魔剣王正伝   作:プルプルマン

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最近コーヒーゼリーばっか食べてます


火を消すのはいつだって…

その大部分をブライトの光が照らし出すことで夜目のきかないものでも問題なく行動できるようになっていた洞窟であるが、流石に末端部ともなれば薄暗くなってきていた。

そんな中、何かを引きずるような音を立てつつ揺れる光源が1つ。

『ふぎぎぎぎ…重い…』

その正体は必死に膨らんだリュックを引きずるイオンであった。

揺れる光源は彼女の手元で揺れるカンテラのようだ。

彼女は荷物の整理に時間をかけすぎたことをほんの少し悔やむ、そのせいで目的地に辿り着く前にかけてもらった肉体強化呪文が切れかけているのだ。

荷物は多少減ったとはいえまだ150kg弱は残っており、華奢な少女1人が運ぶには文字通り荷が重い。

かといって助けを求める相手もここにはおらず、渋々大きめの銃器をソリがわりにしてリュックを引きずっているのだ。

鉄と岩の擦れる音が響く。

このままでは到着に何時間かかることやら想像もつかない。

ほとほと困り果てた彼女を追い討ちするように、今1番聞きたくないフランポポの低い唸り声が響いた。

『うげぇ、もう戻ってきた⁉︎うおーー!うなれ私の剛力ー!』

しかし状況は何も変わらず荷物はゆっくりと坂を登るのみである。

下手に力を振り絞れば剛力とやらが唸る前に体が軋み出すだろう。

唸り声の主が荒い息が聞こえるほどすぐ後ろに迫る。

今度こそ年貢の納め時かとイオンが身構えたその時、彼女は気づく。

その強大な獣は怯え、逃げ惑っているのだと。

その顔に先ほどの覇気は無く、萎縮し切った目元は飢えたオオカミに囲まれる小鹿より深い恐怖を湛えている。

直後、天井が瞬時に蒸発しとろけきった岩の雨が彼女と獣に降り注いだ。

『うわわわわわぁー!燃えるっ!』

火事場の馬鹿力というやつだろうか、それまで引きずっていたリュックを頭上に掲げ岩陰に飛び込む。

そこは中々に奥行きのある隙間だったらしく、怯え切った荒くれフランポポも同じ場所で体を丸めていた。

彼からしてみれば一日中騒音に悩まされた挙句、自身の縄張りで火山がリズミカルに噴火を繰り返しているようなものなのだろう。

『あなたも大変ねー、私達はやることやったらすぐ出てくから我慢してね。』

同情を持って話しかけてみるも最早威嚇する元気すらないらしい。

無視を決め込んでいる。

直後、イオンとフランポポの隠れ場所の近くに煮えたぎった溶岩の弾が着弾し、轟音を立てて破裂する。

彼女は耳を塞ぎながら飛び散る溶岩を、正確にはその中心から現れた男の姿を見ていた。

膝を突くことで着地の衝撃を殺しつつ上方を睨むその男はつい先ほど別れたばかりの懐かしき顔…ブライト・ロマネスコ少尉であった。

『隊長さん⁉︎なんでここに?』

呼びかけに反応した男の方も彼女の姿を見てギョッとした表情を浮かべる。

『そのダセェあだ…いや、違うか。イオン嬢こそなにゆえこんなところに?ジムナーコ達はどうした?』

『ちょっと色々あって分断されちゃって…軍曹さんとジュラは向こうで行動してて私は1人で地底湖に向かうとこです!』

『なるほど、厄介だ。あの王子達と分断された状態で戦闘できるとは思えん、ましてやヒノ国で。ああ、この先の地底湖というとアガルタか…』

ブライトの目が一瞬強く輝き、イオンは妙な耳鳴りを覚える。

怪訝そうな顔をする彼女をよそにブライトは再び話し始めた。

『1つ頼まれてくれ、イオン嬢。軍人でもない貴女には厳しい話だ、断ってもいいが全員が生き残る確率は下がる。手短に言うと…』

何かに聞かれることを警戒しているのだろうか、ブライトはイオンの耳元でヒソヒソと頼み事の内容を囁いた。

『ホントにそれでジュラもカブさんも助かるんですか?』

『確約はできない、だが戦いを終わらせる一手にすらなり得る。』

『なるほど、わかりました。じゃあもう一つ…それをこなしたら、私達は仕事の邪魔をした処刑対象から外れますか?』

ブライトはそこで初めて彼女と目を合わせる。

その瞳は見たものを二度と戻って来られない深淵に引き摺り込むかのような黒さをしていた。

そんなはずは無いのに心中まで見透かされているような気分になり、思わず目線を一瞬逸らす。

力も経験も確実に上回っているにも関わらず彼女に民を守ることは最優先などとキレイな嘘は吐けない、咄嗟にそう感じた。

彼の最優先は常に主君である。

『…確約はできない。が、任務にしくじりがあった時最初に死ぬのは俺だと決めている。イオン嬢やお仲間を処刑するならその後、そうしなければ事態が好転しない時だ。』

直後の爆発音に掻き消され、彼女の返事は聞こえなかった。

『やーっと見つけたぁ!こんなとこに隠れちゃって、ちょっと卑怯なんじゃないの?』

『貴様がバカ力でここまで飛ばしてくれたんだろうが。ついにボケが始まったか?』

大太刀を携えたウランが溶け落ちる岩盤とともにボトリと着地する。

『よっと、あいにく後50億年は稼動する予定なんで。ボケが来るには早すぎるかな…ん?そこにいるのは尻尾巻いて逃げたヘルメットの子じゃないか、なんでいんの?』

彼女は答えない、自分の発言が別行動をしているジュラ達を不利にしてはたまらないし、何よりさっきも同じ質問をされたばかりである。

『教えてくれないと…じゃあいいよ、消えてくれ。』

ウランが生成した高密度のエネルギー球がイオンを焼き尽くそうと突進する。

しかし、そのエネルギーは一欠片ほども彼女に達することは無かった。

手甲から光の剣を伸ばしたブライトに大気と区別がつかないほど細切れされ、球自身ですら切られたことに気づかぬ内に霧散してしまったのだ。

すぐそばで繰り広げられるトンデモバトルに我慢の限界を迎えたか、荒くれフランポポが情けなく鳴いて走り出す。

『行け、イオン嬢!今が好機ッ!』

イオンが先端を輪にしておいたロープを投げる。

それは見事に猛獣の牙に引っかかり、彼女は先程までソリにしていた銃を今度は自身のサーフボードとしてその場から高速離脱することに成功したのだ。

尤もリュックは未だ引きずっているが。

『クク、お甘いことで…よく軍人が務まるものだ。』

『今の俺が甘いってんなら、暴れるガキ好きにさせて周りに噛み付くテメー等はなんだ?完熟マンゴーか?糖度15か?』

『おお耳が痛い痛い…』

2つの光は再び激しくぶつかりあった。

 

 

 

 

 

屈強な烈火軍兵士の横薙ぎの蹴りが数多の獲物を屠ってきた牙をへし折り巨体を転がせる。

自慢の牙をへし折られ悔しそうに逃亡する彼の背中に兵士の雄叫びがビリビリと響いた

血が頭に上り怒り狂っていたオオキバツノガエルの群れも徐々に冷静さを取り戻し、形成不利を悟ってか一頭また一頭とその場から逃げ出していた。

無論まだ暴れ足りない力自慢もいるらしく戦闘は続行しているが、元帥スガリの見立てではあと2分もすれば完全に烈火軍は勝利し対象の追撃を再開可能であり、対象の追撃に割く最低限の人員だけなら後一分もせず確保することができるだろう。

そして、彼の視界に入る限りでは倒れた兵士もいない、それほどまでに烈火軍は強者の集団だった。

一方のカブウ達はそんなことを知る由も無く、ただ全速力で掘削を続けていた。

本来の役割と潤滑剤を同時にこなす酸の臭いに全員(ジムナーコを除く)の鼻腔が悲鳴をあげていたが追手の規模を考えると四の五の言ってはいられない。

現に、彼等は左方から迫る掘削の振動を察知し逃げ道の方向を切り替えている。

それ即ち自ら掘削距離を伸ばすということでこれは明確なタイムロスだ。

このまま何度も進路変更を繰り返していると地中を迷走したまま袋の鼠となる可能性すらある。

しかし幸いにも現在近くにある震源は一つだけのようだ。

進むならば今が好機、というより今しかない。

その時、壁に密着していたジムナーコが新たな振動の出現を感知した。

『待て、カブさん。新手の振動だ、方向は………バカな、前方だと?』

カブウの回転が停止する。

『何かの間違いじゃあないのか?俺達は今深く潜り続けている、そして追手は全て後ろにいる。これは揺るぎない事実だ。いや、もしかして遅ればせながら参戦しようとしてる同胞がいるのかな?』

『いや…それよりもずっと大きなものが動いている…長く規則正しく…これは無数の足音か?』

何かに気づいたかコニワが顔を上げる。

『意見を述べさせてもらうっす…それって、ここに来てから何度か見てるボルカフロットワームじゃないっすか?』

しかし、ジムナーコは首を振らない。

『確かに類似している…だが、サイズが異常だ。今俺に伝わっている振動は法則性からみて単一の生物から出ているものである可能性が高いが、だとすれば震源は全長50mをゆうに越えることになる。』

カブウが顔を顰める。

『…ありえない話じゃあない。彼等は通常長くても20年前後で寿命を迎えるか老衰して他個体に貪られるかして命を落とす。が、稀に50年を越えても他個体を跳ね除けて生き延び、強靭な外殻を備えてより下層で生活するものがいる。えてしてそういうものは視覚より触覚に頼るようになるのだが…』

ジムナーコが怪訝そうに首を捻る。

『振動が停止した、理由は不明だが。』

その瞬間、打って変わってカント08とステガ15が全身の鱗を逆立てて騒ぎ出し、必死で左右に穴を掘り始めた。

彼等の反応、そして自身も感じる悪寒からカブウはそれを確信し叫ぶ。

『ヤバいっっ!俺達の存在はバレているっ!立ち止まったのは魔法の準備だァー!』

その直後、光が全てを押し流した。

 

『よし、当初の予定通り対象が逃げ込んだと推定される横穴を探索する。罠の警戒を怠るな!』

カエルの群れは既に蹴散らされ、烈火軍は勝利に湧き立っていた。

予定通りの10人が意気揚々と槍を突き出しながら横穴の内部へと突き進んでゆく。

勝利は時間の問題かと思われたその時、横穴から束になった光が激しく噴き出した。

中にいた10人を筆頭に巻き込まれた兵士達が大岩とともに宙を舞う。

咄嗟に負傷者を救助しようと駆け寄る兵士達であったが、動揺のせいか本当の脅威に対する対処が遅れてしまう。

1人の兵士がまた宙を舞った。

しかし、先程の光によるそれとは話が違う。

何故なら、日々訓練を怠らない、闘争の中に精神を置かない日はないと自負する彼等の強靭な肉体が濡れた紙のように容易く切り裂かれ、滾る熱血が蒸せ返るような空気に鉄の臭いを追加していたのだ。

同胞を刈った攻撃がくすんだ黄金色の牙によるものであることを確認すると、立ち上がれる兵士達は即座に円陣を組む。

しかし相手は烈火軍との戦闘経験もあるらしく、陣形を整えた相手に対して迂闊な追撃を繰り出してはこない。

1人の兵士が地中に消える寸前の牙に特徴的なシミを見つけ叫ぶ。

『この左牙に見える十字のようなシミはッッ、間違いない「カクレンボ」だッ!一等要注意個体のカクレンボが出たッ!』

狙いすましたように続く乱入者にウンザリした元帥スガリの眉間に皺が寄る。

元帥の二足竜が突然駆け出し、足元から飛び出した牙の脅威を回避した。

どうやら敵は顔を出した一瞬で既に司令塔を見抜いたらしい。

ならばと手綱を繰り、わざと足音を立てるように竜を走らせつつよく通る声で命令を下す。

『敵の狙いはこのスガリ!総員、敵が姿を見せた瞬間攻撃を開始せよ!』

直後、彼はあえて落竜し受け身をとりつつ地面を転がる。

足元に潜み獲物を狩る生物にとってそれは涎が出るほど美味しいチャンスに思えただろう。

立ち上がらない彼の周囲の地面が振動し、黄金色の鎌がその体を両断しようと飛び出した。

『今だッッ!総員、攻撃開始ィ!』

兵士4人がかりで牙を止め、地中に戻ろうとする敵を引き摺り出す。

顕になった頭部にすかさず槍が突き立てられた。

『いぃ⁉︎槍が折れちまったぁ⁉︎』

『ハッハー!かてぇなオイ!』

しかし、地中で200年以上も鉱物を沈着させ脱皮を繰り返した甲殻の強度は尋常ではない。

鋼鉄の武器すら意に介さないうねる金属塊とでもいうべき相手に烈火軍自慢の槍が小枝のようにへし折られていく。

が、彼等にとって武器の有無など瑣末な問題であり1番信用しているのはいつだって自らの肉体なのだ。

故に彼等は戸惑わない。

槍が通じないと見るや飛びついて強引に甲殻を剥がしにかかる彼等を嫌がってか、カクレンボは魔法で全身に小規模の爆発を発生させ鬱陶しい連中を引き剥がした。

結果、両者の距離は離れ睨み合う形となるが、状況は元帥を失わず敵を引き摺り出した烈火軍がやや有利であろうか。

せっかく騒乱に乗じて漁夫の利に与れると思っていたのに自ら戦闘をこなすハメになったからだろうか、鎌首をもたげ不機嫌そうに牙を打ち鳴らす敵を前に兵士達にもただならぬ緊張が走る。

ふと、竜上に戻った元帥の目に留まるものがあった。

それは最初の魔法攻撃で吹き飛ばされてきた大岩の一つで、奇妙なことに脈打つように動いていたのだ。

兵士達の間にも『なんだアレ…』と騒めく声が起こり始めているが、大岩のすぐそばでコチラを睨むカクレンボは気づいていないようだ。

程なくして大岩が割れる、そこから現れたのはまさに今自分達が追っている不遜なる侵入者達であった。

どういう理屈かはわからないが、彼等は烈火軍とカクレンボが睨み合っていることを把握していたらしくコチラを見向きもせずに逃走しそうな様子を見せている。

コレは面白くない状況である。

彼等を追いたい烈火軍はヘビ…もといムカデに睨まれて動けず、そのムカデが存在に気づいたとしても目下の脅威である烈火軍を排さない限りは足元の小動物等歯牙にもかけないだろう。

とれる方針は2つ、一旦引いて始末をカクレンボに任せるか、カクレンボを仕留めるなり撃退するなりして彼等を追うかである。

そのどちらもカクレンボや侵入者の戦力、時間の制約を考えると確実な方法とは言えない。

天下の烈火軍が半ば詰まされていた。

逃がしてはならないとわかっていながらも奥へ奥へと消えてゆく彼等の背中を目で追うことしか叶わない。

 

ジムナーコはカブウの頭の上で半分液状化しながら横たわっていた。

『さっきから馬鹿に元気がないね、せっかく厄介なのが潰しあってくれてるというのに。』

『細胞を使いすぎた、ただいま再生中だ…にしても栄養と水分が不足している。カブさんちょっと消化してもいいか?』

『ハハッ、軍曹殿も冗談が言えたんだねぇ。』

『俺は至って真面目だが…いざとなれば栄養液という手もあるがあれは合流してから使いたい。あちらも相当に細胞を失っているのを感じる。』

カクレンボの魔法で吹き飛ばされてきた大岩の正体はジムナーコの表面が焼かれた塊であった。

あまりのエネルギーに大量の細胞を使い続ける必要こそあったが、空気を含み積み重なった細胞の死骸は断熱性抜群の防壁となったのだ。

隙間から状況を確認し頃合いを見て脱出に成功した彼等だったが、ついにただでさえ高温環境に向かないジムナーコの体は限界を迎えつつあった。

『先程から激しく地面が振動しています…近くで地殻変動が起きているかもしれません。巻き込まれないように注意していきましょう。』

カラッパの言う通り地面の振動は既にちょっとした地震騒ぎのレベルを越えており、日々訓練を欠かさない彼等でさえも時折態勢を崩すほどであった。

突如、彼等は天地が逆転したと勘違いする程の突き上げを受け歩くことすらままならなくなった。

『なんだ⁉︎ここに来て地震か?』

『ダメだっ、もう立ってられないっすよォー!』

その言葉が引き金となったかのように岩盤は引き裂かれ、彼等は再び光に飲み込まれる。

先程と唯一違っていたのはその光が確かに覚えのある安心の象徴が放つそれと同じものであったということだ。

『この光は…もしや!しょ…』

ドチャッ、確かにそんな音だった。

地面に空いた大穴から飛び出した何かが壁に叩きつけられたのだ。

一行は目を見開いてそれを見る、蜃気楼で若干揺らいではいるもののその姿は間違いなく胴体に大穴を開けた太陽神ウランであった。

手足は力無く垂れ下がっているが、その手には艶かしく輝く大太刀をしっかりと握りしめている。

あっけに取られる彼等の前に、一瞬遅れて光を纏うブライトが姿を現した。

『ム、今度はお前達か。巻き込んでないといいが…オリレはどうした?まさか本当に俺が…』

『…オリレ先輩は敵を引きつけるために殿を。』

『…そうか。この下で恐らく軍曹の片割れとジュラ少年がターゲットと戦っている。援護せよ。』

ブライトが指差した縦穴は相当深いようで、彼によって照らされているというのに底が見えない。

ジムナーコの調子が十分でない今、どうやって降りたものか思案する彼等をブライトがせっついた。

『早く行ったほうがいい、いくらサンバイザーをかけてるとはいえ直接ウランに対峙し続けるのは好ましくない。』

『え、ウランなら倒したんじゃあ…』

『みくびらないでほしいなぁ。』

地の底から轟くような声でウランが話し出す。

体に大穴を開けられて尚、神は笑っていた。

『本当に俺が倒されたら地上は永遠の暗闇さね。氷より冷たい世界が歴史の連続を一瞬で断ち切るだろう。ま、ここにいる俺は分霊体だし倒されてもどうということもないけど。』

大穴が一瞬で痣一つ残さず塞がる。

『おっと、分かれたのなら倒せるなんて思ってない?図にのっちゃあいけない。星はそこにあるだけで圧倒的な光と神秘を産む…たかだか一匹の生物が造った光がその核にとどくと?』

不気味に嗤うウランの背中から液体と見紛うほどに濃い焔が溢れ出し、地面を舐めてゆく。

立ち昇る紅炎と蜃気楼はその圧倒的な熱を持って怪物のシルエットを浮かび上がらせ、大太刀の輝きは凶暴性を増すと同時にたちまち周囲の全てが溶け落ち蒸気へと変わる地獄が広がってゆく。

『不安を口にする暇はない…行け‼︎』

カブウ達は迷いなくその穴に飛び込んだ。

どんな高さから落ちるとしてもあのメルトダウンの中にいるよりはきっといい。

部下が十分に離れたことを確認し、ブライトは高らかに吠えた。

 

『飛び込んだはいいが着地はどうする?今の軍曹殿に全員を保護する余裕があるとは思えないが…』

『侮るのはお辞め願おう、この程度困難のうちにも入らない!』

ジムナーコがウニッと体を伸ばすも本当に再生が追いついていないのか壁の一端にすら届かない。

『割と負けず嫌いなタチかい?ではここは一つこのカブさんが漢を見せるとしよう。』

大きく息を吸い込み、力んだカブウの触手は台座にヒビが入るほどの勢いで伸びて通り過ぎてゆく壁に深く突き刺さる。

その姿はさながら立ち枯れした木の内部に張られた蜘網のごとしだ。

しかし、それはブライト隊のメンバーだけならまだしもよく成長した二足竜二頭まで受け止められるほどではないだろう。

それを察したジムナーコがコニワにハンドサインで何かを命じた。

『承知しましたァン!【ヒドロン】!』

空中から水が湧き出し、ジムナーコの体が残さずそれを吸い取る。

スライムを構成する細胞そのものが大きく膨らみ、強度は大きく下がるものの体積はカブウの触手をカバーするのに十分となった。

『文字通りの水増しだ。』

色の薄まったスライムが触手をコーティングし、その先端でフック状の構造を作り出す。

その時かの網は完全となった。

全員の重量を受け止め、速度を軽減しつつも確実に下へ下へと向かっている。

程なくして彼等は辿り着く、地底の奥のそのまた奥地。

場所で言えばイオンとジュラ・ジムナーコが別れた溶岩きらめく三叉路に近いだろうか。

今は打って変わって紅い大河と化したその場所で着地の拍子に頭から溶岩へと飛び込みかけたカラッパが慌てて後ずさる。

『ばびぶあついば…おういん、耐熱ゅもんぼ唱えておで。』

ジムナーコが意味不明な言葉を声を発する。

なんのことやら検討もつかないカブウとは裏腹にコニワとカラッパには意図がハッキリと伝わっていたらしく、2人は即座に【デフロン】と呟いた。

『滑舌…おっと舌はないんだったか。とにかくそれに準ずるものが絶望的になっている気がするんだが…声変わりか何かで?』

『あー、軍曹殿は水分多すぎるとこうなっちゃうんすよ。どうも表面の振動がうまくいかないみたいで。』

『ふばばなにはいい、早くたららにをあおお。』

『今のは『無駄話はいい、早く戦いの場所を。』とおっしゃっています。』

『よくわかるねぇ…えーとそうそう場所だった。こーゆーのは鼻の効く彼等に聞いたほうがいい。しばし待たれよ…ふむふむぬくぬく…お待たせした。彼等の嗅覚が指し示すには向こうの上り坂からイオンの臭いが、この目に優しくない流れの先からジュラと軍曹殿の臭いがするらしい。』

『てことは、ここを行くことになるんすね。…どうやって?』

『俺のおでこは仲間内じゃ猫の額って評判だったからなぁ。全員乗るなら慎重にいかないとね。』

『…カエルなのに?しかし多少飛ばしてもらわなければ…』

キュェェェー!

洞窟内に竜の声が反響し、空気を震わせる。

全員の視線がその元へと注がれ、そこにいたのは我に秘策ありとでも言いたげなカント08とどこか達観したかのような憂いを帯びた表情を浮かべているステガ15の姿であった。

 

 

 

 

 

 

ジュラ・パズズはすでに耐熱スーツの電源を切り、視界を塞ぐだけとなったヘルメットを投げ捨てていた。

彼のスーツは度重なる修羅場でズタズタになっているうえ魔力も枯渇に近い現状、機能維持に使われる僅かな分すら惜しいのだ。

当然すぐに肌を熱気が炙り、息をするたび喉が燻蒸されるが文句を言ってはいられない。

先程、敵の誘導を成功させた時は体にみなぎる万能感に浸ることもできたが、冷静に考えれば戦力差はいかんともしがたいものがある。

たった30分ちょっとのチェイスで彼はその事実を嫌というほど突きつけられていた。

次元の違う怪物2人が時に散歩でもするかのように壁を走り、時に命が宿っているかのように動き回る溶岩を引き連れて絶え間なく追ってくるのだ。

彼は後悔していた、後1時間くらいは兄弟喧嘩させて体力を削っておくべきであったと。

その考えを見透かしたかのようにジムナーコが失笑する。

『ハッ…言っておくが先延ばしにしたとて何も変わらない。連中は恐らくここ2ヶ月は休み無しで殴り合いを続けていることを忘れたか?』

一見余裕があるように取れる言い回しではあったが、言葉の端からは疲労感と焦燥が僅かに漏れ出ていた。

実際にその移動速度は落ちていたし、反比例してジュラに触れるスライムの粘度は明らかに高まっていた。

『くっそー、体力オバケの熱々ブラザーズが〜!こんなの無理難題だろうがよぉ。』

『…水が足りない、水筒か何かを持っていないか?どんな僅かな量でもいい。』

『一応ある、中身はハーブティーだし飲みさしだけど…』

『ハーブティー持ってこんなとこに来るやつがいるとはな。俺にかけろ、少しはマシになる。』

ジュラが蓋を捻った瞬間、溶岩の中から飛び出した金属塊が丸い水筒の腹を撃ち抜いた。

手元から噴出する湯気に驚き反射的に手を離してしまうジュラ、当然水筒は重力に従い岩肌で一回バウンドして燃え盛る大河に飛び込んでいった。

『ヒャッホイ!ビンゴォ〜!』

溶岩から飛び出したヒートが嬉しそうに腹を抱え、すかさずジュラはそちらに向けて魔法陣を展開するが、狙われた本人はというと悪戯っぽい笑顔を浮かべながら一点を指差している。

そしてその先には…

『ジュラ!ボサッとするな、すでに接近されているっ!』

そこで少年はようやく気づく。

彼とジムナーコの背後にはホットが天井を走って追いついてきていた。

巨体が下に跳躍し、力任せに腕を振るう。

ジュラは強引に魔法陣を変換し、無比な膂力から繰り出される裏拳を【プロトン】によって受けることに成功した。

しかし、あくまで受けただけである。

半透明な魔力の盾が一瞬のうちにひび割れ白濁する。

咄嗟に持たないと判断したジュラは剣を構えた。

幸い足元はジムナーコのおかげで安定している。

魔剣の輝きが最高潮に達したのと盾が粉砕されたのはほぼ同時だった。

『魔剣 バール アメーリオォ!』

衝突の余波が空間を震わせ、溶岩を巻き上げた。

ホットは勢いよく溶岩に叩き込まれ、魔剣は主の手を離れて半分溶けた岩に突き刺さる。

2人のエネルギーに押されてジムナーコが加速できたのは嬉しい誤算だった。

レベルの違うバケモノと競り勝った自分を超甘やかしてやりたい気持ちは山々だが、速やかに魔剣を回収しなければ溶岩の底に沈んでしまうだろう。

ヤケドしないことを願いつつ、すぐさまジュラは右手を伸ばす。

『…?…………え?』

その右手は前腕部の中程から関節が増えたように折れ、そこから先は力無くぶら下がっているのみだった。

指に全く力が入らない感覚に戸惑った後、ワンテンポ遅れて炙った刃物を突き刺されたような痛みが腕を駆け上がり始める。

最早剣を回収するどころではなく、彼は絶叫した。

『ッツ…がアアァァアァァ‼︎アグゥ!オオッ…』

思わず背中を丸めた瞬間に襲ってくる強烈な吐き気。

それを無理矢理押さえ込もうと力めば、再び腕から痛みのシグナルが脳に叩きつけられる。

視界が明滅し、遅れて這い寄る内出血の感覚に脳が現状の理解を拒んでいる。

ジムナーコが何か言っているようだが全く内容を理解できない。

すでに魔剣は彼の操作可能範囲を遠く離れ遥か後方に突き立っていた。

追い討ちのようにとっくに体勢を立て直し、再び攻撃を仕掛けようとするホットが溶岩から飛び出す。

ジュラが利き手と引き換えに得た戦果は前腕の痣一つであった。

弟の能力で溶岩製の重く強靭な形状の籠手を纏った一撃がジュラに止めを刺さんと振り下ろされたその時、2人の間に人影が割って入り攻撃を正面から受け止めた。

壁に叩きつけられたその人物を咄嗟に回収したジムナーコが気づく。

『オリレ⁉︎なぜこんなところに?』

それは深層に落ちた時自分達と別れた筈のオリレであった。

彼女は少し咳き込んだ後、ボソボソと何かを話しだす。

腕の痛みに意識を持って行かれているジュラには全く伝わらなかったが、ジムナーコは全てを理解したらしい。

『なるほど、それで崩落に巻き込まれてここまで落ちてきたと。これほどの戦闘、無理もない。…会話はできるか、ジュラ?』

『なんとかな…むしろ黙ってると気が狂いそうだ…』

『無理はするな、そして希望を捨てるな。状況は追い風だ。』

『無茶言ってくれる…大体なんで追い風なんて言え…ヤバイッ、潰されるぞッ⁉︎』

前方で溶岩が不自然に盛り上がり洞窟を断ち切るように壁として形成されていく。

現象は明らかにヒートの能力によるものだった、おそらく逃げ道を塞ぎここで彼等を仕留めるつもりなのだろう。

しかしジムナーコには確信があった。

溶岩壁の前でピタリと立ち止まり、ジュラは困惑する。

息遣いが聞こえそうなほどすぐそばに兄弟は迫っていた。

『オイ!何やってんだジムナーコ!殺されるっ、動かなきゃ殺されるぞ!』

『大声はやめろ、傷が悪化する。それに俺は言ったぞ、追い風は来ていると。ならば帆を広げるのみ…コニワ二等‼︎壁を‼︎』

『承知しましたァ‼︎【リ・ヒドロン】』

水平に進む大きな水の塊がヒートとホットを押し除け、溶岩の壁に激しく衝突し、白い湯気を撒き散らした。

ヒートの能力はあくまで液体状の岩石を操る能力である。

よって、多量の水と接触した溶岩の多くが固まり流体を維持することができなくなると自然と壁は瓦解する。

ジムナーコはジュラとオリレをスライムで包むと急激に加速し、スルリと壁に生じた隙間を通り抜けた。

後を追って2つの影が飛び込んでくる。

それはよく見知った顔、濃厚なる一朝一夕の相棒、カント08とステガ15であった。

『生きてたかこいつらめ〜!会いたかったぜ!』

腕の痛みを一瞬忘れるジュラに2頭は後でたらふくいい餌食わせろよと瞬膜を上下してみせた。

しかもオマケに別れたブライト隊の面々も背中にしがみついているらしい。

そのまま彼等は溶岩の上を駆けていく。

その足指の間にはそれまで畳まれていた水掻きのような構造が展開し、焼けた表面の鱗が断熱材の役割を果たしているようだ。

『なるほど、「クレフランナー」種は元々活火山に生息する種を品種改良したものだと聞く。呼吸はなんらかの手段で外気を冷却しているのだろう。そして、俺の感覚が正しければ冷却法は…やはりか!』

ステガ15の鞍の隙間からやや水気の多いスライムがひょっこりと姿を現し、ジムナーコが伸ばした体の先端に飛びつくと即座に融合する。

ジムナーコはようやっと完全に至った体の調子を確かめるように腕の先端をボルカフロットワームの頭部を精巧に模した形状へと変え、打ち鳴らして見せた。

同時に彼は把握する、隊が分たれてから起きた全てのことを分体と共有し理解した。

『てかカブさんはどこだ?まさか野生にかえ…』

『分体の記憶によればイオンに合流するため別に動いている。…今何言いかけた?』

背後からの轟音に全員が振り返る。

飛び散った溶岩の壁、その向こうに誰が見ても怒り心頭、鬼神の様な相貌になったヒート&ホット兄弟がいた。

盛り上がっていた遊びに冷や水を掛けられたのが相当気に食わなかったらしい。

増えた不愉快な異物に対して、言葉もかけず2人が同時に襲いかかった。

『ここは俺が対処しよう。お前達は前だけ見ていろ。』

ジムナーコが体を伸ばす。

『軍曹殿!栄養液をお忘…もう無い?』

ジムナーコがホットに向けて高速で栄養液が入っていた瓶の欠片を複数打ち出す。

自らも猛スピードで移動していた彼は自らガラスの礫に向けて突撃し、顔に当たる痛みに対し反射的に顔を押さえた。

途端に兄弟のコンビネーションは崩れ、つられてホットも姿勢がぐらつくがギリギリで踏みとどまり周辺の重力場ごと敵を引き裂く一撃を目の前のスライムに叩き込む…算段だった。

突如、姿勢が前につんのめり同時に腰周りに鈍い痛みを感じる。

足の間から確認すると、自慢の尻尾を壁から生えたスライムの手ががっしりと掴んでいた。

『失礼します、王子殿下。』

ジムナーコは下を向かせたホットの顎を一切の手加減無く蹴り上げ、尻尾を掴んだ手が勢いを失ったその体をヒートに叩きつけた。

鈍い音を立てて壁に叩きつけられる兄弟、その視界には腕を巨大な槌に変化させたジムナーコが写っていた。

彼等が回避行動に移る間もなくそれは振り下ろされ、地震に引けを取らない振動が地下空間全体を慄かせていく。

ジュラは本気のジムナーコの戦闘レベルに羨望やら呆れやら複雑な顔を浮かべていた。

『どっちがバケモンかわかったモンじゃねーや。俺と戦ったのなんか遊びもいいところじゃねーかよぅ。』

『少しは元気になった様だな。だが、世間的には化け物は俺の方だろう。』

『冗談だからそんな悲しい顔すんなって。』

『であれば気にしないことにしよう。そうそう、これをくれてやる。今のうちに腕を治療しておけ。』

ジムナーコから刀身の無くなったサーベルの柄が手渡された。

『添木のやり方は知っているか?仮に自信がないならそこのオリレ上等は衛生兵だ、任せてもいい。』

『はぁ…じゃあ大事をとってお願いしとくぜ。』

コニワの呼びかけに手を振って互いの無事を喜んでいた様子のオリレは自身の仕事対象を確認すると途端にジュラの方へと向き直り、作業を開始した。

彼女の手つきは鮮やかなものでみるみるうちに少年の右腕は装飾の少ないシンプルな柄と真新しい包帯によって固定されていく。

程なくして彼の腕は動くかどうかはともかく少しはまともに見える様になった。

実際に限りなく正しい位置に戻った骨が、筋肉が、血管が損壊を補おうと全力で再生を進めているのを感じる。

医学とは偉大なものである、少なくとも後遺症は残らなさそうだ。

『何か正面が明るい。広い空間になっているのか?総員、前方にも警戒せよ。』

腕の具合を確かめつつ正面に向き直ったジュラから見ても、ジムナーコの言う通り洞窟が彼等の行先で開けた場所につながっているのは明らかだった。

ここよりは涼しい場所であることを願いつつ、魔剣が無い今唯一頼れるイオンコメットを構えて集中力を研ぎ澄ます。

彼等が飛び込んだそこは重力を嘲り笑うような空間だった。

 

流動する紅い溶岩は空中に球状、もしくは円柱状に纏まって浮遊しその間を不安定ながらある程度の規則性を持つ軌道で刺々しい岩石が飛び回っている。

地面と呼ぶべき場所がどちらかもわからない複雑怪奇な重力場は、例えるならあらゆる方向から乱雑に力を加えられたスノードームのようだ。

或いは宇宙が燃えていた始まりの世に作られたオーレリーだろうか?

後を追って飛び込んで来た兄弟が顔を見合わせて口角を持ち上げる。

この場所をどう表現すべきかはわからないがこれだけは言える。

ここは敵のホームグラウンドで、自分達は飛んで火に入るなんとやらになりかけている。

彼の目から見た状況は芳しいとは言い難かった。

『オイオイ何のサプライズだぁ⁉︎グーゼン俺達の修練場に出るなんてよ。』

『何でもいいぜ兄貴ィ、どうせここは行き止まり。コイツらと決着つけようや!』

『もとよりこちらもそのつもり…総員、ここで任務は敵対勢力の鎮圧に移行する。肉体強化を忘れるな!』

『『『ハッッッ!』』』

ジュラも腹を括りもう一度銃のダイヤルを確認しようと手元を覗き込む。

『ああ、そうだ。ここからは自分の身は自分で守れ。こちらも余裕があるわけでは無いからな。』

突如、ジムナーコに体の中から弾き出される。

状況への理解が追いつかないジュラの思考はスライムのひんやりとした感触に慣れ始めていた足をねっとりと覆う不快な熱に引き戻され、一瞬の逡巡の後にここがどうしようもなく高所であることを彼に認識させた。

『ひぃん!イヤッッ、怖いっ!』

揶揄われたら自害もののひどい悲鳴を上げつつ落ちていくジュラ、恐怖に塗りつぶされた彼の体は魔法を使うどころかもがくことさえままならない。

ジュラは自らの意識と共に深くへと落ちていく…わけではなく時間にしてほんのコンマ1秒程度で何かに受け止められる。

触り心地の良い少しざらついた感触…目を固く閉じていても容易にわかるそれはカント08の鱗に覆われた背中だった。

『っっそー、ジムナーコの野郎コイツらに乗ってろってことならそう言えよなぁ。アンチコミュニケーションモンスターめ。てかずっと気になってたんだが溶岩の上なんか歩いてお前ら熱くないのか?』

2頭が同時に金切り声を上げた。

これは言葉の通じないジュラにもわかる、たぶん『熱いに決まってんだろうが‼︎』と半ばキレ気味に言っているに違いない。

『悪かったよぅ…そんな怒んなって。』

開戦のゴングがわりであろう熱々兄弟の大音声が轟いた。

 

兄弟は普段からよほど頻繁にこの場所を利用しているのだろう。

足場の位置を完全に把握し、完成されたコンビネーションで豪快且つ緻密に敵を潰しにかかる。

最初にその対象となったのはカラッパであった。

狙いが自分であると即断した彼は跳ね回る死から逃れるため壁面を蹴り空中の溶岩球(といっても表面に浮かぶ固まった部分だが)に着地する。

だが、その程度では逃れられない、逃してもらえない。

迫り来る火山弾のような2人を止めたのは彼のチームメンバーだった。

ホットの首にオリレがナイフを突き立て、ヒートの背中からコニワの水の魔法剣が叩き伏せた。

2人は敵の狙いが定まった直後にはカラッパをサポートするため動いていたらしい。

しかしそこは強者を礼賛するヒノ国の頂点、ホットは口で止めたナイフを噛み砕きオリレを尻尾による殴打で吹き飛ばした。

『驚いてんじゃぁないぜ?次はテメェの番だからよお‼︎』

続け様にヒートも剣の下からスルリと抜け出し体を捻って兄のそれより細く鋭利な尻尾をコニワの首筋に振り下ろした。

しかし既にジムナーコの腕が彼を回収に動いていたためその一撃は空を切る。

回収されながら挑発するように剣先を軽く動かすコニワに血が上るのを禁じ得ない兄弟、その隙を見つけたか彼等が狙いを定めた獲物が小さな牙を剥いた。

【ミシャオ・エルジーク】

カラッパの呪文に呼応して彼自身の影が濃縮され、数本の刃へと形状を変えてゆく。

完成したそれは直角的で不規則な軌道を描いて目の前の巨漢2人に襲いかかった。

咄嗟に手足を縮め防御姿勢をとる2人にまとわりつくように影を束ねた刃が連撃をかけてゆく。

しかしその刃は何十と振るおうと彼等の薄皮一枚裂くことも叶わない。

力不足を理解しカラッパがその場を離れる。

同時にジムナーコは手近に浮遊していたフランポポの体躯をゆうに越える大きさの岩石を防御姿勢のままの2人に叩きつけた。

爆砕する巨岩、しかし吹き飛んだ人影2つは円柱状の溶岩へと飛び込み潜行する。

呆れ返るほどの頑丈さに歯噛み(歯は無いが)しつつもハンドサインで部下に指示を飛ばし、4人はまるで空中を歩くかのように自在に陣形を変えていく。

数秒後、溶岩の中から姿を現した兄弟は人間の小細工を真正面から叩き潰さんと黒曜石の鎧を纏い、どれほど妥協しても剣とは呼べぬ黒々とした巨大な板切れを携えていた。

彼等の有り余る腕力で振るわれるそれがどれほどの威力を見せるのかは容易く想像できる。

赤く尾を引く怪物2人と牙も爪も持たない人類が生み出した兵法の極致は瞬間的に何度も交わり、空間内に歪な金平糖のような模様を描いてゆく。

上方で高レベルの戦闘が展開される一方、下方を走る竜の背中から上を見つめるジュラはイオンコメットを構えるのみで全く撃つことが出来なかった。

何しろ彼等だけで戦闘は完結しているのだ。

それどころか訓練によって到達しうる、ある一種軍隊の完成形の1つとすら言えるブライト隊の奮迅っぷりは、むしろ部外者の介入を許さない雰囲気を漂わせている。

実際、ジュラが生半可な援護をしてもその瞬間に陣形が崩れ戦況が不利になることは目に見えていた。

しかし彼はこうも考える、道中ジムナーコは確かに『お前という大きな戦力』と言った。

現在の司令塔であるジムナーコがジュラの力を必要としている…衣を着せる歯もないスライムの言葉を信じ、彼はひたすら自分の出番を待つ。

足元からは2頭の竜が溶岩の雫を巻き上げる音だけが響いていた。

数分か数十分か、気分的には千夜にも劣らない密度の時間を経てそれは訪れた。

それまで堅実な攻撃でじわじわと兄弟の体力を削っていたブライト隊であったが、遂に綻びが生じたらしくコニワがヒートの大剣を躱し切れず剣を真っ二つに折られて吹き飛ばされる。

並の風よりも高速で岩壁に叩きつけられたコニワは吐血して体の制御を数瞬失い、ヒートもそれを見逃す男ではない。

すぐさまトドメの一撃を加えんとカラッパの小弓を躱しつつヒートが溶岩の中を最高速度で移動し始める。

その様子を見たジュラは忠実なる名竜に命じた。

『跳べっ!カント!全力で俺を押し上げろーーー!』

二足竜の大腿筋が音を立てる程収縮し、伸縮とともに開放のエネルギーが突き抜ける。

高さは十分か、敵の位置は本当に掴めているのか、魔力が枯渇するのではないか、そもそも自分の魔法が通じるのか、よぎり続ける余計な考えを隅に追いやり彼は左手の銃の引き金に指をかける。

『まずは…刺さなくていい、押し出しさえすればそれで…【カチュウセン】』

空中に浮いた1つの結晶から冷気の槍が生成され、少し回転しながら狙いを定める。

狙うべきは一点、溶岩の表面が船の通った跡のように揺らぐその先端。

彼は下を見ないように若干目を瞑りつつではあったが、迷い無く槍を放った。

浮遊する紅い道に深々と突き刺さった槍はヒートのローブの裾を貫き、彼を外へと引き摺り出す。

ローブの頑丈さが仇になったか、ちょっとやそっともがいても抜け出せない様子だ。

慌てて助け舟を出そうとするホットの顔面に、ジムナーコによって空になった栄養液のビンが叩きつけられ小気味良い音を立てて割れる。

舞台は整った、あとは勝利の彗星を呼ぶだけだ。

『くたばれ熱々オトウト!最大パワーのイオンコメットだぁーーー!』

銃口先端につくられた小さな光弾は瞬き1つよりもずっと短い時間で急速に傍聴し、竜の吐息のような規格外の威力を誇る光線を放った。

ヒートを巻き込んで溶岩の道を断ち切り、球を貫き、大岩を消し飛ばす。

下手をすればそれ自体が新しい怪物となり得る少女お手製の兵器とその正統なる所有者は理不尽を振りまく本物の怪物を地の底に押し込んだのだった。

全身の力が抜け、魔力が急速に失われたのをひしひしと感じるジュラ。

全身を包むどうしようもない気だるさの渦中にあっても彼の顔は微笑み達成感に満ちていた。

一方、明らかに取り乱したのはホットである。

両者共に稀有な程絶大な力を持って生まれた兄弟は互いが自分以外の誰かによって倒される姿など想像だにしていなかったし、そんなことはあるはすがないとどこかで思い込んでいたのだ。

常識、前提、それに類するものが崩れた今の彼は完全にただの丈夫な肉人形であり、最早戦士とは呼べないだろう。

そんな中、ジムナーコは最も確実に対象を無力化する手段を既に講じ実行に移していた。

スライムを伸ばして半開きとなったホットの口に押し込み、呼吸器系を急速に侵略していく。

反射的な防衛反応かすぐさま咳き込み、怒りに任せてジムナーコを重力で壁に衝突させるホットであったがどうも何か様子がおかしい。

関節の動きが機械のように仰々しくなり、まともに着地もできず溶岩の上を滑り落ちる。

カラッパとジムナーコを除く、その場の誰もが状況を飲み込めていないようだ。

『4個だ…そろそろか?』

ホットの胴体が一瞬膨張し、口と鼻から白い息を吐き出してきりもみ回転し始める。

ジュラは知る由も無いが対地底人特効アイテム冰爆によるものである。

『成功、これだけ使えばたとえ稼働中の溶鉱炉の中に放り込んでも半日は動けない筈だ。』

思うように動けないジュラの襟首をステガ15が咥え隣を走る黒い背中に放り投げる。

絶望的な高所でお手玉されたジュラであったが、勝利を確信していた彼は恐怖が麻痺したか気にも止めていない。

勝鬨の声を上げ、浮遊する岩や壁にしがみつくジムナーコ達に手を振る。

だがしかし無情なるかな、彼等は一手足りなかった。

 

空洞の底に溜まった溶岩は兄弟2人を飲み込み、急激に泡立ったかと思えば次の瞬間、深みを流れるマグマの一部が強引に吸い上げられてゆく。

地底の怪物は最後の咆哮を轟かせた。

全身にビリビリと響くその絶叫に、臨戦体勢を解きかけていたジュラの体が急いでスイッチを押し戻す。

そこで彼はジムナーコ達が皆下の方を見て引き攣った顔を浮かべていることに気づく。

見たくも無い奈落に目をやると、頭がクラクラするような高さの底から大口を開けた岩漿の龍が這い登ってきていた。

状況から見てジュラがヒートを仕留め損ねたのは明らかだったが、それまで行使していた能力の規模を考えれば明らかに大きすぎる。

ましてや2ヶ月以上動きっぱなしの相手にそんな体力が残っているのはあり得ない。

龍の吻端から周囲の空間が揺らいで見えるほどの重力場を身に纏ったヒートが顔を出した。

『テメェらぁ!これで最後だ、俺達兄弟の究極ゥ…越えて見せろや‼︎龍脈奥義 華彩流ッッ‼︎』

己自身を核とし、重力のサポートで本来の操作可能量を遥かに越える溶岩を操ることでつくられた巨大龍は、強引に掻き集めた素材の影響か何色もの輝きを鱗に宿している。

全てを射竦める眼光はまるで目の前の塊が本当に生きているのではないかと錯覚するほどだ。

恐怖よりも絶望よりも、むしろそのスケールに圧倒されていたジュラは無数に生えた龍の腕が触れた壁が炎天下のアイスクリームのように溶ける様子とジムナーコの声で正気を取り戻し、氷の呪文を頭の中でリピートする。

ハッキリ言ってわかっている。

今の魔力では碌な抵抗もできないこと、たとえ全開の魔力量だろうと目の前の馬鹿馬鹿しくなるような物量の前では雀…いや、豆蜂鳥の涙に等しいことなど痛いほどに。

すぐそばを上から来た小さな球形の物体が通り過ぎてゆく。

今のがホットを討った謎アイテムなのだろうか?

しかしおそらくそれも無駄だろう。

ジュラの心は既に生存を諦め、不可思議な程思考はクリーンになっていた。

命の危機に遭いすぎてどこかおかしくなったのかと自問してみるもすぐに心の中の自分は首を振った。

これは自分には決して成し得ない現象の体感に伴う、畏怖またはある種の諦観だ、その日ジュラ・パズズはなぜ世に「信仰」が産まれるのかを理解した。

死を受け入れた少年の中にたった一つの心残りがよぎる。

それは彼に向けていつものように人懐こい笑顔を向ける少女の顔、ボディーガードの約束を交わした生粋の冒険バカの姿だった。

悪魔が契約に反するなど言語道断、笑いものもいいところだがここで死ぬ彼にもう護衛を遂行する力は無い。

『ごめんな…お前は生きて出ろよ‥って、え?』

ふと顔を上げた彼の目に映ったのは降り注ぐ膨大な量の水だった。

下は大火事上は大洪水、そんななぞなぞをどこかで聞いたことがある気がするが今の状況は文字通りのそれだろう。

慌てて竜達とともに浮遊する岩塊に飛びつき姿勢を低く保つ。

直後、水が五感を覆い尽くした。

響き渡るその音は水蒸気爆発か火龍の苦悶か、頭をガンガン鳴らす耐え難い振動に思わず手を話しかけたその時、ジュラは鼻っ面に突っ込んできた丸い物体に正面衝突し水流に押し流された。

溺れる者はなんとやら、ジュラはぶつかってきたそれに掴まりなんとか水面に顔を持ち上げる。

酸素を五体に行き渡らせ自分が掴んだものを見ると、それはヒビだらけになってはいるものの見覚えのある青色のフルフェイスヘルメットであった。

しかもその首穴からは華奢な体が伸びており手足をバタバタと動かしている。

おそらくヒビから浸水しヘルメットをロックしたのを忘れて溺れかけているのだろう。

ジュラはドジな相棒との再会に口元を緩め、ヘルメットのロック解除ボタンを押した。

途端に中から濡れてピンク色の濃くなった髪が引き抜かれ、渇望していた新鮮な酸素を享受し始める。

『ぷは〜どなたかわかりませんがどうもありがとうございます〜私溺れ…あ!』

それは紛れもなくイオン・アイシクルその人だった。

『いやーなんていうか…久しぶり?ジュラ』

『別れてから1時間も経ってねーけどな。お互い死に損なったってトコか。この水は?』

『まぁ色々あってね〜湖壊しちゃった。ま、それも後で教えたげるよ〜』

『ハハ…なんじゃそりゃ無茶苦茶だ!お前って奴はホントさぁッッ!サイコーだぜホントなぁ!』

『でしょー?…って、ねぇジュラ?私の見間違いかもしれないんだけど、今腕がポッキリ折れたような…』

『あ、固定取れちまったのか。意外に痛くねーもんだな。ん?ああイオン心配すんな、ちょっと腕折れただけで…』

『え、嘘⁉︎大丈夫?痛くない?病院だよ病院!えーと1番近いのはどこだっけ?ああでも今日定休日だったらどうしよう。そしたらもうお医者さん攫ってくるしか…いやでも先に痛み止めとか買うべき?でもそんなことより…むぐ。』

久々にマシンガントークモードに移行しかけたイオンの口にふやけたカンパンを突っ込み、ジュラは周囲を見回す。

大量の水を浴びた龍は口から裂けて黒々とした岩の床となり、その中に半分埋まったヒートは完全に活動を停止している。

洞窟を満たす湯気の中、今度こそジュラは確信する。

ここに地底の大決戦は終結し、地中より出づる災害の源は確かに封じ込められたのだ。

未だ轟々と流れ込むやや濁った水の音は戦いの終了を告げる銅鑼にしては微妙ではあるが、勝者は確かに彼等だった。




過去1長くなっちまいやした。
反省反省
今回登場した一等要注意個体とはヒノ国獣害対策部が指定する危険度の1つで複数の生命、または小規模集落に壊滅的な損害を与え得るものが該当しています。

登場人物

カクレンボ
種はボルカフロットワームだが、通常より遥かに長生きしたことでより深くの環境に適応した獣害対策部指定一等要注意個体。
基本的に正面戦闘は好まず待ち伏せや不意打ちによる奇襲を中心に据えた狩りを行う。
尚、決して正面戦闘が不得手なわけではない。

用語集

ヒドロン
空中の水蒸気を水に変える魔法。
広義の冷却魔法に含まれる。

リ・ヒドロン
ヒドロンの出力を上げた魔法。
この系列の魔法は周囲に水分子が無い状態で使用するとほぼ成功しない。

クレフランナー
武里国でガケバシリという鱗王目の一種を岩場での物資運搬に利用できるよう品種改良したもの。

ミシャオ・エルジーク
自身の影を複数の小さな刃へと変え不規則な軌道で対象を襲わせる魔法。
軌道や数は使用者のイメージに依存する。

信仰
何かを対象に祈ること。
それ自体が周囲の魔力に影響を与え対象になんらかの効果を及ぼすことがある。
時に、多くの信仰を集めたモノは性質が変化して神霊と成ることがある。
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