魔剣王正伝   作:プルプルマン

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ヴァニラ君は空よりも高いところを飛ぶことが夢らしいです。
北極星を取りに行って玄関に飾ってみたいとか。


神の杖計画

うす暗い旧通路でパラミツとの戦闘を制したイオンとランスに対し、ジュラ側の戦況は芳しいとはいえないようだ。

時はパラミツがイオンたちを追い、ジュラがヴァニラに一撃を受けた直後に遡る。

 

挑発に乗ったヴァニラから何度も攻撃を受けボロ切れのように伏しているジュラを男は嘲る。

『いつまでおすわりしてんだぁ?お前が立たないんなら俺は兄貴と共にあいつらをミンチにしてやるぜぇ。』

剣を杖代わりになんとか立ち上がるジュラだったが、その表情はダメージを隠しきれていない。

『そうこなきゃおもし…』

『【マノン】ッッ‼︎』

4つの光球が不規則な軌道を描いてヴァニラを叩き落とさんと突撃する。

だが、単純なやり方はもう通じないのかヴァニラはそれを簡単に弾き飛ばして見せた。

『なんだつまらん、ネタ切れか?じゃあもういい。』

瞬間、ジュラの視界から敵は消え失せ、それに疑問を感じる暇もなく右側頭部に明らかな殴打のそれとわかる大きな衝撃が走った。

『抵抗すると痛いことになるぜ。しなくても痛いが。』

その後はとても見ていられるものではない。

足場が不安定でまともに動くことすらできないジュラに対して、広い空間を存分に活用し、あらゆる方向から高威力の打撃を連発するヴァニラ。

勝敗は始めから悲しい程に見えていた。

にわか雨から夕立、最後はもはや暴風雨のように打ちつける連撃が止んだ時、ジュラは支えを失ったマネキンのように四肢を投げ出して倒れた。

『死んだかぁ?ま、みんな最後ってのは案外こんなものなのかもな。あっけないの。』

倒れるジュラを見下す目に失望の色を浮かべ、ヴァニラが残り二人を追って始末しようと通路の方に顔を向けだその時のことだった。

『【マノン】ッッ!』

意識の外から飛んできたそれに腕を弾かれ大きくバランスを崩すヴァニラ、異様に痛がる彼の反応に未だ倒れたままのジュラは己の予想が正しいと確信した。

そう、彼等二人はイオンの謎メカで全くダメージを受けていないわけではなかったのだ。

どうも腕を使って防御したらしく、灼けた弾痕がわずかに残っている。

ジュラはここが踏ん張りどころと残り少ない魔力を振り絞って叫ぶ。

『【マノン】!【マノン】!!【マノン】ッッ!!!』

バランスを崩し反撃できないヴァニラは傷ついた箇所に次々と追い討ちを受け、バカにならないダメージに顔を歪ませる。

『トドメだッッ!くらえッ、【マノリオン】‼︎』

一際大きな光弾が呪文と共に出現し、螺旋を描いてヴァニラの腹部にめり込んだ後、勢いを保ったまま尖った岩肌まで押し込んだ。

『がぐぐぐぐぐぐゥゥーーー!』

『チェックメイト…これ以上強い魔法は出せねーよ。これでダメなら…いや、くだらねぇこと考えるのはやめるか。』

直後、光弾は硬い岩盤を破壊するほどの爆発を引き起こし地下空間全体を大いに震わせたのだった。

ほんの一瞬ジュラの心に勝利の確信と油断が生まれる。

だが、いつだって絶望というものはその隙間を縫って近づいてくるのだ。

土煙のなかから岩肌を発射台に目前に急接近したヴァニラにジュラが対応できるはずもなく、ノーガードで顎への攻撃を受けてしまう。

首の筋肉からミチリと嫌な痛みが伝わり、脳が急激に揺さぶられる感覚に思考が強制的にトランスさせられる。

今度は仰向けに倒れ込んだジュラの目はすでに半分閉じられそうになってはいたが、かろうじて怒り狂ったヴァニラの姿を写していた。

そのまま意識を遠くにやってしまいそうになるジュラだったが、眠らせるのがヴァニラなら文字通り叩き起こすのも彼だった。

すぐに胸に強い衝撃を感じ、血を吐いて目を醒ますジュラだったが、本気のヴァニラはそれだけでは止まらない。

勢いのままに通路の板を破壊し、ジュラの足場が無くなるほど全体を倒壊させたのだ。

流石にバランスが取れなくなったのか、ヴァニラが一旦その場を離脱したことと偶然通路を支えていた足の材木に襟が引っかかって落下しなかったことによりまだ生きているジュラだったが、それでも状況の絶対的マズさに変わりはない。

ヴァニラが追撃のために仕掛けてくるのもそう遠くではないだろう。

覚悟か諦観か、体は痛みが支配していたが、思考はやたらとクリアで冷静だった。

『最大パワーだ、頭蓋をビー玉みたいに叩き割ってやる。』

出力を引き上げ、さながら隕石のように突撃してくるヴァニラを前にダウン寸前のジュラがとった行動は、無謀にも見える自身を支える柱の切断であった。

当然、背後に奈落が口を開けているのは理解しているし、その事実はどうしようもなく恐ろしい。

だが同時に彼は最初に受けた攻撃で吹き飛んだ時に奈落の底で輝くか細い希望をも見ていた。

『一ヶ月…旅立ちまで一ヶ月…店の手伝いをして…よかった…簡単な構造なら、俺でも理解できる。【バチン】ッ!』

彼の指先から放たれた細い電撃は何よりも速く壁面のなんらかの装置を起動させた。

穴の底で何か重いものが動き出す音が響き、装置の近くにあった滑車が猛烈に回り始める。

行動の意図が計れず少し攻撃を躊躇うヴァニラであったが、これ以上妙なことをする前に決着をつけんと再び全力で突進を開始した。

10m…5m…2m…1m…ついに絶対絶命に追い込まれたジュラを救ったのは、地下深くより全速力で上昇してきていた昇降リフトだった。

赤錆びたリフトの端に剣をねじ込み、急に上へと向かったジュラ。

敵を見失い周囲を見回すヴァニラだったが、その1秒が致命となった。

『さっきからずっと考えてた…普通にやっても切れないテメーをどう倒すか。この数mが欲しかったッッ。』

その声に慌てて上を見上げるヴァニラだったが、もう間に合わない。

魔剣アメーリオに集まった魔力とジュラの勝利を求める意志が実像よりずっと大きな刃を形成していく。

しかし、この度のそれは普段の切断を目的とした剣ではなくむしろ刺突に長けたレイピアのような形状であり、一点の破壊に特化していた。

『ずっと俺を地上に縛りつけてきた重力…今だけはあんたが味方で頼もしいぜ。魔剣 パーン アメーリオッッ‼︎』

剣はジュラに呼応するようにより鋭く、より太くなりヴァニラの生命を貫かんと矢よりも速く彼の胴体に穿孔した。

二人がいるのは深さ100mはあろう大穴ではあるが、あまりの速度ゆえ流星のような剣閃がその底に辿り着くまでは数秒と掛からない。

轟音、その後しばしの間立ち上る土煙。

小さめのクレーターを作るほどの勢いで落下した二人の内、立っていたのはジュラだった。

固く目を閉じた彼は足に伝わる酷い痛みと痺れから地面についたことを察し、剣を引き抜いて血を振り払う。

恐る恐る目を開けた彼の目に飛び込んできたのは体に大穴を開けて仰向けになったヴァニラの姿だった。

『……………』

息を荒げる二人の間に言葉は無く、ジュラは敵の沈黙を確認後くるりと踵を返してイオン達の援護へ向かうため上へと続く道を探し始めた。

『…………ま…て。俺はァ…鉄人ダァ…この…程度でェどうにかなると…思ってんのかぁ……』

その声と足音にジュラの背中が凍りつく。

致命傷を負わせた手ごたえはたしかにあったが、なぜか自分の背後にいる男は死ぬどころかまだ立って歩かことさえできている。

だが、もう彼に迎え撃つ力など残っていない。

敵に背中を向けたままへたり込むジュラに勝利を確信するヴァニラだったが、その結末は両者の予想を大きく裏切るものとなる。

『死…ね…この、ドブ』

そこから先は言えなかった。

無茶な動かし方をしたリフトが破損し、ヴァニラの頭上から落下してきたのだ。

人や資材を大量に乗せて運んでいたであろう強度と大きさのリフト、それが100mを落ちてきたのだから無論衝突のエネルギーは尋常ではない。

鳴り響く凄まじい金属音に放心していたジュラが我に帰って後ろを振り返ると、ひしゃげたリフトの下から運悪く下敷きになったヴァニラの右手がのぞいていた。

最後に立っていた者を勝者とするなら、形はどうあれ間違いなく彼は勝ったのだ。

あまりにもあんまりな決着に複雑な心境のジュラだったが、せめて(悪魔らしからぬ行為だが)十字ぐらいは切ってやろうと近寄った際、男の異様なタフネスのカラクリに気づいた。

『こいつは…腕が、機械?そういえば胴体を貫いたのに血もやたら少なかったような…』

ヴァニラの腕の中からは奇妙な機械が飛び出し、よく見れば周囲にも小さな部品らしきものが飛び散っている。

確かに、彼が機械ならあの異様な頑丈さやタフネスにも納得がいく。

しかし、人型であれほど精巧に動き、判断力や会話機能を兼ね備えたものが存在するのか?

後者だけならあのムカつくコンピュータが該当するが…

散らばった部品を集めて考え込んでいたジュラであったが、つい先ほど聞いたばかりの金属同士が擦れる音に気づき、なんとか剣を構えて警戒態勢をとった。

その音は薄暗がりの中を徐々に近づいてくる。

十中八九その正体は他のリフトだろう、果たして敵の増援かそれとも…

下に到着したのかカチンと何かが嵌め込まれるような音が響く、その後リフトから降りて歩いてきた人影の正体は…

『よう、お互い…まだなんとか生きてるみたいだな。』

『ふへへ、流石ジュラ!着いてきてもらってホントに良かったよ。』

三人は実に10分ぶりの再会を果たしたのだった。

数分後、三人は適当なところに座り込んでいた。

どうやら休息も兼ねてこれからの方針を決めることにしたようだ。

『じゃあまず俺から話させてもらうけど、コイツらの異様な頑丈さの秘密がわかったぜ。なんとな…コイツらの体は機械だったんだ!』

『うん、そうだね。』

『まぁ、そうだよね。』

大々的に明かされる衝撃の真実に対するイオン達の反応は想定よりずっと淡白なものだった。

ジュラは無駄に誇らしく言い放った自分の顔が赤くなるのを感じる。

『もうちょっとこうさー、派手に驚いてくれてもバチは当たらないと思うぜ?張り合いないなー。』

『えー、だって私達もちょうどさっきおんなじことに気づいたんだもん。あの仮面の…誰だっけ?』

『パラミツ君だよ。』

『そうそう、その人。その人の顔がちょっと吹き飛んじゃったんだけど中身は結構複雑な機械でさー。あと、左足もちょっとちぎれかけちゃったんだけど、そん時にもショートしたスパークが見えたから気づいてねー。』

『え、お前らどんな戦い方してんの?こわ…』

『けど、おそらく完全な機械というわけでもないと思う。確実に生身の部分も持っているよ。現に血も出るし毒も有効だったからね。』

『追手が来ないところを見るとあの二人みたいなのが量産されてるわけでもないだろうしな。いよいよ持って怪しいぜ、ここはよ。』

その時、大穴の目立たない場所にあった扉が一つ静かに閉じたことに気づく者はいなかった。

 

 

 

 

時は少し戻り、ジュラがヴァニラを撃破した直後のこと。

監視精霊が捉えたその光景がスクリーンに映し出され、クイーンは激しく動揺していた。

『そんなバカな…パワー、スピード、タフネス、ヴァニラはあらゆる点であのガキんちょを上回っていたはず…パラミツの通信も途絶えるし、いったいぜんたいどうなってるの?』

まったく計画通りにいかない現実に彼女は頭を抱える。

もし今彼女が占いと名のつくものをすればおそらくオール最低の結果になるだろう。

思えば、今日は最初からおかしかったのだ。

持ち前の乱視はいつもより数段酷いし、朝食にする予定のパンには虫が湧いていた。

だから二人に買い出しに行かせたというのに突然空が割れるという未曾有の現象が発生し、オマケに侵入者まで入り込んできたのだ。

これを不幸と呼ばずしてなんと呼ぼうか。

その上戦闘の余波で大きく破壊された研究所を修繕しなければならなくなった。

そんな要求を上に出せばまた延々と書類の山に追われるのは目に見えている。

『あー考えたくない、頭痛くなってきた。もうこの際多少研究所壊れてもいいわ、コレ使っちゃうか…』

クイーンは目の前にある赤地に黒でGと書かれたボタンのカバーを外し、奥まで押し込んだ。

 

 

 

 

最初に異変を察知したのは寝転んで休んでいたイオンだった。

『ねえ、なんか変な臭いしない?』

『言われてみればそうだな。なーんか卵が腐ったカンジで気分悪いぜ。せっかく勝ったってのに。』

呑気な二人に対し、しゃがんで異変を認知したランスは顔が急激に青ざめた。

『どうしたんですか?もしかして、今になって毒が効いてきたとか…』

『そうじゃないんだ…ただ私の予想が正しければ、この臭いは毒性、爆発性を兼ね備えたガスのものだ。こういう地下空間ではドラゴンだとか以上に出会いたくない部類に入るね…』

『んなっ…そんなこと言われてもどうしようもないぞ⁉︎…とにかくどうすりゃ切り抜けられるんだ?』

『とりあえず口と鼻は布で覆って、常に上を向いて歩くことを意識しよう。どうもこのガスは空気より重いらしいからそれである程度は吸入を防げる筈だ。一番身長が低いイオン君は苦しくなったらすぐに伝えてくれ。』

二人はランスの後に続いて火花など決して起こさぬように、抜き足差し足でリフトへと向かう。

ようやくリフトへと全員が乗り、上昇を開始しようとした時カチンと高い音が響いた。

三人が一斉に音のする方を振り返ると、そこには壁から突き出た金属棒に黒い石が括り付けられたものがバネ式で何度も台座の金属を叩く装置が設置されている。

三人がそれを見て思い浮かべた物は一つ、それは火打ち石と火打ち金の関係だった。

『ヤバいッッ、罠だ!早く動いてくれっ!』

走り出したジュラはレバーを大急ぎで押し込み、リフトの上昇を促す。

だが、そのスピードは一向に変わらない。

今だけは安全を維持するための機能制限にゆっくりと首を絞められていたのだ。

『さっきはパチンコみてーな勢いで昇ってきたくせに遅いぞ、クソッ。』

もたもたと上がるリフトをガスは待ってくれない。

ついに装置が起こす火花がガスに引火した。

一瞬にして大穴内は真昼の地上のような光に包まれ、その後熱波に全てが蹂躙される。

次々と途切れていく監視精霊からの通信から見るに爆発は空間の全てを満たしたようだ。

クイーンは胸を撫で下ろし、ガスの排出を止めて椅子に深く腰掛けた。

『ああまったく…次にここ出る時はガスマスクがいるわね。これじゃ今日の実験計画もパァだわ。中止よ中止。』

若干冷めてしまったコーヒーを啜り砂糖を入れ忘れたことに気づき、顔を顰めた彼女が新しい一杯を入れ直そうと立ち上がったその時、静寂はドアとともに蹴破られた。

 

 

 

間一髪とはこのことだ。

爆発ギリギリでリフトを台座から切り離すことを選択したジュラ達は、サーフィンのように爆風をリフトで受け止め直接的な害を受けずに済んだのだ。

これでようやく黒幕の喉元…そう考えていた彼等だったが、やはり一筋縄ではいかせてくれないらしい。

その部屋の内部はジュラやランスはおろか普段から扱っているイオンですら見たことがないほど機械に満ち溢れており、壁には常に点滅を繰り返すなんらかの計器がびっしりと並んでいた。

何より彼女の目を引いたのは広い部屋の最奥部にあるガラスの殻に包まれた巨大な機械で、その構造はどことなくアミンの内部に類似している。

『…どうやって生き延びたのか知らないけど、まずはようこそ我が叡智の研究室へ。』

そして、その機械へと続く階段の中腹に彼女はいた。

水色とライムグリーンの生地を組み合わせた白衣を纏い、先端に石が埋め込まれた鞭のような武器を携えた紫髪の女はどこかくたびれたような雰囲気を纏っている。

『私の方はあなたたちを全員知ってるけど、一応初対面だし自己紹介しておくわ。私の名はクイーン・イルカンテス、中央連合の先進技術開発部門主任にしてしがない一研究者よ。』

そう言い終わると、彼女の手元で丸まっていた鞭のようなものが瞬時に伸長し、ジュラの目前に迫る。

疲労困憊しているとはいえ、ヴァニラのスピードとは比較にならない程遅いその一撃を余裕を持って剣で弾いて防ぐジュラであったが、意外にもクイーンは余裕の笑みを崩さない。

それどころか、むしろどこか憐れみのようなものさえ向けてきていた。

『あら、残念。散々暴れてくれた割に意外にあっけなかったわね。』

彼女の言葉を咄嗟には理解しかねるイオンとランスだったが、すぐにその意味を知ることとなる。

剣を振り抜いた直後、ジュラが呻き声ひとつ上げずに地に伏したのだ。

『え?ジュラ…?』

『な…バカな…まさか!その鞭は東洋に伝わるという伝説の…』

『ハァー、鞭なんて原始人の武器と一緒にして欲しくないわね。これだから田舎者は嫌だわ。この子はQ001「アルフェウス」先端からの振動で外部を無視して相手の内部を破壊する私的傑作の一つよ。つまりこの子の前にはドラゴンの鱗だろうが玉鋼の鎧だろうが無意味ってワケ。』

その言葉に偽りは無いようで倒れたジュラは腹を押さえて呻き声を上げ、吐血していた。

『あら?その辺の人間なら即死するくらいの出力はあるはずだけど…あの子達倒すだけあってやっぱり丈夫ねぇ。ま、この子の唯一の欠点は長すぎて扱いにくいことだけど、私は開発者。当然指先、いやそれ以上に正確に操れるように訓練を積んでるの。つまり…』

アルフェウスの先端がイオン達とクイーンの間にある床を突き、崩壊させた。

足場が悪くなり、彼女達からクイーンに近づくことが困難になる。

これではリーチの長いクイーンから一方的に攻撃を受けるのみだ。

『唯一まともに見切れてたそいつがくたばった時点であなたたちに勝ち目は無くなったってこと。おとなしく砕けてなさい。』

アルフェウスの先端が空を切り、二人に向けて襲いかかる。

二人はとにかくジュラから離れ、動けない彼の安全を確保しようと試みた。

だが、その隙を逃すクイーンではない。

『自滅がうまいわねー!これならどうするのかしらぁ!』

彼女が微妙に手首を動かすと二人を追っていたアルフェウスは180°進行方向を変え、ジュラへと矛先を向けた。

本来ならこの攻撃で確実に誰か一人は死んでいただろう。

だが、戦闘における彼女の思考は保身第一であった。

『くぅっっ…これでもくらえっ!』

ランスの投げた五本の液体が入ったガラス瓶がクイーンに迫り、彼女の脳裏に先程映像で見た酸がよぎる。

あんなものをかけられてはいくら薬品耐性を付与した白衣を装着しているとはいえひとたまりもない。

軽く舌打ちしつつ彼女は武器を操りガラス瓶を破壊してみせた。

『どう?機能抜きにしてもこの子自体も結構強度あるの。みみっちいガラスを割るくらいならわけないし、しょぼい薬品じゃ壊れないわ。』

飛び道具があるランスを先に始末すべきと考えたのか、狙いを変更する彼女は攻撃の寸前でふと気づいた。

『…そういえば、あのピンク髪の子はどこ?あんなのでも見逃せな…』

その疑問への返答は階段の手すりを何かが踏みしめる音だった。

いつのまにか機械の影に隠れつつ階段の側面まで移動していたイオンが階段の手すりを踏み台にクイーン目掛けて跳んだのだ。

その右手には彼女が愛用しているバールが握られていた。

『あら危ない、でもわざわざ的になりに来るあたりおつむが足りないんじゃないのっ!』

クイーンはそれに対応し、イオンの体目掛けてアルフェウスを向かわせる。

彼女の対応は十分に余裕があるものだったし、イオンは空中でろくに身動きが取れるはずもない。

だが、クイーンは失念していた、監視精霊を通して見たはずのその存在を。

 

アルフェウスの先端が鍼師の手先のように正確に且つ迅速にイオンの心臓へと伸びてゆく。

本来ならそれは1秒後には彼女を捉え、血の詰まった風船を針で突くように崩壊させているはずだった。

しかし衝突の寸前、イオンはランスに手当してもらった肩の傷が開くのを承知でポーチに左手を伸ばし、弾を撃ち切ったカシパンを引っ張り出したのだ。

傷が再び熱を帯び、丁寧に巻かれた包帯に赤いシミが広がってゆく。

が、その甲斐あってアルフェウスは銃身の隙間に挟まりイオンは振動の直撃を防ぐことに成功する。

振動のせいかあらぬ方向へと落ちるカシパンに挟まったままのアルフェウスだったが、クイーンにはここからでも尚イオンを攻撃できる時間が残されていた。

尤も、武器が使えればの話だが。

『くっ…生意気なっ…けど、まだ間に合う!戻れアルフェウス‼︎あの小娘の心臓を貫いてやりなさ…?』

操作がまったく効かなくなった自身の武器に違和感を覚え、自分の手から伸びた先を見ると、その先端はベタベタした白いもので銃身に接着されていた。

『何…これは、接着剤?なら、振動でっ!』

ランスがニヤリと口角を上げた。

『本当に、多めに作っておいてよかったよ。』

『うそ⁉︎離れない‼︎って、ちょっと待っ…………‼︎』

ゴキンと鈍い音が響く。

イオンの細腕が振るったものとはいえ、ただでさえ重いバールが脳天に、しかも彼女の体重を乗せて直撃したのだ。

その威力は推して測るべしと言ったところか。

クイーンが白目を剥き、鼻血を吹き出して仰向けに倒れる。

その手にはもはやアルフェウスを握る力は残っていなかった。

誰が見ても文句なしの勝利だろう。

 

 

 

ぐらつくイオンの体をランスが支え、同時に危険極まりないアルフェウスを回収する。

『本当に…本当によくやってくれたよイオン君。君ほど察しのいい者なんて世界のどこを探してもいないだろうね。』

『いつつ…ランスさんとジュラのおかげです。私一人じゃどうしようもなかった…って、そういえばジュラは⁉︎大丈夫なんですか‼︎』

『落ち着いてくれ、君も十分に重症なんだ。これ以上の無茶はさせられないよ。私が見てこよう。』

ジュラの元へと駆けたランスはしゃがみ込んでしばらくの間脈をとったりしていたようだが、やがて立ち上がってイオンの方を向き微笑んだ。

『朗報だよ、ジュラ君も気絶こそしているけど命に別状は無さそうだ。』

イオンの顔色が目に見えて明るくなり、その瞳が喜びを湛えて輝く。

が、そう喜んでばかりもいられないようだ。

ガコンッと部屋の奥から大きな音が響き、同時に壁のランプの点滅速度が一気に速くなる。

二人が目を離した僅かな隙に額の割れたクイーンが血を流しながら大きな機械の前に立ち、何らかのレバーを上から下へと押し込んでいた。

『いつの間に意識がっ…!』

『く…そ…が、私もただでさえ苦労、してんだ。金使い潰して…あなたたちに、逃げられでもしたらァ、今度こそ私はゴミだ。確実に、処分…されるっ‼︎マザーコンピューター!スターフルーツを起動しろっ!今すぐ神の杖計画を実行するッッ。』

巨大な機械の全てが整然と動き出し、猛烈な光を放つ。

その時、辺りの全てが白に染まった。




クイーンはイルカンテスでも分家に当たる家の出身です。
彼女もまた爆裂魔事件の責任問題で苦労したみたいですね。

用語集

マノリオン
マノンのエネルギーを増した魔法。

アルフェウス
クイーンが中央連合王国に雇われるきっかけとなった発明。
見た目は先端に小石が埋め込まれただけの鞭だが、実態は先端に触れた物を振動で攻撃する武器。
普通の人間程度なら打たれると粉微塵になる。
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