浅倉透は比企谷八幡を黒猫と思い込んでいる   作:YSHS

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「サキサキは年齢詐称して酒の出るバーで深夜バイトしてたのがスキャンダルになるんじゃないの?」(意訳)

 っていうご指摘のコメントを頂きました。私としては別にその設定についてノータッチで進めて、後でスキャンダルイベントに使えそうだったら使おうでもいいかなーくらいに考えましたが、そのスキャンダルが問題なしになる理由付けを考えていたら書いてみたくなったので、早速書いてみます。


新人アイドル・サキサキは懸念する

 川崎沙希とは、比企谷八幡がスカウトしたアイドルの内の一人である。

 

 顔が良いからスカウトした、というのもあるが、元々彼女は比企谷がスカウトする候補には入っていなかった。

 

 それがどういう経緯でスカウトすることになったのかと言うと、それは彼が学校で所属している『奉仕部』――誰かの悩み事や困り事を解決する手伝いをする活動をしている――という部活に舞い込んできた、とある一件に端を発する。

 

 依頼人は、比企谷の妹の比企谷小町の同級生の川崎大志という男子中学生であった。

 

「可愛い妹に寄りつく害虫め……」

 

 とは比企谷の談。

 

「ズッ友だよ!」

 

 とは小町の談。

 

 川崎大志が持ち込んだ依頼というのが、彼の姉である川崎沙希が近頃朝帰りが増え、しかも先日彼女の携帯に如何わしそうな名前の所から電話がかかって来ていたのを見て、姉が不良化しているかもしれないのでので調査・解決してほしいというものであった。

 

 ささやかな、しかし尊い犠牲(奉仕部顧問・平塚静のメンタル)を出しながらも、比企谷ら奉仕部はとうとう川崎沙希のバイト先を特定した。

 

 別に如何わしい店というわけでもない、ただの深夜のバーであった。別段業務内容自体に怪しいところはない。問題なのは、彼女が年齢を偽って、深夜のバイトをしていることであった。

 

 勿論辞めさせる。倫理的な問題もあるし、本人の健康にも良くない。

 

「勝手に心配だの悪い事だの、そんな、幼稚園児に説教するみたいに言ってくれてさ。で、説教の後は? どうせ何も代案とか無いんでしょ?」

 

 当然、川崎沙希は憤慨する。無理からぬ話だ。

 

 彼女の家は、四人きょうだいの六人家族。下二人の妹弟は幼児に、一つ下の弟の大志は食べ盛りのティーン。川崎家の家計が如何ばかりかは分からないが、経済の負担は馬鹿にならないはずだ。その上、彼女は来年受験生。将来彼女が就職して川崎家を支えるには、良い大学に入らねばならないし、そのためには予備校に通う必要もある。しかしその予備校費で家計を圧迫しては本末転倒。

 

 だから川崎沙希はこうしてルールを破って働いているのである。

 

「分かったなら早く帰って。それとも何、他に合法で稼げる仕事でも紹介してくれるわけ?」

 

「アイドルの仕事なら」

 

「は?……」

 

 その時の川崎沙希の顔たるや。怪訝に、困惑に、あと、もしかしたら聞き間違いかもという疑念が綯交ぜになった表情で、呆然と比企谷を見つめ返していた。

 

 改めて比企谷は、川崎沙希をアイドルにスカウトする旨を伝えた。当然だが、彼女は首を縦には降らなかった。やりたくないとかではなく、向いていないといった理由もそうだが、そもそも予備校に通う時間も無いし、それでは何のために金を稼ぐのかとなる。

 

「うちの事務所には勉強が得意な奴も居る。教えるのが上手いのもな。川崎と学力が同じレベルの奴もいるだろうし、勉強するには良い環境だ。それに、就職するなら学歴も大事だが、それ以上に重要なのは能力や実績、知恵やコネだ。芸能界で働いときゃ、それらを養えるだけじゃなく、就職先の幅も広がるってもんだろ。ほらな、最終的にはお前の望み通りだ」

 

 と力説した後も、川崎沙希は何かと理由を付けて断ろうとしたが、それらも比企谷が強引に切って、仕舞いには彼女にノーとは言わせないまま、

 

「つっても、悪徳か真っ当かも判らない芸能事務所に来いっつっても無理あるだろうが……、その辺は平塚先生に訊いてもらって確かめりゃいいし、それと、行くなら雪ノ下や由比ヶ浜に連れてってもらえ」

 

「雪ノ下と由比ヶ浜って、あの二人?」

 

「あいつらも所属してっからな。その辺の話は、みちみち訊け。じゃ、良い返事待ってるぞ」

 

 カウンタに283プロダクションの名刺を置いて去っていった。

 

 これが奏功して、後日川崎沙希は283プロダクションを訪ね、アイドルとなった。

 

「ねえ、あんた、ちょっといい?」

 

「何だ」

 

 そうしてしばらくしたある日、283事務所にて沙希は、何やら気が重そうな面持ちで比企谷に声を掛けてきた。

 

「あの……例のバイトの件なんだけど……」

 

「ここじゃアレだ、場所を変えるぞ」

 

 静かに言って、他のアイドルの目を憚るように比企谷はデスクを立った。そこから二人は、事務所の屋上へ行った。恰も良く誰も居なかったので、聞かれたくない話をするには好都合だった。

 

「あんたが言うには、前のバイト先とは話を付けてくれるってことだけど……、どうだったの?」

 

 彼女の気になっていることは、あの、年齢を偽って深夜にバイトしていたことについてである。あれは言うなれば、犯罪と言うには大げさだが、倫理的に問題がある。これからアイドルをしていく上で、そのような経歴は傷となるかもしれない。彼女の今後の躍進次第では、スキャンダルの種になり得る情報だ。

 

 で、それを比企谷がどうにかする、とのことなのだが。

 

「別に話付けるって程でもねえけどな。お前のバイト先にも、年齢偽って働いてたの言って、そんでそれを内緒にしてもらえないかって言っといた。お前の履歴書だって後で破棄される。向こうだって、騙されたとは言え、未成年を深夜に働かせてたの殊更に表に出したくねえだろ」

 

「お客とかは? 顔見られてると思うんだけど」

 

「誰も憶えちゃいない。お前の写真を持ってあそこの客に聞き込んだとしても、あそこでお前が働いていたの目撃されたって確かな証言は得られない。人間の記憶力ってのは案外いい加減だからな。目の前の奴が、一瞬姿が見えなくなって再び現れた時、肌の色が変わっていようが性別が変わっていようが、気付かねえもんなんだ。仮にすっぱ抜かれたとしても、知らぬ存ぜぬで通せば何も問題はない。ただのゴシップ、そっくりさんだってな」

 

「……問題は、無いんだよね?」

 

「何度も言ってんだろ。たとえそれが起こったとしても、最早それは捏造や謀略の類だ。公明正大な人間でさえ、運が悪けりゃそうなる。人間誰しも、その種になるモノを持ってたりするもんだ。何なら、元風俗嬢の芸能人だって、未だ炎上していないのも居る」

 

「分かったよ。ひとまずこの件は、忘れることにする。はぁ……、普通なら気にせず日常に戻れる程度のことなのに、ここまで引きずるなんてさ」

 

 額に手を当てて沙希は嘆息した。

 

「アイドルってのは、大変なもんだろ」

 

「引っ張り込んだ張本人がよく言うわね」

 

 ジロリと沙希に睨まれて、比企谷は目を逸らす。

 

「大体、あんたがあたしをアイドルにスカウトしたのが理解出来ないんだけど。そりゃあ、経験上、ブスじゃないんだろうけど……、でもアイドルやるような華があるって気がしない……。本当にあんた、どこみてスカウトしたの。私にバイト辞めさせるためだけにしたっていうなら――」

 

「分かんねえだろうよ」

 

 比企谷が被せた。

 

「お前のどこに魅力を感じたのかなんて、いくら言ったところで。結果くらいなもんだ、お前が本当にアイドルやって良かったかどうかが分かるようになるのは」

 

 励ます言葉にしては、随分と投げやりで、これに沙希はむっと顔をしかめた。

 

「あっそ。じゃ、その結果とやらが出るまで、黙ってあんたについて行くことにするよ。……でも、枕営業とかは……勘弁してよね」

 

 途中まではむくれた調子で話していたのに、俄かに弱気な調子で、沙希は言った。

 

「させねえよ。元々俺が健全な仕事とか唆して引っ張り込んだんだから、責任は持ってるつもりだ。もしそんな事がありそうなら……そん時は……」

 

 そこまで言って比企谷は、おもむろに沙希に背を向けて扉に足を向けると、

 

「そん時は、ちゃんと守ってやる」

 

 と残して、さっさと行ってしまった。

 

「は……、ちょ……、ま……。え……」

 

 一瞬理解が遅れから、慌てて引き止めようとした沙希であったが、彼女が声を発するより前に屋上の扉はパタリと虚しい音を立てて閉まった。

 

 後には、鳩が豆鉄砲を喰ったような顔の沙希だけが取り残された。

 

 で、当の比企谷は、先ほどの言葉なんて無かったのように、さあらぬ体で事務所に戻ると、自分のデスクの席に座って作業を始めた。

 

 そんな折、

 

「あー、ハチ、戻ったんだ。ちょうどよかった。プロデューサが、持っていくって言ってた書類忘れたままアンティーカ送りに行っちゃったんだけど」

 

 と、プロデューサの物と思しき書類封筒を上に掲げて透が声を掛けてきた。

 

「ああ、なら今入れ違いになったんだな。それならもっと早く言えよ、もう車出てんじゃねえの。今から行ったところで追いつけねえだろ、そこの窓から飛び降りでもしねえ限りはな」

 

「ここ二階だし、ハチなら楽勝じゃん?」

 

「マジで俺のこと何だと思ってんだ」

 

「黒猫」

 

 冗談めいたやり取りに見えるだろうが、当の透は本気で言っていたりする。

 

「と、透ちゃん……、黒猫先輩も、もし……もし人間なら、二階から飛び降りるなんて危ないと思うな」

 

 と、比企谷をチラチラと見ながら福丸小糸が、おっかなびっくり苦言を呈した。比企谷としては、有難い反面、はっきりと人間だと否定してくれなかったのが解せなかったが。

 

 透がここに来た当初、彼女が比企谷を黒猫と言っていることについて、他のアイドルたちは皆一様に、ただのあだ名、比喩、戯れだと本気にしてはおらず、比企谷も、彼女らが真に受けるとはゆめゆめ思っていなかった。だから適当に否定していたのだが、いつの間にやら透に何を吹き込まれたのか、どの子もこの子も、比企谷が正真正銘の人間だということに疑念を抱きつつあった。

 

「別に後でもいいんだろ。そんな()いてすることでも……」

 

「でもプロデューサ、この封筒と間違ってハチの封筒持ってったよ」

 

「は?」

 

 透に言われて比企谷は、その自分の重要書類を置いておいた場所にと目をやった。透の言う通り、置いてあったはずのそれが消えていたのであった。

 

「あれ、この後すぐ出す大事なやつとか言ってなかった?」

 

「先に言えええええええ!!」

 

 飛ぶように透から封筒をひったくると、比企谷は窓に向かって駆けた。手前にあるテーブルを飛び越え、ソファを踏み台に開け広げた窓から外に飛び出した。

 

 ソファで談笑していたアイドルをはじめ、事務所内に居たアイドルは一斉に窓まで駆け寄って、外の下を見た。

 

 飛び降りた比企谷は地面を転がる要領で着地し、すぐさま立ち上がると前方の道路に突貫し飛び込んだ。その先には、ちょうど走っていた車――プロデューサの運転する283プロの社用車が来ており、比企谷はそのボンネットとフロントガラスに全身を貼り付けた。

 

 車からプロデューサと、これから彼に送られるはずだった『アンティーカ』のメンバーが降りてきた。付近で目撃していた通行人らの悲鳴も飛び交っている。

 

「ほわ……、黒猫さん、本当に飛び降りちゃった」

 

「すごっ! ハチってやっぱり猫なんだね!」

 

 事務所の窓から、櫻木真乃と八宮めぐる他、283プロ所属アイドルらが口々にそのようなことを言っていた。

 

 これらの一部始終を目にして、川崎沙希は一言。

 

「いや携帯使えばいいじゃん……」




 このエピソード、書いている自分は楽しかったです。コメントくれた方には感謝、感謝。
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