味気ない夜、けろけろ
『で、結局お前は何者なんだよ。』
トトルス村の住民達による熱い見送りを受けて円満に旅立ったジュラ達であったが、その余韻に浸る間もなく突然喋り出したカエルの生首への質問会が始まった。
『それは俺の腹をかっぴらいたキミが一番よく知ってるだろう?ジュラ・パズズ。あと、イオンだったっけ。気持ちはわかるが盛り塩はやめてくれるとありがたい。』
『す…すみませんでしたっ!どうか祟らないでーッッ!』
生首が露骨に肩(もう無いけど)を落とす。
『そんなに怖がられると傷つくなぁ。まぁ改めて自己紹介させてもらおうか。俺の名はカブウ、キミらの分類で言うところのオオキバツノガエルのオスにあたるかな。カブさんと呼んでくれや、仲間内でもそうだった。好きなものは「メイスホッパー」の卵と海亀、嫌いなものは苦ーい「レプティルツチハンミョウ」だ。まぁこんなところかな?あと、これは知っているだろうが命日は5月20日だ。』
『めちゃくちゃ嫌味言ってくるじゃん…てか、死んだならそれらしく地獄にでも行っとけよ。』
『ハハハ、スムーズ且つ自然に俺を地獄に落とす手腕は評価したいが、それはできない相談だな。生前は気づかなかったが、どうやら俺は能力持ちだったらしい。おそらく、内容は一度死んで更なる知性を得て蘇るってところか。いやまったく幸運だった。』
徐にジュラが立ち上がって剣を構える。
『何をするつもりだい?』
『いやなに、ちょうど下は湖だ、てめーを切り裂いてそこに捨てて行く。カエルらしく池でケロケロ鳴いてるんだな。』
『うーん、俺はあんましケロケロ鳴かないし泳ぎは得意じゃないタイプのカエルなんだが…第一、俺としてはキミ達に興味があるしこのまま着いていったほうが楽しそうだ。よって、ほんの少し抵抗させてもらおうかな。』
『上等だぜ。文字通り手も足も出ないくせにどうするつもりだ?拝見しようじゃねーか。』
ジュラが上段に剣を構え、カブウの眉間を両断せんと大きく振りかぶった瞬間、壁の中から無数の触手が飛び出して剣の柄とそれを握りしめた両手を固定・無力化したのだった。
『うわぁ!ジュラ‼︎大丈夫?』
『ああ!特にダメージは受けてねーが…こりゃなんだ?ちょっとヌメッてる…』
『僅かに残っていた筋肉と神経の細胞を増幅・成形してつくった触手でね、コイツを機体の壁の中全域に張り巡らせてある。タダで間借りするのも礼に欠けるから構造的に脆い部分の補強にもなっているぞ。』
いかにもこちらにもメリットがあるように言っているが、言い換えればいつでも背後から刺される危険を伴うということだ。
非常に不本意ではあるが、拘束されている現状対話に応じるしかないだろう。
『要はてめーを落とす時はイコールこの機体も落ちる時ってことか…』
『理解が早くて助かるね。改めてよろしく。なあに、自分のことは自分でするからそんなに世話焼いてくれる必要はないさ。』
今は表面上だけでも仲良くしておこう。
だが、いつか何処かの火山にでも投棄するとして、不審な行動を見せるようなことがあれば即刻破壊する準備はしておくべきだ。
拘束が解かれ、ジュラの両手が自由になる。
握って開いてを繰り返し、手に何も違和感が無いことを確認したジュラは握手代わりに目の前に差し出された触手を握り返すのだった。
ふと時計を見て、昼が近いことに気づきキッチンへ向かおうとするジュラにカブウが後ろから問いかける。
『ダメージといえば、右肩の傷は癒えたのかい?だいぶ深く抉ってしまった感覚はあるんだが。』
『そのことなら心配はねーよ。村の医者に昨日診てもらったが後遺症も傷跡もなく完璧に治ってるってよ。丈夫な体でよかったぜ。』
本当に、丈夫な体でよかった。
まぁ治癒が早い分とんでもなく腹が減るという欠点はあるが…
今日のメニューは何にしようか。
軽快に踏み出した一歩目はあるはずの床を捉えることなく空を切った。
なすすべもなく派手に転び、近くの棚から落ちたフォークが目の前の床に突き刺さりビィィンと振動する。
『うおぉ!あぶねぇ!なんだぁ⁉︎何か異常か?』
『ごめ〜ん、ちょっと下降しようと思ったら勢いをつけすぎちゃって。次から気をつけるね。』
イオンが申し訳なさそうに頰を掻いている。
『そんならいいけどよ、危うく鼻が無くなるところだったぞ。ところで、わざわざ下降するってことは何か面白そうなもんでも地上に見つけたのか?』
『いやーどっちかっていうと割と緊急事態かもしれないんだけど…』
イオンが指差した先を見ると、そこは急勾配の森の中で少し開けた草地となっていて、実に日向ぼっこに良さそうに思える。
そんな草地におよそ自然現象とは思えない光景、具体的には皮を剥がれた枝が何かしらの文字のように散らばっていた。
『なんだ?ありゃ、S.O.S?どういう意味だ?』
『うーんと、すごく端的に言うと、誰か助けて!…かな。もしかしたらもう手遅れかもだけど。』
いざ冒険の旅に出て早々野晒しの死体なんて見たら運勢とテンションは最悪だ。
とはいえ救難信号を確認したからにはイオンはその性格上絶対に助けに行くだろうし、ジュラとしても見殺しは寝覚めが悪い。
どうか、せめてミイラ化死体ぐらいのグロテスク度合いでありますように…
近隣はどこも急斜面と森林、或いはその複合でイオンフライヤーを係留できそうな場所がなかったため、地上から10m付近に固定し縄梯子で降りることとする。
一応新品でありすぐにプッツンしてさようならとなる心配は少ないはずだが、ジュラにとってはあの忌々しい飛行訓練所を想起させる嫌な高さである。
降りる最中に地上を見てしまうと勝手に膝は笑い出すし、脊椎を直接摘まれるような気持ちの悪い感覚が全身を満たしていく。
そして、そんな感覚に襲われる度に怯えている自分がわかってしまい、それが情けなくてどうしようもなく行き場のない焦りを覚えるのだ。
ジュラが自己嫌悪で苦虫を噛み潰したような顔になっていると、突如頭の上から加わる衝撃。
こんなことをするヤツは一人しかいない。
『ごめんジュラ!間違えて踏んじゃった!』
『ふざけんじゃねー!こちとら毎朝じっくり丁寧にセットしてる自慢の赤髪だぞ。どーやったら梯子と見間違えるんだよ!』
イオンはいつでもイオンであった。
少なくとも自分と現状への不満は一時的にどこかへと吹き飛び、無事に着地することには成功した。
機体の位置はアミンが維持しといてくれるらしいので心配はいらないが、問題はこのSOSを残した者が今どんな状態なのかだろう。
鼻はきく方であると自負しているジュラだが幸い近くに腐臭は感じない、どうやら腐乱死体を見るハメにはならずに済みそうだ。
『しかしなんでこの枝は悉く皮を剥がれてるんだ?余計に不気味だぜ…』
『そうだねーまぁ単純に見えやすいようにかなぁ?実際、私もキラキラしてる山を双眼鏡で見てコレ見つけたんだし。』
『なるほどなー』
ふと、二人はほぼ同時に地面の一点に目を向ける。
そこには、昼なお薄暗い森の中へと一直線に続く一対の足跡があった。
ジュラが目配せで合図すると、二人は互いの距離を空けぬよう慎重に足跡を辿り始める。
程なくして目の前に現れるまだ白い灰が残る新しい焚き火の痕、深い森には似つかわしくない広めのリアカーに積まれた透明な丸底フラスコ…足跡を辿る内に見えてきたそれらは少し前までこの場所に何者かがいたことの証明であり、同時にその何者かがただの登山家や行商人ではないことの証でもあった。
それに、このフラスコの中に残る青い結晶と臭いは……
ジュラがそれを観察しようとしゃがみ込んだその時、ガサリと二人の背後にある茂みが動いた。
反射的にイオンの前に飛び出し、魔剣を出現させたジュラが問いかける。
『何者だ!三秒以内に姿を見せないならこっちから攻撃する!』
剣に魔力が集まり、刀身がより濃い紫色の光を放つ。
この時点で勘の鋭い野生動物なら逃げ出しているはずだが、茂みの中で蠢くソレは逃げ出す様子はなくむしろこちらに接近しているようにも感じる。
緊張を解かず、少なくとも野生動物ではない謎の存在を待ち構えるジュラとイオン、その二人の前に姿を現したのは…泥だらけ木の葉だらけでかろうじて人間であると判断ができるだけの痩躯な男だった。
『たべ…もの。』
一言だけ発して気絶した男を前に二人は顔を見合わせ、とりあえず相手は人間らしいということで連れ帰って話を聞くことにしたのだった。
テーブルに食器が積まれていく。
すでに男の平らげた皿の量は8枚を記録しており、飢えた獣のような食べっぷりからはよほどの間まともなものを食べていなかったことが窺えた。
その必死の形相は昼食を食べていたイオンも思わず手を止めるほどだ。
『ごっそさん!実に美味しかった!』
男はナプキンで口を拭うとすぐに胸ポケットから取り出した小瓶の栓を開けた。
『少しバスルームをお借りしても?』
『別にいいですけど…』
イオンから許可を得るやいなやバスルームに飛び込み、程なくしてシャワーの音が聞こえ始めた。
『すごい食べっぷりだったねー』
『まあ、運んできた時は生きてるのが不思議なくらい軽かったからなぁ。それでもあんだけ食べるとは思ってなかったけどよ。とりあえず事情を聞いて、なんか厄介なネタでもなけりゃ次に見えた街で降ろして行こうぜ。』
10分後、タオルを頭に乗っけた男が上機嫌でバスルームから出てきたが、いつのまにかその衣服は先程まで泥だらけだったとは思えないほど清潔になっており、とびきりのノリを効かせたようにパリッとキマっている。
同時に男が来ていたのは金色の当て布であちこちをツギハギした白衣であるということも判明した。
『ありがとう、いい湯加減だった。ちなみに、風呂上がりのデザートなんかは…』
『いや、ねーよそんなもん。アンタも大概図々しいなぁ。』
男は椅子を引いてジュラとイオンの前に腰掛ける。
『ここまで世話になったからにはあなたたちも気になっているようだし、私のことぐらいは話しておく必要があるね。私は西の方から来たランスという者で錬金術師を生業としている。』
男が発した単語にジュラがピクリと眉を動かす。
『錬金術だって?ありゃ相当難しい技術のはずだ…失礼を承知で言わせてもらえば、森で迷って死にかけてるようなアンタが扱えるとは思えない。』
十分に挑発的な発言だが、男は余裕を崩さない。
『随分とお詳しい方がいらっしゃるようだ。それなら手っ取り早く実演して見せよう。ちょっと準備をするから待っててくれ。』
ランスと名乗る男はいそいそとカバンを漁り、何かを探し始めた。
その間にイオンがジュラにひっそり耳打ちせんと近づく。
『ねえ、錬金術ってどんなものなの?噂ぐらいしか聞いたことないんだけど、全知全能がどうのこうのとか世界を生み出すとかどうのこうのとか。』
『お前がどこでそんな噂話を仕入れてくるのか知らないけどな、錬金術ってのはそんな想像ほど派手なものじゃない。基本は材料の性質を生かした化学反応に魔力の作用を介在させて風邪薬から未知の物質まで、いろんなものを作っちまおうって学問だ。ひたすらに難しいうえに一歩間違えれば簡単に苦しんで死ねるからな、魔界でもそうそうやりたがるヤツはいねー。』
『ひえー、じゃあランスさんもそんな命をかけて毎日生きてるのかなぁ。』
『そうは見えないがそういうことになるな。後、俺が悪魔だとか魔界だとかのことは他の人間には言うなよ。バレたら厄介な事になるかもだからな。今だって変身魔法使って角や翼を誤魔化してる。』
『ああ、どーりでさっきからなんか印象違うなーと。りょーかい、ちゃんと覚えとくよ!』
少し目を離した間に準備は整っていたようで、机の上に所狭しと並べられたガラス器具やピンセットはどれも使い込まれた雰囲気を感じる。
『お待たせしたね。それでは、まず一つ目は雪の噴水をお目にかけよう。』
丸底フラスコに注がれる白い結晶と銅色の液体、二つでは何も起こさないもののランスがほんの少しの青い粉末を入れ、杖で軽く一突きするとたちまち全てが混ざり合い大量の鉛色をした靄をフラスコの口から打ち上げた。
慌てて窓を開けようとするジュラの手の甲に何か、冷たいものが落ちる。
それは雪、魔界では降る地方が極端に偏っているため早々見る機会は無いシロモノだ。
もちろんイオンフライヤーの周囲は晴天であり、その室内にだけ雪が降っている様子はさながら冬を切り取って一時の納涼としているかのようだ。
これにはカブウも口笛を吹いて賞賛を示す。
『ありがとう、だがこれだけではつまらない。更なる錬金術の深みをお見せしよう。』
ランスが手に取った紡錘形の草の種子を指で砕き、雪雲の中に投げ込んだ。
すぐさま杖を構えて呪文を唱える。
【グリファータ】
瞬間、雪は緑に変わり風もないのに舞い散る木の葉のように不規則に動きながら落ちていくように変化した。
初めて見る珍妙な現象にイオンとカブウから歓声が上がる。
『こいつは実用性は皆無と言っていいが、まぁ見た目には非常に楽しい。そして、コイツが私の虎の子にしてオキニの反応…おっと、その前に窓を全て開放してもらっても?そうそう、ありがとう。』
ランスの取り出した小さな試験管をその場にいた全員が固唾を飲んで見守る中、透明な液体が注がれ小さな錠剤と泡を出して反応を始めた。
それだけで終わるはずはなく続け様に呪文が唱えられる。
【バチン】
微弱な電流が試験管を駆け巡りさらに反応を加速させる。
【ヒューム・テラズマ】
その瞬間、試験管に向けて外から膨大な魔力が流れ込み、熱と光が爆発的に高まってゆく。
本来、それ自体では周りに影響を及ぼさないはずの魔力だが、今回ばかりは流入するエネルギー量が大きすぎるのか窓を震わせ、部屋内に突風を巻き起こしていた。
『これはッッ、大丈夫なのかよ⁉︎こんな膨大な魔力が爆発したら…』
『心配しないでくれ、あと騒ぐのもやめてほしい…集中が途切れたら困った事になる。…ここだッ!【ピルドテート】よし、成功だ。さあ、これが私の思う一つの錬金術的到達点だよ。』
試験管の中には強い光を放つ極小の粒が浮遊していた。
落ちかけた線香花火のようなそれは時折り小さく炎を噴き上げ、輝きを変化させている。
『恐らく持って十秒ほどが輝きの限界だろうから、見逃さないようにね。』
『これってなんですか?やたらと眩しいだけで何も見えないんですけど。』
『キミは私が欲しい質問を的確にしてくれるね。こいつは誰しもが一度は見たことがあるが、誰も手に入れたことはないあの空を支配する太陽のミニチュアさ。近年、あの日光の成分比が解析されたのはご存知かな?その結果をちょいと拝借してこいつを作る方法を思いついたってわけだよ。』
得意げなランスの講釈が終わる頃にはミニ太陽の輝きはもう失われ、徐々に消えつつあった。
『おっと、終わってしまったか。ほんとはこいつを使ってもっとでかいことも考えてるんだけどね…ま、その話はいいや。これで私が一端の錬金術師だって信じてもらえたかい?ジュラ君。』
『‼︎…どうして俺の名を?』
『だめだよ、名前を隠してるつもりなら壁に掛かってる掃除当番表とやらくらいは隠しとかないと。いつだって情報は凶器なんだから。…とりあえず、少しの間だがよろしく頼むよ。』
こうして、ジュラとイオンの旅は早々に喋る剥製カブウと変人ランスを同行者に加え、まずは手近の大きな町へと向かうのであった。
特に書くことが思いつかない
登場人物
カブウ
享年127歳のオオキバツノガエル雄。
本人は能力だと思っているが、実際のところどうやって蘇り喋ることができるようになったのかは不明。
少なくともまっとうなカエルは触手を出したりはしない。
ランス
流浪の錬金術師であり、何かから逃げるように過去を消してきているため足取りを追うことはできない。
かなりの毒耐性があり、薬学にも詳しいが最近の研究テーマはもっぱら魔力を用いた常温核融合。
用語集
メイスホッパー
バッタ目キリギリス科モモブトキリギリス属の動物。
40cm程度まで成長する巨大なキリギリスで、最後の一対の足がメイスのような形状になっていることが名前の由来。
人間でも蹴られると痛いでは済まない。
レプティルツチハンミョウ
コウチュウ目ツチハンミョウ科ドクハンミョウ属の動物。
中央連合のレプティル地区周辺で普通種の動物。
本属は体液の毒性が極めて強く、古来から暗殺や処刑にも用いられた。
錬金術
基本的には化学反応に魔力の要素を組み合わせて様々な物質・現象を作り出す技術を指す。
その歴史は深く、様々な有用物質を生み出してきた一方、予想外の反応で無数の錬金術師の命を奪ってきた。
錬金術師
錬金術を専門とする魔法使いのことを指す。
死の危険と常に隣り合わせであり、高度な技術と知識が欠かせない
グリファータ
対象を緑色に染める呪文。
元々はパーティー用のジョークスペルとして開発された。
バチン
魔力を電気エネルギーに変換する呪文。
ヒューム・テラズマ
錬金術の専用的側面が強いごく小規模な範囲で膨大な魔力を用いて圧力と温度を高める呪文。
考案者はランス。
ピルドテート
対象にかけた魔法の効果を終わらせる呪文。