アテネちゃんの執事!   作:通行人A'

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Task70:濡れぬ先の傘

 

「何じゃと?アテネに帰る?」

「えぇ。今日帰国する、と」

 

 今朝突然言い出して。

 携帯越しに聞こえる素っ頓狂な声に対して、アイルは冷静に返した。

 

「なんじゃ、喧嘩でもして実家に帰るとか?」

「そんな可愛い理由ならいいんですがね」

「……お前さんはどう思う?」

「帝様の懸念通り、かもしれません」

 

 アイルは一層声を落とした。

 

「そうか……年始あたりから少し様子はおかしかったが、もう瑣末な違和感として捨ておくこともできんな」

「ええ。特に今朝は明らかにお嬢様の様子がおかしいです。朝に起床されますし寝覚めは良好。優雅に朝食を取られたのち、従者を伴い淑やかに談笑しながら散歩。挙句にはPCをお一人で操作してリモートで商談までなされていました」

「え?それ変なの?」

「異常事態です」

 

 きっぱりと言い切る執事。

 

「なんかワシの思ってた事態と違うんじゃが……しかし、どうするつもりじゃ?万が一ワシらの危惧通りであれば事は一刻を争うが」

「考えがあります。といっても、選択肢はほぼ限られてますが」

 

 アイルは携帯端末を片手に、窓の外に視線を投げる。

 どんよりとした雲が覆う灰色の空。今にも崩れそうなその天気は、〝彼ら〟の行く末を暗示しておるようじゃった」

「やめて下さい、縁起でもない」

「すまん、つい」

 

 本日も快晴なり。

 

 

 

「では、お嬢様をよろしくお願いしますね」

 

 滑走路に停まったジェット機を見上げつつ、アイルは後ろのヨゾラたちへ振り返った。

 

「お任せください先輩。目に入れても痛くないほど立派に育て上げ、日テレのはじめておつかいに出演させてみせます」

「全然任せられませんわ、どれだけ子ども扱いしてますの?」

 

 意気揚々と胸を張るメイドに、呆れたようにツッコむのはわれらがお嬢様アテネちゃん。

 

「ハンカチ、ティッシュ、携帯電話、テレホンカードはちゃんと持ちましたね?2人とはぐれても焦らずまずは公衆電話か交番を探すんですよ」

「だから親か」

 

 乗っかる執事の頭を扇子で小突く。今時公衆電話を探す方が難しい。

 

「マキナも。男手はお前だけだから、頼りにしてるぞ」

「ふふん!任せとけ」

 

 小さな体を揺らして勇ましく拳を作るマキナ。口元が緩んでいるのは見なかったことにする。

 

 

 荷物をもった従者とお嬢様はジェット機から降りた階段を上がっていく。

 乗客は何を隠そう彼女たちしかいない貸し切り状態なのだが、それもそのはず。天王州家のプライベートジェット機なのだから。これぞ、大金持ちの代名詞。

 

 

 入口から機内に足を踏み入れようとしたアテネは、ふと後ろの執事を振り返る。

 

「……お前は本当に日本に残るの?」

「あぁ、お嬢様。寂しい気持ちは分かりますが――」

「1ミクロンもなくってよ。余計なことをしないか不安なだけです」

 

 恭しく胸に片手を添える執事に、口元を引きつらせつつ先手を打つお嬢様。

 

「ご心配なく。事業や白皇のことは一任していただいて、〝やるべきこと〟に集中されてください」

「……」

「それに、ここに残らないと綾崎君を見守れないでしょう。懸念事項は少しでも解消しておいた方がいいでしょう」

「……別に、頼んでいませんわ」

 

 ぷいっと横を向いて視線をそらすアテネ。

 そのまま機内に入っていこうとするその背中を呼び止めると、振り返った彼女になにかを投げ渡した。

「なんですの、これ?」

 

 受け取ったのは、手のひらサイズの円形のケースだった。

 深緑色の金属製で、目立った装飾などはない。懐中時計のようにも見えるが……

 

「こん、ぱす?」

「はい」

 

 蓋を開くと、美しい金色の針が顔を覗かせる。

 

「方角が間違っているようだけど」

「そのコンパスは方位を示すものではありません」

 

 執事の言葉に怪訝そうな表情を返す主。

 

「このコンパスは、持ち主の願いをもとに道を指し示す。そういわれています」

「持ち主、の?」

「えぇ。持ち主が道に迷ったときに、その針はきっとあるべき方向を指す。」

 

 アテネはもう一度その金色の針をじっと見つめて――

 

「という触れ込みで、以前新世界の露店で買いました」

「紛い物じゃないッ!!」

 

 思わず前につんのめった。

 

「ま、旅の無事を祈るお守り代わりにでも」

「むしろ不幸を呼び込みそうだわ」

「もしかしたら、本当に効果があるかもそれないですし」

「偽物前提を隠そうともしない」

 

 主人に得体のしれない紛い物を渡すとはどういう了見か。

 

「神経質になりすぎてもよくありません。程よく肩の力を抜かないと」

「リラックスさせてあげたって言いたいわけ?」

「気が利くでしょう?」

 

 肩の力が抜けたというよりは、気が抜けたという方が正しいのでは。

 アテネは訝しみつつも、ため息と一緒にそのコンパスを乱雑に鞄にねじ込む。

 叩きつけなかっただけ感謝してほしいものだ。

 

 

 

 

 数時間後、三千院家別邸。

 

「うむ、困ったな」

「そうですわねー」

 

 ナギとマリアは一つのドアの前で困ったように顔を見合わせていた。彼女たちの目の前には部屋の扉。掛けられた木製のネームプレートには「HAYATE」のアルファベットが並んでいる。

 

「ちょっと悪ノリが過ぎてしまったかなぁ」

「あら、そうですか?皆とっても楽しそうじゃなかったですか」

「お前は年甲斐もなくはっちゃけ過ぎでは」

「年甲斐?聞き間違いかしら、もう一度言ってくださる?」

「あ、いや違ったな、言い間違いだ。年相応だった、うん」

 

 2人が扉の前で突っ立ったまま他愛もなくあれこれと話していると、廊下に来訪者を知らせるチャイムが鳴り響いた。

 

「む、客か。この一大事に。マリア、無視しておいて構わんぞ」

「何言ってるんですか、ナギ」

 

 マリアは軽くため息をつきつつ、踵を返して玄関ホールの方に歩き出す。

 

「あ、こら!私を置いていおくな!」

 

 その後をナギも慌ててついていく。

 さて、三千院家に舞い降りた一大事に水を差すがごとく、屋敷を訪れた客人はといえば。

 

「あら、アイルくん!」

「エドモンドではないか」

 

 例によって、天王州家の執事であった。

 

「すみません突然押しかけるような真似を……ちょっとお願い事がございまして。お忙しかったですか?」

「ふふ、全然。ちょうど暇をしてて新しく仕入れた紅茶を試そうかと思っていたところですわ」

「おいマリア、割と一大事だぞ今」

 

 手を合わせて明るくほほ笑むマリア。打って変わって怪訝に眉を吊り上げるナギだったが。

 

「まあまあ。手をこまねいても仕方ありませんわ。ここは一旦ティータイムで気持ちを落ち着けましょう」

「むう……確かにそれもそうか」

 

 なんだかんだ言いくるめられて、3人は応接間に。ご機嫌往年のトレンディソングを口ずさみながら紅茶を淹れるメイドさんを横目に、ナギはソファにどっかりと腰を降ろすと、視線だけで向かいの来客に話を促す。

 

「実は職を失いまして。三千院家で雇ってもらえないかと思い──」

「は?」

「というのは冗談なのですが」

「タチの悪い冗談はやめろ」

「ひとつ、ご相談事がございまして」

 

 彼が真顔で言うと本気にしか聞こえないのである。ナギは呆れとも安堵とも似つかぬため息をつくと、背もたれに身体を預ける。

 

「まぁお前には色々助けられているからな。力になれるか分からんが、とりあえず話してみるといい」

「ありがとうございます」 

 

 アイルは微笑むとソファーから立ち上がり、ナギの前に一歩。

 

「では、改めまして」

「ん?」

 

 そうして、おもむろに傅いた。

 

「ナギお嬢様、私を雇っていただけませんか?」

「……んん?」

 

 次回、三千院家執事編──開幕!

 

 

「いや急すぎるだろう!勝手に終わるな、ちゃんと説明するのだエドモンド」

「そうですよアイルくん!一体何があったんです?」

 

 唐突な展開に紅茶を淹れ終わったマリアも慌てて彼女たちの方に駆け戻ってくる。

 

「おや、こう言っておけば次話に持ち越せると思ったのですが。説明とかは裏で進めたみたいな感じにして回想とかでフォローしたり」

「いやあるけども。それをやるには一話辺りの分量が足りていないぞ」

「2人とも物騒な話し合いはやめてください」

 

 ピシャリとその場を制するマリア。出来るメイドは軌道修正もお手のものである。

 アイルは軽く咳払いをすると、椅子に座り直して改めて2人に向き合った。

 

「実は、執事研修にご協力いただきたいんです」

「執事研修?」

 

 

 技術の進化は止まらず、超情報化社会に突入している今日。一寸先は闇である。高度化、多様化する環境にも迅速に適応することが執事には求められる。自身の研鑽はすなわち、仕える主や家の品位を保つことにもつながるわけだ。

 

 執事研修とは、そんな執事たちのアップグレードのために世界執事協会が独断と偏見で設定した特別研修プログラムである。

 

「なるほど分からん」

「要するに期間限定で別のご主人様らにお仕えして、見識を深めるみたいな感じです。別会社出向みたいなものですね」

「なんだか気が重くなる例えですわね……」

 

 まさしく一寸先は闇である。

 

「まあ積極的に参加する執事もいれば、一切参加しない執事もいるわけなんですが」

「そこは明確に決まってるわけじゃないのな」

「ええ、あくまで自主性を重んじるものですからね。ただ積極性や態度は見極められていますから、人事査定に無関係と思って放置していると、数年後にいきなり跳ね返ってくることもありえます。なんの脈絡もない左遷と思いきや、実はこれが原因とか」

「なんの話?民間企業の話だっけこれ」

 

 すかさず助け舟を出すメイドさん。

 

「つまり、アイルくんはそのプログラムに参加するために、三千院家を選ばれたと」

「はい、やはりお仕えするのであれば優れた才能と深い見識、そして大海のごとき慈悲深さを持ち合わせているナギお嬢様の元以外では考えられないなと」

「ふふん、よく分かっているではないか」

 

 褒められてまんざらでもないのか、腕を組んで口元を緩めるナギ。露骨に上機嫌な様子だ。

 

「しかし、なんなのだその世界執事協会というのは。聞いてる感じ胡散臭そうな団体だが」

「世界中の執事たちが会員として登録している団体です。といっても実際会員数よりも非会員の方がはるかに多いそうで、かなりマイナーな、というかもう実質有名無実化してますね。今運営実態があるかもわかりません」

「ないの!?なにそのいい加減な協会」

「まあ、創設者が酒に酔ったノリで建てちゃったような団体なのでしょう」

「ヤバすぎるだろ」

 

 あまり触らないほうが良いと得心したのかナギは立ち上がると、マリアの方に目を向ける。

 

「事情は分かった。まぁ、私としては特に異論はないぞ、エドモンドなら新作漫画の進捗も相談しやすいしな」

「私も賛成ですわ、アイルくんが来てくれるなら仕事も格段に速くなりそうですし」

 

 マリアも上機嫌に両手を合わせる。主だけでなく従者も異論はないようだ……クラウスは?

 

「が、ちと問題事があってな」

「問題事?そういえばお訪ねした時も、なにかあったご様子でしたが」

「うむ……ちょっと来てもらおうか、その方が話が早い」

 

 応接間を出ると、3人はとある部屋の前までやってきた。

 木製のドアの前には、「HAYATE」と書かれたプレートがかかっている。

 

「ここは……綾崎君の部屋、ですよね」

「うむ」

 

 そういえば今日はハヤテを見かけていない。困惑したような表情のナギとマリアの様子に浮かんだ疑問は募るばかりである。

 

「マリア、現状を話してやれ」

「しかし、これはデリケートな問題ですし」

「構わん。どのみち我々だけでは手詰まりだったしな」

 

 やや迷ったように逡巡していたマリアだったが、小さく息をついてアイルに向き直る。

 

「実は、ハヤテくんが引きこもりになってしまって」

「え」

 

 予想外の答えに、彼はドアとナギたちの表情を交互に見直す。

 

「ナギよりも先に彼が引きこもりになってしまうなんて、早急に対処しないと由々しき事態ですわ。クラウスさんにでも知られたら一大事です」

「おい人の将来が引きこもりで決まってるかのように言うな」

「なんとか出てきてもらおうとナギと一緒に説得を試みたのですが、応答なしでして」

 

 ナギの抗議を華麗にスルーしつつ、頬に手を当ててドアを見つめるメイドさん。

 

「応答なしって、室内には」

「はい、それは。SPの皆さんに超高性能サーモグラフィーで360度安否確認はしてもらってます。もしもの時は一斉突入の準備もしていますが、やはりハヤテ君の意思で出てきてほしいところで」

「確認の仕方が本気すぎる」

 

 一体そのSPたちはどこから監視しているのか。周囲に姿どころか気配すら一切ないのがなおさら怖い。

 

「しかし、あの真面目な綾崎くんが一体どうして」

「我々も原因が分からずじまいで手をこまねいている状況でな」

 

 ナギは腕を組んで天井を見上げる。

 

「まあ、心当たりがあるとすれば……あの夜かな」

「ですわね、最近大きな出来事といえばあれくらいですし」

 

 あの夜。

 何のことか尋ねようとしたアイルははたと思い至る。そういえば、彼が大フィーバーした夜があったではないか。

 

「もしかして、ヒナ祭りのライブで?」

「うむ、正直それくらいしか思い当たらん」

 

 ハヤテ、もといハーマイオニ―率いる制服バンド、セーラーズが白皇学院のホールでゲリラライブを実施し伝説を作った。

 ヒナ祭が終わりしばらく経ったというのにいまだに学生の間ではその存在がまだ熱く語られ続け、たった一夜だというのに熱狂的なファンクラブまで結成されたという噂まである。

 

「女装してあれだけの衆目にさらされたわけだからな。非常事態とはいえ、相当な心理的負荷だったに違いない」

「心に深い傷を負ったとしても頷けますわ」

「正体がばれていないのが唯一の救いだろうけどな」

 

 ナギとマリアはまた困惑したように顔を見合わせる。

 アイルはしばらくドアを見つめていたが、やがて得心したように小さく数回頷いてみせる。

 

「なるほど……状況は理解しました。ナギお嬢様、マリア様。どうかこの件は私にお任せいただけませんか」

「おお!やってくれるかエドモンド」

「そもそもライブを計画したのは私です。責任は私にもあります」

「ですが、アイル君。あれは非常事態でしたし責任だなんて」

 

 メイドのフォローにも執事は首を振る。仮にどんな過程があったとしても、結果としての現状がある以上、その責任を取らねばなるまいと。

 

「此度の三千院家を襲った危機。この事態を収拾できずして、三千院家に執事研修をお願いするなど笑止千万というものです」

「ふふ……その気概買ったぞ、エドモンド!では全面的に任せようではないか!」

「御意」

 

 かしずく執事と高らかに笑う主。

 

「ご主人さまが専属執事の対応を丸投げって、それはどうなんですかねー」

「ち、違うぞ!これは研修を許可するための試験みたいなものなの!マリアも余計な邪推はするなッ」

 

 ゲンキンなナギの態度に一応つっこんでおくマリアさん。

 

「お二人ともご心配なく。この場に対処するとっておきの秘策があります」

「なんと、それは一体!?」

「それは――」

 

 アイルはすっと目を細めると、そのまま窓の外に人差し指を突き付ける。

 

 

 

「次回に続く」

「結局それかいッ!!」

 

 

 本当に続く。

 

 

 

 

 

 

 





また少し間が空いてしまいました。申し訳ございません!
アテネ編突入前の下準備、短編期間です。ひとまず天王州家執事は、一時的に三千院家執事(研修)にジョブチェンジしました。
数話挟んでからいざギリシャへ、原作と異なり春休み期間に向かうことになると思います。

物語の終わり方について

  • エンディングは一つのみが好ましい
  • 各ヒロインのルート分岐などがあっても良い
  • どうでもいい
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