魔剣王正伝   作:プルプルマン

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前回の話で能力は自身の肉体に過度な変異を齎さないとしていましたが、これはシンプルに種として生殖が困難になるからです。
歴史上はそういった能力者もいたかもですが、彼等は子孫を残すことなく死んでいったのでしょう。
ちなみに作中世界では能力は遺伝子にある程度コードされており、何らかの条件が整った奇跡的な条件でのみ顕在化するとの説が有力視されています。


三枚盾

静まり返った洞窟の中、ブライト少尉を先頭にした5人の部隊に続いてジュラ達も足元を注意しながら前進する。

溶岩地帯から離れたためだろうか洞窟内は明らかにより暗くなっており、もはやカンテラと魔力光源一つではスムーズな探索が困難なほどだ。

現にイオンは先程からもう20回以上つまづいて転びかけている。

そして、迷惑なことにそのたびに前を行くジュラの肩に捕まってくるのだ。

このままでは己の肩が擦り切れて無くなりかねない、ジュラは魔力を節約したい気持ちを抑えて光源を増やすことにした。

『ほらよ、これやるから一々俺を支えにするんじゃねーよ。』

『ありがと〜ただでさえ暑いのにもうヘルメットが曇って曇ってなにも見えなかったんだ〜』

そう、彼等が現在いる場所は気温こそ50℃を超えないものの湿度が100%に近いという梅雨を10倍に濃縮還元したような地獄的環境であった。

一刻も早くこんな提案蒸し焼き洞窟を脱したいところであるが、無情にも前を行くブライト隊の歩みが止まりその場に機材が組み立てられてゆく。

『うげーっ、まさかここで調査すんのかよぉ。正気じゃねーぜ。』

『だが我々は彼等に匿われている身、従うしかあるまいよ。』

『それに何より、変な水和物の鉱石があるかも!というわけで私たちも準備開始ぃ!』

 

蒸し焼き採掘は地獄そのものであった。

腕を一振りするごとに湿気で張り付いた衣服が堪え難い不快感を脳に直送してくるのみならず、一息ごとに曇って視界を奪うヘルメットも中々のストレス要因だ。

スーツの温度調節機能が働いているにも関わらず自らのイライラで体温が上がり、更なる不快感を足してゆく。

これはいけない、精神衛生上不経済極まれりだ。

ジュラは気を紛らわせようと隣で何らかの観測機が打ち出すデータをテープに写しているジムナーコに話しかけてみることにした。

『なぁジムナーコさんよ、あんたずっと渋い顔してるけどそんなに俺たちのこと嫌いか?』

軽く切り出してみるも答えは無い。

『はぁ…このクソ蒸し暑いってのにこうもギスギスしてると余計に息苦しいぜ。一言二言でいいからなんか反応してくれよなー』

『………慎め、お前たちは公的に同行を許可されていない。ここにいられるのは少尉殿の慈悲あってのことだということを忘れるな。』

『お、喋ってくれた…その少尉殿は向こうでカブさん…あ、でかいカエルのことな。そのカブさんと仲良く世間話してるがよ。というか、あんな言い方するってのは実質的にゃ許可したようなものだろ?そんなに気に食わないなら直談判でもすりゃいいのに。』

『態度のでかいやつめ…俺はあの人の部下だ、少尉殿が判断したことならばそれでいい。お前たちに対する不信や個人的感情は別としてな。』

イオンが何か掘り当てたらしく壁の一部を指さしては飛び跳ねている。

『おっと、どうせジュラジュラ呼ばれるだろうし先手を打つとするか。んじゃちょいと失礼するぜ捻くれスライムヤロー』

『ああ、同行者にもおとなしくしておくよう伝えておけ、貧弱チューリップヤロー』

結局、イオンが見つけたのは光の加減でレアっぽく見えただけのただの岩盤であった。

『なんだ、大騒ぎした割に単なる見間違いかよ。』

『その見間違いから何を見出すかが天才と凡才の分水嶺的センスなのだよ、ジュラ!私は何もつかめなかったけど!』

『へいへい、そーですか。』

漫才をするほど余裕が出てきた2人とは裏腹に手分けして機械を弄っていた部下からそれぞれ報告を受けたブライトは考え込んでいた。

『ふむ…もう一度だけ聞くがそのデータもそこから導かれる結論も間違いないんだな?』

『はい、数回計算を繰り返してその全てが同様の結果を弾き出しております。間違いなく此度の地殻変動、震源は2つあるかと。』

『ということは対処すべき案件も2倍じゃないスか。骨が折れそーですね、物理的に。』

『だが、地上が壊滅的事態になる前に確実に遂行しなければならない。幸い烈火軍も動いた様子はない…俺が1つを抑えるからもう一つの方はお前たちに任せる。ジムナーコ、指揮を取ってくれるか?』

突然降って湧いた指揮権に軍曹がギョッとしたように顔を上げ、勘案したのち答える。

『わかりました、不肖ジムナーコ謹んでその命お受けします。』

『……サンキューな。じゃあ行くか!』

『『『『ハッ‼︎』』』』

 

『あ、兵隊さんたちが荷物片付けてる。また進むのかな?こっちも準備しなくちゃ。』

勢いよく立ち上がったイオンの肩を少し青ざめた顔のジュラが掴む。

『うわったったった…もー何するの?危ないなぁ。』

『これ以上あいつらについて行くのは危険だ。ここで引き返した方がいい!』

『?…突然どうしたの?仲良しってほどじゃないけどさっきまで一応お喋りもしてたのに…』

『連中の会話が聞こえた…ヤツら目的を偽ってやがるっ…多分、真の目的は今起きてる地殻変動の元を突き止め対処することだ!危険すぎる!』

バレないように小声は保ちながらも語気を強めてジュラは主張する。

実際、あの浅層でたかだか数頭の生物に襲われた程度で音を上げているレベルの彼等ではより深くに潜るのが自殺行為となるのは明らかだった。

『…ジュラの言いたいこともわかるよ。これ以上奥へ行くなんてもしかしたら命がダース単位で必要になるかも。でも、ずっと監視されてる以上私たちに選ぶ権利なんて無いし、帰り道だって兵隊さんいないとわかんないし…何よりロマンが私を呼んでるわッ!』

『こんな時に何がロマンだ⁉︎俺たち、下手したら国際紛争になりかねない騒動に巻き込まれてかけて…』

『お嬢さんの言う通りぃ…さっきの話を聞かれた以上勝手な場所に行かれては困る…』

ジュラの熱弁を遮るようにくぐもった声が割り込む。

それは彼の襟首から聞こえており、イオンとカブウもそこに突然現れた何かを凝視している。

恐る恐る目だけを動かして音源を見ると、そこには口だけがついたスライムの小塊が張り付いていた。

『ここは水分が多いからな…分裂させてお前たち全員に仕込んでおいた。勝手な行動をすれば誰か、もしくは全員の喉が食い破られると思え…』

『テメェ…いつの間に…』

『全てが終わるまでは監視下にいてもらう…生きて地上に戻りたければ協力の姿勢を見せることだ。いいか、繰り返すがこちらはいつでもお前たちを処刑できることを忘れるな。』

喋り終えたスライムは捕まえようとしたジュラの手をすり抜けスーツのどこかに身を隠したようだ。

もはや自分達は生死すら自身で選べなくなったのだ。

彼は食事を共にして少し油断していた自分に対し強烈な後悔が湧き上がり、腹いせにジムナーコを睨みつける。

視線に気づき冷たく睨み返すその目はやはり悍ましく無機質に見えた。

『よーし、これより我々は奥へと進む。かなりの隘路が予想されるので、必要のない荷物はここに置いて行くこと!準備開始!』

ブライトの号令でテキパキと荷物の取捨選択を開始する軍服達を目に、命を握られたジュラ達は立ち尽くすことしかできなかった。

 

 

 

『よし、全員必要なものは持ったな!では、出発!』

ブライトが1箇所にまとめられた不用品の山に触れると、たちまちそれが消えてしまったかのように周囲の色に溶け込んでゆく。

(どういうカラクリなんだ…?)

ブライト隊が歩き出し、ジュラ達もスライムに背中を小突かれる。

実に屈辱的ではあるが半強制的に連行だ。

熱を増して行く悪路をしばらく歩いた後、沈黙に耐えられなくなったジュラが悪態を吐く。

『クソッ、スライムヤローが…ネチネチしたやり方しやがってよ…根に持つタイプかよめんどくせーなぁ。』

『いやぁ、今回はブライトさんの指示だと思うなぁ。さっきまとめてた要らない物の中に採掘道具とか全部入れてたし、今弓とか剣とかしか持ってないし…ジュラの話がホントならもう目的を隠す気ないのかも。』

『じゃあいっそ素直に聞いてみるか?これから何をしにいくんですか?俺たちはどこで処刑されるんですかー?ってな。』

『はー、私死に場所は広くて景色いいところがいいなぁ………カブさん大丈夫?なんか顔色悪いよ?』

先程から一言も発さないカブウは顔面蒼白(剥製なのでまぁ当然なのだが)でわずかに震えていた。

『お、おい…なんか、らしくねーぞカブさん。確かにマジでヤバい状況だが、あんたがそんな顔じゃこっちまで不安に…』

『…………くる……………………何か…来る!』

カブウが引き攣った声で叫んで視線を天井に向ける。

つられて上を向いたジュラ達もその瞬間明らかな異常事態が目の前に迫っていることに気づいた。

無愛想な洞窟の天井、その一部が赤熱化し光り輝いている。

岩盤は流動して滴り落ち、莫大なエネルギーによって途中で気体へと変化していた。

気温のメーターが一気に危険域を示し、警告の2文字が浮かび上がっていた。

いつの間にか歩みを止め、上を見上げていたブライト隊…そのリーダーが舌打ちし苦々しい顔を一瞬見せる。

『チィ…もう来たか。いや、この場合は逃さないために泳がされていたと見るべきか…』

岩盤の融解は止まるところを知らず、その範囲を増して行く。

それが樹齢1000年を越す巨木の径を超えた頃、中から人影が1つ現れた。

どんなバケモノが現れるか戦々恐々としていたジュラにとってその姿ははっきり言って拍子抜けであった。

というのもその姿は素肌に甚兵衛を纏い安全靴を履いたやや背の高い普通の壮年男性であり、背中にある亀の甲羅のような物を除けばどこの町でも見かけるような言うなればパッとしない印象を受けるものだった。

『まさか…ブライトさん…ヤツが最重要警戒対象の…』

しかし、ジムナーコがそれまで徹底していた任務中の呼び方を忘れるほど緊張しているところからみても相当ヤバい怪物なのだろう。

何より、ジュラの五感は全力で目の前の男から逃避せよと叫んでいた。

自然と脳内に箱の男やスターフルーツの姿がチラつく、またしてもそのレベルの相手なのかと嘆きたいところだ。

甲羅の男は一行を一瞬興味深そうに観察した直後、右手を前に差し出し瞬き程の時間で巨大な青い光を放つ火球を生成した。

火球は間をおかずに放たれ、触れた岩盤を蒸発させながら圧倒的なエネルギーを持ってブライト隊を飲み込もうと迫って来る。

この時点でようやく攻撃に反応できたジュラは咄嗟に【プロトン】を唱えようとするも、間に合わないことは明らかだった。

せめてイオンだけでもと動き出そうとした瞬間、彼の視界は光と爆発に包まれた。

 

 

不思議と痛みは無い、スターフルーツの電脳空間ともまた違う感覚だがこれが死というものだろうか?

現世への未練は控えめに言ってめちゃくちゃあるし、死を素直に受け入れるつもりもさらさらないが、閻魔大王の前でゴネる前にせっかくだから滅多に味わえないこの感覚をたっぷり味わっておくとしよう。

ジュラは死後の世界を見るために目を開ける、しかし残念というべきか幸運というべきか、彼の目に飛び込んできたのはなんの変哲も無い岩肌だった。

とりあえず自分の鼓動を感じ、周囲の様子から状況を整理しようと試みる。

どうやら全員うつ伏せになってはいるものの誰1人として重傷を負ったり欠けたりはしていないらしい。

『どうなってんだ?あれほどのエネルギーをまともに受けて生きてるわけが…‼︎』

彼等の前には1人の男が立っていた。

状況から察するにその男はあの火球を消し去ったのみならず、味方への被害もほぼ0に抑えてのけたようだ。

莫大なエネルギーを挨拶がわりに放った甲羅の男は嬉しそうに微笑む。

『ホウ…ここで半分は仕留めるつもりだったが…噂以上の出力と技術。さすがは中央連合の英雄ブライト・ロマネスコ…いやここは三枚盾が一角、閃光のタイチョーとお呼びするべきかな?』

『……やめてほしいな、そのクソダサい渾名。』

男は既に先程までの和やかに会話していた陽気な顔ではなく、抜き身のナイフにも喩えられる戦士の相になっていた。

『しかしお人よしが過ぎる…部下でもない彼等まで守り切るとは。全く、頭が上がらない。』

『フン、あくまでついでだ。ここから先、生きるか死ぬかはソイツらが自分で決めればいい。俺の最優先は別にある。』

ブライトが大きく息を吸い、衝撃から復帰しつつある隊員達の方をチラッと見やる。

『起立ッッ‼︎』

その一声で足元が震えていた隊員達は瞬時に呼吸を整え、直立不動の姿勢をとる。

『これより本任務最後の司令を下す。ジムナーコ軍曹、オリレ上等、カラッパ二等、コニワ二等は引き続き最奥部に向かい震源を征伐せよ。その間、俺は最重要警戒対象の太陽神ウランを抑えるッッ!尚、現場の指揮はジムナーコ軍曹に一任するッッ!』

『『『『ハイッ!』』』』

『餞別のサンバイザーは既にかけてある…そしてジムナーコ軍曹。』

『どうされましたか?』

『今日はお前の話をろくに聞いてやれず済まない。…お前ら、絶対にとは言わん、が死なない努力をゆめゆめ忘れるな。では、作戦開始ッ‼︎』

『……ハッ!』

ジムナーコの指示に従い、ブライト隊のメンバーが後ろを振り返らずに走って行く。

未だ状況が飲み込めないジュラであったが、カント08に袖を咥えられ無理矢理背中に乗せられる。

そのままイオンの号令でわけがわからないまま手綱を握りしめ、ブライト隊の後を追うのだった。

 

『自分を犠牲に部下を生かす、泣かせるねぇ…しかし、灯りもない状況でこの道を行くのは危ない。どれ、少し照らしてやろうか。』

『必要無い、ここに俺がいる。客星・夜亡…』

ブライトが上下に掌を合わせると指の隙間から光が溢れ、瞬時に洞窟内が真昼のような明るさへと変化する。

『おお…まぶしっ…太陽にでもなるおつもりか?』

思わず目を細めるウランの視界からブライトの姿は完全に消えていた。

前触れもなく後頭部に走る鋭い衝撃、ウランは受け身をとることさえ許されず岩盤へと叩きつけられたのだった。

『太陽は貴様だろう…そしてもう一つ訂正しておく。俺は別に自分の命を捨てたわけじゃ無い、いつだって勝ちに来ている。』

大きく亀裂が入り崩れる岩盤、その中から液体とも気体ともつかない状態の岩石が噴き出した。

『クク、勝ちに来ている…かぁ。ここまで大口叩かれたのは久々だ、がぜん燃えて来るねぇ。』

『チッ…延髄ブッ壊すつもりで蹴ったんだがな。やはり生粋の「神」は伊達ではないか。』

ウランの火球とブライトの周囲に浮かぶ光源から放たれる光線がぶつかり、巨大な爆発を引き起こしたその音が地底頂上決戦のゴングとなった。

 

 

 

同刻、耳をつんざくような爆音に身を縮めつつジュラはブライト隊のメンバーを質問攻めにしていた。

『さっきから俺たち全員緑に輝いたり洞窟中昼間みたいになったりワケがわかんねぇよ⁉︎あのゴツイ亀男は誰なんだ⁉︎テメーら俺たちを何に巻き込んでるんだ‼︎』

ブライト隊のメンバーが駆ける速度は彼等が生身であるにもかかわらず油断していると竜に乗るジュラ達ですら置いていかれそうになるほどだ。

おそらく全員【ビルトリス】かそれに類する魔法を使用しているのだろう。

『なあ聞いてんのか?せめて俺たちにもげ…』

『さっきから同じことを何回も何回も…少し黙れ鬱陶しい。』

喉元から声が上がる。

イオンもギョッとしているところを見ると全員にとりついたジムナーコの断片が話しているらしい。

『緑の発光はサンバイザー…有害な光や電磁波をほぼカットする少尉殿のプレゼントだ…これが無ければ我々は既に細胞レベルで再起不能以上に破壊されているだろう。洞窟が明るくなったのもまた同様。…そしてあの男はウラン、この大地を照らす太陽の化身にして製鉄・南方を司る神、そしてこの地底で最も危険な存在だ。』

『ハァ?なんでそんなのに因縁つけられなきゃーならねーんだよ⁉︎』

『……この際隠しても仕方ない。我々に命じられた真の任務は頻発する地殻変動の原因を探り、可能であれば解決することだ。鉱脈調査はあくまで隠れ蓑…そしてウランが動いたならおそらくヤツらももう…』

断片がそう言い終わる前に駆ける彼等の前方に2人の人影が立ち塞がる。

向かって右に立つ男は若草色のローブを纏って先端に翡翠の玉がついた長い杖をつき、左の大柄な人物はフード付きのマントを羽織っており表情などは窺えないもののよく研いだ刃のような危険な雰囲気を放っていた。

ジュラが遠目にローブの男が何か手を動かしたことを見とめた直後、大柄な人物が動き右手を振るう。

その手は一本の剣となっていた。

不気味な見た目と行動に反して一見周囲に何も変化は起こらない。

しかし、ジムナーコは制止の合図を出し部隊全員の歩みを即座に止めさせた。

その毅然とした雰囲気につられてジュラ達も急ブレーキをかけ停止する。

『キンウにカシンか…厄介な…』

歩みを止めたことへの疑問を口にしようとしたジュラの耳にジムナーコ(本体)が苦々しい口調で言った言葉が届き、いまだ状況の理解が追いついていない彼にかろうじて前方の男達が敵であると悟らせた。

止まった彼等にうっすら笑いかけ、ローブの男が拍手しながらゆっくりと歩み寄ってくる。

『これはこれは素晴らしい疾走でございます…このカシン・トーマン思わず見惚れてしまいました。さて、早速ではありますが私共としても貴方方との闘争は避けたく思っております。まずは少し話し合いのテーブルについていただけませんか?』

にこやかな雰囲気でそう問いかけるローブの男にジムナーコが言葉を返す。

『…ええ、こちらとしても話し合いはベストです、むしろそれこそ望ましい。』

『ええ、ええ、誰だって平和が1番です。それでは相応しい場にご案内致しますのでどうぞこちらに…』

『双方に実りある申し出、感謝致します。では、話し合いの場に参りましょう…というわけでまずはこの卑劣な罠を解除していただきたい。』

『……はて、なんのことでしょうか?』

一行に背を向けたまま淡々と答えるカシンにジムナーコは無言で体内から拳骨ほどの石を撃ち出した。

どうやら立ち止まった直後に足元にあったものを取り込んでいたらしい。

石は本来であれば間違いなくカシンの脳髄を擦り潰す軌道を飛び、あわや凄惨な事件現場を作り出すところであったが、衝突の寸前それは前触れもなく2つに切り分けられ、そのことにジュラ達が驚く暇もなく粉微塵になって消失した。

『どうも相当我々が踏み込むことが気に入らないらしい…そして今、確信が得られました。この地殻変動の原因は…』

『やれやれ、全て御明察でしたか…近年有望な新人が軍に入ったとは聞いていましたが、貴方のことですかね?まぁそれならそれで詰ませる手はあります。』

わざとらしく残念そうに首を振ったカシンが指を鳴らすとたちまち地鳴りが発生し、洞窟中に振動が伝わってゆく。

『な…なんだ?まさか崩落で洞窟ごと俺たちを葬ろうってのか⁉︎』

『落ち着きたまえよジュラ!そんなことをすれば彼等も危ない…となると考えられるのは何かを呼び出しているんじゃあないのか?』

『なるほど、確かにこっちは大人数だからな。仲間を呼ぶってのは理にかなった対抗策だぜ。しかしこの振動…相当でかいのがきてるらしいな。こりゃ油断すると危な…』

その時、彼等の後方の岩盤が大きく割れ、中から丸まった人影が飛び出した。

人影は勢い余って天井で一度バウンドし、砂埃を巻き上げながら着地する。

むくりと立ち上がったそれは身の丈2mを越える大男で頭に短い角を、腰にしなやかな尻尾を備えており周囲に威圧感を与える風貌をしている。

しかしジュラ達が目を見張るほど驚いたのはその地底人の大部分に当てはまる身体的特徴ではない、むしろつい先程同じものを見たばかりの男の服装である。

それは簡素な作りの鎧で、防護用というよりはむしろ白兵戦のみを追求したような体の動きを阻害しない鎖帷子だ。

そして、彼等の記憶内でそれを着用していた集団は1つ…黄石洞の入口を警備していた烈火軍のみである。

下手な怪物より恐ろしい彼等の登場に背筋に冷たいものが走る。

そして軍隊が持つ数という強みを裏付けるかのように次々と一行の前後からは人影が飛び出し続け、ものの10秒も経たないうちに完全に彼等を取り囲んでしまったのだった。

『これで貴方方は袋の鼠…いや、どこにも出口が無い分それ未満になってしまったわけですが大人しく退場していただけますか?無論暴れていただいても結構です、彼等も喜びますので。』

ジムナーコの戦力をどれほど大きく見積もったとしても一行と敵側に絶望的なまでの戦力差があることは明白だった。

なまじ激しい闘いを経験したジュラであるからこそその事実はより深い衝撃となって突き刺さり、顔から血の気が引いていくのが自身で嫌という程感じられる。

イオンやカブウはなんとかこの場を切り抜けようと頭をフル回転させている様子だが、いくら考えようとしても彼の脳裏に浮かぶのは諦めの一色のみであった。

『…随分と頭数が揃っておいでですが、穴だらけで危険ではありませんか?』

詰みと言っても過言ではない状況の中、口を開いたのはジムナーコだった。

『ええ、おかげさまでここいらは穴だらけです。が、自棄を起こして中に逃げ込もうなどとはお考えになられぬようご忠告致します。迷路のように狭く入り組んでいるうえ、当然内部で待機している兵もおりますので。』

『なるほど…ご忠告痛み入ります。それで、これは詰みだと?』

『はい、貴方方をお通しした後はブライト少尉もご案内しますので少々お待ちください。違法入国者、不幸な落盤事故、残念ながらどちらもよくあることです。』

『なるほど、全て筒抜けというわけでしたか。ですが、我々はこういう状況を詰みとは言いません…むしろ逆転の好機(ガジョン・ポイント)と呼ぶのです!』

その言葉に続いて再び地鳴りが発生しカシンの顔に明らかな当惑の色が浮かぶ。

直後、岩盤から大量のスライムが噴出し、穴だらけで脆くなっていた洞窟は踏みつけられた霜柱のように連鎖して崩壊を始めた。

足場を失いその場にいる者は次々と崩落に巻き込まれてゆく。

当然この崩壊を引き起こしたジムナーコを筆頭とする一行も例外ではない。

成す術なく巻き込まれてゆく彼等であったが、軍曹は既に手を打っていた。

ジュラ達含む全員の体に伸びたスライムが巻きつき、大本の軍曹へと引き寄せられる。

その状態で上方向にスライムを伸ばし、天井に張り付けば完璧…となるはずであったが、軍曹には一つだけ致命的な計算ミスがあった。

それは肉体と装備を含めた彼等の重量を支えるには天井があまりに滑らかすぎたということだ。

全員を保持できる最低限のスライムだけを残し、全ての体を伸ばして天井にしがみつくも一瞬で岩盤から引き剥がされ再び落下する。

事情を察したイオンが縄を切り、カブウが鉱石の詰まった袋を全て捨てるも黒曜石に覆われた洞窟の天井は残酷な程に滑らかで再び伸びたジムナーコの体は1秒程度しか張り付くことができない。

内部に潜り込んで自身を固定するためのとっかかりとなりうる亀裂を必死に探す軍曹だったが、運悪く都合の良い場所が見つからない。

かといって壁に張りつこうものならその体は重力に従って壁に叩きつけられ、保持している者達は命の危険に晒されるだろう。

どうあがいても全員の確実な生存は望めないのか?

落下しつつ全ての細胞を使って思考する軍曹の下から徐に剣が飛び、洞窟の天井に深く突き刺さる。

軍隊支給のものでは考えられない奇抜な柄のデザインや、アメジストのように輝く刀身を見てその主の意図を察した軍曹は体の一部を目一杯伸ばしてその柄に掴まり、ようやく体を安定させることができたのだった。

油断せず伸ばした体を縮め、剣と周囲の天井を覆うことでより体勢を安定させたところで彼等は初めて言葉を発した。

『的確な援護、感謝する…………ジュラ。』

『‼︎…ヘッ、やっと不審者呼ばわりはおしまいかジムナーコさんよぉー』

『ああ、お前に対し敬意を表したくなったから名で呼ぶのだ。無論完全に信用したわけではないが…そこは了承してほしい。』

『なんだ急に素直になりやがって気持ち悪りぃ…なぜ俺たちまで助けた?俺たちを捨てれば遥かに楽に掴まれたはずだ。』

『お前達は我が国の民なのだろう?ならば中央連合の兵として守らない理由がない。兵は民の盾である、ただそれだけだ。』

『……そうかよ。………ありがとな』

『私からも言わせて〜助けてくれてありがとうございます!』

『大いに感謝するよ、ジムナーコ軍曹殿。』

『そんな大層なことはしていない…礼なんてものは生還してからでいい。』

実は割と照れているのか、スライムの温度がほんの少し上がった。

 

 

彼等が宙吊り状態で安定した時、既にローブの男や烈火軍の姿は無く眼下には無限に続いているかのような大穴が口を開けていた。(ブライトの能力で照らし出されているため底は見えているが。)

『敵影ナシ!軍曹の策は大成功したとみえます!…なんかジュラさん震えてないすか?』

コニワが気づいた通り、ジュラはその深い大穴に落ちていくような錯覚を覚え、文字通り底アリの恐怖に自然と体を震わせていたのだ。

『ええい!俺は高所恐怖症なんだよチクショー!こーいう底が見えちまってる穴ってのがいっちばんクるんだよぉー!』

変にうわずった声が出ていることは自覚しているが、彼の中では今はまだ恥より恐怖の方が勝っているため震えは止められない。

体で直接震えを感じているジムナーコは呆れたように首っぽい部位を振った。

『他人の体内で震えるのはやめてもらおう、気色悪い。あれほどの戦闘をこなした者がその様ではこっちが情けなくなる…』

『ウルセー!んなこと自分でわかってらーな。それより、テメーその剣ちゃんと洗って返せよ⁉︎俺はスライムも大の苦手なんだ!』

『ああそろそろ重さに耐えられなくなってきたー体が千切れそうだー』

『棒読みじゃねーか!調子こいてすいませんでしたどうか落とさないよう頑張ってください、ほらよこれでいいか‼︎』

『及第点だ。礼儀がなっていないから直しておくように。』

『んだとコラァ!こちとらもういっぱいいっぱいなんだよ!』

『知らん。』

しょうもない口喧嘩がヒートアップしてきた2人だったが、割り込むように響く咳払いに我に帰る程度の冷静さは残していたようだ。

音の主は物静かな工兵カラッパであった。

『こんなに楽しそうな軍曹のお邪魔をするのは憚られますし、私自身ももう少し生の喜びを噛み締めておきたいところではありますが、そろそろ考えておかねばなりませぬ。この状況からどうやって移動します?』

それはもっともすぎる問題であった。

確かにあの危機を乗り切ったまではいい、しかしいつまでも危なっかしい穴の上にいるわけにもいかない。

早急に移動しなければ遅かれ早かれ烈火軍の兵士と同じ運命を辿ることになるのは火を見るより明らかだ。

『カラッパ二等の言うことはもっとも…しかし俺はここから動くことはできない。すまないがそちらに誰か空中を移動できる技法を持った者はいないか?』

『あいにくだが俺は飛べねー、…ただの人間なんでな。』

『私も飛べません。あ、でもジュラがイオンコメットの出力最大でぶっ放せば反動で…』

『あほう、今度こそ生き埋めになるぞ?てかスーツがもう使えなくなるだろーが。』

『ふむ…俺の触手なら移動の補佐はできるかもしれないが何しろ負荷の大きい宙吊り状態だ、安全は保証できない。』

『しかし今はそれに頼るしかなさそうだ。ではカブウ、貴殿の触手を軸に我がスライムを纏わせて天井を這うクモの要領で移動を試みよう。』

『よし、任されたよ。あと、俺のことは親しみを込めてカブさんと呼んでくれ!』

伏兵が現れたのはカブウの触手が伸び始めたその時だった。

『大変そうだな?手伝ってやろうかい?』

いつのまにかボサボサの赤い長髪を振り乱した気味の悪い男がニヤけ面を浮かべながら天井から彼等を吊るジムナーコの体に赤い爪を食い込ませていた。

加えて、驚くべきことに男は岩盤の中から上半身だけを突き出して逆さまにぶら下がっている。

『何モンだテメェ‼︎』

反射的に問いかけるジュラを小馬鹿にしたように笑いながら男はゆっくりと指を這わせ、引き攣ったような笑い声を上げた。

『ヒクッヒクッヒクッ、どーでもいいだろそんなことぅ。まぁ少なくとも宙ぶらりんではなくなる。いってらっ〜しゃい。』

瞬間、体を伝わる浮遊感、彼等は安息の天井から離れ再び落下を開始していた。

『チィ…!【マノン】‼︎』

ジュラの指先に生成された光弾が飛び、男に襲いかかる。

光弾は激しく爆裂し、猛烈な土煙と共に彼の魔剣を吹き飛ばした。

『ッッ!しまった!この距離じゃもう操作範囲外だっ!』

今度こそ己の半身と今生の別れを覚悟したジュラだったが、それを防いだのはジムナーコであった。

細く、長く体を伸ばして30mは離れた場所に飛んだ魔剣をキャッチし引き寄せたのだ。

『すまない、体の一部に力が入らず離してしまった。洗わずに返すことになってしまうが俺の消化酵素で消毒しておいたから許してくれ。』

『余計気色悪いわ‼︎』

突き出した鋭利な岩によってジムナーコの体は分断され、2つの塊はまったく違う分岐を転がり落ちてゆく。

衝撃吸収のため内部に匿われたジュラの目には、落ちていく彼等を見下ろしながらふわふわ飛び回るニヤけ面の男が映っていた。




ウランは地底の生活を支えるイワト・システムを作り上げたお方です。
偉人もとい偉神ですね。
余談ですがブライト少尉の夜亡は(よるなき)と読む設定です。

登場人物

閃光のタイチョー
本名はブライト・ロマネスコ少尉、能力は体から各種の光を出すこと。
中央連合王国が誇る三枚盾の一角にして数々の伝説的逸話を持つ英雄。
本人はこの呼び名を気に入っていないらしい。

ウラン
太陽の化身にして南方を司る神。
この他にも地域によっては破壊の神、製鉄の神としても信仰される。
背中の甲羅みたいなものは莫大なエネルギーを生み出す炉である。

キンウ
マントの大男、右手が剣になっているようだが…?

カシン・トーマン
ヒノ国に仕える参謀役。
元は単なる詐欺師だったが、弓を受けて死にかけていた時に王子の1人にスカウトされた。
ヘビは好物だがウナギは苦手。

ニヤけ面の男
今は本名も忘れ、王子達の話し相手としてダラダラ過ごしている掴みどころのない怨霊。
魔杖の封印を解いて脱出したところ王子の1人に調伏された。

用語集


誕生したその瞬間から信仰の対象であった者を指す。

ガジョン・ポイント
ガジョン男爵が攻城戦の際ふとした異変に機を見出し、それがきっかけとなって勝利を収めた説話に由来する慣用句。
物事の形勢が逆転する一点を表すために使われる。
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