魔剣王正伝   作:プルプルマン

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私氏、初めてフライヤーというものを使い感動する。
初めて火を手にした古代人…とまではいかなくても、初めて仮面ライダーを観た子供くらいの感動を得てると思う。


Q

かつてある教室で、1人の魔法学者が嘯いた。

『手中の星に価値は無く、故に我等は手を伸ばす。』

 

 

下腹部に激しい痛みを感じたハイロバは、即座に攻撃を認識し、その下手人を背後の何者かと断定。

前方へ飛んで距離をとりつつ、檄を飛ばした。

『指示は一度だよく聞け!セベーラとミックアロセブはマカク様の体を回収!これ以上絶対に傷つけるな!まだ操られた同胞には1人頭3人以上で対処し、手の空いたものは奪還した同胞の運搬を!全ての同胞を回収した後にネクロ討伐戦を開始する!』

『そして、それまでは俺とビヌヤンカ殿で抑えるといったところですかな?』

カブウが着地したハイロバの横に並ぶ。

『そういうことだ。お付き合い願おうカブの御仁。』

『野菜みたくなってるぅ…傷の程は?』

ハイロバが腹を押さえた手を除ける。

『貫通創、周辺組織への破壊は無いが肝臓が近い。出血は懸念すべきだ。』

『ピンポイントの破壊は威力の証明でもある。こりゃ俺もうかうかしてられないなぁ。傷に障るようなら、いつでも休息を。』

『そうさせていただく。』

 

ソレは泳ぎを忘れたクラゲのように、ふわりふわりと降り立った。

『あーあー荒らしてくれちゃってー、最近は設備も薬品も高いんだよ?今はいいけど、次やったら弁償だかんねー』

ソレの眉間と右下腹部を槍が貫いた。

『そんな乱暴な、しかも何か塗ってあるね。前とは違う毒かな?』

僅かにのけぞり、それでも尚トーンを変えず喋り続けるソレにハイロバは再び狙いを定める。

『言葉は、有史以来最も偉大な発明品だよ。使ってみる気は?』

手中の槍が真空の刃を纏う。

『死ね』

『おーぅ情熱的。』

5本の槍は連なって闇を翔け、首を上腕を眼窩を内腿を…およそ人体の急所と呼べる場所全てを切り裂き、一瞬でソレを鮮血迸る肉のブロックへと変えてしまう。

しかし戦士達から勝鬨は上がらない。

この程度で消えてくれる相手なら、3回目のあの時で討伐できている。

地面に積み重なったブロック肉の口と思しき部分が動き、言葉を紡ぐ。

『お見事、その技術に心よりの敬意を払いたいよ。こんな無益な争いで失われるのは惜しすぎる。』

ブロック肉の断片から無数の糸が伸び、散らばった欠片を継ぎ合わせてゆく。

血液の一滴、皮膚の一片、細胞の1つすら零しはすまいとばかりに。

『引鉄を引いたのは貴様だろうが、クサレゴミ。総員、命令は一度だ、よく聞け!7班は同朋の保護に注力、引き続き2人1組以上で対応せよ!5・6班は魔人ネクロを包囲、機動重視で雷を扱える者を中心に一撃離脱を心がけよ!総員、決して死ぬな‼︎』

大樹をも揺らしそうな雄叫びが上がり、戦士達が散開を始める。

『嫌われたなあー、どうしたものかね。詫びの品とか要るかい?』

『命1つ置いて行け。』

『いいよぉ、まず命の定義づけからはじめよか?』

360°全てが敵に回ったというのに、ネクロの余裕は変わらない。

ハイロバは僅かによぎった不安を振り払う。

(いや、奴を余裕や緊張だとかのまともな尺度で測ろうなんて考えは捨てる。悪意に満ちた災害として対処しろ。)

ハイロバが攻撃の合図として歯を鳴らし、戦士達は一同に動いた。

雷を帯びた光る矢が、凍てつく白い刃が、炎を纏う剛拳が、怒りの総意が確かなうねりを伴い、目前の奸悪を討ち滅ぼそうと振るわれる。

有象無象の存在なら消し炭と化す集中砲火。

しかし、その一つたりとも魔人を傷つけるには至らない。

攻撃の全てが空に張られた不可視の糸束に引っ掛けられ、意志の成就叶わず停止させられてしまったからである。

『暴力は本当に良くない。限りある資源の浪費、その中でも最悪な部類だね。いっそ海にでも撒いてしまった方がまだいい。そうは思わないかい。』

魔人がまた訳のわからないことを喋り始める、『ここまでは』前回の討伐と何ら変わり無かった。

『貴様は口から生まれたらしい、良く回るものだ。』

『今のところ、口は一番後さあ。逆子だったわけじゃないけどね。』

既に対策は固まっていた。

戦士達は武器を押し引きするフリをしつつ、懐の袋から何かをばら撒き、周囲に漂わせている。

炙って乾燥させた枯木の粉末、それを特に細かく挽いたものだ。

もうトリックは不可視ではない、この場に存在する糸全てがまざまざと姿を晒していた。

尤も、ネクロ本人にそれを気にする様子は無かったが。

一方の戦士達は戦況がこちらに一手傾いたにも関わらず、気圧され目を見開いていた。

無理もない、『糸』は『空間を覆う』なんて表現で足りるほど生易しいものではなく、空間そのものと化していたのだ。

戦場はドーム状の糸の中にあり、どちらを向いても視界は白く濁っていた。

戦士達は理解する、今まで自分達は俎板に自ら乗ったうえで暴れる魚だったのだ。

料理人が気まぐれに包丁を振り下ろせば、いつでも摘まれる、そういう命。

さぞかし滑稽だったろう、ネクロにとって6度の戦闘は掌の中で描いた喜劇にすぎなかったのだから。

だが、今は違う。

考えうる全ての展開に対応するため、手は考えてきた。

自身もその物量に圧倒されかけたハイロバであったが、胸に手を当て決意を握り口を開いた。

 

直後、イオンは耳に違和感を覚える。

奥の方を軽く押されているような奇妙な感覚が、音の無い虫の羽ばたきの感触をもって押し付けられている、そんなふうに感じた。

瞬間、イオンの視界が闇に覆われる。

カブウが再び彼女を口に含んだのだ。

『すまないイオン、肩とかぶつけてないかい?』

『うわー口閉じたまま喋ってるぅ。大丈夫だよ!』

『そりゃー何よりだ。簡単に言おう、これから爆発が起こる。俺も地中に退避するつもりではいるが、一応対衝撃姿勢をとってくれ。』

『なにゆえ⁉︎でもわかった!』

轟音、振動…森が確かに波打った。

 

 

 

立ち上る煙の中、ハイロバは確信していた。

魔人といえど元人間、この爆発は絶対に読めなかったはずである。

いかに厄介な糸だろうと、魔人の領域だろうと、面を制するなら関係無い。

スマートとはいえないが、魔人ごと爆発で消し去ってしまうのは効果的だ。

幸い、糸のドームに防がれ飛火は最小限で済んでいる。

聴覚はまだショックで機能しないが、それでも同胞達の叫び声が皮膚を打っているのがわかった。

(最後に奴の置き土産が被害を軽減するとは、因果なものだ…)

後は確実な消火のみ、沸き立つ戦士達を諌めようとしたハイロバにソレは夜の終わりが遠いことを告げる。

『粉塵爆発かあ。いきなり『火事だ』なんて言い出すから何事かと思ったよ。』

ハイロバは今度こそ戸惑いを隠せない。

ネクロの生存に対して、ではない。

ネクロがハイロバの合図、その意味を解したことについてだ。

ハイロバが発したのは汎世界的に分布する齧歯類の一種「チャンカニヤハタケネズミ」の警告音、その中でも特に高音の部分であった。

主に、住処の草原が火災に見舞われた際に使われるものだが、これはあくまで野生のシグナル。

人間には通じず、そもそも可聴域外のはずである。

(聴き取った上で理解した?人間業じゃない…やはりこのゲスにはまだ解くべき謎がある…………⁉︎)

煙が晴れ、漸くハイロバは気づくことになる。

自身を打っていたのは歓喜の雄叫びなどでは無かった。

それは戦乱、土気色の肌を纏った死の軍隊が森の戦士達を急襲し、無尽の体力と折る方法すらない士気で責め立てる…飾らずに言えばほぼ、悲鳴だった。

同時にネクロが爆発を意にも介さなかった理由も理解できてしまう。

魔人の周囲を生命の形をした灰が覆っていた。

防火呪文【デフロン】などではない、よりシンプルな肉の盾であった。

崩れ去る灰と入れ替わるように地中から新たな兵が姿を現す。

二本足も四本足も三本足も、大きいのも小さいのも変形しているのも、甲羅があるのも翼があるのも腕の束があるのも…多彩ではある、ではあったがその様は千紫万紅と呼ぶには悍ましすぎるだろう。

『キミは初めてだっけ?紹介するよ。私の戦闘用検体、非想部隊(ドミニオン)。使うのは久々だし、ガタついてないといいなぁ〜』

嘆きの表情で固まった軍隊を目の当たりにし、息を呑んだハイロバが溢したのはごく単純な問いかけだった。

『命を…貴様は、生命を何だと思っているんだ?どうして…こんなことを…顔色1つ変えずにやっていられる?生まれついての狂気なのか?歪んで捻れた正気なのか?答えろよ、魔人ネクロ。』

感情のオーバーフローか、怒りはもはや過ぎ去っていた。

『興味深い、が難しいことを聞くねえ。それこそまさしく私の研究テーマなのさあ。一般的にはエサを食べてエネルギーを出すのがそうだとされているけど、それだけなら引っ張って動き出すモーターだって当てはまる。私はもっと本質の、魂にこ…』

『そんなことは聞いていない。貴様は、どういう感情で、どういう弁明を持ってその屍を侮辱しているのかと聞いているんだ…』

ネクロはしばし思考を巡らせ、答えた。

『前々から感じてたけど、私達には見解の相違があるんじゃないかな?私は一度たりともこの子達を侮辱したことはないし、君達に対してもそうするつもりさ。だからこそ、利用には対価も提供したいんだけど…そこんとこちゃんと認識してくれてるかい?』

ハイロバは答えない。

むしろ、もう1秒たりとも会話を続けたくない。

ただその思いで槍を抜き、パッチワークの兵団に対し果敢に飛び込むのみであった。

 

 

 

地面から一対の目がぴょこんと飛び出る。

丸い瞳孔を備えたその持ち主は、地中で爆発を逃れたカブウだ。

左右に眼球を動かし、戦場がさらなる混沌によって包まれたことを確かめたカブウは呟いた。

『こりゃあ……まずいかな。』

『え、そんなやばいことになってるの?』

口の中でイオンがモゴモゴ動く。

『ステイステーイ、くすぐったいじゃあないか。…ああ、まずい状況だともさ。魔人ネクロは本隊を隠していた。勢力は逆転したといえるね。薄情な発想ではあるけど正直、今ジュラ達を連れて船まで逃げ、大急ぎで修理するのが最善だと思う。追手を出す余裕も無いだろうしね。』

(尤も、素直にそれを了承してくれるとは思って無いがね。)

『いや、私は足掻くよ。少なくとも…まだハイロバさんたちを見捨てるなんて選択のリミットじゃない。』

『だからこそ厄介…いやなに、こっちの話さ。どこまでも付き合うから安心してくれよ船長。にしてもまったく、キミは眩しいねぇ〜。』

『?、まいいや。とりあえずどう動くか決めとかなきゃ。ジュラたちといつ合流できるかわかんないし、なるべくこっちだけで成立するような作戦を…』

『‼︎、すまないイオン!一旦排出する!無防備になるが全力で生き延びてくれ!』

理由を問う間もなくイオンが空中に吐き出される。

月光に目を細め、地面に転がったイオンの頭上を何かが横切った。

目線を上げると、そこにいたのは肥大化した右手先端に、鎌のような部位が取り付けられた異形の怪物。

それは4つの眼窩で刈り損ねた頭をジッと見つめていた。

一拍遅れて、ピンクの髪がハラハラと落ちる。

イオン・アイシクルは愛想笑いを浮かべつつ全力で逃げ出し、直後に地中からカブウと続く無数の牛が融合したような屍が飛び出した。

屍はそれぞれの首がイルカの歯を備え、カブウの触手をひたすらに噛みちぎっている。

『いたたたぁーい!なんて躾のなってない子牛ちゃんだ。食べちゃうぞ!』

消化液を吐きかけ、牛の屍を倒したカブウが上空から戦場を俯瞰する。

(戦況は7:3といったところか、負傷者が増えるともっと偏るだろう。松明班は…もう伝令してくれているらしい。だが、合流が間に合わなければ…)

カブウの目に孤軍奮闘するハイロバの姿が映る。

自らの血と敵の腐肉に塗れながらも、その視線はネクロをハッキリと睨めつけていた。

(火元を断てば煙も出ないか、やることは決まったね。)

 

 

腹部から頭頂まで、縦に裂かれた屍が崩れる。

ハイロバは全力維持の限界をとうに迎えながらも、一切攻撃の手を緩めず屍を薙ぎ倒していた。

地の底から際限無く這い出る兵団に抗う術はただ1つ、頭を潰すしかない。

ネクロさえ叩くことができれば、兵団は一気に瓦解し眠りにつくはずだ。

(でなければ…勝ち目など……)

願望混じりに条件を仮定し、切り込み続ける。

真上から急襲したワーム型の屍に肩を大きく食いちぎられるも、即座に頭部へ槍を叩き込む。

そのまま魔法で作った真空の刃によってワームを分解し、次の敵へ意識を向ける。

誇り高きリーダーとして、1人でも戦う仲間がいるのであれば倒れることは許さない。

今のハイロバはそれだけを自分に課していた。

自分が死ななければならないのなら、勝利と栄光、その後でいい。

だが、体力を凌駕し続けていた気力がついに動作不良を引き起こしたか、足がもつれ背中が地面へと打ち付けられる。

覆い被さってくる屍の顔は月光の陰になって見えないものの、むしろ塩の結晶がついた涙の筋がありありと浮かび上がっていた。

『ッッ〜ネクロォー!』

声を枯らせど、体は言うことを聞かない。

(寝ているヒマなど無いっ!動け動け動け…)

屍がハイロバを解体しようと手をつけた瞬間、その全てを押し除けて上空からカブウが着弾した。

砕けた肉塊が舞うなか、有無を言わせずハイロバを口に含み、カブウは逃走を開始する。

『戻れ…カブさんの御仁…ヤツを討たねば…』

『出来ない相談ですなビヌヤンカ、討つべきが術者ってのには賛成ですが。ほら、私のエキスあげますんで飲んでくださいな。元気出ますぜ。』

暗闇の中、ハイロバの手にビンが収まった。

揺れる度に水音を立てるそれの中身は、僅かに粘性のある液体らしい。

胃腸には自信のあるハイロバも、これにはさすがに躊躇を覚えた。

しばらくビンを持ったまま逡巡していたハイロバだったが、『ハリー!ハリーだヨォ!』と急かすカブウの勢いに負け、一気にそれを飲み干した。

瞬間、体が爆裂した。

正確には、そう勘違いするほどのエネルギーが五臓六腑を満たし、傷口の薄皮再建が超急ピッチで開始されたのを実感できるほどに、体内を爆発的英気が駆け巡っている。

ハイロバの感覚が正常なら、体温も3℃以上上昇しているだろう。

だというのに全く苦しみは感じないあたり、後でどんなしっぺ返しがくるのかわかったものではない。

しかしそんな代償はハイロバにとっては些事である。

重要なのはまだ手足が動き、戦えることだ。

体温と感覚が戻った拳を握り締め、ハイロバはカブウの口から躍り出た。

『度々の御助力、感謝する。おかげでまだこの命を燃やして行ける。』

『当面の危機は脱したようで何より。ともにかの魔人を討ち倒そうじゃあないか!フクサヨウアルケド』ボソッ

『問題無い、代償が何であろうと奴の後ならば。我が手はほぼ奴に晒した、注意を引くゆえ決定打となり得る攻撃を頼む。』

『なんて剛気な。そういうことなら任されましたよこのカブウ、全力で参りましょ。』

ハイロバが動いた直後、ネクロの姿は消えていた。

『な…バカな!御仁!見えたか⁉︎』

『済まない、俺も追えなかった!ただ夜闇に溶けるように…』

 

『ずっと気になってたんだよね。中々フシギな構造の生物がいるなーって。』

ソレは頭上よりの声だった。

カブウの目前に白い影が舞い降りる。

その指先からは無数の糸が伸び…

『読まれていただと⁉︎御仁!退避しろ!』

『まだ生きてるってのはポリシーに反するけど、しょうがないよねキュアリア〜ス。』

入られた、カブウがそう認識した直後、無遠慮な侵略者は行動を開始する。

 

ハイロバは唇を噛んでいた。

(何ということだ…プランは全て崩された…)

操りの術、被害者の証言からそう呼ぶのが正しいだろう。

曰く、痛みで思考を奪われ、身体の支配権を完全に奪取される術とのこと。

加えて、無理に解放を試みれば被害者の身体は引き裂かれるような重傷を負う。

第二回はこれによる同士討ちで撤退を余儀無くされたのだ。

現在、カブウにかけられているのも間違い無くそれだった。

(何故今また使った?喉元はもう過ぎたとでも?ナメたマネを…)

とはいえ実際に嵌められたのだから文句は言えないが。

『グロアアアアアァーーー!』

『ちょっと痛いけど辛抱頼むよーすぐわからなくするからさー』

ネクロが本格的な乗っ取り作業にかかった瞬間、苦痛の声を上げ続けていたカブウがペロリと舌を出す。

『ナンチャッテ!なるほど、神経に糸を忍ばせ刺激を全てコントロールしているわけか。そりゃ集中するし隙だらけにもなるさね。…こんなふうに。』

表に出るその時を、今か今かと待ち侘びていたカブウの野生が文字通り牙を剥く。

音も無く背中に突き立てられた牙は、容易にネクロの身体に風穴を開け、勢い余って地面を抉った。

『ハッハッハー、アンコールはご所望かぁー?無くても終わらないけども!』

体を一度分解し、牙から逃れようとしていたネクロはすぐその僅かな揮発に気がついた。

口内の奥に開いた昏い穴から、何かが競り上がってきていた。

『おっとこりゃあいけない…強酸ってのは痛いんだ。』

しかし、すでに躱す術は無し。

カブウの特濃消化液を頭から浴びたネクロが、蒸気を上げながら焼け爛れていく。

数秒後、牙に刺さっていられないほど形を失い、地面に滴ったネクロだったモノはしばらくもがいた後、毛糸玉のような物体を残して消失したのだった。

魔人の忘形見を前に大きく深呼吸したカブウは、全力で頭突きをかまし、毛糸玉を地面へと打ち付ける。

岩盤を微塵に砕くほど硬い頭骨先端で、何度も何度も…それが泥と見分けがつかなくなるまでに。

ハイロバは一連の逆転を目を点にして見つめていたが、我に帰ってすぐに気づく。

術はまだ解かれていない、戦士達は傷つき続けている。

つまり…ネクロは…

地面から一条の光が放たれ、カブウが宙を舞う。

ガランと地面に転がるカブウの口内には大穴が開いていた。

まるでシャープなカッターでくり抜かれたような傷跡は、壁面を構成する組織が完全に炭化しており、時折キラキラと光を返す粒が混ざっている。

ハイロバの身体を貫いた【ミパルセン】とは明らかに違う、威力も貫通性能も跳ね上がった攻撃だった。

何かジョークでも言おうとして、隙間風のような音しか出ていないことに気づいたカブウが、触手の先端に新たな口を形成する。

『ふむ、何をされたかわかりませんな。我がハンサムが台無しじゃあないか。』

『これは、なんだ…その、生きてるのか?』

『ハッハッハ、最初から死んでますよぉ。お、撃たれたとこにダイヤモンドできてる、貰っとこ。』

どこから突っ込んだものか、何もわからなくなったハイロバは会話を放棄し、光の立ち昇った穴に向き直る。

『すでに死んだ神経…まさか、同好の士とはね。単なる面白い生物かと思ってた分、ビックリしたよ。』

貫かれ、溶かされ、叩き潰されたはずの魔人ネクロは、ランチを済ませた昼下がりのような穏やかさを漂わせながら穴から現れた。

その体に傷は無く、纏うボロ切れにもなんら変化は無い。

それどころか、さらにこちらの手の内を知り、厄介な相手となっているだろう。

『お言葉が過ぎるよ魔人殿。年季が入ってる分ジョークのウィットをお忘れなのでは?』

口ぶりこそ柔らかだが、内容は刺々しくカブウの眉間には皺が寄っていた。

同類扱いされたことが気に障ったらしい。

『カの御仁、貴殿の無事は喜ばしいがここは退いてもらう。戦闘続行困難な損傷のはずだ。』

1人では勝ち目が無い、そんなことはわかりきっている。

だが、ハイロバはこの罪人に友情を感じ始めていた。

友を確実な死へと駆り出すなど、どうしてできようか?

一瞬考え、自分のことかと気づいたカブウがウインクする。

『ついに一文字になってるぅ…しかしバレてたか、お目が高いねビヌヤンカ。なら俺はお言葉に甘えるとして…バトンパスだ。しっかりキャッチしてくれよ、ジュラ‼︎』

 

カブウが口に含んだ小石を吐き、魔人ネクロの顔を潰すと同時に、その背後から一対の影が跳ねた。

お世辞にも明るい色合いとは言えない彼等だが、月を背にしたそのシルエットは希望そのものだ。

『魔剣 バール アメーリオォ!』

『………白熊ッ!』

反射的に作り上げた魔法陣ごと、ネクロの体が引き裂かれる。

宙を舞うネクロを尻目に、カブウがニヤリと口角を上げた。

『真打登場ぅっと、ほらビヌヤンカ殿、夜明けはすぐそこにあるよ。』

 

程なくして、三本の刃が魔人に突きつけられる。

『魔人ネクロ、清算の時だ。我等の祖霊…いや全生命への侮辱、償う覚悟はできているな?』

起き上がった魔人は静かに頭を掻く。

その傷はすでに塞がっている。

『悲しいかな、私は手を伸ばすのを辞められないし、君たちはそれが気に食わない。戦いは最初から避けられなかったのかもしれないね。…防腐剤、全員分は無いよぉ?』

4人を照らす月光は変わらず冷たいままだった。




魔人は有史以来35個体が確認され、うち13個体は死亡した記録があります。
近年で最も大きな動きは三枚盾の一角、ヨイヤミ・ロマネスコによる魔人カプカプの討伐成功でした。

登場人物

セベーラ
魔閣樹海自警団の新米団員。
最近の趣味は髪を染めること。
酒の勢いでワキまで染めたら幼馴染にフラれた。

ミックアロセブ
魔閣樹海自警団の中堅団員。
団内で一番背が小さく、本人もそれを気にしている。
最近は夜な夜な外から取り寄せた牛乳を摂取し、下痢と闘いながら背を伸ばしているとか。

ネクロ
通称「死の魔人」
恐らく誰よりも死と深く交わり、また知を得た魔人。
昔はある学校で教鞭を取ることもあったが、今は永久に除籍されている。
正直者で、割と自分の考えをストレートに出す質である。

用語集

チャンカニヤハタケネズミ
世界の広域に生息する野ネズミで、かつてはチャンカニヤ大陸の草原及び開墾地にしかいなかったためこの名がつけられた。
尚、600年程前には船に相乗りして世界中に拡散していた。
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