アテネちゃんの執事!   作:通行人A'

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Ⅳ.Manibus
Task74:旅行の準備は入念に


 

「え?旅行ですか?」

 

 エプロンに三角巾を身につけた家政婦、ではなく執事、綾崎ハヤテは目を丸くしてそう聞き返した。

 

「あぁ、せっかくの春休みだからな。たまには遠出も良いだろう」

「熱でもあるんですかお嬢様?春休みは部屋にこもって永遠ワイルズだとばかり思ってたのですが」

「お前ナチュラルに失礼な」

 

 三千院ナギは心外だとばかりに眉間に皺を寄せて従者を睨め付ける。

 

「最新のアプデまでは一通り終わったから問題ない。ともかく、お前も旅行の準備をしておいてくれよ」

「え、僕も連れていっていただけるんですか?」

「当たり前ではないか、私の執事なんだから」

 

 パッと目を輝かせるハヤテ。てっきり留守番をしているものだと思い込んでいたようだ。

 

「因みに旅行ってどちらに?」

「うむ、地中海の方にでも行こうと思ってる」

「え、海外なんですか?僕パスポートとか持ってないですよ!?」

 

 心配いりませんわ。

 

 ティーキャスターを押しながらマリアが、部屋に入ってきた。

 

「手続きは今、アイル君がやって下さってますから。滞りなくいけば明日には終わると思います」

 

 彼女の言葉に安堵したように息をつくハヤテ。

 

「そういうわけだ。なので、向こうではお前も仕事は忘れてバカンスを楽しむといい」

「え、流石にそれは」

「日頃から頑張ってくれているんですから。ここはナギの言葉に甘えてもいいと思いますよ?私もお休みモードにさせていただきますから」

 

 そう言って微笑むマリア。

 ワーカーホリック気質なこの執事にとって、仕事を忘れるというのは些か難しい提案だ。とはいえ主人や同僚が負けてくれているせっかくの気遣いを無碍にするのは憚られる。

 「では、お言葉に甘えて」と感謝の意を込めて返すと、ナギも満足そうな頷いてみせた。

 

「でも僕、地中海って初めてなんですよ」

「まぁ、観光地としては人気の地域だな。初めてなら見所のあるものも多いと思うぞ」

 

 すぐさま携帯で地中海を検索し始めるハヤテ。

 

「というか、海外旅行初めてです」

「なんだ、そうなのか?」

「はい!昔からの夢が3LDKと海外旅行だったんです!だから実はすごくワクワクしてます!」

「油断してると重い話をねじ込んできますわね、この子は……」

 

 満面の笑みの執事を横目に、何ともいえない表情で顔を見合わせる二人。

 3LDKどころか今は練馬区ほぼ全ての広さのお屋敷に住んでいるわけだが。

 

「でも、お嬢様はなんだかあまりテンションが高くないようですが」

「別に旅行前にそんなテンション上がることもないだろう」

「ええ!?何言ってるんですか、旅行前は1週間前から天気や観光ルートを気にしてソワソワして、3日前からテンション上がりすぎて寝不足になって、逆に前日はまだ旅行本番が来なきゃいいのにって祈るくらいですよ!」 

「小学生かお前は」 

 

 熱弁するハヤテとは対照的に、ナギはソファに身を預けて頬杖をつく。

 そもそも。

 

「しばらく住んでたからな、子供の頃に。半ば実家みたいなものだ」

 

 だから、旅行というより帰省に近いんだよ。帰省するのにテンション爆上がる奴もそうそういないだろう。

 

 なるほど確かに。ナギの言い分も尤ものように思える。

 

「でも、そうしたらどうして地中海に?」

「ん?あぁ、まぁちょっと思いたってな」 

 

 

 事の経緯は、昨夜に遡る。

 

「さて、晴れて三千院家の執事になったわけだがな。エドモンドよ」

「富、名声、力を手に入れたわけですね」

「ねーよ、大海賊時代をなめるな」

 

 椅子の背もたれに身を預けつつ、ナギはすぐ隣で給仕を行うアイルを見上げた。

 

「せっかくだ、何か歓迎会的な旅行でもしてやろうか」

「おや、自宅をこよなく愛する籠城女王のお嬢様がまさか宴会を提案してくださるなんて」

「お前執事になった途端容赦なくなってない?」

 

 2、3回、気持ち強めに咳払いをするとギロリと睨みを効かせるナギ。すぐさま冗談ですとアイルは手を振って続ける。

 

「ありがとうございますナギお嬢様。でしたら、行きたい場所がひとつ」

「ほう?どこだ?」

「ミコノス島なのですが」

「えー」

 

 露骨につまらなさそうな表情になるご主人様。

 

「もう少し面白い場所でも良いではないか。あそこは私にとってはほぼ実家みたいなもんだぞ」

「いえ、ですから行きたいのです」

 

 怪訝そうなナギに彼はそう言って提案を続ける。

 

「ナギお嬢様が育った場所こそ、やはり執事になる身としては一度は見ておきたいというのが1つの理由なのです」

「む、むう」

「それにもう1つ。綾崎君へとっても、良い刺激になるかなと思いまして」

「ハヤテにとって?」

「はい。以前彼は海外旅行には行ったことがないと話していました」

 

 故に。

 

「お嬢様が勝手知ったる場所であれば、日頃からワーカーホリック気味な綾崎くんをバカンスモードにさせてあげることも容易かと」

「ふむ、まぁ確かにな」

「更に、お嬢様が2人きりで観光名所などを案内してあげれば主人と執事の絆も鰻登り。好感度アップも間違いなし!」

「2人きりの観光デート!?好感度アップ間違いなし!?」

 

 目を輝かせて前のめりになるナギ。

 

「そ、それは本当かエドモンド」

「ええ。三千院家が誇るスーパーコンピュータによれば、目的を達成する確率は92.6%と出ています」

「ものすごく胡散臭いがお前がいうとまじに聞こえるぞ」

 

 ともあれ。

 

「ま、まぁ?お前がそこまで行きたいというのであれば仕方があるまい。いざゆかん、ギリシャツアーへ」

「ありがとうございます。では、旅行の手配を始めますね」

「うむ、頼んだぞエドモンド」

 

 アイルの歓迎会だったはずだが。という野暮なツッコミは置いておき、こうして旅行先が決まったわけである。

 

 

「お嬢様?どうされました、ぼーっとして」

「ん?あ、ああ。なんでもない。ちょっとな」

 

 心配そうにのぞき込んできたハヤテの顔を見て、回想に浸っていたナギは慌てたように首を振る。

 

「ともかく、エドモンドの提案で旅行先はギリシャになった。簡単な準備だけでもしておいてくれ」

「はい!すごく楽しみです、ありがとうございますお嬢様」

 

 満面の笑みを浮かべるハヤテ。

 さすがだ、エドモンド。早くもハヤテの好感度がうなぎ上りではないか。内心でガッツポーズを作るお嬢様であった。

 

 

 

 一方その頃。

 

 どこにでもありそうな都内の商店街、その一角である行列が出来ていた。買い物帰りの主婦や営業中のサボリーマン、帰宅中の学生など客層は様々。列を辿っていくと、木製のテーブルとパイプ椅子が並んだ簡易テントが2つほど並んでいる。そして、並んだ人々の視線の先には――

 

「おめでとうございまーす。4等の商品券5000円分でーす」

 

 1台のガラポン抽選機。

 そう、皆の目的はくじ引きである。

 

 ラインナップを見れば、5等商品券1000円分、4等同5000円分、3等沖縄2泊3日の旅ペアチケット、2等任天堂s●itch2。そして1等は輝きのギリシャ周遊、サントリーニ島・ミコノス島・エーゲ海の8日間のペアチケット。ごくごく平凡な商店街にしては豪華な、いや豪華すぎるラインナップだ。

 

 外れはポケットティッシュと落差が激しいものの、300円で一回、5等でも3倍になって返ってくるボーナスチャンスとなれば人でごった返すのもうなずける。

 そんな列の中にあって、ひと際燃えている少女がいた。

 

「1等、1等のエーゲ海を当てて最高の春休みに……!」

 

 西沢歩、その人である。

 

 この少女が燃えているのには理由があった。

 

「お母さん!春休みは旅行の計画とかあったりするのかな!?」

「そんなお金あるわけないでしょ。お父さんの会社がね、倒産しそうなのよ」

「父さん……え、倒産?」

「だから旅行なんて行ってる場合じゃないの、歩も春休みは勉強して国立か公立を目指せるような準備をしてもいいんじゃないかしら。あ、もちろん大学に進みたいならね。私立はちょっと厳しいかもしれないの」

 

 というほのぼのとした家庭のやり取りが今朝あったばかり。結果彼女の春休みの予定は自宅で勉強になりかけていたのだ。しかし、こちとら花のJK、それもこれから2年生に進級してまさに遊びたい盛り。春休みくらいは目いっぱい遊び、青春を謳歌したい。

 

(そんな切実な思いを抱いているときに、このくじ引きに出会った……!幸いもともと買い物予定のものがあって、3000円で10回分のチャンスをゲット!これはもう、運命なんじゃないかな!?こんな境遇で出会ったのは私くらいなんじゃないかな!?)

 

 おそらく列の半分程度には当てはまるありふれた境遇である。

 

(そして、1等はペアチケット。当たったら、は、ハヤテくんを思い切って誘ってみちゃったり……!?や、やっぱりこれは運命だよ!こんなに今エーゲ海に行くのに相応しい人間は私をおいてほかにいないんじゃ)

 

 列の大半には(以下略

 

「あれ、歩?」

「へ?」

 

 と、不意に声をかけられて振り返る歩。

 

「ひ、ヒナさん!」

「久しぶりね」

 

 すぐ後ろには白皇学院の生徒会長、桂ヒナギクがトートバッグを腕に下げて並んでいるではないか。

 

「お久しぶりです!どうしてここに?」

「ここ、通学路なのよ。だから学校帰り」

「あれ、でも今日って休日じゃ」

「ま、生徒会の仕事をね。休みじゃないと進めやすい事もあって」

 

 休日返上で業務とは。生徒会長の苦労が垣間見える。

 

「それで、さっき買い物したら抽選券もらったから」

「なるほど」

 

 ヒナギクは1枚の抽選券をひらひらと揺らした。

 

「……はッ!?もしかして、ここに来てヒナさんが恋のライバル展開!?」

「え?」

「前回ハヤテくんとヒナさんの間には何もないと言っていたけど、実は裏では付き合ってて、今回二人の新婚旅行先をくじ引きで決める的な青春をしていたり!」

「いやゴメン、何の話?」

 

 話が見えないにもほどがある。見えない上にとんでもなく飛躍している気もする。

 暴走しかけている歩をなだめつつ、丁寧に事情を聞くヒナギク。

 

「なるほど。歩はハヤテくんとの春休みの予定を作りたくて、このくじ引きで旅行を当てたかったと」

「はい。すみません……つい妄想が暴走しちゃって」

「安心して。私とハヤテくんの間には特に何もないから」

 

 恥ずかしさのあまり小さくなる歩に、ヒナギクはできるだけ優しく語りかける。

 

「ま、周りが見えなくなるくらい好きってことよね」

「はうう!そんな直接的な表現はダメなんじゃないかな!?」

 

 さらに顔を真っ赤にして両手を大げさなくらいに振ってみせる。

 さて、そんなこんなで他愛ない話も挟みつつ、列はどんどん動き、歩たちはガラポンに近づいていく。

 

「ヒナさんは1等を当たったら、誰と行きたいです?」

「まあ引く前からこういうことを言うのもアレなんだけど……中々難しいんじゃないかしら、これだけ人もいるし、1名だけだから」

「何を言ってるんですかヒナさん!当たる前から当たらないなんて思っていたら、当たるものも当たらないじゃないですかッ!!」

「ま、まぁ……そうね。ごめんなさい」

 

 こういった商店街の抽選の場合、そもそも入っているかも怪しい。と、喉元まで出かかった言葉を飲み込む。

 こういうものは当たる当たらないに限らず、未来を考えてあれこれと想像しているときが一番楽しいのだから。

 

「んー、一緒にか……お姉ちゃん、は問題起こしそうだし。お母さんと行ったら、お父さん拗ねちゃいそうだからなぁ。美希たちも誰かひとりだけにすると、あとでいろいろ言われそうだし。うーん……」

「だったら、気になってる人とかいないんですか?」

「い、いないわよ、そんな人。考えたことも」

 

 ふと、言葉を止めると何かを思案するように視線をさまよわせるヒナギク。

 

「あ!もしかして思い当たる人が?」

「え?いやそういうわけじゃ」

「なら、やっぱりハヤテくんがッ」

「おーい、ループしてるわよー」

 

 そうこうするうちに、歩はガラポンの前に。10回お願いします、と威勢よく抽選券をスタッフに委ね。いざハンドルを握り、目を閉じる。

 

(落ち着きなさい歩。大丈夫、自分を信じて。Believe Me!当てる、私は当てる!いや、当たるに決まっている!!)

 

 その時、歴史が動いた。

 

 

「残念でした!はずれ8個と、5等の商品券1000円が2つですー」

 

 またチャレンジしてくださいねー。

 能天気なスタッフの声を待たずに、端っこで崩れ落ちる。少女の挑戦は幕を閉じた。

 

 

(ふ……分かっていたわ。世の中そう簡単にはいかないって……それに5等が10回中2回、絶妙に元が取れないような配分。これはもう商店街の作戦を褒めるしかないね、グッバイ私のスプリングバケーション)

 

 敗者はただ去るのみ。静かに背中を向けた直後。

 

「お、おおおお!!おめでとうございまーす!!なんとなんと1等のギリシャ・エーゲ海の旅ペアチケットです!」

「え?」

 

 きょとんとするヒナギクの眼前には、プラチナの玉が光り輝いていた。一発ツモ。

 周囲からはどよめきが起こり、それは次第に拍手へと変わっていった。

 

(な…なんという差!これが運命力の差ってこと、か……)

 

 愕然としていた歩だったが、ふっと小さく口元を緩める。

 

(さすがです、ヒナさん……いい勝負でした)

 

 私にはまだ運命力が足りなかった。素直に敗北を受け入れ、沸き上がる慣習を背に、西沢歩という少女はそっとその場を後に――

 

 

「ちょっと待って歩!」

「ひ、ヒナさん?」

 

 肩をつかんで呼び止められる。

 

「私、旅行とかはちょっとアレだから。よかったらこのチケット、もらってくれない?」

「え、いやいや!?さすがにそれは受け取れないですよ、ヒナさんの運命力の賜物ですから!」

「運命力とかはよく分からないけど、私一緒に行ける人も思いつかないし。だったら歩の方が役立ててくれるから」

「い、いえ!でもいくらなんでもそれは……」

 

 さて、聡明な読者諸君ならばもうお気づきであろう。

 生徒会長さんは何も歩に気を遣ってばかりで、歩にチケットを譲ろうとしているわけではない。もちろんそれも多少の理由ではあるが、もっと根本的かつ単純な理由が彼女にはあった。

 

(飛行機とか、絶対に無理!!)

 

 超高所恐怖症である。

 飛行機に乗るのが怖いのである。

 

(だって冷静に考えてみなさいよ!あんな鉄の塊が上空何万フィートに浮いてるのよ!?異常だわ、緊急事態だわ!日本の航空力学がそれほどのモノか知らないけど、鉄塊を飛ばして、ましてそれに皆で乗ろうだなんて!ありえないわ、考えただけでも恐ろしい!)

 

 生徒会長は飛行機のこととなると途端にIQが低下するのである。

 

「私、歩のことを応援したいの。だから、受け取ってくれない?」

「ヒ、ヒナさん……」

 

 半ば押し付けるような形で、チケットを歩の両手に包み込ませるようにして握らせる。

 嘘ではない。彼女の恋路がうまくいけば、友人として彼女も嬉しい。その気持ちに嘘偽りはない。

 

 ないが、ただそこに少しだけ、自分の思惑も忍ばせているだけだ。飛行機に乗りたくない、なんなら飛行機に乗るリスクのあるチケットを手放したい。

 そんな下心もほんのちょっとだけ、もう隠し味程度に混ぜているだけなのである。

 

 

「わ、分かりました!そこまで言われてしまっては、ヒナさんの気持ちも無下にできません、受け取らせていただきます!」

「そう、良かったわ。あとは頑張ってハヤテ君を誘って――」

「でも、ひとつ決めました!今回はハヤテ君以外を誘おうと思います」

 

 ぽかんとするヒナギクに構わず、彼女の両手をぎゅっと包み込み、距離を詰める歩。

 

「私、ヒナさんともっともっと仲良くなりたいです!今以上にもっと、関係を深めたいです!」

「え、あ、ありがと」

 

 唐突な告白に思わず頬を赤らめるヒナギク。

 

「だから、私と一緒に、このペアチケットで旅行に行ってもらえませんか?」

「……え」

 

 しかし一転。その表情は真っ青に。

 

 

 周囲の観衆は拍手喝采。その友情に涙する。そしてヒナギクもまた、内心でさめざめと泣くのだった。

 ああ、やっぱ下心を抱くと罰が当たるんだなって。

 

 

 

 





またまた期間が空いてしまって申し訳ございませんでした!!就職活動が始まっていて、なかなか時間が取れずにこんなに時間がかかってしまいました。
なんとか落ち着いたので、また更新を再開したいと思います!ちょいちょい間が空いてしまうかもしれませんが、少しずつでも書いてはいるので、なにとぞお付き合いいただけますと幸いです!


やっと入ります、アテネ編。導入がちょっと長ったらしいですが。おそらく一番の長編になると思います。原作をリスペクトしつつ、かなりオリジナルな展開になっていくと思います。この長編前後で登場人物の関係性なども大きく変わることになります。
次回もどうかよろしくお願いいたします!

物語の終わり方について

  • エンディングは一つのみが好ましい
  • 各ヒロインのルート分岐などがあっても良い
  • どうでもいい
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