アテネちゃんの執事!   作:通行人A'

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Task69:祭りのあとに

 

 

 3月4日。本日も晴天なり。

 私が居候している鷺ノ宮家もまた平穏な時が流れている。このように麗らかな昼下がりは鷺ノ宮の金で購入したご神体(フィギュア)たちを縁側に並べて鑑賞するに限る。日本庭園の古風な風情が彼女たちの美しさを引き立ててくれること請け合いである。

 そういえば、この前RECした伊澄くんのくしゃみ動画を切り抜き編集したMAD動画は万バズを狙える完成度だ。あとは本日中にこれをアップして――

 

「おっと、何をするんだ!私の神聖な手記を」

「それはこっちのセリフですッ」

 

 神父、リィン・レジオスターが熱心に記していた日記帳がひょいと奪われてしまう。抗議の声を上げて振り返ると、その何倍も抗議の表情で彼を睨みつけていたのは伊澄であった。

 

「何をしているのですか!勝手にフィギュア購入は禁止です、あと動画は即削除ですッ」

「落着きたまへ伊澄くん。これがヒットすれば家計の助けになる副収入が」

「必要ありません。なんなら神父さんのご神体ごと消し炭にしても良いのですよ?」

「分かりました即刻削除しますので勘弁してください」

 

 秒で許しを請う土下座。それはそれは綺麗な体勢だった。

 

「……神父なのに、謝罪は土下座なんですか?」

「なに、心はサブカルを愛するジュンジャパだからな。ノープロブレムだぞ執事君」

「はぁ」

 

 そんな様子を呆れたように眺めていたのはアイル。深く追及するのも面倒だったのか湯呑をゆっくりとすする。

 

「すみません、アイル様。見苦しい所をお見せしてしまって」

「すっかり馴染んでますね、あの幽霊神父」

「はい、成仏してもらおうとしているのですが……中々しぶとくて」

 

 伊澄は困ったように息をついて、アイルに向かい合うように正座する。

 

「改めまして、伊澄さん。この度はご厄介をおかけしまして。大変お世話になりました」「いえ、それが仕事ですから。お役に立ててよかったです」

「これはつまらないものですが、今回のお礼ということで」

 

 アイルは側に置いていた桐箱をずいっと伊澄の前に差し出す。黄金色のお菓子でも入ってそうな仰々しい箱の中身は一体――

 

「超●機メタルダーのDVDBOX、初回生産限定版です。私どもの感謝の気持ちですので、何卒お納めください」

「まあ」

 

 顔を輝かせてその箱を受け取る伊澄。大切に扱わせていただきます、と頭を下げる。彼女の特撮好きはそれなりに有名らしい。プレーヤーを扱えるのかは疑問ではあるが。

 

 縁側には柔らかな木漏れ日が差し込む。

 かこん、と乾いた音を立てる獅子落としの音。そよ風に揺れる葉と小鳥たちのさえずりが平和な昼下がりを演出する。

 

「彼は、無事に成仏できたんでしょうか」

 

 何とはなしに、アイルは空を見上げる。

 

「私が除霊しましたから、現世にはもういらっしゃらないでしょう。ただ残念ながら、天竺に行けたかどうかまでは分かりかねます」

「天国では?」

「いえ、ガンダーラです」

「なるほど」

 

 愛の国、ガンダーラ。

 

「ですが、よかったのですか?あのまま旅立たせてしまって?」

「と、いいますと?」

「あの方がアイル様に接触してきた理由を、お聞きにならなかったでしょう。気にはならないのかと思いまして」

 

 伊澄の言葉に、合点がいったように軽く頷いてみせた執事。

 

「依頼人の利益をお守りすることが仕事ですから」

 

 

 

 少し時を遡り、3月3日の夜。

 時計塔を見上げていたアイルは、ふと隣に立つ男に目を向けた。

 

「……もう、いいんですか?」

 

 その男もまた。時計塔を見上げていた。細められたその瞳にはどのような色が浮かんでいるのか、アイルには計り知れない。悔恨か、惜別か、情愛か。

 しばらく上を向いていた男はその瞳の色を変えることなく、視線を戻し、おもむろに頷いてみせた。

 

「ええ。最後にあの子たちを見届けることができました。もう、これ以上望むべくこともないでしょう」

「……未練は、もう?」

 

 伊澄の言葉に、男は力なく首を振る。

 

「未練しかない。後悔だけで押しつぶされそうになる。それでいいんです、そうでなくては……あの子たちへの償いにならない。今わの際で、妻もそう言っていました」

「そう、ですか」

 

 現世での未練を無くし、心置きなく来世に送る。それが信条でもある鷺ノ宮家にとって、彼の答えは事実上の敗北にも等しいといえる。

 伊澄は悲痛に眉を下げたものの、自信を納得させるように懐からお札を取り出して見せる。

 

「あなたがそう望むなら、私は私の役目を果たしましょう」

「ありがとうございます」

 

 男は伊澄に深く礼をすると、アイルの方に向き直る。

 

「アイルさん。本当に迷惑をかけました、事情も分からないままなのに、ここまで付き合ってくれて」

「いえ。私はお嬢様の命に従っているだけです。お気になさらず」

「ありがとう、本当に」

 

 これ以上詮索することはしない。言葉の裏に込められた執事の思いに、男は再び深々と感謝の意を示す。

 

 

 悔いしかない。当然である。そうであることに悔いはない。

 最期の時を迎えようと男は目を閉じる。伊澄もまた、彼に近づいていき――

 

「そうでした。一つ、お伝え忘れていたことが」

「?」

 

 そこに待ったをかけたのは執事。

 

「手前味噌で恐縮ですが……私、こう見えても代筆もそこそこ出来るクチでして。国家警察相手の文書偽造でもバレたことはありませんでした」

「は、はぁ」

「ですから。もし、何か書き残しておきたいことがあれば」

 

 お母様の分だけでは、お二人も物足りないかもしれないでしょう。

 その言葉に目を見開く男。

 

「い、いいんですか……でも」

「アフターサービスも充実させるように言われてますから、お嬢様には」

 

 とはいえ、長すぎる文章は避けてくださいね。そう言って肩をすくめる執事に、伊澄もくすりと口元を緩める。

 

「では、あなたの筆跡が分かるものを我が鷺ノ宮家の宝具を使って探しておきましょう」

「おお、さすが伊澄さん」

「はい、この古より伝わえりし宝具、ググレカスがあれば」

「時代を感じるネーミングですね」

 

 古だから仕方ない。

 

「ありがとう。お二人にはなんと感謝してよいものか……あ、あとできればもう一つお願いが」

「はぁ……わかりました、この際ですから全部言ってください。可能な限りお応えしますから」

「で、ではもう一つだけ!」

 

 

 

 場所は戻って、鷺ノ宮家。

 

「それで、アイル様。代筆の方は」

「ええ。あの後伊澄さんが見つけてくださった筆跡物をもとに仕上げました。騙すようで少し罪悪感もありますが……」

 

 懐から封筒を取り出すアイル。

 

「時としてそれが必要な時もあるのではないでしょうか。私もこの仕事をしていると、そういった問題に直面することが多々ありますから、たびたび考えさせられます」

「伊澄さんは大人ですね」

「ふふ、大人ぶっているだけですわ」

 

 伊澄はどこか楽しそうに微笑んで湯呑をすする。

 

「では、もう一つのお願いというのは」

「それはこれから向かおうかと。正直、この願いの意味は分かりかねますが」

 

 

 

 都内某所。

『保護ネコカフェ&バー・ニャオール』では老若男女様々な客たちが温かい紅茶やコーヒーを片手に、愛くるしい姿の猫の姿に心を癒されている。

 

「あら、アイルちゃん。珍しいわね、一人で来るなんで」

「忙しい時間帯にすみません」

 

 店の扉を開けたアイルを迎え入れたのは赤いバンダナにグラサンをかけたマスターだった。布が千切れて半袖になった革ジャンから覗く上腕二頭筋はまるで筋肉の塊、伸びた黒髭の毛先にはミサンガが結ばれている。時代が時代なら海賊と勘違いされそうな身なりの男性だ。

 

 アイルは申し訳なさそうに、空いているカウンターの席に座る。

 

「いーのよ、男には一人になりたい時もあるわよね。はいこれ、いつもの」

「どうも」

 

 芳醇な香りを立ち昇らせてマグカップを差し出すマスター。

 

「で、どーしたの?アテネちゃんと喧嘩でもした?」

「そんな面白い話じゃないですよ。えーと、前にお嬢様と来た時に見かけた猫を探してて」

「あら、そゆことねん。どの子がご指名かしら?今の時間帯は人気の子は埋まっちゃってるけど」

「紛らわしい言い回しですね……」

 

 アイルはコーヒーを一気に飲み干すと、軽く店内を見回す。

 

「あの白毛のネコ、確か名前はローズだったでしょうか」

「あら……ローズちゃんね。それはちょっと難しいかも」

 

 マスターは途端に表情を曇らせる。

 

「なにかあったんですか?」

「それがねェ、今ローズちゃんが行方不明なのよ。スタッフ交代しながら探してるんだけど、中々見つからなくて」

「行方不明?」

 

 それはまた急な話だ。

 

「この施設内にいないってことですか?どこかに隠れてるとかではなく」

「そう、隅々まで探したけどどこにも。だから今若い子たちに近隣の聞き込みとかしてもらってるわ」

 

 だけど、そう言って顎に手をあてるマスター。

 

「昨日の夜まではずっといたのよ。スタッフもちゃんと戸締りしたって言ってるし、外に出るなんて出来ないはずなんだけど」

 

 状況を理解したアイルは、マグカップを返しつつ席を立つ。

 

「わざわざ来てもらったのにごめんなさいね」

「いえ、こちらこそ急にすみませんでした。私の方でも何か手がかりがあればお知らせします」

「ありがとう。お願いね」

 

 そういえば。

 アイルはドアのノブに手をかけたまま問いかけた。

 

「ローズを連れてきたのって、どんな方でしたっけ?」

「あら、この前も言ったじゃない……あらやだ、誰だったかしら。あら?」

 

 

 男からのもう一つの願い。それは、保護猫カフェに預けた飼い猫の様子を見てきてほしいというものだった。名前はローズ。白い毛並みと、ピンク色の瞳が特徴だといった。

 偶然か必然か、そのネコには見覚えがあったので心当たりをあたってみたのだが。

 

(困ったな、行方不明とは……それよりも、記憶力の良いマスターが忘れるなんて)

 

 どうにも不可解なことばかりが起きているな。

 店を出たアイルは眉を潜めながら歩いていたが、ふと裏路地の前で足を止める。

 

「おっと」

 

 噂をすれば。

 白い毛並み、ピンクの瞳。まぎれもなく探してるネコが、ダストシュートの上にちょこんと鎮座している。

 

「みゃあ」

「あ、ちょっと!」

 

 ネコはアイルの姿を見るや否や、地面に飛んで駆け出していってしまった。慌ててその後を追いかけることに。

 

 

 ネコはあっちにこっちに駆け回り、すぐ姿をくらます。かと思えば彼の視線の先に現れ、再び追いかけ始めると姿をくらます。その繰り返しだ。

 捕まえるは愚か、近づくことさえもできない。そこに違和感を覚えるのは火を見るよりも明らかで。

 

(これは、逃げているというよりは……)

 

 どこかに導かれているような。

 

 再びネコを見失う。だが彼はその場所に見覚えがあった。

 眼前には少し古びた鳥居が立っている。つい数日前に訪れたばかりのお寺だ。

 

 本堂の裏に進んでいくといくらかの墓石が不ぞろいに並んでいる。一見ネコの姿は見えない――が何か気配は感じる。その気配に引きずられるようにして、アイルの足は自然とある墓石の前に進んでいた。

 

(……)

 

 最近掃除されたのか他の墓石よりも小きれいで、側には空になった日本酒の瓶が無造作に置かれている。これを置いた人間にも、つい最近会ったばかりだったか。

  

『蓮見家ノ墓』

 

 そう彫られた墓石の側に、1匹のネコがそっと横たわっていた。

 

「お前……」

 

 白かったであろう毛は薄汚れて灰色に染まってしまっていて、手足の爪もボロボロになって血が滲んでいる。瞳は閉じられていてその色は分からないが、恐らく――

 

「やっと見つけたんだな……ご主人様を」

 

 アイルは屈んで、その年老いたネコの頬に触れる。さっきまで感じていた気配はもう消えていた。

 力なく垂れている髭を優しく撫でてから、その冷たくなった身体をそっと抱き上げる。

 

「おや、野良猫ですか」

 

 振り返ると、箒を手に白い法衣を身に着けた住職の男性が、にこやかな笑みを携えて近づいてきた。

 

「えぇ、飼い主を探してたみたいで……」

「ほう、それは……」

 

 住職の男性は、アイルの腕の中で眠るネコを見つめて笑む。

 

「では、隣に埋葬してあげましょう。幸い、スペースはありますから」

「私も手伝います」

 

 ひび割れた塀の前、墓石の周り生い茂った雑草や汚れを丁寧に取り除く。墓石の横に小さな小さなネコ用の墓石を建立させる頃には、辺りはすっかり茜色に染まっていた。

 

「すっかりお手伝いしてもらってしまって……何かお礼をしなければなりませんね」

「いえ、そんな――」

 

 お構いなく。そう言おうとして、何かを思い出したように言葉を切るアイル。

 彼は執事服の内ポケットから、1枚の封筒を取り出した。

 

「一つだけお願いをしても?」

「構いませんよ。これは……」

 

 封筒は無地で、宛先もなければ、名前も書かれていない。

 

「いつかここに、ある姉妹がいらっしゃると思います。その時、この手紙をお渡ししていただけませんか?2人は──」

 

 

 

 

 3月5日。

 

 週明けの白皇学院では朝から生徒らが忙しなく動き回っていた。それもそのはず、学院最大のイベント、ヒナ祭り祭りの片づけに追われていたからだ。

 生徒会長のヒナギクを中心に、生徒会役員が主体となってテキパキと指示を出していく。

 

「会長、こちらのエリアは完了しました」

「ありがとうハル子。体育館の方を手伝ってくれる?」

「生徒会長!科学部の怪しげな実験装置を発見しました!」

「了解、すぐ対処係を――」

 

 拝啓

 

 お父様、お母様

 桃の節句を過ぎ、少しずつ春めいて参りました

 

「こ、これは電話●ンジ(仮)!?」

「どうやって作成したのよッ、世界観壊れるからすぐに破棄です!」

「ああ、後生だ会長!これは我が科学部の集大成で――」

 

 私は今、白皇学院に通ってます

 友達にも恵まれて、まだまだ未熟だけど、生徒会長も務めています

 

「ヒナ、誕生会のカラオケの映像は今年の新入生オリエンテーションのOPにしようと思うんだけど」

「どさくさまぎれでアップしないで!削除よ削除」

「ヒナよ!冬休みの宿題がまだ終わってないんだ助けてくれ」

「ああもう、自分でやりなさい!」

 

 ……本当に皆良い友達です

 

「助けてヒナえもん!お酒を飲まな過ぎて禁断症状が、せめてワンカップだけでも」

「ダメよ!まだ1日だけでしょッ」

 

 お姉ちゃんも……相変わらず元気です

 

「ヒナギクさん、楽しそうですね」

「どこがですか、アイルさん。あっちもこっちも、もうてんてこ舞いですよ」

「でも、なんだか吹っ切れたような」

 

 本当に多くの人に支えられて、背中を押されて。

 私は今日まで生きてきました。そしてきっと、明日も明後日も。

 

 だから、心配しないでください

 どうか、安らかに眠ってください

 

 

 まだ呑み込め切れないこと、いっぱいあるけど……

 きっといつか、2人と向き合える日が来る

 今は、はっきりそう思えるから

 

 

「ううん……いつも通りです!」

「なるほど」

 

 

 お父さん、お母さん

 

 あのね、私、16歳になりました!

 

 

 

 






 ヒナ祭り祭り編、これにて完結になります。本当に長くなってしまい、ここまでお付き合いいただき本当にありがとうございました。
 若干行き当たりばったりで作ってしまったところもあって、案の定あとから「こうしておけばよかった」と思う事が連発しました。なので微妙に整合性が取れてないところや、無理がある箇所も散見されたかと思います。本当に申し訳ございません!!ですが大筋で書きたかったことは書けた……かなと、かろうじて思っておりますm(__)m
 本当にお付き合いいただきありがとうございました!

 この後日常編を挟んだのち、4章・アテネ編に突入していければと考えております。
 ようやくここまで来ました……思えばアテネ編を書きたくて、見切り発車で始まった二次創作でした。来るべき長編に備えて、日常回でキャラたちをドタバタ書いて英気を養いたいと思います。今後とも、なにとぞよろしくお願いいたします!



 

 

物語の終わり方について

  • エンディングは一つのみが好ましい
  • 各ヒロインのルート分岐などがあっても良い
  • どうでもいい
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