アテネちゃんの執事!   作:通行人A'

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Task90:Optio

 

 

 アテネで過ごす最後の朝が訪れた。

 広々としたナギの別荘のリビングには、朝の光が差し込み、白い壁と大理石の床を柔らかに照らしている。観光最終日ということもあって、皆の表情にはどこか名残惜しさが漂っていた。

 

「明日帰国かー、寂しいなぁ」

歩がソファに腰を下ろしながら大きく伸びをする。

 

「まぁ良いではないか。寂しいということは、充実していた証拠だろ?」

「まーそうなんだけどさー」 

 

 ナギの言葉は最もだが、それでも終わってしまうことへ寂しさはやはり強い。楽しければ楽しいほどに。歩が肩を落とすのと同時に、三人娘が勢いよく立ち上がる。

 

「安心したまえ!」

「皆の衆!」

「最終日はド派手に行くぜい!」

 

 息の合った掛け声に、リビングの空気は一気に賑やかになる。

 

「ちょっと、朝からうるさいわよ」

 

 ヒナギクが呆れ声をあげるが、三人娘は聞く耳を持たず、すでに財布を取り出していた。

 

「街でお土産買いまくりツアーだー!」

「金を使ってこその最終日だろ!」

「財布のひもを緩める準備はできている!」

 

 やんややんやと騒がしい三人娘に、ヒナギクが額を押さえてため息をつく。そんな一行を見まわし、マリアは優しく微笑んで両手を合わせる。

 

「ふふ、では皆さんでお出かけしましょうか」

「ふむ、まぁそうだな」

 

 ナギはふと、奥にいるハヤテを横目に見る。喧騒の中、一人だけ浮かない表情のまま。一昨日からずっとそんな調子だが、今朝は特に思い詰めたような雰囲気だ。

 だが、敢えて声はかけずに立ち上がるにとどめた。

 

「では、荷物持ちはお任せください」

「あら、頼もしい」

 

 控えていたアイルがそう言って恭しくお辞儀をすると、マリアは可笑しそうにクスクスと笑う。

 

「そういえば、エドモンドは執事服なんだな」

「最終日は皆様に最大限楽しんで貰おうと、サポートに徹しようと思いまして」

「ふっ、その心意気やよし!それでこそ三千院家の執事(臨時)!」

 

 と言うわけで、一同はアテネ市街の買い物ツアーに繰り出すことに。

 

「ま、後半はもっと凄いけどな」

「え?」

 

 美希の呟きもそこそこに、いざお買い物へ──

 

 

 石畳の広がるアテネの大通りは、朝から観光客と地元客で賑わっていた。白壁に映えるカラフルな看板、並んだショップのショーウィンドウには宝飾や服飾品がぎっしり並んでいる。

 

「買い物ならこの前も楽しんだじゃない。いくら海外だからって、何回も買い物ばかりする?」

 

 ヒナギクが腕を組み、不思議そうに眉を寄せる。

 

「はぁ……分かってないなヒナは」

「ほんと、どこまでもお子様なんだから」

 

 やれやれ、全くどこまでも小学生男子の思考なんだから。

 とため息をつく美希たちに思わずむっとする生徒会長。

 

「海外には日本にないデザインが盛りだくさん!一期一会の出会いも盛り上がり!」

「ブランドも、ここでしか買えない物だって山ほどあるんだよ!」

 

 三人娘は勢いよく言葉を重ねる。

 

「でも、今時オンラインで買えば──」

「しゃーらっぷ!」

 

 三人娘が声を揃え、最後は理沙と美希が両手を広げて高らかに宣言する。

 

「なにより、無駄遣いは楽しいに決まってるのだー!」

 

 その勢いのまま、三人は片っ端から路面店に飛び込んでいった。

 

「ふふ、皆さん楽しそうですね」

 

 マリアは微笑ましそうに見守り、隣のアイルも優しく笑む。

 

「まぁそりゃ、金を湯水のように使うのは楽しいからなぁ」

 

 ナギはやれやれと肩を竦めつつ続く。

 ひとしきり買い物を続けていると、歩が何やら駆けてきた。

 

「買い物ってやっぱテンション上がるんじゃないかな!」

 

 言いながら、彼女はどこで見つけたのか、妙に奇抜な形のサングラスをかけてポーズを取っていた。

 

「ちょ、ちょっと歩。どこで買ったのよそのサングラス……」

 

 ヒナギクが思わず声を上げる。

 

「さっき寄ったお店にあってさ! カッコよすぎてつい買っちゃった! こんなデザイン日本にはないでしょ? それに日本じゃそもそもサングラスかける機会あんまりないし!」

 

 無邪気に胸を張る歩は、まるで子供のように弾んでいた。そんな様子にヒナギクは何とも言えない表情で頬を掻く。

 

「私の知り合いに、中国に行ったときテンション上がってチャイナドレスをフルオーダーした人がいたけど、日本に帰って一度も着る機会なくて後悔してたわよ」

「ノンノン!」

 

 歩は指を立てて、堂々と言い放った。

 

「確かに買い物で失敗も後悔もあるかもしれない。でも──後悔っていうのは、決して前にはできないのです!」

 

 周囲は一瞬しんと静まった。

 

(名言っぽいけど、普通のことしか言ってない……!)

 

 ヒナギクもナギも、三人娘も同時に微妙な表情になる。

 だがその言葉は、ハヤテの胸に真っ直ぐ響いていた。

 

 ──後悔は、前にはできない。

 それは当たり前の言葉だった。けれど、胸の奥に突き刺さったその響きは、どうしようもなく彼の心を揺らしていた。

 

 天王州アテネ。

 あの人を救えるかもしれない最後の機会。

 そして、それを決断するのは自分。

 

 手の中の石の重みが、今になって一層はっきりと感じられる。小さな石でありながら、背負っているのは世界と彼女の運命そのものだ。

 

 周囲は笑い声と店先の呼び込みで溢れていた。だがハヤテには、その喧噪が遠く霞んで聞こえる。ふと顔を上げると、控えて立っていたアイルの姿が目に入った。人混みにも揺るがぬ背筋のまま、落ち着いた眼差しで一行を見守っている。

 

 ──この人には、話を通さなければならない。

 胸の奥に押し込めてきた迷いも、決意も、真正面から打ち明けるべき相手。

 

 ハヤテはそっとアイルに歩み寄り、声を低く落とす。

「……アイルさん」

 

 呼ばれた青年が振り返り、静かに目を細めた。その一瞬の間に、ハヤテの表情を見ただけで察しているような気配があった。

 

「少し、二人だけでお話しできませんか」

 

 言葉は掠れるように弱かったが、瞳には迷いを振り切ろうとする強さがあった。

 アイルは柔らかく、しかし真剣な声で応じる。

 

「ええ、もちろん」

 

 その返事に安堵しながら、ハヤテは一歩を踏み出す。

 笑い声の絶えない仲間たちの輪から離れ、二人は静かな裏路地へと消えていった。

 

 

 日中にも関わらず、影が落ちた静かな路地は少しだけ肌寒いような心持ちがした。それは緊張のためか、それとも──ふと前を歩くアイルは立ち止まり、振り返る。

 

 彼は静かに吐息をこぼし、視線を空へと投げた。その横顔はどこか影を帯び、月光が浮かび上がらせる輪郭すら、重苦しい沈黙の中では冷たく見えた。

 

「まずは、謝罪を」

 

 低く落ち着いた声が、暗がりの空気を震わせる。

 

「私はアテネお嬢様の執事でありながら、そのことを貴方に伏せ続けていました。何より、ここまで彼女を追い詰める事態を、止めることも出来なかった……これでは、執事失格だ」

 

 それは、淡々とした口調で──しかし、その目は真っ直ぐにハヤテに向けられていた。

 

「……」

 

 ハヤテは、すぐには言葉を返せなかった。唇を開きかけては閉じ、胸の奥に渦巻くものを吐き出すのを躊躇う。しかし、それでも絞り出すように口を開いた。

 

「違います。全部……僕のせいなんです」

 

 その言葉は震え、しかし断ち切れぬ後悔を確かな形にする。

 

「十年前、僕が裏切ったせいで、アーたんは、あんな風に……」

 

 声は掠れ、次第に言葉が途切れていく。

視線は足元に落ち、拳は膝の上で白く握りしめられていた。

 

 けれど。

 

 互いに自分を責め続けながらも、二人とも理解していた。今は罪を量る時ではない。誰が悪かったのか、どこで歯車が狂ったのか。そんな答えを探したところで、彼女が救われるわけではない。

 

 沈黙の中に、同じ想いが流れていた。“いま必要なのは、後悔の分け合いではなく──ただ救うための手を伸ばすこと”

 

 やがて、ハヤテは静かに目を伏せ、そして再びアイルを見据える。

その眼差しには、さきほどまでの悔恨の色はなく、ただ冷たく透き通った決意だけが宿っていた。

 

「……実は」

 

 低く搾り出す声に、アイルが静かに目を向ける。

 

「伊澄さんから、二つの方法があると聞きました。石を渡すか、壊すか。それしかないって」

 

 言いながら胸が痛んだ。思い出のすべてが詰まった石。アテネと過ごした日々の象徴でもある。だが、それをどう扱うかによってアテネの運命が決まる。いや、それだけではない。世界の行方すら左右される。

 

「渡せば……アーたんは助かるかもしれない。でもその代わりに、あの英霊は完全な力を取り戻す。僕たちにソレを止めることが出来るか──いや、人に止める事は不可能と、伊澄さんは言った。でも──」

 

 アイルは軽く首を振る。

 

「壊せば、英霊を退けられるかもしれない。でも、暴走してお嬢様ごと巻き込む可能性だってある」

「……知っていたんですか?」

「ええ、とある有識者から」

 

 路地の奥、冷たい石畳の上に立つ二人。アイルは一歩前に出て、正面からハヤテを見据えた。

 

「綾崎くん」

 

 その声は穏やかでありながら。

 その視線は優しげでありながら。

 

「どちらを選ぶのか。決められるのは、貴方だけです」

 

 その言葉は、残酷だ。

 

 ハヤテは拳を握り、視線を落とした。心臓を掴まれるような苦しさに息が詰まる。だが、視線を落とすだけで終わらせるわけにはいかない。

 石畳の上に立つ二人。路地の冷たさよりも、胸を締め付ける葛藤の方が苦しかった。ハヤテは声を押し出すように、アイルへ問いかけた。

 

「……もし、石を渡して、アーたんが世界の敵になってしまったら、どうしますか」

 

 その言葉は恐怖の告白でもあり、自分自身に突きつける刃でもあった。

アイルは目を細め、一瞬だけ考える素振りを見せたが、答えは驚くほど即答だった。

 

「その時は――私も世界の敵になるだけです」

 

 静かで、迷いのない声。ハヤテの瞳が大きく揺れる。思わず息を呑んだ。

 

「私は執事ですから。最終的に、お嬢様が歩むと決めた道を共に歩む。それがたとえ全人類を敵に回すことになっても、変わりません」

 

 アイルの口調は淡々としていたが、冷たさはなく、揺るぎない覚悟があった。

 

「ですから、その時は……私ごと消し去ってください」

 

 ハヤテの胸に突き刺さる。そんな選択は許されない。アーたんを世界の敵にするなんて。だけど、もし本当にそうなってしまったら――。

 そんな彼の迷いを汲んでか「ですが」とアイルは付け加える。

 

「渡すにせよ、壊すにせよ。どちらを選んでも、貴方が選ぶなら正しい。私はそう思います」

「……え?」

「未来を決めるのは確率でも、他人の声でもない。──自分がどう在りたいか。それに従った選択は、必ず正しい」

 

 そして、それはきっと。

 

「お嬢様も、そう思ってくれているはずです」

 

 静かで力強い響きに、ハヤテは息を呑んだ。逃げられない責任。しかし、背負うべきだと背中を押されている。

 ハヤテは、しばし黙って胸に手を当てる。

 

 小さな石の温もりを確かめながら、目を閉じ──そして静かに開いたときには、迷いを振り切った光が宿っていた。

 

「……分かりました」

 

 アイルは無言で見つめ、やがて微かに口元を緩めた。その眼差しに宿る信頼と覚悟に、ハヤテは深く頭を下げる。

 

「ありがとうございます、アイルさん」

 

 互いにもう言葉は要らなかった。薄暗い路地裏の冷たい空気の中、二人の間に確かな絆と、迫りくる決戦への決意が刻まれていた。

 

 路地から姿を現したハヤテとアイル。賑やかな買い物の輪に戻ると、真っ先に声をかけてきたのはナギだった。

 

「おいエドモンドー!ハムスターたちが爆買いして荷物持ちが足らんみたいだぞー」

 

 呆れ半分、諦め半分の声色。アイルは小さく苦笑すると、すっと前に出て皆の荷物を受け取っていく。

「いやー、これぞ最終日の醍醐味でしょ!」と三人娘は口々に笑い、紙袋をアイルの腕に積み上げる。

 

 その様子を見ながら、ヒナギクはふと二人──アイルとハヤテの顔をちらりと盗み見た。なにかがあったと、直感的に察していた。けれど踏み込むべきではない。

 

「ちょっと、買いすぎよアナタたち!」

 

 たしなめる口調ではあるものの、笑みを含んだ声音に三人娘も「へーい」と軽口を返す。

 

 マリアは相変わらず微笑を浮かべたまま、控えめに皆を見守っていた。

穏やかな空気の中、ハヤテは少し後ろで足を止め、胸元のポケットに忍ばせた石をぎゅっと握りしめる。その指先に込められた力だけが、彼の心の中に渦巻く決意を物語っていた。

 

 何度目か、ナギはふと、そんな彼の横顔に目をやった。何かを抱えているのだと分かっていても、問いただすことはしない。ただ一瞬、じっと見据え、やがていつも通りの調子で肩を竦める。

 

「──ったく、最終日にしてやることが多すぎるぞ」

 

 そう言って先頭を歩き出すナギ。

一行は再び賑やかな笑いに包まれながら、石畳の大通りを進んでいった。





少し書き溜めたので、また連投していきます。

物語の終わり方について

  • エンディングは一つのみが好ましい
  • 各ヒロインのルート分岐などがあっても良い
  • どうでもいい
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