息をきらして、雪だるまのような格好をした少女が走っている。寒い気候以上に、体力の限界を越えようとしている吐息だ。
少女が逃げている理由は簡単だ。後ろから追ってくる者がいるから。そして、それが……
「血が足らぬ! 血が足らぬ! 大地よ、血を返せ!」
とても人間のように思えなかったからだ。彼らは一様に骨と爬虫類の皮を被り、同じことを繰り返す。血を返せと。あれではまるでおとぎ話の邪悪な竜人だ。
「あうっ!」
そんなことを考えたせいか、少女は足をもつれさせて転倒した。それは致命的な隙で、後ろから来ていた者達が少女を取り囲む。
「血を返せ!」
返せってなんだろう。私達はなにも奪っていない。両親も友達も、そうだろう。でも突然に現れた存在によって寒村の平穏は打ち砕かれた。
……結局、神様は助けてくれないのだろうか。勇者もおとぎ話に過ぎないのだろうか。
「血をっ!」
手が迫り、少女は思わず目を瞑った。怖い光景など見たくない。
「事情があるのは分かったが、おなごを集団で追いかけ回すのは趣味が良くないな」
……人の声。顔をあげた少女は見た。彼は神様では無いだろう。もしかしたら勇者でも無いのかも知れない。しかし、紛れもなく声の主はその通りの救い主であった。馴染みのある銀色が放たれ……
「フラッシング・ソーサー!」
……竜人達は吹き飛ばされた。少女にとって彼こそが救世主となった瞬間だった。
/
そこは壁にヒビが入り、破壊と歴史を伝えて来る空間だった。それでも荘厳に感じられるのは、一段高い座にいる人物の迫力であろう。
……教皇にして最強の戦士。牡羊座のシオンの威厳であった。今も俺はその前にぬかづくことに、一片のためらいもない。古より伝わる教皇の兜と長いローブ。外見ですら様になっているというのに、内奥する
我らは
この地……聖域と、いずれ蘇る冥王との戦いのため、力を蓄える日々なのだ。
「
「ハッ! この
顔を上げるとシオン様と目が合う。その顔は慈愛に満ちていた。それは父性にも郷愁にも似た顔だった。その顔を目に焼き付けたまま、俺は教皇の間を辞した。
/
教皇の間から下へと降りるには手間がかかる。そのためサイコキネシスを得意とするシオン様が直接テレポーテーションで飛ばしてくれた。
突然景色が変わり周囲の神殿郡が見える。教皇の間と同じように大方は直っているものの、あちこちにヒビや傷も目立つ。前聖戦の傷跡だ。
前聖戦はおよそ10年前だったという。偶然、この地に流れ着いた俺にはわからぬことだが些かどころではなく、大分に異色の闘争であったらしい。
生き残った聖闘士は、宿敵ハーデスの部下たる魔星を監視する
「今から任務か。リョウマ」
「テネオ様……!」
長い髪を後ろに括り、きらびやかな黄金の鎧をまとった青年がいた。
聖戦後に
ふとシオン様の優しい目を思い出す。東洋の血を引いていると言ったとき、テネオ様も同じような顔をしたものだ。
「任務か。お前ならば大丈夫だろうが、気は抜くなよ」
「はい!」
「本来……
「テネオ様……それは、今黄金聖闘士の数も……」
分かっていると言いたげに、テネオ様は俺の肩に手を置いた。本来12人いるはずの守り手がただ一人。どれほど覚悟がいることだろう。どれほど悔しさを耐えたのだろう。
だが、その手から伝わる思いが俺の総身を震わす。
「では、行ってまいります」
衝動を駆けることで発散する俺の耳に、つぶやきが聞こえた。
黒髪はテンマさんを思い出すと……
番外編を読み直してたら、むらむらと…