魔剣王正伝   作:プルプルマン

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最近世界観を同じくする別作、骸慧博物誌書き始めました。
よければ読んでやってください。


番外編 零天使-2

出発から3日…天使ゼロと魔法使い山威はブツクサ文句を垂れながら金槌を振るっていた。

というのも、彼等の借りた馬車がどうもしょっちゅうグラグラ揺れるので、気になって確認してみれば車軸周りの構造がガッタガタになっていたのだ。

ということで、まったくのシロウトなりに修理の真っ最中である。

『あのタヌキオヤジめ、適当な整備しやがって。手前の客を殺す気かよ。』

『口より手を動かせ、ゼロ。もうこの際まともに走ればそれで良い。』

その時、エリシャと替わりばんこに双眼鏡で景色を見ていた燐が2人に呼びかけた。

『ねぇちょっと見てみてー!あの馬車襲われてるー!』

『マジか、どんな状況だ?悪党じゃないなら助けてやらねーと。』

『お節介が過ぎるぞゼロ、我々は逃亡の身であることを忘れたのか?』

『天使はいつだって善なる者の味方だ。今はまぁ例外だが。』

『んーとねぇ…お、中から強そうな人が出てきた。用心棒かな?襲ってるのは…オオカミかなぁ。なんかでかめのクマくらいあるけど。』

『てことは群れか。助太刀した方が良さそうだな。』

ゼロが双眼鏡を受け取り現場の確認をする。

しばらく覗いた後、彼は何かを発見したのかピタリと動きを止め口角を持ち上げた。

『喜べヤマイ、人助けの理由ができたぞ。襲われてる馬車、馬宿のものだ。』

『渡りに船…いや馬車か、ただでさえ手持ちは少ない。修理代を節約できるなら上々だな。ところでこの中で戦力たりえる者は?』

『ハイ!私、ちょっと冷たい息吐けます!』

『ハイ!自分、種族的特徴上人間より力弱いです!』

『論外だァ!』

結局、ゼロと山威の2人が馬車を助けに行くこととなった。

黒い翼の天使はこれまた黒いスーツの男を抱えて丘の上から滑るように飛んでいく。

最初にそれを察知したのはオオカミの群れのボスだった。

短く一声発し、仲間に不審物の到来を知らせる。

オオカミの陣形が変わったことで馬車の用心棒も彼等に気づいた。

『気づかれたか、作戦通りに行く、降ろすぞヤマイ!』

『ちょっと待て、まだ結構高…のわっっ!』

ゼロに雑に放られ地面を転がる山威だったが、草まみれになりながらも2発の銃弾を放つ。

本人のメガネがどこかに吹き飛んでいるにも関わらず、弾丸はそれぞれ正確にオオカミの胸を捉え、腹部にかけての毛皮を赤く染めていく。

仲間への攻撃に怒り狂った若い雄が男の頸椎を噛み砕こうと飛びかかるも、突如空中に出現した半透明の障壁に阻まれ引き下がった。

山威が札を正方形に並べて作り出した即席の防御壁である。

『どなたか存じませんがありがたい!ともに戦っていただけますか!』

『いや、それより中に入っておくべきだ。決して危害は及ばない。』

困惑する用心棒の男をよそに山威は大量の札を取り出し、馬車に貼り付け始めた。

『えっ、えっ、何この紙?』

用心棒の視線は完全に山威を不審者扱いするものだったが、彼は一々そんなことに拘泥しない。

というかもう慣れた。

『いいからいいから入った入った。ゼロ、準備完了だ!』

周囲を冷気が支配し、オオカミ達はより警戒を強める。

その視線は馬車の屋根上に立つゼロに注がれていた。

彼の手に冷気が凝集し一本の黒い氷柱へと変化していく。

ジャベリンのように放たれた氷柱は地面に突き刺さった瞬間、勢いよく地面を隆起させ、そこを中心とした巨大な氷柱を出現させた。

揺れる馬車の上で彼は満足げな表情を浮かべていた。

『よし、詰める部分はあるがひとまず新技完成だ。名付けるならブラックモンブランってところかな。』

衝撃が収まり山威が馬車から顔を出した時、既にオオカミは逃げ去っていた。

 

 

『ああこれね、単に経年劣化ですね。うち来てくれればすぐに部品取り替えますよ。』

馬宿の主人はゼロ一行が2時間どうしようもなかった問題を見て数秒で解き明かし、その先までをも示してくれた。

やはり専門家は偉大である。

『あ…そうですか…では、ご一緒させてもらっても?』

ゼロの問いに主人は願ったり叶ったりといった様子で答える。

『もちろんですとも!いやお強い御二方がいらっしゃれば我々も一安心ですよ。すぐそこなのでお時間は取らせません。』

厚意には上手く甘えるのもまた礼儀、二台の馬車は並走を始めた。

数分後、それぞれ御者を務める馬宿の主人と山威は雑談に興じていた。

『ご主人、この辺りではどこもあんなオオカミが出るのですか?』

『ええ、最近は少なくなりましたが一昔前はしょっちゅう馬が食い殺されて怒り狂う父を見たものです。学者の先生方が言うには「オオオオカミ」とかいう動物だそうで。』

『それは…その、なんというか…』

主人がカラカラと笑う。

『バカみたいな名前だと思いましたでしょう?私もそう思います。しかしまぁアレが厄介なんですわ。今回のことであの群れも離れてくれれば良いのですが。』

『アレは銃撃しても倒れませんでしたが、それほどタフなのですか?』

『ブ厚い毛皮に石の如き肉と骨で、並の銃や刺突では話にもなりませんからな。旦那さんの銃じゃ有効射程は4mってとこですかね。』

『しかしその距離じゃもう食われてますな。』

2人は乾いた笑いを漏らす。

そこからしばらくは他愛無い談笑の時間が続き、会話が止んだのは馬宿の明かりが見えた直後であった。

『ご主人、この馬車についてですが。』

『おお、部品交換だけなら今日中にでも終わりますよ。』

『頼もしい、交換していただきたい部品は車軸周辺と車輪、そして馬の蹄鉄です。』

『ふむ、車輪に蹄鉄?そりゃまたどうして…』

『さらに言えば外した蹄鉄を別の馬に付け替えて、その二頭を繋いだ馬車をどこか適当に走らせていただきたい。どうか、理由は聞かず。』

普通ではない申し出に主人は額に皺を寄せて考え込む。

程なくして彼は顔を上げた。

『いいでしょう、恩人の頼みです。何も聞かないし今日のことは忘れます。』

『感謝します。料金は明朝にまとめてお支払いします。』

話が想定よりスムーズに進んだことに安堵しつつ金属輪の中に拳銃をしまう。

古臭い交渉術の出番は無さそうだ。

 

 

 

 

 

『たしかに逃げるんなら足跡は消していった方がいい気がするけど、路銀は?』

『ポケットマネーから出してやる。1つ貸しだぞラシリア。』

ゼロ達はその日の晩を馬宿併設の小屋で過ごしていた。

流石に大掛かりな改装は時間がかかるためここで待ってほしいとのことだ。

もちろん宿泊は別料金である。

窓際のベッドを取り合ってわちゃわちゃしている燐とエリシャをよそに山威は黙々と机に向かい、ゼロはその作業を眺めていた。

彼は裸電球にぶつかる羽虫を払いつつ、長方形の紙に慣れた手つきで呪文と紋様を記していく。

『ほんのちょっとした疑問なんだが、それ全部手書きで用意してたのか?』

『ああ…俺が扱う魔法の流派は準備が肝心だ。とはいえ複雑すぎると不便だから3種の札を組み合わせることでやりくりしている。最近は紙代もインク代もバカにならないからな。特にこのインクはこっちじゃ中々手に入らない。』

仕上がった札は1枚1枚光に透かして出来栄えを確認する。

『地道なもんだな。まぁ早めに寝ておけよ。』

『ああ、銃のメンテを終えたら寝る。』

結局窓際のベッドは2人で使うことに決めたようだ。

掛け布団の膨らみからは既に寝息が聞こえ始めていた。

 

そして翌朝…

雄鶏が鳴き出すより早く朝焼けの空にクシャミが響いていた。

何度も体を震わせているのはエリシャである。

熱こそ出ていないものの鼻水は大洪水を起こしている。

『せっかくベッド4つの部屋とったのにこれじゃアホ丸出しだな。』

『うるせー、自分の勝手だほっとけ!』

『ごめんね私が冷たすぎたせいでー。私、罪なオンナ!』

体温が常に10℃を下回っている雪女と寝所を共にした彼女は見事に風邪をひいていたのだ。

彼等の後ろでは主人が感謝を述べ、別れを惜しみつつ山威相手に算盤を弾いていた。

商売人の鑑である。

注文通り、取り替える前の蹄鉄をつけた馬は馬車に繋いで野原を走り回らせておいてくれるそうだ。

しきりに朝食(追加料金)を勧めてくる主人に別れを告げ、彼等はまたサーペルタ自治区へと轍を引いていくのだった。

 

 

 

 

『しくじったな、あの主人にも天使見てないか聞いとくべきだった。』

御者席に座ったゼロが1人ごちる。

幌の中では結局一睡もできなかった山威が壁にもたれかかって船を漕いでいた。

何しろ暖かな初夏の昼間である。

同じくウトウトしていた燐がふと布を押し上げて後方を見ると、そこには馬車に迫る3つの騎乗した人影があった。

『お、いえーい。ねーねーオッちゃん起きてー!』

挨拶がわりに振った手を無視されても燐はめげないのだ。

『なんだ灯焆…さっきから騒がしいぞ…。』

『後ろから人来てるからさ、ゼロに避けるよう言ったげてよ。』

『自分でやればいいだろう。』

『え、めんどいからやだけど。ほらグーってしてくれてるのよ、グーって。』

『なんだそれは、そういう時は先に『避けるから先に行け』のサインを…』

布の間から後方を窺った山威は息を飲む。

中央にいる黒い山高帽の男は季節も夏だというのにブ厚い外套を着込んでおり、両脇に控える男達は裾が広くだぶついた衣と鋲を打った鉢のような帽子を着用していた。

彼は知っている。

その服装がミクラミ王国特有のものであり、彼等の乗る馬も同国における門外不出の「ミクラミ・グランネ種」であることを。

そして、たしかに燐の言う通り中央の人物は一見きわめて友好的に親指をサムズアップしているように見える。

しかし、恐らくそこに平和主義者はいないだろう。

『速度を上げろっ、ゼロ!追手が来た‼︎あれは友好のサインなんかじゃあ無い!距離を測られているッ!』

 

 

 

『馬車の速度が上がった。気づかれたと見るべきだ。』

男は前方に伸ばした腕を見つつ考える。

『約42mか…25m、いや確実を期すなら20m以内には近づきたい。いづれは馬のスタミナ差で追いつけるだろうが始末は速やかに行うべきだ。』

前を行く馬車の中から紙切れのようなものが飛び出し幌にペタペタと張り付いてゆく。

『ヤマイの札か、さっき話した事は覚えているな?作戦を忘れないうちに行け。』

左の男に何かを投げ渡しつつ命じる。

両脇の2人は黙って頷くと両サイドに膨らんで馬車を包囲にかかり始めた。

 

 

 

『よし、そうだ。念の為に中にももう少し貼り付けておこう。』

馬車内の3人はせっせとあちこちに呪文の書かれた札を貼り付けていた。

『これでこの中はちょっとしたシェルターになる。尤も、奴にはどこまで通じるか…』

『いやーまさか敵だったとはねぇ。投降して騙し討ちとかしない?』

『いいねぇ!じゃあ自分あの黒帽子をスパッとやっちゃおっと!』

『あまりナメてかかるな…奴らは訓練されたミクラミの兵士。この距離なら拳銃は撃ってこないだろうが、短弓や魔法なら十分射程範囲内だ。』

『じゃあこっちもオッちゃんの魔法で反撃だ!自分リンと一緒に応援係で!』

『悪いが遠距離は苦手なんだ。とても3人は倒せない…何より危険なのは黒帽子の…』

徐にエリシャが飛び上がった。

『ヒャ!冷たっ!ちょっとリンー、変なとこ触るなしぃ。』

『私なんもやってないわよ?』

天井から液体が滴っている。

無色無臭、粘性ほぼ無し…どこにでもあるありふれた水だった。

『雨漏り?』

『いや、コレは…まさかッ、魔法か⁉︎マズイな、外の札が剥がれ落ちる。』

既に内部に貼り付けられた札も呪文が滲み、効力を失いかけていた。

シェルターが単なる札の無駄遣いに終わったことに焦る山威、その耳に今度は確実に呪文が聞こえた。

【グラーラ・ドゴン】

『何か撃ち込んでくるぞ!伏せろっ!』

3人が這いつくばった直後、拳より一回り大きい岩が幌を引き裂いた。

そのまま馬車内で跳ね回り、積荷を破壊する岩。

それが3人に当たらなかったのは幸運と言えるだろう。

数回跳ねてようやく岩が暴れるのをやめ、燐の目の前で停止する。

そこには見覚えのある形、今朝取り替えた筈の蹄鉄が血に塗れて突き刺さっていた。

『趣味が悪いことしてくれるなぁもう。私だんだん腹立ってきたわ。』

『同感だな、しかしまずは状況確認だ。鏡を持ってないか?』

銃に弾を込めつつ山威は布を押し上げ、エリシャの手鏡に写した外の様子を確認する。

『右の男は近いな、そろそろ銃にも警戒すべきか。左の男は遠いな、だが方向からみて岩を撃ち込んだのは奴だ、警戒せねば。…マズイ、黒帽子が近づいている。』

その時右の男が銃弾を放ち、手鏡を正確に撃ち抜いた。

『ああ!高かったのにぃ!』

山威は御者席にも聞こえるよう声量を上げる。

『弁償代の請求なら全員再起不能にした後で連中の財布にすればいい。それより問題は戦いを避けられないところだ。奴等の馬はミクラミ・グランネ品種、スタミナには定評があるっ!』

『いずれ追いつかれるってことね。じゃあもういっそ近づかせて馬車で轢いてやりましょ!』

『さぞ快感だろうが不可能だ。あの黒帽子の男は識別名ノーカンZ(ズィー)、絶対に近づかせてはならない奴筆頭、黒子鷺の人間兵器だ。』

『人間兵器?なんかの喩え話?そんな危険なヤツ?』

『文字通りの意味だラシリア。昔チラッと資料を見ただけで詳しいわけではないが、俺は奴を…あの無機質な殺意を知っている。奴は薬や魔法で体を弄られた「人工能力者」、そしてその能力は近くにある生命の根幹…医学的に言う脳幹の探知・破壊だ。』

『えーと、それってどんくらい危ないの?』

『苦痛を感じる間も無く即死する。だから危険なのだ。』

車内に緊迫が走る、もう既に自分たちの命は握られているかもしれないのだ。

山威はエリシャにもう一つの銃を手渡した。

『使い方はわかるか?牽制にはなる…この馬車は今トップスピード、逃げ切りは無い。徹底抗戦あるのみだ。』

【グラーラ・ヨリス】

馬車が急激に揺れる、しかし直接的攻撃といった様子では無い。

車輪を確認したエリシャが驚きの声を上げた。

『うおっ!車輪に土が絡みついてる⁉︎これじゃあまともに走れない!』

馬車は僅かずつスピードを落とし、追手達は淡々と距離を詰めてくる。

万事休すかと思われたその時、御者席のゼロが始めて言葉を発した。

『ヤマイ、操縦代われ。後、警護も任せる。』

『は?何を…?』

手綱を握る手が変わったのを馬達も感じ取ったか、少し身を震わせる。

『ヤツから見れば俺たちがどこかに文書を隠した可能性もある。1人は生かしておきたい筈だ。俺ならそうする。つまり、これが1番生存%を上げる方法だっ!』

ゼロは馬車後方に向けて飛び出した。

 

 

 

借りてきた兵は想定より優秀だったらしい。

ガクガク震え速度を落とす馬車を見てノーカンZは考えを改める。

おかげでもうじき御者を含めた全員が射程距離に入るのだ。

馬車後端から距離にして約28m、彼の人工眼球には既に3つの脳幹の位置を示す白い点が映し出されていた。

数秒後、少し離れた白点が一つ加わったのを確認すると彼は手を突き出す。

後は強く握り込めばそれで…馬車から何かが転がり落ちた。

咄嗟に馬の脚を潰されないよう手綱を引く。

彼の目の前で土埃に塗れた塊は止まった。

白点が見えている、どうも生物ではあるらしい。

『ああ痛え…翼も足も…労災降りるといいなぁ…』

ゼロとノーカンが対面した。

元々兵士達には1人確保できれば全員始末と指令を出してある、彼の仕事は目の前の薄汚れた天使を拷問することに変わった。

馬を宥め、その背から降りる。

『なぁアンタ、絆創膏持ってないか?天使の服って薄着でさぁ、あちこち擦りむいちまった。』

返答は無く、横たわるゼロの頭に山高帽が被せられる。

直後、ノーカンは帽子ごとゼロの頭を踏みつけた。

『ガブッ!ゴオッ!』

無言のまま変形し顔に張り付いた山高帽に水筒の水をかける。

気道を塞がれ苦しむゼロにもその冷たい声はよく聞こえた。

『天使様、ここに3つのルールを決めよう。1つ、質問は此方からのみ、逆転は許さない。2つ、正直に答えろ、欺瞞は許さない。3つ、この場において上は私だ、傲慢は許さない。以上だ。』

『ごぼぼっ…どうやって俺たちを追ってきた!足跡は消した筈だ!』

再び顔を踏みつけられる、今度は口の中に血の味が滲んだ。

『ルールを忘れるな、質問は此方からだ。しかし答えてやる、結構ムカついたんでな…蹄鉄を付け替えられた馬を見た時、心の底からやられたと感じた、賞賛すら覚えた。だが、同時に思い上がった小賢しいカスには確実に始末をつけなくてはとも感じた。』

男はわざと大きな音を立てて拳銃を装填する。

『蹄鉄を誤魔化そうと馬の体重までは変えられない。短期的には水分で結構変化するが、それもせいぜい20kg以内…足跡の沈み込みで十分判断できる範囲だ。』

ノーカンが帽子を蹴り上げ、ゼロの目の前に何かを落とす。

それは馬車内に打ち込まれたものと同じ血塗れの蹄鉄だった。

『なぜこんなモノを持ってきたかわかるか?文書を盗むことがどれほど短絡的で浅薄なる行為か理解させてから殺すためだ。…文書はどこにある?』

『俺が持ってる、見せてやるからしゃがめよ。』

右足首を踏みつけられ、ゼロが顔を顰める。

『ぐあっ…ひでえな、折れてんだぜ?』

『ルールを忘れるな、気に入らない答えだ。それで真実は?』

『あの馬車の中に置いてある。ただ一筋縄じゃ見つからないだろうがな。』

ノーカンが銃の撃鉄を起こす。

『臓腑を切り裂いてでも見つけ出す、心配は要らない。次の質問だ、目的は?』

『金になるからに決まってるだろノーメンヤロー。』

翼を鉛玉が撃ち抜いた。

『〜〜ッッ‼︎グゥ…』

『ルールを忘れるな、立場を弁えろよ。』

『今回ばかしは本当だ…嘘は無い。』

ゼロの視界の隅でカエルが跳ねた。

『…喉、渇いていないか?』

『は?何言って…』

ノーカンが拳を握り込むとパチュっと音を立ててカエルの目から光が失われた。

彼はその死骸を拾い上げるとゼロの頭上でゆっくりと握りつぶし始める。

『私は自然愛好家ではないが聞いたことはある。全ての両生類は多かれ少なかれ体内に毒を有しており、それは外敵からの防衛や体表の消毒に使われると。…喉、渇いていないか?』

『まさかその搾り汁を飲ませる気か⁉︎畜生!やめろぉーー!』

痙攣する足を伝って糸を引くカエルのスムージーがゼロの口元に届きそうになった時、彼は跳ね起き氷柱の剣を作り出した。

翼こそ本当に撃たれたが、足を痛めているのは真っ赤な嘘である。

『浅知恵が…読めているぞ!』

しかしゼロの奇襲は読まれていた、ノーカンが能力を行使しようと右手を突き出す。

既にロックオンは完了している。

後は拳を握り込むだけ…のはずだった。

だが、突き出された手は地面から伸びた氷によって貫かれていた。

もはや拳どころか指を動かすことさえ叶わない。

『起点は掌だろ?一度見りゃ十分わかる、チェックメイトだなノーメン!』

氷柱の剣が煌めき、ノーカンZの左腕を切り飛ばした。

太い血管の切断に伴う失血、それで幕引き…とはならない。

既に男の左腕は機械だったのだ。

血の一滴も出ない相手に舌打ちしつつゼロは畳み掛ける。

どちらにせよ右手は固定している、回避手段は無い。

『汚らしいカラスが…侮るんじゃないぞ。』

ノーカンは右手を自ら分離し氷柱の一閃を紙一重で躱す。

能力は使えないがそんなことは問題ではない。

彼の右手には最新鋭の技術を用いた機銃が仕込まれていたのだ。

銃口を攻撃後で隙を晒したゼロに向け起動する。

しかしゼロは肉骨粉にはならなかった。

急激に意識が薄れ倒れ込むノーカン、彼は知りようもないがその後頭部には馬の蹄がめり込んでいた。

大人しく草を食んでいた男の馬の腹部には、ゼロが作り出した氷の棘が突き刺さっており、これが拍車代わりとなって目の前の主人を踏みつけてしまったのであろう。

暴走する馬を躱し、氷の槌で作動直前の機銃を叩き潰す。

疑いようの無い決着であった。

まだ息があるノーカンを氷で拘束し馬車の援護へと向かう。

(思ったより時間かかっちまった、死んでないといいがっ!)

痛めた翼を無理矢理動かしゼロはヨタヨタと飛び始めた。

 

 

 

時は少し巻き戻りゼロが飛び出した後の馬車は、1人確保するという目的を達したためか容赦の無い攻撃に晒されていた。

車輪は使い物にならないうえ御者は素人同然、すでに銃撃戦の間合いに入り込んでいた。

既に幌はメッシュ加工されたように穴だらけで、反動に耐えられないエリシャや燐が撃った弾はどことも知れぬ方向へ飛んでいくばかりだ。

『いちち…肩外れるぅ!オッちゃんどうやってこんなの撃ってんの?』

『見直したわよオッちゃん!』

『その言葉、ありがたく頂戴しておくが反動はどうしようも無い…敵は訓練されたエリート、依然不利は変わらないか…』

遂に馬が一頭頸を撃ち抜かれた。

痙攣して斃れる巨体、千切れる手綱、崩れる車…そして残された馬はパニックを起こし暴走する。

馬と共に生きてきた兵士達はその繊細な動物の習性を熟知していた。

たちまち馬車は山威の制御を離れメチャメチャに走り始める。

もう反撃どころでは無くただ手近な場所に掴まるしかできない。

幸いなのは巻き込まれないようミクラミ兵達も距離を取ってくれたことだろうか。

暴走を続ける馬車が向かう先には断層が隆起したのか崖のようになっている丘があった。

このままでは激突し全員死亡で終幕だ。

山威は持てる限りの力で手綱を引き、ブレーキをかける。

その甲斐あって馬はなんとか落ち着いたが、世界には慣性というものがある。

馬車は勢いよく崖に叩きつけられ、バラバラに粉砕されたのだった。

 

『おいどーするよぉ〜ヤツら燃料なんか積んでやがったらしい。想定外だ、火ぃ出ちまってる。』

水魔法の兵士が顔色を青くしている。

『バカか!さっさと文書回収すんだよバカか!そして鏖殺だ!』

土魔法の兵士も焦ったように馬を急かし事故現場へと向かう。

燃え上がる炎の中で倒れている者が1人、それ以外は見当たらない。

兵士達は銃を構え慎重に近づいていく。

炎の目と鼻の先まで来たその時、2人の耳にポスンと何かが落ちる音が届く。

そちらを見ると真新しい鞄が炎の中に落ちて燃えている。

問題はその中身だった。

僅かに空いた鞄の口からは文字がびっしりと書かれた紙が見えている。

『おいまさかまさかよぉ〜あれが文書なんじゃないか?』

『バカか!燃えちまうだろうバカか!早く消すんだよ!』

【リ・ヒドロン】【グラーラ・ヨリス】

その2人は互いに呪文を唱えた彼等の隙を見逃さなかった。

炎の中に倒れていた人影が立ち上がり、放たれた銃弾が土魔法の兵士の頸椎を撃ち抜く。

人影の正体は大量の札を身に纏って火を防いでいた山威だった。

同時にほぼ空になった水袋の中から燐が姿を現し、両手で構えて尚大きすぎる銃を放つ。

しかし反動に耐えかね軌道はまたしてもあらぬ方向に。

同僚を殺され怒り狂った水魔法の兵士が山威の頭に狙いをつけるも、地中から音も無く飛び出たエリシャに背後から組み付かれてしまう。

『離れろこのクソガキがぁ!全員脳天ブチ飛ばしてやるっ!』

彼女の手が兵士の喉に添えられ、内部に沈み込んでゆく。

『ヒッ…な、なんだ?何をしてやがるんだ?なんか呼吸がどんどん苦しく…あっが………』

大声を上げたばかりの兵士は、いとも簡単に酸素不足に陥り気絶した。

倒れた兵士を縄で縛りあげエリシャが離れる。

同時に兵士は呼吸を再開した。

『便利な能力だ。お陰で助かった。』

『物質との同化、ホントはオッちゃん達にも見せたくない隠し玉なんだけどなぁ。今回はしょうがないか。』

『銃弾のダメージを抑えたのもそれか?』

『まぁそういうことになるかな。それより、オッちゃんもリンも大丈夫?』

『私はダイジョーブ!ピンピンしてるよ。』

『ウソつけぇ!大丈夫なわけあるかァ!』

燐の体は2本の金具に貫かれていた。

『オッちゃんったら心配症だなぁ。むしろ炎の熱のがヤバいって。こんなの引っこ抜いてツバつけときゃ治る治る。』

燐がブチブチと金具を抜き取る様子に、山威は見てる方が痛いと言わんばかりの顔を浮かべる。

『うっ…オッちゃん!』

『どうした灯焆!やはりヤバいのか⁉︎痛むのか⁉︎』

燐が山威の手を取る。

『指にささくれできてるよ!大丈夫⁉︎』

『今俺は確信している、世の中には確実に自分より重傷者から心配されることでしか得られない困惑があると。』

『まぁリンがいいならそれでいいんじゃねー、さて後は天使様がどうなるかだけど…お、やっぱ目立つなぁ。』

空に黒い影が見え、徐々に近づいてくる。

それは山高帽の男を抱えたゼロであった。

降り立った天使を3人が囲む。

『馬車が燃えてる理由とかリンが血塗れの理由とか色々聞きたいことはあるが、全員生きているようでよかった。』

『ゼロこそ元気そうで何よりだわー』

『ゼロ、その男はノーカンZか?生け捕りにしたらしいな…』

『ああ、色々聞きたいこともあるだろ?もしかしたらコイツを使った取引もできるかもな。おい、起きろ。』

拘束され、地面に転がったノーカンはただ淡々と言葉を紡いだ。

『ちっぽけなクズどもが期待を抱くな。この問題はもはや我等の領分を超えている。私はしくじったが、追手はあらゆる手段で殺しにくるだろう。』

台詞はただそれだけ。

ノーカンが最後に初めて見せた人間らしい表情は憐憫だった。

それが改造されこき使われてきた自分に対してなのか、戦いに身を投じてしまったゼロ達に対してなのかはわからなかったが。

その奥歯からカチッと音が鳴る。

咄嗟にゼロが3人を氷の壁で保護した直後、男の体に仕込まれた爆弾が作動した。

遠くの木で爆発の衝撃に驚いたリスが木から転げ落ち、慌てて逃げ出す。

氷の壁は崩壊寸前で持ち堪え、その前には僅かな血溜まりだけが残されていた。

『ノーカンZは死んだ…のか?命令のために自爆か…ふざけてやがる。』

『奴は人間兵器で、兵器とはもとよりそういうものだ。1人、生かしておいてよかった。』

山威が拘束しておいた兵士に歩み寄りその異変に気づいた。

すぐに首に手を当て表情を強張らせる。

『此奴も…死んでいるッッ!』

『え、ウソ!自分そんな長く喉塞いでない‼︎』

『ラシリアのせいではないらしい…これを見ろ。』

山威が兵士の口から取り出したのは彼自身が身につけていたカフスボタンであった。

『このボタン…裏側に窪みがあり、そこにペースト状の何かが付着している。おそらく自決用の毒だろうがな。』

結局、彼らが得たのは僅かばかりの小銭と装備品だけだった。

受けたダメージから差し引きすれば虚しい程にマイナスだろう。

きっとこれから先も同じように、覚悟の決まった連中から得るものの無い戦いを何度も仕掛けられるのだろう。

疲労を隠せない4人は次なる追手が来る前にいそいそと歩き出した。

『そういや、馬車燃えてるけど文書はどこへやったんだ?』

『本物はオッちゃんが持ってる。便利な魔法で羨ましいよねぇ。ちょっと教えてよ。』

『門外不出だ、仮にそうでなくとも絶対教えないが。』

『ケチ、減るもんじゃなし教えてくれてもいいじゃろがい。ねぇ、リン。』

『ホントですことエリーさん、やあねぇ。』

『やですわねぇ、オホホ。』

『勘弁してくれ…』

不幸中の幸いか残った馬一頭と追手の馬3頭、4人が乗る分の数は確保できていた。

 

 

 

 

 

ひたすらムシムシとした熱気が押し寄せるサーペルタ自治区、ここゴンドワナは区内でも屈指の治安の悪さで知られる場所である。

そんな場所の料理店で彼等は作戦会議をしていた。

司会進行はゼロである。

『いいか、わざわざ高い個室を予約したのはセキュリティがバツグンだからだ。誰にも聞かれないから忌憚ない意見を出してほしい。まず、大天使アド・アドはなぜここを目指しているのか、だ。』

しかし誰も手は上がらない。

『なんか喋ってくんないと進まないんだが。』

エリシャがサイコロステーキを3つまとめて口に放り込む。

『お、うま!…そんなこと言われてもぉ、天使様にわからないもん自分達にわかるわけなくないですかぁ?』

『そーだそーだ、まず誰だそれー!』

燐がスープ皿を舐めようとして山威に嗜められている。

『くっそー、人の奢りだからって高いもんばっか頼みやがって…てめーら見た目通りお子様ランチでも食ってろ!』

『恨むんなら過去の自分を恨むんだなー!ふはは美味いわ!』

燐とエリシャが高笑いする。

顔を覆うゼロの肩を山威が叩いた。

『まぁなんだ…その、気を落とすな…』

『なんとしてもヤツは俺が倒さなきゃならないんだ。それが最善なんだ…』

『あまり気負うなゼロ、世の中自分が思う以上に代わりはいる。なんの仕事か知らないが、肩に力を入れ過ぎると成功するものも成功しないぞ。』

『そうだよ〜ゼロ〜こんだけ人いるんだから手分けして聞き込みすれば絶対見つかるって。ごはん食べときなよ〜』

その言葉には確かに思いやりが含まれていた。

この行動も彼女達なりに気を遣ってくれているのかもしれない。

『わーお、でかいエビ!そそられますなぁエリーさん。』

『酒もじゃんじゃか来ましたぜリンさんや。』

訂正だ、絶対にそんなことは無い。

結局、作戦会議は碌に出来ないままゼロも乾杯の輪に引き摺り込まれたのだった。

 

数時間後…

『だからぁ、俺はポカやらかした上司追ってきたの‼︎いつだってバカ見るのは俺たち下っ端なんだよぉ!俺だってあの人殺したくねーよぉ!』

『うぅ〜大変だったねゼロぉ、よしおねーさんからのプレゼントだ!もう一杯お呑み!』

『オッちゃんくんさぁ…そんなことで一流のスリになれると思ってんの?この業界そんな甘く無いよ?』

『すみませぇん!俺は…俺は恥ずかしいです師匠ぉ!こんな、ミミズ以下の自分がっ!ふぐっ、うぅ〜』

『フッ、涙が出るならまだ登れるな…すべてを越えた高み(ムショ)で待ってるぜ。』

泣き上戸を発症したゼロを燐が甘やかし、山威はスリ道を極めるためエリシャに弟子入りするという地獄めいた事態が発生していた。

現在素面なのは燐だけである。

『うぅ〜、呑みすぎてトイレ行きたくなってきた…ちょっと席外す…』

『向こうにあるらしいよ、新しい料理注文しておくね〜』

ドアを開け、おぼつかない足取りで便所を探す。

焦点の定まらない目であちこちを見回していると、後ろから声をかけられた。

『差し出でがましいようですが、手洗いならそちらですよ。』

『ああどうも…え?』

礼を言おうと後ろを振り向いたゼロの前には、よく見知った片翼の大天使アド・アドが立っていた。

途端に酔いも醒めていく。

『久しぶりだな、ゼロ。その後キチンと修練は積んでいるか?』

『なんで…アド先生がここに…?』

『そんなことは後でいいだろう?それより、トイレ大丈夫か?』

その言葉で尿意を思い出し、慌ててトイレに駆け込む。

情報の整理が追いつかない、なぜここで鉢合わせるのか?

彼が便所から出た時には既にアド・アドの姿は無かった。

(酔いすぎて幻覚でも見たか…?)

頭を軽く小突きつつ部屋へと戻る。

番号を確認し扉を開けると、未だ馬鹿騒ぎを続ける3人とともにアド・アドが酒を呑んでいた。

幻が幻でなくなったことに絶句するゼロに燐が嬉しそうに呼びかける。

『あ、ゼロ!見つけたよ!この人で合ってる?』

一瞬にして部屋の中に霜が降り、スープの脂が固まり始める。

『全員離れろォーッ!何を企んでいるアド・アドッッッ!』

テーブルに飛び乗ったゼロに氷柱を突きつけられ、大天使は困ったように笑う。

『いや、久々に会ったお前と酒宴を楽しもうとお邪魔しただけだ。いやホントに。まぁ事情は其方のレディから大体聞いたが…ここじゃ迷惑になる、会計を済ませて町の外れにでも行かないか?』

冷静になったゼロが氷柱を納め、場の緊張がほぐれていく。

『それでいい、早くしろ!』

『そうだ、最後に胡桃のスコーンが食べたいんだけど…ダメか?』

『………二口で食え!』

料金はすべてアド・アドが代わりに支払った。

個人的に一室予約して1人食事をとっていたらしい。

会計の時に『一つ貸しね』とウィンクされたが、ゼロは無視した。

酔い覚ましに歩いて町外れの荒野へと向かう。

2人の間に言葉は無く、追従する3人も言葉を発しかねていた。

やたらと夜風の冷たい荒野で2人が距離をとって向かい合う。

最初に口を開いたのはアド・アドだった。

『天界の連中も相変わらず性根が腐ってるよな、俺の始末にお前を寄越すなんて嫌がらせと見せしめ以外の何物でもないだろうに。』

『大天使アド・アド、これより天界総督府の命により貴様を処刑する。』

ゼロの表情は窺えない。

『思えばいっつもお前は周りに噛み合わず遠くを見て突っ走っていたな。手を焼かされたもんだ。』

『罪状は星神アル・トリスの殺害及び魔術的破壊、これは天界法に照らして最も忌むべき大罪である。』

『たしか…トトルス村だったか。あの問題児が守護天使にまでなった時には驚いたな。お前の出世街道に俺のような救いようの無い石ころが入り込んでしまったこと、本当に申し訳なく思う。』

『よって!天界の総意でこの処刑は決定されている!神妙に受け入れろアド・アドッッッ‼︎』

『だが、俺にもまだやることがある。死ぬには早い、それでも俺を殺すと言うのなら…』

アド・アドの手に巨大な鉄塊が出現する。

それは剣に見えない程の圧を放つ巨剣で、この世の何よりも暴力的な雰囲気を纏っていた。

『お前も切るぞ、天使ゼロ・ゼロ。』

巨剣を片手で担ぎ上げた大天使が放つ強烈な殺意に一瞬怯むも、振り切って氷柱を生成するゼロ。

その素早い剣閃を大天使はすべて軽々と回避していた。

『もっと踏み込めゼロ、武器の大きな相手ほど懐は弱いと教えたろ?』

ゼロの翼から伸びた氷柱を避け、体を捻った大天使は目撃する。

両手が獣のそれのような形状の氷に覆われたゼロが目前にまで迫っているのを。

『白熊ーコンデンスッ!』

超インファイトの距離で放たれる獣の双爪、しかしそのいずれも大天使の命どころか皮膚にすら届かない。

『いい攻撃だ、この距離ではこちらは剣を振ることができない。実質的には右手を封じたとも言い換えられるな。では次に用心すべきなのは何か?』

大天使の左手が炎を纏い獣の両爪を簡単に握り壊した。

『それは能力への過信だ。何度も言ったぞ、戦闘で物を言うのはいつでも基礎技能だ…‼︎』

氷が爆散しほんの一瞬大天使の視界が覆われる。

それはゼロにとって絶対に欲しかった時間だった。

自身の今をありったけ詰め込んだ最大の技、その準備が整ったのである。

『ああ覚えてる…先生から習ったことは全部全部、全部が俺を生かしている。だから…これで終わってくれ、ブラックモンブランッッ‼︎』

僅か2mの距離から投げつけられた黒い氷柱は、ただ真っ直ぐに大天使の心臓を射抜く…………ことは叶わなかった。

彼の目の前で氷柱を溶かし尽くした燃える翼が揺らめいている。

『【フロン・バザリオス】、こういう呪文も世の中にはあるということだ。ではそろそろこちらの手番かな?』

大天使がゆっくりと剣を振り上げる。

ゼロは目の前で、それも数秒かけて行われているそれを止める気にもならなかった。

トトルス村での敗北で傷ついていた心が、底の底から折られていた。

下の方で燐達が何やら叫んでいる声も、今の彼の頭は情報として処理していない。

巨剣の一振り、ゼロの記憶と意識はそこで途切れた。

 

地上に落ちたゼロに駆け寄る者はいない。

生き残りが第一の彼等は大天使から目が離せなかったのだ。

大天使はそのまま何も言うことなく遠くの空へと飛び去り、3人が恐る恐るゼロへと近寄る。

その体はどこも切れてなどいない、単なる虚仮威しである。

数分後、目を覚ましたゼロはそれを一瞬で把握し、殺意を向けた相手に優しさで返されるという屈辱を深く深く噛み締めることとなった。

それは落下で背中に受けたじくじくとした痛みよりずっと耐え難い。

彼は3人に何を言うこともなく飛び立ち、ただ誰も知らない遠い森の奥で声も上げず絶叫した。




閏日に投稿してやったぜ、イェイ
燐は多分人の奢りとわかった瞬間、メニュー表の2・3番目に高い料理頼むタイプ。あと酒も

登場人物

ノーカンZ(ズィー)
黒子鷺の人工能力者。
捨て子だったところを開発候補として黒子鷺に連れて行かれた。

アル・トリス
天界に住まう占星術上の星を司る神。
桃が大好物。

用語集

オオオオカミ
一頭がクマくらいある巨大なオオカミ。
小型であればドラゴンすら捕食する平原の王者。

ミクラミ・グランネ種
荒地での走行とスタミナ勝負を得意とする馬の品種。
ミクラミ王国内でのみ飼育されており、国外に種を持ち出すと死罪である。

グラーラ・ドゴン
土で何かを打ち出す大砲をつくる魔法。

人工能力者
黒子鷺のプロジェクトにて機械や魔法、薬物で体を改造し擬似的に作り出された能力者もどき。
被験者300人のうち成功は数例である。

グラーラ・ヨリス
土や岩を対象に纏わり付かせる魔法。

フロン・バザリオス
翼に炎を纏わせる魔法。
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