空の崩壊は未だ止まるところを知らず、亀裂はより深まっていく。
そんな終末的光景の中を似つかわしくないピンクの飛行船がゆったりと飛んでいた。
『出だしの威勢は上々結構、けどこれから行くとこわかってんのか?』
『とにかく西だよ、西。そっちに飛んでったからずっと飛んでればいつか追いつけるはず!』
『んなこと言っても途中で曲がった可能性だってあるし、なんならもう降りてるかも。というかそもそもこのスピードで追いつけんのか?』
『そのためのターボモードだよ!それじゃ、早速スイッチ〜』
『オイ、チョットマテ。結局補給シテナイカラモウ燃料ガソンナニネーンダヨ。がす欠デふりーふぉーるヲ楽シミタイナラ勝手ニスレバイイケドヨ、私ハマダ死ヌツモリハナイゼ。』
嬉しいことにターボモードとやらのお披露目はまだ先になりそうだ。
『じゃあどうしようかなぁ、こんなトロトロしてると空模様がどうなるかわからないし。』
『…いおん、ソイツラハ腕カラナンカヲ噴キ出シテ飛ンデッタンダナ?ダッタライクツカ観測機ヲ私ニ繋ゲ。連中ガ飛ブ時ニ使ッタえねるぎーノ痕跡ガ引ッカカルカモシレネェ。ソウナリャ連中ノあじとガ世界ノ裏側ダロート確実ニ追跡シテヤルヨ。』
『さすがアミン!いっつも名案出してくれるなぁ。じゃあ探してくるから自動操縦よろしく。』
イオンが倉庫に向けて駆け出す。
『ソンナニ褒メルナ、あほ丸出シダゾ。了解。』
相変わらずアミンの口調には優しさの欠片もない。
しかし、コンピュータらしく冷静で確実な手段を提案してくれるのもまた事実。
故に文句もつけづらい。
ジュラとランスは目を合わせて肩をすくめた。
数分もしないうちに煤と埃に塗れ、真っ黒になったイオンは幾つもの角ばった機械を倉庫から引っ張り出してきていた。
『お待たせ!それじゃー、コードをアミンに繋いでっと…よしできた!あとは外の壁に貼っつけるだけなんだけど…誰かやってくれる人ー!』
誰一人手は挙がらなかった。
当然といえば当然で、ランスは見るからに体力自慢ってタイプじゃないし、イオンも同じくだ。
そもそも、なぜ今から設置することになっているのだろう。
普通そういうアンテナだとかは外に常設しておくものではないのか。
そして、そんなことを考えているジュラ自身は高所恐怖症である。
『しょーがない、こうなったらもうじゃんけんしか…』
三分の一の生贄儀式が幕を開けようとしたその時、救世主は訪れた。
『外の壁に窪みが幾つかあるが、そこに嵌め込んだらいいのかい?』
その雄の名はカブウ、彼はただの愉快な居候お喋り剥製ではなかったのだ。
『へ?あ、うん。嵌め込んだ後に固定って書いてあるボタン押してね。』
『ふむ、だが室内にいる俺本体からはボタンが見えんからな。代わりに俺の触手で縛って固定じゃあ駄目かい?』
『大丈夫だと思うけど…』
『それじゃあすぐに終わるね。しばし、待っていたまえ。』
床板の隙間から何本も触手が現れ、次々と厳しい機械を運搬していく。
窓まで運ばれた機械はそのまま外壁の隙間から姿を見せる別の触手に受け渡され、するすると伝って行った。
『いつの間にこんな伸ばしたんだ⁉︎たしか、前は残った僅かな組織でやっと形成したとか言ってただろ!』
『ハハハ、キミの料理は美味しくて栄養満点だからね。ついつい成長しちゃったのさ。』
どうもここ二日間ジュラがカブウの分も料理を作っていたことがこの結果に繋がったらしい。
(そういや、美味そうに食べてたから気にしなかったが…コイツどこで消化してるんだ?)
何か探ってはいけないような闇を覗いた気がしたジュラは消化吸収の根源に迫りそうなその疑問をグッと飲み込む。
みるみるうちに機械の山は小さくなり、数分後にはその全てがどんな微弱な異常も逃すまいと稼働していた。
『すごいねカブさん…乗っててくれてよかったよ〜』
『ハハハ、そうだろうそうだろう?もっと褒めておくれ。』
『今回ばかりは助かったぜ。隙を見て捨ててこうと思ってたけど、やっぱ考え直すよ。』
『うんうん、わかってくれて嬉しいなぁ。…ん?なんか今恐ろしいこと言わなかった?』
『言ってない。』
『あ、そうそう。どう、アミン?なんか見つかった?』
『アア、二つの高えねるぎー反応ヲ捉エテルゼ。タダ、状況ハヨクネェ。反応の一つは機体ノ真上ダ。』
『えっ?それって…』
イオンが何か言い切る前に船内に大きな振動が走り、機体そのものがダウンバーストを受けたように大きく傾いた。
『全員どっかに掴まれ‼︎ああもう、こんな時にすっ転んでんじゃねー!』
ジュラが机に激突しそうになっていたイオンの手を引き戻す。
傾きがピークを超えた瞬間、舵輪正面の窓に人影が現れた。
『あ!さっきの飛んでる黒い人!』
『呼び方まんまだなオイ。』
人影はフード付きのローブを纏っているようでその人相や表情は窺えなかった。
突如、それは性別や年齢すらわからない曇りがかった無個性な音声で言葉を発し始める。
『警告する。繰り返す、これは警告だ。命が惜しければこの先へは近寄らず、速やかに進路を変えよ。警告に従わない場合、敵対者とみなし撃墜する。』
なんだかものすごく敵対しますみたいな雰囲気になっているが、まずは理性ある者として会話だ。
ジュラとしては空中戦なぞ絶対にごめん被るので平和的解決が理想なのだ。
『ま、まあ待て。こっちとしても少し質問したいだけで争う気は無いんだ。えーと、今のこの空はあんた達の仕業か?』
それを聞いたランスが必死に身振り手振りでこちらに何かを伝えようとしているがどうしたのだろうか?
それはともかく、黒ずくめの答えは…
無言で腕を振り上げ、大きく振りかぶる。
そこに言葉はなかったが相手の言わんとすることは大いによくわかった。
『やばいっ!なんかわからんが怒らせちまったっ!』
『ジュラ君、さっきの聞き方じゃそっちに興味があるんですって意思を伝えることになるだけだっ!』
その話、もうちょっと早めに伝え…てくれてたか、そういや。
今更盆の水は還らない、この船があの人一人を浮かせるエネルギーを持った相手に攻撃されるのはほぼ決まっている。
この場所からの落下を想像して胸が締めつけられるような感覚を覚えて怯みそうになったジュラの耳に、それはよく響いた。
『アミン!右!』
その指示を待っていたかのように自動操縦モードのイオンフライヤーは右に舵を取る。
たとえ機体が小型とはいえ、その急カーブが巻き起こした気流は大きいとはいえない人型の飛行生物を一人吹き飛ばすには十分すぎるほどだった。
舵輪に誰もいないことに油断したのだろうか、煽られた黒ずくめが回転しながら横へと滑って消えていく。
イオンはさらにアミンに指示を飛ばした。
『ターボモード起動!燃料の節約なんて考えないで!』
指令を受け、ずっと機体の横を飾っていた一対の翼が展開し後方から何かを高速で吹き出すような音が聞こえ始める。
次の瞬間、窓の外の景色が引き延ばされたように錯覚するほどのスピードでイオンフライヤーは空に駆け出した。
突然の急加速に鞭打ちになりかねない勢いで後ろに転がったジュラであったが、なんとか床から伸びるカブウの触手に掴まったことで壁との激突は回避したのだった。
『もー、しっかりしてよ〜。ジュラの力が頼りなんだから。』
『悪かったよ、ちょっと驚いただけだ。ところで、今の燃料でこのターボモードとやらはいつまで持つんだ?燃料切れになったらアイツと戦わなきゃかもだしよ。』
イオンは舵輪の方へと歩き、それをしっかりと握った。
『その辺はあんまり心配しなくていいかな。何かあるって観測機が示してる場所はちょうどこの辺だもん。手間が省けるね〜。』
どうやら彼女達は観測機をあれこれ取り付けている間に目的地の近くまで来てしまっていたらしい。
『なんじゃそりゃ。…けど、そんなエネルギーを発してるようなモンは見当たんねーぞ?さっきのヤツの間違いじゃねーのか?』
『うーん、よっぽど上手く隠してるのかもしれないし、ターボモードで使ったことないから壊れちゃったのかも。…そうだ!』
しばし、観測機の示す結果と睨めっこをしていたイオンだったが、突然何かを思いついたようだ。
ジュラも遅れてそれを覗き込むと、画面には接近するもう一つの高エネルギー反応が…
『うげぇ、さっきのヤツじゃねーか。もう追いついてきたのかよ。どうすんだ?このままターボで逃げ続けるか?』
『いや、やめとこうかな。それよりも…ターボモード解除よろしくぅ!』
またもや一気に変化したスピードに今度は前につんのめりそうになったジュラであったが、今度は渾身の力を込めてなんとか踏みとどまったのだった。
『追いつかれるぞ⁉︎ここで迎え撃つってことか?』
『いやー喧嘩はいやだなぁ。…今だっ!「憧憬イオンフラワー」発射ぁ!』
追手がもはやこれまでとすらいえる距離にまで迫った時、謎の単語とともにイオンが赤色のボタンを指で押し込む。
すると、間を置かずして小気味よい音ともに球状の何かが複数イオンフライヤーの周囲にばら撒かれたのだった。
窓に駆け寄ってその姿を確認したジュラが見たのは、表面にヘタクソなイオンの似顔絵が描かれた直径15cmほどの黒い球体。
その正体はいくら地界の情報に疎いジュラでも容易に想像がつく。
『おい…あれってまさか…』
『バクダン‼︎といっても閃光弾だけどねー。あ、あんまり見ない方がいいよ。目が潰れちゃうかも。』
いつのまにかゴーグルを装着して防御を固めていたイオンの言葉に慌ててジュラとランスはしゃがみ込み目を瞑る。
乾いた破裂音の直後、それでも瞼越しに明るさを感じるほどの光が周囲を数秒支配した。
『もう目開けていいよー。』
恐る恐る目を開けてみる。
どうやら世界は穏やかな昼間を取り戻しているらしい。
『目潰しで撒くなら先に言ってくれよ!剣士が盲たらなんもできねーじゃねーか‼︎』
『ごめんごめん、でもホントの狙いはそっちじゃなくて…あっ、見て見て!』
申し訳なさそうな顔をしていたイオンが何かに気づき機体の右前にある窓の外を指差した。
そこには一見、閃光弾をまともに受けた黒ずくめが空中で悶えているだけに見えたが…
そこでジュラに疑問が湧く。
なぜ、追いかけてきたくせに最短距離且つ死角の上から襲わずわざわざ前に回って来た?
『何か…ちょっかいをかけられたくないものがあるのか?あの方向に…』
『正確に言うともう少し左だろうね…ほら、あそこのあたりだけ木に爆弾の白い灰がかかっていない。おそらく彼…彼女かもしれないが爆弾を炸裂前に破壊したんだろう。』
ランスも視力を失ってはいないようだ。
『やっぱり見つかったね!後はあの人にどうやってどいてもらうかだけど…ここはジュラに任せた!カッコイイとこ見せちゃって〜。』
『ご指名とあらばしょうがねぇなあ!いっちょかましてきてやるぜ。』
ジュラは立ち上がり機体の外へと繋がるドアを開けると、なるべく下を見ないように身を乗り出した。
未だ視力と冷静さが戻らない相手に向け、手を伸ばす。
『悪いな、不意打ちみたいになっちまうが恨まんでくれや。』
【マノン】
ジュラの唱えた呪文とともに彼の手先に三つの光球が姿を現した。
それは常に黄金色ともいえるし赤銅色ともいえる移ろう色彩で輝き、時折エネルギーのスパークを起こしているのが見てとれる。
ジュラが念じると光球たちは急加速して黒づくめの人物の方へと突進し、着弾とともに強い爆発を引き起こしたのだった。
『いよしっ、ヒット!安らかに眠ってな、ノロマァ!』
『そっちか、待ってろ。スクラップだ。』
それは先程の無機質な声の主人とは思えないほど怒りに満ちていた。
彼のとった言動はあまり思慮深いとは言えなさそうだ。
相手は沈黙してなどいなかったし、むしろ安易な攻撃で自分達の場所を気取らせてしまったのだから。
爆発によって黒いベールは塵と消え、中から姿を現した男の姿は単なる人間と断ずることはできないものだった。
左右で色が赤と緑に分かれた奇抜なゴーグルに背中でフワフワと動く柔いのか硬いのかわからない突起。
何より、腕が見ただけでわかるほど肥大硬質化している上に、肘から飛び出た噴射口らしき穴から常に謎のエネルギーを吹き出して浮遊している。
そんな人間がこの世にいるのか?
自分の魔法が通用しなかったことよりも男の異形な腕へのそれに対する驚きの方が大きく、つい今の状況を忘れそうになるジュラだったが今にもイオンフライヤーを撃墜せんと迫るその殺気に一気に冷静になる。
『かなりやばいっ、突っ込んでくるぞー!』
彼の叫びに一瞬遅れて顔の横を何かが通り抜ける。
それはランスが投げたものらしいなんらかの液体が封入された丸いフラスコで、ほんのり曲線を描いて男に向けて落下していく。
コントロールは中々のものだったが残念ながらその程度で止まる敵ではなかったらしい。
男はスピードを緩めることなくフラスコを叩き割り、中身を浴びても気にかける様子も見せずぐんぐんと距離を縮めて来ていた。
『やっぱり薬品耐性でもあんのか?…こうなったらいっそ魔剣の最大パワーで弾いてみるか…?できる気しねーけど…』
自分の呪文が効かなかった以上アプローチを剣術に変えたところでなんとかできる保証はない。
目の前の相手は最初の想定よりずっと強靭だった。
『万事休すか…』
未練と諦観が入り混じった目で男を睨みつけていると、気のせいか徐々にヤツのスピードが落ちてきている気がしてくる。
死ぬ前は脳内でなんとかみたいなホルモンが大量に出て意識に覚醒をもたらすと魔界で読んだ本に書かれていたが、こういうことなのだろうか?
……なんか本当に遅くなってるような。
『いや、確実に遅くなってるぞ、あれ。情けでもかけてくれんのか?』
当然その異変には男自身も気づいており、不審そうに自分の体をチェックしている。
だが、そうしているうちにもみるみる彼の動きはぎこちなくなり、ついには噴射口の動きも停止してしまった。
そうなれば飛行を維持できないのは明らかで、男は最後まで困惑の表情を浮かべたまま眼下に広がる森林地帯に落下していったのだった。
『助かったなぁ。よくわからないけどとりあえず撃退したってことでいいんだよな?』
『流石にもうダメかと思ったよー。まだまだ死にたくないよね、遺書書いてないし。』
『なんかお前ってちょくちょく死地に赴く者として意識高いこと言ってるよな。あぁ、そうだ、あんたに聞いときたいんだけどさっき投げた液体って猛毒かなんかか?』
『いや、あれは普通の接着剤…とは真逆の振動が加わらないと固まらない接着剤だよ。こんなもの作れてもどこで使うのか全く思いつかなかったが、適材適所とはこのことだね。まぁ…慌ててたんで少し作り過ぎてしまったけども。』
よく見れば彼の手元にある鍋からは透明な液体が溢れんばかりになっている。
『床にだけはこぼさないでくれよ?今日の掃除当番は俺だからさぁ。』
『気をつけるよ。とりあえずビンに移してっと…』
機体が小さく振動し、窓から見える空の雲が遠ざかっていく。
下降が始まったらしい。
『ところでカブウ、いつまで眩しそうな顔してんだ?地下にいたぐらいだし光ダメなのか?』
彼は閃光弾をまともに見てしまったらしく未だに萎びたヒキガエルのような皺の寄った顔をしていた。
『カブさんと呼んでくれ…いや、キミ達に倣って俺も頭を下げようとはしたんだが、壁から動けない今の自分を忘れていてね、目を瞑るくらいしかできなかったのだよ…』
『ああ、そう…』
『クイーン様、ヴァニラの奴は戦闘不能に陥ったようです。先ほどの通信ではベタベタガチガチとかなんとか言ってました。』
『何それ?まぁ余裕あるなら自分で戻ってくるでしょ。ダメそうだったら回収してきて。』
『了解です。侵入者の方は?』
『この際ラボの中に入らせても構わないからアンタの一番得意なやり方で始末しなさい。ま、連中がここの入り口を見つけられたらだけどね。』
一方その頃、ジュラ達はいとも簡単に洞窟に偽装された入り口を発見していた。
『明らかに怪しいよなぁこの洞窟。』
『ここだけ落ち葉が全然ないもんねー。』
『よくよく見れば垂れ下がっていたであろう蔦もちぎられてるね…』
杜撰といえる隠し方にむしろ一種の罠ではないかと疑念を膨らませる一行だったが、周囲を見ていたジュラがふとあることに気づいた。
『ここの岩…結構な頻度で灼かれてるな。さっきの男の仕業か?』
『向こうにも皮が炭化した木があったし、おそらくそうだろうね。これで罠にせよ本命にせよこの場所とさっきの彼がなんらかの関係にあることはほぼ確実になったわけだけど、どうする?』
その質問はイオンに向けられたもので、こういう時彼女がどう答えるかは明らかだ。
『もちろん、探索あるのみ‼︎そのために来たんだから。』
森の中の開けた場所にイオンフライヤーを停め、船番のカブウを一人残して装備を整えた三人は洞窟探検へと乗り出した。
潤んだ空気が満ちる洞窟の中は初夏に差し掛かった外と違ってどこか冷たい。
温度変化に比較的強い肉体を持つ悪魔のジュラはともかくランスは少し寒そうなほどだ。
そんな環境の中半袖半ズボンで跳ね回るのが一人いた。
『ジュラジュラジュラ、なんかカビみたいなのが光ってるよ!うわっ、コウモリだ!いっぱいいる〜。あ、向こうなんか真っ白のなんかが走ってった!おっとサソリくんを踏んづけるとこだった。ごめんねー。見てよジュラジュラ!』
『ジュラジュラうるさいぞ。あと、そんな格好じゃ風邪ひくだろうが。』
『大丈夫だよ、私子供の頃雪の中で一晩寝ても風邪ひかなかったし。』
朗報だ、なんとかは風邪をひかないという俗説が今ここに証明された。
尤も、なぜそんな経験があるのかは理解しかねるが。
『ジュラジュラーちょっと聞きたいんだけど…』
『今度はなんだ?ドラゴンでもでたか?』
『いや、洞窟って電気通ってるものなのかなーって。』
一つ角を曲がった先にはどうみてもそれまでの洞窟とは異なる人工的なコンクリートの壁に電灯が等間隔に並び、それに蛾が体当たりを繰り返している。
『…そんなことないと思うなぁ。』
『だよねぇ。これはアタリだったってことでいいのかな?』
『たぶんな。じゃあ最初は誰が踏み込むか決めるか。』
『さーいしょはグー、じゃんっけんっポン』
結果はパーを出したジュラの圧倒的一人負けであった。
『ちくしょう、カナリアは俺かよ。踏み込んだ瞬間落盤で洞窟ごと闇に葬られるとかないよな…』
嫌な予感は当たるもので、彼は記念すべき一歩目において床に仕込まれていた何かのスイッチを踏み抜いたのだった。
瞬時にコンクリートの壁が展開し、中から現れたそこそこの口径を有した銃が6丁ジュラに突きつけられる。
『ちょっと過敏すぎやしねーか?そんなに悪さするつもりな…』
一斉射撃が始まった。
瞬く間に周囲を覆い尽くすほどの硝煙が立ち込め、壁に当たった弾がピンボールのように弾け回っても射撃は終わらない。
一分後、流石に弾切れを起こしたのか沈黙する銃口であったが、彼等の向く先にまだジュラは立っていた。
正確には青い半透明のドーム状空間の中で、イオンとランスとともにだが。
『割と間一髪だったねー、「ピンポンスフィア」がうまく動いてくれてよかったよかった。』
『また知らないアイテムが出てきやがったな…いつ作ってんだそれ?』
『私だって色々やってるんだよ?にしても、手厚いかん…』
得意げなイオンの顔の前に突然ジュラが手を振り上げ、覆った。
『ひぇ…どしたの?』
『攻撃されてる…いってえ。』
ジュラの手の甲には鈍く光る銀色の針が深々と突き刺さっており、彼の手が動くのが少しでも遅れていたら今頃イオンは光に永久の別れを告げることになっていただろう。
『大丈夫かい⁉︎今消毒液を出すからまだ抜かないように…』
『別にこんくらいなら大丈夫だよ、それより一瞬だが向こうに人影が見えた。向こうも仕掛けてきてるなぁ。』
話しながら針を抜こうとするジュラだったが、その意思に反してそれは彼の腕を離してくれない。
『クソッ、カエシ付きかよ…しかもなんかピリピリしてきたし、毒まで塗ってあんのか?』
『厄介な飛び道具だね…それならいっそ貫通させた方がいいかもしれない。少し痛いだろうが我慢してくれ。』
掌を貫いた針を抜き、薬を塗布する。
ランスはここまでを可能な限り丁寧に且つ迅速に済ませたが、応急処置が終わった頃には歯を食いしばったジュラの額に玉のような汗が浮かんでいた。
『ジュラ、大丈夫?迷惑かけてごめんね。』
『一々気にしてんじゃねーよ。堂々としてなきゃ敵に舐められるぞ。』
手を開閉してみる、どうやら握り込み等は問題ないようだ。
『まぁ、ここまでやられたんだ。俺も一発かましてやらなきゃ気が済まねえよ。待ってろサボテン野郎‼︎』
『とても困ったね。果たして私達がここから抜け出す手段は存在するのか…』
『つべこべ言ってないでとりあえず手ェうごかしやがれ!』
現在、ジュラ達一行はこれまでのどの瞬間よりも死の危機に直面していた。
というのも、変わり映えのしない廊下を進んで少し広いスペースに出たと思いきや突然出入り口が封鎖され、天井が下降を始めたのだ。
そう、彼等は呆れるほどに古典的なトラップに悪戦苦闘していた。
当然危険を察知した直後には一番破れる可能性が高い扉に魔剣の一閃を浴びせたり、強酸をかけてみたり、バールでガムシャラに叩いてみたりもしたが、ガラスが無惨に床に散らばり二人の手が痺れただけに終わった。
『そうだ!君の魔法ならあるいは可能性があるんじゃないか?さっき見たものも素晴らしい威力だったよ!』
『いうて全然効いてなかったけどな。まあやらずに死ぬよりかいいか。とりあえず二人とも離れてくれ…よし。【マノン】』
またしても呪文に呼応して出現した光球が閉ざされた扉へと向かい、轟音を立てて炸裂した。
『あーー、若干へこんだかもしれないね…』
無情にも扉はほぼ無傷であった。
『また効かなかったのか、流石に自信なくすぜ…』
『クイーン様、奴等の始末が終わりました。魔力プロテクトの釣り天井部屋に入ったのでもう出てくることはないでしょう。』
『それはなにより。ただ、アレを使うと掃除がめんどうなのがねぇ。』
『こないだ獣が入ってきた時はヤバかったですね。もう脂が落ちないやら落ちないやら。』
『おかげで久々のハンバーグは食べれたけどね。ん?ヴァニラの通信が復旧したわね。こっちに向かってるみたいだけど…』
『それにしては方向が微妙に逸れてるような…まさか、部屋に割り込んで直接奴等を叩くつもりなのでは?』
『流石にそんなことは…うん、たぶんするわね。早急に止めてきなさい。』
『ハッ』
一方その頃、完全に万策尽きたジュラ達は皆思い思いの走馬灯をデザインしていた。
『私さーこの辺で初めてゼリー食べた日のことを差し込もうと思うの。』
『ははは、いーんじゃねーの。そんなに初ゼリー美味かったのか?』
『いやー、丸呑みしたから喉詰めて死にかけたよ。』
そのあまりに想像しやすい様子が思い浮かび、思わず乾いた笑いが漏れる。
『お前マジによく今まで生き延びてんなぁ。』
その言葉がキーになったかのように前触れもなく部屋が崩壊し瓦礫が暴風雨となる。
運良く三人にその害が降りかかることはなく、彼等は犠牲も無しにあのトラップから生き残った。
ただ、目の前により見たくないものが降りてきたという状況ではあるが。
『あぁっ!ダメだっつてんのによぉー。俺も姿晒しちまったし、プランが狂うぜ。』
土煙の中から二人の人影が現れる。
片方はもう二度と会いたくなかった顔見知りのバケモノで、もう片方は白い仮面に迷彩服を着込んだどこか不気味な男だ。
背格好から見て先程針で攻撃を仕掛けてきた敵と同一人物らしい。
『チッ、歓迎しないぜ侵入者諸君。俺はQ003パラミツ、そしてお前らが何したか知らんが横でキレてんのがQ004ヴァニラ。まぁここの警備員みたいな者だからな、お前らを叩き潰して引き渡してやるよ。閻魔様に、だがな。』
二人の鉄人が瓦礫の上に立っていた。
イワシは漬けに限る
登場人物
ヴァニラ
腕の機構で魔力を様々な属性のエネルギーに変えることができる。
おつむの方はお察し
パラミツ
卑怯上等、勝てばよかろうなのだ的思考の持ち主。
ほんとはもっと色々罠を用意してたが全て無駄になってちょっと残念。
用語集
憧憬イオンフラワー
イオンフライヤーにも武装が欲しいなぁと思ったイオンがクエーツクエーツさんに教えてもらいながら作った閃光弾。
とても眩しい。
マノン
魔力エネルギーを球体として凝縮する魔法で、全ての攻撃魔法の基礎となる。
ピンポンスフィア
イオン製の使い捨てバリア装置。
理論上バッテリーがある限りは動作するらしいが、実際は数回強い衝撃を受けると破損してしまう。