浅倉透は比企谷八幡を黒猫と思い込んでいる   作:YSHS

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 新作のキムタクゲーをプレイするにあたって前作のキムタクゲーを予習していたりしたらいつの間にか二ヶ月経ってて草。


狂える散輝

「さて――」

 

 三人の少女を前に、比企谷が口を切った。

 

 腰まで届く艶のある黒髪の少女は、雪ノ下雪乃。

 

 桃色がかった茶髪をサイドでお団子にしている少女が、由比ヶ浜結衣。

 

 最後に、肩まで伸ばした亜麻色の髪の毛の少女が、一色いろはである。

 

 この三人を前に、今日比企谷がやろうとしていることというのが、

 

「お前ら三人をユニットとして、まず差し当たってユニット名を付けようと思う」

 

「イエーイ!」

 

 いろはが、女の子らしい高く可愛らしい声で、胸の前で小さく拍手をした。如何にも作られた感じの、ややもするとわざとらしいとさえ感じる演技ぶった声である。にも拘らず、世の男はその声を真正面から受けると、疑うこともなくコロッと騙されるものである。

 

「イ、イエーイ!……」

 

 結衣はそれについていくように、同じように拍手をした。やや派手な見た目に反して、控えめで、恥じらいすら見える。その付き合いの良さは社交性を感じさせ、多くの人から好意的に見てもらえることであろう。

 

「どうしたんですかー、雪ノ下せんぱーい。ノリ悪いですよー。ほらご一緒に、イエーイ!」

 

 やけにハイテンションに絡んでくるいろはに、表情を変えないまま雪乃は嘆息し、

 

「打ち上げに来たわけではないのよ、一色さん」

 

 と言うと、

 

「うわ、雪ノ下先輩やる気だ。なんか意外」

 

 少しばかりいろはが意外そうな眼をして言った。

 

「名は体を表すという言葉通り、名前と言えども、ゆるがせには出来ないわ」

 

 背筋を伸ばして、凛然と言うその様は、美しさ以外にも品性と教養を感じさせる。如何にも育ちの良さそうなその居住まいは、誰が見ても、良い所出のお嬢様だと分かる。触れることはおろか近寄ることさえ叶わないその高嶺の花が、この地上に敷かれた舞台の上に立つのを拝みたくなる者は大勢いることだろう。

 

「で、まず一つ訊いていいか」

 

 唐突に比企谷が、デスクに肘を突きながら、

 

「何で俺がお前らのユニット名と活動方針決定しなきゃいけねえんだ」

 

 ぼやいた。

 

「何って、先輩、マネージャじゃないですか」

 

「バイトのな、それも高校生の。仮にもお前ら、地下じゃなくて地上波でお披露目する奴らを、素人どころかアイドルなんてほとんど知らない高校生男子に任せるって駄目だろ……」

 

「え、ヒッキー、そういうのよく知ってるんじゃないの?……」

 

 素っ頓狂な顔で結衣が言った。

 

「お前、オタクだからって全てのサブカルに詳しいわけじゃねえんだぞ。偏見だ。オタクに謝れ。お互いに相手を見下し合い、自分はマシなオタクだと思い込もうとしている、アニメオタクとアイドルオタクの両者に謝れ」

 

「いやオタク界隈の生々しい対立事情なんて聞きたくないんですけど……」

 

 引き気味にいろはが声を低くして言った。

 

「でもさ、どうしてうちらはヒッキーが担当するみたいになって、『ノクチル』の子たちはプロデューサが担当になったの? たしかあの子たちもヒッキーがスカウトしてたんじゃなかったっけ」

 

 と、視線を上に向けながら結衣が頬に指を当てて疑問を呈した。

 

 『noctchill(ノクチル)』というのは、浅倉透の他三人の幼馴染、樋口円香、市川雛菜、福丸小糸で結成された、283プロのアイドルユニットである。

 

「いや、一応あの四人は、俺のスカウトで入ったってことにはなってない」

 

「本当? でも透ちゃんはスカウトしてなかった?」

 

「あいつはプロデューサのスカウトを受けたんであって、俺はその後押しをしたってとこだ。んで、俺があの三人に声を掛けたのは、半分冗談みたいなもんだった。樋口さんは断ってたし、福丸は親の同意が必要とか言ってたな。市川は乗り気だったが、二人が断りを入れた流れで、その話を無かったことにしたってわけ。……面倒になりそうだったからな」

 

 で、後日、円香は、283プロが悪徳芸能事務所の類でないかの探りを入れに乗り込んだところ、プロデューサにスカウトされ、その後に雛菜と小糸が自分で応募して入ったのであった。

 

 あの四人は、比企谷らの学校ではちょっとした有名人で、その筆頭が透だ。彼女は、同じく比企谷のスカウトで入ることになった雪ノ下雪乃と合わせて、『我が校の二大美女』と呼ばれていた。告白だってよくされてもいるし、言うまでもなくスカウトなんて日常茶飯事。その二人が、しかも周辺の美少女らと揃って比企谷のスカウトでアイドルになったのは、今や校内で大きな話題となっている。

 

「あなたは悪い意味でますます有名になっているわね、黒猫君」

 

 悪戯っぽい笑みで雪乃が茶化す。

 

「言うな」

 

 比企谷は苦虫を潰した顔をしている。

 

「それで、比企谷君、果たしてあなたは私たちのユニット名を考えてきてくれたのかしら」

 

「一応な」

 

 と言って、しばし比企谷はきまり悪そうに黙すと、

 

「ルナティック・レイディエンス……ってのはどうだ」

 

 訥々と言った。小さい声であったが、さして騒々しくないこの場では、三人の耳に届くには充分であった。

 

「ルナティック・レイディエンス?」

 

 口々に三人がオウム返しに訊き返した。

 

「どういう意味なの?」

 

 結衣が小首を傾げた。

 

「ルナティックというのは、『狂気の』という意味よ。語源はラテン語で『月』を意味するルナから来ていて、昔のヨーロッパ人は月が人を狂わせると考えていたの。それでレイディエンスというのは、簡単に言えば『輝き』のことね」

 

「輝きって言っても、ライトとかシャインとかありますけど、レイディエンスにはどんな意味があるんですかね」

 

 いろはが疑問を挟んだ。

 

「レイディエンスというのは『放射輝度』とも訳されていて……、つまり……あらゆる方向に光が散るというニュアンスと言ったところね」

 

「ニュアンス?……」

 

 更に結衣が首を傾げた。

 

「……意味、ということよ」

 

「つまるところ、『狂ったように散らばる光』ってところなんですね」

 

 慌てたように、いろはが締めた。混乱しかかっている結衣を慮ってのことだ。

 

「そうだ。だが……なんか長いし、縮めることにするか」

 

 そう言って比企谷は、紙に何やら書いて、三人に見せた。

 

 そこに書かれていたのは、

 

「お前たちのユニット名は『ルナ=レイ」だ」

 

 語感は悪くはないが、三人は一様に怪訝な顔をした。

 

「この、イクォールはどういう意味があるのかしら」

 

「特に意味は無い。ただ、カッコイイから。なんつーか……北欧っぽいだろ?」

 

「どちらかと言うとケルトのように見えるのだけど」

 

「あのー……よく解んないんでその問答切り上げてもらっていいですか?」

 

 小さく手を上げて、いろはが呆れ顔で横槍を入れる。それから小さく――あと可愛らしい――咳払いをして、

 

「まず、先輩がどうしてその名前を思いついたのか、それとどういう意味があるのか教えてもらってもいいですか」

 

 尋ねられて比企谷は、んー、と少々逡巡してから、

 

「まあ……、まず……、スカウトしておいて何だが、お前ら三人って……なんか……、イルミネーションスターズと、なんか被ってるよなー……って、思ってよ」

 

 言いづらそうに言ってきた。

 

 それを受けて三人は、

 

「は?」

 

 異口同音に凄んだ。

 

 『illumination STARS』……通称イルミネとは、ノクチル同様に283プロのユニットである。構成メンバーは、櫻木真乃、風野灯織、八宮めぐるの三人。大人しい少女の真乃と、ストイックでクールな灯織に、天真爛漫を絵に描いたようなめぐるという、スタンダードな構成のユニットだ。

 

 こうして列挙してみると、比企谷の言う『被り』がどこにあるのか分かりづらいが、しかし三人のショットを比べてみると、

 

「まあ……確かに、被っている感じがしないでもないけど……」

 

 失笑しながら言う結衣。

 

「だろぉ?」

 

 と言う比企谷に、雪乃が絶対零度の視線を向けると、途端に彼は、うっと息を呑み、

 

「い、言い方は悪かったな、うん、すまんかった。俺が言いたのはだな、要はイルミネとお前らを差別化したかったってことだ」

 

「それがこの名前とどう関係するのかしら」

 

 詰問する調子で雪乃が訊いた。

 

 それに比企谷は少しばかり怯んでから、

 

「向こうが正統派のアイドルで行くのなら、こっちはアヴァンギャルドに行く」

 

「アヴァンギャルドって?」

 

「前衛的ってことね、時代の先を行こうとすると言ったところよ。訳の分からない現代美術とか、そうしたものを想像すればいいと思うわ」

 

 結衣の疑問に回答してから、雪乃は、

 

「それで、そのアヴァンギャルドとやらの構想はあるのかしら、アヴァンギャルド君」

 

「俺自身が前衛芸術みたいに言うな。――ちなみに構想は無い、これから考える。だからその第一歩として、こうしてアグレッシヴなユニット名を付けた次第だ」

 

「そのようで大丈夫なのかしらね……」

 

 額に手を当てて溜息をつく雪乃。

 

「どの道、アヴァンギャルドに行くってんなら、行き会ったりばったりになってでもとにかく前に進むべきだろ?」

 

 

「先輩、名言っぽいこと言ってお茶を濁そうとしてません?」

 

「……」

 

 いろはからの指摘で、ひきつらせるように口角を上げながら、比企谷は口を閉じた。

 

「日頃の行いだね……」

 

 何とも言えない顔で結衣が言った。

 

「とは言え、不本意ながら、比企谷君の言うことにも一理あるわね。とにかく何でもやる気概でなければ、前に進むこともままならないわ」

 

「う、うん! そうだね! やってみなきゃ!」

 

 胸の前で両こぶしを握り、ふん、と結衣は気合を入れる。

 

「ま、その調子でなくちゃあな。言っておくが、この方針みたいに尖った調子で行くと、必ずどこかで反発は生まれる。炎上だってするかもしれない。SNSに誹謗中傷だって書かれることだってある、それでも行けるか?」

 

 引き返すなら今だぞ、と比企谷が言おうとしたところで、

 

「誰に言ってるのかしら」

 

 敢然と雪乃が言ってのける。

 

「私たちは、私たちの力を出して、邁進するまでよ。あなたのマネジメントがヘボであるかどうかなんて、些細なことだわ」

 

 それに比企谷は、

 

「そうか。後で吠え面かくなよ」

 

 比企谷は、結衣といろはを見ていった。二人とも、今の雪乃に当てられたのか、臆病風に吹かれた様子も見せずに、彼を見返していた。

 

 こうして、彼女ら『ルナ=レイ』は始まった。

 

 炎上上等! と息巻いていたものの、その少し後にノクチル――主に浅倉透――がルナ=レイより先んじて炎上騒動を起こしたため、出鼻をくじかれることになる。

 

「あの決意は何だったんだろう……」

 

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