魔剣王正伝   作:プルプルマン

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じめじめしてきましたね。
あんまり降られると困ります、川荒れるので。


魚骨天弓

体を再構築し終えたネクロは、糸を動かすでも魔法を使うでもなくただ空中に静止し、耳を傾けていた。

『………どうしたんだい?私の術に検討がついたなら、感想とか教えてほしいなぁ。客観的意見はどんな場においても至上の価値がある。』

次に活かせる、とでも言いたげな姿勢がまた戦士達の神経を逆撫でする。

『つくづくナメたヤローだな。俺達がてめーに明日を許すと、本気で思ってるのか?』

(何でまだ生きてんだコノヤロー)、そう言いたいのをぐっと押さえジュラが剣を突きつけるも、ネクロは傾聴の姿勢を崩さない。

その正体に辿り着いたイオンとカブウにはわかっていた、この場に書くものが無い以上、どれだけ小さな声で囁いたとしても内容はネクロに筒抜けになっているであろうことが。

だったらいっそ、心理戦に持ち込み更なる情報を引き出せるよう動くべきだ。

『結論から確かめさせてもらおう。…その『糸』、正体は何らかの菌類だね?』

カブウがそう尋ねると、ネクロがわざとらしくおどけたような拍手する。

その仕草には本物の敬意意外の邪意は無いのだろう、だからこそソレは生命への害なのだ。

『お見事、正確に言えば「ショウノウメバリダケ」、腐肉を養分とする子嚢菌で死体の穴を塞ぎ独り占めしようとするヤンチャなやつさ。強くはないけど防腐効果も発揮してくれるし、優秀だよ。』

『えっ?あいつキノコなの⁉︎ちょっと持って帰ろうかな…』

食材の探究に目覚めたジュラは、ゼロの『マジかコイツ…』と言いたげな視線にも気づかない。

『ハハハ、やめた方がいいよジュラ。俺の記憶が正しければ、メバリダケの類は例外無く有毒だったはずだし、何よりだいぶ弄られてるだろうからね。…そして、その菌糸を散布することで触れたものの成分を分析、振動検知も合わせて周囲を手に取るように把握してるんじゃないかい?』

『その通り、例えば生物なら触れるだけで種類・脈拍・行動を把握できたり、皮脂の成分から個体識別もできるよぉ。あとは、知識さえあれば月役の段階だとか、本人の気づいてない病気なんかも把握できるかな。お察しの通り、音の信号も一度電流に変えて処理しているよ。』

魔人ネクロが一筋縄ではいかない番人の座するこの樹海で、なぜ猛威を振るえるのか。

その理由は単純、人間としての感覚器官をほぼ削ぎ落とし、ただ電気信号と化学物質による認知のみに絞っていたからだ。

いやそもそも、周囲の物体を全て一方的に把握できるというのなら番人の行動だって筒抜けになり、話にならないだろう。

(ん、てか待てよ。触れるだけで種類がわかるなら、俺が悪魔だってこともバレてんじゃね?)

ジュラが常時自分に作用させている変装魔法「ハネカクシ」は、あくまで視覚をジャミングするだけのものだ。

当然直接触れれば角も尻尾も実体はあるし、音の反響や熱の分布で把握されれば、一発でバレるだろう。

全身を嗅がれ、舐められ、おそらくは体内まで探られているこの状況でそれが効果的に作用する術があるだろうか?いや無い。

そういえば、なんか自分に向けられるネクロの興味が強火だったような気かしてきた。

(や…やばい!俺はここ地界における超レア枠!たぶん最優先で攫われて、変なシッポだとか知らない虫の顔とかを移植させられる!チクショー簡単にいくと思うなよー!)

1人密かに警戒心を燃やすジュラをよそに問答は続く。

『フン、奇襲に対し先手を打ってきたのも、大方里内に菌糸とやらが入り込んでいたか。小汚く盗み聞きを…』

『誤解しないでー、またもめごとになりそうだったから、プレゼントを送っただけだよ。あの鳥に毒が無いのは確認済みだから安心して欲しいな。』

軽く宥めようとする言動全てが、ハイロバの許容ラインを飛び越えていた。

『ビヌヤンカ殿、憤慨はもっともだがまだ確かめることがあるゆえここは抑えて…イダイなる魔人殿、最後にこれだけお聞きしたい。本当の魔法は『水』では?』

ネクロの白い目が僅かに見開かれる。

おそらくは核心を突かれたのだろう。

だというのに、ネクロは見るからに上機嫌だった。

『そうそう、今使ってる菌糸は全部私が水魔法で動かしてるんだ。いわゆる膨圧運動というやつだね。いやーこれと探知を合わせたら処理がカツカツでさぁ、将来的にはより並列処理を速くしたいけど中々難しくてねぇ。』

『全部…え、いや、全部はウソだろ?だって、それを自立して行うのが擬似霊魂で…』

思わず口を吐いたジュラの疑問に、ネクロが首を振る。

『残念ながら、全部こなしてるともさ。処理を任せてみたこともあるけど、自立思考できる菌類規格の擬似霊魂作成がうまくいかなくてねー。今任せてるのは、情報伝達のハブと簡単な信号バグの修正だけかな。他の所はしょうがなくノンスマートなやり方を続けてるんだ、最大の課題だねぇ。』

理解者の出現に喜びつつも淡々と話すネクロとは対照的に、ジュラはその非現実的とさえ言えるやり方に取り乱していた。

ただの水魔法でさえ対象が特殊な流体である以上、粘性や不純物、温度等によって操作の感覚が全く違ってくる繊細な分野なのだ。

水魔法を学ぶ最良の準備は魔導書を捨てること、なんて諺にもなるほどには神経を削るものだとジュラは認識していたし、間違いでは無いはずだ。

『いやありえねえだろ⁉︎この規模で糸を展開して、その全てを細かく操作?しかも水を直接動かすわけでもなく?絶対ありえねえ!いくら一番適性のある魔法だとしてもだ!どんな脳味噌してりゃそんな………』

言葉は続けられなかった。

急激に体内で膨れ上がった異物感はすぐに激痛へと変わり、立っていることさえ困難になる。

地面に転がるジュラが何とか周囲を見ると、ネクロに対峙した者がカブウを除いて全員倒れ伏していた。

『っが……………どう、なってやがる…?』

何かに勘づいたカブウが回転し、極彩色の虫除け油を撒き散らすも、既に手遅れ。

もはや、戦闘を継続できるのはたった1人となっていた。

『やっぱ効かないかー、まあ皮膚そのものが分厚いしねえ。』

『皮膚の下が泡立っている…何をした?』

ネクロの手元に大柄羽虫が集まる。

『サシバエの死骸、ちょっと改造して吸うんじゃなく吐くようにしたんだ。』

(わざわざ問答に付き合ったのはこのためだったのか?いや、察するにコイツはそういう偽装だとか騙し討ちをする精神構造ではない。ただ、途中で思いついただけだ。)

『即死するようなのは持ち合わせがなくてね、その辺の腐肉と1677番の泥を混ぜただけのものだったけど、うん十分そうだ。』

カブウは戦慄していた。

泥というのは、おそらくマカクが能力で出現させたものだろう。

理屈外の腐食性を持つペーストと雑菌と毒素の塊、そんなものをデリケートな循環経路に直接押し込まれたら、どんな影響が出るかわかったものではない。

ふと視線をイオンの方へ向ける。

いや、そもそも何の訓練も積んでいない人間の少女なら、たちどころにショック死する危険性だってある。

カブウが下した決断はイオンの救命だった。

最高速で倒れ動かないイオンの元へと向かう、その所要時間実に0.2秒。

だが、寸前にあった一瞬の逡巡が致命となった。

一手先に回り込んだネクロが、横たわる少女を挟んでカブウに対面する。

『ウッ…この圧倒的な魔力は…』

ネクロの口が頚椎近くまで避け、内部から光が漏れ出ていく。

徹底的に追い詰めたのに撃ち抜かれた、あの時と同じ光だった。

『どこまで削れば機能を無くすかな。キミ結構珍しいカエルだからとっときたかったけどー、剥製処理されてるんじゃしょうがないなぁ。素材は活かしてこそって話もあるし。』

既に準備は整っていたか、光はすぐに強さを増してゆく。

発射は近そうだ。

札を取り出し濡らす、そのたった2工程を行う時間すら無いだろう。

(まずい、間に合わな…)

ネクロの足元で立ち上がる者がいた。

本来なら体内の異物に自由を奪われ瀕死であるべき少女は、双方の不意を突くように立ち上がり、ネクロの大きく裂けた口に塩水の入った瓶を放り込んだのだ。

所詮はシロウトの慣れない動き、いかに迷いが介在しないとしても、経験深いネクロであれば容易に止められた動きだろう。

しかし、大出力の放射に備えていた体は身動きが取れない。

大きく息を吸った少女イオンが、よく手に馴染んだバールを振りかぶる。

『割れてくれなきゃ、こーまーる!うりゃあ!』

バールは、下方から掬い上げるような軌道でネクロの下顎を捉え、粉砕と同時に強制的に押し上げた。

必然、挟まれた瓶は激しく砕け散り、ガラスの破片に貫かれた傷からネクロの体内に高速で塩水が浸透し始める。

破損を縫い直そう蠢く糸も、近づいた側から機能を失いしなだれてゆく。

口内で練り上げられた危険な魔法も、土台が失われては脆いものだ。

結果、ネクロの上半身は暴発した自身の魔法で弾け飛び、残った肉体も塩水の浸潤で崩壊し始めるのであった。

『何をしてるんだーァ!動くと毒の回りが速くなるッ!』

『カブさん!それより速くお札!』

触手に抱き止められつつ、イオンが指示を飛ばした。

カブウが札を濡らし、触手の先端でネクロの残骸に捩り込む。

残骸は数分前と同様、ピタリ動きを止め、光の中で音も無く弾け飛んだのだった。

後には弱々しく動く糸の束だけが残され、死にかけのミミズのように震えているのみである。

『カブさん、油断しないで。1度目と同じ反応、だったらたぶん決め手にはなってない!』

『言われずともさ!だが優先されるべきはイオン、キミだ。一刻も早く毒を除去しなければ!例え勝利を掴み取ったとして、キミが死んでしまっては何の意味も無い!』

『言いすぎだよカブさーん、うーれしー。それに、ほら私はもう済ませたから。』

イオンが自分の足首を指差す。

そこには鮮やかな赤味を帯びた深い傷があり、とめどなく溢れる血が靴下と靴を染めていた。

『このままじゃしばらく歩けなくなるかもだから、止血だけお願いしていい?』

『自分で抉ったのかい?なんて不衛生な子でしょ!…はい栄養触手巻きつけたから、傷口の組織と融合して治りを良くしてくれるよ。』

『わーまた知らない器官だぁ。よし、次はジュラたちを…』

視界の端に白い糸が舞う。

気配すら感じさせず、ネクロがカブウの後ろに再誕していた。

イオンがその存在に気づき、声を上げようとした寸前、カブウが彼女を抱えその場を飛び退く。

直後、2人のいた地面から光の槍が無数に突き出し大気を裂いた。

『おっとーハズレちゃった。技は盗んで覚えよってやつ?』

ネクロの周囲に別種の、もっと太い糸が舞っている。

カブウはネクロの消滅直後から触手の筋繊維を自切し、周囲にばら撒いて魔人探知機としていたのだ。

『はは、触覚での検知はおたくの専売特許じゃないってことさ。そんな言い方は心外の至りだね!そうだろう、イオン?』

『待ってぇ…喋ろうと、してたから…変に咽せちゃった…』

『ゴ、ゴメンよ。ケガとかしてないかい?』

(自己摘出かぁ、動きがあればわかったと思うけど…あ、そっか。手元と傷口だけに塩水かけて探知不能にしてたのか。)

1人納得し、次なる一手のため糸をほんの少し動かそうとしたネクロの体に十本を超える氷柱が突き刺さる。

それらは貫通とほぼ同時に破裂し、またもやネクロを肉片へと変えたのだった。

『ゼロ君!毒は…』

立ち上がっていたゼロが手首の凍りついた傷口を示す。

『既に止血は済んでいる。そして感謝するぞ、おかげでヤツの探知を外れるやり方が見えた。』

『どういたしまして、とりあえず触手巻いときなよ。彼には僅かな入り口から体内へ侵入して操る技術があるし、予後も良くなるよ。』

『む…うぉっ。ぬめっとする…だがなるほど、これはいい。そこで寝ているパズズとビヌヤンカにも施してやってくれ。その間魔人は俺が抑える。』

『よし頼んだ、イオンも離れよう!おそらく、近くにいない方がいい。』

ゼロが向き直ったその時、既にネクロの修復は終わりつつあった。

『1度目はいい、理解できる。ヤマイの話だとあくまで札の効果範囲は他に寄り付く霊体、自前の肉体を持った魂ならその定義を外れるのは道理だ。』

どういうわけか、ネクロの探知にはゼロの声のみがキャッチされ、その実体はどこにも感じられない。。

『だが2度目は違う。依代の肉体は確かに破壊され、お前は細かく再構築されただけの器に乗り換えたはずだ。なら今度こそ術は魂に届き、お前を冥府へと送るはず。』

首を傾げるネクロの頭を氷塊が砕いた。

『簡易の札じゃ対抗できない程呪われてるのか?もしくは…魂或いは肉体を複数所持しているのか?』

ネクロの胴体が凍結し、直後の衝撃によって粉々に破砕される。

『なんにしろ、タネが割れてる以上『詰み』だ。俺はここでこのまま、一方的にお前を冷やし続けるぞ。ここの戦士達がお前のママゴト人形を片付けるまでな。』

ネクロは何も答えない。

次に右手を凍結させようと手を上げた瞬間、ネクロの首が回転し何も映さない瞳と視線が交差する。

『知りたいかい?冷たい天使サマ。』

咄嗟に氷の盾を構えたゼロの判断は正解だった。

直後に鈍い音が響き、氷へ食い込んだ3本の糸がひび割れ崩れ落ちる。

『バカな、半径2m内の糸は全て凍らせていたはず…どうやって位置を割り出した⁉︎』

『うん、おかげさま。探知に不自然な穴があったからね。試しに糖分を過剰分泌させた糸を垂らしてみたんだ。ちょっとやそっとじゃ凍らないやつをね。』

『何でもありかこいつはッ、ならより低温で押さえつけるだけだ!』

体力の消耗は大きくなるだろうが、気にしてはいられない。

戦場に吹雪が吹き荒れ始め、ネクロの周囲をフラフラと飛んでいたサシバエがポトポト落ちてゆく。

ゼロが生成した冷気の爆弾をネクロにぶつけようと構え…一切の動きが停止した。

(何だ…どうなってる?手も足も動かない。また虫…いや、この温度で凍らず活動できるのなんているのか?)

『もう聞いてるはずだよ、天使サマ。私が一番得意とする魔法は水だってね。』

気づけば、ゼロの体は足元から首筋まで氷に覆われていた。

ネクロが直接水の魔法を行使し、地中の水分を膜状にしてゼロの体へと纏わせたのだ。

なまじ普段から低温に慣れていたため、その侵食に気がつくのが遅れてしまったのだろう。

その上、既にネクロは大半の糸に凍結耐性を付与したらしい。

もはや行動の制限は無いも同じだった。

ネクロの口が大きく裂ける。

喉の奥には骨で作られた小さな弓が鎮座していた。

仄かに光を帯びたそれは、一種錫の人形が持つおもちゃのようで、妙に現実感の無い質感をしている。

『魔法は、触媒となる物体があればグッとやりやすくなるんだ。触媒は神秘に満ちたもの…月光を当て続けた兎の角、竜人の産んだ卵の発酵物だとかであればなおよし。そうそう手に入らないけどねぇ。』

弓がキリキリと引かれ、集約する膨大な魔力に比例して放たれる光は急激に強まってゆく。

『だから私は手頃で結構質のいいの…「魔人の鰓弓」を使ってるんだ。ふふ、自画自賛みたいだけどまぁ節約術だね。』

急いで周囲の冷却を取りやめるも、既に手足が完全に固められており、とても動けそうにない。

止みかけた冷気の向こうに、駆けてくるジュラやカブウが見えるが、まだ距離がある。

かといって、このまま巨大な力を前に何もしなければ、間違いなく自分は死ぬだろう。

であれば、もう頼れるものは…

(動けっ!右だけでいい…俺の翼よ動いてくれっ!)

光が最高潮に達したその時、一瞬速く翼は氷を振り払いゼロの体を覆い隠した。

 

【魚骨天弓(ストゥ・パルパンラ)】

 

おそらくは音を遥かに超えた速さ、ネクロの口から放たれた小さな骨矢は瞬間的にその領域まで加速し、外部からはもはや一条の光線にしか見えない。

地上で放たれた小さな矢、それが内包する莫大な魔力が起こした現象に、ジュラ達は身動き一つ取れずにいた。

空が、明るい。

少なからず空に漂っていた雲、その一部に丸い大穴が空き、月光が一際煌々と降り注いでいる。

大気中の粉塵…いや、大気成分の殆どが存在しない領域がそこには形成されていた。

ここ地界に来て、早々に見せつけられた最初の壁。

ジュラもイオンも、それを想起せずにはいられない。

そんな次元の違う一撃を受けながらも、ゼロは羽毛を一部失ったのみで生きながらえていた。

衝撃波に全身を叩かれながらではあるが。

むしろ、完全に消滅していたのはネクロの方である。

文字通りの消滅、破片も、糸屑も、陰影さえも残さずその場から姿が失われていた。

体を覆っていた氷が砕け、膝をついたゼロの翼から大きな穴が空いた布袋が滑り落ちる。

(何だありゃ…何かの記録か?)

穴から見えた中身は、細かなフォントで印字された文書であった。

視力にはそこそこ自信のあるジュラも、この距離から内容は窺い知れない。

わかるのはその文書に、見ているだけで目が痛くなる程の呪いや魔法的防御が仕込まれていることのみだった。

衝撃から立ち直ったゼロは、周囲に目をやりつついそいそと袋を回収し、中身の無事を確認する。

『賭け…ではあったが、やはり無傷だったか…いっそ消し飛んでいればアイツらも…』

前方からの足音に気付き、反射的に袋を隠す。

『とりあえずは生還おめでとうよ、ゼロ。あー、話したくないってんならその袋については聞かねーよ。だからそんなおっかない顔すんなって。』

ジュラが目を逸らしている。

薄い氷を作り出し覗き込むと、そこに映っていたのは引き攣った顔に血走った眼を浮かべた、逃亡者の貌であった。

今自分が1人でここにいる事実、仲間との約束に背を向けた事実、そしてあの小憎らしいジュラ・パズズに気を使われたという事実…全てへの憤りがその情けない表情と対面した瞬間に溢れそうになる。

遅れて駆けつけたカブウも、2人の間に漂う雰囲気が騒がしくいがみ合っていた時とは違うことを察し、言葉に詰まっているようだ。

だから、その言葉はある意味救いだった。

『魂はどこに宿ると思う?』

3人の目の前に純白の脳と口だけが浮かんでいた。

『ある日気になって、色々なパターンで実験してね。直接観測は難しいから、魂の存在で僅かに歪む魔力の分布を見るやり方だよ。』

倒木の隙間からも同じモノがぬらりと現れる。

『すると、神経系の発達が一定未満の生物は腸壁内に、もっと小さい微生物は体全体に広く拡散させるように保持していることがわかったんだ。』

何も無かった空気中から同じモノが現出する。

『では、一定以上に複雑な神経系を備えた生物はどこに持つか?これは結構いろんなパターンがある。』

カブウの甲殻の隙間から同じモノがボトリと落ちる。

『例えば、タコなら大脳の食道に接する部分に、人間なら間脳の視床付近に。色々あれど共通点は拡散せず、ある程度まとまった形で存在すること。』

ハイロバの傷口を押し広げ、同じモノが現れる。

『ここからはまだデータ不足の推論だけど、魂がまとまって存在する生物は一般に『意識』を持っている、なんて言われてたりするのが多い。犬なんかが代表例だね。』

木々の隙間にいくつもの脳が浮いている。

『だから、こうは考えられない?意識とは、魂の濃淡によって出現する染みのようなもので、魔力に発生する歪みの表現であると。友人に話したら『あんなもんただの電流、もしくはより普遍的なルールに基づく純粋な物理学よ』、なんて返されたけどねー。』

引き裂かれ横たわる屍の中から、同じモノがまろび出る。

『で、別の友人の研究によれば、意識は分裂させて小分けに管理することができるそうなんだ。魂が意識の同義語であるならば、同じく小分けにして運用できるのが道理だろう?少なくとも、私はそう確信してる。だって、やってみたら成功したから。』

いつのまにか、声は数十が重なっていた。

『私の魂は一つさ天使サマ、ただ脳を均等に刻んで偏りが出ないよう振り分けただけ。足りない部分は菌糸で構造を再現すれば、それで十分だしねぇ。』

全ての脳が周囲の屍を巻き込んで体を構築してゆく。

『イカれてるのか…自分の魂を脳髄ごと刻んで使うだと?命の根源たる魂を引き裂くなんて行為…下手しなくとも一回で廃人モノだぞ!』

『ああ、やっぱり?何回か私以外でも試してみたけど、大体2.3回でショック死しちゃったからなぁー。』

もはや、走屍術が可愛く見える外法だった。

天地が分たれて以来、ここまで魂そのものを穢した存在はいないだろう。

魂魄管理の元締め二柱の名で、直々に追悼令が出されたというのも納得という他にない。

『だーかーら、私も私も私も私も私も私も私も私も私も私も私も私も私も私も私も私も私も私も私も私も私も私も私も私も私も私も、全員おんなじ私だよぉ。』

数十のネクロが順番に喋り、あらゆる場所から同じ声質同じトーンの言葉が浴びせられる。

手の内を明かされて尚ジュラ・パズズには、前にも増して魔人ネクロを倒す手が見えていなかった。

地形を変えてしまう規模の魔力を、全て針の穴に糸を通すような精度で制御するという現実離れしたスキルも、今ならそうだろうなとしか思えない。

何しろ、トップレベルの魔法使いの脳がほぼ無限に複製できるのだ。

オマケに、糸による表面積の増大で大気中の魔力を集めるのも実に簡単だっただろう。

であれば、実現できる魔法の規模はもう想像の域外だ。

手元の札はハイロバとゼロのもので2枚、切断・刺突はほぼ効果が見込めず、広範囲へ対処可能だった冷気も既に対策を打たれている。

仮に他の各班長へ渡した札が7枚全て残っていて、その全てを最大限に活かせたとしてもネクロの数は半分も減らせないだろう。

そしてジュラとハイロバ、この場の戦士達が全員で雷を生み出したとしても、地中深くまで根を張ったネクロを根絶できるとは到底思えなかった。

故に今、少年が考えることはただ一つ、どうやってイオンを逃がすかである。

 

全てのネクロが口を裂き、喉奥から骨の弓が迫り上がってくる。

魔力の差を見せつけるための行為か?

いや違う、ソレはきっと『そういや今までやったことなかったな』くらいの感覚でやっている。

このまま数秒後に戦士達を森の一角ごと打ち砕いたネクロは、価値ある者の死体だけを拾い集めつつ悠々と研究室に戻り、次なる作品を鼻歌でも歌いながら作り始めるのだろう。

ゼロとハイロバが二言三言言葉を交わしているが、別のことに思考が向いているためかその内容は窺えない。

『総員聞けっ!1〜3班、加えて5.6班の指導役は、我を中心に正五角形で全てのネクロを包囲し、札を起動せよ!各班員で技能のある者は、我が号令に合わせて全ての力を振り絞り、命の限り雷を唱えよ!それ以外の者は、引き続き死穢の軍勢を掃討せよ!』

こんな盤面においても、その声はよく通っていた。

思わず耳を傾けていたジュラの尻をゼロが蹴飛ばす。

『オラ、時間が無い。早く準備しろアホコウモリ。単細胞の考えなんざ大体わかるが、俺でさえミスアイシクルが梃子でも逃げないことは察しがつく。てめーなら、もっとずっと尚更だろうが。』

初めからわかりきっていた。

イオンが揺るぎなくイオンである以上、この場を見捨てて自分が落ち延びるという選択は、絶対に取らない。

現に少女は今この瞬間も、頭の中で最大数を生かす方法を考えているはずだ。

脱出させるだけなら、カブウの口に詰め込んで地下深くに潜らせるなり、遠くへ吹き飛ばすなりすれば済む。

だからこそジュラはイオンを納得づくで離脱させる文言を考えていたのだが…

(あのカラスヤローの言葉、ってのは非常に不本意だが、その通りだ。…俺はまだ考えが甘いらしい。負け犬の言い訳にイオンを使っちまうなんてな。…………やるか死ぬか、か。)

恐怖も絶望もあった、しかし同時にボディーガードとして、覚悟はできた。

何があったかは知らないが、それなりにいっぱいいっぱいであろう自分を抑え、気を回してくれたゼロに心中で感謝する。

『策を教えろ、ゼロ。』

『5人の班長と6枚の札で簡易的な結界を張り、俺が菌糸以外の土壌を全て凍らせ、電流が散らないよう細工する。お前はビヌヤンカに合わせて全力の【テラバチン】だ。』

『凍らせるって…範囲60mはあるぜ…できんのかそんなこと。』

『ー50℃、そこが耐冷菌糸の機能の境界だ。幸いここは湿地帯、ー30℃で結界内部を全て冷やせば問題無い。命に変えてでもやり遂げるつもりだ、お前もそうしろ。やるぞっ!』

ハイロバが上空に跳び上がり、札を起動させる。

直後、ゼロは深呼吸し…

『カクリタマエオオシタマエガヒドウカーラーグツカクリセム』

一息で耳慣れない呪文を唱えきった。

6枚の札が放つ光が薄紫に変じ、何処となく不安定な五角錐の結界が展開される。

『チッ…やはり粗が見え隠れしてやがる…餅は餅屋か。まぁ展開できただけ良しと考えるッ。』

ゼロが両手を着き、全力で大地を冷やしにかかる。

ネクロの魚骨天弓が先か、結界の崩壊が先か…どちらにせよあまり時間は無い。

かといって自分がミスをすれば作戦は崩壊し、僅かに残った断片から何事も無かったかかのように現れたネクロが、同じことを繰り返すだろう。

(菌糸の周りに氷のチューブをつくるイメージだ…最も効果的に電気が回るよう慎重に…)

しかし、土壌全てに張り巡らされた髪の毛より細い糸を全て処理するなど、脳のキャパシティを大幅に超えている。

血圧が上がり過ぎたか、断続的に滴り落ちる鼻血を拭くこともせず、全ての神経を能力の行使だけに向け、意識が飛ばないギリギリのラインを見極める。

当然ネクロもそれには気づいており、発射準備で動けない自信の代わりに地中で待機していた屍に命令を送り、土壌を掘り混ぜて撹乱させようとしていた。

『ジュラ!ここだこの下にいる!』

しかし、敵には地中の振動に対するスペシャリスト、カブウがいた。

生前の経験も合わせると、100年以上を暗い地下で過ごしてきた大ベテランである。

『あいよっ、パーアメっと!』

ジュラのチョッピリ パーン アメーリオ(通称パーアメ)が地中の工作員を貫き、機能を停止させる。

ネクロの体を食い破り、直接ゼロを襲撃した目の大きい翼竜の屍も、ハイロバの手によって即座に撃ち落とされる。

妨害は苛烈、しかし死を前にした戦士達の対処は一回り堅牢だった。

その差は大きなアドバンテージとなる。

 

一瞬速く整ったのは、ジュラ一行及び樹海の戦士達。

完璧な作業をこなし、朦朧とした状態で腕を上げたゼロを確認すると、ハイロバは叫んだ。

『ぅ撃てェェェェェ‼︎』

ジュラの右手、指先、魔法陣、山刀、尻尾、矢尻…あらゆる方向から放たれた雷のエネルギーが集うは樹海の長ハイロバの槍、その先端の一点である。

それは一瞬夜空を真昼と見紛う明るさで照らし、近くにあるハイロバの体をも灼いていた。

傷など気にも留めないハイロバが、既に黒く焦げついた槍を振りかぶる。

その何千何万と繰り返した動作に、一切の剰余無し。

『ジィィヤァァァァァー!』

ハイロバが吼えた。

時間が止まった、その場にいた誰しもがそう錯覚する程に速く槍は加速し、瞬きさえ追いつかない時間で一体のネクロを射抜く。

的がその事実を認識するより早く、内部で押さえつけられていた電流は暴れ出し…直後、弾けた。

槍を炭化させつつ砕き、一体のネクロをこんがり仕上げ、繋がった隣へ破壊を向ける。

着弾点から波紋のように広がる破壊は、物理的最高値に近しい速度で怨念積もる菌糸を徹底的に焦がし、結界内へと充満したのだった。

 

驚くほど静かだった。

数十のネクロが全て煙を上げ、肉体も糸も全ての機能を失い、崩れ落ちる。

だというのに歓声は上がらない。

『本当に……仕留めたのか?』

『また、へらへらしながら湧いてくるんじゃないのか?』

『いや、既にもうどこかからこちらを見ているんじゃないか?』

戦士達に油断は無かった。

だが、気を張るだけではどうにもならないこともある。

上空に小さな魔力の動きがあった。

普段なら無視する小鳥や大きめの蛾くらいの動きだ。

だが、彼等野生動物に明らかな異常地帯を横切る間抜けはいない。

それに気づいたのは、種族特性上魔力の変動に敏感なジュラだけであった。

チラリと目を向け、それに気づいて叫ぶ。

『全員‼︎この場から逃げろォー!』

そこに座するは魔法陣。

明らかに危ない光放つそれは、サイズダウンこそしているもののネクロが大量増殖の前に描かれた巨大なものと同質だった。

ジュラの警告に戸惑う者達を無数の光の刃が貫いた。

 

滲んだ視界の端で地面から白い糸が噴き出す。

全ての糸は一つになり、魔人のかたちを作り出していく。

『【月虹剣】、効果に差異はあれど魔力を体内に宿す生物に対し、『楔』を打ってその循環を阻害する術さ。一般的精神持ってれば、壊れるかもだけど死ぬことはないだろから、安心していーよぉ。』

言葉がハッキリ認識できるようになった途端、ジュラの思考を激痛が支配した。

全身の外出血と共に襲い来る耐え難い嘔吐感、ゼロもハイロバも転げ回る内に目に入った者の殆どが同様のありさまであった。

『ゴボッ、ゴボボォ…』

効果は体内でも同じらしい、痛みに絶叫しようとしても出てくるのは血が泡立つ音ばかりだ。

『いやー今回は手酷くやられたなぁ。80年前全魔連にガサ入れされた時…いや、もっと酷いか。まー私の負けだし、ここは尻尾巻いて逃げるのが上策とみたね。』

フワリと浮かび上がったネクロを数本の触手が貫いた。

触手先端は貫通直後鉤状へと変化し、魔人を逃すまいと繋ぎ止めている。

『うーん全員に当てたと思ったけど…そうか、あくまで生命の擬態だから魔力を保持してないのか。』

カブウが豪快に笑う。

『ハッハッハ!カンに触ること言ってくれるね!だが油断しちゃいないかい?光を防いだのは俺1人だ、なんて言った覚えはないよ。』

カブウの口が大きく開き、内包する深淵から何かが高速で撃ち出された。

『おもったよいはぁーい!ごーぐるかあへへよかった〜!』

それはカブウとジュラから預かった2つの瓶を抱えたイオンであった。

しかしその中身は塩水ではない。

相当に驚いたのか、動きが固まったネクロの額目掛けて少女が瓶を叩きつける。

『受けてもらおうか。このカブさん特製お肉&キノコ消化液をね!』

もはやカブウにとって、新たな消化酵素の合成・開発など朝飯前なのである!

その威力は絶大で、瓶が割れ液体を浴びたその瞬間、ネクロの顔は崩壊し胴体、手足へと侵食が始まる。

おそらく1分以内でネクロを消滅させるほどの特効性、だからこそ惜しむらくはその量だった。

ネクロの足から伸びた糸束が新たな頭部を作り出し、分離する。

『あぶないあぶない、便利な術ではあるけどこういうことがあるから過信できないね。』

落下を始めたイオンを虹色に光る光刃が薙いだ。

『なっ…イオンッ!』

おそらく、ネクロに態度ほどの余裕は無い。

たった1人の人間を払うのに、カブウでは変動がわからない程少量の魔力で済む【月虹剣】を使ったことからもそれは察せられる。

だからこそ、今追撃すれば確実に仕留められるだろう…上空から落ちるイオンの命を捨てるなら、ではあるが。

(彼女は『倒せなかったらカブさんは追撃優先!私は…ほら、下やらかいから骨折くらいで済むよ。へーきへーき』なんて言っていたが…できるのか?あの光を受けた後で、冷静に!頭部を保護しつつ!柔らかな泥土へ落ちる判断が!)

彼女は十中八九やってのけるのだろう。

これまで色々な局面があった。

ヒノ国でもバグショットでも、彼女は常に的確な判断を下していたし、他人の口からもそうだったと聞いている。

今生きて全員ここにいることがその証明だ。

(だから、ここは彼女に任せるのが最善ッ!ネクロを今逃せば、今日受けた刺激で成長性を増した菌糸をもって、速やかに勢力を回復ッ、何食わぬ顔で侵略を再開するだろう!それは、おそらく…飛行船の修理が終わるより早い!)

あまり時間は無い、イオンが地面に到達するまでおよそ一秒と少し程度だろう。

ネクロが触手の範囲外へ逃げるにも、それだけあれば十分なはずだ。

『うおぉぉぉぉぉぉーー!』

カブウが全力で触手を繰り駆ける。

『スマナイッ!俺ではキミを捨てられないッ!』

カブウの触手が束となり、クッションのように優しくイオンを受け止める。

『大丈夫かいイオン⁉︎キツいなら答えなくていい!すぐに手当を…』

『げふっ…だ、だいじょーぶだよカブさん。ありがと〜。もんのすごい漏電に触った時みたいな感じだけど、たぶん死ななそ…』

多少の出血こそあれど、想像よりは余裕がありそうなイオンの言葉にカブウが安堵の息を吐く。

上空に目をやると、やはりネクロは誰にも追いつけない高度まで達しており、もはや討伐の望みは無くなっていた。

今後を案じ歯を食いしばるカブウであったが、ふと彼は気づく。

夜空に何か光があった。

月には敵わないものの、周囲の星々よりは確実に明るい。

『なんだ?この時期と時間で見える惑星は無かったはず…』

謎の光は、徐々に徐々にこちらへと近づきつつあった。

 

 

 

 

 

一台の馬車が空を飛んでいる。

4頭の馬は、足元に最高の平原があるかのように足を動かし、曳かれる馬車の車輪は土埃を幻視しそうなほど心地よく回っている。

その中から双眼鏡を覗きつつ、倍率を弄っていた子供がテンションを上げつつ声を上げた。

『おっおー!ゼロだー!やぁーーーっと見つけたぁ!』

『へっへー、迷子札持たせといたのは正解だったじゃん、オッちゃん!』

御者の少女が手綱を振るって馬に加速を促す。

『うぉっ!急な加速やめろい!だが高いカネ払って馬車借りたかいがあった、もう追いつけるとはな。』

よろめいた背広の男が財布を思い涙する。

『うーんしかしオッちゃんのゆうとおりだったわね。あそこだけ森がメチャクチャになってるし。誰がどの勢力なのかはちょっとわかんないけど、みんなぶっ倒れてる。』

『戦いの幕は下りているということか。生きてるんだろうな…これ以上コイツらの面倒1人で見きれんぞ。』

『あ、ひどーい。すーぐそういうこと言うから、オッちゃんはモテ期が10年おきにしか来ないんだぞ?』

『人のモテ期を干支みたいなシステムにするんじゃあない。しかし、助太刀の準備は必要なかったか…』

道具を片付けようとする男を子供が制止する。

『どうした?』

『いや、やっぱいるかも。顔の大きい…てゆーか顔だけのカエルがなんか叫んでる。』

『えぇ…どういうモンスター?それが敵なのか?』

『うーんなんとも…あ、もう一つ顔だけのが飛んでる。そっちのが敵っぽいかなぁ、変なバリバリ模様してるし。』

『おーおー、ひどい偏見だが確かに夜道で会いたくないカンジだな。らちがあかんからちょっと見せてくれよっと……………え?あれ魔人じゃね?』

硬直する男から双眼鏡をもぎ取った少女がそれの姿を確認し、素っ頓狂な声を上げた。

『うわっ、アレ手配書で見たことある!確か10億コンスとかかかってた!捕まえりゃ大金持ちじゃん!』

『マジで⁉︎くっそ〜ゼロめ、私を差し置いて懸賞金独り占めは許さないわよ!』

『魔人でその辺なのは数人だが…扱う分野考えるとネクロか?……ネクロかぁ…関わりたくないな…おい、生け捕りは諦めるぞ。アレはマジでイカれてる…いやマトモな魔人なんかいないけども。』

同乗者2人にブーイングを受けつつ、男は雷を弓状に成形する。

『最近どーもいいこと無いからなぁ…効いてくれよ。カケリカケリコリシシュウバク【藍染式 三浦頸落弓】』

本物の雷にも匹敵する電力が集中し、矢の形へと変わってゆく。

 

 

 

 

もがき苦しむ戦士達の頭上を、一筋の雷光が駆け抜ける。

それは、戦士達にとっても、ネクロにとっても意識外から乱入した一矢であった。

だがしかし、その術を知っている者が1人だけいる。

その顔には戸惑いと喜び、後悔と安堵が同時に浮かび、仰向けになっていた。

不甲斐ない自分が仲間にまた助けられた、その事実を噛み締め飲み込み糧とするために。

 

一瞬で雷の矢はネクロを飲み込み、その姿を覆い隠す。

こうして、樹海に現れた魔人ネクロ討伐戦は、神経回路の破裂に伴い魂自身が消滅を認識することもなく、あまりにあっさりと終わりを告げたのだった。

 

 

 

 

 

 

ゼロがよろけながら立ち上がる。

多少マシになったとはいえ、いまだに全身を痛みは駆けているし、舌に血の味が絡んで不快極まるコンディションだ。

『大丈夫かいゼロ君、寝ていた方がいいんじゃ…』

『お気遣い感謝する。が、俺には立っておかなければならない理由がある。』

ゼロが大地をハッキリと踏み締めた直後、夜空から馬車が滑るように舞い降りた。

馬達を宥めつつ馬車を降りた少女が、ゼロの方へと一目散に駆け出す。

『オラァ、てめーはまたぁ!』

拳はゼロの鼻っ柱に突き刺さった。

車輪を留めつつ馬車を降りた子供も、ゼロの方へと一目散に駆け出す。

『スジリモジリしやがってー!』

小さな拳が鳩尾にクリーンヒット。

紺色のスーツケースを丁寧に置きつつ降りた男も2人に倣って駆け出し…

『一匹狼きどっ…ぷぇー!』

普通に避けられていた。

地面を転がった男が、眼鏡を拭きながら立ち上がる。

『な…なんで俺のだけは避けやがる…』

『いや、悪い。アイツらから避けろ避けろオーラがすごかったもんで。あと俺今色々限界だから、ヤマイのパンチはヤバい、うん。』

ヤマイと呼ばれた男がため息を吐き、角刈りの頭を掻く。

『ハァ……なら免除してやるが、覚えておけ。俺もお前を今すぐ、ぶん殴りたいぐらいには立腹しているとな。』

『ああ、本当に悪かった。』

ポカンとしていたカブウが我に帰り、そろそろと触手を上げる。

『あのー、俺はカブウと申す者です。カブさんと呼んでください。質問の許可を願いたいのですが。』

『いいよー、ゼロが世話になったみたいだし忘れっちまった悲しみのこと以外なら、私たちなんでもお答えするわよ。』

『はぁ…まずはご助力に感謝を。そして、貴方方が何者なのかをお聞かせ願いたい。』

子供が腕を組んでウンウンと頷く。

『よくぞ聞いてくれました。私は…ゼロの愛人1号です。』

馬車に体を預けていた少女が続く。

『あ、自分愛人3号でーす。』

『『そしてこちらのオッちゃんが〜内縁の妻でーす!』』

『何を言い出してんだコイツ等ーー!ちょっと待て俺はゴメンだぞ、訂正しろっ!』

『やーいオッちゃんが照れてるぅー。かーわいー』

『ABCのどこまでいったのぉー。AEはもう済ませたのかなぁーー。』

『人の恋を、思ったより多くなった管理番号みたいな段階分けするんじゃないよもう。いや誰が恋してるだ、このアホども。』

またまたポカンとしているカブウの前で、ゼロが目を覆う。

『すまない…こういうヤツらなんだ…』

『ゼロ君…愛人2号はどこへ行ってしまったんだい⁉︎痴情のもつれなのかい⁉︎』

既にネクロの操っていた屍は崩壊しつつある。

待機していた援護班が駆けつけ、戦士達の夜にようやく安寧が訪れていた。




体内腐肉注射、この世界屈指の出し得ワザ。

用語集

ショウノウメバリダケ
長時間分解されなかった獣の死骸に発生することのある希少な菌。
ハエなどの侵入を防ぐため死骸の損壊箇所を菌糸で穴埋めすることが知られている。
菌体からは樟脳に近い香りがする。

ハネカクシ
魔物やそれに類する者が好んで使う正体偽装用の魔法の総称。
一般的に人間に化ける方法が広く知られる。
ジュラの場合はトトルス村出たあたりから、イオン達とだけいる時を除いてかけっぱなし。

魔人の鰓弓
闇市場に時折出回る上質な魔法触媒物質。
その正体はネクロの喉にある軟骨であり、菌糸が合成を手助けすることで一月で再生可能。
研究費確保に大いに貢献している。

魚骨天弓(ストゥ・パルパンラ)
ネクロが扱う実質専用術式。
ベースとなるのはパルン系だが、自身の軟骨と菌糸で構築した弓の形を取ることでそれそのものを触媒とし威力を桁違いに引き上げる。

月虹剣
月の光を束ねて放つパルン系の魔法。
対象に掠っただけでも魔力循環を阻害し、様々な生理的機能を狂わせる。
『楔』は効果範囲が広くなるよう健全で正常な精神を持つ者への特効仕様である。

藍染式 三浦頸落弓
藍染式札術の奥義が1つ。
巨大な電気エネルギーを弓と矢の形に整えて放つ。
大まかな方向さえ合っていれば、対象の頭を狙ってくれるアシスト機能つき。
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