魔剣王正伝   作:プルプルマン

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暑いよ暑いよぉ
でもアイスが美味いよぅ


閑話 〜待逢時〜
暗夜に悪魔あり


ヒノ国を立った翌日、未だ温泉パーリィ気分の抜けきらないジュラ・パズズは麗しき飛行船イオンフライヤーの中、言い知れない疎外感と孤独感を味わっていた。

というのも、昨日まで肩を組んでギャーギャー騒いでた船員達がやたらとよそよそしいのである。

朝から料理を拵えて元気に挨拶しても、帰ってくるのは『お、おはよ』だの『いい天気だよね』だとかの湿気た乾物のような言葉ばかり。

昨日の夜、ノリにノリ過ぎて何か全員の堪忍袋を一括カットするような地雷でも踏み抜いたというのだろうか?

(わ、わからん…俺は何をしでかした?集結しろ俺の全叡智!解を導けぇ!)

結局、わかったことは自分が極限まで記憶を掘り起こすと、角が変な微振動を起こすという謎の生理機構を持っているということだけだった。

(それなら、いっそ直接聞いてみるか…)

手始めに当たるべきはカブウであろう。

世界一包容力溢れる剥製(自称)はあらゆる若人の悩みを受け止め、大人として客観的な且つ感情に寄り添ったお悩み相談を得意とするっ!

『なぁカブさん、なんで今日だけそんな剥製として意識高いんだ…?』

ジュラが何度話しかけてもそれは答えようとはしなかった。

それどころか普段粘液に覆われた肌はカピカピに乾き、瞳孔からは意思の光が喪われているほどの徹底っぷりだ。

剥製らしからぬことだがおそらく、死体ごっこのマイブームでも来たのだろう。

『カブさんがアレならアミンだ!正直に教えてくれ、俺は昨日何かやらかしたんじゃないのかっ?だからみんなこうよそよそしいんじゃないのかっ?』

『ハ?ナニ一人デ盛リ上ガッテンダヨマヌケ。残念ナガラ昨日ノおめーノ行動に社会道徳的問題ハナカッタヨ、少ナクトモ船ニ戻ッテキテカラハナ。』

『むぅ、昨日は飛び立った後も騒いでたしなぁ…となると原因は夜の間か。アミン、何か心当たりは?』

『ソノ質問ニハオ答エデキマセン。』

『なんだ急によそよそしい…じゃあもうイオンに聞くから居場所教えてくれ。居そうなとこ探しても見つかんないんだよ。』

『ソノ質問ニハオ答エデキマセン。』

『…………赤いマントと青いマント、どっちがいい?』

『ソノ質問ニハオ答エデキマセン。』

『コイツッ…面倒だからって定型文モードになってやがるッ…』

『ソノ質問ニハオ答エデキマセン。』

『…ばーかばーか(小声)』

『ア?なめタ口キイテンジャネェヨ引キ千切ルゾ。』

『やっぱ聞いてやがった!まぁもう答える気はないってのはわかったよ。』

『精々アクセク動イテ探ッテミルンダナ。』

まっこと憎たらしいコンピュータである。

性能と性格のリソース配分がぶっ壊れているんじゃなかろうか。

となると残る証言者候補はイオンだけだが、機関室・自室・倉庫等彼女が居そうな場所はもう粗方探ってしまった。

アミン本体に体重を預けて考え込む。

スピーカーから露骨な舌打ちが聞こえるが気にしない。

極論全部屋廻ってみれば住む話なのだが、入っちゃダメな部屋もあるうえ、整理能力をどこかへ打ち捨ててきたイオンがどこに危険物を散らかしているかわかったものではない以上、あまり動き回りたくは無い。

結局、何か軽食でも作って誘き出すのがベターだろう。

キッチンへ向かって歩き出したジュラの耳に、まさしくその進行方向から爆発音が轟いた。

『………は?』

扉の隙間から噴き出る赤と黄色の煙、いったい何をどうしたらそんなものが発生するのだ?

急いでドアに手をかけ、煙を追い出しにかかるジュラであったがすでに部屋の中は毒々しい色に満ちており、一瞬にして視界が奪われる。

やっとのことで換気扇に辿り着いた彼がスイッチを押すとようやく悲惨な事件現場が姿を表した。

天井まで飛散した蠢くピンクのクリーム、何故か虹色に輝く普通の林檎、極めつけにはこぼれ落ちた小麦粉が空中で静止し謎の古代文字的なモノを描き出している。

その中心では端からどんどん変色しているエプロンを身につけた下手人、イオン・アイシクルが気まずそうに立っていた。

『いや、ジュラーえっとそのこれはー…誓って殺しはやってません‼︎』

『見りゃわかるわーっ!どうやったらあの色の煙出せんだ⁉︎なんで小麦粉は浮いてんの?なんでフルーツが変色してんの?そんでもってあのうぞうぞしてるクリーム何⁉︎むしろ生み出してるじゃん‼︎もう恐怖しかねぇよ!』

『うぅ…ごめん…たまにはオヤツでも作ろうかと思ったらなんやかんやで…』

『世界一気になり過ぎるなそのナンヤカンヤ!…ハァ、ものぐさイオンにしては感心っちゃ感心だが、出来もしねーこと無闇にすんなよな。ホラ、掃除やるから手伝えよ。』

『ありがとー、でももうちょっと使わせて。最後の仕上げをね。』

『これ以上何をカオスに導くと?まぁ見ててやるからレシピ通り慎重にやれよ。』

手を合わせるイオンに呆れつつも寛大な処置を下すジュラであったが、それに対する彼女の反応は器の広さを見せた(と自負している)彼の心に、強烈なアッパーカットを決めることとなる。

『え、ジュラ居るの?やだなぁ出てってよ。』

その言葉は地底での冒険活劇を経て、少女に全幅の信頼を寄せつつあったジュラに致命の一撃となった。

膝から崩れ落ち、ガックリと項垂れる1人の弱き少年、しかし無慈悲なる少女は容赦なく追い討ちをかましてゆくのだ。

『大丈夫?………あ、違うからね!別にジュラが要らないとか嫌いとかじゃなくて、ただここに居て欲しく無いだけだからね?』

『対して意味変わってねーよぅ!ちくしょうどいつもこいつも俺を家の中に偶に居る細こいクモみてーに扱いやがってぇ!』

『あれかわいいよねー。それはそうとほら、ドアはあちらですよ〜はりー、はり〜』

『ちくしょうぐれてやるー!』

ジュラは走り出す、もう人なんて信用するもんかという固い決意とともに。

そして、今日この日人類と地界に対する最悪の復讐者が産声を上げ…ることはなかった。

というのも、心では丸2日は部屋に閉じこもってやると密かに宣言していたジュラだったが、いつも夕飯を仕込み始める時間になると体が自然をキッチンの方を向き、食材を触りたいと手が震え出していたのだ。

これはもう立派な病気である。

自身の性分を嘆きながら恐る恐るキッチンのドアを開けるジュラだったが、意外にも中は小綺麗に片付けられておりあの惨劇の名残は感じない。

無論、イオンがこんなまともに掃除できるわけもないので、十中八九カブウが手伝ったのだろう。

概ね及第点と言える状態に回復したキッチンを見回していると、テーブルの上に置かれた紙切れが目に留まった。

目を通してみればそれは希望するディナーのリスト、それも七面鳥の丸焼きや生春巻き、ビーフストロガノフ等一々手間暇かかる上に大量の食材を消費するものばかりだった。

『アイツらホント食料事情への配慮ってもんがなー!わかってねーよなー!』

文句を垂れつつもジュラが戻ってくると信じているからこそ、このメモが残されているのを感じ、口角が上がってしまう。

この男のチョロいところである。

『さて、しょーがねー連中だが飢えさせるのも可哀想だ!作ってやるかぁ、まずは七面鳥を…』

冷蔵倉庫の戸を開けたジュラの目の前には異様な邪気を放つ箱があった。

何も見なかったことにして一旦戸を閉める。

(なにあれ?呪いの箱?いやでもなんか『イオンのおやつ 触るべからず』とか書いてあったような、気のせいかな?)

幻覚の類であることを願いつつもう一度開けてみる。

残念ながら夢幻の類ではないようだ、箱は確かにそこにあった。

真にボディガードの務めを果たすなら、どんな非難を受けようと箱をこの場で焼き捨てるでもするべきなのかもしれない。

しかし、ジュラは無視を決め込んだ。

そう、単純に関わりたくないのである!

(ええい!てめーで作っててめーで食うものまで面倒見てられるか!あばよイオン、お前のことは忘れるまで忘れないぜ…)

来る友との別れをシュミレーションしたジュラは、なぜだかとっても爽やかな気分だった。

 

 

 

テーブルの上には祝祭の日と見紛うようなご馳走が所狭しと並び、暖かい電球の光に照らされている。

『いやー突然の無茶振りですまなかったなぁ、ジュラ。こんな完璧に仕上げてくれるなんて、ホントいい仲間を持ったよ俺もイオンも。』

『次からは3日前くらいに言ってくれよな。お陰で晩飯が遅くなっちまった。』

カブウが角にパーティハットを被せてきたのはテンションが上がりすぎた故だろうか?

持ち上げられていい気になっていたジュラだったが、こういう場が誰よりも好きであろう人物の姿が見えないことにふと疑問を覚える。

『あれ、そういやイオンは…』

突如、電気が消え辺りを窓からの月明かりのみが照らし出す。

『停電か?カブさん、発電機を……‼︎』

ダイニングの奥から青白い月光に足元を照らされた人影がゆらり、ゆらりと近づいてきていた。

しかも、何やら呪いの呪文的な呟きまで聞こえて来るではないか。

『なんだぁテメェ!どっから入り込んだ⁉︎答えろ!』

しかし人影は呪文を繰り返すばかりで、会話が通じるようには見えない。

死なない程度に切ってから聞き出す方針に変更したジュラであったが、なぜか剣を構えようとした手が動かせない。

いや、それどころか全身が太い縄か鉄鎖でガッチリと固定されたように動けなくなっていたのだ。

そうしている間にも人影は一歩、また一歩と無防備なジュラに接近してくる。

『や、やめろ…来るんじゃねぇ…やめろ!やめろっつってんだよォー!』

ジュラの懇願も聞き入れず人影はさらに迫る。

やがて息遣いが聞こえるほど人影が接近した時、ようやく呪文の内容を聞き取ることができた。

『ハーピバースデイ、ツーユー ハーピバースデイ、ツーユー…』

『…は?』

ジュラが人影の顔を改めて確認する。

そこには満面の笑みで長い布を持ったイオンが立っていた。

『ハーピバースデイ、ディアジュゥラァー ハーピバースデイ、ツーユー…』

電球が灯もり、困惑と急な光で視界がやられたジュラにパサリと何かがかけられる。

『『ジュラ!誕生日おめでと〜〜!』』

クラッカーが鳴り、紙テープを頭から追加で浴びせられる。

点灯とともにかけられた布には『私が主役です!』とでかでか書かれていた。

『はえ?』

『めでたいめでたい!いやぁカブさん、こんな日にはとっときの一本開けちゃうべきだと思うんですけど、いかがですかぁ〜?』

『おうおうパーっといこうやパーっと!祝い事で出し惜しみなぞつまらんじゃあないか。』

『ちょい待て待て待て待て!誕生日?もうそんな日だったかぁ〜ってより、俺言ったっけ⁉︎なんで知ってんの?』

1番の当事者そっちのけで盛り上がる2人に、未だ理解の追いつかないジュラが怒涛のツッコミを入れる。

『いやお店のカレンダーに丸つけてたし。』

『もっと言えば部屋のカレンダーにも丸がつけてあったじゃあないか。』

しごく単純な答えだった。

『そういやそうだったよハッハーン!てかカブさんは人の部屋覗いてんじゃねー!』

『失礼失礼、だが、我々キミに喜んで貰おうと精一杯サプライズを考えたんだよ。』

『んへへ、ソーゾーリョク全開で魔界っぽいバースデーをね!』

『偏見だーっ!魔界だってもっと普通にやっとるわ!てかこの料理、まさか…』

『『2人であれこれ考案しましたー!召し上がれ!』』

『どこの世界に祝われる側が飯作るパーティがあんだよ⁉︎てか、やたら変だったてめーらの態度もそういうことなのかよちくしょう!』

『と言われても我々どっちも料理はさっぱりだからなぁ。余計な心労をかけたことも含めて済まないとは思うが、これが我々にできる祝福の最高値だったんだ。』

『いやまぁ誕生日祝ってくれんのはスゲー嬉しいし、なんなら今跳び上がりたいくらいだけども。…そうか、俺もまた一つ年取ったのか。』

『ンッンー、今のうちに感慨に浸っておきなよぉ?その内誕生日の感想は(また一つ死に近づいたのかぁ)になるからね。』

『なぜに今その情報を?さてはこいつ祝う気無いな?とりあえず、料理が冷めちまわないうちに食べようぜ。』

程なくして食器が器と触れ合う音が響き始めた。

 

 

『ところでどうだいジュラ、この一年の目標なんかは。』

たっぷりとチーズをかけたパスタを頬張りつつ、カブウが問いかける。

『まずは魔界に帰ることかな。あの説明不足ジジイを1発ぶん殴らなきゃ気が済まん。』

『ひえっ、家庭内暴力ぅ。そのおじいちゃんってあの手紙の人だよね?ダメだよー家族は大切にしないと。』

七面鳥の脚(骨付き)を頬張りながら器用に喋るイオンを眺め、ジュラは内心感心しつつ適当に相槌を打つ。

『ヘイヘイそーですねーっと。んでもって話の続きだけど…抱負ってほど立派なもんじゃねーが、やっぱ料理のレパートリーは増やしたいかな。もうこっち来てからずっと勉強勉強してるが全然追いつかねー、最高に楽しんでるぜ。』

『ホウ、そりゃあ楽しみだ。…しかしここで料理習得してっても魔界じゃ中々材料が揃わないと思うけど、大丈夫なのか?』

『そこなんだよなぁ難点は。もういっそもっかい両方の世界で繋がり持ってくんないかなぁ。』

すでに1500年近い隔絶状態が続いている両界、自分の言っていることがいかに夢想的かはよくわかっていた。

だが、それでもジュラ・パズズは諦めきれないのだ。

ようやく見慣れてきた青い空の下で緑のカーペットに覆われる大地、それが育む豊富な食材、特に種類という点で全体的に土壌酸性度の高い魔界では考えられないものがある。

いずれ帰る舌寂しい懐かしき地を思い、悪魔はオリーブをつまむのだった。

(というか、じいちゃんの口ぶりだと昔の地界を知ってるんだよな…よく今まで魔界食材だけで我慢してんなぁ。)

意外なところから見えたような気がする祖父の頑張りをしみじみ思いやるジュラ、ふと気づくと彼が用意した彼のための料理はもうほぼ姿を消していた。

そして、目の前には満足げな食いしん坊2人。

『テメーら、さては人の誕生日を飲み食いする口実くらいにしか考えてねーな?』

ギクリとイオンが震える、図星だったらしい。

『そんなことないない!私たちはほら、300%くらいに純粋にお祝いしようと…』

『うーん俺の知らない内に百分率は死んだらしい、かわいそうに。まぁ誕生日って割とそういうとこあるしいいけどさぁ。』

百分率殺害事件の主犯(暫定)のイオンが徐に席を立つ。

『ん、追加の酒か?それならお前にゃ届かねーとこに置いてあるから取ってやるよ。』

『違う違う、ちゃんと私達プレゼントも用意したからそれをね。あったあった。』

イオンが何やら大きい箱を引っ張り出してくる。

『じゃあまずはこのカブさんから贈呈しよう。ヒノ国産最高級砥石セットだ。品質的には毎年王宮に献上されるものと遜色ない。』

得意げなカブウの触手で取り出されたのは4本が1セットとなった鼠色の砥石だった。

一見すると唯の石レンガにしか見えないそれは、しかし包丁を扱う人間からすればみているだけでヨダレが抑えられない程魅力的なものである。

『え、ウソ、マジで⁉︎ヒャッホー‼︎やっと!やっと相棒をキッチリ研いでやれるっ!ありがとなカブさん‼︎本当に!早速水浸けて…ギュウ!』

駆け出そうとしたジュラの襟首がカブウの触手に捕らえられる。

『ハッハッハ、急くのは若者の特権だがキミにはまだ受け取るべきものがあるんじゃないかなぁ〜』

言われてみればその通り、流れ的にイオンもちゃんとプレゼントを用意してくれているはずなのだ。

彼女のセンスで選ばれるそれがやや恐ろしくもあったが、鬼が出よーと

蛇が出よーと嬉しいものには違いない。

何しろ王宮の外、それも地界で迎える初めての誕生日なのだ。

祖父の意向で魔界では毎年、抽選に当たった1000名を招いて王宮解放パーティーを開催していた。

無論、心から祝ってくれる者もいたが何せ主役が何の実績も持たない小僧であり、実力主義の考えが根強い魔界では実質参加者同士のお喋り会となっていたのだ。

挙げ句の果てにはこれを好機と見なして会場でアヤシイ薬を売りつけて周る不届き者まで現れる始末である。(ソイツは愚かにもジュラにまで商談を持ちかけてきたので、魚の餌として祖父に出荷されたが。)

よって!ジュラ・パズズは2人から祝福を告げられた時!内心テンションが超ブチ上がりしていたのだ!

初の気のおけない者だけでの誕生日パーティー、それもキッチリプレゼント付きときた。

当然これまでも友人や親族から打算抜きのプレゼントを受け取ったことはあるが、こんなに特別尽くしの機会はそう無いだろう。

ジュラには覚悟があった、たとえイオンがどんなズレたプレゼントを差し出してきたとしても満面の笑みで受け取り心から感謝する覚悟が。

今日という日を『最高』と言って締められるように。

ゴクリと喉が鳴る。

そして、イオンが箱の中から取り出したものは…

『……ナニコレ?』

なんだか、こう、妙に可愛くない木彫りの置き物だった。

モチーフがヒノ国で見たフランポポとかいう獣なのはわかる、だがなんだそのポカンと開いた口とどこ見てるのかわからん目は。

何も考えてなさそうな、朝のイオンに似ている表情を浮かべる像を無駄に神妙な面持ちで見つめるジュラ、そんな彼をよそにイオンが説明書を読み上げ始める。

『えーと、今回はユノハナのマスコット「ぽんそわ〜」のミニ置き物をお買い求めいただき、誠にありがとうございます…ぽんそわ〜は血肉に飢え過ぎたフランポポの怨念が斃した敵の魂と混ざり合って生まれた愛情深い妖精的な存在で、平和のための戦いが大好きです…』

『なに言ってんだその説明書、全てが矛盾してるぞ。』

『まぁきっとそういうものなんだよ。続き読むねー、本製品は内部に複雑な形状の空洞を作ることにより、気温・湿度等の変化によってランダムな時間経過後に春の雄フランポポのような鳴き声を上げます…強弱、タイミング等は完全に予測不可能であるためこれによってお客様が如何なる健康被害を被られたとしても、当方は一切の責任を負いません…』

『………え、害しかないんですけど。これ何に使うの?』

『さぁ?私に聞かれても困るなぁ。まだ続きがあるから読むよ、当製品にはもう一つ機能があり、まずは向かって右側面にある溝に紙を添わせてスライドさせます…』

言われてみればなるほど確かに小さな溝がある。

『えーと紙…無いな、ハサミの先でいいだろ。』

説明書通りに溝をなぞる。

すると、小さな音を立ててどこかのロックが外れる感覚があった。

『なんか外れたね…えーと続きは…ここか!カチッと音がしたら頭が回せるようになっていることを確認し、お好きな数だけ反時計回りに回します…』

『うわっ、ホントに回るじゃん気色悪っ!』

気は進まないもののぐらつく像の頭を掴み、そこそこの抵抗を感じながら回してゆく。

最初ということもありとりあえず10回程度にしておいた。

『なんかギチギチいってるね…回し終えると前面が展開し、穴が出現します…』

ジュラが前面を覗き込むとそこには先程まで気配すら無かった穴が出現していた。

『はえー、割と精巧なオモチャなのなぁ。そんで、ここからどうなるんだ?』

『んー、えーとね、穴から高速で錫の球が発射されます、絶対に顔を近づけないでください…』

『は?うおっ!危ねぇ!』

右目を射抜きにかかった金属球をなんとか回避するジュラ、この反射速度も関わりたくもない修羅場を潜った証と考えると涙が出そうだ。

反動で目潰し未遂玩具がコトンと倒れ、穴がゆっくりと閉まってゆく。

『なんだこのクソ趣味悪いオモチャはーっ!どこの層が買うんだよコレェ!』

『うわー壁に痕付いてる、結構威力あるねぇ。えー、本製品の内蔵球は3つで補給はできません、悪しからず…』

『益々もって誰が買うんだよ…って、そういやここに1人いたか。』

ジュラがイオンに呆れたような視線を向ける。

『…そんな見られても困るなぁ。買ったの私じゃないし。』

『?…じゃあ誰が…』

『オイ、大事ナくるーヲ一人忘レテンゾ、年食ッテぼけタカ?』

スピーカーから合成チックな声が響く。

『ま…まさか…』

『一年死ニ近ヅイタナ、じゅら。オメデトーサン。私カラノぷれぜんとハ気ニイッタカ?』

『なんちゃうもん選んでくれてんだてめー!もうちょいで時代遅れの海賊みてーな眼帯するハメになるとかだったぞ!』

キシン、キシンと金属の擦れるような音が鳴る。

笑い声かなんかのつもりだろうか?

『ワルイワルイ、ケドナ明ラカニナンカ動イテルからくりヲ、警戒心ぜろノにわとりミテーニ覗キ込ム方モドーカト思ウゼ?』

『誕プレに罠仕込むヤツに言われたくねー、第一どうやって買ったんだよ。』

『ひまソウナ係員ガイタンデナ、話相手ニナルカワリニ一走リ頼ンダ。』

『仕事しろよっっ!まぁ用意してくれたものにゃ違いないし、ありがたく受け取るけどさぁ…これどうすりゃいんだろ。』

『アト二発ダカラナ、大事ニ使エヨ。』

またスピーカーがキシンキシン鳴り始めた。

『決めた、1発はてめーのモニターに叩き込んでやる。覚悟しやがれ。』

『オ、ヤンノカ?ココガ上空何めーとるカ考エテカラものヲ言ウンダナ。』

いつも通り仲良く噛みつきあっている2人を尻目にイオンが巨大な箱を取り出した。

大きさ的に元の箱の殆どはコレが占めていたのだろう。

というか明らかに元々入ってた箱より大きい、もう今更突っ込まないが。

『でかい…なんかのマシンか?』

『まーまーいーから開けてみてよ〜』

促されるままにリボンをほどき、箱の蓋に手をかける。

そして、意外にも重いものが入っている手応えを感じないそれを持ち上げ、中を覗きこんだジュラは見た。

底の深い丈夫な紙箱、その中には…何も入っていなかった。

いや、正確にはその底に一枚の紙切れが横たわっていた。

拾い上げて書かれた文字を読む。

『スペシャル引換券…ってなんの?』

『ふっふっふ…わーが至高のマシーン「イオンファジア」の特別無料引換券だよ!使うタイミングを誤らないことだね!』

『じゃあ今使…』

『ふっふっふ、実はまだ完成しておりませんもうしばらくお待ちいただきたく…』

『ああ、タイミングってそういう…んじゃ、期待して待たせてもらうぜ。』

『任せてよ、ウチの泥舟は沈まないことで有名だから!』

『乗せてくれよ鉄の大船。』

まだ見ぬマシンの完成を楽しみにしつつ財布に引換券をしまいこむ。

これだけ多くのものを受け取ったのだ、お返しに何を送りつけてやろうかと楽しい想像を巡らせていると、自然とジュラ・パズズ少年の口角も上がっていくのだった。

 

 

 

 

 

 

(何か、だ。何か忘れている気がする…)

4人での「トーラス」の最中、ジュラはずっと考え込んでいた。

まあ、元々世代交代を繰り返しながら財産を増やし財閥設立を目指す頭脳派ゲームなので考え込む必要はあるのだが、彼の頭を支配していたのはもっと別の、何か大事なことを忘れているような感覚であった。

(むしろどこかでは思い出してるモノを必死に忘れようと頑張ってるような…うーむ、スッキリしない。)

あとほんの数ピースで思考が繋がりそうなのに、ピースは鍵付きの二重金庫に封じられている。

そんな正解の目の前で反復横跳びするような気分は気持ちの良いものではない。

ふと気づけば、いつの間にか盤面は最終局へと向かっていた。

ジュラ一族vsイオン一族の最終決戦(ドンケツ争い)である。

2つの家の総資産は大差無い、つまり純粋に手番の早いイオンの方が有利だった。

『この勝負もらったー!』

賽を振るイオン、機械産業で一財をなさんとする彼女の一族が辿る運命は…

 

敗戦:自国で戦争が発生している、かつ事業の50%以上を機械産業が占めるプレイヤーは戦争犯罪人として裁かれ財産を賽の目×500億コンス失う。

 

『なんで今なのぉぉぉぉ!』

『ほら、サイコロ振れよ。』

死の宣告のように渡される12面ダイス、果たしてイオン一族(総資産4120億コンス)の運命やいかに。

『うぅ…せめて1.2.3あたりで!』

出目は11、失う財産は5500億コンス、終わりである。

『よかったな、ゾロ目でラッキーだぞ。』

『わ…私はまだ!私はまだ死なぬっ!多少借金残ろうがここから逆転して…』

『頑張れよ、あと1月で一斉納税だけどな。』

この一年で追い風的戦争需要に乗って2800億コンスの収益を上げたイオン、敗北を悟り燃え尽きる。

それを尻目にジュラは貨幣の刷新による金融活性化で手堅く利益を上げ、見事一族を総資産5000億コンスの財閥へと成長させたのだった。

『あがりっと、中々面白いゲームだったな!』

カブウ財閥の長も頷く。

『うむ、次はこのインモータルモードとやらもやってみたいなぁ。』

『三十年カケテヒタスラ金ヲカセグもーどダナ。ベラボー二時間カカルカラひまナ時ニ始メロヨ。』

ぶっちぎり1位で大財閥を作り上げたアミン様からのありがたいアドバイスである。

『まぁ単純計算で1ターン6分かかるとして36時間だもんねぇ。1日1時間で1月は遊べるじゃあないか。』

その時、時計のフクロウが11時半を告げるため強烈なシャウトをかまし始めた。

最初はぶん殴りたくなるこの機能も今では安眠に欠かせないものとなっているあたり、慣れとは怖いものである。

しかし今宵のシャウトは少し強烈すぎたらしい。

押し留めていたジュラの思考が弾みをつけて一気に溢れ出す。

(誕生日…ご馳走…ケーキ…プレゼント…ローソク…パーティー…三角帽子………ケーキ?)

何故か浮かぶ昼間の記憶、おやつを作りに来たイオン、飛び散るクリーム、発光する果物、浮遊する粉…そして邪気を放つ箱、ヤツは一体何を作っていた?

頭の中で嫌な想像が繋がっていく。

いや、本当は喜ぶべきなのだ、あの生活力がマイナスに振り切っているイオンが悪戦苦闘しながらもソレを作りジュラを祝おうとしてくれていたのなら。

だが、彼女はそれは一般的家庭料理ですら壊滅的な天災である。

グラム単位の調整ミスで出来栄えが激変する甘味など、どんなことになっているか想像もつかない。

『あ、もうこんな時間かぁ。よっこいせーっと。』

燃え尽きていたイオンがピョンと起き上がり、キッチンの方へ歩いてゆく。

それは、実質的な答え合わせであり死の宣告だった。

程なくして彼女は舞い戻る、両手に溢れんばかりの呪物を抱えて。

それは、少なくとも見た目は普通のフルーツケーキだった、だからこそ恐ろしい。

彼女の料理、その実に2割は見た目だけは真っ当なのだ。

そして味は例外無く個性倍増モードなのである。

『じゃあ切り分けるよー、三等分でいいよね?』

『ああすまない、俺はさっきのご馳走でハラいっぱいになってしまってね。今日は遠慮しておくよ。』

光の速さで1抜けした雄が1人、カブウである。

(ヤ、ヤロォ…最初からわかってやがったな⁉︎普段あればあるだけ飯食うくせによぉ〜‼︎)

恨めしい視線を送るジュラにカブウはウインクして答えた。

『わかったーカブさんの分もちゃんととっとくから安心して〜』

ジュラよ、勇気を奮え。

お前はここで死ぬべき漢じゃあない。

強い心でケーキに蝋燭を刺している少女に言うのだ。

自分も満腹だと。

『お…おいおい、味はうまいんだろうなぁ?』

情けないことに、乾いた唇から出てきたのは当たり障りの無い茶化すような言葉だけだった。

『ふへへ、今回ばかしは自信あるよ!初めてレシピ見ながら作ったからね!ちょっとアレンジしたけど。』

今まではどうしていたのだろう?てか今不穏な言葉が聞こえたような。

(あぁ〜ッッ‼︎俺はバカかッ!ちゃんと断んだよ!レシピがなんだ!あの惨状と美味を両立できるヤツなんぞいねーよ!)

しかし少年にはできない。

いや、マッチの扱いが下手すぎてすでに10本以上へし折っている彼女の屈託ない笑顔を見て、冷酷にも『要らない。』と言える者がこの世にいるだろうか?(割といる)

ようやく全ての蝋燭に火が灯され、暗い部屋で炎がゆらめいている。

こうしていると目の前のソレがまるで自らの余命の長さを表しているような気がしてくるから不思議だ。

『ささ、ふーっとやっちゃってよ!ふーっと!』

もうこうなればヤケクソである。

顔を近づけて一息に炎を吹き消す。

恐ろしいのはその距離まで近づいた上で、クリームの匂いもフルーツの匂いも全くしなかったことだ。

なんのレシピを参照したというのだろう。

 

切り分けられ皿に乗せられたケーキ、これを目の前にして1ミリも食欲が湧かないなんて異常事態がこの世にはあるものなのだ。

だが、目の前ではイオンがキラキラした眼差しでジュラを見つめてきている。

どうも最初の一口目は絶対にジュラでなければいけないらしい。

漢は覚悟を決めた。

最初の一口、それがどんなものであろうと必ずや笑顔で『美味しい』の4文字を伝え、自分の料理で気絶した少女を優しくソファーに寝かせてやるのだと。

残りのケーキのようなモノはまた後でなんとかしよう。

(俺はやれる俺はやれる俺はやれる…噛まずに酒で流し込んで涙を堪えるだけだ。それだけなんだッ…)

こんなことに『とっときの1本』を使わねばならない状況に対し、すでに涙が溢れそうである。

そして、フォークで切るとハッキリわかった。

これはケーキではない、この世にガギザリリンなんて音を内包するケーキがあっていいはずなどない。

だが、もう運命も覚悟も決まっているのだ。

その物体がジュラの口内に収まろうとしたその時、新たな騒乱の種は芽吹いた。

 

 

けたたましい音とともにガラスを割り船内に飛び込んできた何か。

反射的にイオンの前に立ったジュラがそれを見据える。

それは黒く、艶々とした翼を持っていた。

それは、頭の上に薄ぼんやりと光るリングを浮かべていた。

それは、トトルス村であの日剣を交えた天使ゼロ・ゼロだった。

『なんでコイツこんなところに…まさか!手紙にあったリベンジとやらを⁉︎』

魔剣を現出させ、握り込むジュラを静止したのはイオンだった。

『待って‼︎』

少年の背から出た彼女が倒れて動かない黒翼の天使の元へと歩み寄り、何かを持ち上げる。

それは翼だったモノ。

今はズタズタに切り裂かれ、床に鮮血をこぼし続けている。

ところどころ白い骨すら覗いているそれは、ふとした拍子にポトリと千切れて落ちてしまいそうなほど頼りなく見えた。

『ジュラ!毛抜きと救急箱持ってきて!カブさんはガラスの掃除を、アミンはデータベースから鳥と人間両方のケガ治療法の検索をお願い!』

『『『りょ、了解・あいよっ!・リョーカイ』』』

我らが船長の判断は早い、直後には船内全てが怪我人救護のムードに早変わりしていたのだった。

ジュラの見立てでは翼は手酷く傷ついていたが、その他は精々が打撲や擦り傷で重篤なモノではなさそうだ。

出血も致命的な量ではないだろう。

その予想は当たっていたらしく、程なくしてゼロは目を覚ました。

薄らと目を開き、自分が治療を施され木の床に寝ていることを認識すると、その天使は礼を述べるより先に声を張り上げて叫んだ。

『逃げろッ!今すぐに!ヤツが、来るッッ!』

目を丸くしているのを見るに、目の前に立つ者達の中に知った顔がいることは叫び終えてから初めて気づいたらしい。

『ジュラ・パズズ⁉︎何故ここに?』

『こっちが聞きてーよ、嵐にでも巻き込まれたか?』

ジュラの質問には答えず周囲を確認するゼロ、相変わらずムカつくヤツである。

『この船の操縦者は?』

ゼロの問いに機械音声が反応する。

『今ハ私ダ。あみんッテンダ、ヨロシクナ天使サマ。』

『では今すぐスピードを上げてくれ!限界ギリギリまで!』

『ハ?コチトラ燃料ッテ限界トノ兼ネ合イデヤッテンダ。イキナリ飛ビ込ンデキテ勝手ナコト抜カシテルト、放リ出スゾ。』

『いいからやれェェェッ‼︎ヤツに捕まるぞっ!』

異様な剣幕のゼロにその場の全員が気圧されていたその時だった。

窓から差し込む冷たい月光を横切る影があった。

それを見た瞬間、窓に向けて駆け出すゼロ。

そのまま飛び降りそうな勢いに驚いたジュラが飛びつき、床に押さえつける。

『気でも狂ったか重傷者!てめーその翼で飛べるわけないだろ!危機感ブッ壊れてんのか⁉︎』

『危機感が無いのはお前だコウモリヤロー!あの影が見えないのか⁉︎』

初めて窓の外に目をやる。

居た堪れないほど静かな夜にソイツは舞っていた。

シルエットは巨大な三対の翅を備えたトンボ、尻尾の先のハサミのような器官を打ち鳴らすたびに火に焚べた薪が弾ける時のような小気味良い音を立てている。

『なんだあの生き物は?カブさん知ら…なそうだな。』

見識の広さに自信ありと豪語するカブウであるが、今回ばかりはその頭にも?が浮かんでいた。

むしろそれの姿を確認したことで緊張しているのはイオンとアミンである。

『…アミン、方向は私が調整するから全力で加速して。あと一応DFCデータベースとの照合を。』

『了解、ダガコノ船ノすぺっくジャ確実ニ逃ゲキレネェ。野郎ドモに戦闘準備スルヨウ伝エトケ。』

『わかった…ジュラ!カブさん!天使さま!急加速するからどこかに掴まって!』

慌ててテーブルを固定する鎖に掴まるゼロとジュラ、直後船は全速力で無理矢理進行方向を変える荒技を行い、航路を更に北西へと変更したのだった。

8の字を描いて飛んでいた生物が窓の範囲から外れた直後、イオンから追加の指示が飛ぶ。

『動ける人は戦闘準備!カブさんは外に目を出して後方を確認して!』

『わかった、従おう。』

『戦闘ったってアレとか?近づいたのを撃ち落とすくらいしかできないと思うけど…』

『それができればいい方かな。でも多分…』

イオンの声に割り込むようにスピーカーが鳴る。

『速度、理論限界値ノ93%デ安定。ソンデ残念ナオシラセダガアノ生キ物、間違イナク「すぱんでゅーる」ダゼ。でーたべーすガ間違ッテナケリャナ。』

イオンの頬を冷や汗が伝う。

『やっぱそっか、ありがとう。』

『ソーユーノハ生還シテカラダロ。正念場ダナ。』

何やら深刻な顔をしているイオンを見て勝手に不安になっているジュラだったが、素っ頓狂なカブさんの声で我にかえることとなる。

『うおばっっ‼︎さっきのがとんでもない速度で追いかけて来てるよ‼︎』

『チィ!やはり追ってきたか!一時休戦だジュラ・パズズ、ヤツを迎え撃つぞ!』

でかいトンボと空中戦など想像したくもないが、そうも言ってはいられないらしい。

ゼロと2人でハーネスに繋がった命綱を頼りに飛行船の外壁へと躍り出る。

高速の飛行船が巻き起こす気流に体を持っていかれそうになる2人であったが、すぐさまカブウの触手によるサポートを受け姿勢を整える。

『ありがたい、これなら少しはこっちが有利になる。』

『どーいたしまーしてー、キミもこの船を守ってくれるんだ、協力は惜しまないよ。』

耳元の通信機から聞こえる声が切り替わる。

『もしもし2人ともー、聞こえるー?ジュラとかだいじょーぶ?』

ゼロがチラリと横に目をやる。

嘆かわしいことに、あの日自分を打ち負かした悪魔は小動物のように蹲り震えていた。

それも涙目で。

『大丈夫じゃねーよぅ!まだ足ついてるからいいけどさぁ!ちくしょう許さねーぞオバケトンボ‼︎』

『まぁ悪いけど頑張ってもらうしかないかなぁ。天使さまは聞こえてますか?』

『問題無い。』

『よかった〜じゃあ手みじかに説明するので2人ともよく聞いててねー。あの生き物はスパンデュール、小型のドラゴンも捕まえて食べちゃう空の王様だね。私の知ってる限り120台の飛行機・飛行船・空飛ぶ絨毯が襲われて墜落してる。食べれないモノをなんで襲うのかはわかってないけど…』

『マジか、じゃてめーもアレに翼齧られたのか?』

苦々しい表情を浮かべたゼロが頷く。

『でも弱点はわかってるよ!6枚ある翅のうち、前2枚は作りが違うの見える?それと背中の後ろの方についてる出っ張りで姿勢をコントロールしてるらしいから、そこ狙うと嫌がるはず。直接翅狙うとソニックブームで危ないから気をつけてね。』

『わかった、確かに翅ってよりは甲殻の延長みたいだな。ハァ、なるべく下見ないように頑張るか。』

『こっちもなるべく姿勢が安定するように気をつけるね。それじゃジュラ、天使様、お互いに。』

『ああ、健闘をな。』

ジュラの周囲に魔法陣が現れ、ゼロの全身から氷柱が垂れ下がる。

空の王者は殺気だった2匹の羽虫など気にも止めてはいなかった。

今はまだ。

 

 

 

【マノン・パラグロル】、呪文とともに魔法陣から小規模のエネルギー球が絶え間なく放出され、空に罠を張り巡らせてゆく。

だが、本命はそれそのものによる攻撃ではない。

あくまでこれは行動の制限だ。

そして本命である引き絞られた氷の弩、それから圧力の開放に伴う水蒸気爆発によって射出される1mの矢が空を裂き、王者の眉間を捉える…ことはなかった。

着弾のほんの数m手前、その生物は実質ヒットしている距離から急停止と巨体を感じさせない方向転換を駆使し、危険を回避して見せたのだ。

2人はヒットを確信していた思考を呼び戻し、次の作戦に移る。

それは密度を増した弾幕作戦、スマートとは言えないが極論翅の一部でも傷つけばそれでいいわけだ。

氷柱とエネルギー球の雨霰、それは向かって来る敵からはもはや壁のように見えていただろう。

だが、王者の持つ膨大な数の複眼と運動機能に特化した神経系は飛来する全てを照準し、情報を並列処理していた。

故に当たらない。

20mはくだらないはずのその巨体に雨粒の一つも掠ることさえない。

躍起になって弾数を更に増やす2人、しかしそれは悪手だった。

自らの攻撃に一瞬隠れた敵の姿が2人の視界から忽然と消えてしまったのだ。

『どこへ行った⁉︎やったのか⁉︎』

『手応えがなかっただろうが、希望的観測はよせ!』

ガクンと船体が揺れ、ただでさえ強い風を受けている2人が転倒する。

ガリガリと何かを引っ掻くような音が響き、視界の端に黒光りする鉤爪が映った。

『クソッ!下か!』

空の王者スパンデュールはイオンフライヤーの下に掴まってから這い登ってきたらしい。

ジュラが上体を起こした時には鋭いトゲに被われた脚と空よりも青い複眼がすぐ前にあった。

目のすぐ下では並の刃物よりずっと重厚な牙がガチガチと打ち鳴らされている。

骨まで剥き出しになったゼロの翼を思い出し、背骨に鉄串を打ち込まれたような感覚が走るジュラだったが、それが攻撃に用いられることはなかった。

ドズン…と不吉な音が轟き、攻撃方法も掴めぬままに飛行船がより一層傾いてゆく。

カブウの触手による補助が無ければ、2人ともそのまま地上へとまっ逆さまだっただろう。

もう1秒も猶予は無かった、横暴の限りを尽くす王の頸に向けて剣を振り下ろさんと構えるジュラ、しかし彼は見てしまう。

深刻に傾いた飛行船、その下に広がる暗澹とした樹海を。

途端に動かなくなる手足、周りから音が奪われていくのに拍動だけはやたらと速くうるさくなってゆく。

 

『何をやっているジュラ・パズズッ!ソイツを切…』

突如固まったジュラに激を飛ばそうとしたゼロは見た、空の王者は鎌のように高く持ち上げた腹部の先端を、何度も何度も船尾にあるエンジンへと突き刺していた。

すでにエンジンは火を噴き出しており、部品をポロポロとこぼし続けているというのにその行為を止めるつもりは全く無さそうだ。

(これが揺れの正体だと?だとすればマズい…早急に鎮圧しなけりゃ爆発で全員吹き飛ぶぞ…)

ゼロが転落するリスクを承知で走り出そうとしたその時、固まっていたジュラが絞り出すように声を上げた。

『め…目を覆え!潰れるぞっ!』

悪魔が指し示す方向には変な似顔絵が描かれた球体が浮かんでいた。

その意味を察知し即座に腕で目を覆うゼロ、直後に憧憬イオンフラワーが炸裂し、夜空は一瞬白昼を取り戻すこととなった。

 

 

 

 

 

 

『うわっ、さわがしっ。』

誰も聞く者などいないのに、そう冗談めかして言う男がいた。

男はスパンデュールと飛行船が繰り広げていた空中でのインファイトを見届け、火を吹く飛行船が落下していくのを確認すると、徐に立ち上がり周囲に控えていた人影を連れ立って森の中へと消えていく。

その顔は飛行船事故を目撃して尚、短編映画を見た後くらいの気楽さを湛え口笛すら吹いていた。

『山火事はやだなぁ〜あっついっから〜』

その男の周囲では空間中に絶え間なく銀色の漣が立っていた。




誕生日ごとに老化を感じるようになったらそれはもう大人なのでしょう。
文中でジュラを押さえつけたのはカブウの触手です。

登場人物

銀色の漣を纏う男
変人です。

用語集

ぽんそわ〜
ユノハナ温泉街観光協会が血迷った末に生み出した狂気のご当地マスコット。
徹底的平和主義者で、大好物はツチドラゴンの骨髄(生)。

イオンファジア
イオンが開発中のマシン、詳細はまたいずれ。

トーラス
人生ゲームの財産を重視した版みたいなゲーム。
各プレイヤーは最初に国を選んで親族を増やし財閥の形成を目指す。
自由度・戦略性が高い。

スパンデュール
世界中の上空数千mに生息する肉食昆虫で、成体の雄は航空機をしばしば堕とす。
通称 空の王者、空の悪魔等

マノン・パラグロル
小粒の魔力エネルギー球を絶え間なく撃ち出し続ける魔法。
数で稼ぐ分効率は悪い。
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