アテネちゃんの執事!   作:通行人A'

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Task79:押すなよ?絶対にそのボタンは(ry

 

 

「アイルさん。私、ギリシャに来たら絶対に本場のムサカを食べてみたいと思ってたの」と美希。

 

「じゃあ私はスブラキだな!ギリシャの肉串といえばやはりこれ!」と理沙の注文も勢いよく続く。

 

「なら、わたしはやっぱりドルマデス! ぶどうの葉で包んだやつ、あれ絶対おいしいよ!」

 身を乗り出すようにして注文を飛ばすのは更に泉だ。

 

 アテネ市街の中心地にある三千院家の別荘。そのダイニングでは、三人娘がまるで高級レストランの客のように、口々に料理名を叫んでいた。

 

「ちょっと三人とも!」

 

 そんな様子を見かねて、ヒナギクが慌てて割って入った。

 

「いくらなんでもアイルさんに甘えすぎよ?ここはレストランじゃないんだから」

 

 しかし当の本人は、困った様子も見せずに微笑む。

 

「いえ、構いませんよ。皆さまの“食べたい”に応えるのが、執事の務めですから」

 

 そう言うや否や、アイルは鮮やかな手際でキッチンへと立ち、次々と料理を仕上げていく。

 熱々のオーブンから取り出されたムサカは、黄金色のチーズがとろりと表面を覆い、層になったひき肉とナスが食欲をそそる香りを漂わせる。スブラキの串は焼き立ての肉汁が滴り落ち、オリーブオイルとレモンがふわりと香った。ドルマデスは湯気を立てながら皿に並べられ、ぶどうの葉の深い緑とライスの白さの対比が美しい。

 

 湯気を立てる肉料理に、香ばしいハーブの香りをまとった包み料理。テーブルの上は瞬く間に彩り豊かな皿で埋まっていった。

 

「これが本物、本場の味か!」

「素晴らしきかな肉料理!」

「おいしーよー!」

 

 三人娘の歓声がダイニングに響き渡る。ヒナギクはそんな様子を眺めながら、苦笑を浮かべつつも小さく肩をすくめた。

 

「頼ってばかりも申し訳ないので、私、コーヒーを淹れますね」

 

 一方その頃、リビングからは歓声と悲鳴が入り混じる賑やかな声が響いていた。ソファ前の大画面テレビには、某スマブラ風の対戦ゲーム。ナギ、歩、マリア、そしてハヤテがコントローラーを握り、激戦を繰り広げている。

 が、ナギたちはマリアの手にかかりあっけなく敗北を喫していた。

 

「ぬわぁぁああ!マリア、その即死コンボはあんまりではないか!」

「いやいやいや!?なんでそんなに強いんですか!?」

「僕は……ザンキ0です……」

 

 リビングにはナギの悲鳴と歩の抗議、そしてハヤテの無念の呻き声が響く。それでもマリアは微笑んだままコントローラーを置き、さらりと肩をすくめる。

 

「ふふ、真の強者は弱者にも手を抜かないんですよ」

「だーれが弱者だ!……ぐぬぬ、ハムスター、なんとか挽回するぞ!」

「む、無茶ぶりすぎるよナギちゃん!」

「マリアさんはゲームでもスポーツでも、何をやっても完璧超人ですからねぇ……」

 

 ハヤテは苦笑しながらもコンテニュー。彼とて三千院家の執事、バカンスモードとはいえ心は執事。このままただいたずらに敗北を喫する訳にはいかない。執事としての矜持を見せるために、何としてもまずこのパーフェクトメイドから一勝を。

 

「お嬢様、西沢さん!ここは一旦手を組みましょう!」

 

 やり方はあくまで姑息だった。

 

「良いだろう!ここは三国同盟でまず魏の軍勢を跳ね返すのだ!」

「いわば令和の赤壁の戦いだね!乗ったよハヤテくん!

「いいですよー、いくらでもかかってきてください」

 

 しかし余裕のマリア。

 

 こうして三国同盟、もとい3人の同盟チームvsマリアという構図で再戦の火蓋が切って落とされた──のだが。

 

「ぎゃーー! 全滅したぁぁぁ!!」

 

 魔王の手によって地面に崩れ落ちるのだった。さて、そんな無謀とも思える挑戦を繰り返していると、ダイニングから騒ぎを聞きつけた美希たちが駆けつけて来たではないか。

 

「ふっふっふ、ここは私たちが仇を取るわ!」

「やられっぱなしじゃ収まりつかないだろう、諸君」

「よーし、わたしたちに任せて!」

 

 この状況を打破するに足る援軍か否か。ナギは彼女たちにコントローラーを手渡す。

 

「よし、我々の屍を超えてゆけ!そしてあの魔王を打ち崩すのだ!」

「誰が魔王ですか、誰が」

 

 マリアの呆れたツッコミを合図に、熱戦が幕を開ける――はずだった。

 

「えっ!?」「ちょ、ちょっと待って!?」「ああーっ!」

 

 開始早々、三人娘は次々に撃墜されていく。必死に「もう一回!」「次こそ!」と挑むものの、マリアの鉄壁のプレイの前に瞬く間に返り討ち。威勢の良さはどこへやら、阿鼻叫喚しか残らない有様に。

 

 賑やかさの中、ふわりと香ばしい香りが広がる。振り返ると、トレイを手にしたヒナギクとアイルがリビングに入ってきたところだった。

 

「あなたたち、本当に元気ねー」

 

 呆れ半分、微笑み半分の声でそう言いながら、ヒナギクはカップをテーブルに並べていく。

 

「よし!かくなる上は、ヒナギク!お前の手でかの暴君(マリア)の圧政を終わらせるのだ!」

「わ、私!?ちょっとゲームとか分からないって」

「問題ない!化け物には化け物をぶつけろと、あの常⚫︎経蔵も言っていたからな!」

「どーゆー意味よッ‼︎」

 

 

 大乱闘の熱狂もひと段落し、リビングの熱気が少し和らいだ頃。ソファに寝転がった美希が、ふいに上体を起こして言い出した。

 

「ねぇ、せっかくこんな大きな別荘に来たんだし、探索してみない?」

 

 目を輝かせたその提案に、理沙もすぐさま食いつく。

 

「いいな、それ。さっきから気になってたんだ。あの廊下の奥、やたらドアが並んでただろ?」

「賛成!絶対どこかにお宝とか秘密の部屋があるはずだよ!」

 

 泉まで身を乗り出し、三人娘はあっという間に盛り上がった。

 かと思えば、制止する間もなく、三人娘は「わー!」と声を上げて勢いよく廊下へ駆け出していった。

 

「……あの子たち、ほんと元気よね」

 

 呆れたようにため息をつくヒナギク。その隣で、ハヤテも苦笑しながら頷く。ナギも肩を落としつつも、ふっとため息をついた。

 

「まぁ、大したものなど置いていない別邸だが、どうしても興味があるなら案内くらいしてやるぞ」

 

 歩はぱっと顔を輝かせ、すぐにナギの腕をとった。

 

「いいね、それ!ナギちゃんの別荘探検なんて、すっごく楽しそう!」

「……本当に楽しめるかは知らんがな」 

 

 ツンとそっぽを向きながらも、まんざらでもなさそうなナギ。

 そんな二人を見て、ヒナギクは小さく肩をすくめた。

 

「ここまで来ておいて、私たちだけ残るっていうのも変だし」

「そうですね。せっかくですし、皆で見て回りましょうか」

 

 ハヤテも苦笑しながら同意する。

 その横で、片付けに取りかかっていたアイルとマリアは、顔を見合わせて微笑んだ。

 

「私は後片付けを済ませておきます。気にせず、皆さまで楽しんできてください」

「私も手伝います。執事の私が、お嬢様だけに片付けをさせるわけにはいきませんから」

「ふふ、ではお願いします」

 

 マリアとアイルは居残りとのことで、ナギ、歩、ヒナギク、ハヤテの4人が別荘の探索へと足を踏み出した。

 廊下に出て、暫く歩いた一行だが、三人娘の姿はもうすっかり見えない。

 

「……全く、あの子たちったら」

「まぁ、どうせその辺で騒いでるだろう」

 

 呆れ顔のヒナギクに、ナギはやれやれと肩をすくめる。そんな時、歩がそっとナギの耳元に顔を寄せてきた。

 

「ね、ナギちゃん……お手洗いってどこかな?」

「んー、東側にあるが……ここは道が複雑だからな、1人で行くと迷うかもな」

 

 すると、その会話を耳にしたハヤテが何気なく口を挟んだ。

 

「でしたら僕がお手洗いまでご案内しますよ。終わるまで待っていますので」

 

 瞬間、歩がガッとハヤテの両肩を掴み、半ば押しやるようにして言い放つ。「デリカシー。この言葉の意味が分かるかな、ハヤテくん」。顔を赤らめながらも真剣な目で睨まれるハヤテ。

 

「あ、えっ!? す、すみません!」

 

 慌てふためく彼に、ヒナギクは深いため息をついていた。

 

「仕方ない、こっちだ。迷うなよ」

「うん、ありがとナギちゃん!」

 

 ナギと歩はハヤテ達を残し、東側のトイレの方へと向かった。なるほど確かに道は複雑で、慣れないうちに1人で歩き回れば間違いなく迷子になるだろう。改めて別荘の広大さに、歩は目を丸くするばかりだった。

 

 お手洗いを済ませ、2人はまた来た道を戻る途中。

 

「いやぁ、助かったよ。ありがとね、ナギちゃん」

「別に。ここは確かに道が入り組んでいるからな。迷ったら厄介だし」

 

 そんなやり取りをしながら歩いていると、歩がふと足を止めた。

 

「……あれ? この扉、ちょっと変わってない?」

 

 壁の一角、目立たない場所に古びた両開きの扉があった。鍵はかかっておらず、わずかに隙間が開いている。

 

「ここな……宝物庫だな」

 

 ナギが眉をひそめる。

 

「宝物庫!? なにそれ、すっごく気になる!」

 

 目を輝かせる歩に、ナギは肩をすくめて答えた。

 

「どうせつまらないと思うぞ。私は入ったこともほとんどないし、ろくなものは置いてないはずだ」

「いいから、ちょっとだけ見せてよ!」

「別に良いけど……」

 

 半ば押し切られる形で扉を開くと、そこにはまるで小さな博物館のような空間が広がっていた。高い天井にずらりと並ぶ彫刻、書棚には古びた分厚い書物が詰め込まれている。

 

「わぁ〜! 本当に博物館みたい!」

「……へぇ。思ったよりも物はあるんだな」

 

 ふたりは思わず見とれながら、奥へと足を進めていった。やがて歩が、壁際の一角に奇妙な張り紙を見つける。

 

「ねぇナギちゃん、これ……『押しちゃダメ』って書いてあるよ?」

 

 視線の先には、ぽつんと突き出た古いボタン。

 

「なんだそれは……怪しいな」

「どうする? 押してみる?」

「バカかお前は。こういうのはな、だいたい押すと──」

「あ、」

「聞けよ」

 

 ペタペタとボタンに触る歩。彼女の手を離そうとナギがボタンに手を近づけた時だった。

 

「ば!?」

 

 バランスを崩したナギの手が、ボタンを触っていた歩の手に重なり、そのまま押し込んだ。カチリ、と音がした次の瞬間。

足元の床が唐突にパカッと開き、ふたりの体は虚空に放り出される。

 

「きゃあああああっ!」

「う、うわあああああっ!」

 

 宝物庫から、ふたりの悲鳴が響き渡った。

 

 

「今の声……ナギと歩じゃない!?」

「ええ、間違いありません!」

 

 ヒナギクが目を見開き、迷うことなく駆け出す。ハヤテも慌てて後を追った。二人がたどり着いたのは、豪奢な扉の奥にある宝物庫だった。

 ずらりと並んだ彫像や書棚がひっそりと佇む中、二人の姿はどこにもない。

 

「さっき確かにこっちの方向から声が――」

 

 その時、ハヤテが部屋の奥に奇妙なものを見つけた。

 

「ヒナギクさん、これ……」

 

 壁際には「押しちゃダメ」と殴り書きされた張り紙と、不自然に目立つ金属製のボタン。

 

「ひょっとして、これを押したら……」

 

 ナギと歩の行方を案じて、ハヤテは思わず手を伸ばしかけた。

 

「待って!」

 

 鋭い声とともに、ヒナギクがハヤテの手首を素早く押さえる。

 

「ひ、ヒナギクさん?」

「……ほら、かすかに聞こえるでしょ。下から水の流れる音が」

「確かに……」

 

 彼女は真剣な眼差しで床に耳を澄ませる。確かに、静寂の底からざわざわと水音が響いてくる。

 

「つまりこれ……押したら床が抜けて、地下の水路に落ちる仕掛けなんじゃないかしら。」

「では、あの二人はもしかしてここから……」

 

 青ざめるハヤテの表情を、ヒナギクがきっぱりとした声で断ち切る。

 

「落下するのは危険すぎる……でも、大丈夫。きっと地下に行くための別のルートが近くにあるはずよ。こんなボタンがわざわざあるくらいだから、それを探しましょう」

 

 そう言い切る彼女の瞳には、一片の迷いもなかった。ハヤテは息を整え、力強く頷く。

 

「そうですね、必ず見つけ出します」

 

 二人はもう一度顔を見合わせ、決意を込めて宝物庫を後にした。

 

 

 

 そんなナギ達はというと。

 

「きゃあああああっ!?」

「うわあああああっ!!」

 

 悲鳴とともに、ナギと歩は真っ逆さまに闇の中へ。次の瞬間、二人はまるでウォータースライダーのような水路に落ち込み、勢いよく流されていった。

 ドボォン! と派手な音を立てて水飛沫を上げ、二人は地下水道の水面に叩きつけられる。全身ずぶ濡れになりながらも、どうにか顔を出す。

 

「ぷはっ……! な、なんなんだここは!? せっかくの髪がぐしゃぐしゃに……!」

「わっ、すごいすごい! 本物のアトラクションみたいだよ、ナギちゃん!」

「お前な……」

 

 歩は水を払いつつも目を輝かせて笑っている。対照的に、ナギは頭を抱えながら情けない声を上げていた。さて、辺りを見回すと、そこは石造りの広い地下水道。壁からは水滴がぽたぽたと落ち、かすかに潮の匂いが漂っている。

 

「しかし、何とか怪我しなかったのは良いが」

「ここからは上には戻れなさそうだねー」

 

 自分たちが滑り落ちてきた水路を見上げながら顔を見合わせる2人。

 

「ん? しょっぱい……?」

 

 口元にかかった雫を舐めて、ナギが小さく呟く。

 

「これ……海水か?まさか海と繋がっているのかもしれん……」

「なるほど!じゃあ、もしかしたらどこかに出口があるかもしれないね!」

 

 歩はぱっと顔を明るくすると、水面をじっと覗き込み、思いついたように振り返った。

 

「じゃ、ちょっと潜ってみるよ。下に通路がないか見てくる!」

「いやいや!あ、危ないに決まってるだろ!溺れたらどうするんだ!」

「大丈夫大丈夫、ほんのちょっと覗くだけだから」

 

 私、泳ぐの得意だし。

 そう言って、歩は上着を脱ぎ、ためらいもなく上半身をさらす。

 

「いきなり脱ぐなよっ!?」

「別にいーじゃない、女同士なんだし」

 

 そういう問題でも無いだろうに。ナギはため息をつくと、スカートのポケットから手のひらサイズのライトを取り出した。

 

「暗い水の中は危ない、これ耐水用のミニライトだから。持っていけ」

「え?いいの、暗いとこ苦手なんじゃ」

「いいって」

 

 ナギはライトを押し付けるようにして渡すと、ぷいっと視線を逸らす。

 

「ギリシャ、案内するって約束しただろ。その前に、何かあったら困る……というか。あと、別にここ言うほど暗くはないし」

「ナギちゃん……」

 

 真っ赤になるナギを尻目に、歩はニッと笑って水に手を浸す。

 

「ありがとね、じゃあ行ってくる!」

 

 そう言うや否や、歩はミニライトを点灯させながら水中へと潜っていった。水面が静かに波紋を広げ、ナギはひとり取り残される。彼女は、水滴の落ちる音だけが響く地下水道を見回した。

 

「……しかし、一体ここは何なのだ」

 

 整然と積まれた石の壁、どこまでも続く暗い水路。どこか迷宮のような作りに、ナギの頭にはふとある神話がよぎる。

 

 ──クレタ島のミノタウロス。迷宮に閉じ込められた怪物。

 

 もし、今この地下の奥にも同じような“何か”が潜んでいたら……?

 想像した瞬間、背筋に冷たいものが走り、ナギは慌てて首を振った。

 

「ま、あれはクレタ島の伝説だしな。アテネ市街の地下に、そんなものあるはずが……」

 

 そう言いかけた、その時だった。

 

 ゴボォォォッ……と奥から唸りのような音が聞こえた気がした。まさか、まさかな?

 ナギは恐る恐ると、後ろに続いていた地下通路を振り返る。

 その瞬間、奥の暗闇から巨大な影が迫ってくるのが見えた。

 

「に、にやぁぁぁぁっ!!」

 

 ナギは情けない悲鳴は地下通路中に響き渡った。

 その音は迷路のように入り組んだ廊の壁に反響して、まるで多数の声が重なり合ったかのように不気味に膨れ上がる。

 

「これは、お嬢様の悲鳴!」

「間違いないわね!けど、音が反響して場所が……!」

 

 まさに地下に辿り着いたばかりだったハヤテとヒナギクは、反響して響き続ける悲鳴に顔を見合わせた。

 

「仕方ないわ!ここは二手に別れましょう、私は右を!ハヤテくんは左を!」

「分かりました!ヒナギクさんもお気をつけて!」

 

 突き当たりでハヤテと別れ、悲鳴の在処を探すヒナギク。灯りは頼りない携帯の小さな光だけだ。壁を伝う水滴が淡く反射し、足元の水たまりが月の欠片のように瞬く。空気は冷たく、どこか海の匂いが混じっている。地上の空気とは質の違う、潮風と古い石材が混ざった匂いだ。

 

 曲がり角を曲がると、視界に小さな人影が飛び込んできた。ナギだ。全身ずぶ濡れで、表情は泣きそうに歪んでいるが、その腕を伸ばして必死で何かを――

 

「ナギ!」

「ヒ、ヒナギクゥゥ!!」

 

 ナギは躊躇なく飛びついた。抱き締められたヒナギクの肩先が冷たく震える。だが、抱きとめた瞬間に、ナギが必死に後ろを指差した。

 

「よかった、無事ね」

「違う、後ろ!後ろから化け物がぁぁ!!」

「化け物!?」

 

 ヒナギクは瞬時に身体を翻し、竹刀を握り締めて構えを取る。呼吸は荒いが、目は澄んでいる。暗闇を睨み、足の裏に伝わる冷たさを無視して前へと踏み出した。

 地下の空間は声を吸い込み、何倍にもして返す。水音は遠雷のように低く、何か巨大なものが向かってくることを告げていた。

 

「この……化け物だろうとなんだろうと、うちの生徒に手を出すなら――容赦しないわ!」

 

 気迫を籠めた低い声が、狭い通路に響いた。角を曲がり、影がもたれかかるようにして形を成す。二人は息を詰め、ただそれが何かを見定めようとした……が。

 

「誰が、化け物かー!」

 

 角から飛び出してきたのは――耳当てのような白いカチューシャを付けた伊澄だった。うさ耳のようにも見えるそれを揺らしつつ、彼女は両手を大げさに広げてみせた。

 

・・・

 

 

「い、伊澄!?」

「こんばんはナギ」

「ど、どうしてここに」

「生徒会長さんも、こんばんは」

 

 ポカンとする2人を他所に、伊澄は務めて冷静に挨拶をしつつ、辺りを見回してみせた。

 

「ところで、練馬はどっちの方向でしょう」

 

 迷子だった。

 

 

 

「え?お嬢様が見つかった?」

『ええ、悲鳴の原因も大したことはなかったって言うか……ともかく無事だから安心して』

 

 反対方向にいったハヤテは、携帯から聞こえて来たその言葉に安堵の息をこぼす。状況はまださっぱりだが、何はともあれナギが無事であればそれで良い。

 

『だけど、歩はいないみたいなの。ナギに聞いたら、途中ではぐれてしまったって。もしかしたらそっちにいるかもしれないわ』

「了解しました。では、僕の方で西沢さんを」

 

 ハヤテがそう言いかけた時、すぐ後ろからザバっと大きく水音が弾ける音と、そして聞き馴染みのある声が響いた。

 

「ナギちゃん!やっぱり予想的中だったよ、この下が外に繋がってて──」

 

 振り返ったハヤテが見たものは、まさに水中から上半身を覗かせた歩だった。髪から雫を滴らせ、シャツを脱いで上半身裸のまま。水に濡れた肌が灯りに反射して、かすかにきらめいていた。

 

 そして二人の視線は正面からぶつかったまま。互いに固まり、顔から一気に血が上る。いつのまにか携帯が手から滑り落ちていることなど、彼は気付きもしなかった。

 

 ただただ、恥ずかしさも気まずさも驚きもごちゃ混ぜのまま、声すら発することが出来二人はしばし石像のように硬直するのだった。

 

 

 

 一方その頃。

 片付けを終えた従者二人が、別荘のバルコニーで夜風に当たっていた。

 眼下にはアテネ市街の灯りが広がり、まるで宝石を散りばめたように輝いている。

 

「昔は、よくここから夜景を見てましたね」

 

 コーヒーカップを両手で抱えていたマリアは、懐かしむように目を細めてみせる。

 

「えぇ……変わりませんね。街並みも、灯りの色も」

 

 隣ではアイルもまた、夜景を見下ろしながら、そう呟いた。時代が変わっても、美しいものはいつまでたっても美しく。

 

「ふふ、どうでしょう。変わらないように見えて、実は変わっているのかもしれませんよ?」

 

 マリアは悪戯っぽく微笑む。何かの謎かけだろうか。

 

「その心は?」

 

 アイルが問い返すと、マリアは一度彼の方に視線を向けて――やがて夜空を見上げる。

 

「そうですねぇ……」

 

 暫し考えるように、空に視線を彷徨わせていたが、やがて唇に笑みを浮かべる。

 

「内緒です。自分で考えてください」

「ヒントが少ないなぁ」

「少ないくらいがちょうど良いですよ、きっと」

 

 そう言って、マリアはカップにそっと口を付けた。

 

 

 

 









貞子vs伽耶子、大真面目に続編が見たいです。

物語の終わり方について

  • エンディングは一つのみが好ましい
  • 各ヒロインのルート分岐などがあっても良い
  • どうでもいい
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