この世界でいうと太陽に1番近かったりするんですけども
暑い熱い暑い、そこはあまりに暑すぎる空間だった。
周囲では剥き出しの流動する溶岩が流れ落ち、崩落によって訪れた見慣れない客人を拒むように目がギョロりとした毛の無いイタチっぽい生物が遠巻きにコチラを観察している。
初対面の相手に何様のつもりだ、と魔法の1発でも撃って脅かしてやりたい気持ちもあるが、正直暑すぎてそれどころでは無い。
オマケに度重なる戦闘と崩落の影響かスーツの冷却機能もほぼ動作していないようだ。
そうなるとやはり心配すべきはイオンであろう。
普通の人間である彼女がこの環境にスーツ無しで置かれれば1時間生きながらえるかどうかすら怪しい。
暑さで奪われ続けているやる気を無理矢理奮い立たせ、ジュラが状態を起こす。
彼が期待を込めて見回してみてもあたり一面が先程までより更に生命の気配がしない岩オンリーで、そのバリエーションも素人から見れば融けてるか固まってるかぐらいにしか感じない。
肝心のイオンはというと…彼のすぐ後ろで大の字になって寝転んでいた。
『…何やってんだお前、あれか?ベーコンみたいにカリカリに焼かれてーのか?』
『ちがうちがう、ここちょっとだけ水が流れてるの。涼しくてきもちーよ。』
『ああそうかい、元気そーで何よりだ。』
イオンの言う通り、そこには糸のように僅かな細流ではあるが確かに水が存在していた。
尤も、その周囲の岩石が赤茶色に変色していることも同時に確認したジュラはとてもその水に触れる気にはならなかったが。
『生きていたか、では早速提案だ。我々は別行動を取ろうと考えている。』
ジムナーコも無事だったのは幸いであった、しかしその言葉は聞き逃せない。
『は?アンタ正気か?これ以上仲間を分散させてどうすんだよ⁉︎後で落ち合おうったって追手は俺たちの何倍もいるんだぜ⁉︎』
『理解している。だからこそ、だ。イオン、単独行動をお願いしても構わないか?』
ジュラにはその言葉が理解できなかった。
目の前のスライムはよりにもよって戦力としては0に等しいイオンにこの地底を1人歩けといっているのだ。
これでは体よく足手纏いを追放…いや処刑するようではないか。
当然、彼は黙っていられなかった。
『ふ…ふざけてんじゃねぇぞ、ジムナーコォ!戦えないイオンだけでこんなとこに居させられるワケねーだろうが!テメーからブッ殺されてーのか⁉︎』
ジムナーコが詰め寄るジュラの手を掴み捻り上げる。
『うぐおぉぉぉ!』
『落ち着け、まだ話は終わっていない。それと俺が質問しているのはイオンであってお前ではない。』
『うぐぐ…じゃあ話してみろよ。納得いかねー理由だったらわかってんだろーな?』
ジュラが解放される。
『無論だ。…イオン、お前無理をしているな?』
『え、そうなの?』
『いやー別にそんなことないですよ〜ホラ、この通りピンピンピンしてますし。』
『お前たちには我がスライムの一部が付着しているのを忘れたか?体温・脈拍・水分量、その他全てを把握している。今軽くチェックしただけでも軽微な脱水と8箇所の打撲傷、体温調節の不具合が見て取れるぞ。』
ジュラはおろかイオン本人ですら気づいていなかったかもしれない症状までをもつらつらと並べられ、彼女は黙り込む。
『戦力外というのも1つの理由ではあるが、何よりこのままお前を連れ回すと環境で死にかねない。武器は粗方渡しておくから緊急時は自衛しろ。』
『ちょっと待て、ケガしてんなら尚更…そうだ!俺も着いてくから安心しろよイオン!』
『それはできない。ブライト少尉という巨大な戦力がいない今、お前の力は必要だ。』
『そんなもんはテメーらの都合だ!俺たちには関係な…』
『わかりました、私はどこへ向かえば良いですか?』
『イオン⁉︎お前言われてることわかってんのか⁉︎』
『トトルス村の近くにも火山はあるよ、ここ100年くらいは煙の1つも出してないみたいだけど。原因がわかってる以上もう他人事じゃいられない…ムシの良いお願いかもたけど、村を守って、ジュラ。』
少年の脳裏にトトルス村の住民達が日々を謳歌している姿が浮かぶ。
それが焼かれ埋もれて壊れる様など想像したくもない。
だが、そのリスクはあの傍迷惑な兄弟喧嘩が終わらない限り今この瞬間も、それから先もずっと存在し続けているのだ。
沈黙したジュラの反応を納得と捉え、ジムナーコは話を進める。
『話が早い。…この僅かな水の流れ、今我々がいる位置が俺の推測通りならこれを辿っていけば大型の地底湖「アガルタ」に突き当たるはずだ。そこまで辿り着けば環境は安定し生存確率は上がる。が、無論道中で危険に見舞われる可能性はある…これを持っていけ。』
ジムナーコの体内から銃火器と火薬類の大部分が詰まった袋が吐き出される。
『おお〜ゼイタク!でも、私の力じゃ全部は持ち運べないので一部だけお借りしますー』
『すまない、配慮を欠いていた。【ヨール・ビルトリス】』
『わっわっ!なんか私光ってる!』
『他者に肉体強化を付与する呪文…平たく言えば今のお前ならそこいらの岩くらいなら持ち上げられるようになったということだ。反動を考慮して激しい動き無しで30分ほどが限度だが、道中は格段に楽になる筈だ。』
イオンが荷物を手際よくリュックに詰めていく。
総重量200kgを越すであろうそれを難なく背負った彼女はその場で軽く跳んで見せた。
『ふへへ、軽い軽い!』
『渡した物は邪魔になったら捨てても構わない。…健闘を祈る。』
『こちらも!健闘を祈ります!…ジュラ、死なないでね。』
『……テメーより先に死ぬこたぁねーよ。そっちこそくたばるにしてもサク爺に渡す分の骨くらいは残しておけよ。』
『んへへ、死なないよーだ。じゃ、また後で!』
『ヘイヘイ、また後でな。』
頭ではこの災害を止めなければならないと理解しているが、それでもこの危険地帯でイオンを1人にするのは受け入れ難い。
ジュラは感情を抑え込み、大きく手を振って小走りに去って行く彼女の背中を不安げに見送るのだった。
それにしても、たった1人が去っただけだというのに洞窟の風景が酷く退屈な物に変わったように感じる。
いつの間にか気味の悪いイタチのような生物も姿を消していた。
『ギリギリではあったが話がまとまったことは幸いだ…来るぞ。』
天井・壁・床、あらゆる場所から溶岩が噴き出し殺風景だった洞窟は可憐とは言えぬ華に包まれた。
荒れ狂う烈火軍を鎮めた声の主は二足竜に乗った小柄な(といっても周りの兵士達と比較してだが)男だった。
『セレンからテルルまでは右前方の壁面を調査、セルシウスからファコパスまでは後方の警戒に当たれ!スバナから…』
鎖帷子の上に烈火軍正式軍服を纏った男は手早く暴の集団に檄を飛ばし、チーム分けして探索に当たらせていく。
指示を飛ばしながら流れ落ちる汗を拭う男の名はスガリ・ローヘクタール、烈火軍唯一の人間兵士にして元帥を務めるヒノ国屈指の傑物である。
彼の声が轟いた瞬間、猛獣の群れのようだった集団は規律の取れた強固な軍隊へと早変わりし、追跡対象の捜索を急ピッチで進めていくのだった。
『元帥〜足跡を見つけやしたぜ。奥の方に一直線で続いてるんでとっとと追いかけて血祭りに…』
スガリはひらりと竜の背から飛び降り残された足跡のそばにしゃがみ込む。
『ふむ、品種は俺のと同じ、体重約2t…歩幅約2.6〜3.4mといったところか…あり得ない数値ではないがどうも嘘くさい。捨て置け、別の痕跡を捜索せよ!』
ジムナーコの用意したダミーはいとも簡単に見破られていた。
不運だったのは機動力の高い烈火軍を導くために普段から二足竜を愛用していた元帥までもがこの作戦に出撃していたことだろう。
程なくして彼等は逃げるネズミの尻尾を掴んだ。
『元帥、こんなものが…』
兵士が両手に抱えたそれは強力な酸によって変質した岩石であった。
本来ならしょっちゅう硫黄ガスやらが噴き出すこの国では珍しくもないものではあったが、生まれ落ちたその日からこの国の岩を見て岩と共に過ごしている兵士達はそれを作り出したものが日常には無い異質な酸である確信をもっていた。
『あの横穴の近くに、横穴内も液体の酸で濡れてます。』
『小賢しいな、10人程選抜して追跡に出そう。他のものは穴が続く可能性のある方面に周りこみ、虱潰しに抑えろ!』
素早く部隊が散り両サイドが穿孔を開始する、後は本隊が侵入者を追い詰めればそれで済む…筈であった。
だが、そう上手くはいかない。
数十秒後、横穴調査の先鋒を務めていた兵士が突然腕を押さえて飛び出してきたのだ。
その勢いに巻き込まれて数人が突き飛ばされる。
『ゥアッチャッチャッチャッチャアー!ヤケドするぅ!』
彼等の身体構造からして日常生活ではそうそう聞くことのない火傷という単語に怪訝な顔を浮かべる兵士達、しかしそう騒ぐ同僚の手甲は変形し腕には奇妙な蚯蚓腫れができていた。
すぐさま薬学に長けた者が駆け寄り暴れる同僚の腕を押さえつける。
『クラァ!今診てやるから大人しくせんかぁ!…コイツは、塩酸だっ!我々に傷をつける程の濃塩酸だっ!』
『なるほど納得がいった…蚯蚓腫れということは糸状のトラップか?以降の探索は常に槍を前に出して行え!決して相手を侮るな!』
ジムナーコの酸の網に触れて騒いでいた兵士も既に立ち直り、再び横穴に向かおうとしていた。
まんまと罠に引っかかったことで怒り心頭の彼であったが、残念ながらリベンジの機会は巡ってきそうにない。
何故なら彼等が体勢を立て直したその時、右方から回り込んで敵を包囲する予定の別動隊が潜り込んだ場所と同じ位置から岩盤を割って吹き飛ばされてきたのだ。
続けざまの予想外に困惑する元帥達を横目に地面を跳ねて体勢を整えた兵士の1人が苦々しい顔で叫ぶ。
『クソッ、カエルどもだっ!それなりにいるぜぇ〜!』
その言葉が終わった途端に洞窟の壁は粉々に破壊され、中からは怒り狂ったオオキバツノガエルの群れと粘液を頭から被った兵士達が溢れ出した。
『なぜこんな時に!…致し方なし、総員!捜索を中断しカエルどもの鎮圧にかかれ!』
並の軍隊ならその奇襲に指揮系統がマヒしてあわや瓦解の危機だったであろう。
だがしかしそこは流石に天下の烈火軍である、正面切っての乱闘が三度の飯より好きな彼等は命令と共に、いや命令が下りるより先にカエルの群れと交戦し始めていた。
常に血が湧き立っているような烈火軍であったが、カエル達も全く引く気は無い。
地底の熱を体に蓄えた彼等の力強さは一般に知られる地上でのそれとは比較にならず、一頭一頭が忿怒に任せて暴れ回るそのエネルギーはもはや災害に等しい。
さながら粘液を纏った石壁のようになって迫る彼等に烈火軍の兵士達は最高潮の武者震いを感じていた。
元帥スガリは巻き込まれないよう一歩引いて大きく変更せざるをえなくなった作戦の展開を考える。
現在正常に動けている隊は左方より逃走者を追い詰めようとしている数名だけである。
しかし先程の逃走劇や今の罠を見るに敵はバカではないだろう、振動やそれに類するもので追手を探知し作戦の穴ができたのならば見逃すことは無い筈だ。
『或いは、カエルどもの襲撃すら奴等の策か?もっと頭数を用意するんだったな…』
優秀な戦士達が跳ね回るのを眺めながら元帥は歯噛みしていた。
小さな横穴が激しく揺さぶられ、天井から埃や小石が絶え間無く降り注いでいる。
『オオオッ!このまま崩落したりしないっスよねぇ⁉︎』
『確約はできないなッ!それよりも皆俺の近くに寄りたまえ!もっとだ!』
烈火軍の方もそれなりにてんやわんやしていたが、カブウ達の方も今にも潰れそうな細い穴の中で気が気では無い思いをしていた。
すぐそばを通り過ぎていく怒りに満ちた無数の足音、程なくしてそれは雄々しい兵士の声と交わり、まるで隕石でも落ち続けているような轟音へと変化した。
『ドンパチが始まったね…おっとまだ離れないでくれたまえ。敵と認識されればキミ達も同胞達の蹂躙対象だ。今は俺の匂いで誤魔化しているが、もう少し定着させておいたほうがいい。例えば、ほら、粘液を服に擦り込むとか。』
コニワとカラッパが露骨に嫌そうな顔をする。
プロの軍人とはいえ、確実な任務遂行のためとはいえ、イヤなものはイヤなのだ。
2人の強い要望により粘液を擦り込むのは上着だけにとどめ、後方の混乱に乗じて更なる深みへと潜っていく一行であったが、誰1人として喧騒に誘われた更なる風が迫っていることに気づいてはいなかった。
激しく溢れ出す溶岩を回避するため、ジュラが全力で横に跳ぶ。
素晴らしき反射神経のおかげで間一髪彼は丸焼きにならずに済んだわけだが、それを喜ぶ時間は1秒たりとも与えられないらしく、近くの岩が雑巾でも絞るかのように歪み引きちぎられる様子を見て慌てて飛び上がる。
ただでさえバカみたいに暑いというのに溶岩の追加と命の危機で不快度指数は鰻…いや最早蛟登りだ。
ようやく体勢を整えたかと思いきや彼の目の前を白い人影が猛スピードで通り過ぎ、それに伴う風圧のみで再び地面に転がされる。
三度ほど天地逆転を体験したジュラの襟首を温いスライムの腕が掴み上げ上に引っ張り上げた直後、その場所からも勢いよく溶岩が噴き出した。
壁に張り付いたジムナーコは貴重な戦力を回収しつつ邪魔者を無視して戦いを続ける2人の白ローブを着た怪物を見やる。
彼等は小さな方も大きな方も莫大な熱エネルギーを放ち続けており、その気迫は見ているだけで熱中症になりそうである。
これは正攻法ではどうしようもない、間近で見てそう直感したジムナーコの思考は怪物2人に対抗する術を全力で捻り出そうとしていた。
『この場から避難が最善策だが、事前調査によるとこの周辺には大きな龍脈が通っている筈だ。であればそこは避けるよう誘導はしておくべきだが…どうした?顔色が青いぞ。』
苦しげな表情を浮かべたジュラが必死で首元を指差す様子からジムナーコは自身の体が彼の襟首を締め上げていたことに気づいた。
『すまない、すぐに離す。だが、落ちれば命は無い。掴まれ。』
ジムナーコは横の壁に向けてジュラを放り投げ、彼は全身全霊で岩肌に掴まる。
『ォオオッ!死ぬかと思ったぞコノヤロー!それでっ!どーすんだ、逃げんのか?』
『それがベスト、だが王子らがここより奥へ行くなら止めて誘導しなければならない。龍脈が暴走したら即座に地上が火の海になる可能性すらある。』
『そりゃこの世の地獄だな…って、王子ィ⁉︎アイツら俺と同じかよ‼︎まぁた初めて聞く話だよチクショウ‼︎』
『ああ、言った覚えは無い。話を戻そう、そのために必要なことは進路の妨害と溢れ出る溶岩の抑制だ。氷魔法の覚えは?』
『…ちょっとなら使える、けどあんま期待すんなよな。魔力も残り少ないし。』
『無いよりは良い、ではお前は全力をもって溶岩を堰き止めろ。薄い壁でいい、ビーバーがやるダムの要領だ。』
ジュラの了解をとるより先にジムナーコが天井を高速で這い作戦を開始する。
連れられて移動するジュラの眼下は既に溶岩の海と化していた。
眩しい程の熱と光に目を細めていると急に体を浮遊感が支配する。
『作戦開始だ。』
その声でようやく放り投げられたことに気づいたジュラは慌ててロープを柄に結びつけた魔剣を壁に投げて突き刺し、なんとか溶岩へのダイブを阻止する。
一本はあったほうが良いとロープを持たせてくれたイオンに感謝したいと同時に言葉が足りないスライムヤローに文句の一つも言ってやりたい思いはあるがそんな余裕はない。
何しろロープが思ったより長く、足裏と尻が溶岩に焼かれ始めているのだ。
尻尾を腰に巻きつけていなければ間違いなくテールステーキになっていただろう、それもウェルダンの。
彼は慌ててロープを上り、呪文を叫ぶ。
【カチン・ランダブリィィド‼︎】
伸ばした手に魔法陣が出現し、そこから放たれた白い尾を引く球体が空中で分裂して降り注ぐ。
彼の使える氷魔法で最も高度なものの1つであり、広範囲に対する冷却に最も適した呪文でもある。
降り注いだ冷気の球は溶岩に触れるとあまりの温度差にボシュンと音を立てて消えていく。
暖簾を全力で押しているだけにしか見えないが、確かに効果はあるらしく溶岩の流れは目に見えて粘っこく遅くなっていた。
この分なら後数回の魔法で固めて溶岩ダムを造れると判断した彼は再び手中の魔法陣を輝かせた。
一方、ジムナーコは天井に染み込み決定的な機会を窺っていた。
例え相手がこちらを眼中にすら入れていないとしても、完全な意識外から最良の妨害を行うためである。
ジュラの奮闘で僅かに洞窟内の気温が下がったのを肌で感じつつ、ひたすら息を殺す。
数秒後、それは訪れた。
『仕込み』の位置からみてベストの場所に吹き飛ばされたヒート王子(小さい方)、当然ホット王子(大きい方)は追撃を喰らわせようと自らの能力で重力の方向を変えて襲いかかる。
その位置が完全に重なった瞬間、天井を砕いて無数の足が飛び出し2人に向けて蹴りの雨を降らせた。
流石の2人もこれには反応せざるを得なかったようで、腕を組んで顔を守る体勢をとる。
絶え間なく浴びせられるその攻撃はあまりに高い彼等の体温に接触部から煙を噴き上げながらも兄弟を纏めて溶岩に叩き落としたのだった。
だが、地底人である彼等にとっては溶岩に落ちたところでダメージは無く入浴とさして変わらない感覚だろう。
そこでジムナーコは次の手順の準備を整える。
先ほどの攻撃はあくまで敵の存在を認知させること、若干の距離を稼ぐことの2つが目的だ。
主目的の誘導は果たされていない。
煌々と揺らめく溶岩の中から兄弟は同じタイミングで顔を出した。
『プハッ、岩ちょっと飲んじまったよ。まじー』
『それよかなんだあの生きモン、見たことねぇぞ!』
顔を見合わせる兄弟の耳に乾いた炸裂音が響く。
咄嗟に音源の方を振り向いた2人の目に映ったのは、認識が間に合わない程の目前まで迫る銃弾だった。
当然、弾は最も理想的な隙に刺さりヒートの眼球とホットの瞼を強襲する。
『っっ〜てぇ!目にゴミ入った!』
『あーもう瞼切っちまった、溶岩が沁みやがるぞクソッ!』
炸裂音は単なる少量の火薬による爆発、銃弾は自身の体から撃ち出したものであり、不意打ちは完全に決まったもののジムナーコは改めて目の前の兄弟の異質ぶりを思い知る。
何しろ気を張っていない状態で眼球という、いわば露出した脳に銃弾を受けても舞い上がった砂粒のような扱いで済ませているのだ。
並のドラゴンだってもう少し痛がるだろう。
『あー、まだ玄膜下ろしときゃよかったなぁ。充血してねーよなぁ?』
『俺もお前も元々目ぇ赤いだろ、わかんねぇよ。てか、まずアイツからブチのめさねぇか?俺ぁ今の結構イラついたぜ。』
ホットの提案にヒートが勢いよく親指を立てて賛成の意思を示す。
幸か不幸か、いとも簡単にジムナーコは兄弟を誘導する権利を得たのだった。
瞬間、兄弟の姿が視界から消える。
あまりの速さに敵を見失いながらも咄嗟に身をくねらせてホットの攻撃を避けたのは流石の戦闘センスと言えるだろう。
天井に当たったその攻撃は不自然に空間を歪め、硬い岩盤を豆腐のように擦り潰している。
しかし、彼に下から迫り来る溶岩の龍までを回避しきる時間は無かった。
犠牲無しは不可能と判断し、咄嗟にどう切り離せばより多くの細胞を残せるかを勘案するジムナーコであったが…
【カチュウセン‼︎】
4本の冷気の槍が龍の喉笛を貫き、その動きが一瞬鈍る。
それだけあれば十分だった、岩盤内部の圧力を高め弾のように自身を撃ち出す。
紙一重で龍が天井に喰らい付き、呑まれた岩盤はたちまちとろけて朱い海に仲間入りするのだった。
『感謝するぞッ!ジュラッ!』
『テメーを救った男の名はッ、ジュラ・パズズだ!覚えとけ!ダムはできた、お陰で魔力はスッカラカンだが分厚く造ったからしばらくは問題ないはずだ‼︎』
『では、逃げに徹する。掴まれ!』
伸びてきたスライムに躊躇なく掴まったジュラと彼を回収したジムナーコは壁面を這っての逃走を始める。
『チィッ、逃げんなやコラァ!』
ホットの目が光り空中にいくつもの重力場が生成されるも、ジムナーコは既にその性質をある程度見切っていた。
周囲での気流の変化で大まかな場所を探知して、砕いた岩盤の粉をバラ撒く。
それだけで罠の位置は手に取るようにわかった。
レベルの高い戦士にとっていかに強力な能力とはいえ解を見つけてしまえば攻略するのはさほど難しいことではない。
それは弟ヒートの溶岩を操る能力に対しても同様である。
逃げる2人の下方から溶岩に包まれたヒートが飛び出し、肉弾戦を仕掛けてくる。
彼の狙いは溶岩を纏った尻尾を叩きつけることで壁ごと2人を吹き飛ばすことであったが、それが裏目に出た。
勢いよく飛び出したはずの赤き王子は突如ガクンとつんのめって速度を失う。
何事かと尻尾を見ると、下と連なる一部の溶岩が固まり周囲に僅かな冷気が漂っていた。
ジュラの【カチン・ランダブリード】がようやく効いてきたらしい。
『イケるイケるぜ、ジムナーコォ!この調子で逃げ切りだ!』
『油断はするな、と言いたいが俺の半身もこちらに近づいてきている。反撃の時は近いぞ。』
下は溶岩、後方には2人の怪物、状況は圧倒的に困難であるにも関わらずジュラの心には希望が満ちていた。
時は数分前に遡り…イオン・アイシクルはジュラ&ジムナーコと別れた後、早速非常に困っていた。
というのも、地下水の道を辿って行く最中どうしても通らねばならない通路にいかにも機嫌と性格の悪そうなフランポポが唸り声をあげているのだ。
迂回したいのは山々だが、複雑に入り組んだ地底の道で一度間違いを犯せば二度と元の場所には戻れない可能性が高いことを考えると中々にリスキーである。
『えーと、たしか溶岩食だっけ…餌で気を引くってのも無理そうだなぁ。コッソリ行ったら通してくれないかな?』
物は試しと一歩ゆっくり踏み出してみる、結果は足音も立てていないのにフランポポがより殺気立っただけであった。
慌てて岩陰に隠れ息を殺す。
『なんでそんな怒ってるの〜!ようし、かくなる上は…』
猛獣の耳に聞き慣れない何かが擦れる耳障りな音が届く。
彼をさらにイラつかせるその音は時々見かける一抱え程の小さなカエルから発されていた。
普段なら迷いなく地面ごと喰らい噛み潰す対象ではあるが、今回は音といい臭いといいどこか怪しい。
僅かな理性が警戒を選び、目を離さずそれとの距離を一定に保つ荒くれフランポポ、その後ろをイオンが忍び足で通り抜けようと試みていた。
そう、今現在猛獣の気を引いているのは黄石洞侵入時の三文芝居に用いた電動仔カエル模型である。
目立たないなりに功績を挙げたそれとの別れを惜しむ気持ちもあるが、背に腹は替えられない。
彼女は涙を拭いて前を見据えるのだ。
しかし前だけ見ていても人は生きてゆけない、偶には足元を見なければ一歩先の奈落に気づかないことだってあるだろう。
ザリッと何かを削ったような音が響く。
イオンが恐る恐る足元を見ると、そこには乾燥しきったフランポポの糞が落ちている。
その一つを思い切り踏みつけてしまったらしい。
これが犬猫のソレならテンションがダダ下がりするだけで済むが、今回は純粋な命の危機である。
パキンと小気味良い音が響いた直後、彼女は激しく揺さぶられ生暖かい吐息を顔に浴びていた。
そこはフランポポの口の中、幸い背中の巨大リュックのお陰で即座に噛み砕かれることは無かったが、何しろ相手は咬合力が8tを越える猛獣である。
既にいくつかの武器は使い物にならなくなっているだろうし、完全に破砕されるのも時間の問題だろう。
歯の隙間から踏み潰されて粉々になった仔カエルの模型が見える。
イオンは慌ててフランポポの口腔内を蹴飛ばし脱出を図るも全く効果は無い。
次に彼女が試したのは手持ちの接着剤を舌の上に垂らすことであり、生物に対する有害物質のカクテルとも呼べるソレならば、何かしらの効果があると確信しての行動だった。
しかし、彼女の想像以上に獣は鈍感だったらしい。
舌で感じた異臭と刺激に疑問を覚えつつも、彼がとった行動はその感触を振り払うために首を振るのみであった。
当然イオンは咥えられたままである。
上下左右に無茶苦茶に揺らされ危うく首を捻挫しかけた彼女だったが、なんとか持ち直しダメ元で喉に向けてスパナやドライバーを投げつけてみる作戦に出た。
しかしどうやらこれが逆効果だったらしく、更に怒らせてしまったのか上下からの圧力はより強くなるばかりだ。
既に硬質化した牙は彼女のヘルメットに到達し、嫌な音を立て始めている。
『このままじゃ後30秒もしないうちに私の頭蓋骨が真っ二つにされる…なんとか、なんとか脱出しなきゃ…』
彼女は出立の前日に旅の中で死ぬ覚悟は済ませてきた、あの日あの時あの森で気絶したことを深く恥じ、最後まで足掻きに足掻いて死ぬ覚悟を決めてきた。
彼女は一度旅の原点に立ち返る…『死人の覚悟』を決めた人間は猛獣程度に揺らがない。
『溶岩食…溶岩食…‼︎やってみる価値十分!』
何かを閃いた彼女のとった行動は、リュックを放棄しフランポポの口の奥に自ら飛び込むことであった。
一見してただの自殺でしかないその行動だが、彼女には確かな自信と実行に値する根拠があった。
そして、その目論見は上手く行ったらしい。
フランポポは急激に体を震わせ、噛み潰そうとしていたリュックとイオンを吐き出したのだ。
その後も苦しそうに身悶えしつつ走り去る猛獣フランポポ、その背中を見送りながらイオンは『死人の覚悟』がどのような物なのかを心で理解し反芻していた。
『やっぱり普段から柔らかい物ばっか食べてると喉も弱くなるんだー。私も気をつけなきゃ、目指せ喉強靭おばあちゃん。』
彼女が生き残れた理由は正確には違う。
フランポポはその硬い牙で時に岩石を破砕して喰らう習性を持っている。
そんな猛獣がこれほど苦しんでいるわけは、彼女が無意識に気管に手を突っ込んで暴れたからである。
本来なら空気専用の管に遺物が入り込んだうえ好き勝手に暴れているのだ、その苦しみ・不快度は想像に難くない。
まぁどちらにせよ、彼女が命を拾えたのは敢えて危険地帯に飛び込んだ覚悟ゆえであろう。
その後イオンは少し歩を進め、岩陰でリュックの中身を確認する。
『あー、これもこれもオシャカになってる…ジムナーコさんは捨てていいって言ってたけど流石に悪いなぁ…そうだ!』
イオンは破壊された銃火器の中から慣れた手つきで使えそうな部品のみを取り出してリュックに詰め直してゆく。
『うん、けっこーパーツは生きててよかった。湖に着いたらこれで新しい武器作ってお詫びしよ。』
あまり長居をしていると何時あの猛獣が戻ってくるかわからない。
彼女はそそくさと残骸を目立たない場所に纏めその場を後にする。
彼女が歩を進めるたび、地下水の細流は確実に太さを増していた。
ヒート&ホット兄弟の玄膜とは、地底人が瞼の内側に持つ丈夫な膜のことです。
溶岩遊泳や鍛治仕事の時に下ろしておくことで安全且つ快適に作業できます。
登場人物
セレン・テルル・セルシウス・ファコパス・スバナ
全員烈火軍の戦闘員。
セレンとテルルは超仲悪いです。
スガリ・ローヘクタール
烈火軍元帥を務める頭脳派。
先代国王にスカウトされ烈火軍の戦力をより強固なものにした。
実は超北国出身なのでヒノ国暮らしはきつい。
用語集
アガルタ
黄石洞奥地に存在する地底湖。
温泉枯渇時の緊急水源として大掛かりな水門で管理されている。
ヨール・ビルトリス
肉体強化の効果を他者に付与する魔法。
カチン・ランダブリード
大きな冷気の球を空に向かって打ち上げ、拡散しながら降り注がせる魔法。
カチュウセン
カチンの貫通力を上げた魔法。