「……いつから気が付いていたのですか?」
遠くに聞こえるは祭りの喧騒。人々の賑やかさを乗せたそよ風が髪を揺らす。
鷺ノ宮伊澄は手で髪を軽く抑えつつ、隣に立っている男に目を向けた。
「あの男性が、生徒会長さんのご親族だったと」
問われた男――アイルは眉を下げて苦笑してみせる。
「確証はありませんでした。本人がお認めになるまでは」
じっとアイルを見つめ、言葉を待つ伊澄。
「ご存じの通り、私は霊と関わることができるような類の力はないですから。だとすればあの方は意図的に、何かしらの目的をもって接触をはかってきた可能性が高い」
「確かに、そうですね」
「ですから、伊澄さんに一芝居打ってもらったんです」
伊澄は大きく頷く。
「私があの方に施した術は、記憶を呼び起こすものではありませんでした。単なる治癒術です。けれど、あの方がそれで記憶が戻ってきたと仰った」
「ええ、それで記憶喪失の線は消えました。やはり目的があったのだと」
遠くの明かりを見つめながら、とつとつと続ける。
「そこから病院やお墓に導かれるまま。もしや、関係者かと思った矢先に」
「突然本人は消えてしまった」
「ええ。結局理由も分からずじまいでした」
少し言葉を区切って逡巡するアイル。
「ただ、あのお墓の前で視えた気がしたんです。ほんの一瞬だけ、あの方が気配のようなものが。それで、なんとなく直感したと言いますか」
目を閉じて当時の光景を思い起こす。
気のせいかもしれない。むしろそう考えるのが至極当然。普通の人ならそう思うかもしれないが。
「
「……なるほど」
「結局なぜ私に接触されたのか、根本的な原因は何一つわかっていませんけど」
そう言って困ったように笑うアイル。そんな彼を見つめていた伊澄も、またスッと口元を緩めて見せた。
「アイル様は、もしかしたら私たちの仕事に向いていらっしゃるのかもしれませんね」
「え、本当ですか?」
「はい。あとは法術の素養を持った血筋と生業としての成立する家柄があれば完璧です」
努力だけでは超えることが困難な前提があるらしい。なんとも世知辛い現実である。
「して、今は時計塔に方に?」
「おそらく。最後まで姉妹を見届けてから、除霊に応じる。そう約束してくださいましたから」
「そうですか、ではもうしばらく待つことにしましょう」
2人は背後にそびえる時計塔に目を向ける。天を突き破らんとばかりにのびるその尖塔は、下から照らされる祭りに光によっていつも以上に神々しくみえる。
「伊澄さん。ここまで協力していただいて、こんなお願いをするのは恐縮なのですが……一連のお話をどうか」
人差し指を立ててアイルの言葉を遮る伊澄。
「ご安心ください。こう見えてもプロですから、クライアントやその関係者のプライバシーは順守いたします。クライアントが必要だというタイミングが来ない限りは、今日のことは、きれいさっぱり忘れておきますので」
にっこりとほほ笑む彼女に、執事も安堵したように息をついた。そうして2人はまた、おもむろに時計塔を見上げるのだった。
そんな時計塔の最上階の一角。
月明りのみが照らす生徒会室で、向かい合って座るのは神妙な面持ちの桂姉妹であった。
「悪かったわね、ヒナ。こんな形で呼び出して」
雪路の言葉に軽く首を振るヒナギク。
「ううん。むしろ、懐かしかったなぁ……小さい頃は大事な話があるときに限って喧嘩とかしちゃってたし」
「アンタ……どうでもいいことばっかり覚えてるのね」
どこかバツが悪そうに、テーブルに置かれたティーカップをすする姉。そんな姿に少しだけ相好を崩す妹。
「でも、ここまで大掛かりな仕掛けは初めてかも」
「……そう、かもね」
じっと、紅茶の水面を見つめる雪路。やがて意を決したように、顔を上げた。
「ヒナ……貴女に、どうしても伝えておかないといけないことがあるの。驚かないで聞いてね」
「……なんとなく、わかってるよ」
「え?」
実は、と口を開きかけた雪路は不意打ちをくらって言葉に詰まる。
「そう、だったの?」
「うん……だって姉妹だもん」
目を細めて小さく頷くヒナギク。
「そ、そうだったの。知ってたのね、ボーナス全額を即仮想通貨で溶かしちゃって、『倍にして返す』と土下座をして先生や生徒たちから借金をしていることを」
「……は?」
「え?」
見つめあう姉妹。
「あれ?この件のことじゃなくて?」
「初耳なんだけど」
「あ、あちゃー」
動揺して目を泳がせる目の前の姉はなんと教職者である。
「大丈夫よヒナ!相場の流れはもう完全に読めたわ!もうあんな負けっぷりをさらすことはないから!今度こそいける!」
「お・ね・え・ちゃ・ん?」
「ひいい!?ごめんなさいごめんなさい!!」
黒いオーラを身にまとい、おもむろに竹刀を振り上げたヒナギクであったが、やがてため息をついて、その手を降ろした。
「お姉ちゃん、変わらないね」
そうして投げかけたのはあきれたような口調ではなく、どこか優し気なものであった。
「気を使わせないようにふざけて振舞おうとしてるけど」
「……」
「別に本題、あるんでしょ?」
丸まって縮こまっていた雪路は、ついにあきらめたように肩を落とした。
「……降参よ。それもバレてるわけね」
「言ってるでしょ」
姉妹なんだから。
冷めてきた紅茶をすすり、改めて向き直った2人。だが、先に口を開いたのはヒナギクの方だった。
「両親のこと、でしょ」
「え」
「今のじゃなくて、私たちの本当の」
私たちを、置いていった方の。
そう紡ぐ彼女の声にはずしりとした確かな重みがあった。必然的に、姉の表情にも険しさが増した。
「どうして、そう思うの?」
「……」
問い返されて彼女は視線を下に落とす。心なしか、手に持ったティーカップがわずかに震えている。
「ごめん、お姉ちゃん。私の方こそ、お姉ちゃんに伝えなきゃいけないことがあるの」
「ヒナ」
「私知ってたんだ。お姉ちゃんがあのお寺に足を運んでいるの」
思いもよらなかった、妹の言葉に雪路の目が僅かに見開かれる。
「1年前くらいにたまたま見かけて……そこの住職さんに、何度かお姉ちゃんが来てるって聞いてた。何をしてるのかまでは知らなかったけど、そこには広い墓地があるから」
抱くように包み込んでいたティーカップをそっとテーブルに戻す。
「敬虔にお祈りって柄でもないでしょ、お姉ちゃんはさ」
「……」
「だからなんとなく、分かってた……来てた理由はお参りだって。多分、お父さんとお母さんはもう」
いないこと。
「お墓だって、自分で見たことはないの。だから私の思い込みだって、何度も否定しようとしたこともあった。お姉ちゃんに直接たずねようと思ったことも何度もあって……でも」
「……」
「もし〝それ〟を聞いてしまったらって思うと怖くて」
震えていた両手の拳をぎゅっと握りしめる。
「ごめんなさい!私、ずっと向き合う勇気が」
ぽん。
彼女の言葉が終わらないうちに、頭の上にやわらかい感触が。それは温かく、そして懐かしい感覚だった。
「……お姉ちゃん?」
見上げると、雪路の右手がヒナギクの頭の上にそっと乗せられていた。
先ほどまでの表情とは打って変わって、
「アンタが謝る必要なんて一切ないよ。悪いのは全部私」
「そんなこと」
言葉を遮るように数回首を横に振る。
「まだまだ子供、だなんて言い訳して逃げてた癖に……肝心な時はもう大人だって都合良く突き放そうとしてるなんて」
頭を掻きながら、自分自身に対して深くため息をつく雪路。
「結局私のがよっぽど子供だった、か」
ほんっと、自分が情けなくなるわ。
誰に言うでもなくそうつぶやくと、雪路はヒナギクの隣に腰を下ろした。
「ごめんね。アンタにはすぐに伝えるべきだった。あんたの為って言い訳してただけ。私も、伝えるのが怖かったんだと思う。本当にごめん」
「いいの。私だって、結局2人を嫌いになれなかった。ううん、好きだった。だから伝えたらまた私が取り乱しちゃうって、そう思ってくれてたんでしょ」
目を閉じて、姉の方にそっと頭を預ける。
「お姉ちゃんだって辛かったのに。私の方こそ、ごめんなさい。お姉ちゃんの気持ちを考えてあげられなくて」
「……なら、お互い様?」
「そうだね、おあいこ」
姉もまた、そんな妹の髪を優しくなでる。
どれくらいそうしていただろうか。窓から差し込む月明りを眺めながら、雪路はおもむろに口を開いた。
「父さんと母さんは、もういない」
「うん」
「どこでどう亡くなったのか、詳しいことはわからない。私たちの前から居なくなった後、何をしていたのかもね」
「うん」
ただ、一つだけ。
そう言って雪路は懐から、1枚の封筒を取り出した。
「手紙がね、あったの」
「え?」
「母さんからよ」
裏返すと、そこには女性の名前。それは2人がよく知る、彼女たちの血のつながった母親の名前だった。
予想外のことに目を丸くするヒナギク。本当に、お母さんの?目線だけで尋ねるも、姉は頷いて返す。
「私たちに……?」
恐る恐る、手を伸ばして封筒を手にするヒナギク。
封筒には名前が書いてあるものの、宛先らしき文字は記されていなかった。
ヒナギクはしばらく手紙を見つめていたが、やがてテーブルの上に置く。まるで、自分から遠ざけるように。
「どうしよう……」
「ヒナ?」
「ずっと知りたかった、ずっとお母さんたちがなにをしてたのか。会えなくてもいいから、そう思ってたのに……今は、それを知るのが怖い」
「そっか」
意外なことに、雪路はすっと手紙を手に取ると、そのまま懐に戻した。
「ちょっと、安心したわ」
「え?」
「私だってそうだからよ。これ読んだら、これまでの自分が崩れちゃいそうだって思ったら、開けなくてさ。いやー、アタシだけじゃなくて良かった良かった」
そう言って明るく笑い飛ばす雪路。
「今無理に読むこたぁないわよ。腹が決まった時でいい、アタシに言いなさい。それまでは、側にいてあげるから」
「……お姉ちゃん」
「それに」
そう言ったかと思うと、雪路はヒナギクの手を引いて立たせて、窓へと引っ張っていく。
「え?ちょっとお姉ちゃん?」
「いいから」
窓を開けると、そのままテラスへと足を踏み入れる。
「ちょっと!ダメよ、私が高いところ苦手なの知ってるでしょ!?」
「大丈夫よ、アタシが支えてあげてるから」
ぎゅっと目を閉じるヒナギクを、半ば強引に引きずり出すと、彼女の両肩に手を置いた。
「もういいわよ、目を開けてみなさい」
「で、でも……」
「いーから」
言われるがまま、震える手を握りしめて、ゆっくりと瞼を開く。
思わず息を呑んだ。
こぼれそうになった言葉は口元を出る前に、すべて忘れ去られてしまった。
それほどまでの光景だった。
眼下に広がるのは何千何万の明かり、人の命。都内に生きる明かりすべてを独り占めしていると錯覚してしまいそうなほど、神秘的で、広大で、何よりも美しい景色だった。
「きっとこの先、いろんな壁が待ち受けてるんでしょう。楽しいことばかりじゃない、失敗だって山ほどある。悲しくて怖い思いだって数えきれないでしょうね」
「……」
「けどそんなときは、思い出して」
力強く肩を支えながら、彼女はかみしめるように続ける。
「今立ってる
祭りの明かりと街の明かり。
見上げれば満月。
世界はこんなにも光り輝いていて、こんなにも繊細で、そして温かい。
「そうすりゃ、どんな苦難だって乗り越えられるわよ」
アタシの妹なんだから。
彼女の手から離れるように、ヒナギクは一歩前に進んだ。まだ震えが残るその両手でテラスの柵をしっかりと握りしめる。
目の前に広がる絶景は、眺めれば眺めるほど、輝きを増していくような気さえする。
「やっぱりお姉ちゃんは凄いな……」
「あったり前でしょ!それが姉ってもんよ」
「うん」
ヒナギクは素直にほほ笑むと、再び雪路の手を取った。
「一つお願いしてもいい?」
「ん?」
「手紙、その時が来たら一緒に読んでほしいの。出来たら、隣で」
雪路はふっと微笑すると、とんと胸をたたいて見せるのだった。
「しゃーない。可愛い妹の頼みだ、お姉ちゃんに任せときな」
「まーそれはそうとして、仮想通貨からは足を洗ってね。お姉ちゃん」
「え?」
「借金は明日から返済よ、当面禁酒して今後の給料は7割カットで返済に充てましょう。大丈夫、全額返済するまで〝ずっと〟私が隣にいてあげるから」
テラスに吹きすさぶは肌を刺すような冷たい風。
「……あの、今回の活躍で帳消しには」
「ならないわよ」
ここまでお付き合いいただき本当にありがとうございました。ヒナ祭り祭り編、メインはこれにて終幕になります。次回はエピローグ、後日談です。かなり長編になってしまいましたが、なんとか当初予定していた形に持ってこれた……ような気がしております。
ヒナギクさんの設定について、かなり独自設定を作ってしまいました。単行本にうっすらヒントとしてあった描写や、先生のインタビューやVさんとコラボしている動画なども参考にさせていただきましたが、ほとんどは私の勝手な妄想です。原作が大好きゆえに、二次創作とはいえこういったオリジナル設定をつけてしまうのは否定的な意見が多いのも承知しております。
読んでご不快な気分にさせてしまいましたら、大変申し訳ございません。
ヒナギクさんの家庭環境の詳細はほぼ言及されておらず、コミックを読んでいるときから「
こんな感じっだったのかなー」と妄想を膨らませた結果、粗々ですが今回のような展開になりました。矛盾や整合性が微妙に取れていない点もあるかとは思いますが、なにとぞ温かい目で見ていただければ幸いです。
オリジナル設定については今後も入れていくと思いますが、極端なキャラ崩壊や原作へのリスペクトが欠けるような設定などはないようには十分注意していきたいと思います。今後ともなにとぞよろしくお願いいたします。
物語の終わり方について
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エンディングは一つのみが好ましい
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各ヒロインのルート分岐などがあっても良い
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どうでもいい