運営が本気でメイプルを潰しにきたようです 作:名無しの固有名詞
とある会社で男はタイムカードで出社を記録する。
「はぁ、どうしてこんなことに」
男の目の前にあったのはいつものパソコンではなく、ゲームのハードだった。このような成り行きになったのには、一週間前のとある事件が原因だった。
ーーーー
「【毒竜】!」
その掛け声とともに、何人ものプレイヤーが毒でできた三本の首の竜に飲まれ、辺りを毒の海へ変化させて行く。現状、プレイヤーの中で状態異常技を使う者は少ないと予想されたのか、瞬く間にプレイヤーが光へと変わっていく。
プレイヤー達の悲鳴が、地獄絵図のように繰り広げられる戦場の中、その少し後でとある場所でも同様に悲鳴が上がっていた。
「か、課長!?しっかりしてください」
「やべぇ、泡吹いて倒れてんぞ。誰か救急車呼べ」
「お、落ち着け。ビールを吹いただけだ。」
どうやら運営本部の休憩室で第一回イベント終了の打ち上げをしていたようだ。ゲーム内のさまざまなところに設置されたカメラからの映像を酒の肴にしていたらしい。
「どどどどうするんだ、こんなん完全にチートだろ」
「全員、今すぐ持ち場に戻るぞ。イベントでバグなんか見逃したら上からもネットからも袋叩きにされる」
『はい』
せっかく準備した料理や飲み物を放置し、すぐにパソコンと睨めっこをする社員達。課長の指揮に合わせて全スキルを調べ、プレイヤーのステータスバグを調べ、動向や経緯を調べたもののゲームの仕様上のバグ、チートの使用は確認されなかった。
「みんなお疲れさん、よーし飲み会に戻るぞ」
課長の一言とともに部下一同はそれぞれ安堵と不安という相反する気持ちを感じながらも酒の席に戻る。心がかりはあったものの、一応無事終了ということにしておいて飲み会は再開された。しばらくして、ほぼ全員が先程のことは何もなかったかのように楽しんでいた頃だった。
「よーし、ゲーム始めるぞー」
酔った勢いで課長が拡声器を手に持ち注目を集める。
「じゃ、さっきの映像見てゲームバランス守るために何か対策がある者は手を挙げろー」
社員達もかなり飲んでいたため、テンションが上がっていたのかいつもでは出てこないような多くの案が挙がっていく。
そこでとある案が賛成多数で採用された。
その案とは『誰かが水面下でバランス調整する』ことだった。
その後も何故か話はとんとん拍子に進み、くじ引きによって選ばれたのは
「じゃ、君は来週からこの仕事な」
「はーい、わかりました」
酒の席ならではのテンションで返事をし、一同はあまりに良い返事に笑い声で包まれた。
〈三日後〉
「いや、だって酒の席でのことだし冗談だと思うじゃん。何でマジで用意してるんだよ。」
昨日、課長に呼ばれ、ゲームに必要な一式を整えた部屋に案内され
「じゃ、明日からここでよろしく」
そこにはハードなどゲームに必要なものだけでなく、マニュアルなど明らかに仕事のためにあるような物が山ほど積み重なっていた。他にも、運営本部と連絡がとれるように改造されていたりと、本気で始まる企画だったようだ。
最初は冗談かと思い、ふざけてマニュアルを読んでいた様子だったが二時間ほど経っても誰も来ないことに違和感を覚え始めた。ちょうど昼休みで課長室に行って確認してみると
「え、冗談じゃないのだが」
そこで聞かされた課長の声色は珍しく本気の、真剣なものだった。そのとき、あまりの驚愕で言葉も出ず、なんとか捻出できた「失礼します」で課長室から抜け出す。
作業部屋に戻り、頭では完全に状況を理解できていないもののマニュアルを読む。それが今日からの自分の仕事なのだから。
そして、三日間NWOの訓練用システムにて身体を慣らせ、現在に至る。
「操作方法は完全に理解した、連絡手段も問題なし。設定もマニュアル通りに完遂っと。まさか仕事中にゲームをやる日が来ようとは…」
しかも合法という普通ではありえないおまけ付きである。
「まあ、やることは決まってるんだけど」
仕事内容・注意点
一 ゲームバランスを守る
二 本部の言うことは絶対
三 運営側ということを口外しない
四 ゲームの印象・流行も調査
五 バグの発見・報告・対処
六 それ以外は自己判断
「名前とステータスとかは自分で決めて良い、と。」
ワーカー
Lv.1
HP 32/32
MP 25/25
【STR 0】
【VIT 10】
【AGI 25〈+5〉】
【DEX 10】
【INT 55〈+10〉】
装備
頭 【空欄】
体 【空欄】
右手 【初心者の杖】
左手 【空欄】
足 【空欄】
靴 【初心者の魔法靴】
装飾品 【空欄】
【空欄】
【空欄】
スキル
なし
「まとめ記事からは確か魔法攻撃が一番強いってのが多かったしこれでいいか。」
昨日のうちに多種多様なツールを用いてNWOのことを調べ尽くしていた。また、第一回イベントでの上位100名のプレイヤーなどあらゆるデータ分析や自身の適正よりこのステータスが最適解と判断したようだ。
「ん?これは…本当だったらもっと遊びたいけど、仕事だから真面目にやらなきゃ」
普通のプレイヤーとは違うこと、これは遊びではないのだ。しかも、会社の中では前代未聞の仕事なので何がどうなるかわからないという不安まで付いてくる。真面目にやるに越したことはないのだ。
「まずは、初回特典のゴールドを手に入れて…」
運営からの情報はもちろん網羅している。どうすれば一番効率が良いかということももちろん考慮して
「お店で魔導書を買ってこれでオッケー」
万全な準備を整えた上でダンジョンへと向かう。
「ここらでモンスターが出てきてもおかしくはないかな」
案の定、うさぎ型のモンスターが現れる。
「【ファイアボール】」
杖から現れた炎の弾は見事にうさぎにぶつかり、そのHPゲージを減らしていく。
「焼きうさぎ一丁、意外とうまく行くもんだな」
事前準備は完璧だったようで次々に出現するモンスターを退治して行く。レベル上げも順調に進み、12まで上がっていた。
「それにしても、他のプレイヤー全然いないなぁ」
平日の昼間ということもあり、大半のプレイヤーは学校や職場にいる。残っているのは振替休日や年中休みの方くらいだろう。
「………これってどこからどう見てもニートにしか見えないじゃん」
今更のことなのだがこれはこれで体裁が悪い。
「後で課長と話し合うこととして、それより着いたみたいかな」
ダンジョンを潜り、しばらく進んで行くと洞窟が見えてきた。先程、課長から送られてきたメッセージに書かれた場所だった。
「レベルは15か、まあ妥当かな」
軽く対策をして、中に入って行く。襲いかかってきたのは毒々しい色をしたスライムやトカゲだった。
「【ファイアボール】」
灯りとして用意していたがそれは無用な心配で代わりにモンスターにぶつけて行く。直撃したスライムは蒸発し、トカゲは干からびた。
「オーケー、ここまでは順調。そろそろかな?」
ワーカーの目の前にそびえ立っていたのは自身のニ、三倍ほどの大きな扉だった。
「さて、行くか。」
ワーカーは恐れることなく扉を開いた。
ワーカー
Lv.18
HP 32/32
MP 25/25〈+20〉
【STR 0】
【VIT 15〈+15〉】
【AGI 35〈+15〉】
【DEX 15】
【INT 80〈+10〉】
装備
頭 【空欄】
体 【魔術師のローブ】
右手 【初心者の杖】
左手 【空欄】
足 【空欄】
靴 【初心者の魔法靴】
装飾品 【空欄】
【空欄】
【空欄】
スキル
【火魔法Ⅱ】【水魔法Ⅱ】【風魔法Ⅱ】【土魔法Ⅱ】【闇魔法Ⅱ】【光魔法Ⅱ】【状態異常耐性中】【魔法の心得II】【超加速】【気配察知II】【跳躍Ⅱ】【罠の心得Ⅱ】
魔術師のローブ MP+20 VIT+15 AGI+10
第一回イベント終了後、初めてログインしたプレイヤーに与えられる特典の一つ。
「課長、勤務時間変えてもいいですか?」
「いいが…会社は22時には閉まるぞ」
「え、そんなに早いんですか?」
「うちのモットーは残業ゼロだからな。そんなにやりたいなら家に持って帰れ」
「そうします。」
(そういや何年か勤めてるけど残業したことないな。ここに入社して良かった…?)