魔剣王正伝   作:プルプルマン

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ニラミヒョウソくん害獣すぎるな…


竜血

足元で湿った小枝が折れる音が響き、寝ぼけていたキリギリスの類は慌てて迫る巨大生物から逃げ出す。

こちらは祀墓所の制圧を任ぜられた1〜4班である。

四つの班は不意の全滅を避けるべく、互いに数十メートル離れて目的地へと向かっていた。

既にポジションに着いている8班が灯す松明の色に変わりはない。

何かあれば炎に石の粉を混ぜて色を変えるそうなので、今の所作戦に滞り無しといったところだろう。

視線を横に移せば、木々の間をチラチラと不自然に光るものがある。

それは月光を反射して輝く手鏡だ、ただでさえ暗い樹海故班同士の通信に十分な光量を確保するには、熟練の技術が必要である。

正常な信号が届いていることから、他の班にも未だ問題無し。

とはいえ敵は未知数、相変わらず1秒たりとも油断は許されない。

気を引き締め直すジュラの視界が明るく開けた。

月明かりとはいえ、暗澹とした樹海の中を進軍していたジュラの目にはちょっと堪えるものだった。

数秒のホワイトアウトの後、ようやく少年は目の前の光景を認識する。

厳かな空間だった。

冷たい光が照らし出すのは、几帳面に敷き詰められた閃緑岩のプレートと丁寧に焼き入れが施された木材で装飾された、広い墓地。

毛細血管のように巡らされた道の外には、樹海において貴重な日光を求め咲く花と、緑に埋もれゆく名を刻んだ石があるのみ。

そこは里のもう一つの姿、気品ある安寧の園であった。

しかし今宵の園にそういった『穏やかさ』は微塵も無い。

初めてこの場所を訪れた者の勝手なイメージだが、恐らくはいつもと変わりない風景なのだろう。

だが、そこには輝かしく悔いなき生涯を全うし、縁者に看取られた者では決して抱きようの無い害意と怨嗟が渦巻いていた。

目に見えそうなほどにそれを感じるのは、何もジュラ・パズズが悪魔という異界の存在であるからというわけではない。

現に、周囲の戦士達も見慣れた場所を見る眼差しではなく、憤慨とほんの少しの恐れを帯びた目をしている。

負の気配の密度たるや、バグショットの爆裂魔事件跡地にも劣らないだろう。

指示を待たず、最初に歩み出したのはジュラであった。

理由は自分でもよくわからない。

だが、結果から言えばそれは正解だったのだろう。

7回挑み、その全てで敗走を喫した戦士達はいかに強力な心身を持っていたとしても、押し殺した未知への畏れから這い出てきたトラウマと呼ぶべきものがまとわりついて来ていた。

誰かが飛び出さなければ、4つの班全てが貼り付けられたかのように動けなくなっていたかもしれない。

そういうことが本能的にわかっていた、それこそが理由だったのかもしれない。

効果はこれ以上はないほどにバツグンだった。

『誇りを取り戻す』そう吼えてここまでやってきたにも関わらず、一番槍を切ったのが部外者であった事実に戦士達は恥じ、奮い立った。

1つ、2つ、足音は次々に増えてゆく。

 

 

 

 

『フン♪フンフフ♪フフン』

縫い物をしながら男が鼻で歌っているそれは130年前の流行歌だ。

男は世俗に疎く、現代の流行歌どころか過去50年以内に流行った曲を一つも知らない。

最後にコンサートなど見に行ったのはいつだっただろうか?

これでは、せっかく訪ねてきた『お客様』と世間話もできやしない。

男は大いに反省し、新しい蓄音機でも買ってみるかと頭の中で検討する。

(せめて今使ってる薬がもうちょっと安くなればなぁ。)

修繕作業ももう少しで終わろうとしていたその時、男がピタリと手を止める。

『ちゃんと来てくれたんだぁ。もう暫くは余裕あるかもだけど…うん、よし決めた!そっちに集中しよう!てなわけでぇ、キミはもうちょい待っててくれるかい?ゴメンネ!』

男が席を立ち鼻歌を再開する。

冷たいテーブルの上で、千切れた皮膚が中途半端に縫い合わされた人の形が蠢動していた。

 

 

 

4つの班が墓所に足を踏み入れ、全員の姿が月明かりの元に現れたその時だった。

ボグッと土のヒビ割れる音が響く。

言葉の断片とも、獣の唸り声とも判別し難い音を発しながら、それは地中から上がってくる。

最初は決まって右手だった。

天に救いを求めるようにそれを伸ばした後、少しずつ土を押し除けて体が這い出てくる。

もはや、月下に揺れる花園は見る影もない。

漂い始めた死の香りに眉を顰めつつも、ジュラは(ああ、ネクロって奴は右利きなのかな)とくだらないことがよぎる程度には頭が冷えていた。

嫌悪と恐怖で一周回ったか、この非道に義憤が燃えているのか、どちらにせよ戦いに臨む精神状態としては良好だ。

ふと、ジュラが気づく。

起き上がる死体の中に一際目立つ影が2つあった。

影が纏う悪性を煮詰めたようなドロッとした気配を、戦闘の本能が感知する。

(アレは抑えなければダメだ。)

ジュラとしては非常に癪であるが、ゼロも同じ直感を抱いたらしい。

戦士達の中から2人の少年が飛び出し、他には目もくれずその影に攻撃を仕掛ける。

直後にくぐもった激突音が響き、戦士達のテンションは際限無くヒートアップしていく。

その鈍い音が鏑矢となり、戦いの火蓋は切って落とされた。

 

 

 

ソレは画家が自らの血を顔料に練り込んで描いた絵画に似ていた。

ソレは邪意無き子供が翅だけを切り落とした蝶に似ていた。

ソレは接がれていた。

肘を、腹を、脛を、顔を…至る所を純白の糸で縫い合わされたソレは、古びたクマのぬいぐるみのように、歪なパッチワークを当然のものとして受け入れていた。

敵の体制が整わないうちに攻撃を仕掛けたにも関わらず、様々な生物を継ぎ接ぎして生み出されてしまったソレに、気押されているのはジュラだった。

異様な角度に首が曲がり、何かが外れる音が鳴った。

ソレは己の体に深々と刺さった魔剣アメーリオを、白く濁り切った眼球で眺めていた…のだと思う。

生者であれば致命の剣を、他人事のように扱うソレにジュラがとった行動は全力の殴打だった。

側頭部、脊椎動物の多くで皮膚と骨格の距離が近い場所として、真っ先に狙うべき急所にも数えられている。

だというのに、拳に伝わる感覚は泥の詰まった袋でも殴ったかのようで、グチッという音が不快感を掻き立てる。

魔剣が抜け、背中から倒れるその個体の胸には『アイン』と識別用の個体名が文字通り焼き付けられていた。

『何やってんだテメェ‼︎バカがァァ‼︎』

ただただ口を吐いてでた怒鳴り声だった、何に対しての言葉だったかなど分からなかった。

ただジュラの内側からは猛烈な嫌悪感と激情が湧き上がり、角の先まで熱くなるのを感じていた。

ソレは手がモグラのように硬質化し、3本の鋭い爪が植え付けられていた。

ソレは足りない肉と皮を適当な獣で代用されていた。

ソレは切除した左足をブロードソードに置き換えられていた。

ソレは、剣を突き立てられても声一つ上げず血の一滴すら流さない狂気の産物だった。

(どういう精神ならこんなことができる?どういう一生ならこんなことをしようと思う?どういう存在なら、こんなことを百もやっておいてヘラヘラ笑っていられる⁉︎)

完全に生命というものを踏み躙るようなその在り方に、ジュラ・パズズの全身が戦慄していた。

 

ゼロが舌打ちする。

その視線の先には内部から無数の氷に貫かれつつ、両手を突き破って飛び出した鋭い骨を振り回してもがく、個体名リブラの姿があった。

あの憎たらしいヤツと思考が重なりそうなのが嫌だとか、そんなことはもうどうでもよかった。

ただ、今は一刻も早く目の前の人形を眠らせてやりたい。

2人は心の底からそう感じていた。

 

立ち上がるアインに対し、剣を振るう。

ジュラの狙いは両腕、まずは物騒な爪の機能を奪うことが先決である。

アインの反応は鈍く防御する素振りを見せる様子もない。

故に何の障害も無く柔らかな肉に刃が食い込んだと思った次の瞬間、ジュラの手に金属でも切りつけたかのような痺れが走り、後方へ飛び退く。

紙一重であった、ほんの少し行動が遅れていたらカウンター気味に繰り出されたアインの右膝を受け、喉笛を切り裂かれていただろう。

その膝からは乱雑に継がれた獣の牙が飛び出していたのだから。

勢い余ってアインの腕から肉がこぼれ落ち、剣を弾いたものの正体も明らかになる。

『竜腱か…』

恐らくは元の骨格に巻きつけて補強する目的があるのだろう。

竜の腱を束ねたものが傷口から覗いていた。

その処置は関節等の重要箇所だけなのか、全身に及んでいるのか。

リスクを考えると安易な攻めには出られない。

状況に縛られ、自然と受けの姿勢を見せたジュラに爪を振るったアインが飛びかかる。

予備動作の素振りすら無い、常識はずれの動きになんとか思考が追いつき【フロン】を唱える。

炎の塊はアインの身を焼き、その尊厳を取り戻す…はずだった。

炎はアインの身体をすり抜け、はるか上空へと消えていく。

理解が追いつかないジュラの頭に重い衝撃が走ったのはその直後だった。

 

意識を失っていたのはほんの一瞬だったのだろう。

額を流れ落ちる途中の血を感じるし、何よりジュラ・パズズはまだ生きている。

揺らぐ視界に飛び込んできたのは骨槍の先端から黄色い液体を滴らせるリブルと、左手が凍りついたアイン、そしてその2人を相手取るゼロの姿だった。

瞬間、ジュラは飛び起きると同時に【マノリオン】を唱え、足の剣を振りかぶったアインとリブルをまとめて吹き飛ばす。

『ホテル気分なら他所で寝てろ。コウモリヤロー』

『ありがとよ、助けられた。本当に』

自分が未だ三枚おろしにならず、生きているのは紛れもなくゼロが直前にアインの右手を凍らせてくれたおかげである。

恩に報いるなら、言葉ではなく剣を振るうべきだろう。

半身に構え、剣を顔の横まで持ち上げる。

『横から見てたが、アインのアレは魔法か?』

『いや、魔力の流れを感じなかった。たぶん能力。そっちのはなんか特別なことは?』

『リブルの骨から滴っているアレは事前情報通りの毒だ。掠った腕がまだ痺れてる。』

ゼロがぎこちなく拳をつくって見せる。

『麻痺性か。無視できるレベルじゃなさそーだな…相手チェンジするか。』

『癪だが同意だ。俺の冷気はアインの誤魔化しを潰せる面の攻撃で、お前の剣は毒の影響を受けない。』

改めて、ジュラがリブルに狙いを定める。

抉れた地面から起き上がった2人と油断無く立つ2人の視線が交差した時、再び激突があった。

 

毒液迸る骨槍を剣で流れる水のように捌いていく。

その僅かな隙を突くように唱えた【バチン】や【フロン】は、的確にリブルの身体を捉えていた。

極めて順調、だがそれが逆に不気味である。

(この程度の戦力で、わざわざ猿人達が要注意とまでするか?絶対にまだなんかあんだろ。)

ジュラのヤマカンにも似た警戒は功を奏した。

リブルから何かが飛び出した、そう認識したその時に身を引くことができた。

片隅に添えておいた疑いの心が一瞬早い回避を可能にしたのだ!(自慢)

距離をとったジュラが確認する。

リブルは胴体から折り畳み式に改造された肋骨を伸ばし、バランスを崩してよろめいていた。

コキキ、ポククと源を知りたくない音を立てつつ蠢くリブル。

突然、その胴体が縦に伸びたかと思えば、腰を境に身体が上下に分かれ伸長した背骨に巻きつけられていた竜腱が解けていく。

人間を上下に切り離して間にムカデを挟んだ、そうとしか表現のしようがない異形だった。

背骨から甲殻類の付属肢のように垂れ下がる竜腱は中に配された神経によって、蛇よりも滑らかにくねり敵に毒を差し込もうとしている。

呻き声か骨の軋みか、建て付けの悪い窓を開いたような音が鳴る度に黄色い液体が滴り落ちていた。

『冗談じゃねーよまったく…』

毒の飛沫を飛ばすリブルを前にジュラが顎を押さえる。

一瞬頬を掠める、その程度だった。

しかし未だ顎に力が入らず、嚥下できなかった唾液が溢れるままになっている。

一撃すらも受けることは敗北を意味する。

とはいえ、生物の身体とはままならないもので、咬合力の低下は握りの強度すらも連動して弱めてしまう。

最悪、剣は単体で飛ばして魔法メインで攻めることは可能だが、咄嗟の守りを【プロトン】のみでこなせる自信は無い。

数の不利をとっている以上、猿人の戦士達に助力を求めることも難しい。

殴られた頭が未だ調子を戻していないジュラであったが、リブルに待つという選択肢は無かった。

 

ゼロがアインの額に氷柱を突き刺す。

だが、その姿は掻き消え氷柱はただの木を抉っていた。

刹那、背後に勇無き爪が踊る。

だが、ゼロは樹皮を覆う氷面に映る本体をハッキリと見ていた。

背後への蹴りで膝を破壊し、つんのめった頭部を氷柱で貫く。

ほんの数秒ではあるが確実に動きを封じられるアイン、時間としてはギリギリだった。

ゼロの作り出した黒い氷柱がアインを貫く。

『ヤツに見られたくは無かったんだがな、ブラックモンブラン。』

氷柱を起点に休息に発達した一枚氷がアインを飲み込んでゆく。

身体の大半が飲み込まれてからようやく抵抗を始めるアインであったが、時すでに遅し。

氷に飲み込まれ損ねた右手は切断され、それ以外の全ては程なく運動を停止した。

念の為に右手の方も凍結させつつ、ゼロは確実に能力の成長を実感していた。

これでこそ、1人になってガムシャラに戦闘を繰り返した甲斐があるというものだ。

(このままいけば…先生も…)

ジュラの方でも援護してやるかと目をやってみれば、先程までのリブルとは似ても似つかないバケモノが暴れていた。

(あれが民達の警戒の意味か?となると同じ扱いのコイツも…)

凍りついたアインの右手と本体を交互に見やる。

なにか猛烈に膨れ上がる嫌な予感に従い、本体を砕こうと氷の戦鎚を作り出したその時、封じられた氷塊は自ら砕け散った。

破片から目を守りつつ思考を巡らせる。

(異常だ…今のは明らかに外からの力だった。まるで強靭なワイヤーで縛り上げられたような割れ方だった。)

徐に氷の盾が粉砕され、衝撃でゼロが墓石に叩きつけられる。

『ぐぁッ…なんだ?見えなかっ…‼︎』

アインの身体から滴り落ちるのは、接ぎ合わされた誰かの肉片だった。

もはや押し付けられた皮と肉はアインの動きを阻害せず、助けもしない。

切断された腕の断面から白い糸が伸び、主人の身体と結合する。

壊れゆくアイン、自身の形を保つ術を放棄したソレは生前の習慣を呼び起こし、既に摘出された臓腑の奥底から無音の咆哮を上げたのだった。

 

 

 

連続して放たれた【バチン】に異形のリブルが嫌がる素振りを見せる。

リブルは、隙あらば部位を問わず滅多刺しにしようとしてくる魔剣を払いのけつつ、それらの源の排除を試みていた。

しかし攻撃は最小限で、逃げに徹するジュラを捕まえることは成し得ていなかった。

『ハハーン、どこ見てんだ!こっちだこっち!』

今やっていることは、言ってしまえばただの時間稼ぎである。

例えこのまま、一万年鬼ごっこを続けたとしてもジュラに勝ち目は無いし、いずれは追い詰められて死ぬしかないだろう。

刺突が与える損傷には期待できず、魔法も一番反応があった【バチン】を繰り返してはいるが、嫌がらせの域を出ない。

勝利をハナから捨てた、明らかな下策であった。

だが、ジュラはそうとわかっていても道化になるしか道はない。

本当に倒したい巨悪は屍の軍団のさらに奥でふんぞりかえっているのだ。

故に、ジュラ・パズズはここで一度に大量の魔力を消費するよりは、援護を待って温存する方が得策であると考えた。

(目は離せない、戦場の様子は音で読み取るっ!)

だがしかし、ジュラの目論見に反して切れども叩けども貫けども立ち上がる無尽の兵団相手に戦況は拮抗していた。

走屍術で造られた兵は擬似霊魂が格納されている頭を狙え、そういう定石も通じていないらしく、頭部どころか上半身を失って尚戦士達に爪を食い込ませようする個体もいる。

いくら戦士達がタフだとはいえど、これではどちらが根負けするかなど目に見えている。

幸いにしてこの兵団は電気を嫌うことが周知され始めているらしく、戦場の至る所から空気が灼ける音が響いていた。

横の対決からは分厚い氷を打つ音が聞こえる。

それは氷の盾だった、本気で固めれば破城槌の一撃すら耐えうるおそらく最高の防壁。

だがそれを切っているということは、ゼロが防戦一方に追い込まれているということである、援護は期待できない。

手札は正しく切れ、ここで負けてりゃ倒したい巨悪もクソも無い。

ジュラ・パズズは逃げ回るのを止め、無尽の毒液を産生するリブルの正面に立つ。

魔力の全放出かアメーリオの一振りか、どちらにせよ目の前の異形を痛手を与えることが可能なのかは不明で、成し遂げたとしてもそれで終わってくれる保証は無い。

だが、勝機を他人に頼って逃げ回るよりは性に合っているはずだ。

ジュラが腰を落とし目を閉じる。

どこに一撃受けても終わりなら、もう余計なことは考えなくていい。

逃げ回っているうちに顎の痺れは治った。

であればあとは奥歯までカッチリ食いしばり、全力を持って振るうのみ。

ジュラの体から力みが抜けていく。

知ってか知らずか、その姿勢は居合い剣術によく似たオリジナルへと変じていた。

ジュラの手に魔剣が未知の形状に変化していく感覚が伝わってくる。

不思議ととるべき行動はよくわかった。

けたたましい足音が目の前に迫る。

少し反った片刃剣に変じた魔剣の柄に手をかける。

リブルも敵の異様な様子に気がついたらしく、後方へ下がろうと試みた。

しかし、そこは既に射程圏内。

力みの落差が産む膨大なエネルギーを、100%届けられる場所だった。

『魔剣 レッコーム アメーリオ』

刃が獰猛さを解放するのはほんの一種でいい。

コンマ1秒にも満たない時間の中で全身全霊を込めた一振りに勝利を託し、次の振りは考えない。

だからこそ、束ねた竜腱と骨槍を生贄にその一撃を防がれたのは致命的となる…はずだった。

『なんだ、油断でもしてくれんのか?…元々人間なんだもんな。』

ジュラが魔剣に添えていた左手には、いつの間にか別のものが握られていた。

渾身の一撃を受け止め、硬直しているリブルにそれが突きつけられる。

『イオンコメット、最大出力だぜ。』

銃口が赤熱し、放出された膨大な柱状のエネルギーが地平の彼方まで伸びていく。

光は異形の全身を覆い尽くし、ソレが生前を回顧する間も無くこの世から消し去ったのだった。

 

すぐにでも援護へ向かいたかった。

だが大技2つの連発に細々した魔法の使用で、ジュラの魔力は完全に枯渇していた。

平衡感覚を失い倒れ伏す、肉体の疲労とは違うその感覚をジュラ自身は『酔う』と呼んでいるが、やはりいつでも気分の良くないものである。

あくまで一時的な反動であり、数分程度で運動機能は回復するものの、その間ゼロが倒れない保証は無い。

だが動けないものは動けない、それは受け入れて次を見る必要がある。

気持ちばかり焦るのを押さえつけ、休息に集中しようと目を閉じる。

いつもは何とも思わない数分の『待ち』が、何とも長いように感じて歯痒かった。

 

 

『オフクマック』、あらかじめ氷の膜で包んだ過冷却水を無数に浮かべておき、外敵の攻撃に対して自動で凍結するように罠を張る攻撃のための防御技である。

本来の標的には無意味な小細工程度にしかならないであろうこの技も、今宵の戦闘では大いにゼロの助けとなっていた。

自動展開する柔軟なシールドは、鬼神のごとき怪力を雷獣のごとき速度で押しつけてくる竜人の戦闘法に対してすこぶる相性が良かったのだ。

それが幸いして、ゼロ自身はアインの動きを半分も追えていないというのに、未だ致命傷は避けられていた。

無論、ゼロも黙って守りに徹し縮こまっていたわけではない。

あらん限りの脳細胞を動員し、アイン以外の一切を無視する極限的集中状態でその動きを捉えようとしていた。

1つ1つは単純な力づくの攻撃で、そこにコンビネーションだとかテクニックだとかは微塵も無い。

さらに言えば、今この瞬間もアインの肉体は崩壊し続け、無理矢理糸で繋がっているだけの状態だ。

だが、それでも尚ベストコンディションとは程遠い身体能力の差だけで、ゼロを圧倒する機動を実現しているというのは驚異的であると言う他ない。

しかし、一点だけゼロがアインに勝る点があるのも確かだった。

『…そこか。』

それは成長である。

生命の真価とも言えるその現象は、ゼロの中で自身の敗北が齎す危機の予感に押され、飛躍的に加速していた。

アインの肩に氷塊が食い込む。

もちろん、崩壊しながら動き回るアインにしてみれば、その程度のことはダメージとも感じないだろう。

だが、重要なのは攻めに転じる機を見つけ出した、ということである。

ほんの1秒前までは0だった勝率がほんの少し上に振れたのだ。

それ即ち、無限の希望が生まれるその瞬間である。

『マァ、割には合わないな…』

ゼロが血を吹く脇腹を押さえる。

(俺自身の攻撃で一瞬防壁の配置が揺らいだか?そこ狙って差し込んでくるなんざ…ホントにさっきまでと同じ存在なのか?幸い深くはない、凍らせておけば血は止まるだろう。)

明らかに動きが獣のそれから戦士のものへと変わっていた。

アインが肩の氷を引き抜き噛み砕く。

飲み込まれたカケラは、既にがらんどうとなっている胴体からぽろぽろと零れ落ちた。

チラリとジュラの方を見ると戦いは既に決着したようだった。

『挑発か?ネクロに仕込まれているのか?なんでもいいが。』

氷の防壁を維持したままゼロが氷柱を構える。

周囲の花は季節外れの霜にあたって次々と萎れていった。

1つの花が首から落ちた音、それが次のラウンド開始のゴングだった。

最初に切り込んだのはゼロ、長い手足の懐に飛び込み翼を起点とする氷の刃を叩き込みにかかる。

しかしアインはそれを許さない。

硬い腕で刃を防ぎ、首を狙った蹴りを放つ。

踏み込みを浅く留めていたゼロが蹴りを紙一重で躱し、黒い髪が数本舞った。

即座に両足へ氷柱を突き刺すも、竜腱に阻まれ破壊には至らない。

2撃、3撃と命を刈り取る大振りの攻撃が迫るも、ゼロの回避にミスは無い。

その度関節をターゲットにした氷柱による反撃を行うも、これまたダメージになった様子は無い。

一旦距離をとったゼロが大きく息を吸い込むと、周囲に22本の氷柱が出現しアインに先端を向ける。

防壁は既に解除している。

両方を維持するのは負担が大きい上に、戦局は既に『詰め』であるからだ。

土が捲れ上がる程の勢いでアインが駆ける。

1〜5本目は何も成せず弾かれ、6本目は鉢金に当たって破壊される。

続く7〜14本目は振り回した腕で叩き落とされた。

僅かに生じた隙を刈るように15〜20本が頭上から降り注ぐも、アインの首が回転し全てを受け流される。

アインの動きに一切の遊びは無く完璧、故にゼロは最後の位置を読み切っていた。

アインの目前を2本の氷柱が融合した氷塊が覆う。

しかし、アインの腐りかけた眼球には光が差し氷塊を通して迫るゼロの姿を捉えていた。

左手で一閃、それで確実に敵の頭は輪切りになるはずだった。

しかし全く手応えを感じない、数日前に別の敵を裂いた時には確かにあった、温かい液体の存在が感じられなかった。

『屈折率だ。氷の構造を変えて位置を誤魔化した。騙しの策ってのはこうやるもんだ。』

ゼロの槍がアインの喉笛を貫いた直後、鮮血が舞う。

攻撃を意にも介さないアインの足刀がゼロの身体を袈裟斬りにしていた。

ほんの少し飛び退くのが遅ければ、ゼロの胴体が上下に分かれていただろう。

とはいえ流石にダメージは大きく、天使は膝をつく。

だが決して頭は下げない、天使であるゼロにとってその行為が赦されるのはこの世でただ1柱に対してのみである。

止めを刺そうと腕を振り上げるアインを見据え、ゼロが口角を上げる。

『聴こえてるか知らないが、アンタは結局一度もあそこで寝こけてるバカを狙わなかったな。そのくらいの戦略は立てられるんだろ?狙ってくれりゃもっと楽だったのに。』

ゼロ・ゼロはジュラと自身の間の地面に罠を仕込んでいた。

直線距離で最短となるその上を通れば、飛び出した氷柱がアインを細切れにする手筈だったのだ。

だが、予想に反してアインは一対一の戦いを望んだ。

確実な勝利よりも求めるものがあるのだとすれば、それは…

『オマケに、戦えば戦う程動きがキレてきやがるんだからたまったものじゃない。アンタ、今血ィ噴いてんだろ?』

圧倒的優位に立っているはずのアインが天使ゼロをあと一振りで葬り去れるというところで、振り上げた手を下ろせずにいた。

説法に感じ入ったという雰囲気では無い。

物理的に、身体を動かすことができなかったのだ。

『身体の話じゃない。精神の話…いや、もっといえばアンタのホンモノの魂だ。朽ちても尚黄金のような肉体と、力任せながら美しさが残る身のこなし…アンタが生前一流、いやそれ以上の高みにいた戦士だってのは誰だって理解できる。たとえ、どれほど冷たい身体になろうとも、アンタの魂はいつでも非道と屈辱に耐えて血を流していたはずだ!そこには確実な脈動があり、尊厳という熱がある。だから…眠れ。』

ゼロはこれまでの攻撃の一切においてアインへのダメージを狙ってはいない。

ただ、全てはこの一撃のために一手一手敷き詰めた布石である。

ゼロが手を前に突き出す。

直後、アインの関節全てに打ち込まれた氷の楔が急激に膨張し、その身体を100以上の破片に細断して吹き飛ばしたのだった。

 

 

 

 

ジュラ・パズズが目を覚ます。

戦場はいつの間にか静まりかえり、戦士達は粉々になった無尽兵団に祈りを捧げていた。

どうやら少年は戦士達を過小評価していたらしい。

内心反省しつつ周囲を見渡し、血溜まりの中で座り込むゼロに気づく。

『おい!生きてるか⁉︎ゼロ!しっかりしろよ!』

慌てて駆け寄り、肩を揺さぶろうとした手が払われる。

『喧しいぞジュラ・パズズ…とっくに止血は施してある、問題ない。』

『ウソつけ雑に凍らせただけだろうがバカラス!テメェに死なれちゃ寝覚めわりーんだよォ!』

『俺もやることがあるんでな、まだ死ねん…それより…』

ゼロが前方を指差す。

そこには破片同士が頼りない糸で引き合い、少しずつ形を取り戻しつつあるアインの姿があった。

『もはや敵、ではない。ジュラ・パズズ…悪魔である貴様にこんなことを任せたくはないが、あのアインを戦士のやり方で救ってやれ。本来なら救いを与えるのは俺の領分だが、このザマだ。』

『………人にモノ頼む態度かよそれが。言われなくてもやってやる、これ以上悪趣味な人形劇なんざ見たくもねぇ。』

ジュラが歩み出し剣を構える。

 

【バチン・ブレディオ】

 

魔剣の表面に雷が走った。

アインは自身の左足から剣を引きちぎり、代わりと言わんばかりに左手だったモノを縫いつけた。

皮肉にも、仕込まれた竜腱のおかげで足代わりとして十分機能するようだ。

必然、右手一つに剣は一振り。

その剣は一流の仕立て屋が施したコーディネートだとか、森の中ににある一番古い大木だとかが霞んで見えるほど、アインの手という環境に馴染んで見えた。

もはやそれは身体の一部、血潮であり骨肉と何ら変わりはない。

『ああ、そうか、その剣アンタのモンだったのか。』

白く濁ったアインの目に、微かな光が差す。

とうに脳髄は朽ち果てた、度重なる損傷により操りの術もほぼ機能をなしていない、何が崩れゆく肉体を動かしているのか?

構えはオーソドックスな中段、しかしそのフォームからは生前の並々ならぬ戦闘練度の残滓をひしひしと伝えている。

ジュラの額から落ちる血と、アインの身体から溢れる肉片が同時に地面についた瞬間、刃が交わった。

 

打ち合うことたった3回、それだけの決着。

誰がゴングを鳴らしたという話ではない、双方が勝敗を心で感じ取った直後にアインの下半身が崩れ落ちたのだ。

とっくに限界を迎えていたアインの体はもう繋がることはない。

全てが風に、土に還っていく中でも古き戦士は決して愛刀を手放すこ無く握りしめていた。

 

『満足したかよ?』

返事代わりか、アインの崩壊する身体から頑丈そうな筒が飛び出す。

キャッチしたジュラが見ると、それはシンプルな竹製の書簡だった。

どうやら体内で石灰質に包み、守っていたらしい。

『これ、どういう…?』

答えは無かった。

ジュラが目線を戻した時には、既に戦士は鎖を解かれ夜風とともに旅立っていたのだ。

悪魔と天使、とことん馬が合わない2人もこの時ばかりは揃って黙祷を捧げていた。

 

 

 

 

『………開けるのか?書簡を。』

『他に中身と意味知る手段があるなら別だけどな。現状開けないことにゃどうしようもないだろ。』

『毒でも仕込まれていたらどうする?』

『アイツの墓に泥水ぶちまけてやる。』

誇りを取り戻した戦士から託されたものだ、そうそう危険や卑劣な罠は仕込まれていない。

刃を交えた2人はそう確信していた。

長い年月を感じさせる雰囲気に反し、書簡は意外と簡単に開いた。

中に入っていたのは、これまたシンプルな漆塗りのペンと一枚の黄ばんだメモ用紙のみ。

繊維の劣化で、今にも粉微塵になりそうなメモ用紙を慎重に開いていく。

そこには、大きさも形もてんでぐちゃぐちゃの字で、『とどけてください』とただそう書かれていた。

ジュラとゼロが困惑していると、不意を突いてペンの先から煙が吹き出し、拡散することなく人の形に集まっていく。

『おい、コイツはまさか…』

『だいぶ見た目は違うけどよ…間違いねーな…』

その姿は精悍な顔つきの竜人の青年だった。

似ても似つかない外見であるが、纏う雰囲気は誇りを取り戻したアインと瓜二つである。

そんな生前のアイン(と思われる)を模した小人は、わざとらしく一礼して話し始めた。

 

『えー、コホン。

結論から言うと、俺死んじまった!

酒の約束ぁ守れなくなっちまって、マジに悪いと思ってる。

けど、何の縁か妙な妖術使いに拾われてな、今はそいつの術で体に魂を繋ぎ止めてる。

中々話せる奴だが、どうも俺に色々と継ぎ足したり削ぎ落としたりするつもりらしい。

まぁ、首回んなくなっての野垂れ死にだから何されても文句は言えねぇけどよぉ………

それでも、俺という存在はいずれかき消され、体は炙り出された間者より惨めに弄ばれるんだろう。

そうなりゃもう話すこともできねぇし、遺書代わりに能力をペンに仕込んどくよ。

俺が朽ちた後誰かが届けてくれりゃいいんだが…まぁ確率は絶望的かもな。

てか、死んだ後に考える遺書ってのはどういう扱いになるんだろうな?

色々と定義に反してる気もするけど、これはれっきとした俺の意思だからな、有効としておこう!

さて、長々前置くのもアレだし、本題に入ろうか。

まず、まだ生きてんならちゃんと生きろ!

どうせウジウジしてずっと裾引きずって歩いてんだろ?

死人の俺が死人らしくしてんだ、生者はそれらしく日々を謳歌しやがれってんだ。

そんでもって、時間が来てるならちゃんと謝ってこい!

俺も同行するのが筋ではあるが、おそらく向かうことはできない、そこはすまねぇ。

おっと勘違いするなよ?

許してもらうために謝るんじゃねぇ、罪に区切りをつけて光の道を大手を振って歩けるように、己の心にけじめをつけるために行くんだ。

賭博で素寒貧の俺が言えたことじゃないが長い人生、日陰者じゃつまらんぜ。

そんで…少しずつ戻していきゃいいんだ。

しゃんとしろよ!

俺は性根まで腐ったお前なんて見たくないぞ!

フフ…あとは…そうだな、もしだ。

もし、俺の墓ができてたりしたら…そんときゃいつかうまい酒でも持ってきてくれよ。

また一緒に月見酒がしてぇんだ。

…うん、そんぐらいだな。

んじゃ、元気でやれよフリソデ イザリ。』

 

言い終わると、ウインクしてアインの幻は霧散した。

『月を見るならあの丘だろうな。南向きで周囲に高木も無い。』

『ああ、場所決めの手間が省けて助かるぜ。』

ジュラが唯一残ったアインの存在証明、ブロードソードを拾い上げる。

『ついでだ、アンタも背負っていってやるよ。』

振り返ると、ゼロの顔が青ざめていた。

『どうした?やっぱ出血が…』

『いや…なんかコレ、2回目が出てこない…』

『へ?使い切りってこと?それヤバくね?俺全部の文言とか覚えてないんだけど…』

ふと気づけば、休息をとっていた戦士達が一方向を指差して騒ぎ始めている。

つられてそちらを見ると、8班の掲げる松明の炎が明るい緑に変化していた。

その色が意味するものは…

『イオン達の班がネクロと接触…しかも、動いたのはネクロの方だ。』

2人はペンの問題を頭の隅に追いやりつつ、いそいそと援護に向かう体制を整える。

だが、彼等はまだ気づいていない。

ペンの頭付近に、小さく『1時間で再使用可能』と彫られていることを。




竜腱は捻り無くドラゴンの一種グリーンブルンジャーから採取された腱を加工したものです。
人形師などにニッチな需要があります。

登場人物

アイン
元竜人のゾンビです。
生前はとある国でもてはやされる戦士でしたが、最後は賭博と酒に溺れて街を追い出されたことで凍死しました。

リブル
元人間で、現存するネクロの作品では1番の古株です。
毒液を大量生産できるのは、体内に埋め込まれた彼女自身の赤子が空気中の水分を取り込むポンプとなっているからです。
死因は馬車に轢かれた事故でした。

フリソデ イザリ
生前のアインの親友です。
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