魔剣王正伝   作:プルプルマン

35 / 60
パラミツ君(果物)食べました。
種が一番おいしかったです。


魔人跋扈

天井が高く広い、サーカス団のテントのような建物だった。

診療所で一通り検査を受けたジュラ達がそのまま連れてこられたのは、この集落で1番大きい集会所である。

4人それぞれに来客用の座布団が用意され(カブさんには特大のヤツを)、座ることを促される。

4人は少し高いところにある座と向かい合う形となり、そこに遺憾ながら顔馴染みとなった青年が腰を下ろす。

青年は眉ひとつ動かさないまま4人の顔を見据え、言葉を放った。

『自己紹介が遅れ礼を欠いた。我はハイロバ、浅薄なる若輩者ではあるが、この魔閣樹海の長(ビヌヤンカ)を務めている。』

その言葉には自らを律することに重きを置く者に特有の、ムズムズするような緊張があった。

『さて招かれざる客人達よ、何から聞きたい?』

イオンがおずおずと手を挙げる。

『ではそこのお嬢さんから。耳の方の具合は?』

『あ、おかげさまでバッチしです。コホン、ずばり私達への罰は?決まってなかったのなら、どうなりそうかだけでも聞かせてもらえればと。』

ハイロバが腕を組み目を瞑る。

『基本的に、侵入者への処罰は長老会で決められる。今回は森への破壊行為に暴行、脱走の罪も加算される…通例に則れば全員目を潰して放逐か、10日間の生き埋め刑が妥当とされるところか。それが秩序だ。』

穏やかでない単語の羅列にジュラ達の背筋が強張る。

『…そうですか。今回の事件、責任は私にあります。どうか、私の命1つで他の船員は許してもらえませんか?』

さらりと出てきたその言葉にジュラが思わず立ち上がりかける。

『何言ってんだおま…』

イオンが手で制止する。

『もージュラ〜私はこれでも船長サマだよ!全体の責任とるのはとーぜんとーぜん。でしょ?』

『うるせー、人に護衛頼んどいて勝手に身投げするヤツがあるか!てめーちょっとはこっちの身にもなってみろ!』

『あーまー、ジュラもカブさんも路頭に迷っちゃったら困るよねぇ。』

『そういうことじゃなくってだなー!』

コンッという突き抜けるような音に2人の動きが停止する。

音の主は彼等を見下ろしながら深いため息を吐いた。

『その潔さは少し羨ましいところはあるが、人の話はよく聞くべきだ。それが助言だ。普段は、と枕につけたであろうが?』

ジュラの脳裏に嫌な予感が浮かぶ。

こういう切り口の話で、こちら側に都合の良い方向に話が転んだことなど歴史上一度もないのだ!

『じゃあ、今は…?』

『察しの通り。状況が状況ゆえおそらくは別の…より困難な仕事に駆り出されると考えておけ。』

ヤバい仕事…単純な想像だが、ロクでもない汚れ役だとかをやらされるのかもしれない。

だが、全員失明ルートや地を掘る虫と仲良しこよしルートは避けられたと思えば上等な話である。

ポジティブに捉えよう。

それに、もしイオンのふざけた提案が受け入れられでもしたら、ジュラ・パズズは何か、そう、自分にポッカリ氷河のクレバスのような穴が開く気がしていた。

あくまで個人の感覚である、理論的に、理知的に、説明するなど叶うはずもない。

だが、確かに少年にはあったのだ。

クレバスのほんの数センチ手前で足を止めることができた感覚が。

正体不明の感覚が到来した時、自分がどう感じるか等予測不能、街頭の点滅する夜道で細い路地を意識してしまった時のように、到来する未知を考えるのは何か悍ましい気分になる。

いざその時が来た時、自分は何をするのか…それさえもわからない。

そういう意味でも助かった、とジュラは心からそう感じた。

そんな少年の気も知らず、大きく息を吐くイオンの横でカブウが触手を突き上げた。

『では次の…顔の大きな御仁。』

『カブさんと呼んでいただきたい。では質問、イオンの耳にダメージを与えた存在…それはもしや虫や鳥の声、その類ではありませんかな?』

『なぜそうと?』

『ほぼヤマ勘ですかな、森にいる間なんとなく鼓膜が不快でしたので。何より、惚れ惚れするほどスピーディな治療、この森で時を刻んできた土着の生物と考えるのが自然でしょうや。』

『概ね、その通りと言える。正確にはピラオナキ…一般的には「ツヤバネヨナキドリ」と呼ばれる小鳥の仕業だ。彼等は毎年この季節になると人間の耳には聞こえない低音で鳴く。それを聞きつづけた者は終わり無く増幅する鬱屈とした不安に囚われ、聴覚の喪失後間も無く自死に至る。』

『ひぇ〜私死ぬとこだったんだ。こわいこわい。』

『それはなんとも危険生物ですなぁ。貴方方も苦しめられておいでで?』

ハイロバは首を横に振る。

『確かに、先述の効果は我等猿人にも等しく齎される。だが、幸い我等はその声を聞き取ることができ、彼等も里の近くには警戒して寄ってこない。それに…彼等は『番人』なのだ。』

『番人とは?彼等が自らの巣以外を守ると?』

『この森…番人とはこの幽けき森を守護する何種類かの生物、その総称だ。彼等だけでなく尻に剣持つ虫や肉を喰らう花…それらの存在が無遠慮な外の者を排除し、この森を神秘に閉ざしてきた。それが歴史だ。』

ゼロが己の精神を根底から揺るがしにきたあの小動物を想起しポツリと呟く。

『では、アレも番人というわけか…?』

その声はしっかりと若きリーダーに捕捉されていたようだ。

『左様、症状からみてペナ…、「ニラミヒョウソ」だろう。臆病な動物で、相手を敵とみなすと魔力の循環を徹底的に狂わせる光を放つ。その上好奇心だけは赤子より旺盛。それが性質だ。』

ゼロの顔に呆れが浮かぶ。

『怖がりなくせして、怖いモノ見たさは人一倍といったところか…そんなものがいるならまともに歩けないな。』

『昔ここに来た探検家が、サングラスやただのガラス片でも影響を軽くするフィルターとなることを発見してからは脅威度が下がったが、依然油断は禁物。それが共生だ。』

ハイロバの尻尾がその時探検家にもらったらしい伊達メガネのケースを指し示す。

どうも外部の者は全面拒否というわけでもないらしい。

『………じゃあ、あの刺青のオバケも『番人』なのか?』

ジュラの問いかけを受け、ハイロバの顔に陰が差す。

(アレ…?なんかマズいこと聞いちゃったのかな?もしかして触れるなかれ見るなかれ的な存在だったり?)

『アレは…あの野郎は違う。』

その声には憎しみがあった。

吹きこぼれ寸前の鍋を無理矢理蓋で押さえつけているかのような、火を弱めることさえ考えられないような、噴火寸前でマグマを吸い上げ続けている活火山のような深い憎しみだった。

『アレの名は魔人ネクロ、死体を操る外法「走屍術」の使い手にしてこの世で最も忌まわしい魔法と深く、深く交わった存在。それが正体だ。』

その返答に真っ先に反応したのはゼロだった。

『ネクロだと?クソッ、また世界を乱すヤツが…』

(おいコラまたとはなんだ、またとは。)

抗議の意思を込めてゼロを睨むジュラであったが、熱い視線を向けられる本人は全く気にしている様子も無い。

いや、気にしていられる程思考に余裕が無いと言うべきだろう。

なぜなら、直後に立ち上がったゼロは本当に唐突にこう告げたのだから。

『ヤツを始末してくる。秩序を担う者として見過ごせん。』

そのまま出ていこうとするゼロの前に、どこへ潜んでいたやら山刀を構えた戦士2人が立ちはだかる。

『なんだ、お前たちから冷やし尽くすぞ!』

ゼロの周囲から一瞬にして熱が失われ、不運な羽虫がポトリと地面に落ちる。

一触即発の雰囲気を解いたのはハイロバの柏手だった。

『まだ話は終わっていない。席に戻ってもらおうか天使様。』

最初の邂逅の時よりずっと危ない気配を纏っているゼロだったが、ここで暴れる程どうしようも無い無鉄砲では無かったらしい。

大人しく席に戻り、態度で話の続きを促す。

『さて侵入者、貴君等の犯した罪の話がここに関わってくる。…かの魔人討伐の尖兵に加わる。それが処罰だ。』

正直なところ、ハイロバが魔人の話で顔を曇らせた時点でその言葉は予想できていた。

だが、解せない点もある。

『失明か生き埋めか、その2択が唯の戦闘に変わるんだったらこっちとしても両手を上げて歓迎する話だけどよぉ、ハッキリ言ってアンタ等は強い。個々が熟達した戦士のクセに統率の隅々まで乱れが無い、正直反則的だ。そんなアンタ等がその魔人?とやらに負けるビジョンが俺には見えねーんだよ。なんでわざわざ身元不明の旅人の手を借りる?むしろ俺たちの参戦は統率を乱す不純物でしかないと思うんだが?』

ジュラ・パズズは確信していた、この話にはきっと何かのっぴきならない過程がある。

それを知らずに流れへと飛び込むのは、あまりにも浅慮きわまりない。

『……7回、我等は7回あの野郎に戦いを挑み敗れている。』

陳腐な表現ではあるが衝撃だった、ホームの樹海で彼等程の戦士が陣形を組めば、かの烈火軍にだって劣らない戦いができるだろう。

そんな彼等が単一の生命体に7回も破れているのだ。

魔人ネクロとはそこまで危険で強大な存在なのだろうか?

『先日は…遂に死者が出た。そうまでして得た情報があの野郎の名前と操る術の一部、それに真実かどうかもわからない出自…たったのそれだけだった。それが現実だ。』

ハイロバは血が滲むほどに奥歯を噛み締める。

『そんな、奴と10分間世間話をすれば手に入る程度の情報しか得られなかったのだ‼︎奴が現れてから草木は枯れ、禽獣は気でも触れたかのような行動を繰り返し、仲間達も度々傷つけられてきたと言うのにだ‼︎あまつさえあの外道は我等が偉大なる先達の墓を…』

ハイロバの血走った目が見開かれ、腕に太い青筋が浮かぶ。

青年は膨らむ怒気と上がる脈拍を強引に押さえつけつつ、言葉を続ける。

『だが、もはや我等の知識だけでは限界がある。今はどんな手を使ってでもあの野郎に然るべき報いを与え、この世から一欠片も残さず消し去ってやらねばならない。……貴君等の知恵と力を提供しては貰えないだろうか、いや提供してもらうぞ。ヤツに我等の、全てを侮辱したことを永久に後悔させてやるのだからな。』

鬼気迫る、そんな言葉が似合う表情だった。

そしてこの提案、ジュラ一行は乗るしかない。

ただでさえここでは罪人の身であるうえ、もうすでに森の抱える問題に踏み入ってしまった以上、素直に逃がしてくれるとも思えない。

戦闘するにせよ逃走するにせよ、飛行船の修理は必須。

時間稼ぎのために猿人達と対立してしまった時点で、ネクロは大笑いしながら漁夫の利を掠め取っていくのだろう。

魔界でも禁忌の外法とされる走屍術で全員仲良くゾンビごっこするハメになるのがオチだ。

イオンもすでに変えられない流れの中にいることは理解しているようだ。

『わかりました、私が代表して言います。私たち4人はあなたたちに協力して魔人と闘うことを誓います。』

全員、覚悟を決めざるをえなかった。

もはやこの樹海を脱出するには魔人ネクロを倒し、罪と汚名を雪いで堂々と飛行船を修復する他無いのだ。

ハイロバと4人が目を合わせた時、窓から赤い小鳥が飛び込み室内をぐるりと回って出て行った。

それが合図だったらしい。

『長老会から許可が降りた。改めてようこそ、我等猿人の里へ。今夜は十分に休息を取り、明日からの作戦会議に備えろ。それが必要だ。』

ジュラ一行はまだホコリも積もっていない空き家を支給され、そこで寝泊まりすることとなったのだった。

 

 

 

『また変なことに巻き込まれてるよちくしょう。これも全部あのオバケトンボのせいだバカヤロー!』

とはいえ、そのオバケトンボのお陰でイオンのデンジャラスケーキを有耶無耶にできたという多大な利益はあったため、イマイチ恨みきれないジュラ・パズズ17歳であった。

『いつまでも見苦しく騒いでるんじゃあない、ジュラ・パズズ。明日以降に備えて少しでも体力を残しておけ。敵は魔人だぞ。』

ゼロがまたピリついている、嫌なやつである。

『んなこと言われてもなぁ、そもそも魔人ってなんだよ。魔界にいる限り地界の情報なんて入ってこないんですけどー!』

『世間知らずのボンボンめ、地界どころか天界でも常識だ。悪魔が角を隠して近づいてくることと同じくらいにはな。』

『いちーち嫌味言わなきゃ話せないんですかー?あーあこれだから品性のたんないカラスはやんなるねーっと。ケッ』

今時、犬と猿でもここまで仲の悪い組み合わせはそう無いだろう。

見物していたカブウも呆れて壁にくっついている。

本人曰く、一番落ち着く姿勢らしい。

『チッ、仕方ない。決着つける前に死なれても興醒めだ。いたいけで無知な王子サマにレクチャーしてやる。』

『おい、言い草の端から毒漏れてんぞ。せめて隠す努力をしろよな。それで、魔人とは何なんだ?基礎中の基礎なんだろうが、そこから頼む。』

『一言で言うならルール破り。吐き気を催すような魔法を何十種も混じらせて自身に適用し、この世屈指の禁忌である魂の改造に手を出した魔法使いのことだ。当然、真っ当な輪廻の輪からは外れて理を乱す存在だからな、天界に捕捉されれば『閻魔』と『冥界神』の名で追討令が出される。』

『うげ、そんな大物が顔真っ赤にするような案件なのか。ということはネクロってヤツも?』

『当然、発見次第即殺せよと指令が出ている。数百年間な。』

この世の絶対的ルールにケンカを売って数百年を生き延びる。

それがどれほど難しいことかは、つい数日前に神たる存在の力を肌で感じたジュラには容易く予想がついた。

またしても、相手はそのレベルの怪物なのだ。

『やんなっちゃうよもう。オマケに使うの走屍術だろ?あんなモンとは関わるなって、じーちゃんに口酸っぱく言われてんだけどなぁ。』

『2倍役満だなジュラ・パズズ。あれもまた霊魂を侮辱する禁術、どうしようもなく処刑対象だ。』

『俺たちが会ったのが操られてるだけの死体ってセンもあるよな。だとすりゃ異常な生命力も納得がいく。』

ゼロが首を横に振る。

『いや、おそらくアレが魔人ネクロ本人だ。体に走ったあの痕、あれは刺青なんぞじゃない。魔人が例外無く手にしている、強い魔力で自らの身体を何度も灼いた証…龍脈の形状に似ることから俗に「蛟脈紋」と呼ばれるシロモノだろうよ。』

『…そりゃおかしくないか、あくまで変質してるのは魂なんだろ?肉体は元人間のそれだとすりゃ、フツーあれで即死だろ。』

確かにあのときゼロの氷柱は魔人の胸を、全身を貫いていた。

にも関わらず、あの怪物は血も凍りつきそうな悍ましい声で笑い続けていたではないか。

ゼロも素直に頷く。

『俺もそこが解せない。恐らく肉体も同時に弄ってるんだろうが…そういった術に心当たりは?俺はそこまで魔法に明るくないんでな。』

瞬間、ジュラの頭に浮かんだのはクイーンの擁するアンドロイド達や、地下世界を共に駆けたムカつくスライム野郎の顔であった。

『体の一部を機械化してるヤツとかねちこいスライムヤローは相当タフだったかな。どっちにも再生能力が備わってた。』

ピョコン、と2人の間の床から触手が突き出した。

『おいおいカブさん、この家一応借り物なんだからあんまそういうことはしない方がいいんじゃ…』

『おっとつい、まぁシロアリに食われ始めてたからついでに退治するってことで許してもらうよ。触手から消化液を分泌して吸収すればすぐさね。』

『…また謎能力増えてるー。まぁいいや(思考放棄)、話に割り込んできたからにはなんか言いたいことあんだろ?』

カブウがドヤ顔を決める。

『勿論、深い傷を負って問題なかった存在をこのカブさんも知っていてね。まずは神様ウラン、胴体がほぼ無くなっても平気そうで分霊体がどうとか言っていたね。』

『(ウラン…太陽神ウラン様か?いや、聞き間違いだろう。)なるほど、あくまで仮初の肉体を運用しておいて、力の出所がまた別にあるパターンか。あり得る話だ。』

『だっしょー?そして二つめは何を隠そうこの俺!カブさんどうぇぇす!』

盲点であった。

あまりに近くにいたではないか。

首だけになっても元気にお喋りし、あまつさえ謎の触手を生やして歩き回るよくわからない存在が。

『すげぇ、違和感無さすぎたけどそういやそうじゃん。今更感あるけど、カブさんってマジでどうやって存在してんの?』

『企業秘密♡1つヒントをあげるなら必ずしも生きた魂に生きた肉体は必要ではないと言っておこうかな。』

『企業秘密ならしょうがないかぁ〜』

ゼロが呆れたように首を振る。

『そこ流していいことなのか?にしてもなるほど、魂の肉体非依存性ときたか。俺の…知人にも1人そういうのがいる。可能性は大いにあるな。』

『じゃあなんだ、ヤツは自分の隙を潰すためだとかで手前の肉体を一回殺してから再利用してるってのか?イカれ過ぎてるな。』

自分で言っておいてなんだが、健全な精神のジュラ少年としては鳥肌モノの仮説であった。

『ヤツが得意とするのが走屍術という点から見てもそうだと仮定していいだろう。となると、体というよりは魂を滅する必要があるな。天使の仕事分野じゃないが、幸いそういう術に詳しいツテがある。』

そう言いつつゼロが懐から取り出したのは、ミミズが走ったような文字が書かれた数枚の札だった。

『塩水をかければ使える即席除霊札だと。この里には岩塩を挽く臼があった、材料の調達は問題無いだろう。』

『最悪ウチの船から持ってくればいいしな…、じゃあ明日はここでまとめた仮説を連中に伝えるってことで。』

ゼロがコクリと頷く。

『作戦の擦り合わせはその後か。魔人ネクロ…どれほど対策しても脅威であることに変わりは無いが、この仮説が正しければ多少はマシな討伐ができるだろう。』

『んじゃ、灯りの油も勿体無いしもう寝るか。おやすみ〜』

『おや…寝坊するなよ、ジュラ・パズズ。』

ジュラが灯りを吹き消し、各々が用意された寝床へと潜り込んでゆく。

(既に爆睡していたイオンを除いて)しばらくは目が冴えて眠れない彼等であったが、1時間もすると部屋の中に4つの寝息が立つのみとなっていた。

 

 

 

 

 

『…以上が、俺たちが出せる仮説であり、それに則って作戦を立てることをオススメいたします!どうだ満足かハイロバさんよぉ!』

翌朝、長老会からの呼び出しに応じる代表者を決める真剣勝負(あっち向いてホイ)に敗れたジュラは、集会所にて360°すべてからかけられる圧に耐えつつ自分達の仮説を主張していた。

キチンと伝わっているか不安になるものの、特に理不尽なヤジなどは飛んでこないようで何よりだ。

長老会に名を連ねる厳しそうなお顔の老人、その1人が口を開く。

『客人よ、見識の狭い我等では思い至らぬ見事な説であり、作戦の指針とするにも有力なものと言える。』

ジュラは内心胸を撫で下ろしつつも、表情は岩のように固めて心情を悟られないようにする。

今は敵対関係でないため、そこまで注意する意味はあまりないかもしれないが、何事も念の為である。

情報は小出しの方がいい、この世のどこでも通じる鉄則だ。

『しかし、気がかりなことはある。』

ジュラの心臓が跳ねた。

(なんか矛盾でもあったのか…?)

『我等とて何度か奴と矛を交えている。その中に何度か奇妙な報告があった。奴の体を引き裂く事に成功した者曰く、その体にはキチンと血のようなものが流れ、肉は仕留めたての鹿よりも鮮やかな赤色だったそうな。これは自らを屍としているという話では説明がつかないのでは?』

予想を根底から変えて出直してこい。

老人の発言はそう暗に突きつけてきていた。

確定した事実にのみ基づいて動く。

多くを導く者としては真っ当な行動指針だが、いざ自分がそれに準ずる案を出せと言われるとゾワゾワする程のプレッシャーを感じるモノである。

正直、事前にハイロバから目の前の老人達が皆家では孫や曽孫をずっと愛でていると聞いていなければ、気骨的なアレがへし折れていただろう。

しかしこれといった反論がイマイチ思いつかないのには困った。

ここで自らの有能さを示さなければ、『やっぱり目潰しからのポイッ』なんてことにもなるかもしれない。

頭をひねるジュラを救ったのは意外にもハイロバだった。

『先程、この者は塩水を染み込ませた札が対抗策になると話をしておりました。それに関して、こんな話がございます。先日私の家内が魔人と遭遇した際、持っていた漬物樽の中身…塩漬けの果実を浴びせることで撃退に成功したのです。これはまさに先の仮説に基づく対抗策が有力であること、その証明ではございませんか?』

初耳の連続である。

そんな大事な情報くらい事前に教えとけよと言いたい。

てか塩水そのものも効果あんのかよ。

膨れっ面のジュラをよそに話は続く。

『しかし当代のビヌヤンカよ、先日は死者が出た。もうこれ以上闇雲な特攻で同胞を失うことは許されん。客人贔屓は構わんが戦いの場にまで持ち込むのは如何なものか。』

白髪の老婆の問いかけにハイロバがハキハキと答える。

『だからこそです、我等もあの魔人のやり口についてはかなり学んだ。しかしそれは奴とて同じこと、此方の戦力も大方分析されたでしょう。今動かなければ、奴は草の実でも摘むように我々を嬲り殺しにするのは確実です。そして、私は今、この者の仮説に確かな説得力を感じたからこそ、こう申し上げているのです。』

『一理ある、だが我等はまだ奴の目的すら掴めておらぬ。それは森の生命の減少と関係があるのか、あの御方の遺体を盗んだことと関係があるのか…』

ハイロバの言葉が堰を切ったように溢れ出し、老人の話を遮る。

『何より、もう皆の堪忍袋は限界です。一刻も早くかの外道を引き裂いてやりたいと殺気立っている。このままでは内輪揉めの危険すら見えてくるでしょう。無論、それらが当代ビヌヤンカである私の至らなさ故であることは承知しております。しかしどうか、この未熟者に内外の脅威を一気に消し去る術…魔人討伐戦の許可を頂けませんか。』

集落の内乱を引き合いに出したからだろうか?

長老会の面々が顔に刻んだシワがより深くなる。

『…これ以上死者を出すことは許さん。だが、全ての最終決定権は何時如何なる時もビヌヤンカにある。これから数日間…我等長老会は修練場で何が起ころうと関知せん。総指揮は主が取れ、当代のビヌヤンカよ。』

『ハッ…ありがとうございます。必ずや魔人をこの森から消し去って参ります。』

それが最後のやり取りだった。

ハイロバに促されるまま外に出たジュラ、彼は圧迫感の無い空気とはこれほど美味しいモノなのかと内心驚いていた。

『すまなかったな客人。だが、長老様方は立場上ああ言うしかないのだ。我々現役の戦士以上に腸が煮えくりかえっているというのにな。』

ジュラの後から集会所を出たハイロバの顔は憂いを帯びていた。

『…わかってらぁな。俺やアンタが産まれる前からここで暮らしてたんだろうし、故郷の侮辱なんてぜってー許せないだろーよ。』

『この里は狭い、ほぼ全員が家族のようなものだ。長老様方は皆、あの日殺された戦士達のオムツを変えたこともある。我とて痛みは血を分けた兄弟を殺されたのと変わりない。何より…誇り高き猿人の戦士がナメられたままでは示しがつかないからな、本当は長老様方が自ら前線でぶん殴ってやりたいとか思ってるんじゃないか?それが本能だ。』

最後こそ軽く茶化してはいるが、血が垂れる程奥歯を噛み締めていたハイロバの纏う空気は怒りに満ちていた。

ジュラが拳を差し出す。

『なんか俺もムカついてきた。改めて宣言しとくぜ、俺もネクロとかいう死体フェチ野郎をぶちのめすのに一枚噛ませてもらうぜ。』

ハイロバはその少年の瞳に嘘偽りの無い本心を見た。

『そういえば、まだ名前も聞いていなかったな客人。』

『ジュラ・パズズ、いずれ世界で最も偉大な…あー王になる者だ。』

『それはいい、サインでも残して行ってもらおうか。作戦会議は太陽が天頂に達する時に行う。時間厳守、それが約束だ。』

2人の若者は拳を突き合わせ、各々の仲間の元へと向かうのだった。

 

 

 

 

『てなわけで、同盟的なあれ組んで魔人と戦うことになった。すまん!』

手を合わせるジュラを前にカブウが微妙な顔を浮かべる。

『それは別に構わないけど…ここの戦士たちが束になっても敵わない相手に、我々の助力がどの程度のものになるか疑わしくないかい?』

『まぁ正直俺もそう思うけどよー、それがお裁きなんだし、ハナから投げ出してたら取れるチャンスも取れねーよ。』

『正午ならお昼食べる時間はある!てなわけで台所ぽいとこ掃除しといたから(カブさんが)、なんか作ってー。』

『二言目にはご飯ご飯、食べ盛りの雛鳥かてめーはよぅ。しかし昨日は夜遅かったからな、腹ペコってのは同意だぜ。よっしゃ任せとけ!』

エプロンを纏ったシェフが炊事場の前に立つ。

そして…(なんすかこの粒、なんすかこの干物?なんすかこの道具…!)

程なくして、地界にも慣れたと調子こいていたシェフは、未知の文化との遭遇の前に膝を折ったのだった。

 

 

 

『それで我が家に来たと?だが、なるほど配慮に欠けていた、詫びよう。』

情けない助っ人一行は、ハイロバの家の前で借りてきた猫のように縮こまっていた。

彼等に縋られ、玄関で微妙な顔を浮かべているハイロバの後ろから気の強そうな女性が顔を出す。

『ウワサのお客さんかい!レスラだよ、ヨロシク!さあ上がってきな、とびきりのご馳走用意したげるからねぇ!』

声の大きい女性によって強引に家の中へと引き摺り込まれる一行、流石に長の住まいと言うべきか内部はカブさんの巨体でさえ収まるほど広々としていた。

『おおー、ビックな家ですなぁ。密林の支配者にふさわしい。では失礼して、よっこいせと。』

カブウが軽快に壁へ張り付く。

『ありがとね蛙の人!うちの人ったらいっつも広くて落ち着かないって、ブー垂れてるんよ!』

特に理由も無くプライベートを開示されたハイロバは実に居心地が悪そうである。

突如賑やかになった部屋にテンションが上がった子供が2人、ごっこ遊びを中断してハイロバに駆け寄ってきた。

『歓迎する。罪人とはいえ命運を共にする戦士ゆえな。』

弾頭のごとき勢いで飛びついてきた子供に引き摺り回されつつ、ハイロバが右手の薬指を上に向ける。

察するに彼等でいうところの『どうぞお上がりください』的なハンドサインらしい。

促されるままに座敷へ腰を下ろす。

天を突くような円錐の天井や、丁寧に編み込まれた草の壁には所狭しと装飾された祭具らしきものがかけられており、その中心にある生活感満載の食卓だけがむしろ異質さを纏っていた。

物珍しげに周囲を見回していることに気づかれたらしく、ハイロバも腰を下ろして話し始める。

『祭祀に用いる道具だ、普段は威厳を保つ名目で我が住まいにて保管している。ほぼ物置のような扱いだが、触れるのはやめてもらおう。』

言われてみれば、それらは一見無造作に感じるほど置かれた場所に溶け込んでいるが、そのいずれにも埃一つ積もってはいなかった。

面長の仮面も、棒付きの人形も、木製の繊維で綴られた木の札も、その全てが里の民の確固たるアイデンティティと神秘性を湛えている。

夕日が差し込む自然のアーチや緻密に計算された彫刻作品を見た時のように、自然と敬意を払いたくなる存在だった。

『気高い、な。』

ジュラの口から思わずそんな言葉が漏れ出る。

『我等の柱である。最高級の簾より更に精密に編み込まれ、積み上げられた先達の営みが我等を生かす。…それが歴史だ。』

そこにはホンモノの敬意があった。

自らの子に引き摺り回されて尚崩れなかった顰めっ面が柔和になっていく。

(意外とタレ目なんだな)ジュラがそう思ったのも束の間、ハイロバはすぐにいつもの険しい顔に戻っていた。

『なんだ、王器たる者なら人の顔をやたらと見つめるのは失礼にあたると知れ。』

『ああ、悪い。』

あんまり深掘りしたら不機嫌になりそうな案件だ、ここは黙っておくのがマナーであろう。

程なくして錆びた鈴が鳴った。

それがこの一家における食事団欒の合図らしい。

心地よい酸味を感じる香りに誘われて食卓に向かうと、そこには好奇心を掻き立てられる大皿の数々が並んでいた。

『全員揃ったね?遠慮無く食ってきなよ!』

レスラの音頭を合図に子供達が手を伸ばし、つられてイオンやカブウも未知の料理をまじまじと眺めてから口に運び始める。

『申し訳ありません、レスラさん。急に押しかけてご馳走までしていただき…』

ジュラ的には誰だオマエと言いたくなる模範例天使的態度をしているゼロに対し、レスラは快活に笑いつつ手を振る。

『いいってこったよ、元々ご近所さんにも配るんで多めに作ってたんだ。食べなぁ食べなぁ。』

ゼロが木製のスプーンに手をかけたのを見つつジュラ自身も料理を頬張る。

最初は何事かと思った赤いスープは、トマトのような酸味をオレガノに似た風味のスパイスが引き立てている。

加えて、具となっている食材がまた相性抜群であった。

僅かに元の乳白色を残した果実は適度な歯応えとほのかな甘みが心地よく、特に美味な紡錘形の食材は口内でクリームチーズをそのまま封入したかのような濃厚な味を溢れさせている。

噛めば噛むほど芳醇な旨味が滲み出てくるその食材に対し、(物理的な意味で)炎の料理人ジュラ・パズズは大いに可能性を感じていた。

『ミセス・レスラ、いや師匠!この食材はなんなんだ!どこで手に入るんだっ!ご教授願う!』

『師匠ってワタシのことかい?面白い人だねぇ。そいつはパムハム、コータンの幼虫さ!その辺の枯れ木掘ったら出てくるよ!』

(あれ、聞き間違いかな?今ヨウチュウとかなんとか聞こえたような。)

カブウが1人勝手に納得する。

『ああ、どこかで食べたことあると思ったらこれはゾウムシの幼虫じゃあないか。相変わらずクリーミーで美味い。』

ジュラの手が止まり、脂汗が額に滲む。

そう、下手な肉には劣らない程美味なる食材なのだ。

だが、正体を聞いてしまえば舌に触る皮の感触がやたらと生々しく感じ、どうしても飲み込めない。

なんという不幸か、あらゆる食材に偏見を持つまいと意気込んでいた漢ジュラ・パズズは、蛆虫系のビジュアルがどうしても、どーしても受け付けないのであった。

だが、体力補給もしなければならないし、第一出された料理を残すなど己の心が許さない。

ジュラはよくよく見れば結構形が残っている頭に気づかないフリをしつつ、ただ悟りの境地にでも入門したかのような顔で黙々と口を動かすのだった。

 

 

 

 

太陽は真上から里を細々と照らし、里には夜から狩猟に出ていた者達が手ぶらで帰還していた。

『獲物は?』

『やはりダメだった。テニュー1匹見当たらん。』

『そうか、ご苦労だった。日が「フムトゥム」に隠れたら例の会議が始まる。それまで休息をとっておけ。』

門番と言葉を交わした狩猟当番達が重い足取りで帰ってゆく。

(空はやや曇り、陰鬱な夜でなければ良いが。)

門番は自身すら意識しないうちにため息をついていた。

 

 

 

修練場、物理的にも精神的にもこの集落の中心に位置する、いわば心臓部にして脳幹的存在でもある。

設立の際は集落の発展を願い、当時の人口の全員が収まる程のキャパシティを持たせて作られた記念碑的建造物だった。

今宵、その願いは叶えられ、修練場は満員御礼となっているが…きっと製作者達も喜べる状況ではないだろう。

なぜなら、そこにいるのは静かに殺気だった戦士達ばかり。

巨木を輪切りにした宴会用のテーブルには、物騒な武器やドロリとした緑の痛み止めの瓶が並び、尋常の雰囲気ではない。

戦士達が、各々家族から託された御守りを握りしめる。

その音だけが満ちた空間にその声は良く通った。

『戦士よ、集まりに感謝する。』

ハイロバがテーブルに着く。

『もう8回目にもなるが言っておく。この戦いはビヌヤンカの名の下に強制するものでは無く、戦士ハイロバとして皆に助力を願うものである。無論、家族を連れて里を発つ者や剣を折る者がいても責めはしないことをここに誓う。』

誰1人、戦いを躊躇う様子は無かった。

ハイロバが深い感謝を込めて首を垂れる。

『では、これより第8次魔人ネクロ征伐の作戦会議を開始する。異議、質問等ある者は都度申し出よ。』

修練場の壁には薄い石が嵌め込まれている。

そこにはすでに、里周辺の大まかな鳥瞰図が書き込まれていた。

『前提として、班分けは従来通りの1から8班で行う。各班員は指示役の命令に従って動け。加えて、風の噂で聞いているやもしれぬが、今回の作戦は先日捕えた罪人の一行が従事することになっている。2班にジュラ・パズズ、3班にゼロ・ゼロ、5班にイオン・アイシクル、6班にカブウの4名を配属することに決定した。以上4名も同様指示役に従え。』

未だ死人のような顔のジュラを除く3人が背筋を伸ばした。

ハイロバが白墨を手に取り、鳥瞰図の一点に点を打つ。

『本日日没直前の時点でネクロは位置を変えず、点の位置…祀墓所より西方30mに陣取っていることが報告された。また、対象からの要求や敵対行為を除くコンタクトは未だ無く、依然目的は不明な点がある。…尤も、ヤツに爪の垢一つたりともくれてやる気はないが。』

最後に付け足された一言は戦士達の総意だった。

その一言だけで全体が殺気だった集団から、統制された師団に変わったことが理解できる。

舌に残る虫のネットリ感に頭の大部分を持っていかれていたジュラも、釣られて引き締まってしまうほどに。

『敵勢力で注意すべき個体筆頭はネクロ、これまでの傾向からみてヤツは使役する死体の集団がある程度破壊されない限り、戦闘に参じてはこない。が、光の槍に加え死体操作、未だ対策ができていない不可視の刃、確認しているものとして3枚の手札を確認している。』

光の槍、これはおそらく【パルセン】かその発展系だろう。

走屍術は言わずもがな、不可視の刃というのが気になるところだ。

事前に聞いた話ではベテラン戦士2人を瞬く間に葬った技らしいが。

『そして、ヤツの…研究拠点にされた祀墓地には死体軍団が約80体、警備は強固と言える。特に注意すべきは個体名アイン、個体名リブラの両名。前者は片足を剣に置き換えられた竜人の死体で、ヤツの悪趣味な玩具の中では最も戦闘に適している。後者は毒を仕込んだ骨がどこからでも飛び出す厄介極まりない個体だ。どちらも、対処に当たることになった者は必ず複数人で相手取ること、困難であれば撤退も視野に入れろ。』

その名が出た瞬間、何人かが歯を食いしばる。

出たのは怪我人か犠牲者か…前者であることを願いたい。

『そしてネクロの滞在地点の背後300mに位置する泥濘……………ヤツはそこで我等の同胞を弄び私兵としている。当然盗み出されたマカク様もそこに………数は25程度だが、ある意味最も苦しい戦場と言えるだろう。』

握り締めた拳から血を垂らす者がいた、瞬きも忘れ血走った目を見開く者がいた、尻尾の先端まで青筋を浮かべて激情を抑える者がいた。

大英雄マカク、中央連合を相手に取引を仕掛け、戦乱の中にあっては獅子奮迅の活躍を見せた先代のビヌヤンカ。

玄孫にまで見送られながら静かに眠ったその男は食後に聞いた限りでは、老若男女誰からも慕われ尊敬されていた。

過去を尊ぶ彼等の中で、大往生した英雄がオモチャ未満の扱いをされ、魂の尊厳を踏み躙られているというこの状況がどれほど屈辱的なことなのだろうか?

それは、ジュラには想像もできない領域だった。

戦士達の中からポツリポツリと声が上がり始める。

『疑問か?述べろ。』

ハイロバはすでにその意図を察している。

『俺たちは何処をぶちのめせばいい!教えてくれビヌヤンカッ‼︎俺たちはッ、何処から攻め込んでどいつから叩き潰せばいいんだ⁉︎』

若者が吠えた。

ハイロバの手が動き出し、石板に道が示される。

『確実に潰すべきは墓所の護衛、ネクロの手札を大幅に削いでおきたい。ここには1から4班を投入し、速攻をかけるつもりだ。同時に、泥濘の同胞達には5から7班が対処し、速やかに遺体を回収する。8班はネクロより80mほど離れた丘で動向を監視し、挟み討ちの形を維持しつつ決戦時の援護射撃を任せたい。』

若い戦士が手を挙げる。

『班が深刻な被害を受けた場合は⁉︎』

『従来通り退却だ。己の命を第一に考えよ。』

手が挙がる。

『要注意個体の位置の確証は?』

『無い。あくまで斥候の定時報告とこれまでの傾向を元にした予想図だ。故に、誰もがアインやマカク様と対峙する可能性があることを心得ておけ。』

『タフな死体どもが相手、長期戦は必至、補給は?』

『心配無用、戦士ではないが里の有志達が前線近くで援護体制を整えている。』

『虚を突かれ里が襲撃された場合は?』

『外壁は強化した。班の長達に渡したその札に染み込ませた塩水と同じモノも塗布してある。防衛責任者は長老会が引き受けてくださった。』

髭面の戦士が恐る恐る手を挙げる。

『もし…もし同胞達の操りを解くことができぬときは…?』

『…その時はせめて破壊し、森へ還してやるべきだと我は考えている。抵抗があるなら無理強いは…』

『いえ、問題ありませぬ!慈悲を持ってこの刃で。』

『諸君もそれでいいか?…そうか、すまない。』

地図も、戦略も、敵の情報も、現時点の全てを頭に叩き込んだ。

ハイロバは一人一人の質問に答え、細かい点を擦り合わせているが、事前にほとんど説明されていたジュラ達には必要無さそうだ。

作戦決行は翌朝6時、視界が十分に確保可能且つ結露や朝霧で死体が痛みやすい時間である。

 

 

 

それは日も落ち月が中腹まで登ったころだっただろうか、突如樹海から光の柱が立ち上り空を照らした。

直後、里に降り注いだのは内臓を失ったピラオナキの死骸だった。

明らかな挑発、宣戦布告ともとれる異例の行為だ。

(なぜこのタイミングで?…作戦の存在がバレている?)

多くの戦士の頭に嫌な考えがよぎる。

結果的に戦士達は緊急招集、先手を打たれてしまった事実は受け入れつつも、予定を前倒しにネクロ討伐へと向かうことが決定したのだった。

当然ジュラ達も叩き起こされ、ストレッチもそこそこに門の前へ引き摺り出される。

総指揮兼7班の指示役、ハイロバが門の上に跳び上がる。

『まずは我の見通しの甘さを詫びたい。方法は不明ながら、敵方に会議の開催及びその内容までもが筒抜けになっている可能性を失念していた。故に里を危険に晒した、深く反省する。』

あの会議の場には誇り高き戦士のみが集められ、侵入者や内通者の影は無かった。

情報の奪取は不可能なはずであり、先程の事態もまた予想だにできなかったはず。

そんなことは誰もがわかっていた。

『だが幸いにも敵が移動した報は無く、作戦はまだ生きている。既に失態を犯した我であるが、それでも今暫くビヌヤンカとして振る舞って良い、と考える者のみ話を聞け。』

凪、だった。

不思議と松明の燃える音さえ耳に届かなくなる。

『敵は抜け殻である。敵はただ肉の塊である。たとえ敵が師父、兄弟、戦友の顔でその技を振るおうと、それはただただ嵐で曲がった木が形を戻そうとする現象と変わらぬ、意思なき運動に過ぎない。敵に守る者はおらず、故にその剣に正義無し。我等の技は浄土への開拓であり、罪禍無き人形への餞である。』

ハイロバの口から自らへと言い聞かせるような口調の言葉が紡がれ、戦士達は見つめ直す。

これから己が打ち勝たねばならない相手のことを。

青白く透明な半月の光がより強く輝いた。

ハイロバが一際大きく息を吸い、力に満ちた言葉を発する。

『我等の誇りを取り戻すぞ。』

戦士は吼える、身体に怒りを、頭に水鏡の思考を巡らせて。

 

非道の魔人ネクロ討伐作戦が今幕を開けた。




ブライト少尉もここ出身です。
ロマネスコ性は後見人となった人物が国王から賜われるよう便宜を図ってくれました。

登場人物

長老会
孫やひ孫にベタ甘なおじいちゃんおばあちゃん達。
現役は引退してるので大体暇してる。

レスラ
ハイロバの妻にして2時の母。
ビヌヤンカを従える真のドンという説もなきにしもあらず。

用語集

ツヤバネヨナキドリ
魔閣樹海に特産する青い羽の鳥。
鳴き声を聞いた者を発狂させる物騒な性質をもつ。
主な餌は昆虫で、特に狂死した動物に集まるハエが好物。

ニラミヒョウソ
魔閣樹海に特産するモモンガっぽい小動物。
手足の間に張られた皮膜の眼状紋から、月光由来の魔力循環を狂わせる光を放つ。
勝手に近づいて勝手にビビり防衛行動を取り始めるやべーやつ。

走屍術
人工的な魂モドキで死体を操る外法。
使用するだけで魂が穢れ、まともな輪廻には戻れないとされる。

蛟脈紋
強い魔力の奔流が体表に痕となって残る現象。
形成時には発狂もできない程の激痛がある。

フムトゥム
魔閣樹海の東方に位置する標高5092mの独立峰。
名の意味は塩を被った、とのこと。

パルセン
パルンの貫通力を上げた魔法。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。