん!ちょうど良いところに」

「もうそろそろ時間です、皆さんも心配しておられましたよ」

 

 ハヤテはそくさくとその場を離れ、助けを求めるがごとくアイルの背後に回り込んだ。その目は訴えかけている、この場をなんとかしてくれと。

 さて、その要因であろう執事の方に目を向ける。

 

「貴殿は、確か白皇学院の執事の方」

「えぇ、アイルと申します。そういう君は確か……瀬川家の虎鉄君、ですよね。これは一体?」

「いや、これはこれは失敬しました」

 

 虎鉄は立ち上がって膝の汚れを払うと、動揺を悟られまいと爽やかな笑みを浮かべて見せた。

 

「実はつい今、彼女と運命というものについて語り合っていた最中でして」

「彼女?」

「ええ、ハーマイオニーさんです」

 

 後ろに目をやるも、ぶんぶんと首を横に振るハヤテ。大まかな事情を察したのか、白皇学院の執事は小さく頷いてみせた。

 どうやら彼はハヤテのことを完全に女性と勘違いしてしまっているらしい。無理もない話だが。

 

「ああ、そうでしたか。つまりハーマイオニーさんに一目惚れしてしまった、と」

「ええ、まさに!」

 

 すがすがしいほどの即答だった。恥も外聞もかき捨てているのだろうか、もはや彼女しか目に入っていない様子である。

 

「申し訳ない、虎鉄君。実は彼女はこれから舞台(ホール)でライブの予定がありましてここを離れないといけないので」

「なんと!も、もしかして彼女はアイドルとかだったりするのでしょうか!」

「えっと」

 

 どう答えたものかと逡巡していると、ハヤテが後ろからひょいっと顔を出す。

 

「そうなんです!まだ売り出すまえの研修生で、今日が初ライブなんです!」

「おお、そうでしたか!どおりで、貴女の美しさでただの学生はないと思いましたとも」

 

 よくもすらすらとそんな嘘が出てくるものだ。そしてよくもそんなにすんなり信じられるものだ。間に挟まれながら内心苦笑するアイル。

 

「なので遅れるわけにはいかなくて!ではこれにて!」

「ああ、そんな!ではせめてライブが終わったら一緒にお祭りを回ってくれませんか!

「そういうのは間に合ってますので、他の方でどうぞ」

「ああ、そんな冷たくあしらわなくても!だがそれがいい!」

 

 引き留めようとする虎鉄を振り切り、ハヤテを脱兎のごとくホールに逃げ込んでしまった。その後を追うアイルだったが、後ろからは「ライブ全力で応援します!あと必ず握手会に行きますから!」と力強い宣言が飛んできた。

 

「また厄介な人に目を付けられましたね」

「はぁ……どうしてこんな目に」

 

 がっくりと肩を落とすハヤテに憐憫の視線を向けつつ、アイルたちは楽屋へと戻っていくのだった。

 

 

 

 一方ホールでは。

 

「お疲れ様ヒナ、可愛かったわよ」

「さすがだな、うろ覚えの歌をあれだけ熱唱できるとは」

 

 鳴り止まぬ歓声を背に、ステージ脇に半ば逃げ込むようにしてはけたヒナギクを愛歌と千桜の生徒会コンビが迎え入れていた。

 

「悪かったわねうろ覚えで」

 

 羞恥からか顔は赤らんだまま恨み言をつぶやく生徒会長。なんの準備もなくいきなり振られたのだから、応えただけでも上等だろうという彼女の気持ちはもっともであろう。

 

「大丈夫。ヒナのキュートな姿はこのスマホでバッチリ録画済みだから。これをチャンネルにアップすれば大バズり間違いなしよ」

「何が大丈夫なのか分からないんだけど、それは削除してね」

 

 ちなみにステージでは3人娘が隠し芸を披露して場をついでいる。言うまでも無く、ヒナギクによる無茶ぶり返しだ。

 

「で、今度はどんな衣装で歌うんだ?クールかパッションか」

「もう歌わないわよ……」

「いやでも生徒会で考案したスケジュールは、このあと各部活動による生徒会長への感謝のメッセージや出し物(一部予算交渉含む)、各業界からの祝辞祝電の読み上げを経て、生徒会長によるディナートーク兼コンサートと続く感じだ」

「どんなスケジュール!?」

 

 がっくり心底疲れたように肩を落とす生徒会長。と、その時。

 

「え?」

 

 会場の電気が消え、途端に辺り一帯は暗闇に包まれた。

 一体何事か。ざわつき始めるホール内だったが、間もなくその喧噪はピタリと止んだ。ステージを照らした、一つのスポットライトによって。

 

「皆さーん!盛り上がってますかぁー!!」

 

 可愛らしい声とともに飛び出してきたのは、セーラー服をきた1人の少女。

 

 「きゃるーん!」。そんなこそばゆい擬音が聞こえてきそうなほど、可愛さを前面に押し出しての登場に、会場は水を打ったように静まりかえった空気に包まれる。

 

「あれれー?元気がないぞ?生徒会長さんの誕生日をサプライズライブでお祝いに来たんだから、皆も一緒にHappyを届けましょ!」

 

 しかし少女は負けじと満面の笑みでマイクパフォーマンスを続ける。明るく、ハキハキとしていて、キラキラと輝かしいほど可愛らしい。そんな少女を見ているうちに、会場の生徒たちは自然と笑顔になり、肩でリズムを刻み出す。

 一部の生徒会メンバーの除いて。

 

「え、あれって例の執事くんか?」

「あらあら、可愛らしい格好ねぇ。録画っと」

 

 そう。今まさに、ステージのど真ん中で痛々しいほどのブリッ子演技を振りまくその少女こそ、三千院家執事、綾崎ハヤテその人である。

 

「私の名前はハーマイオニー!「白皇セーラーズ(即興)」のセンター、メインボーカルよ!そして――」

 

 ハヤテ、いやハーマイオニーはパチリとウインクを一つ。そのまま、高らかに手を挙げて指を鳴らした。すると、ステージのスポットが次々と照らされ、セーラー服を身につけた美少女たちの姿が。

 

「セーラーズの素敵な仲間たち!」

 

 ギターを携えたマリアや詩織、ドラムスティックを掲げた咲夜。琵琶を抱き寄せる伊澄と鍵盤に手を乗せて不敵に笑むナギ。

 突如現れた数々の美少女たちに、会場のボルテージは再び最高潮に。歓声はホールの地面が揺れるかと思うほどに高まり始めていた。

 

「すごいよ美希ちゃん、いつの間にこんなサプライズ用意してたの!?」

「いやー、こっちで用意した仕掛けじゃないんだが……ま、面白そうだからいいか」

「ふふ、ゲリラライブとは恐れ入る!」

 

 進行の三人娘も楽しければいいやのスタンスでスルー。会場と一緒に盛り上がっている有様である。

 

「あれは三千院さんたちねぇ」

「そうですよね……一体なにが」

 

 袖にいた千桜と愛歌は思わず顔を見合わせる。そこでふと、2人は気が付いた。

 

「あれ?ヒナ?」

 

 さっきまでそばにいたはずのヒナギクがいないのである。薄暗がりの辺りを見回すが、主役の姿はどこにも見当たらない。

 

「愛歌さん、ヒナは?」

「さぁ、誰かにさらわれちゃったとか?」

「いやいや、物騒なこと言わないでくださいよ……」

 

 くすくすと悪戯っぽく笑む愛歌に目を細める千桜。

 しかし、彼女の予想はあながち間違ってはおらず。

 

「すみません、ヒナギクさん。突然外にお連れしてしまって」

「いえ、全然」

 

 ホール裏にある自販機横では、申し訳なさそうに手を合わせるアイルと向かい合うヒナギクがいた。

 

「私も外の空気吸いたかったですし」

 

 ばっちり連れ去られていたわけである。

 

「えっと、その格好だと寒くないですか?」

「だ、大丈夫です!というか、無理矢理着させられたので!私の意思じゃありませんから!」

 

 さながら某国の歌姫の影武者か。

 そんな自身の格好を恥じるように、彼女は短いスカートを手で押さえつけながら力強く首を振る。

 

「それよりも、大事なお話って?」

「えぇ、実は……」

 

 アイルは懐から1枚の封筒を取り出し、彼女の前に差し出した。

 

「これは?」

「平たくいえば、〝道場破り〟ですかね」

 

 封筒を開き、中の手紙を手に取る。そして読み進めていくうちに、スッと彼女の目が細められる。瞳には先ほどまでの恥じらいなど微塵もなく、武士(もののふ)を思わせる力強い光が差しているのがはっきりと見て取れた。

 

 

 

 桂ヒナギク殿

 

 今宵、貴殿との決闘を申し込む。

 一対一、どちらの剣が上か、決着を付けたい

 午後九時、当校武道場にて貴殿を待つ。

 

 

 

 ヒナギクは時計塔に目を向ける。午後8時半。指定された時間まではそこまで余裕もない。

 

「……随分、ぶしつけで自分勝手な果たし状ですね」

「ですね」

「アイルさんがこれを私の元に持ってきたのは、それなりの理由があるんですよね?」

 

 鋭い視線を向けられる。

 誤魔化しても、彼女の洞察力を持ってすれば、容易く見破られるだろう、アイルは内心で降参のポーズをとった。

 

「えぇ。成り行きではありますが、ある〝方々〟からの願いを承りました。私自身、その思いに応えたいと思ったからです」

「それは――」

「ですが」

 

 彼女の遮るように、アイルはそっと空の封筒を懐にしまい込んだ。

 

「私から、それらを説明することはできません。勝手な話で恐縮ですが……私の役目は、この果たし状を貴女にお渡しし、答えを聞くこと」

「……」

 

 理解したのか軽く頷くと、再び視線を手紙に落とす。そのままじっと、ヒナギクは手紙を見つめる。

 

 が、やがて顔を上げた。

 

「分かりました。この話、受けましょう」

「その心は?」

「学院に害をなすかもしれない話を放っておくわけにはいかないですから。何より」

 

 ふっと彼女の口元が緩んだ。

 

試合(ケンカ)を売られっぱなしで引き下がるなんて、プライドが許さない。私、誰が相手でも負けません」

 

 一体どんな敵が待っているのか楽しみだ。彼女の瞳からは、隠しようもないそんな気持ちが溢れているのが容易に見て取れた。

 相変わらずの戦闘狂だな。アイルは内心苦笑しつつ、武道場の方向へと顔を向ける。

 

「では武道場に向かいましょう」

「はい。あ、でもこの格好だと……」

 

 確かに、この格好のまま祭りを出歩くのは避けたいところだ。間違いなく人目に付く。着替え直したいところだが、今ホールに戻ればそれはそれで誰かに見つかる可能性がある。ステージではどこかのライブで大盛り上がり中のようだが……

 

「ご心配なく。パパッと武道場までお連れします」

「お連れしますって――ってええ!?」

 

 ふわりと浮き上がった両足に、ヒナギクは自分が抱きかかえられていること気が付いた。こんなコスプレみたいな格好で、しかもお姫様抱っこをされるなんて。

 

「ちょ、アイルさん!?」

「人目を避けるためです。〝上のルート〟からいきましょう」

「上?ま、まさか……」

 

 一気に青ざめるヒナギクに、彼はにっこりと微笑んで一言。

 

「大丈夫。狙撃でもされないかぎり、落としませんから」

「……」

 

 この日、上空から生徒会長の悲鳴を聞いたお客もいたとかいないとか。

 因みに。

 

「おお、ヨゾラ!あっちにちょこバナナがあるぞ!食べよう!」

「ふふ、ではこのリンゴ飴を買ってからいきましょうか」

 

 執事とメイドは、すっかり任務などを放っぽり出して、思いっきり祭りを満喫していた。

 

 




 
ヒナ祭り祭り編も、いよいよ佳境。もう少しだけお付き合いいただければ幸いです!

物語の終わり方について

  • エンディングは一つのみが好ましい
  • 各ヒロインのルート分岐などがあっても良い
  • どうでもいい
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