アスカ・ラングレーが多すぎる   作:しゅとるむ

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第三話 ラブ・アクチュアリー

 平行世界のあたしが多数、シンジの部屋に集まっているカオスなシチュエーション。呼び出した単なる学校医リツコ(SFマニアらしい)の説明によれば、シンジが特異点になって、パラレルワールドのあたしたちが呼び寄せられたものらしい。

 狭い部屋のベランダにまで、あたしと同じ顔の美少女たちが溢れかえっている。シンジ、子供の頃から大好きなあたしに囲まれて嬉しいのは分かるけれど、でれっと鼻の下を伸ばしてるんじゃないわよ!

 

 ……さて、次にあたしたちに境遇を語ってくれたのは、花火大会に行った帰りみたいな雰囲気で浴衣を着ている、仮称・浴衣ちゃんだった。

 

「アタシとシンジとはもちろん幼なじみ。でも綾波レイという子が転校してきた。レイは気がつくと、シンジとの距離を、だんだん縮めてきてた。それに親たちの研究所で変な実験にもつき合わされて、挙げ句にはああもうっ、あんな事になるなんて!……ほんっとアタシは──アタシたちは、疲れてた。子供なのに、子供のままでは居られなかった……」

 

 綾波レイ。転校生。あたしがシンジと幼なじみというのも、うちの世界と同じだ。でもこちらの綾波レイが転校してきたのは昨日の話だ。少しだけ未来の世界から来たということなのかな?

 

 親たちの研究所というのも、あたしと境遇が似ているし……あたしはこの子の話が一番気になった。自分の直接的な未来に繋がっている話なのかも知れないから。

 

「変な実験って?」

「そこの何人かの子たちが着てるのと同じプラグスーツを着せられて……」

「プラグスーツ?」

 

 あたしの怪訝な顔と反応に、周囲の子たちがざわめき始める。

 

「「え、この子、プラグスーツを知らないの?エヴァは?」」

「エヴァ?歌手の名前かなんか?」

 

 何かそういうグループがなかったっけ?あ、あれはABBAか。

 

「「「エヴァを知らないんだ……信じられない」」」

 

 え、そこまでのものなの?……それが異世界の常識だったり?……と当然、あたしは驚いてしまう。そもそも名前だけではそれが何なのかの想像さえつかない。

 

「えっと……みんなはそのエヴァってのを知ってるの?知ってる子、手をあげてみてよ」

 

 試しにそう尋ねて他の子たちを見回すと、浴衣ちゃん含めたほとんどの子が手をあげたのだった。室内の子もベランダの人たちも。何人かの例外はあったけどね。

 

「……エヴァのない世界で、シンジと幼なじみ、か」

「なんかずるくない?」

「私は別にシンジと幼なじみなんて羨ましくないけどな。でも、あんなダサいエヴァに乗らなくて済むのは羨ましいかな。だってメキシコ人型とかリンゴ型とかよ?」

「こういう平和ボケしたような世界が、ちょっと羨ましいのは確かね。戦自とかネルフとかそういうの関係なしの。霧島マナだって戦自が絡まなければシンジのそばには来ないんだから」

「シンジとアタシが傷つけ合わないで一緒にいられる世界。そんなのあるんだ……」

「でもアタシたちの世界にはどうしたってエヴァがある。エヴァがあることがシンジとの繋がりの出発点でしょ?それは否定できないわよ……」

「バカバカしい。みんなノホホンと生きていて癪に障る。アタシたちの……生き残るための地獄と較べたら……それで、シンジと幼なじみとしてイチャイチャ?シンジの手製のお弁当も食べ放題?むしょうに腹が立つ」

 

 みんな口々にこの世界への感想を述べて、そんな風に少し脱線してた。平和な世界の何が悪いのか分からない。みんなの世界はエヴァとやらのせいで平和がないのだろうか?……まあいいや、少しずつエヴァとやらの話も確認していこう。

 

 浴衣ちゃんにようやく話を戻して、あたしは続きを聞く。

 

「で、その実験はどうなったの」

「うん、まだエヴァを知らないなら説明しにくいけど、結局アタシたちはみんなバラバラになったの。世界の研究機関に送られて、それぞれの役割を果たすことに。だからシンジとも一旦離れ離れになったけど、その前にちゃんと想いを伝えあう事は出来た。でも、アタシたちは、お互いの想いの前に、誰かの好意を拒絶しなくては前に進めなくて、そんな残酷さを、好意を向けてくれた人に与えなくてはいけなくて、だって愛は誰にでも与えられないから。その時、一人にしか与えられないから。でもそれが恋ってものなんだよね──」

 

 それはまあ、確かにそうだ。シンジの事が好きなら誰か他の男の子に告られても断らなくちゃいけない。一人しか選べないのは当然だ。でも、あたしはこれまでそんな事を考えたこともなかった。シンジとあたしはお互い同士しか相手として考えられず、他の人の事は考えなくていいと、無邪気にそう思ってたから。

 

 浴衣ちゃんの真剣な顔を、眼帯ちゃんが何故かじっと見つめていて、それからぼそりとした声で訊ねる。

 

「どうして、その誰かを断って、シンジを選べたの?」

「わからない。わからないけど──」

 

 でも、浴衣ちゃんの表情は言葉ほどに迷いを見せてはいなかった。むしろ、ずっと前からちゃんと分かってるみたいな顔をして──

 

「だって、愛されるより、愛したいよ。受け身でも、他の人の気持ちはもしかしたら受け止められるかも知れないけど、自分の気持ちには嘘はつけないんだから」

「……そぉ……」

 

 浴衣ちゃんの答えに、地獄の底から捻り出したみたいな恨みがましい声で式波少佐は返事した。あたしは浴衣ちゃんの言うことが正しいと思うけど、眼帯ちゃん……式波少佐は納得していないのかも知れない。この子が一番、シンジとの関係に重たいものを抱えている気がした。

 

 次は胸がメロンみたいにでかい高校生風のあたし、メロンちゃんだ。

 

「惣流・アスカ・ラングレー、17歳、第三新東京市立仙石原高等学校に通っているわ」

 

 やっぱりそんな年齢なのか。あたしたちより3つ上ね。市内の高校生か。仙石原だと殆ど持ち上がりみたいな感覚で、通い易くていいわよね。

 

 にしてもやっぱりあのプロポーションは凄い。未来のあたしもあんな風になれる可能性があると思っただけで、勇気が湧いてくる。でも、あのピンク色のつなぎは恥ずかしいな。あ、プラグスーツだっけ?あんなものが、他の世界では普通なのか。水着以上に恥ずかしくてとても着れない……。

 

「シンジも勿論同じ学校で、委員長をやってるよ」

「ええっ、ヒカリでなくてシンジが委員長?」

「そう、ヒカリは副委員長、でもシンジは癖で、よくヒカリを委員長と呼んでるわね。アイツもまだまだ中学時代の感覚だから……みんなは三年前のあたしたちなのかな?驚くわよね、シンジが委員長だなんて。髪型だって笑えるよ。ポニテにしてるんだから」

「え?シンジが?それって、加持さんみたいに?」

「うん。ちょっとそうかも。まあ、中身も加持さん並みとまでは行かなくても、少しずつしっかりしてるよ」

 

 あたしはメロンちゃんの説明に絶句する。シンジも固まっている。あちらのシンジに三年で何があったのか。

 

 その話を眼帯ちゃんと包帯ちゃんも興味深そうに聞いている。

 

「アタシとシンジが三年後も一緒にいる未来もあるのか……」

 

 眼帯ちゃんこと式波少佐が虚を突かれたように呟いた。

 

「別におかしくはないわよ。アタシたちは最終決戦を生き残ったんだから。シンジはちゃんとアタシを助けて守ってくれた。世界はエンジェルキャリヤーやアルマロスの攻撃とか、問題山積みだけどね」

 

 エンジェルキャリヤー?アルマロス?胸の大きな17歳のあたし……メロンちゃんの説明する、その耳慣れない響きの言葉に、他のアタシたちは皆、一斉に首を傾げた。こちらの言葉は、エヴァやプラグスーツほどには一般的じゃない言葉なんだね。別の世界にも色々違いがあるみたいだわ。

 

 それにしても、メロンちゃんは可愛いなあ、手足長くてすらっとしてて、それなのに胸は大きくて。シンジもちらちらとおっぱいをみているぐらいだ。よし、後で絶対にしばく。でもあたしも、自分自身?でありながら、憧れてしまう。三年もしたらあの大きさになるかもというのは希望を感じられる。シンジも大きい方がそりゃ嬉しいだろうし。

 

 次はベランダ組の人ね。リツコが視線を向けて一番年長に見える女性から自己紹介を促した。

 

「アタシは……シンジとの関係について、皆に説明できるものはない。二十年近くずっと一緒にいるけど」

 

 ベランダで手すりにもたれかかっていた三十代っぽいあたし─三十路さんはあたしたちに向き直って言った。とても美人だが、寂しそうだ。ずっと一緒にいるのに指輪をしてないからシンジとは結婚してないんだわ。可哀想に……よほどあちらのシンジの甲斐性がないんだろう。

 

「そこをあえて説明してほしいのだけど。元の世界に戻るヒントにもなるかも知れないわ」

 

 リツコが彼女と同年輩に見える大人のあたしに尋ねる。三十路さんは観念したように自嘲するように言った。

 

「碇シンジとアタシの関係は愛人よ……」

 

 あ……‥愛人。アダルトな響きだ。恋人でも夫婦でもなく愛人なのか。ちょっと、えっちな響きよねえ。リツコはその言葉になぜか表情を曇らせて、言った。

 

「アスカがシンジ君の愛人……あの父にして子あり、……いや息子の方が、実際に手を出せるだけマシかしら」

「あ、あの……愛人って結婚はしないんですか!」

 

 どうせ別世界の自分なのに、あたしは思わず敬語になって手を挙げながら聞く。好き合っているなら、最終的には結婚するのが男女の当たり前だ。それでようやくずっと一緒に居られるようになるんだから。

 

「途中まではもちろん結婚してくれると思ってたわよ、同棲だってしてたんだから。でもシンジに裏切られたの。別れようと言われたの。だからその後はずっと愛人で我慢するしかなくなったのよ」

「……シンジ、サイテー!」

 

 あたしは三十路さんの代わりに、未だにベッドの上に捕らわれのシンジを睨み付けてやる。

 

「……ぼ、僕、知らないよ」

「あら、そういわれればそうよね。うちのシンジはそんな事しないわよね。でも、したら許さないから!」

「う、うん……アスカに怒られるようなことはしないよ……」

 

 そんなあたしとシンジのやり取りを見て、三十路のあたしは首を横に振って、寂しげに笑った。

 

「でもシンジとは繋がれてるからいいのよ。アタシとシンジはお互いにお互いだけとしか、そういうことはしないの。だから辛くても、幸せなんだよ、きっと」

 

 辛いという字も、幸せという字も、わずかに横棒一本の違い、とかは言うけれど……。

 

 それにしても、「そういうこと」、「繋がれてる」。婉曲的な表現だが、何だかえっちな話にしか思えない……あたしは思わず赤面した。あたしもシンジと将来、「繋がってしまう」のだろうか……シンジとそういうことをするのだろうか。何だか非現実的な話に思えてならない。とりあえず、赤面してしまったし、お子ちゃまのシンジには聞かせない方がいい話。

 

「シンジ。今からでもあんた耳塞ぎなさいっ!」

「え、なんで?」

「なんでもいいから!」

 

 あたしときょとんとしているシンジのやりとりに、ベランダから謝罪が入る。

 

「ごめんね、子供の前でする話でもなかったわね。要するにアタシは完全に幸せではないけれど、完全に不幸せでもないって話。二十年間シンジとの関係は宙ぶらりんなんだ」

 

 その話に眼帯ちゃん……式波少佐が難しい顔をしている。

 

「傷つけあう関係、幸せになれない関係、それでも幸せにしてくれないアイツと一緒にいるの?別れないの?他の選択肢だってあるんじゃないの」

「別れるぐらいなら……死ぬ。他の選択肢なんかない。あるけど選べないから、ない」

「……呆れた、バッカじゃないの。死ぬだのなんだの、大人のくせに子供みたいなこと言って。ガキシンジが一緒に居ようが居まいが、アタシたちは生きていかなくちゃいけないんだよ!自分自身の人生を!」

 

 眼帯ちゃんこと式波少佐の台詞は格好いい。格好よくて切ない。自分の幸せを切り捨てたり、我慢したりするストイックさは、なんというか、武人のような風格がある。まさかコスプレじゃなくて本当に軍人だったりして。……んなわけないか。

 

「そうだね。別に考えを押し付ける積もりはないの。ただ、無理して大人ぶっても良いことなんて何一つないんだ……それがアタシの二十年の教訓」

「知った風な事を……ふん」

「それに、一緒にいてもいつも何処か寂しいけど、一緒にいなかったら泣くどころじゃ済まないよ……アタシはイヤなんだ、シンジのいない世界は」

「……弱い女。弱くて反吐がでる」

「うん、アタシすごく弱くなっちゃったんだ。それは分かってる。でもアタシの中の弱さだけが今のアタシの僅かばかりの幸せに繋がってる部分だよ……」

 

 三十路さんと眼帯ちゃんは反りが合わないみたい。でも多分二人とも愛が重い系だわ……

 

「ね……もしかしたら、あなたはあたしなの?二十年後のあたしなの?」

 

 三十路さんと眼帯ちゃんの会話が途切れたタイミングを待ち構えたかのように、包帯ちゃんが三十路さんに訊ねた。彼女の纏う大人の哀しげな雰囲気に、何か自分と共通するものでも感じたのだろうか。三十路さんは包帯ちゃんの片目や腕の包帯を見て、しばらく考え込んでいたけど、やがてゆっくり頷いた。

 

「アナタは赤い海の浜辺から来たんだね。なら、たぶんそうなる。でもきっと、アタシはあなたの無数にある未来の可能性の一つに過ぎないよ。あなたはアタシよりもっと幸せにだってなれる。だって、アタシとシンジは、これまで色々と間違えてしまったから。間違え過ぎてしまったから」

 

「そうなんだ……でも、あたしには二十年先でもシンジと一緒に居られる場所があるのは安心できる。シンジにも告白してもらったし……あたしはきっとこれで前に進める」

 

「そう思えるなら、良かった……とにかくなるべく一緒にいる方が良いよ、アタシはそう思う。離れ離れになっている時はつらかったし、今でも独りで寝る夜は寂しいもの。えっちな意味ではなくてね」

 

 しかし眼帯ちゃん……すなわち式波少佐が、そんなやりとりに脱力したのか、シンジを拘束する腕の力が一時的に緩んだらしく、シンジはもう一人の包帯さんの腕も振りほどいて、慌ててあたしの所に脱出してきた。

 

「やったあ!……アスカ、遅くなってごめん」

「よしよし。怖かったよね、シンジ」

 

 あたしは可哀想なシンジを抱きしめて、頭を撫でてあげる。シンジは昔から弱虫で怖がりさんだからなあ。あたしが一生、付いててあげないと……。

 

「あの子たちに何もされなかった?」

「うん、アスカがここで見守ってくれてたし。それに、どこの世界の人でも、アスカはアスカなんだから、僕に酷いことなんてするはずないよ」

「シンジ……」

 

 あたしとシンジが暖かい気持ちでお互いに見つめ合っていると、シンジの言葉を受けるように、包帯ちゃんが眼帯ちゃんに絡み始める。

 

「シンジに酷いことをする女はいるんじゃない?……シンジに求めるだけ求めて、自分からは分かりやすいものを与えてやれない。叱るだけ叱って、自分の居場所は別にしっかり確保している。そういうの、残酷だよ」

「ふん……何が言いたいのかしら?」

 

 シンジをはぎ取られた包帯ちゃんは、まるでシンジに脱出されたのは眼帯ちゃんのせいだとばかりに彼女を睨み付けている。

 

「ちゃんとシンジを捕まえてないから、また逃げられるんだよ。傷つけあってもお互い逃げたらダメなのに。アンタはフラフラし過ぎだ。だからシンジに逃げられる。突き放される。巻き込まれそうになったアタシもいい迷惑だ!」

 

「はん、そんなボロボロな身体になって。それも全部シンジのせいじゃないか。アイツに散々に酷い仕打ちを受けて、堪え忍ぶ女のつもり?助けても貰えなかった癖に、まだ未練なの?アンタもアタシと同じようにしたらいいんだ」

 

「そちらこそ未練がないなんて笑わせる。やせ我慢でしょ。フラレ女が。大体シンジにあんな言い方したってダメなんだ。アイツはあんなだから誤解だけしていくだけなんだ。アンタ、シンジの事、ちゃんと分かってあげてない!」

「は、本妻気取りで偉そうに」

「実際、アタシが本妻でしょうが!」

 

 バチバチと空中で見えない火花を散らすような睨み合い。ふたりとも言い合いの中身がなんだかとても重い。シンジもぽかんとして二人を見守っている。よく分からないけど、別世界のシンジを巡っての争いなのだろうか。重すぎるわね……しばらく距離を置きたいわ。

 

「シンジ、もっとこっちおいで。あんなの見ちゃダメよ」

 

 あたしは自分の陰になるようにシンジをベッド上の二人から隠すようにして庇ってやった。

 

「で、でも……」

 

 キョドりながらも、ベッドの上で喧嘩してるあたしそっくりの二人を気にしているシンジが可愛い。あたしに似ている女たちだから、気になるのよね。シンジはいつだって、あたしが大好きなんだものね。

 

 そこにベランダから宙に浮かんでフワフワと漂ってきたのは、白いつなぎ……いやプラグスーツだったか……のあたし、テンコーちゃんだ。眼帯はしていない。イリュージョンだと思ってたけど、本当に宙に浮かんでるようにしか見えない。……まさかね。

 

「ねぇそこの式波少佐。アンタってアタシなんでしょ?」

 

 空中に浮かんでいる異世界のあたしの白いプラグスーツを見て、眼帯ちゃんは眉を顰めた。

 

「……そういうアンタも……式波アスカなの?」

「そうよ、多分アンタとちがって、シンジと結ばれた世界の式波・アスカ・ラングレー。アンタとは過去のどこかの時点で分岐した」

「……シンジがちゃんとしてくれた……の?」

 

 その問いかけには、たぶん、自分に対しては「シンジがちゃんとしてくれなかった」苦さと切なさが入り混じっていて。とても、気の毒だった……

 

「まあね。アタシはシンジとは結婚してるわよ。もう二百年以上前にだけどね」

 

「二百年って!……あり得ないでしょ!?」

 

 二人の会話に割り込んであたしは思わず突っ込みを入れた。どうみてもあたしと同じ14歳ぐらいにしか見えないのに。結婚は羨ましいけど、二百年以上となればもはや神様の世界だよ。まあ空に浮かんでいるから、テンコーちゃんは人間じゃないのかも知れないけど。てか何者。

 

「二百年?……あんたまさか」

 

 眼帯ちゃんがおぞましい者を見るような顔をした。

 

「……そ、アタシもシンジもリリンをやめてる。だから何万年、何億年だって一緒にいられる」

「っ……アンタ、自分の永遠の地獄にシンジを巻き込んだのか!自分の欲望のためにッ!」

「違う。アタシの欲望のためじゃない。アタシとシンジの幸せのためだよ」

「……有り得ない。それじゃシンジが……人間でなくなってしまったシンジが……あんまり可哀想じゃないか……」

「じゃ、()()()()()()()()()()()()()()()?」

「そ、それは……」

 

 テンコーちゃんの鋭い反撃に、つかみかからんばかりだった眼帯ちゃんの勢いが目に見えて失われた。

 

「自分を犠牲にして、シンジの事を想う、アイツを救うためならエヴァでの特攻だって何だって覚悟してる。もう自分は人間じゃないから、せめてアイツだけは立ち直らせて、真っ当な人間にして幸せにって……あの時のアタシの気持ちとしては、おおかたそんな所かな?おかんだよね、母の愛だよね。でも、アンタ……っていうか、アタシは、シンジの母親じゃないじゃん。そこは一線を引かなきゃダメじゃん……」

 

 言いながらやれやれとテンコーちゃんは頭を掻く。

 

「それに、幸せなんて見方次第だよ。自分の事だけ考えても当然、幸せにはなれない。逆に相手の事だけ考えて自己を犠牲にし続けてもやっぱり幸せにはなれないのよ。確かにアタシとシンジが幸せになるためには多分どこの世界でも何かしらの犠牲が要る。でも、アタシとシンジは二人でその対価を支払ったの」

 

 その時のあたしには二人が結ばれる為の犠牲とは何かがピンと来なかったけど、みんなの話を少しずつ聞いて、それから大人になって、後年考えてみれば、その犠牲とは、シンジとの苦しみや哀しみに満ちた愛憎関係による傷だったり、あるいは二人それぞれに対する第三者からの切ない想いの拒絶だったり、甚だしくはこの宙に浮かんでいる永遠の命を持つ娘のように人間を捨てる事だったりしたのかも知れない。要するに自分たち自身を含めた誰かしらを傷つけてこそ完成されるのがあたしとシンジの関係だったわけだ。

 

 宙に浮かぶテンコーちゃんは身体を丸めて、イルカのように中空を泳いで漂う。緑のパーカーを着た眼帯ちゃん……式波少佐を上空から見下ろして言う。

 

「さっきシンジの事は別に男として好きじゃないという子も何人か居た。それは分かるよ。アタシたちはみんな同じなようでいて、少しずつ違う。生まれも環境も異なっていて、そもそもシンジだってやっぱり少しずつ違う筈だ。アタシたちが必ずシンジを好きになる必然性なんかないし、好きにならなくたっていい。だからアンタもそうなら、別にアタシから言うことは何もない。でもアンタはアタシだから、そうじゃなかったことを知っている。アタシはシンジをちゃんと異性として意識していたし、ずっと碇シンジが好きだった。だから、妻になった今でも変わらず愛してる。──もちろん、人間をやめた永遠の生が、刹那を生きる人間の生より、素晴らしいと言えるわけではない。あたしは、もう何も食べられない。眠れない。好きだったシンジの料理を食べることさえできない。それでも、ずっとずっと、シンジを愛し、シンジに愛される幸福だけは手元に残されている」

「……」

 

 緑のパーカーを着た式波少佐は黙って俯いていた。彼女はもう反論はしなかった。あたしも、テンコーちゃんの語る「人間をやめた生き方」に衝撃を受けていた。たぶん、それはシンジも同じだったろう。でも、あたしはテンコーちゃんが不幸せなようには見えなかった。

 

「アンタはシンジともう別れたと言った。でも、もしまだ間に合うのなら、あくまでシンジと別れるのが互いの幸せだと思い込んで突き進むのか、やっぱりシンジと一緒に居るのが自分に正直な生き方なのか、よくよく考えたらいいのよ。シンジとお別れするほうが、アタシはシンジにとっても可哀想だと思うけどね」

 

 その言葉に包帯ちゃんや何人かが控えめに頷いた。

 

「シンジとの結婚生活は楽しいよ。百年経っても二百年経っても、新婚さんみたいでね。喧嘩もするし、アイツも時々落ち込んだりするけど、基本的には優しいんだから」

 

 たしかに、優しい男の子が一番素敵だよね。冴えなくてバカでトロくて愚図で、それこそ、ちゃんとしてくれないかもしれなくたって……。

 

「……だから、アタシは、使徒になっても心が壊れることなくシンジと生きていけるんだから。宇宙が滅びるその時まで、永遠に……」

 

 あたしには何故だかその初めて聞いたシトという言葉が、切なく哀しげに響く。シンジを選び、彼と共に永遠を生きる幸せを選んだあたし。そのためにヒトと共に生きる時間を始め、沢山の物を棄てたんだね。只、シンジと一緒にいるだけのために。でも、あたしだって、そういう状況に追い込まれたら、きっとそうしてしまう。だって、シンジはあたしのトクベツなんだから。

 

 

「ねぇねぇ。そこの三十過ぎのお姉さんも、空を浮かんでるあたしも、シンジと愛人だったり夫婦だったりするのなら教えてくれない?……とても知りたい事があるんだけど」

 

 ベランダにいたポークビッチちゃん──高校生で、幼なじみのシンジをシンちゃんと呼び、えっちな女の子だ──が室内に入り込んでぶらぶらとしながら、三十路さんとテンコーちゃんの顔を代わる代わる見比べる。

 

「……アタシに答えられる範囲でなら」

「いいけど、何を?」

「……シンちゃんの象さんって大きい?」

 

 象さんって?……一瞬意味が分からなかったけど、あたしだってシンジの幼なじみ。小学校の高学年までシンジと一緒にお風呂に入っていた。高学年は流石に……と、六年生になってからシンジが恥ずかしがって取り止めた。でもアイツ五年生ぐらいからずっとチラチラあたしの裸を意識してたんだよね。つまり一年ぐらいはムッツリスケベにあたしの裸を楽しんでいた訳だ。だから、シンジのナニの形ぐらい、今でも思い出せる。確かにあれは象さんと言ってよいかたちをしているわねぇ……。

 

 予想してしかるべき質問だった。ポークビッチちゃんの頭の中は、シンジのナニの事で頭がいっぱいなのだ。青春のリビドーが彼女を突き動かしているのだ。

 

 しかし、綺麗にハモった二人の回答は、彼女の欲望を満足させてくれるものではなかった。

 

「「知らない」」

 

 あたしはその答えに小首を傾げた。シンジの愛人をやっているという三十路さん。シンジと結婚したと言っている人外気味のテンコーちゃん。二人ともする事してるなら、シンジのナニぐらいは見たことがある筈なのに……。

 

「えーっ!どうして知らないのよ。えっちはいっぱいしてるんでしょ!」

「「だって比較対象がないから」」

「ああ、なるほど……」

 

 つまり、シンジと幾らえっちしてても、シンジとしかしたことが無ければ、大きいか小さいかなんて永遠に分からないわけね。納得した。これは「シンジの象さん相対性理論」だ。いや、観測するまで分からないから「シュレディンガーの象さん」かしら? まあそんな事が気になって仕方ないのは、ポークビッチちゃんだけの気がするけど。

 

「あ、でも……あえて比較すれば、空母の上の痴漢行為で無理やり見せられた鈴原の……アレは……ほんの一瞬しか見えなかったけど、アレよりはシンジの方が大きいんじゃないのかな? もちろん、中学生時点での話だけど……いや、でもこれは愛人の欲目かな」

 

と三十路さんは古い記憶を絞り出すように言った。

 

 ……おい、鈴原、あんた何をしてくれちゃっているのよ!異世界では痴漢になっていたのか!これは、ヒカリが思い切り悲しみそうだ……

 

「ああ、確かに鈴原のあれは最悪だったわね」

「……弁護の余地なしの痴漢行為だからね」

「ヒカリは本当にアイツで良いのかしら?や……あいつもあれで今や副司令代理なんだけど……」

「考えなしの山猿って怖いわよね。目が穢れたわ」

「なんでシンジのより先に鈴原のを見なくちゃいけないのよ、よね……」

 

 三十路さんの告発に、包帯ちゃんやメロンちゃんや結婚詐欺師ちゃんまで加わって、わいのわいのと騒ぎ始めた。結婚詐欺師ちゃんなどは、一回目でそれをやられたので、二回目ではまず目に入るなり、肘鉄で殴り倒し、事なきを得たのだ、と胸を張る。

 

 一回目?二回目?何のこっちゃ??

 

 いずれにしても一部の世界の鈴原の痴漢行為が、こうして全世界のアタシたちの衆目に晒される。悪行を隠すことはけっして出来ないのよ。まさに、天知る地知る我知る子知る。あるいは、天網恢々疎にして漏らさず、よね。鈴原はマリアナ海溝よりも深く、反省しなさいっての。

 

「どうしたの、シンジ?何か気になることでもあるの?」

 

 ふと気付くと、シンジがベッドの上に視線を注いでいた。さきほど、三十路さん、包帯ちゃん、テンコーちゃんと立て続けに喧嘩をしていた眼帯ちゃんが、アタシは、言い負かされない、挫けないとばかりに唇を噛みしめて、寝台の上にうずくまっている。そんな様子がシンジには気になって仕方がないようだった。

 

「みんな、式波さんを批判してて……式波さんが可哀想だ」

「え?眼帯ちゃんのこと?」

「うん。彼女にも自分の人生を決める権利があるはずだし、彼女自身の選択なんだから。……式波さんは、たぶん向こうの僕がちゃんとしてなかったから寂しい事になってるんだと思う。それなら、僕も責任があるんじゃないかな。僕は、式波さんと話がしてみたい」

「シンジ……」

 

 式波少佐は周囲に見えないバリアを張って、心を頑なに鎧っている。それが本当は彼女の脆さ故だということをあたしもシンジもその時にはすでになんとなく理解していたのだ。

 

 

出演アスカ一覧(登場順)

 

語り手ちゃん

惣流・明日香・ラングレー from 新世紀エヴァンゲリオン(TVシリーズ)第二十六話・学園エヴァ

 

~~室内組~~

 

眼帯ちゃん

式波・アスカ・ラングレー from シン・エヴァンゲリオン劇場版:||

 

包帯ちゃん

惣流・アスカ・ラングレー from 新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に

 

黄色ワンピちゃん

惣流・アスカ・ラングレー from 新世紀エヴァンゲリオン(貞本義行作漫画版)

 

魔導師ちゃん

惣流・アスカ・ラングレー from 新世紀エヴァンゲリオン ピコピコ中学生伝説

 

コージーちゃん

惣流・アスカ・ラングレー from 新世紀エヴァンゲリオン 鋼鉄のガールフレンド

 

浴衣ちゃん

惣流・アスカ・ラングレー from 新世紀エヴァンゲリオン 鋼鉄のガールフレンド2nd(漫画版)

 

ツインテちゃん

惣流・アスカ・ラングレー from 新世紀エヴァンゲリオン 碇シンジ育成計画

 

メロンちゃん

惣流・アスカ・ラングレー from エヴァンゲリオンANIMA

 

オリジナルアスカ(登場予定)

式波・アスカ・ラングレー from シン・エヴァンゲリオン劇場版:||

 

~~ベランダ組~~

 

三十路さん

惣流・アスカ・ラングレー from 二次創作「大人のエヴァンゲリオン」by しゅとるむ

 

テンコーちゃん

式波・アスカ・ラングレー from 二次創作「式波さんちのダンナさん」byしゅとるむ

 

結婚詐欺師ちゃん

碇・アスカ・ラングレー from 二次創作「碇・アスカ・ラングレーの逆襲」byしゅとるむ

 

ポークビッチちゃん

惣流・アスカ・ラングレー from 二次創作「シンちゃん!シンちゃん!大好きよ!」by しゅとるむ

 

パーカーちゃん

惣流・アスカ・ラングレー from 二次創作「楽園」by しゅとるむ

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