魔剣王正伝   作:プルプルマン

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最近食事が貧相だぁ、これはいけない。


ユノハナいいとこ一度はおいで

正体不明の緑灰色の結晶がこびりついたユノハナの門が開かれ、それを一歩跨げばそこはこの世の楽園だった。

至る所から立ち上る白い湯気、スペースを取り合うようにみっちりと赤を基調とする建物が並んだ歓楽街、土産物店では所狭しと並べられた色とりどりの小物や甘美な焼菓子が桃源郷を演出し、提灯の灯りと笑い声の絶えない飲食店にはついつい足先をそちらに向けてしまいたくなる奇妙な魅力がある。

だが、注意深く観察すれば道ゆく浴衣の人々は誰もが明るい顔をしている一方、チラホラ目に入る裏路地にはどう見てもゴミ捨て場ではない場所に散らばったゴミや不思議なほど高所にある落書き、数軒ずつ距離をおいて並ぶお子様お断りの風俗店が並びネオンサイン煌めく行楽地のダークサイドがしっかりと息づいているのがすぐにわかる。

竜から降りて引いて行くジュラ達(騒ぎにならないようカブウは頭から布を被って触手を隠しペットのカエルのふりをしている。)であったが、そんな楽園にはトラブルが付き物のようで…

ジュラから死角となる竜の左側面にいた、一見ただの観光客にも見えるその男は定食屋で飯を食った後金を出すようにごく自然に竜の鞍につけられた袋に手を伸ばし、スリをはたらこうとしていた。

その手つきは鮮やかでベテランの貫禄を感じさせるのに十分だ。

『何やってんだ?てめぇ、バレバレなんだよ。』

男の耳に届いた声は彼に背筋が氷柱に置き換わったような冷たさを感じさせるのに十分な威圧感を含んでいた。

数多のスリ経験から咄嗟に逃走体勢に移行する男、その切り替えと判断力は悪くないどころか目を見張るものがある。

だから今日の男に足りなかったのは上質なカモを選ぶ目と運だったのだろう。

逃走を図る男の前に突如壁が出現する。

一瞬、魔物に化かされたのかとパニックに陥りかける男だったがすぐにその正体に気づく。

『コイツ…あのガキが連れてたペットかっ!それで退路を塞いだつもりならナメるなよ!』

フェイントを挟んだ動きで脇をすり抜けようとする男に対し、カブウは少しだけ布で覆い隠した自分の触手を晒した。

『ひっ…なんだッてめぇーー!バケモノかぁ⁉︎』

本能で後ろに飛んでしまった男は気づく、自らの背後にいる怒気の塊に。

『てめースリだろ?覚悟はできてんだろうなぁ…』

拳を鳴らす背後の存在から逃げられないことを直感で感じた男は来世がもう少しマシなものであることを願いながら静かに目を閉じ…

『ジュラ〜遅いよー何かあったの?…その人誰?友達?』

『残念だが俺はこの短時間で友達を作れるほどコミュ力オバケじゃないんだ。コイツはさっきスリをしようとしてやがったからちょっと脅かしてやろうとしただけだよ。』

『わぁ〜観光地って感じ。でも、ボーリョクはダメだよボーリョクは。』

『一回くらいぶん殴っといた方がいいと思うけどな…まぁ憲兵に任せとくのが無難か。』

どうやら男の寿命は少女の言葉によって大幅に伸びたようだ。

『いや、憲兵さんも呼ばないよ。だってまだ何もしてないし。』

『じゃあコイツとはここで手を振ってバイバイか?冗談じゃねー、他の悪党にまでカモられるぞ?』

『でも、こういうごちゃごちゃの街だといた方がいいよ、詳しいガイドさん。』

少女が男の腕を掴む。

『てなわけで、ガイドやってくーださいな!貴方ここ長いでしょ?』

勿論男に拒否権などあるわけがない、返事はイエスかハイだ。

『わかった…わかったよもう…』

やはり、今日の男に一番足りないものは運だったようだ。

 

 

『よーし次はあっちいこー!』

口いっぱいに赤色の饅頭を頬張りながら軽快な足取りで雑踏を潜り抜けるイオン、その後ろに野良ガイドと二頭の竜を引くジュラ・カブウが続く。

野良ガイドはゆうに3時間以上連れ回された結果、死んだ魚のような目になっていた。

『もう…ゆるし…』

『おーいイオン、コイツしにそーだからもう勘弁してやれ。』

『えー…まぁしょうがないかぁ、それじゃそろそろ本命の場所に行くよ!ガイドさん、ここのさらに奥に続く道はどっちにあるんですか?』

『こ…これが最後の案内でいいのか?俺は解放されるのか⁉︎』

『んー、できたら宿もいいとこ教えて欲しいです。』

『‼︎…わかった、ついてきな。』

明確な終わりが見えたからか男は少し元気を取り戻したらしい、結構なことだ。

かくして一行はイオンの言う『本命』の場所へと歩を進めるのだった。

 

中心部とは裏腹に賑わいが風に乗って届くのみの寂しいユノハナの外れにそれはある。

聳え立つ岩壁、闇より尚暗い穴、その入り口の変色した鉄格子…どれもがその内部が危険極まりない禁足地であることを明示していた。

しかしそのどれよりもデンジャーな雰囲気を醸し出しているのは、周囲に眼光を飛ばす槍を携え鎖帷子で全身を覆った厳めしい集団であろう。

『しかしアンタらも物好きだ…ただでさえ近づきたくない危険地帯だってのによりにもよって烈火軍がいる時に立ち入るんだからな。』

『なるほど、アレが烈火軍かぁ。確かに随分と強そうだな、どいつもコイツもタッパで目算2mはある…』

『安心したまえよジュラ君!ケンカはタッパでやるものじゃない、ココでするんだ。』

自身ありげにかつて心臓があったであろう位置を触手で突くカブウであったが、当然触手は何に触れることもなくすり抜けていく。

彼の頭が胴体とサヨナラする原因を作った本人としてイマイチどういう反応をすればいいのか悩むジュラをよそに、イオンはツルハシを振り翳して穴の方へと向かおうとしていた。

『は?ちょ…何してんだアンタ⁉︎』

『何って…ちょっといい感じの鉱石を掘りにいくんですけど…』

『はぁ?いやあの軍隊が見えないのかァー⁉︎ヤツらはマジにキレてる集団なんだっ!場合によっちゃ警告なしで処刑だぞ⁉︎』

『でも、横からこっそり…』

『絶対にお断りだっ‼︎死ぬなら俺を巻き込むんじゃねぇ!ほら!これがユノハナじゃ1番信頼できる宿屋の住所だ、ちょっとボロいがな!』

男は慌てて紙に何かを書きつけるとイオンに押し付ける。

『それじゃあばよ!約束通り恨みっこなしだぞ‼︎』

2人と3頭はそのまま逃げるように去った男の背中をポカンと見つめるばかりだった。

『烈火軍ってのはあんなにビビるほどヤバいのか…なぁイオン、やっぱ今採掘なんてやめとかないか?なんかすげーヤバそうだ。』

『………とりあえず、お宿いこっか。』

その場を離れる彼等の背にはこんなにも暑い洞窟だというのに冷たい汗が伝っていた。

 

『ここがその宿かぁ、確かに立派とは言えないわなぁ。』

その宿は先ほどの穴に近い場所に位置しており、お世辞にも繁盛しているようには見えないどころかすでに廃墟なのではないかと思わせるほど閑散としていた。

3人が門の前に立っていると玄関のドアがゆっくりと開き中から小柄な老婆が現れる。

『えぇ、ようこそいらっしゃいました。えぇ、我ら「風炉花荘」一同えぇ誠心誠意おもてなしさせていただきますとも。えぇ、まずはおあがりください…』

老婆に促されるまま宿内に入っていくジュラ達、竜で旅する観光客も珍しくないようでカントとステガは自然と職員と思しき人物に連れられて離れの竜舎へと向かっていた。

玄関を一歩くぐると、ロビーは意外に清潔であり珪化木を組んだ床の隙間から窓際の観葉植物に至るまで細やかな管理が行き届いている。

『えぇ、申し遅れました。えぇ、私はここの主人を務めるえぇロマナと申します。えぇ、どの部屋をお借りになります?スイートルームから座敷牢まで色々ありますとも、えぇ。』

老婆は年季が入った赤表紙の冊子を開いてジュラ達に見せる。

部屋の間取り、料金、食事サービス等の全てを加味して彼等が選んだのは…

『ここが俺たちの部屋か…概ね予想通りだな。悪くない。』

無難な4人用の2等室であった。

毎回の食事は必要であれば事前に申し出て用意してもらう形式で、無論目玉の露天風呂はいつでも利用可能である。

お値段もリーズナブルで文句のつけようがないプランに思えるが、ジュラには一つだけどうしても気掛かりなことがあった。

『しかしよ…なんで床に干し草なんて敷いてあるんだ?馬小屋じゃあるめーし。』

『ふむ…確かこれは遠い異国の様式で、タタミというものだと聞いたことがある。なんでも、寝転ぶと無性に心地いいとか。』

試しに寝転んでみるジュラ、全身に伝わる程よい硬さと干し草の侘しい香りは彼にとって驚くべき未知との遭遇であった。

『なるほど…なんか眠くなるな…』

『わかる〜私もうこのまま寝れるよ〜』

先んじて畳の上で麺棒のように転がっていたイオンの髪や服には繊維の切れ端が付着している。

『ハッハッハ、はしゃぎすきだぞ小童どもめ。さ、まずはやはり温泉だね。湯煙の向こうにあるのは地獄かはたまた極楽か…確かめにいくとしようか!』

『一番風呂もーらった!』

逃げる温泉を追うかのごとく走ってゆくイオンを後目にカブウは反対方向へと向かって歩き出す。

『あれ、カブさんは入んねーのか?』

『いや、私は先に…あー夕飯に当たるのかな?まぁ食事の用意を依頼してくるよ。既にイオンから注文は聞いているからね。』

『りょーかい、じゃあ俺は先に行ってるぜ。』

ジュラはそのままギィギィと鳴る廊下を奥へと進んでいく。

『えーと、青い暖簾が男湯だったはずだから…右か!』

地界に来てまだ2ヶ月と半分、温泉はおろか地界式銭湯すら利用したことのないジュラではあったが、すでに部屋備え付けのルールを読破していた彼に抜かりはない。

右手に曲がってすぐに突き当たった脱衣所のドアを開ける、ここにも他の宿泊客の姿は無い。

少々物寂しい雰囲気ではあるが逆に考えれば他人に気兼ねする必要がないとも言える。

ジュラはさっさと衣服をカゴに投げ込み、湯船を独占するつもりで浴場のドアを開けた。

視界を覆う熱を伴った白い湯煙、1秒にも満たないホワイトアウトの後荒々しいながらに徹底的に角が排除された石造りの湯船達が姿を現す。

見たところ、他の客は三人組が1つだけらしい。

…本当に経営は成り立っているんだろうか?

そんな心配を抱きながらも彼は予習済みの湯の作法を脳内でリピートし桶に並々と入ったお湯を頭から被るのだった。

『うぁっちゃちゃちゃぁ!茹でられているっ!俺は今茹でられているっ!』

『ジュラ〜どしたの〜?こっちまで聞こえてるよー?』

壁の向こうからイオンの声が聞こえる、どうやら岩の壁一枚挟んだ向こうに女湯があり上を通って音がやりとりされるらしい。

構造を把握すると同時に、1人で床を転げ回っている自分の滑稽さに気がつき慌てて立ち上がる。

『ななな、なんでもねーよ!気にすんな!』

先客の3名はジュラの痴態を気にかけることもなくひたすらに瞼を閉じて湯と、いや自分自身と向き合い精神を研ぎ澄ませていた。

その只者ではない集中力とオーラから推測するに、実は相当の達人…なのかもしれない。

ふと先ほど浴びたお湯の出本に彫られた文言が目に入る。

『なになに…水温94℃、好熱種族向きです…そりゃ熱いわけだよ…』

ひとしきり乾いた笑いを漏らした後、改めて壁際に位置する50℃と書かれた湯船のお湯を浴び、体はすでに臨戦体制だ。

間髪入れずゆっくりと水面に足の爪先を差し込む。

最初こそ温度差で若干の緊張を覚えるものの、程なくしてイオンフライヤーのものより数段熱い湯が触れた箇所から体内へと筆舌に尽くしがたい心地よさを流し込んでくる。

これを慈愛と呼ばずしてなんと呼ぶのか、彼は無意識のうちに肩までしっかり湯船に沈んでいた。

『……………極楽だ。』

自然とそんな言葉が口を吐く。

本来であればこのまま全てをお湯に任せて一体化手前まで脱力したいところではあるが、人の目を考えると万が一にも変身魔法が解けるようなことをすべきではない。

彼は断腸の思いで追いやりかけた思考を引き戻した。

数分後、先客達が言葉を交わすことなく同時に湯船からあがったかと思えばそのまま連れ立って浴場を後にし、入れ替わるようによく知った顔が現れる。

『やあジュラ、湯加減はどうだい?』

『控えめに言って最高。なんならもうここで暮らせるぜ、俺は。』

『それは何より、どれ俺もご一緒しようかな。』

カブウは10本以上の触手を駆使し、その顔に対してあまりに小さい桶を振るい自身に満遍なくお湯をかけ流してゆく。

程なくして彼もまた湯船の住人に加わった。

『ふぅむ…俺にゃちょいとばかしぬるいが、肌に来るこの感じ…成分的にはアリだな。』

『熱いのご所望なら向こうに沸騰寸前のがあるぜ?てか今更聞くのもアレだけど、カブさん剥製なのに水に浸かって大丈夫なモンなのか?』

『ハッハッハ、それはカブさん'sミステリーさね。』

それほど深刻な害はないらしい、ますます珍生物度が跳ね上がった。

『んー?カブさんもいるのー?』

2人の会話は壁の向こうにも筒抜けだったらしく、イオンが再び話しかけてくる。

『いるよー!そっちの湯加減はどうだい?』

『控えめに言って超・最・高‼︎もう私ここに固着するね…』

発想が似たような感じなのが妙に腹立たしい。

『いやーさっきまで先客のおねーさん達と色々喋ってたんだけど先あがっちゃって…そっちはどう?』

『もう顔見知りつくったのか?距離感の詰め方ケンドーかよ。こっちにも先客はいたけど、もうあがってるぞー!』

『わかったー!』

しばしの沈黙後、壁の上を通して何かが投げ込まれる。

『なんだ…?石鹸か?』

『どれどれ…うん、紛うことなき石鹸だ。しかも文字が彫ってある。』

『あ、届いたー?じゃあ読んでみてー!』

ーーーーーー

 今後の会話は石鹸に彫った文字でやるよ!

 今夜2時頃にここを出て奥地へ行くよ!

 ご飯食べたら準備しよう!

ーーーーーー

『…突然何言い出してんだアイツは?あそこは立ち入り禁止でガラの悪い軍が警備してんだろーが。』

『さぁね、詳細は本人に聞くのが1番だろう。』

ーーーーーー

 突然なに言ってんだ?

 テメーであの警備見ただろーが。

 後なんだこの変な会話方法は、伝言ゲームじゃあるまいしよ。

ーーーーーー

一時的に変身を解き尻尾で文言を書いて折り返しで石鹸を投げ込む。

5分ほど待っていると再び女湯から石鹸が投げ返された。

ーーーーーー

 ほら、声出すと誰が聞いてるかわからないし。

 バレないよーにね。

 洞窟への侵入方法は私に案があるから任せて!

ーーーーーー

『…なあカブさん、説得したらやめさせられると思うか?』

『いやー、例え天変地異でも思い立った彼女を止められるかどうか怪しいと思うなぁ。まぁ面白そうだし俺は付き合うつもりだが。』

どうやら冒険のリビドーを止めることは不可能であり最悪の場合は烈火軍との敵対も想定しておかねばならないらしい。

ーーーーーー

 わかった、後で要るもの教えろ。

 あと、そろそろ料理食いにいかねー?

ーーーーーー

石鹸を投げ返す、おそらく次が最後のやりとりになるだろう。

しかし、ジュラの予想は外れ…

『わかったー!髪乾かしてるから先に部屋戻ってて!』

『いや普通に喋んのかよ‼︎さっきまでのアレなんなんだよっ!』

元気なイオンの返事が夜の明けた浴場に響き渡った。

 

大きく風炉花荘の字がデザインされた浴衣を纏い畳上の丈の低い机の前に鎮座する3人、その眼前には机の端から溢れんばかりに並ぶ料理の皿が輝いていた。

『うおっ…宮殿での舞踏会を思い出すなぁ。いいのか?結構高そうだけど。』

『いいよいいよ〜作戦決行前なんだからパーっと行こう!あ、せっかくだからジュラも色々食べて料理の参考にしてよ!』

『なるほど、こいつめそれが狙いか。まぁ任せな、味はキッチリ盗んで帰るぜ。』

『ふへへ、楽しみにしとく〜!それじゃ早速、いただきます!』

イオンが全てを食べ尽くさないうちにジュラは少しずつ料理を口に運び、じっくりと分析する。

『やや苦味を伴った旨味と鼻に抜ける香り…知ってる食材じゃないな?そんでもってこっちの煮物は…これ何の肉だ?わっかんねぇ。』

どうやら灼熱の地底国家では魔界とも地界のその他の場所とも全く異なる食文化が育まれてきたらしい。

その料理のどれもが彼にとって未体験であり脳髄に反響する刺激となっていた。

『しかしどれもデリシャスだ、俺にとっては故郷の味と言えるから当然っちゃ当然だけど…キミ達の口には合ったかい?』

『んー、おいしいよーおかわりしたいぐらい!いやー朝ごはん食べられないのが惜しいなぁ。』

『同意だな、食材単体じゃクセがあるのも多いけどそれを殺さず味の深みに昇華してる…参考になるぜ。』

好意的な2人の返事にカブウは口角を上げ酒の瓶を開ける。

『フフフ、だろう?次食べる機会があったら今度は地底人向け貳コースをオススメするよ。今食べてる人間向け叁コースとはまた違ったご当地グルメを楽しめるさ。』

『へぇ…正しく未知との出会いだな。俺もより料理の真髄に近づけそうだ。』

『船でもそんなことを言っていたが、それがジュラの目指すところなのかい?微力ながら応援させてもらおう。』

『ああ…俺が目指すのはあらゆる世界における料理人の頂点だ。いつかてめーの店持ったら行列も予約も絶えない最高のレストランにしてみせる。尤も、とりあえず今は魔界に帰んなきゃどうしよーもないけどな。』

『そのための武者修行だっけ?頑張らなきゃあねぇ…』

『ふ〜た〜り〜とも〜何話してるの〜?私もまぜてーよっと。』

そんな時、既にいくつかの皿を空にしたイオンが静かに酒を嗜んでいた2人にもたれかかりにダル絡みしてきた。

『うげ、もう出来上がってんのか?』

『いや、私素面だよ?これから超危険地帯行くのにゲロ吐いてる場合じゃないしね!』

『ややこしいことしてんなよ…てか、自分で下戸ってわかってんなら呑むな!』

『そんなこと言ったっておいしーものはおいしーからねぇ。やめらんないかなぁ。』

『んだと〜?ええい!死んでいった俺の服達に詫びろー!』

2人がきゃいきゃい騒ぐ中カブウはふと視線を動かし窓から外を眺める。

ここの土地はやや小高くなっているのだろう、歓楽街に整列した瓦屋根の漆喰が夜とは違う街の顔を見せていた。

 

 

 

 

 

『カンちゃんもスーちゃんも元気だった?うわっ!んへへ、くすぐったいぞこいつめ〜』

太陽がギラギラと輝く午前1時頃、ジュラ達3人は宿を出る。

計画の相談は筆談で済ませたし、主人には歓楽街で数日遊ぶため帰らないと伝えてある。

計画の邪魔は最早何もないはずだ…烈火軍以外は。

しばらくは順当に歓楽街に向かう道に沿って歩を進めていた彼らであったが途中で周囲に誰もいないことを確認すると、ひっそりと道を外れ岩陰に身を隠しながら目的地に向けて走り出す。

目指す場所は1つ、ユノハナ奥地に繋がる洞窟「黄石洞」だ。

 

『で、例の場所に着いたわけだが…やっぱいるよなー警備。』

前日の自信ありげなイオンの様子からなんらかの事情で警備や門が消えているのではと淡い期待を抱いていたジュラだったが、まこと喜ばしいことにそのどちらも健在であるらしい。

『ふむ、正面から行けば間違いなくスプラッタ…ではイオン、キミの策略見せてもらおうか。』

『じゃあちょっと2人とも耳貸して、ゴニョョニョニョ…』

『…うーん、控えめに言って正気か?暑さでついに脳みそとろけたんじゃあねーだろうな。』

『失礼な、大真面目に言ってるよ!』

『まあまあ、最悪でも3人まとめて死ぬだけ。来世に期待していっちょやってみるのも悪くないかもね。』

『なんでテメーらそんな割り切ってるんだよ…まぁごねたところで他の方法も思いついてねーしなぁ。ハァ…やってやんよちくしょう…』

作戦の成功を目指し、3人は各々準備を始めるのだった。

 

『おい、ありゃなんだ?こっちに来てるように見えるが。』

『さぁなぁ…煙でよく見えねぇ。念の為攻撃してみるか?』

黄石洞の門を守る2人の軍人は当番の交代を控えた直前に小山のような奇妙な物体が岩陰から姿を現し接近してきていることに気づいた。

当然、2人は警戒を強め臨戦態勢で近づくものに向けて構え、その間にも少しずつその物体は接近し続けている。

程なくして彼等の目の前に姿を現したのは大きな体を覆うようにすっぽりと布を被った一頭のオオキバツノガエルであった。

『なんだよく見るカエルか。ほら、ここには何もないから行った行った。』

軍人の1人が手を振って後退を促すが、そのカエルは意に介する様子もなく門に向かう歩みを止めることは無い。

彼等が言葉による警告を無視したカエルに対し、より原始的なやり方で警告を行おうとしたその時、黄石洞内から猫のような声が響いた。

2人が目配せし左側に立っていた男が背後を確認すると、そこには小さなカエルがうずくまっている。

まだ尻尾が残っているほど幼いそれは何度も猫のような声を上げ何かを呼んでいるようであり、近づいてきた頭巾のカエルもまたそれに応えるように小さな低い音を絶え間なく発しているようだ。

『もしや、はぐれ仔でも探しに来たのか?…俺らも鬼じゃない、ガキなら連れてきてやるからそこで待ってろ。』

頭巾のカエルが静止したのを確認したのち、仔を回収するために振り向いた男とうずくまる仔の目線が衝突する。

その厳つい風貌に怯えたのだろう、カエルの仔は金切り声を上げて洞窟のさらに奥へと走り去ってしまった。

『あちゃー、俺ってばいっつも動物に好かれねぇよなぁ。』

『笑い事ではすまんぞ、ここでコイツが暴れ出したらコトだ…』

『だったらよ、いっそ通してやったらどうだ?俺らに下された命令はあくまで知的存在の通行禁止だ、このカエルを拒絶するならさっきから出入りしまくってるヤモリが大悪党になっちまう。』

『…仕方あるまい。俺としてはちと暴力性が足りなく感じるが、最近は軍のイメージアップも重視してるからな。特例で見逃そう。』

錆びた門が脊椎を直接引っ掻くような音を立てながら開き、頭巾のカエルは彼等に一礼した後脇目も振らずに洞窟の奥部へと繋がる闇に姿を消したのだった。

『人助けすると運勢が良くなった気がするなぁ!オイ!』

『思い込みだ…その行為が有する尊さは否定出来ないが。』

門の鍵を閉め、雑談をする彼等の目に次の担当2人が歩いてくる様子が写る。

((さて、休憩時間の間何をしようか…))

彼等の思考は既に休憩時間の活用法へと移ろっていた。

 

 

 

『いやぁ我ながら名演だったなぁ。仔を思う親の愛を完璧に再現してやったとも、うん。』

『ウソだろ?マジにこんな雑な変装で上手く行ったのか?大丈夫かよこの軍隊…』

『ま、このイオンさんの灰色の脳細胞にかかれば軍隊さえも欺けるってことョ、ふへへ。』

イオンが足元から小さなカエルを拾い上げる。

それは中に発音装置と原動機付きの車輪のみを搭載した安価なダミーであった。

さらにカブウの被る布の下から2頭の竜が姿を現し身震いする。

イオンの『母が探して大作戦』とやらはつつがなく成功したようだ。

彼女は早速カバンからツルハシとハンマーを取り出し掲げてみせる。

『よーしみんな!ツルハシは持ったか!お宝採掘に向けてれっつごー!』

狭い洞窟内は音がよく響く、イオンの声に仰天したコウモリが落下したのち恨めしそうに彼女の方を見て飛び去っていった。

 

 

『ほらよ、またなんかキラキラしたの出たけどこれも珍しいやつか?』

その声に土埃まみれの何とかイオンと判別できる物体が振り向き、彼の手から緑色の石を受け取る。

『あーこれさっきから出てる「魔鉄鉱」だと思う。』

『えー、色が違うじゃねーか。こずるいやり方してくれるぜ。』

『多分アンチモンかなんかが混ざったのかなぁ?あって困るものじゃないけどね〜ありがと〜』

彼女が投げたそれを竜が咥えて背中にかけられた袋に入れていく。

すでに袋はずっしりと垂れ下がっており、仮に肩紐が言葉を持っていたなら労働環境の改善を求めてストライキを始めるだろう。

『この辺の石は結構掘ったし、もうちょっと奥行ってみる?』

『別に構わんけど、あんまり荷物多いとこいつら走れなくなるぞ?』

『ちゃんと削るなり捨てるなりするから大丈夫だよー、じゃあれっつでぃーぷ!』

より深みへ潜っていく彼等の前には常にカブウの触手が突き出され、温度感知センサーの役割を果たしている。

『ム、この先かなり気温が上がるよ。体感67℃ぐらいだ。』

『まーここでもかなり暑いもんねー、よーしいよいよ耐熱スーツの出番だ!』

すでにあたりの気温は50℃に達しようとしており、ジュラも辟易していた。

服の上からツナギ型のスーツを来てすっぽりと頭を覆うヘルメットを被り、腕のスイッチを入れるとあっという間に肌をひんやりとした空気が撫で心が先ほどまでの灼熱地獄から解放されていく。

『どうどう?息苦しかったりしない?』

冷気に浸る彼にすでに装着を終えていたイオンがこもった声で問いかける。

『ああ…生き返った…決めた、戻ったら絶対サウナと水風呂往復しよう。』

『んへへ、喜んでもらえて何より。えーと、私の魔力だけだと大体5時間で動かなくなっちゃうから、ジュラのに繋がせてもらうね。』

『それは構わねーけど俺の魔力を2人分に使って持つのか?』

『自然回復含めて大体150時間くらいかなぁ?1週間は居れないくらい。』

『おおう…反応しづらいなぁ。ま、そんだけありゃ探索も捗るだろ。』

『だねー、じゃあここからはこのロープを帰り道の目印として岩に結びながら行くよー』

彼等は地底のより深くへと降りてゆく、待ち受けるは金銀財宝かはたまた死穢纏う棺桶か。

彼等はまだ知らない、知りようもない。




風炉花荘の料理には他にも竜人向けや幻妖族向け等多種多様なものが3コースずつ用意されています。

登場人物

ベテランのスリ
ひたすらに運が悪かった男。
これからも観光気分で浮かれた者達相手にスリをしていくだろう、それ以外の生き方を知らないから。

ロマナ
風炉花荘を100年以上きりもりしてきた腕利きの主人。
あらゆる宿泊客のニーズに対応することを指針とすることで観光激戦区を生き抜いてきた。

三人組の客
湯を愛し湯に愛された湯の申し子達。

見張り当番の2人
週一で飲みに行くぐらいには仲がいい2人。
自他共に認める強面だが、意外に動物好き。

用語集

風炉花荘
ユノハナの小高い外れにある寂れた旅館。
閑古鳥が常駐しているが知る人ぞ知る名旅館である。

黄石洞
壁面に黄色の魔鉄鉱結晶が多数析出していることからこの名がついた。
ユノハナ全ての源泉につながっているとか。

魔鉄鉱
魔力エネルギーが作用して構造が変化した鉄化合物を含有する鉱石の総称。
不純物の種類や濃度によって無数のグレード分けがなされる。
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