洞窟内の気温は70℃を上回り、人間の生存限界をとうに越している。
だが、ジュラ達の着ている耐熱スーツはイオンの発明品にしては稀に見るアタリらしく、快適にツルハシを振るうことができていた。
『お、またなんか層が出てきた。イオン、これなんだ?』
『えーと、「油金」の鉱脈かなぁ。色的に硫酸油金かも。なんかジュラすごいねーさっきから色々掘り当ててるし。センスあるかも。』
『そうかぁ?まぁ悪い気はしねーけどよぅ。』
ジュラは割とすぐ調子に乗る男であった。
『うんうんこれでこの辺で採れそうなのはあと「フロナイト」くらいかな。もしかしたら新しい鉱脈が出るかもしれないけど。』
『へぇ…まあ俺に任せときな。キッチリ掘り当ててやるからよ。』
彼等はより深くへと潜りながら壁に目を配る。
最初は適当に直感で掘っていたジュラも回数を重ねるうちに何となく鉱石がありそうな場所の察しがつくようになっていた。
やはり何事においても実地で経験を積むというのは大事である。
ふと歩いていたイオンが立ち止まり、後方にいたジュラは何とか彼女にぶつかる寸前で止まった。
『おっと…急に止まんなよあぶねーなぁ。』
『うん、ごめんごめん…なんか見たことないものがあって…』
彼女の見つめる先には洞窟の壁に星空のような白い粒が並ぶ光景が広がっていた。
粒は一つ一つが一抱えほどもある大きさで、その艶かしい質感はおそらく鉱物のそれではない。
遅れてその光景に気がついたカブウがわずかに顔を顰め口を開いた。
『すぐにここから離れた方がいい、これは全て「フランポポ」の卵だ。』
『何だそりゃ、えらく可愛い名前だな。』
『名前だけならね…彼等は溶岩食性ながらとても乱暴で粘着質、あのボルカフロットワームも近づきたがらない地底の暴君さ。勿論俺もお近づきにはなりたくない、特に子持ちには。』
どうやらここに留まっていても碌なことにはならなさそうだ。
ヘルメット越しに顔を見合わせて無言のうちに歩みを早めるジュラ達であったが、残念ながら幸運の神には余所見されていたらしい。
静かな洞窟内にパキンと乾いた音が響き渡る。
音は壁に貼り付けられた無数の卵、その一つから発せられたもので殻とそれを覆う乾いた粘液が割れたことを告げていた。
赤ん坊は生えたての牙を使って暖かな揺籃を破り、始めて外の世界と触れ合う。
若干の硫黄臭を伴って自身の肺になだれ込む空気、卵の中より多少冷たいそれと始めて遭遇する光に包まれあまりの情報量に身を竦めていた彼は突如感じた異臭に気づいた。
本能にコードされていない不自然な臭い、それは目の前で動く何かの集団から発せられているようだ。
『ピィキュルルルクァァァーーーー!』
正体不明の彼等に不安を抱いた赤ん坊は、誰もがそうするように大声で鳴いて親に助けを求めた。
『…なぁ、コレってよ、すごくヤバい状況なんじゃねーか?この状況を親御さんが見たら俺達は問答無用で排除対象なんじゃ…』
『ハハッ、まぁ俺なんか地底じゃ名の知れた肉食動物だしね。』
さらに悪いことに親はかなり近くに居たらしい。
地響きが連続し、前面には出さないよう隠されてこそいるが確実な殺意と怒気を孕んだ唸り声が聞こえてきている。
数秒の後、洞窟の横穴から毛のない体に大きな口を備えた巨大な獣が姿を現した。
獣は状況を確認するや否や漏れ出る殺意を隠すことを止め、ハンマー状になった尻尾を振り回してジュラ達を睨みつける。
その口からは主食となる鉱石の成分が沈着したためか極彩色に染まった強靭な牙を覗かせていた。
一瞬の膠着の後、ジュラ達は踵を返して逃走を開始し獣は一声吠えて敵を殲滅しに向かう。
その間の距離30m、チェイスはややジュラ達が有利に思えたが…
『ジュラジュラ!なんかあの子どんどん近づいてるよ⁉︎』
『クソッ…「ビルトリス」かっ!厄介な技持ってやがる。』
獣は過去に斃した人間から魔法を得ていた(或いは経験と修羅場が似た術式を生み出したか)らしい、身体能力を底上げする魔法を利用して頭で岩を砕き蹄で岩盤を割りながら猛スピードで彼等を追ってきていた。
『このままじゃ追いつかれるっ!竜に乗るぞっ!』
『待ってジュラ!その前に積んでる石をカブさんに預けて、そのままじゃ走れない。』
『了解した、俺が責任を持って預かろう。』
カブウの触手が鉱石の詰まった袋を取ったことを確認し、2人は竜に飛び乗った。
重荷から解放された2頭は張り切って本来の領分であるスピードを発揮し、みるみるうちに追手との距離を離してゆく。
フランポポの姿が見えなくなり足音も聞こえなくなった十分後、2頭はようやく足を止めジュラとイオンを背中から降ろした。
『ありがとーカンちゃん!テーちゃん!助かった〜』
イオンに頬擦りされた2頭はどちらも『そんなことより飯をよこせ』とでも言いたげな顔をしていた。
可愛げのない奴らだ。
『その石も撒菱代わりに使わずに済んでよかったなぁ。無事に危機を乗り切る、収穫物も持ち帰る、両方出来たら上等だろ。』
『ああ、確かに我々は何一つ失わず彼女から逃げ切った。そこはパーフェクトさ。でも、ここがどこか分かってるのかい?少なくとも俺は目印つけてきてないが…』
『『………………あっ』』
ただでさえ同じような景色が続く入り組んだ地底の迷路、ましてや逃走中に経路を確認する余裕は無かった。
『いやでもほら、ずっと上に上がっていけばそのうち出れるだろ?たぶん。』
『それで済むならここであんなことになってる彼は相当な間抜けか自殺志願者ということになってしまうね。』
カブウの触手が指差した先には岩盤に半分埋没した崩れかけの髑髏があった。
ジュラとイオンの頭に嫌な想像がよぎる。
『私化石になっちゃうー!発掘されるー!』
『拝啓お祖父様、貴方の孫ジュラ・パズズは洞窟で干物になっております…』
『うーんちょっと怖がりすぎだなぁ、だが安心したまえ。我々には2頭の勇猛果敢な強い味方がいるじゃないか。彼等の嗅覚なら確実に地上へと続く道を発見してくれるはずさ。』
カブウの言葉を聞いた2頭の竜は誇らしげに胸を張っている。
『ほんとかよ…まぁ他に手段もねーけど。イオンもそれでいいか?』
『いいよー、私なんか地図あってもたぶん迷ってるし。』
かくしてレンタル二足竜に先導される遭難者達という情けない絵面が出来上がったのだった。
『もう何時間歩いたのかなぁ…さっきから時計が磁気でまともに動かないからわかんないや。』
イオンがスーツの左手首に装着した時計を指で軽く小突いてみるも、それは2時を示したかと思えば次の瞬間には17時を示したりと当てにできそうもない。
『コンパスもそうだけどまだまだ改良点あるなぁ。もっと快適にしなくっちゃ。』
『生きて帰れたらなー、しかしこういう時に懐中時計とかあると便利なのかね。置いてきたのが悔やまれるぜ。』
『時間は魔力メーターの減り具合で確かめるしかないかなぁ。激しい運動とかしないでね?』
『ああ…気をつける。』
十分な注意を払って歩を進めていた彼等であったが、これといって変哲のない角を曲がった時急に洞窟が明るく広がり、メーターが急激な外気温の変動を知らせる警告ブザーをけたたましく鳴らし始めた。
『うっ、熱風!一旦戻るべきか?いや…』
そこは洞窟内部でも一際広い部屋となっているらしく、天井までゆうに80mは高さがあり吊り橋のようになった道の下には巨大な何らかの結晶が針山のように乱雑に並んでいた。
何より目を引くのはその空間を何条もの滝のように流れ落ちてゆく赤い溶岩だ。
それは結晶の反射光に照らされた周囲の若干青い岩肌と対照的で艶やかに写り、思わず手を伸ばしたくなるような魅力を秘めている。
『わぁ…まさに地底火山って感じ、こういうのが見たかったんだ〜目に焼き付けとかなきゃ。』
『このままだと物理的に焼けそーだがな、気温の値が80℃を越えてやがる。長居はできねーぜ。』
暑さに強いであろう地底の竜2頭も顕著に舌を出す回数が増え、放熱のために鱗を逆立てている。
『名残惜しいけど…先急ごっか!』
火山の絶景に別れを告げ、彼等は一列になって細い道を渡ってゆく。
幸いなことに周囲に危険そうな生物の姿は見えず、小さな昆虫が飛び回っている程度だ。
100m程の細道を渡りきった彼等はきちんと壁と天井がある洞窟に戻れたらしい。
それを確認したイオンは安堵して平らな岩肌に腰を下ろす。
『あー、スリルありすぎるよー。突風とか吹かなくてよかった〜』
『ホントだよ、お前ってばずっと俺の腕掴んでんだもん。お前がドジ踏んだら必然的に道連れだぞ⁉︎』
『あはは、ごめんごめん。でもここからはまたちょっと安心できるかな。』
『いや、そうでもねーな。ここらへん結構あちこちに穴が空いてやがる。あんまりボケーっとしてると足持ってかれるぞ。』
『うーん、気をつけないとだねー』
若干足元に視線を注ぎがちになった彼等は再び2頭の導きに従い歩き出す。
しかし、行けども行けども地上に近づいている気は全く感じられず洞窟内の足元は悪くなるばかりであった。
『なんかどんどん穴広がってね?そこら中でかいムカデが這い回ってるし嫌な雰囲気だぜ。まさかこのムカデもなんとかワームのガキですとか言わねーだろうな。』
『うんにゃ、そんなことは無いねぇ。彼等はここらじゃよく見る好熱性の「セッコウムカデ」さ。人が死ぬような毒は無いよ。後は…』
1人で黙々とムカデを捕食していたカブウが答える。
また毒にも薬にもならなそうな知識の予感を察したジュラがその説明を遮った。
『いや、俺はムカデなんぞにゃ興味は無いから詳細情報はいいよ…向こうでそいつらと戯れてるやつにでも言ってやんな。』
イオンは見たことのないムカデを捕まえようと追いかけ回しては頭をぶつけてふらついていた。
『自分の尻尾を追いかけて転んでる犬って感じだね…でも、いいのかい?今ひとつ重要な彼等の生態を思い出したんだが。』
『そうなのか?じゃあ聞いとくけど…』
『彼等はボルカフロットワームの群れと共生関係にあってね、群れの縄張りを徘徊して餌、若しくは外敵を見つけては連絡しに行くんだ。』
『………なぁ、カブさん。俺たちが初めてこいつらと遭遇してから何分経った?』
『およそ8分だね。』
『そこら中穴だらけだけどさ、ワームはそこ通れると思うか?』
『穴の径も広くなってるしサイズにはよるだろうけどスリムな彼等なら概ね通れるだろうね。』
『もしかして、またヤバい状況か?』
『だろうねぇ』
そこまで聞ければ十分だった、ジュラはヘルメットから突き出た角を壁に当てて目を閉じる。
岩肌から角に伝わる小刻みながら重量を感じさせる振動はその発生源が複数であること、それらの全てが高速で接近してきていることを察するに余りあるものだった。
壁から頭を離した彼は叫ぶ。
『何かがここへ近づいてくるっ!おそらくワームだっ!数は5、1番近いやつまでは40mもねーぞっ!』
ジュラの意図は仲間にしっかりと伝わっていたらしくカブウは移動に使える触手を増やし、イオンはすぐさまスーツ間の接続を切ってステガ15に飛び乗った。
ジュラもすかさずカント08に跨がると手綱を振るって猛スピードでその場を離れるよう指示を出す。
そのままであれば一行は難なく捕食者の脅威から逃れられるはずであったが、ボルカフロットワームがわざわざ寝ぐらをここに据えているのには相応の理由があり、彼等はその発想を失念していた。
数十mを駆けたところで2頭の竜は急激に速度を落とし、つんのめって倒れ込んだのだ。
当然慣性に従い振り落とされ地面を転がるジュラとイオン。
『いちち、何してんだお前ら、いてーじゃねーかって……え?』
2頭はどちらも地面に横たわり、苦しそうに舌を出して震えている。
『ど…どうなってんだ?食当たりか?よく見れば呼吸も浅い…なぁどうしたんだよ⁉︎』
困惑し硬直するジュラの後ろからイオンが飛びついた。
『むお!なんだイオン、ふざけてる場合じゃ…』
彼女は無言のままジュラの手首を掴んで一つのボタンを押し、2頭の元に駆け寄った。
『突然なんだよ…どこ押したんだ?』
『外気遮断ボタン、ここ毒ガスだらけみたい。たぶんこの子たちも急に走って大量に吸っちゃったんだと思う。』
イオンが飲料水で濡らした布を竜達の口に巻き、荷物から麻布製の袋を取り出す。
『ちぃ…それでどうだ?そいつらは大丈夫なのか?』
『…わかんない。けど、借りる時に渡された薬袋はちゃんと持ってる。』
『そうか、わかった。じゃあ俺の仕事はコイツらとじゃれてやることってわけだな。』
この辺りの個体は大きい図体のくせに素早いらしい。
すでに彼等の背後にはボルカフロットワームが5匹追いついてきていた。
久しぶりの獲物に先走った一頭が背後からジュラの首目掛けて飛び出した大顎で襲撃するも、カウンター気味に放たれた彼の剣閃により片方の牙を折られ壁に叩きつけられる。
怯んだ他の個体にジュラは肩を回しながら告げる。
『うーん、ちょっとゴワゴワして動きにくいが…まぁヴァニラに比べりゃてめーら小物揃いもいいところ。さーて正当防衛だ、覚悟しろよテメーら!』
傷だらけの大顎と外殻を持つ群れのボス格らしき個体が体を後ろに引き、勢いをつけて突進する。
今度は単純な腕力では到底防げなさそうだ。
後ろにはイオンと竜達がいるため回避は論外、スーツのエネルギーのためにも魔力の使用は避けたいところだが仕方ない。
【プロトン】を唱え、出現した小さな魔力の盾でボスの突進方向を逸らし、壁に激突させる。
その衝撃に一瞬ぐらついたジュラの隙を見逃さず最初の一頭が意識外から喰らい付こうと試みるも地面を這ってきた無数の触手に捕縛され体を地面に叩きつけられた。
『微力ながら助太刀しよう、ジュラ!』
『カブさんっ…助かった!ありがとう!』
それまで動きを見せていなかった3頭もボスの攻撃に触発されたか大顎を鳴らして戦闘体制が整ったようだ。
1頭抑えてこそいるが4頭動かすのは不利と判断したカブウが口を開け、消化液を吐きかけて先制攻撃を仕掛ける。
また増えた知人の知らない能力に若干ビビりながらもジュラは【ヒドロマ・ブレディオ】を唱え、水の魔法を纏わせた剣で追撃を行い群れの分断に成功した。
『ここからがしんどいよ、ジュラ!』
『ああわかってる!』
水の剣は曲刀から細剣まで自在に形を変え、ボルカフロットワーム達の攻撃を返し流してゆく。
カブウも噛みつきや触手による縛術で器用に立ち回り善戦しているようだ。
無論、隙をついてイオン達を攻撃しようとする狡いやり方も許さず【マノン】を唱えて吹き飛ばす。
すでに辺りには折れた牙や千切れた肢が散らばり、飛び散った体液が蒸発した痕が所々に残っているが小さな冒険家達は未だ無傷であった。
状況を不利と見たボスは一頭の手下に大顎を何度か鳴らして何かを命じ、手下は一度だけ大顎を鳴らしてジュラに突進した。
その軌道には若干のフェイントが含まれているものの見切るのに苦労するレベルではない。
水の剣はここぞとばかりに大剣に変わり、突進に合わせ下から打ち上げるように切りつけた。
会心の手応えを感じるジュラだったが、次の瞬間彼のヘルメットに茶色い液体が吹きかけられ視界が消失する。
『は?何が起きた?み、見えねぇぞっ、クソッ!』
慌ててヘルメットの窓を擦るジュラだったがすでに蒸発しかけていた液体は全く剥がれる様子がない。
彼の目を奪ったそれはボスが手下に命じて甲殻の隙間にある分泌腺から吹きかけさせた体液であった。
そして、彼はボスの狙い通りただでさえ情報の拾いにくいスーツの中視界を奪われて動揺したのだ。
だが、老獪なボスは油断しない。
自身の前に魔法陣を出現させ、【マノン】と思しき魔法でジュラの肘を撃った。
『うぐっ、これは魔法か⁉︎クソッ、剣はどこに飛んでった?すぐに見つけ出さねーと…』
最早剣による反撃の可能性は無いことを知り、ようやくボスは動き出す。
再び体を後ろに引きつつ牙を全開にして勢いよく突進するボス、今まで相対したあらゆる敵を屠ってきたその一撃に絶対の自信を持つ彼であったが今回初にして最後の敗北を味わうことになる。
『この際多少吸っちまうのはしょうがねーか。2分ぐらいなら息も止めてられるだろ。』
ガランと音をたてジュラの脱いだヘルメットが足元に転がる。
しかしその時にはもう遠くに飛んだ剣を探している時間など無いし、間近に迫るボスは最大出力の魔法ですら抜けて来かねない。
一瞬で思考は巡り、ジュラは一つの解に辿り着く。
彼は取れる選択肢の中から回避を捨て去り、もらったばかりのイオンコメットのダイヤルを『限界突破』と書かれた目盛りにあわせしゃがんで構える。
『ええと…照準を合わせるのは上のスコープ?だったか…外せば俺は真っ二つ、どこまで引きつけられるかが勝負所…!』
牙が迫る、まだだ。
牙が顔の横を通り過ぎた、まだだ。
銃口とボスの口が触れ合いそうになり、ジュラ自身が外しようがないと判断したその時、引き金は引かれた。
そのコンマ1秒にも満たない時間の後、銃口付近に莫大なエネルギーの光球が生成され、膨張し、桁違いの放射となった。
ほぼ距離無しでエネルギーの奔流を浴びたボスは大顎のみを残して消し飛び、岩盤を大規模に破砕・融解する爆発が引き起こされる。
一瞬にして周囲の気温は110℃にまで上昇し、着弾地点付近では容易にガスの発火点を飛び越した。
あまりの衝撃に若干放心していたジュラだったが何かに引っ張られ、ようやく我に帰る。
直後、周囲のガス全てを巻き込んだ超大規模の爆発が起こり元々穴だらけで脆かったその周囲は完全に崩落したのだった。
カツン…カツン…洞窟崩落の直前、魔剣はどことも知れぬ穴から下層目掛けて転がり落ちていた。
時間にしてほんの数十秒だろうか、魔剣は運良くどこにも引っかかる事なく広い空間に飛び出し着地点に深々と突き刺さることに成功する。
しかし、全てが順調というわけにはいかない。
『ぐ…軍曹…剣が………』
『………………』
なんと天文学的な確率か、魔剣アメーリオはたまたま落下先にいた謎の集団に所属する軍曹と呼ばれる人物の胸を貫いていたのだ。
部下に向けて軍曹が何かを言おうとしたその数秒後には大音量で轟く重低音も合わさり、地底の喧騒はどこまでもヒートアップし続ける。
その熱に当てられたか、地底を照らす太陽モドキ(イワト・システム)の中で坐禅を組んでいた1人の男が動き出そうとしていた。
どこかで水が滴っている。
それもかなり近い場所だ。
無性に間に触るリズムの水音にジュラが目を開けると視界は闇一色であった。
魔力は惜しいがとりあえず周りを確認しなければどうにもならない、【ルミナ】を使用し小さな光源を作り出す。
光が照らし出したのは岩でできた丸い部屋とその内部に倒れたイオン達であった。
『‼︎…全員いるな。生きてるか?』
イオン・脈正常、カント08・脈正常、ステガ15・脈正常、カブウ・脈無し、どうやら全員生存できたらしい。
落盤でこれほど綺麗な空洞ができることは考えづらい、おそらくイオンがピンポンスフィアを使ったのだろう。
少し上体を起こそうとして気づく、自分の体に巻き付いた触手と足元に転がる少し凹んだ自分のヘルメット。
『カブさんが引っ張ってくれたのか…後で礼をしなくちゃな。…おい、お前ら起きろ!酸欠んなるぞー!』
全員がゆっくりと起き上がりお互いの無事がわかると安堵の溜息を漏らした。
『みんな生きててよかったー、ジュラも間に合ったみたいだしカブさんナイス!』
『お褒めに預かり恐縮だね。しかし喜んでばかりもいられない、ジュラの言う通りこの空間に2人と3頭じゃすぐに酸欠に陥る。速やかに脱出しなくては。』
『といっても下手に動くと崩れて今度こそこの世とサヨナラしそうじゃないか?策はあんのか?』
『勿論さ。まずイオン、ピンポンスフィアはまだ使えるかい?』
『うーんダメそう、うんともすんとも言わない。でも、別のがまだあるよ。数は少ないけど。』
『上等だ、それじゃあキミ達はなるべく全員で固まってスフィアの内部に入ってくれ。おっと、俺を入れないように範囲には気をつけてくれよ?』
言われた通りに2人と2頭は固まり小さなスフィアの中に入る。
『せ、狭い…カブさ〜ん、入りましたぁ!』
『了解!さて、穴掘りガエルの本領見せてやるかなっと。』
カブウが触手を伸ばしスフィアの全面を覆い尽くしてゆく、完全に覆われた直後スフィアは激しく揺れ、縦横左右に激しく揺さぶられ始める。
互いが互いを踏みつけ天地を失って転がる地獄のような数秒間の後、彼等は無事新鮮な空気を吸うことができたのだった。
触手が解けるとともにスフィアのスイッチが切られ、支えを失ったジュラは泥水に顔を突っ込む羽目になる。
『うぶっ、ヘルメットしとくべきだった…』
『今、私タービンの気持ちを理解したよ…これからはもっと労わってあげよ…』
揺らぐ視界と泥水の味に顔を顰めながらもジュラは立ち上がり周囲を確認する。
そこは上の灼熱地獄とはうって変わって浅く水が張った場所で、メーターを見る限り気温も28℃と穏やかだ。
尤も、先程まで清浄な水を湛えていたであろう水面は落盤によって豪雨の後の水溜りのようになってはいたが。
『せっかくの泉に悪いことしちまったな。恨まれなきゃいいが。』
『まぁ起きたことはしょうがないさ。今優先されるのは脱出だろう?』
『それはまあそう…って、どこ行くんだお前ら?』
彼の困惑はもっともで徐に2頭の竜が立ち上がって鼻を動かし始め、迷いなく1つの道筋へ向かって歩き出したのだ。
『もしや地上への手掛かりでも見つけたんじゃあないかな?』
『おお!今度こそ遭難エンド回避!』
『いや、アイツらの顔…ヨダレ…そんな感じじゃなさそうだが。』
ひとまず彼等が竜達の後を追って一歩を踏み出した時、ジュラの鼻は2頭を魅了する匂いの正体に気がついた。
『これは…ローストビーフだっ!香辛料をたっぷり使ったローストビーフの匂いだぜ!距離が遠くて弱いがまだ新しそうだな。』
この中の誰も遭難開始以降食事はとっていない、彼等の選択肢は1つだった。
早速意気揚々と荷物を拾い集め、その場を後にする。
全てはこの先で待つ誰かと合流し、脱出の糸口を掴み、あわよくばジューシィなローストビーフを分けてもらうためだ。
『そういや俺の剣どこにいったか知らないか?これからもあんなバケモンども出てくるなら絶対必要なんだが。』
『俺はどこかの穴にすっぽり落ちていくのは見たけどそれ以降はわからないね。』
『え、じゃあ本格的に行方不明?マジかよ…』
『もしジュラの剣がマグマの海に落っこちて取りに行くのもできませんってなったらどうなっちゃうの?まさか…ジュラも同じ焼けるような苦しみを味わうの⁉︎』
『魔剣にそんな心中みたいなシステムはねーよ。3日もすれば手元に勝手に戻ってくるけど、それまで身を守る手段が少なくなるし魔力の消費も増えるから嫌なんだ。特に今みたいな状況じゃあな。』
『よかった〜私てっきりこの剣が朽ちた時、我が命も…的なやつかと。』
『カッコいいな〜それ、今度使ってみよっと。…話は変わるけどさぁ、この銃威力高すぎね?いや貰ったもんに悪口言いたかないけどよ、これじゃ危なすぎて射的にも使えないぜ。』
『そんなことないと思うけどなぁ。一応セーブ機能だってつけてるし…あ、ダイヤルが最大になってる。これじゃそーなるよ。』
『そこのクルクルするやつがなんかまずいのか?』
『うん、これだと一気に使用者の最大魔力の半分くらいを放出しちゃうからほんとにどうしようもない時の最終手段に用意してあるやつだよ。』
『どーりでやたら疲れが溜まると思った。そういうのは最初に言っといてくれよ…ってことはもしかして!』
ジュラが慌ててスーツの魔力メーターを見ると、若干ヒビが入った計器は起動可能時間が30時間を切っていることを示していた。
『これにイオンのも繋がなきゃならねーから…もって18時間くらいか。』
『渋い時間だねー、この先にいる人に助けてもらえるといいけど…』
暗い現実に直面しながらも彼等は歩き続ける、しゃがみ込むよりよほどいいと信じて。
ジュラと竜達の鼻に従うこと40分…未だ人の気配は感じられない、にも関わらず少し前からまとわりつくような視線を感じ続けているのはどういうことなのだろうか?
『…おかしいな、絶対に近づいてはいるしなんならもう跡を辿ってると思うんだが足跡1つも見当たらねぇ。なーんか気持ち悪い感覚もしてるしよ。』
『確かに、我々はキャンプの跡すら見ていない。それにこの視線…何か別のものの匂いを拾ってしまったということは考えられないかな?食虫植物が甘い蜜で獲物を誘うように…』
『いーや、それはない。使われてんのは比較的安価でオーソドックスな香辛料だ、間違えるはずがねぇ。』
『ねぇジュラ、あそこなんか光ってない?』
『そうか?俺にはなんとも…いや、弱いけど光ってんなうん。匂いの発信源もおそらくあそこ…やっと手繰り寄せたぜ、細い細い希望の糸をよ。』
光源との距離はみるみる間に近づき、その様子がハッキリと見えてきていた。
どうやらそこは急拵えのキャンプ地らしく粗末な大型テントが1つにその周りでなんらかの作業をしている4人の人影がある。
人影のうち1つはずっとこちらに背を向けて指示を飛ばしているにも関わらず、先程からの奇妙な視線はその人物から向けられたものだという確信がジュラにはあった。
奇妙なのは彼が後ろを向いている今もその視線を感じていることだが。
だが、喋りもせず勘繰っていても仕方がない。
ジュラ達は明日を掴むため、勇気を絞ってその人影に声を掛けた。
『すいませーん、俺たち落盤事故に巻き込まれて迷っちゃったんですけど、行動をご一緒させていただいてもよろしいですか?』
呼ばれて振り向いた人影の姿はその他3名が統一感のある各所が補強された軍服を着用していることを考えると奇妙といえるものだった。
上下の服はやたらと光沢感のあるジャージのようなものを着用し、防具と呼べるものは小さな額当てくらいのものだった。
オマケに光の加減だろうか?一瞬右目と左目が入れ替わったように見え、思わず目を擦る。
もちろんそんなことはなく、目の前の人物は至って普通の人間といった様子だった。
『はい?お困りですか?見たところそちらは何かの調査隊の様ですが…』
『ええ、まぁ、そんなところです。不慮の事故により物資が不足して困っていたところ貴方方を発見し声を掛けさせていただいた次第です。』
『そうですか、それはご苦労様でした。ぜひゆっくりしていってください。』
『ありがたい、お言葉に甘え…‼︎』
ジュラはその瞬間心底驚き、今世界で最も幸運なのは自分であると確信した。
快く彼等を迎え入れた軍服集団の荷物にたまたま紛失した己の魔剣が鎮座していたのだから。
『それはっ!俺の剣!拾っててくれたのかっ、ありがとう‼︎』
『…ああ、この剣の持ち主は貴方でしたか。よかった、我々としてもどうやってお返しするか考えていたところです。…そうだ、不躾とは存じますが少しお尋ねしてもよろしいでしょうか?』
『ど、どうぞ。答えられる範囲なら答えます。』
それまで穏やかな雰囲気で会話していたジャージの人物が突然ジュラの横っ面に裏拳を喰らわせ、壁に叩きつける。
完全に予想外の出来事に受け身を取ることすら忘れる彼だったがまだ攻撃は終わらない。
ジュラに裏拳を叩き込んだ左手はそのまま流動して木の根のように形を変え、彼を岩盤に固定した。
『『ジュラッ‼︎』』
『軍曹の命でお前たちが不審な動きをすればすぐに攻撃を開始することになっている。抵抗はやめておけ。』
咄嗟に助けに入ろうとするイオンとカブウであったが、その周囲はいつの間にか軍服の3人に包囲されており下手に動けそうもない。
『この洞窟は現在侵入禁止のはずだ。どうやって入ってきた?』
『ぐっ…ガッ…何しやがんだテメェ‼︎離せっ!』
『質問に答えろ、それともバカでもわかるように言い換えてやろうか?お前たちは我々の敵なのか?』
そう問いかける軍曹の目はジュラにはグロテスクなほどに無機質な物に見えた。
この世界に生きる動物・植物には普通に魔法を習得してる生物もいます。
正確にいうと魔法は人間が考え出した学問の結晶なので本能がメカニズムを作り上げる彼等の魔力操作とはやや異なりますが便宜上ほぼ同じものとして扱われています。
登場人物
軍曹
剣に貫かれても生きてるし体も変形する変な奴。
太陽の中の男
暑そう。
用語集
油金
純粋なものは30℃以上で液体となる鉱石で水金とも呼ばれるが水銀と紛らわしいためこちらの名で呼ぶべきであろう。
強〜中酸と化合物をつくり結晶化する。
フロナイト
フロンホール奥地でのみ産出する白色の美しい鉱物。
陶磁器等の顔料として使われる他、半導体の材料に適する。
フランポポ
ヴォルカテリウムとも呼ばれる大きな牙を持つカバのような動物。
溶岩中を遊泳し溶岩を食べるという珍しい生態を持つが性質がきわめて凶暴であるため調査が進んでいない。
ビルトリス
身体能力を総合的に上昇させる魔法。
効果は使用者に依る所が大きいうえ、後から反動を受けることもある。
セッコウムカデ
フロンホールの地温の高いエリアならどこでも生息する大型のムカデ。
一部の個体はボルカフロットワームと共生し安全や餌のおこぼれと引き換えに斥候役を担っている。
ヒドロマ・ブレディオ
剣に水のエネルギーを纏わせる魔法。
ルミナ
魔力エネルギーを光に変換することで小さな光源を作り出す魔法。