湯船から立ち昇る白い湯気が、夜の冷たい空気にゆっくりと溶けていく。伊澄の別邸に備えられた露天風呂は、木々に囲まれた庭にひっそりと佇んでいた。外の世界の喧噪とは無縁の、穏やかな静けさ。
女湯には伊澄、咲夜、ヒナギクの三人が肩まで湯に浸かっている。反対側の柵の向こう、男湯にはハヤテの姿がある。貸切のため、他に人影はなく、ただ湯の音と虫の声だけが耳に届いていた。
ヒナギクは湯面に濡れた髪を払うように指を滑らせ、白い首筋をそっと露わにした。長く息を吐き、湯の熱が張りつめていた身体をじわじわと解きほぐしていくのを感じる。
「……ふぅ」
自然にこぼれた声は、どこか安堵の響きを帯びていた。こうして湯に浸かっていると、さっきまでの死線がまるで遠い夢のように思える。今の穏やかさからは想像もつかないほど、ほんの少し前まで彼女たちは戦場に立っていたのだ。
「ありがとう、伊澄さん。温泉までいただいちゃって」
「いえ、やはり疲労を癒すのはこれが一番ですから」
伊澄は指先で湯をすくい、胸元に滑らせながら、静かに深呼吸をひとつ。普段は涼しい表情の彼女の頬にも、湯気の赤みが滲んでいた。
隣では咲夜が伸びをしながら、胸元を大きく反らせて空を仰ぐ。湯気に濡れた肩が艶やかに光り、彼女らしい飄々とした声が静けさを和らげた。
「しっかし、さっきはびっくりしたわ。いきなり三人が庭に落ちてくるんやもんな」
「鷺ノ宮家に伝わる秘術『強制転移の法』よ。三人同時は初めてだったけれど、上手くいって良かったわ」
一日に一度しか使えない、鷺ノ宮家の秘術。その余韻を語る伊澄の瞳も、ほんのわずか潤んでいるように見える。
「ハヤテ兄も、多少疲れは取れたかー?」
「ええ、ありがとうございます……お陰さまで」
柵の向こうから聞こえるハヤテの声は、ややかすれていた。湯の熱が傷口に染みるのだろう、彼は小さく息を吐いた。けれどすぐに「大丈夫です」と続ける声音には、無理にでも気丈さを取り繕おうとする色があった。
ヒナギクは湯面に肘をかけながら、濡れた頬をほんのりと紅潮させる。安らぎの時間を享受しつつも、胸の奥に残るざわめきは簡単には消えてくれない。
「……アイルさん、大丈夫かしら」
「今はあの方を信じましょう……きっと状況を落ち着けてくれているはずです」
すると、柵の向こうから遠慮がちな声が飛んでくる。
「あの……皆さんは、アイルさんが……彼女の執事だと、ご存知だったんですか?」
「ま、そうやな。そもそも天王州さんとはそこそこ付き合いは長いし」
少なくとも、この場ではハヤテ以外が全員知っている事実ではある。
屋敷でのやり取りから察するに、たまたま伝えるタイミングがなかったというよりは、意図的に隠していたという方がしっくりくる。
「アイルさんの事だから、何か考えがあって黙ってたんだと思うの」
「はい……多分、僕に気を遣ってくださっていたのかもしれません」
ハヤテとしては全く責める気はなかった。ただ、彼女の関係者がこんな近くにいたという事実に、何か宿命めいた思いを感じたのは確かだ。
咲夜は湯をぱしゃりと弾きながら、顎に手を当てて考えるように首を傾げた。
「けど、伊澄さんや会長さん、それにアイル兄まで突撃しても返り討ちっちゅーのは、中々どーして厄介やなぁ」
「そうね……」
伊澄は湯に沈めた両手を見つめ、わずかに眉をひそめた。
「まさか、私の術があそこまで効かないとは思わなかったわ。建御雷神ですら弾かれるなんて……」
湯気に霞む横顔は、珍しく苦悩を帯びている。
「剣の腕も相当だったわね……運動神経が良いとか、そんなレベルじゃなかった」
「アーたん──いえ、彼女は小さな頃からよく剣を振るっていましたから……僕も指南してもらいました」
「別に良いわよ、言い直さなくても」
二人の関係は、もう分かっているから。
こんな時まで生真面目さを発揮するハヤテに思わず苦笑するヒナギク。だが、とすぐに真面目な表情に戻す。
「近接戦闘にも長けていて、伊澄さんの術も防ぐ怪物みたいな力まで持ってるなんて……正直勝機を探すのも苦労しそうね」
「なーるほど、まさしくチートキャラってヤツやな」
彼女たちの言葉に、伊澄はそっと肩にお湯をかけながら頷く。
「私の未熟さを差し引いても、あの強さは異常です。私が思うに、理事長さんとあの英霊の力が組み合わさることで、お互いの力を最大限まで引き出しあってるのでしょう」
「まー、そうか。単純に強い力同士が上手く組み合わさればそら無敵やもんなぁ」
「得てして、強い力同士は反発しあうことが多いですが……彼女は元々力を引き出すような能力をその身に宿していたのでしょう。今回、それが英霊に力を供給し続け、強大な力になってしまっている」
伊澄はゆらりと立ち上がると、そのまま外の夜景に目を向けた。
「彼女とあの英霊を分離させない限り、今の私たちに勝ち目はないと思います」
夜空から降る風が、静かな庭の湯気を攫っていく。
場面は移って、市街の中心地にあるアテネの屋敷。
静まり返った広大な寝室では、アテネは純白のシーツに身を委ね、穏やかな寝息を立てていた。額に浮かんでいた不穏な影は今はなく、安らかな表情だけがそこにある。
一方、寝室に隣接する応接間では、従者たちが神妙な顔付きで突き合わせていた。
「ひとまず、私の事は謎の仮面──エックスとでも呼んでくれ」
仮面を付けた男の言葉にマキナは「かっこいい……!」と目を輝かせていた。ヨゾラはといえば、不満そうに眉を顰めている。
「つい先日、天王州家のお取引先で懇意にしていただいている英国貴族の方からご紹介いただいた方です。匿名希望とのことなので、名前は控えさせていただきますが……」
「こういった呪いや英霊の類には多少知見があってね。差し出がましくも、協力を申し出ていたんだ」
仮面の男はそう言って一歩前に出る。
「基本は表に出るつもりはなかったが……最悪の場合には、と彼が保険をかけていたという訳だな」
「ええ、お陰様で助かりました」
会釈をするアイル。ふと、若干男を睨むようにして見つめるヨゾラが気になった。
「ヨゾラさん……どうかされました?」
「ミステリアスキャラ担当は私だったはず、そこが今作品における私のアイデンティティだったはずです。なのにこんなぽっと出の仮面男にその立ち位置を取られそうになり、不安と不満を感じている表情です」
「はぁ」
「先輩は私とこの仮面野郎どっちを取る気ですか。ポッと出ヒロインにすぐうつつを抜かすギャルゲの主人公気取りですか」
「いやいや……」
ヒロインでもないし、うつつも抜かしてはいない。
応接間では、従者たちが〝神妙な〟表情で顔を突き合わせていた。
「ふむ……どうも彼女には警戒されてるようだな」
「すみません。何故だか分かりませんが、貴方とは気が合いそうにありません」
今にも舌打ちしそうな勢いだ。初対面のはずだが、そう疑問にも思ったがそこについて話を言及するよりもまず先に──
「まぁ、構わない。どのみち私ができるのは観察と助言程度だ。なので暫し堪えてもらいたい」
「では、本題に移りましょう」
アイルは全員を見回す。
「お嬢様の心を蝕んでいるモノ──その侵食度合いは想像以上に深刻です。加速的に悪化しているとは思いましたが、しかしあそこまでとは」
「確かに……もう自我を保つのも難しくなっているようでしたね」
深刻だと考えてはいたが、その深刻度合いは最早一刻の猶予も許さない状態にまで来ている。
「今の天王州アテネは、英霊と癒着しつつある。そして、その英霊の狙いは──石だ」
石──
ヨゾラとマキナはピンと来ないように顔を見合わせる。
「すみません、その石とは何なのかイマイチ理解していないのですが」
「宝石か?アテネの中にいる悪者は宝石がほしいのか?」
二人の言葉に軽く首を振る。
「
仮面の男は淡々と続ける。
「王玉は、神話に伝わる地──あらゆる願いが叶うという場所の道標を示す装置のようなものだ。その地の名は、
「……ロイヤル、ガーデン」
「その地に進むための唯一の手段がその王玉だ。願いを叶えるための──力を使うための鍵でもある。庭城の地で、その鍵使えば本来の真の力が最大限に発揮される、と」
あらゆる願いが叶う、伝説の地。
さながら神話時代のおとぎ話かと思いきや、その道標が今もなお現存しているのだという。仮面の男の口調は真剣そのもの、隣のアイルも話を遮らずに黙っている。
「その方法や〝副作用〟は詳らかにされてはいない──しかし、重要なのは天王州アテネに取り憑いた
「……どうして?」
「これは予測だが──」
仮面の男は言葉を切って、一瞬アイルの方に顔を向ける。
このまま話して良いものか。判断をあぐねていたようだが、彼がごく短く頷いたのを確認し、再びヨゾラたちに仮面を向ける。
「庭城に関与している神話の類を持っていた存在だから。ソレは庭城を自分のものだと強調した──つまり、その地に非常に深く関わっていた存在なのだろう」
「……お嬢様は、その庭城に関わっていた過去があります。そこでソレと何らかの接触があり、今まで心に棲みつかれていた可能性がある」
引き継いだアイルの言葉に、男も頷く。
「ソレが石を手にするまで彼女の精神を蝕み続ける。そして、先程の様子を鑑みるに完全に取り込むまでもうそんなに時間はないように思える」
「それ……どのくらいなんだ?」
「詳しくは……だが、数ヶ月といった猶予は間違いなくないだろうな」
数日以内なのか、もしかしたらって明日にでもそうなってしまうのか。
予断を許さない状況だ。
「概ね状況は理解しました。今重要なのはお嬢様に棲みついたド変態クソヤロウをいかにして追い払うか、ですね」
「何故変態?」
「当然です、麗しいアテネお嬢様の心の中に棲みついてあられもない乙女の内心を常に覗き見て、あまつさえ干渉を試みるなんてド変態以外の何者でもありません。万死に値します」
然り。
「……天王州アテネから、ソレを引き剥がす方法自体はある」
「ほ、本当か!?」
仮面の奥から洩れる声が、じわりと部屋の灯りを震わせる。
同じ頃、伊澄の別邸。
夜風に揺れる障子の隙間から、ほのかな灯火が漏れ、座敷机を囲む伊澄たち四人の顔を照らしていた。
「理事長さんから、あの英霊の追い出すだけなら、然程難しい条件はありません」
「え?」
「そうなん?そこで悩んでたんと違うんかいな」
きょとんとする咲夜たちに伊澄は淡々と続ける。
「元々無理があるんです。いくら英霊といっても、理事長さんのような強い力の持ち主に取り憑くことは」
「さっき言ってた、強い力は反発し合うって」
「その通りです。仮に取り憑いたとしても、何もせずに心の奥底に潜んでいるのが関の山でしょう。それを、あのように融合するかのように取り憑いたというのは──考えられる可能性は」
具体的な「合意」があった。
「合意?」
「彼女の言っていた『石を手に入れる』というものが、共通の目的だった。それが合意となり、融合の依代となっている……そう考えればいかがでしょうか」
「確かに……共通の目的なら、意図するしないに関わらず、合意と見なされるかもしれないわね」
ヒナギクは考え込むようにして手前の湯呑みに視線を落とす。アテネほどの聡明な人間が、あんな禍々しい力に進んで手を出すことは考えづらい。合意せざるを得なかった事情があったのか、合意してしまうほどに追い詰められていたのか。
「けど、伊澄さんの話だとその合意という前提が崩れれば、アテネさんは解放される可能性があるって事になるわね」
「ええ、流石です生徒会長さん」
伊澄はすっと湯呑みを傾けて啜ると、ハヤテに視線を向ける。
「石を手に入れる、という共通の目的を達成させる──もしくは成立不可能にする。つまり、石を渡すか──壊せばいい」
ハヤテは首元にかかる紐を指で辿り、胸元の石をそっと取り出した。
「この石を……」
月明かりに照らされて淡く光る石。咲夜腕を組み、胡散臭そうに眺めながら口を開いた。
「そない大事な石やったんか。なんや、どこぞの露店で五百円くらいで売ってそうやけど。ハヤテ兄、それいつから持っとるん?」
「小さい頃からずっとです。もう幼稚園くらいの時から……アーたんと初めて会うよりも前からですね」
懐かしむように空を見上げ、細めた瞳に柔らかな光が宿る。
「幼稚園のとき……クリスマスイブにサンタさんに貰ったんですよ」
「へぇ、クリスマスプレゼントってこと?」
ヒナギクが不思議そうに小首を傾げる。
「その日、クリスマスイブの夜に、僕は空き瓶拾いの日雇いバイトをしてたんです。600本拾っても、2000円にもならないくらいで……結局、足元見られて1000円しかもらえなかったんですけど。当時の僕には、それすらよく分かってなくて」
「……」
「しかも、そのお金を……親父が全部奪って、パチスロに行ったんです」
酷い話ですよね。
あはは、と笑ってみせるハヤテ。だが、その場にいる三人の顔は──
(想像してたクリスマスエピソードと全然違う……!!)
想像の3000倍重い話に、ヒナギクは湯呑みを持つ手を止め、咲夜は扇子を固まらせ、伊澄に至っては苦笑とも真顔ともつかない表情を浮かべていた。
──クリスマスイブに幼稚園児が空き缶拾い。
──親に稼ぎを奪われる。
──そもそも何故園児がバイトできるのか。
どこから突っ込めばいいのか分からず、声を失ってしまう。
そんな空気を気にも留めず、ハヤテは続ける。
「また空き瓶を拾い始めたとき、目の前に──サンタクロースが現れたんです。『落とし物だ』って言って、この石を手渡してくれました」
幼い頃の記憶を慈しむように、ハヤテは優しく微笑む。
「その時かけられた言葉が、ずっと僕を支えてくれてるんです。
『この先、数えきれない不幸にあうかもしれない。絶望するかもしれない。──でも、最後に笑うのは、きっとひたむきでマジメな奴だ』って」
「……素敵な話ね」
ヒナギクは口元を緩めてぽつりと呟いた。
「まぁ……一度はその言葉を信じるのを諦めかけたこともありましたけど。結果的には……今、こうして笑えてる」
そう言って、石をぎゅっと握りしめる。
「だから、この石は今でも──僕のお守りなんです」
「けど、そんな思い出の石を渡すか、壊せっちゅーんやろ?大丈夫なんかいな、自分」
今日までハヤテの支えの一つになってきたかもしれない代物だ。どんな事情があっても、簡単に手放すのは躊躇いが起きるかもしれない。だが、ハヤテは力強く首を横に振る。
「はい。アーたんの命には代えられません。だからこの石を渡して解決するなら」
「まぁ、そらそうやな……それか、一回だけ天王州さんに石を渡してみるんはどうや?化け物から解放されたらすぐ返してもらう。そうすりゃ万事解決やろ」
咲夜の言葉に、ハヤテは目を開き、ぱっと顔を明るくする。
「あ……それもそうですね!」
一瞬、空気が和らいだ。解決の糸口が見えたかのように。
だが──
「いえ……話はそう簡単にはいかないと思います」
伊澄の声が、その空気をすぐさま張り詰めさせた。ヒナギクが眉をひそめる。
「どういうこと?」
「まず、石を渡すこと。それはあの英霊の最終目的。英霊にとっての勝利と同義です。勝利──それはつまり、完全に力を取り戻すことを意味します」
「け、けど……取り返せばええんと違うん?」
咲夜が食い下がる。しかし伊澄は、静かに首を振った。
「今の天王州さんでさえ、私たちには手も足も出ませんでした。その英霊が完全体となれば……理事長さんが力を供給する今よりも遥かに強大になるでしょう。そうなれば最早、人の手に勝ち目はなくなる──理事長さんが解放されたとしても、意味はない」
場に沈黙が落ちる。ハヤテも、ヒナギクも、咲夜も言葉を失っていた。
「英霊の真の目的は分かりません。しかし理事長さんを侵食し、禍々しい力の片鱗を見せている以上……我々の世界に良き影響を与える存在だとは到底思えません。まず間違いなく、世界の脅威になるでしょう」
「なら……壊すしかない、ってこと?」
伊澄は口元を袖で隠す。
「……壊すことは確かに、英霊に敗北を突きつけることになります。目的を絶たれたと判断すれば、理事長さんから離脱する可能性はあるでしょう」
淡々と、だがその瞳の奥には冷えた緊張が宿っていた。
「ですが──その逆もあり得ます」
「逆?」
ヒナギクの問いに、伊澄は頷く。
「英霊が暴走する可能性もある。目の前まであった目的を、人の手で打ち砕かれる。それほどの屈辱を、あの存在が黙って認めるか。逆上すれば……理事長さんを解放するどころか、丸ごと飲み込み、すべてを消し去ろうと暴れ出すかもしれません」
「……っ」
ヒナギクが息を呑む。
伊澄が煮え切らない答えをしたのはこの為か。渡しても、壊しても──
「理事長さんの侵食は加速度的に進んでいます。恐らく、あまり時間はないでしょう」
伊澄の言葉が、座敷に重く落ちる。
「……じゃあ、偽物を渡して騙すってのはどうや?」
「無理よ。理事長さんも、そして英霊も、そんなものを見紛うはずがない。もし企みが暴かれたら、それこそ取り返しのつかない事態になるわ」
「さよか……」
やはり道は二つしかない──渡すか、壊すか。
「理事長さんが融合を意図している場合もあります。その時は、もう一両日中にも完全に同化してしまうでしょう」
ハヤテは拳を強く握った。胸の奥で冷たいものが広がる。そんな彼を、伊澄の瞳が射抜くように冷たく光る。
「はっきりさせておきます。私は石を渡すことに反対です。世界を脅かす可能性が僅かでもあるなら、絶対に認めるわけにはいきません」
「けど……だからって壊して暴走したら……私たちの手で止められるかどうか……」
問い返すヒナギクに、伊澄は目を閉じて首を振る。
「それでも──英霊の完全勝利と比べれば、まだ被害を最小限に食い止められる可能性は高い」
──確率の問題です。
やけに冷たい声が、刃のように心臓を抉った。
伊澄は縁側に歩み出て、夜空を仰ぐ。月光に照らされた横顔は幻想的で、振り返ったその瞳は、容赦のない真剣さを湛えていた。
「このような役目を押し付けるのは心苦しいですが……決めるのは、ハヤテ様。貴方です」
「僕が……」
ハヤテは首にかかる石を握りしめる。所有者は自分。アテネとの因縁も、自分。そして──アテネがこうなってしまった原因も、自分にあるのかもしれない。
「そう、ですよね」
「ハヤテくん……」
ヒナギクが心配そうに覗く彼の横顔は、明らかに自信を失ったように翳りが見える。
「明日の夜、またここに来てください。そして、ハヤテ様の決断をお聞かせください。石を渡すか、壊すか──」
それでも、決断を促す瞳は待ってはくれない。
「石を渡せば……理事長さんは解放されるかもしれませんが、英霊は勝利を手にし、完全体として顕現する。手が付けられない世界の敵として立ちはだかるでしょう──どれだけの被害が出るか想像も付かないほどの」
伊澄の冷たい視線に、ハヤテやヒナギクは息を呑む。
沈黙を裂くように、遠い夜空を渡る風が、街の灯りを越え、別の屋敷の窓を震わせた。
「石を壊せば──ソレは敗北を認め、天王州アテネを解放するかもしれない。だが逆に、彼女ごと呑み込み、一気に暴走する危険もある」
仮面の男の冷たい声色に、ヨゾラとマキナは拳を握りしめる。
灯火の揺らぎが、誰も答えを持たないままの静寂を際立たせた。
夜空には、変わらず無数の星が瞬いていた。だが、美しいはずの光景は、この時ばかりは深淵の口を覗き込むように不気味に見えた。
ストックが切れたので、また数話書き溜めてから連投したいと思います!よろしくお願いいたします。
物語の終わり方について
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エンディングは一つのみが好ましい
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各ヒロインのルート分岐などがあっても良い
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どうでもいい