書き溜めてなかったのですが、この話だけ思いの外スムーズに進んだので投稿します。次回は月末から12月にかけて連投していけるかなと。もう少しだけお付き合いいただけると嬉しいです。
窓から差し込む午後の光が白いシーツを照らし、静かな機械音が響く病室。
ヒナギクはベッドの端に腰掛けていた。外傷の痛みはもうなく、いつもの落ち着きを取り戻している。
「しかし、お前たちもツイてないな。建物の崩落に巻き込まれるなんて」
ナギが腕を組みながら言うと、マリアが苦笑した。
「いきなり皆さんプールからいなくなったと思ったら、今度は病院から連絡でしたから……本当に驚きましたわ」
あの夜。英霊の暴走に取り込まれたアテネを救うべく、ヒナギクたちは決死の覚悟で屋敷に足を踏み入れた。降り注ぐ剣の雨、唸りを上げる巨腕、咆哮する英霊──ならぬ悪魔。
ギリシャの静かな夜に、そんな壮大な戦いが繰り広げられていた──なんてバカ正直に話せるわけもなく。
『たまたまハヤテ様やアイル様、生徒会長さんたちと、深夜の廃墟巡りをしておりました所、朽ちた外壁の一部が崩れてきてしまい。私たちを庇って、お二人が大怪我をしてしまったのです』
という、誰がどう考えても無理がある捏造ストーリーを伊澄が自信満々に展開。しかしそれは特段誰からのツッコミも受けず、あっさりと受け入れられてしまい、今に至るのである。
「海外とはいえ、少し羽目を外しすぎましたねぇ」
伊澄が反省しているのかしていないのか分からない声で呟く。果たして羽目を外すとかいうレベルでまとめていいのかはさておき。
「ていうか、咲夜と伊澄まで来ていたなんてな。ワタルたちとラスベガスにいるって話だったが?」
「ええ、いたわ。けどラスベガスのホテルに帰ろうと思っていた矢先に、いつの間にかギリシャに来てしまっていたの」
何故か伊澄が自慢げに目を光らせる。相変わらず規格外の迷子っぷりである。周囲はもう慣れたのか、ツッコミすらしない有様だが。
「ま、それはそーとして。生徒会長さんもすっかり元気みたいやね」
「ええ、ありがとう。お陰様で」
怪我と言っても打撲やかすり傷程度のもの。本来は入院なんて大袈裟なものすら不要だと何度も断ったヒナギクだったが、セレネの「こんな美少女に僅かにでも傷が残ったら私は祖国を代表して死んでお詫びをしなければならないよ」という顔から火が出そうな口説き文句で、白旗を上げざるを得なかったのである。
「ナギもありがとね。延期の手続きとか、帰国の手配まで一緒にしてもらって」
「別に構わんさ。ひとり二人増えたところで何も変わらん。何より、ハヤテを助けてもらったみたいだからな。恩人をただで帰すのは三千院家の礼儀に反する」
「大袈裟よ……それに、助けてもらったのは私の方だから」
ナギは敢えて追及せずに軽く頷くに留めておいた。この旅行で起こったことは、従者たちを信じて関与するつもりはない。彼女の主人としての覚悟である。
「で、まぁヒナギクはいいが……何故お前まで私たちと一緒なのだ、ハムスター」
煩わしそうに向けられた視線の先には、歩の姿。本来ならとっくに帰国してるはずの彼女が何故ここにいるのかといえば。
「んなぁ!? 皆一緒なんて羨ましいじゃん!私も皆と一緒に帰りたい!」
「駄々っ子かお前は!旅行会社に従って帰れよ!」
「良いじゃん!一人も二人も変わらないんでしょ!?」
「厚かましいにもほどがあるぞ!」
単に皆と一緒に帰りたかっただけだった。
「大体お前!学校とか大丈夫なのか?親御さんかなり怒ってたらしいではないか」
「うぐっ!」
苦虫を噛み潰したように言葉に詰まる。それもそのはず、帰国延期が決まった際に、後先考えずに歩も延期を決めてしまったわけだ。マリアが事情説明をと、ご両親に連絡した際、「ほんっとうにうちの娘がご迷惑をおかけして申し訳ございません!」と向こうは平謝りだったが、最後に「バカ娘はあとできつーくシメておきますので!」と締めの言葉を残していったそうな。
当然である。学校をサボるわけなのだから。
「ふ、ふふ……何かを得るためには、何かを犠牲にしないとならないのよ」
「お小遣いも当分禁止、とか仰ってましたわねぇ」
「はうぁッ‼︎」
トドメとばかりのマリアの言葉に、西沢歩、沈す。入院が必要なのは彼女かもしれない。
「けど、ハヤテくんは大丈夫かしら。一番ケガしてたみたいなのに、もう外に出て」
ヒナギクは空いたベッドを見る。
「ハヤテは宇宙一頑丈な男だからな。もう何事もなかったかのように動き回ってるぞ」
「人間なのかしら、彼……」
「まぁこれまでもっとシャレにならない大怪我をしてきましたからねぇ」
呆れた視線があちこちから飛ぶ。前世はガンダムと信じている三千院家の面々はさして驚きもしないが。
「けど、ええんか? ハヤテ兄、さっき外に出てってまったけど……」
「この旅行中はバカンスだと言ったからな。自由時間の使い方は本人次第だ」
ナギは窓の外を眺めながら、静かに続けた。
「楽しんで帰るために……思い残しは、出来るだけない方がいい」
病院を出て、二人で歩き出したアテネの市街地は──同じ道なのに、昨日までとはまるで違う景色に見えた。
観光で皆と歩いた喧騒の街。
人波、石畳、露店の匂い、風の温度。
そのどれもが、アテネという少女が隣にいるだけで柔らかく色づく。
アテネは陽を受けて揺れる髪を指で払いつつ、ふっと微笑んだ。
それは“女神”でも“理事長”でもない、ただ年相応の少女の表情で。
「本当に、無事でよかったわ」
横顔だけで胸が温かくなるほど優しい声音だった。
「僕も。君を救えてよかったよ、アーたん」
心の底から出た言葉だった。
それにアテネは照れたように、ほんの少しだけ歩幅を狭める。
しばらく二人で石畳を歩きながら、露店の香りや賑わいを眺めていた。
アテネはふと立ち止まり、通り沿いのブティックを指さす。
「どこを見て回ろうか?」
「そうね……せっかくだし、まずはあのお店、見てみない?」
ガラス越しには色とりどりのワンピースやアクセサリーが並び、観光客が入っていくところだった。
「服屋……?」
ハヤテが首を傾げると、アテネは軽く笑った。
「ええ。ハヤテの服でも見てみる?」
「僕の服?」
唐突な方向転換に、ハヤテは反射的に声を上げた。
だがアテネは意に介さず、彼の袖をそっとつまんで店へと促す。
「似合いそうなもの、選んであげるわ。ほら、入るわよ」
「ちょ、ちょっと待ってアーたん、僕に似合う服なんて──」
ハヤテの抗議などどこ吹く風で、アテネはすでに店内のラックを物色していた。そして引っ張り出したのは、藍色のワンピース。
「これなんて良いと思うわよ。落ち着いた色だし、ほら、この辺りのラインが」
「アーたん……それ女性ものなんだけど……」
「あら? 似合うわよ。絶対」
「似合わないよ!!」
全力で否定すると、アテネは肩を震わせて笑い出した。
「ふふ……冗談よ。そんなに本気で否定するなんて思わなかったわ」
「心臓に悪い冗談だからね!?」
そのまま店を移りながら、今度はアテネがハヤテを見る。
「じゃあ次は、私の番ね。ハヤテ、私にはどんな服が似合うと思う?」
「アーたんなら、どんな服でも似合うよ!」
数秒の静寂。
「……ハヤテ」
「はい」
「デートでそれ言ったら、減点どころか失格よ。それ、面倒がってるだけに聞こえるわ」
「ええ!? 本心だよ!?」
「だとしても、ちゃんと選びなさい。相手の事を考えていた素ぶりを見せなきゃダメよ」
「……なんかお母さんみたいだ」
「何か言いまして?」
「イイエナンデモ」
アテネが小さく息を吐く。別に怒ってはいない。呆れつつも嬉しそうな、妙に甘えた色の混じる仕草だった。
服屋の奥へと足を踏み入れ、ハヤテはしばし真剣にラックを見つめる。
そして一着、白いワンピースを手にとった。
「これとか、アーたんに似合うと思う」
「白?」
シンプルだけど上品なデザイン。胸元から裾にかけて柔らかく揺れるシルエットは、彼女の雰囲気にぴったりだと思った
「うん。アーたんって黒も似合うけど……今のアーたんには、こっちの方が」
言いながら、ついアテネの胸元に視線が落ちる。
「……どこ見てるの?」
「ごめんなさい何も見てません!!」
「ふふ……まったく、ハヤテったら」
ジト目を向けた後、アテネはそのままワンピースを胸元に当てる。指先がわずかに震えるのを自分でも持て余すように、一度そっと布を撫でた。
胸の奥に、言葉にならないざわつきが小さく沈む。そっと、ハヤテの横顔を盗み見る。ほんの一秒。でもその一秒が、やけに長く感じられて――
「……合格」
「合格?」
「ちゃんと“考えて選んだ”って感じがするわ。さっきの減点発言は帳消しにしてあげる」
悪戯っぽく微笑んで、試着室に向かう彼女の後ろ姿を見送る。どこか胸がくすぐったい。
しばらくして、カーテンがそっと開いた。
「……どうかしら?」
白いワンピースに身を包んだアテネは、夕方前の光を受けてほのかに輝いて見えた。
ハヤテは思わず息を呑む。
「……すごく、似合ってる」
「ありがと。これはお世辞じゃなさそうね」
「違うよ……本心だよ」
心からの本心だ。
アテネは満足そうに微笑んで、くるりと一回転してみせた。
そのあと二人はアクセサリー店を覗き、試しにつけてみては笑い合い、結局何も買わずに店を出た。
ただウィンドウショッピングをして歩いただけなのに──それだけで胸が満たされていく。
カフェテラスでひと休みしたとき、アテネはストローをくわえながら言った。
「こういう時間、久しぶりね」
「うん。僕も、こんなの……ずっとなかった気がするよ」
「そう。……なら、よかった」
アテネはカップを置き、空を仰ぐ。
その横顔に落ちた影が、少しだけ切なげだった。
そして陽が傾きはじめたころ。
「……ひとつ、寄りたい場所があるの」
アテネが静かに告げた。石畳を歩く彼女の足取りは、さっきよりほんのわずかだけゆっくりで──それは、夕暮れの光を惜しむようにも見えた。
そうして向かった先は、かつて英霊の咆哮が響いた彼女の屋敷。
天井が吹き飛んでしまったコンサートホールには直接夕暮れの光が差し込み、折れた柱と砕けた大理石が影を落としていた。
かつて豪奢だったコンサートホールは、今では無残に崩れ、静かに風だけが吹き抜けている。
アテネは瓦礫をしばらく見つめ、ふぅと息を吐いた。
「それにしても……ずいぶん派手に壊してしまいましたわねぇ」
感慨深いような、少し呆れたような声音。
「いやぁ、その、ごめん……」
ハヤテは頭を掻きながら、どこにも視線を置けずに右往左往する。
「助けるのに必死だったっていうか……なんというか……」
アテネはハヤテのほうへ向き、ほんの少しだけ唇を緩めた。
「それにしても、助け方ってものがあるのではなくて?あなた……この家がいくらしたか分かってますの?」
「うぅ……すみません」
シュンとしてしまったハヤテにくすりと口元を緩める。少しいじめすぎてしまったか。
「冗談よ。ハヤテが頑張ってくれた事くらい、ちゃんと分かってますから」
「アーたん……」
「それに、このくらいならアイルに任せておけば大丈夫よ。すぐに直してくれるでしょう」
無茶振りにも程がある。執事って大変な仕事だなぁと他人事のようにしみじみするハヤテであった。
アテネは崩れた柱の近くにある階段にそっと腰掛ける。ハヤテも並ぶように腰を下ろした。瓦礫の向こうには暮れゆく空が広がり、どこか寂しさと安らぎが同居していた。
アテネは静かに目を細める。
「……改めて、本当にありがとう。助けてくれて」
穏やかで、優しい声色。英霊の面影もなく、天王州アテネそのものの声。ハヤテは少し照れたように頬を掻く。
「約束したから、アーたんを助けるって」
その答えに、彼女は微笑んで頷く。そして、そのまま彼の肩にもたれかかった。瞬間、彼女の肩がかすかに揺れた──寒さのせいにするには小さすぎる震え。
「あ、アーたん」
「あら、こうした方が暖かいでしょ?」
「そうだけど……」
近すぎて、色々と反応に困るというか
悪戯っぽく笑むアテネに、ハヤテの心音は早まる。
そうして暫く2人は身を寄せ合って黄昏を眺めていたが、やがてハヤテはそっと横に目を向ける。
「アーたん……その、まだ病み上がりというか、気持ちの整理が付いてないかもしれないんだけど」
「?」
「……聞いてもいいかな?その、この10年間のこととか」
アテネはすっと目を細めて、一瞬何かを逡巡するように視線を彷徨わせたが、おもむろに首肯した。
「そうね。私も聞きたかった事があったのだけど……先にこちらから話すべきよね」
彼女の聞きたいことが何なのか。聞き返しそうになったハヤテだが、せっかく先に教えてくれるというのだから、黙って耳を傾けることにする。
「私が石を求めていた理由でもあるのだけど」
アテネは肩に掛けていたストールの端を少し強く握りしめる。
「あなたが居なくなった10年前……何故私が〝あの城〟から出られたのか。順を追って、説明しましょうか」
沈みゆく夕陽が彩るアテネの市街は、まるで絵画のように美しい。
病院の屋上に足を運んでいたアイルは、ぼんやりと眼下に広がる街並みを眺めていた。
この景色が地獄へと変わっていたかもしれないと考えると、無事だったものの大きさと責任の大きさに身がすくみそうになる。本当に危ない橋を渡っていたのだと、改めて痛感する。
「私が主治医だったら、あと1週間はベッドに縛り付けておくがね」
ふと、後ろからかかったのは男の声。顔だけ振り向くと、フードに仮面を付けた男がこちらに向かって歩いてきていた。
「……姫神さん」
音もなく現れた来客にも、彼はさして驚くことはなかった。
青いパジャマ姿のまま、両脇に挟んだ松葉杖をゆっくりと動かしながら振り返る。
「……まだ完治には程遠いだろう、休める時に休んでおかないと持たないよ」
「そうも言っていられませんよ。後片付けが山ほど残っていますから」
そう言って、アイルは少し困ったように微笑んだ。屋敷は半壊。主人は英霊に呑み込まれかけ、従者はもれなくダウン。関係各所への根回しや説明も未着手。
考えただけでもうんざりする。出来れば現実逃避して病院のベッドに潜り込んでいたい。
「……」
姫神はじっとアイルの顔を見つめる。といっても、仮面の下の表情は全く読み取れないが。
「安心してください、姫神さん。貴方にとって──いえ、セレネ様にとって前向きな回答は出来ると思います。少しだけ時間をいただければ」
「いや、その必要はない」
「え?」
姫神は彼と並ぶように、屋上の柵に身体を預ける。そして広がる街並みに目をやった。
「正確にいえば、たった今、その必要はなくなった」
「……どういう、事ですか?」
途端に怪訝な表情になるアイル。
「もういい。〝そういう〟演技はよしてくれ」
「……姫神さん?」
一体何を言っているのか。全く要領を得ないという執事だったが、姫神は顔を街に向けたまま続ける。
「別にカマをかけている訳じゃない。ただ、お互いこれ以上無駄な攻防に時間をかけるのも勿体無いと言いたいだけだよ」
「……えっと?」
「分かっている」
この仮面の男は、本当にどうかしてしまったのか?困惑の表情のままだった執事は途方に暮れたように眉を寄せるが、仮面は全く意に介さず一方的に続ける。
「戻っているんだろう……君の記憶は」
きょとんとしていたアイルだったが、そのまま視線を空へと投げる。じんわりと滲んだ茜色は温かく、そして懐かしい。
やがて何かを諦めたのか、彼は深くため息を一つ。松葉杖を横にしながら、ベンチに腰を下ろした。
「……病人は労わってくれないか、姫神」
仮面の奥で、フッと笑みが溢れたような気がした。
物語の終わり方について
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エンディングは一つのみが好ましい
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各ヒロインのルート分岐などがあっても良い
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どうでもいい