魔剣王正伝   作:プルプルマン

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この世界のお金の単位は基本的にコンスです。
価値はほぼ円と同じと考えてもらって構いません。


空が落ちてくる

若干傾いた日の光に照らされたJB街の飛行船発着場に行儀よく整列した機体の中で、一際存在感を放つピンクに塗られたソレの中から少年と少女が姿を現した。

『いやー、さっきのはやばかったね。』

『ほんとなー、お前ってやつは…すぐ隣の見えてる機体に突っ込もうとするんだもんなー。危うく旅の最初も最初にべらぼうな借金を背負うところだったぜ。』

『うーん、私まだ内蔵は売りたくないかなあ。気を付けるよ。』

『内臓を売るくらいで済めばいいけどね。』

遅れてピンクの飛行船から姿を現した白衣の男が言う。

『君がぶつけそうになったその船に描かれた紋章はカロウエル王宮のものだ。下手すると指導者を狙ったテロリストとして処刑されかねないね。』

つくづく日が落ちる前に到着してよかったと感じる。

暗闇の中で意気揚々と着陸した結果、何かに擦った音など聞きたくはない。

『ん、こっちに誰か走ってくるよ。もしかしてさっきのアウトだった?二人とも裁判と処刑には来てね…』

『勝手に捕まった挙句キッチリ裁判まで受けて有罪になるな。大方、ここを管理してる連中だろ。ちゃんと受け答えできてりゃ捕まんねーよ、多分。』

イオンが発着場の職員と問答をして何やらペコペコしている間、ジュラとランスは明日以降の予定を相談していた。

『やっぱ、最初にあんたが言ってた爆裂魔事件の記念館を見に行こうぜ。他になんかめぼしい名所でもあるならそっちでもいいけどさ。』

『旅の醍醐味は足を動かすことだよ。放浪に名所だとかマニュアルなんてものはないのさ。第一この手の記念館だとかは朝っぱらから開いてるなんて滅多にないしね。』

『そんなもんかねぇ。じゃあどうすんだ?』

『普段なら地元向けの朝市で美味しい朝ごはんと洒落こむんだけど…今回は高級住宅街だからできない可能性が高いね。しょうがない、街はずれの旅人向けの飯屋を狙おうか。』

『なんなら俺が作ろうか?食材にはまだまだ余裕あるし、下手な店よりは美味いって自負してるぜ。』

『それもそうだね、この街で私たちは別れるわけだし君の料理の美味しさはこの二日間でよくわかっている。だから、彼女さえ良ければそれがいいと思う。思い出に残るのを頼むよ?』

どうやらイオンの方も手続きが一通り終わったらしく、見るからにげんなりした様子でこちらに歩いてくる。

『登録番号がない飛行船は国営の発着場に降りちゃダメってめちゃめちゃ叱られた…撤去されても文句は言えないって。』

『当たり前だろ、いつも通りヌケてんなぁ。ところで、係との話は終わったのか?それとも撤去用のハンマーでも取りに行ったのか?』

『もともと中古だから付いてると思ったんだよー。まあ、よく考えたら普通売るときに登録外しとくよね…もう持ってないわけだし。あ、さっきのおじさんは仮番号を出してくれるんだって。今取りに行ってるから待ってて欲しいってさ。』

『早くも助けられてんな。こりゃサク爺も苦笑いだろうぜ。』

『うー、耳が痛いなぁ。しかも明日一日は本登録で潰れちゃうしー。二人で楽しんできてよ…』

ジュラにとって非常にまずいことに、イオンが来ないのは予想外だった。

どう考えても彼と変人ランスの二人で話の間が持つわけがない。

何しろこの一日半をともに過ごした結果、態度や話の中身から彼が露骨な悪人ではないこと以外のなにも窺い知ることができなかったのだ。

もしこのまま2人きりになれば、最初の30分で切り札の『今日はいい天気ですね』を繰り出し、それ以降石ころのようにだんまりを決め込むことになるだろう。

『わかった、残念だがなるべく楽しい土産話になるよう努力するよ。ところで明日の朝食はジュラ君が作ってくれるそうだが構わないかい。』

『もちろん!いろいろ聞かれるだろうし、頭シャッキリするのを頼むよ~。』

すでに異論を言い出せる雰囲気ではなく、ジュラは元気なく承諾の返事をしたのだった。

 

 

 

翌日、必要な資料を持ったイオンがまるでこれから死地に赴く戦士のような、覚悟を刻んだ顔で一足先に船を降りて行った後のことである。

『さっきの顔…覚悟が決まっていたね。』

『ああ、…確認するがあいつがこれから行くのは単なる飛行船管理事務所なんだよな?なんであんな深刻な顔を…』

『しかも規模の小さい支部だね。まあ、誰しもお役所の前は緊張するよ。さて、私も動くとしようか。』

『まだ早いんじゃねーのか?朝日だって昇ったばかりだぜ。』

『言葉が足りなかったね、せっかく大きい街にきたから路銀を稼ぎに行くのさ。先立つものがあり過ぎて困ることはないし、貴族のご婦人方は金払いがいいからね。』

『ああ、昨日なんかごそごそしてると思ったら売りもんを作ってたのか。そういや、俺たちも路銀はたんなくなる前に補充しておかないとなー。』

『なら、これからちょっと私の商売を手伝ってくれるかい?もちろんバイト代は色をつけて出すよ。』

10分後、二人は街へ繰り出した。

 

上品な装いと振る舞いで艶やかに飾られた噴水広場に突如爽やかな木立の香りが吹き抜け、道行く人々が思わず立ち止まる。

気づけば、雑踏の中心にはミステリアスな雰囲気で佇む男が二人。

『紳士淑女の皆様、大変お待たせ致しました。ご要望とあらば風邪薬から宇宙まで、ガラスの檻で作り出す。錬金術師ランスが麗しき皆様の日々に素敵な魔法をお届けに参りました。』

人の目が一気に二人に注がれる、つかみはばっちりのようだ。

 

数分後…客足は更に増していたが、その商売スタイルはジュラの想像の斜め上を行っていた。

『らっしゃーせぇ!らっしゃーせぇ!古今東西知る人ぞ知る、秘伝の霊薬を作り出す、神秘の錬金術をあ、一目ご覧あれぃ!お、そこの麗しきお嬢さん、貴女の美貌に乾杯だ!お試しセットを差し上げましょう!』

つかみで作った妖しい雰囲気の空間は一瞬で競りの場へと変化していた。

『なんか…こうもっと粛々と取引するもんかと思ってたぜ。アンタの商売はいつもこんな感じなのか?』

『いや、普段はあの雰囲気でやってるんだけどもこういう場所じゃ下町スタイルの方がウケがいいんだよ。上品な街では物珍しいんじゃないかな。それに…彼女らは外面を重視する傾向があるからこの手の誉め殺しはこの上なく効果的だね。』

先程、お嬢さんと呼ばれた女性が満面の笑みで品物のリストを眺めている。

もう間も無く売り上げが少し上がりそうだ。

 

 

 

イオン・アイシクルは荘厳なる宮殿のように尊大に、しかしその態度に見合った歴史と格を誇って立つ飛行船管理事務所(支部)の前でその威圧感を全身に受けていた。

実際は二階建てのちょっとペンキが剥がれ、除去が面倒になったのか蔦が好き放題登っている建物はどちらかというと親しみやすい見た目の部類なのだが。

彼女は意を決して目の前にある重い(建て付けが悪い)観音開きの扉を開けた。

『はいー、空いてますよー。こちら「世界飛行車協会」機体管理事務所バグショット区支部になりまーす。』

棒付きの飴を舐めたまま受付カウンターに座った気だるげな朱色の髪の女性が、客が訪れるたびに唱えているであろう定型分を抑揚無く発する。

意外にも中には彼女を含めた少数の職員しかおらず、せっかくの広いホールを持て余していた。

『きょ、今日は飛行船を登録してもらいたくきましたです!』

『あーはいはい、登録ね。じゃーそこの椅子に座っててー、何個か審査もあるからさー。』

イオンは促されるままにロボットのようなぎこちない動きで椅子を引いて椅子に座り、背筋を伸ばして相手の言葉を待った。

『ただの登録なんだし、そんな緊張するこたないからさぁ。まぁ、まずはお金だね。こっちもボランティアでやってるわけじゃないからそれなりの手数料をいただきますよっと。えーと、サイズによって変わるから…登録したい機体の資料は持って来た?』

『はい‼︎今だしま…あぁ!ほわぁぁぁ‼︎ごめんなさい‼︎』

勢いよく引っ張り出された資料は一気に飛び出し、その直線上にいた受付レディーの顔にクリーンヒットしたのだった。

 

 

 

『新しいお客は…来ないね、これはひと段落ついたかな。そろそろ店じまいとしようか。』

露店を開いてから二時間もたたないうちにあれだけ集まっていた客足は途絶え、前を行く人々もちらりと二人の方を見るだけでそれ以上に関わろうとはしなくなった。

『なんか…てんてこまいのうちに終わっちまったけど、これでいいのか?まだ二時間しかたってねーぞ。』

不敵に笑ったランスが金貨の詰まった麻袋の口を緩めてジュラに見せる。

『これだけあれば当面の生活には困らないね。彼女たちは金払いはいいけど飽きも早いのが常でね、『珍しさ』を失えばその瞬間に見向きもしてくれなくなるのさ。尤も、こちらとしても延々行列を作ってまで買いたくなるような品物は扱ってないのも原因かもしれないけどね。彼女らのお抱え錬金術師が楽々作ることができるレベルさ。』

『なんというか、それって商売として健全なのか?わりと詐欺まがいのことしてるような気がするけど。』

『とても健全さ。値段も10倍程度にしか釣り上げてないし、需要と供給は完璧なバランスなんだから。おまけに、ほんの少し手と品を変えさえすればまた同じ場所で儲けさせてもらえるしね。はい、バイト代だよ。そこそこの額だから落とさないようにね。』

わりとあくどい事実をぶっちゃけつつ、ずっしりとした袋から一掴みの貨幣を小袋に詰めて差し出すランスに対しジュラはそれを受け取りながらあきれた顔を浮かべる。

『アンタ、いつか夜道で死んでそうだな…』

『フフ、そうなっても仕方がないけど、超えちゃいけないラインには触れないように気を付けるよ。そろそろ目的の場所が開いてるかもしれないし、行ってみようか。』

二人は早々に店を片付け、雑踏の中に紛れていったのだった。

 

 

 

『はい、一応書類は確認したし、届け出も受理しました。あとはこちらで審査を受けていただいて、その間に機体のチェックまでやっておきますので、後で登録番号入りの許可証と「魔法印」さえ取りに来てもらえばそれで手続きは完了です。………だから、そろそろ顔上げてくれない?』

その言葉に顔を上げたイオンの目に映ったのは鼻の頭に白い絆創膏を貼った受付の顔だった。

『本当にごめんなさい…』

『ここまでおっちょこちょいなのは久々に見たけど、別に怒ってないってさっきから言ってるのに。ほんとに心配すべきはそのうっかりが質疑の場でバレないかどうかね。あ、質疑室はむこうね。』

促されるままにイオンがカクついた動きで扉の向こうへ消えていくのを見送り、受付レディーはため息をついた。

『イオンちゃんかぁ、また変わったのが来たわね。いやーバックレなくてよかったわ。さて、私も準備しますか。』

 

一方、部屋の中で待機するよう言われたイオンであったが、部屋の中心にポツンとおかれた椅子に腰かけた彼女が待てど暮らせど(実は数分しかたってない)担当者はやってこない。

早くも許可は出せないということなのか、と身構える彼女の不安を見透かしたかのようにスタッフ用と書かれたドアがゆっくりと開けられ、中から三人の男女が姿を現した。

そして、その中の一人は…

『受付のお姉さん⁉あなたもいるんですか?』

ふわりと飛んできた椅子に腰かけ、彼女は顔の前で机に突いた腕を組む。

『そりゃそうよ、私はカペート・レッドロビン、ここの支部長だもの。さ、そんなことよりイオンさん。早いとこ面倒な仕事を終わらせちゃいましょ。』

微笑むカペートの口の中で飴玉がカロっと音を立てた。

 

 

 

『ここがそうなのか…凄惨だな。』

華やかなJB街においてその場所だけが真逆と言える異様な雰囲気を放っていた。

それはなにも事件の痛ましさを忘れないように、とあえて修復されず当時のままになっている街並みや丹念に磨かれた巨大な慰霊碑だけのせいではない。

この場に渦巻く12年前のものとは思えない強烈な怨嗟・苦悶の念がジュラの五感すべてを逆なでし、吐瀉物が迫り上がる感覚を延々繰り返すかのような最悪の気分にさせてくるのだ。

こんなものを一人で作り出した爆裂魔は一体どれほどの業を、呪いを受けることになるのだろうか?

想像するだけで彼の背中に寒いものが伝わる。

『おーい、大丈夫かい?心ここにあらずといった様子だけど…』

隣に立つランスの呼びかけに我に返り、改めて目の前の惨状とその中に立つこじんまりとした記念館を眺める。

それはコンパクトな外観に似合わないほど暗い気配を秘めているようで、風雨で消えていく破壊の痕や献花が日常となった慰霊碑よりもずっと生々しく12年前を引きずっていた。

唾を呑み込んだジュラがゆっくりと軋む扉を開き暗闇の中を覗き込んだ瞬間、奥からぬるりと青白い骨張った手が突き出された。

『うおぉ!でやがったな、成仏してくれっ!』

驚愕し、魔剣を出して不気味な細い腕をバッサリ切りすてようとする彼を止めたのはランスの一声だった。

『ジュラ君、ストップだ。彼は生きてる人間だよ。後君その剣どっから出したの?』

言われてみれば目の前の腕は思い描いていた幽霊よりはまだ生気があるような気がする。

もっと言うなら暗くて見え難いが、腕が突き出された方向には白髪を耳の横で結った小さな老人が立っていた。

『…ぉんす』

老人が何かの言葉を呪文のように繰り返している。

『お…おい、このじーさん大丈夫なのか?いくつなのかしらねーけど、趣味は鳩時計とおしゃべりすることですとかいわねーよな…』

老人の目がカッと開いた。

『だぁれがボケジジイだこのクソガキャァ。さっきから入館料は一人200コンスとゆーとるのが聞こえんのか?まったく…そんなオモチャみたいな剣を出しよってからに。』

その勢いに押され、言われるがままに400コンスを老人の掌に乗せる。

『ヘイ、まいどありっと。まったく、最近の若いのは礼儀がなっとらん。人を見るなりボケ老人呼ばわりするわ剣を抜いて切り掛かるわ、世も末世も末。』

『確かにいきなり切り掛かったのは申し訳無かったと思う。でも電気つけとかないそっちにも問題あると思うんすケド…てかアンタ関係者?』

バツが悪そうに反論を試みるジュラを老人は一蹴した。

『うるさいわ、燃料代もバカにならんのだ。儂か?儂はカラクール、ここの館長兼解説員兼掃除係…あぁ、後受付もこないだ辞めたからそれも兼でやっとる。』

『オーバーワークが過ぎるなぁ、体気をつけなよ。』

『ハン、ガキに舐められるほどこの老骨、腐っちゃおらんわ。せっかくだし、次の客が来るまで解説員としてなんでも教えようか?』

『御老人、お気持ちは嬉しいが我々はじっくり没入するつもりで…』

『これは失礼、言い方が悪かった。儂だってヒマなんじゃ、話に付き合え。客なんぞどうせ1日何回も来ないしの。』

この日、ついに他の来館者の姿を見ることは無かった。

 

 

 

『それじゃあ次の質問です。この機を一番よく知る機関整備士はどなたですか?』

『わ、私です!!むしろ私以外は弄れないと思います!』

『やっぱりそうよね…この仕事が長いってわけじゃないけど、正直言ってこんなヘンテコな翼が付いた作りの機体は見たことがないわ。なんかエンジンも変だし、特に何?このターボモードって。』

『そ…そんな変ですか?許可降りませんか?そんなぁ…』

『まだ、そうとは言ってないでしょうに。でも、これは流石に色んな検査を通した方が良いかもね。』

『検査…あの、ワイロって持ってった方がいいですか?』

『もしこれ以上私にその話をしたなら憲兵を呼んで貴女を逮捕させますね。気をつけてくださいな。…ここは場所の都合上、いっつも金しか取り柄がない貴族のボンボンだとかの使用人ばっかり登録に来てて、そういう審査は結果があらかじめ決まっているから適当にせざるを得ない。でも、今回は貴女のようにまともな希望者が来てくれたから私もしっかり仕事して送り出したいの。わかってくれる?』

『はい…お姉さんも大変なんですね。てっきり日当たりいいカウンターで飴ちゃん舐めてるだけの人かと思ってました。』

『…言うわねー、お姉さんその喧嘩大人買いしちゃおうかなー?さて、最後の質問よ。貴女、今までの質問で私に嘘ついてることなぁい?』

カペートから投げかけられた質問の意図が分からず、イオンは困惑する。

自分が知らない内にまた余計なことを口走ったのだろうか?

それとも、やはり問答中ずっと目があっちこっちに泳いでいたのが相当怪しかったのだろうか?(自覚はある)

しかし、イオンは全ての質問に対してとことん正直に、また可能な限り正確に答えていたし、誠実であったと自負している。

『いいえ、全部正直に言いました!一つたりとも嘘はありません!』

初めて、真っ直ぐに質問官の方を見たイオンは彼らが柔らかく微笑んでいることにようやく気づいた。

『よろしい。では、これで貴女に対する質問は以上です。とりあえず資料を見る限りヤバそうなところは見当たら無いし、これは個人的に聞いてることだけど、精神面の問題も無さそうなので機体の検査が終わったらすぐ許可証と魔法印を渡せると思うわ。おめでとう。』

それを聞いてようやくイオンの身体から緊張が抜け、椅子の上で液体になったように脱力する。

『よかった〜スクラップにされたらどうしようかと。』

『仮に不認可でもしないわよそんなこと。ウチをどんな暴力集団だと思ってるの?まぁでも久々に真っ当な審査やったら疲れるわ。どう、この後ヒマならティータイムでも?ある程度なら奢るわよ。』

『いいんですか?ちょうど私友達と別れて登録に来ててーぜひぜひお願いします!』

どこの店へ行くか相談しつつ歩き出した二人だったが建て付けが悪い扉を開き、一歩外に出た時にはその話題は吹き飛んでいた。

 

 

 

ジュラの目の前には細工の凝らされた額縁ごと焼け焦げた写真が壁に掛けられ、その中から檸檬色のドレスを着た若い淑女がこちらに微笑を向けていた。

『そこに映るのが16歳時のメリノ・グミ・イルカンテス。所謂爆裂魔の若き頃といったところかな。彼女はバグショット…いや、中央連合屈指の魔法の名家イルカンテスの本家に産まれ、何一つ不自由無い生活を送った。…いつ頃からあれほど恐ろしいテロ計画を企てていたのか、今となっては誰にもわからんが、ともかくあの日まで彼女は優秀な魔法使いとして賞賛を受けながら牙を研いでいたというわけじゃ。』

次なるショーケースは悲惨を極めるような中身を電灯で照らし出している。

文字盤の3割ほどが失われた懐中時計は二度と時を刻まず、千切れ飛んで炭化した手の指の主はもう2度とナイフとフォークを器用に使ってステーキを食べることができないだろう、歪な形に融解した後凝固したガラスは透明という言葉と最も縁遠い場所にいた。

『爆発痕から有志が回収してクリーニングしたものがここから端のショーケースまでずっと並べてある。無論、実際はここに並んでいるよりもはるかに多い量が倉庫に置いてあるがな。』

悲劇の残滓に見入って無言になる二人にカラクールが考えの読めない声色で話しかける。

『ホホッ、とはいえいかに凄惨で悍ましいものでも喉元過ぎればなんとやら。今となっては時間がメリーの奪った全てを埋め、治してくれようとしている。忘れるということのなんと素晴らしいことか。』

少し、重苦しい雰囲気になってきた気がする。

『なぁ、ランスよぉ。この部屋はちょっと寒すぎる、ちょっと外出て温まらないか?』

『賛成だ。私、実は冷え性の気があってね。とてもじゃないがここにいたい気分じゃないなぁ。』

『おーおー、いきなされいきなされ。この辺りは一気に見るには少々ウェイトが重かろうて。』

自らの麻痺状態に気づいているのかいないのか、そんなカラクールとともに外の空気を求めて扉を開けた2人は深呼吸のために大きく息を吸って上を見上げるも、目の前の光景に危うくそのまま息が詰まりそうになった。

昼過ぎ特有の雲一つない青空はひび割れとしか表現のしようがないラインで切り取られ、まるで次々と六角形を敷き詰めたように様変わりしていたのだ。

しかも、得体の知れないその構造はヒビ割れるような音を立てつつ小刻みに震えており、空が落ちてくるのではないかという突拍子も無い不安すら覚える。

『おい…この辺りじゃこんな天気があんのか?天気予報じゃ今日の空のヒビ割れ具合とかやって……るわけないよな。』

ジュラの単なる自然現象であって欲しいという願いは、彼自身が普段からここで過ごしているであろう通行人の目を見開いた顔を見た時点で叶わないことが明確になった。

しばらく固まる街だったが、静寂は空が一際大きくビキッと音を立てた瞬間に崩れ去った。

同時に四方からパニックを起こした人々の悲鳴が上がり、それがまた連鎖して狂乱を産み出してゆく。

足取りすらままならず、転ぶ者。

それを踏みつけてまで必死で逃げ場を探す先程まで紳士だった男。

貴人の街は空模様一つで地獄に変わった。

『イオンが心配だ。こんなのにあのどんくさいヤツが飲み込まれたら踏み潰されるぞ!じーさんも中入ってなよ。潰されるぜ。』

『うん、早いとこ合流するのが得策だね。ああ、館長さん、今回はゆっくり見れなかったが、次も時間があればぜひ頼みますよ。それじゃあお元気で!』

人の群れに消えていく2人を見送り、老人は呟いた。

『またしてもこの街に災厄が?もしまたイルカンテスの者なら…考えたくないの…』

顔にまた一つ皺を刻み、カラクール・バラ・イルカンテスは館の電気を消した。

 

 

 

イオンとカペートが外に出たときにはすでに多くの人々が終末を錯覚し狂乱状態に陥った直後であった。

『何、あの空…大規模な魔法?いや、そんなものじゃ…』

咥えた飴を地面に落とすほど混乱するカペートの隣でイオンが見ているものは空ではなく、二つの人影だった。

無論、彼女にとっても未知の現象は見るべきものであるし、目を離すことの危険は重々承知だ。

その上で彼女は誰もが上しか見ていないパニックの中を平然と歩いていく黒ずくめの人影二つに注目したのだ。

謎の二人組は僅かに体を揺らしながら滑るように、しかし動きの読めない人々を確実に避けて歩いていく。

彼等が小道を曲がったことを確認した彼女は本能と勘に従い、迷いなく走り出してその後を追った。

後ろで何か叫んでいるカペートも気にせず、同じく小道を曲がったイオンの顔に突如強烈な温かい風が吹き付ける。

『と…飛んでる⁉︎人…?』

黒ずくめの内一人が肘と思わしき部位からエネルギーを吹き出し、浮遊している。

それだけでも驚くには十分だったが、当然綿毛のようにただ浮いているだけということはない。

イオンの目の前でもう一人が浮いている方に飛び乗り、あっという間に二人揃って急上昇し飛び去っていってしまったのだ。

『ちょ…ちょっと、あんま体力無いんだから走らせないでよ…ほら、避難しましょう?登録は明日か、もっと後になっちゃうかもしれないけど命の方が大事よ。お連れさんもきっと…』

ようやく追いついたカペートが少女の背中を視界に入れる頃には怪人達は痕跡すら残さず姿を消していた。

『いえ、ちょっと行かなきゃなんない場所ができたので行ってきます。お世話になりました。』

『え?あ、こら、ちょっとまちなさ…』

深々と頭を下げ、そのままイオンは飛行船発着場に向けて走り出した。

人の群れを潜り抜けて走る彼女は、行手に見えた見間違えるわけもない燃えるような赤髪に話しかける。

『多分犯人見つけたよ!すっごく怪しい連中が西に飛んでった!』

『後ろからとは予想外だが生きてて何よりだぜ、イオン。ところで犯人が飛んでったってのは?』

『腕からなんか出して飛んでったの。多分小型のジェットエンジンか何かでやってると思うよ。』

『筋肉痛すごそうだなぁ、それ。で、そいつらがコレの犯人と言える理由はあんのか?』

『ないよ!ただ、私の勘が言ってるんだ。進めって。』

『私は構わないよ。船の進路はいつだって船長に決定権がある。』

『アンタも着いてくんのかよ!まぁ、いいんじゃねーの。その怪しい連中とやらはこの異常事態の中妙な行動をしてたんだろ?だったらあたる価値はあるぜ。』

発着場の柵を飛び越え、一直線に我等がイオンフライヤーの元へと向かう。

『おーう、キミ達遅かったじゃあないか。俺はこの空模様にも飽きて退屈してたところだ。勿論、行くんだろう?』

三人は順番に機体の中へと飛び込みドアを閉めると、呑気なカブウの質問に迷いなく上昇を開始することで答えた。

『待ちなさい!ハァ、ハァ…走らせないでって言ったのに。』

いつの間にか追いついてきていたカペートが息を切らしながら叫んでいる。

『検査もまだ終わってないのに次飛んだら本当にペナルティよー!それに、今の空が見えないの⁉︎危ないから飛行を中断して降りてきなさい‼︎』

開いていた窓から声が届くがイオンは止まらない。

『ごめんなさーーい!私、どうしても行かなきゃ気が済まないんです!無事戻ってきたら捕まえるなりなんなりしてくださーい!』

みるみるうちに高度は増し、もはやお互いの表情は窺い知れない。

それでもカペートには会って間もないイオンの顔が想像できたし、不思議と忠告を無視されたことに悪い気はしていなかった。

彼女は祈る、誰も止めることなどできないおっちょこちょいな友人の無事を。

 

 

 

 

 

腕から高密度のエネルギーを噴き出して飛行していた黒ずくめの人物達が降り立ったのは人里から西に10km程に位置する森の中にある小さな洞窟の前だった。

二人がそのまま洞窟の奥へと進むにつれて壁は岩からコンクリートへ、照明は自生する光苔から電灯へと変わっていく。

重々しい扉を開けた先に立つ一人の人物に二人はうやうやしくこうべを垂れた。

『ただいま戻りましたクイーン様。』

『ご苦労様、時に今日はやたらと帰りが早いわね?』

『空の様子を見て馳せ参じた次第です。』

『なるほど…まぁ不測への備えはいくらあっても困ることなしだわ。じゃあ、早速始めましょうか。私の『神の杖計画』を。』

空はつい先程までより更に開裂が進み、その勢いは最早全天に広がろうとせんばかりだった。

始まろうとする後ろ暗い計画を知らない飛行船が一機、壊れた空の下を行く。




黒ずくめ達が街に来てたのは単なる買い出しです。

登場人物

カペート・レッドロビン
世界飛行車協会バグショット区支部長の30歳女性。
同じ飴でもコーヒー味は好きでイチゴ味は嫌い。

カラクール・バラ・イルカンテス
かつてのイルカンテス家当主だったが爆裂魔事件の責任を追及されて辞めた。
見た目が実年齢69歳より老けて見えるのは当時散々罵詈雑言を浴びせられた心労が大きい。

黒ずくめの二人組
クイーンの部下で少なくとも一人は飛ぶことができるようだ。

クイーン
『神の杖計画』とやらを実行しようとしている謎の女性。

用語集

世界飛行車協会
その名の通り世界中の空飛ぶ乗り物を管理する機関。
ここで登録しなければ密航扱いの地域も多い。
名前の由来は当時世界飛行機協会だったところ、空飛ぶ絨毯を「機」に含めるのかという大議論の末車に落ち着いたから。

魔法印
魔力を利用してインクやステッカーを特有の意味を持つ印としたもの。 
個人の証明や物資のやり取り等に広く使われる。
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