アテネちゃんの執事!   作:通行人A'

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Task87:Concursus

 

 

 夜気を孕んだ広間は、石造りの壁に灯されたランタンがぼんやりと揺れるだけで、ほとんど影に支配されていた。

 その中央に立つアテネは、月光を背に受けて黄金の髪を淡く光らせ、静かに二人を見下ろす。その佇まいはまるで玉座に座す女王のようで、威圧感は言葉以上に雄弁だった。

 

「がっかりしたわ……ヒナ。まさか貴女ほど正義感に溢れる人間が、夜中に他人の家に、不法侵入するなんて」

 

 低く澄んだ声が空気を震わせ、冷たい刃となって響く。

 

 ヒナギクはぐっと拳を握りしめ、喉が張り付くのを無理やり押し退けるように返した。

 

「ごめんなさい、アテネさん。けど……私、困ってる友人を見過ごすなんて出来ないの」

「お節介ね」

 

 アテネの唇が、薄く笑みにも似た形に歪む。だが、その笑みには一切の温度がない。

 

 対してヒナギクは真っ直ぐに射返す。次の瞬間、彼女は音もなく木刀を引き抜き、鋭く構えを取った。大理石の床に木刀の先が触れると、硬質な音がわずかに弾け、張り詰めた空気に拍車をかける。

 

 背後に控えていた伊澄が、静かに口を開いた。

 

「生徒会長さん……理事長さんがどれほどの力を持っているか、まだ判別が付きません」 

 

 その声音は、まるで深い霧の中で警鐘を鳴らすように慎重だ。

 

「ここは慎重に……二対一で進めましょう」

 

 ヒナギクは一瞬だけ視線を落とし、すぐに頷いた。

 

「分かってる。こんな状況でサシをしたいなんて言わないわ」

 

 だが――その言葉の裏には、自分の武を頼みにしてしまう衝動が、確かに燻っている。木刀を握る手に、余計な力が入りすぎていることを自覚しながらも。

 

 アテネの目が、ゆるやかに細められる。

 

「お二人には……他人の事情に首を突っ込むと、どんな結末に合うか。身をもって〝教育〟してあげないとね」

 

 その声音は穏やかでありながら、内側に潜むものは冷酷そのもの。

 囁きのように静かな言葉が、かえって広間を満たす緊張を鋭く尖らせた。

 

 広間の空気がじりじりと焦げるように緊張を帯びていく中─―ヒナギクはふと、数時間前の出来事を思い起こした。

 

 

 まだ日が高く上る日中。

 アテネ市内の、とある別邸。重厚な門構えに古風なランタンが灯り、外観は由緒ある屋敷のようでありながら、内部は不思議と明るく、どこか日本の家屋を思わせる空気が漂っていた。

 

「驚いた……まさか伊澄さんまでアテネに別荘があるなんて」

 

 思わず声を上げたヒナギクの驚きに、伊澄はきょとんと首を傾げる。

 

「この拠点は普段はほとんど使いませんが。こういう時を想定してここに用意してあります」

「どんな想定よ……」

 

 ソファに腰かけている咲夜が、肩を竦めて笑った。 

 

「ま、結果的に白皇の理事長さん絡みの話で役に立ったわけやな。しっかし、アイル兄から話を聞いたときは驚いたけど」

 

 まさかそこまでの大ごとになっているとは。ヒナギクはそっとアイルの方に目を向ける。

 

「伊澄さんと咲夜さんには、私から事情を話して協力をお願いしました。お嬢様の状態は、明らかに常軌を逸している。なので、こういった事象の専門家、稀代の天才と謳われるその道のプロフェッショナルの助言が必要だと」

「素晴らしい慧眼です、アイル様」

 

 伊澄はきらりと目を光らせる。

 

「いや伊澄さんは分かるけど、ウチは?ふつーの何処にでもいるお笑いが好きな知性派美少女やん」

「あら、プロフェッショナルにはバディが付きものよ。ぺット兼マスコットキャラクターみたいな」

「オイだれがペットやコラ」

 

 冗談とも本気ともとれない伊澄の言葉にハリセンを構えて詰め寄る咲夜。

 

「ふふ、相変わらずですねお二人とも。ですが、マスコットはうちのマキナちゃんがいるので悪しからず」

「ええ!?俺なの!?」

 

 ヨゾラの言葉にガーンとショックを受けたようにのけぞるマスコット──もといマキナ。

 

「……本題に入りましょう」

 

 少し緩んだ空気が落ち着くのを待って、アイルは咳払いをひとつ。場を改めるように視線を皆に向けた。

 

「今夜、お嬢様と綾崎くんを再度会わせます」

 

 先ほどまで肩の力を抜いていた咲夜も、ハリセンを下ろして真剣な目を向ける。

 

「けどなぁ。今の天王州さんが、すんなり再会を受け入れるんか?」

 

 問いかけは現実的だ。むしろ皆が抱えていた懸念を代弁していた。

 

「受け入れざるを得ない形の再会にさせるしかないでしょうね」

「それって」

「そうですね……」

 

 アイルは少し考え込むように口元に指を当てて、視線を彷徨わせる。

 

「まず、私とヒナギクさんで綾崎くんに奇襲を仕掛けます。いくら綾崎くんでも我々二人がかりであれば人目を避けて拐うことも何とかなるでしょう」

「真面目に考えてください」

 

 ピシャリ。ヒナギクに一蹴される。

 至って真面目な案なのにと驚いた表情をするアイルに、「こっちの方がびっくりですッ」とすかさず突っ込む生徒会長。

 

「それなら、いっそ拐ったハヤテ様をそのままアテネお嬢様の寝室にぶちこんで添い寝させるというのはどうでしょう。上手くいけばそのままR17.9の展開になって万事解決大円団に──」

「まず拐う所から離れてください」

 

 ヒナギクはため息をつくと、腰に手を当てて軽く執事とメイドを睨む。

 

「ハヤテくん自身をアテネさんの家に行かせれば良いだけです。他の武力行使案は却下」

「けど、借金執事は忘れられたってしょげてるんやろ?まず、自分から動いてくれるか?」

「そこは心配ないと思う。少し話しただけでも、まだ未練たらたらだって分かるもの」

 

 それに、と彼女は続ける。

 

「アテネさんみたいな聡明な女性(ひと)がそんなに大切な思い出を忘れてる訳がない。そのくらい、ハヤテくんだって薄々分かってるはず」

「確かにそうですね、明らかに不自然です」

 

 伊澄は口元を和服の袖で隠しながら頷く。一方咲夜はまだ腑に落ちないように眉をひそめる。

 

「だとしたら、なおさら会いにくいんちゃう?要するに、覚えてて拒否られたんやから」

「だから、ここで逃げて良いのか本人に正面から聞くべきよ。彼の意思でアテネさんの元へ向かわないと、きっと意味がないと思う」

 

 妙に説得力のある言葉に、一同は一様に頷いてみせる。

 流石はカリスマ。弱冠一年生にして、白皇の生徒を統べる生徒会長という大役を務めているだけはある。

 

「ま、それでもうじうじしてるようなら、私がふんじばってでも家の前に連れて行くわ」

「……あの、結局それは武力行使では」

「なにか?」

「なんでも」

 

 満面の笑みのヒナギクに返されては、執事も白旗を上げるほかなかった。

 

「ともかく」

 

 伊澄は、卓上に手を重ねて静かに言った。 

 

「──理事長さんの様子は、やはりこの目で直接見てみる必要があります。話だけでは判断できませんから」

「ええ、勿論です。正直、綾崎くんとお嬢様の邂逅次第で状況がどうなるかは予測しづらいので大まかにしか役割を決めることができませんが」

 

 アイルは集まった五人を見回す。

 

「綾崎くんが自発的にお嬢様の屋敷へと足を運んだ前提で。二人をそれぞれ誘導するのは」

 

 目が合ったヨゾラとマキナがそれぞれ小さく頷く。

 屋敷のことを熟知しているこの二人が適任なのは言うまでもないだろう。

 

 一方、現場はハヤテとアテネが無事邂逅したとして、そこでどのようなトラブルが起きるか分からない。あらゆる事態に臨機応変に対応できる人間が好ましいが──

 伊澄は小さく目を伏せ、それから真っ直ぐに顔を上げる。

 

「和やかに終わればそれで良し。ですが──もしもトラブルになったときは、場合によっては武力介入も考えます」

 

 それだけ危険な状況になるかもしれないということだ。とはいえ伊澄を一人だけ現場に向かわせる訳にはいかない。そもそも一人では一生かかっても辿り着けないかもしれない。

 

「だったら、私も行くわ」

 

 すかさず、ヒナギクも一歩前に出る。

 

「危険かもしれませんよ?」

「なら、尚更他の人を安易に行かせる訳にはいかないでしょ。それに、ただ待っているなんて性に合わないの」

 

 その力強い眼差しに、伊澄はふっと微笑んだ。

 

「流石です、生徒会長さん」

 

 そして懐から一本の木刀を取り出す。

 

「現場はきっと危険になりますから、これをあなたに託します」

「これは……?」

 

 ヒナギクは受け取りながら、不思議そうに眉を寄せる。

 

「かの名工・政宗が打った珠玉の名刀──の、途中で息抜きに作られた『木刀・政宗』です」

「名匠も悩んでたのかしらね……」

 

 小さく肩をすくめながらも、ヒナギクはしっかりと握りしめた。

 

 

 

「……」

 

 ──手に伝わる木刀の感触は驚くほどよく馴染む。

 まるで自分の腕の延長であり、始めから身体の一部だったかのように。

その確かさを胸に、ヒナギクはアテネの冷ややかな視線を正面から受け止めた。

 

「──ッ!?」 

 

 ──気配が途切れた。

 

 次の瞬間、アテネの姿が空気を裂く。

鋭い刃が弧を描き、落雷のような速度でヒナギクへと迫った。

反射的に木刀を立てた瞬間、硬質な衝撃が全身を貫く。刃と木がぶつかり合い、澄んだ金属音が広間に長く響き渡った。

 

 衝撃の余波で床が震え、舞い上がった埃が光を帯びて漂う。

押し込まれる前に距離を取ろうとしたヒナギクだったが、アテネの追撃は容赦がない。体を翻し、横薙ぎの一撃。空気が切り裂かれ、頬に冷たい風が走る。

 

 木刀を大きく払ってその剣筋を逸らす。再び、重い衝突。二人の力がぶつかり合い、空気が軋むような緊張が広間を満たした。

 

 次の瞬間には、もう懐へ。

 アテネの刺突が稲妻のように胸を狙う。ヒナギクは紙一重で身を捻り、木刀の柄で弾く。刃先が掠め、耳元で風が弾けた。

 

 すぐさま反撃に転じる。木刀を強く握り込み、下から斬り上げるように振り抜いた。だが、アテネは華麗に後方へ跳び、衣の裾を翻してかわす。その動きは舞踏の一幕のように滑らかで、気迫と優雅さを兼ね備えていた。

 

 再び二人は交錯する。剣と木刀が幾度も重なり合い、そのたびに硬質な響きが重なって広間を震わせる。やがて、互いに弾き合い、大きく後退して睨み合った。

 

 静寂。だがその沈黙は、破裂寸前の硝煙のように張り詰めている。

 

「……中々やるわね、ヒナ」

 

 アテネが唇の端をわずかに持ち上げる。

 

「どうも。でも──」

 

 木刀を構え直すヒナギクの口元にも、ほんの僅かな笑み。彼女の瞳にはどこか楽しげな色が見え隠れする。

 

「まだ貴女、本気じゃないでしょ」

 

 二人の視線が交錯する。その刹那、広間に漂う空気は、さらに熱を帯びていった。

 

 

 夜の帳が降りたアテネ市。その一角に佇む伊澄の別邸は、灯されたランプに淡い光を揺らしながらも、どこか張り詰めた空気を孕んでいた。

 窓辺に腰を掛けた咲夜は、遠い街並みに瞬く光を眺めながら、足を組んで小さく息を吐く。

 

「……なんや、人の縁ってのは、えらい厄介やなぁ」

 

 独り言のように零れた声に、背後で控えていたアイルが静かに目を伏せる。

 彼の横顔は普段と変わらぬ冷静さを保っていたが、その瞳の奥には深い陰りが潜んでいた。

 

「男女の想いほど、解き難いものはありません。理屈では届かぬ領域ですから」

 

 咲夜は振り返り、じっと執事を見据える。

 

「せやけど……あんた、ずいぶん落ち着いとるな。ほんまに心配してへんの?」

「心配はしていますよ。お嬢様のことも、綾崎くんのことも……そして、彼女たちのことも」

 

 その声音はどこまでも静かで、それゆえに揺るぎない決意が滲んでいた。

 

「ですが、今は彼らを信じて託すしかありません」

 

 しばしの沈黙。

 咲夜はふっと息を漏らし、柔らかく目を細めた。

 

「……せやな。ウチらはここで信じて待つしかあらへん」

 

 優しい笑みに、アイルも静かに頷く。

 別邸を満たす空気は張り詰めているのに、不思議と温かな気配が一瞬だけ広がった。

 

「それに、必ず上手くいく。それはもう約束されとるからな」

「え?」

 

 夜空に星の光が淡く揺れる中、咲夜は腕を組んでニッと笑顔を見せる。

 

「なんたって今年も阪神リーグ優勝したんやで!これ以上の勢いがあるか?いやない!この勢いに乗れば、どんなこともうまくいくっちゅーねん、勝利の女神がウチらに微笑んどるんやからな!」

「……」

「要するにトラが勝ったんやから、トラブルも勝って終わる!トラストミー!これが〝タイガース理論〟や!!!」

 

 ザ・関西ダジャレ。

 

「……やはり不安になったので様子を見に行ってきます」

「うおぉい!今ええ感じにまとまっとったやろ!!」

物語の終わり方について

  • エンディングは一つのみが好ましい
  • 各ヒロインのルート分岐などがあっても良い
  • どうでもいい
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