前回までのあらすじ
春休みを目前に、突如ギリシャに飛び立った天王州家のアテネちゃん。従者2人は彼女の護衛につけて、一人寂しく日本に残ることになった執事、アイルはそのまま三千院家の門戸をたたく。曰く、謎の団体「世界執事協会」が実施する研修プログラムを受講するうえで、期間限定で三千院家執事として働きたいとことであった。
ナギ、マリアは反対する理由もなく研修は前向きに進められそうになった矢先。屋敷を悩ませる問題が彼の前に立ちふさがる。
なんと、真面目100%の仕事人間で知られる三千院家執事のハヤテが部屋に引きこもってしまったというのである。このままでは将来ニート待ったなし。ここでお役に立てずして、何が執事か。「私にお任せください」と手を挙げたのはほかでもない、アイルであった。
果たして彼はハヤテを廃人の未来から救い出すことができるのか。
「ふむ、説明はこんな所でしょうか。長らく間が空いてしまい申し訳ございません」
誰にというわけでもなく、深々とお辞儀をする現・三千院家の研修執事候補生のアイル。
ナギたちが応接間に戻ってから数分、木製プレートの「HAYATE」の文字はピクリとも動かず、どこかドアの奥も鬱蒼とした雰囲気が感じられる。
とはいえ接触を試みないことには話が進まない。執事はドアをノックしてみることにした。
「綾崎くん?」
返事はない。
「アイルです。開けなくても構わないので、少しだけ話をさせてもらえませんか?」
やはり返事はない、かと思われたが。
「……アイルさん、だけですか?」
「え?」
「今、ドアの前にいるのは」
か細く、囁くようなハヤテの声がドアの隙間から漏れ聞こえてきた。
「え、ええ。お嬢様たちは応接間に戻られてますよ」
そう答えるや否や、ゆっくりとドアが開かれる。隙間の暗闇からはハヤテの瞳がゆらりと浮かび
「……え?」
目が点になるアイル。
それもそのはず、ドアの奥から覗くその視線は、はるか下方からこちらを見上げている。
要するに、目線の高さが全く合っていないのである。そのまま恐る恐る顔を覗かせたのは、ハヤテとよく似た幼い顔つきの少年だった。
似ている、という表現でとどめていいのか。むしろ彼をそのまま幼くしたような――
「君は」
「僕です……ハヤテです」
少年はひどく困惑したような声色で、そう絞り出したのだった。
場所は変わって。
別邸内、数多くあるナギの部屋の1つにて。
「しかし、随分とご機嫌そうだなマリア」
「あら、そう見えます?」
「そりゃな」
ナギは読んでいた漫画をわきに置いて、鼻歌交じりに紅茶を入れていたマリアに目を向ける。
「なんせ家事をしながらマシュ●ンボーの主題歌を口ずさむなんて、ご機嫌極まりないだろう。爆発してるこの思いは一筋縄じゃ止められない的な!」
「いや曲名とか分からないですけど」
実のところは時々ナギの部屋で流れているので覚えてしまっただけなのが。
「ともかく、エドモンドが来てマリアがえらくご機嫌に見えると思ってだな」
「まぁ嬉しい。ハヤテ君ばっかりじゃなくて、ちゃんと私のことも気にかけてくれていたんですね」
「う、うるさいな!」
顔を赤らめてわきにおいた漫画に顔をうずめるご主人様。そんな様子を微笑ましそうに見つめながら、マリアはティーキャスターを彼女の側に寄せる。
「仲間が増えて賑やかになりそうじゃないですか。もともとこのお屋敷は人が少なすぎますから」
「無駄に広すぎるんだこの屋敷は。私に対してな」
「もう、そういうひねくれた考え方ばかりしないの」
紅茶を注ぎながら、口をとがらせるナギをたしなめつつ。マリアはおもむろに目を細める。
「ただそれだけじゃなくて、あの人は――」
「昔の執事、だからか?」
マリアは目を丸くする。
「よくご存じでしたね」
「ま、ジジイの元で働いていたのは覚えていたからな。一度だけ顔見たことあったし」
さして興味がなさそうな口調でナギはページをめくる。
「相変わらず無駄に頭だけはいいですねぇ」
「一言余計だぞ」
「頭がいいって部分?」
「無駄にって部分だよ!」
わざとらしく咳払いを一つ。
「まあなんだ。これを機にマリアもお嬢様に戻ったらどうだ、案外面白いかもしれんぞ」
「ふふ、そうですね。でも私、三千院家のメイドという職務にはれっきとした誇りを持っていますから」
スッと背筋を伸ばしてみせるメイドさん。ピンときていないのかナギは眉を吊り上げるばかりであったが。
「それに、彼は執事だけじゃなくて生徒会でも一緒だったんですよ」
「え?そうなの?」
「ええ。私が会長で、彼が副会長でした」
懐かしむように口元を緩めるマリア。
「だから、期間限定とはいえ同僚として働けるのがなんだか感慨深くて」
上機嫌の理由はそれか。ナギはひとり納得したように数回頷くと、ゴロンとソファに背中を沈めて漫画に視線を戻す。
「あー、でもさ」
と思いきや、どこか腑に落ちないような表情で天井を見上げて見せた。
「なーんか違和感があるんだよなぁ」
「違和感?」
小首をかしげるメイドさんの視線にも構わず、ナギは天井のシャンデリアをじっと見つめる。
「いや、アイツさ……昔見たときと全然変わってない気がするんだよ」
「そうですか?」
「いや、私は特に親交があったわけじゃないから気のせいかもしれないけどさ」
ソファに寝ころんだまま、窓の外に目を向ける。
「ま、余計なことを考えても仕方ないか。今はハヤテの問題が解決することが最優先だな」
「大丈夫ですよ、アイルくんなら。きっと何とかしてくれますわ」
「丸投げはどっちだよ……」
そんなナギたちの視線の先。
別邸内にある執事、綾崎ハヤテの部屋では。
「……さすがに想定外です」
「アイルさんですらですか!でもそうですよね!」
アイルの前にちょこんと向き合う、小さな男の子は半ばやけっぱちな様子でそう吐き出した。
「まさか綾崎君が部屋に引きこもって幼児退行化しているとは」
「その言い方だと春先に出る危ない人みたいなんですけど……」
幼児退行は精神的ではなく、物理的だった。目の前でしょげているその少年こそ、綾崎ハヤテその人だというのである。
「僕が綾崎ハヤテなんです!」。部屋に入って間もなく、一見5-6歳の少年からこのような衝撃の告白を受けることになったアイル。
その後数分間。あれこれと質問を重ねた結果、どの回答もハヤテしか知りえないものばかりであったため、この事実を受け入れざるをえなかった。
要するにハヤテがショタ化してしまったわけである。
「しかし、一体なぜこんなことに……何か思い当たることは?」
少年、もといハヤテは目を細めて力なく首を振る。
「わかりません。昨夜は仕事を終えて、部屋で勉強をした後2時にはベッドに入りました。それで今朝起きたら、もうこんな姿に」
「まぁ、この状況自体が異常なので思い当たる節といっても」
「はい。こんな姿ではだれにも相談できなくて……」
ナギやマリアにこんな超常現象を相談できるはずもない。むしろ原因などそっちのけで興奮した2人に着せ替え人形にされる姿が容易に目に浮かぶ。絶体絶命だったわけである。
「なのでアイルさんが来てくださって本当に助かりました」
「そう言っていただけるのは大変光栄なのですが、しかし」
アイルは口元に指をあてて思案する。
自分1人ではできることに限度があることは明白だ。であるならば。
「この手の事態にはもっと適任の方がいらっしゃると思います」
「え、それってまさか」
「先生、お願いします」
さながら用心棒を呼ぶ役人か。アイルがそう口にするとほぼ同時に、室内に一陣の風が吹いた。
「散り際を わきまえぬ霊の 厚顔に」
「え?」
「花を添えるも わが仕事かな」
流れるような詩とともに、不意に隣から聞こえてきたのは少女の声。見ればいつの間にか和服の少女が立っているではないか。
「い、伊澄さん!?」
「お気をつけください。この部屋から物の怪の気配がします」
飛びのいたハヤテとは対照的に落ち着き払った様子で佇むのは、都内有数のゴーストバスターでおなじみ、鷺ノ宮伊澄先生である。
一体いつの間に。
「先生、一体何が起きているのでしょうか」
「そうですね、恐らく」
いやいやいや。
流れるように話を進めようとする二人に待ったをかけるハヤテ。
「ちょ、ちょっと待ってください!どうして伊澄さんがここに!?」
「こういった超常現象の類には伊澄さんが適任かと思いまして」
「いえ、そういう事ではなく」
そもそもどうやって呼んだのか。どのように部屋に入り込めたのか。
「なんとなく、危機的状況を念じたら来ていただけたみたいです」
「危機をキャッチし、参上仕りました」
ドヤ顔でピースサインを決める伊澄先生。テレポートのみならずテレパシーにも開眼したようである。視界良好、向かうところ敵はなし。
「ちょうど伊澄さんに助けていただきたいことがございまして、貴重なお時間を大変恐縮ですがいいでしょうか」
「お聞きしましょう」
淑やかに頷く伊澄に、アイルたちは今置かれている状況をありのまま説明することに。
「……なるほど、この少年がハヤテ様」
「はい、僕も何がなんだか分からなくて」
しょぼくれる子供姿のハヤテに、伊澄はにっこり微笑んで見せる。
「相分かりました。これはおそらく何かしらの妖魔の呪い的なアレでしょう。この室内に充満する謎の気配とも辻褄が合います」
「さすが伊澄さん。驚くほど話が早い」
「ふふ、ご安心ください。こんなこともあろうかと」
音速でこの状況になじんだ伊澄先生。そのままどこからともなくなにか装置らしきものを引っ張り出してきた。
人が入れそうな卵型の黒いカプセルが2つばかり、横に並んで台座に乗っている。
「こちらを用意してきました」
「これは!?」
「鷺ノ宮家に伝わる伝説の宝具『テレ●ット~逆・ザ・フ●イ風~』です」
ある科学者が酔った勢いで自宅にある転送装置にハエが入っていることに気が付かず、装置を起動してしまう。すると科学者は驚異的な身体能力を獲得し、さらに肉体がどんどんとおぞましい姿、蠅男へと変貌してしまうのだった。
「で有名なあの装置!?」
「よくご存じですねハヤテ様」
「いやいや!?僕何と合体させられちゃうんですか」
ふるふる。伊澄は小さく首を振る。
「これは転送ではなく、解除です」
「え」
「つまり、妖魔に取りつかれた方や呪いをかけられた方からそれらを引っぺがすことができる宝具なのです」
「あ、あぁ……だから逆」
音速で状況に馴染み、光速で対策を打つ伊澄先生。鷺ノ宮家の対応力は世界一。
「というか、こんな巨大なものどうやって持ってきたんですか」
「心配いりません。効果は折り紙付きです」
「はぁ」
戸惑いつつも、とつとつとカプセルの前まで歩いていくハヤテ。カプセルの外装をいぶかしげな表情のままさすり始める。
「しかし伊澄さん、これほど便利な装置があれば、お仕事も幾分か楽になるのではないですか」
「そうしたいのは山々なのですが、この装置にはいくつか難点があるのです」
伊澄は眉をひそめて口元を袖で隠す。
「まず、この宝具は悪用防止の観点から外からカギがかけられません。なので悪霊に憑かれた方が暴れれば簡単に脱出できてしまいます」
「なるほど」
「加えて、この宝具は精密機器がたくさんありますので、あまり強い怨念に対してはすぐに不具合を起こしてしまいます。出力もさほど高くないので、抵抗されるとうまく作動もしません」
「はぁ」
「つまり、今回のように対象を幼児化して喜ぶ程度かつ、抵抗力も少ない悪霊がかける呪いくらいしか対応できず」
えらく使いどころが限定される宝具のようだった。
「あの、僕をこんな姿にしたのは物の怪の類ってことは何とかわかりましたけど……一体そいつはどんな奴なんですか」
「私が来た時にはもうどこかに逃げてしまったようなので。気配は残っていましたが、どういった悪霊なのかまでは」
「に、逃げた……なんて無責任な悪霊なんだ」
「ですが、この装置にはうってつけですね」
皮肉にもアイルのいう通り、まさにこの状況にぴったりハマる救済装置でもある。
「案ずるな執事君、そこは私から説明しよう」
「神父さん!?」
今度は男性の声とともに、牧師服をきた男性が装置の裏からぬっと湧き出てきた。
「大きいお友達の愛と人権を守る。アキバに舞い降りたオタクの聖盾ことリィン・レジオスターとは私のことだ」
「お屋敷にいないとおもったら、そんな所にいたのですか神父さん……」
腕組みをしながら登場を決める幽霊神父に伊澄は困ったような視線を送る。
「心配するな伊澄くん。堅気に迷惑をかけるようなことは一切していないさ」
「ところで神父さん、説明とは一体」
「おっとそうだったな、もう一人の執事君」
アイルの言葉に神父は頷き、話を続ける。
「実は、私の友人にショタ好きをこじらせすぎて未婚のまま事故死した女性幽霊がいるんだがね。この前白皇の学際にたまたま紛れ込んでいた際に、女装した執事君をみて電撃に撃ち抜かれたごとき衝撃を見舞われたらしいんだが」
「もう情報量が多いな」
「で、つい昨日私に君のことを知らないかと聞いてきたんで、限定藤田こ●ねのフィギアと引き換えに執事君の身元を教えてしまったのだ」
「は?」
やれやれと肩をすくめる神父さん。
「しかし、まさか幼児化する呪いをかけるとはな。基本的に憶病で怠惰で偏屈な腐属性なんだが、こんな行動力があるとは思わなかったよ」
「……」
「まぁ彼女のことだ、伊澄くんに気が付いて逃げ出したところを見るに、もう戻ってはこないだろう。これ以上の被害はでないと――」
ハヤテ(幼少)の膝が神父の顔面に直撃した。
「伊澄さん、僕の前にまずコイツを分離機にかけましょう。ちゃんと成仏できるように」
「名案ですねハヤテ様」
「落ち着きたまえ二人とも!私はまだやり残したことが山ほどあるんだ!執事君は小さくなっても容赦がないな!」
容赦ないハヤテ(幼少)のかかと落としがクリーンヒットし、神父はその場に崩れ落ちた。
「事情は分かりました。私は神父さんのお友達の方を何とかしますので、ハヤテ様はこの宝具に入って呪いが解除されるのをお待ちください」
「わ、わかりました。あの、これすぐに治ったりは」
「いえ、それなりに時間がかかります。今のハヤテ様の状況ですと、まあ夜まではかかるかと」
伊澄の言葉に一気に表情が強張るハヤテ。
「そんなに……どうしよう」
「なにか、大事な予定が?」
「ええ、その……実は」
ハヤテは眉を八の字にしてアイルたちを見つめる。
曰く、それはつい1日前。3月13日のことであった。
「いらっしゃいませー」
「あ、どうも」
商店街の一角にあるスイーツ屋に訪れたハヤテ。可愛らしいパステルカラー基調の店内にはハートや星形のポップがいたるところに並んでおり、思わず胸やけしそうなほど甘ったるい香りがそこかしこに漂っている。
馴染みのない場所、どこか落ち着かない雰囲気にきょろきょろと辺りを見回していたハヤテにそくさくと女性店員が近づいてきた。
「なにかお探しですか?あ、もしかして彼女さんへのプレゼントとか?」
「あ、はい。いや彼女とかではないんですが……」
彼は少し頬を赤らめつつも、なおも店内に視線を彷徨わせる。
「ど、同級生の女の子にバレンタインのお返しがしたくて」
「ははーん、なるほどなるほど」
「えっと、日ごろの感謝とかも含めてお伝えできればと」
「合点合点、お任せあれ!」
女性店員は目を輝かせるやいなや、聞き終わる前に店の奥にすっ飛んでいった。そして待つこと数秒。
「お待たせしましたー。バレンタインのお返しでしたらぜひこちらがおススメですよ!」
手に持っていたのは薄桃色のバスケットに入った色とりどりのハート型のクッキーであった。鮮やかな赤いリボンと、ところどころにあしらわれたオレンジ色の花がとても良いアクセントになっている。
「確かに、すごく可愛らしいですね」
「はい、実は在庫が最後の1個なんですよ!これなら女の子も絶対に喜びますし、お兄さんのご予算にもピッタリかと」
「え、僕予算なんて言ってないんですけど」
「なんとなく顔を見ればわかります」
「あ、そうですか……」
それは喜んでいいのだろうか。
「まぁ、ありがとうございます。ではこれをいただけますか?」
「はーい。サービスでウシジ●マくんの1~3巻もお付けしますね」
「どんなサービス!?」
そんなこんなで、クッキーを購入したハヤテくん。
「よし!西沢さんへのお返しも買えたし、あとは明日にこれをお渡しして……」
はたと何かに気が付いたように足を止める。
「で、でもいざ渡すとなると」
どう渡す?
こういうのって何て言って渡せばいいんだろう?感謝の気持ちを素直に伝えれば……素直?素直ってどういう風にいえば良いのかな?というかそもそもどうやって呼び出せばいいんだろう?メールか?電話か?呼び出すってなんかただごとじゃないような……あれ、なんか緊張してきたぞ。
ハヤテの中にぐるぐると余計な考えがめぐり始める。
(ここはまず予行練習だ。心を落ち着けて、素直に感謝を表現するんだ……素直に、素直に)
目を閉じて、くるりと振り返ると。
「これを……受け取ってください!」
思い切り差し出した。
「へ?」
おや?
誰もいないはずのところからなぜか声が。
目を開けると、そこにはヒナギクがきょとんとした表情で、差し出されたバスケットを見つめている。
「ハヤテくん?」
何故ヒナギクさんがここに!?
叫びだしそうになるのを辛うじて堪えるが……
「これは?」
「え、あ……」
言えない。
言えるわけがない。
それくらおものすごい勢いで差し出してしまったのだから。
「そ、そうなんですよー!ヒナギクさんや生徒会の皆さんには日頃から本当にいろいろお世話になってて!なので感謝の気持ちを込めまして。ぜひ生徒会の皆さんと一緒に召し上がっちゃってください!」
「そんな気を遣ってもらわなくてもいいのに」
「いえいえいえ!」
「ふふ、ありがとう。じゃあありがたくいただくわね」
「ははは」
にっこりとほほ笑むヒナギクに、成すすべなく内心で崩れ落ちるハヤテ少年。
「と、ところでヒナギクさんはどうしてここに」
「ここ、私のランニングコースなのよ」
なるほど確かに。彼女はジャージ姿であった。
「なるほどー」
「ハヤテくん、なんか泣いてない?」
「泣くほど感銘を受けたんです。僕ももっと頑張らないとなーって」
「大げさじゃない?」
情緒があっちこっちに飛んでいきそうになる執事であった。
「ということがありまして」
「ハヤテ様らしいミスですね」
「ぐうの音も出ません」
容赦ない伊澄の言葉に胸を押さえながら膝をつく幼少姿のハヤテ。
「予算が底を突いてしまって。なんとか手作りクッキーで挽回すべく今日動こうとしていたのですが、朝からこのありさまで身動きもとれず」
「なるほど……」
説明しようにもこの状況を伝えられるはずもない。
「それでしたら、西沢さんとのお約束を後日にして用意をなさればいいのでは?」
「いや、それがですね……」
またまた時間を戻して3月13日。
ヒナギクが去っていったあとを呆然と見つめるハヤテ少年だったが。
「あれ、ハヤテくん?」
「え!?」
ばったりと。
渦中の人物、西沢歩が近くの歩道を歩いていたのだ。
「に、ににに西沢さん!?どうしてここに!?」
「へ?私はちょっとコンビニに行こうと思って」
きょとんとする歩。反面、表情を一気に強張らせるハヤテ。
脳裏には様々な思考が流星のごとく流れては消える。
今のやり取りを見られたか?いやそんなことを言っている場合じゃない!ここで引いたら男じゃない!
「に、西沢さん!!」
「へ、は、はい!」
「明日の午後6時に、この公園に来てくださぁぁい!」
まさに、背水の陣。
「ちょっと渡したいものがあるからぁぁ!!」
「わ、渡したいもの!?」
「お願いできますかー!!」
「お、OK!ばっちりさぁ!!」
公園には男女二人の叫び声がこだましていた。
「ということがありまして」
「ハヤテ様らしいミスですね」
膝を抱えてしまうハヤテ。
アイルと伊澄は顔を見合わせる。
「事情は分かりました。伊澄さん、この装置で元に戻れるのは最速ではどのくらいになりますか」
「そうですね……最大出力であれば」
ちらっと室内の時計に目を向ける伊澄。現在の時刻は午後3時過ぎだ。
「2時間少しでいけるかと」
「ギリギリですね」
約束の時間の1時間前だ。
「できれば屋敷内での調理は避けた方がいいでしょう。ナギお嬢様もマリア様も心配していらっしゃいますから、事が済むまでは余計な心配はかけない方がいい。場所は私が確保します」
「では、私は神父さんと逃げた悪霊を責任をもって対処しておきます」
「ええ、お願いします」
伊澄は神父の首根っこをつかんだままおもむろに頷く。
「材料もこちらで用意しておきます……正直ギリギリですが」
「あ、アイルさん……」
「間に合わせられますか、綾崎君」
アイルの言葉にハヤテは希望を見出したように力強く頷く。
「はい!必ず間に合わせてみせます」
「ですがハヤテ様。最大出力となれば心身にかなりの負荷がかかりますが」
「構いません!」
小さなハヤテは強く胸を打ってみせた。
「三千院家の執事たるもの、できない約束は致しません。何としても成し遂げてみせます」
小さくても執事。
これぞ矜持。覚悟である。
「クッキー作るだけで大げさだな君たちは、まぁこういう青春も悪くはない。ではオペレーションウルドを発動を――」
仕切りだそうとした神父の後頭部に再びハヤテ少年のかかと落としが決まったのを合図に、それぞれの方針に従っては動き始めることに。
「すみません、アイルさん。こんな事に巻き込んでしまって」
「いえ、元を辿っていくと私の提案にも原因の一端があります」
それに。アイルはそっと口元に人差し指を当ててみせた。
「先輩を助けるのは、後輩の定めですから」
年内にアテネ編を始めたい、と言っておきながらこの亀更新のありさま、大変申し訳ございません!いろいろと環境が変わってしまい、なかなか執筆ができずにこの始末でした。
年内にアテネ編は厳しそうですが、なんとか落ち着いてきたのでまた更新を進めていきたいと思います!まずは少しホワイトデー短編をあと1,2話挟みつつ、本格的に三千院家一行とギリシャへと踏み込んでいければと考えております!何卒よろしくお願いいたします!
物語の終わり方について
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エンディングは一つのみが好ましい
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各ヒロインのルート分岐などがあっても良い
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どうでもいい