魔剣王正伝   作:プルプルマン

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正直、閑話こんな長くなると思ってませんでしたぁ!
今更ですが、章タイトルの読み方は『かんわ まつおうじ』です。


萌芽

そこは祝福に満ちた宴の席。

その隅で6人の男女がギチギチに縛られ、折檻されたゼロを挟んで向かい合っていた。

『改めまして、私灯焆 燐!愛らしき燐々と呼んでよろしくってよ。』ドヤ

『自分はエリシャ、座右の銘は『一口食べてダメなものと姉には近づくな』かな。ヨロ!』

『俺は山威 汽穂、フリーの魔法使いをやらせてもらっている。…今はちょーーっと大変色々あって依頼を受けられないが。』

山威からうらめしい視線を向けられている燐とエリシャであるが、2人がそれを気にかけることは無い。

これが彼等のいつものノリなのだろう。

『ご丁寧にどうも…俺はジュラ、趣味は料理です。おたくのゼロとは一度殺し合った仲ですー。』

『初めまして、私イオン・アイシクル!一飛行船の船長をしてます!ヨロシク!』

『では俺は簡便に…カブウです、剥製です。この2人に殺されました。カブさんって呼んでね♡』

『わー物騒。ともかく、本当にうちのゼロがお世話になりまして…引っ掻いたりとかしませんでした?』

俺はネコじゃねぇ、おそらくそう言おうとしたゼロであったが、エリシャの『ん?』で黙り込む。

ジュラがきわめて邪悪に、悪魔的に笑った。

『そーなんですよもう、ほんとにこの子ったら何考えてるかわかんなくってぇ。』

『テメェこのコウモリヤロォ!上等だ魔人とあの世でランデブーさせてやる、クラァ!』

『ハッハー、そのザマでよく吠えるなぁ。みじめみじめ!そのまま輪切りにしてやろーかぁ?』

キャンキャン騒ぐ2人は、いつのまにかジュラまで簀巻きになって外へと飛び出し、ぶつかり稽古?を始めていた。

『天使様って友達いたんすねぇ、自分ら以外で。』

『俺もジュラが元気で嬉しいよ。喧嘩は生きてる内が花だからねぇ。』

『…お友達、いらしたんで?』

『ああ…元気にやってるよ。たぶん今頃俺からぶんどったメスを囲ってる。ああ腹立たしい。』

『ああ…喧嘩ってそういう…』

野生の世界で無駄な喧嘩など……あんまり起こらない(はず)のだ!

 

『ねーイオンちゃん?なんで肩車から下ろしてくれないの?私そろそろ地面が恋しーわよ。』

『えー、リンリンちゃんいや?ひんやりしてステキなんだけど。』

『くっそー、人のこと濡れタオルみたい扱いやがってー。くらえつむじ攻撃、なぞるぞー!』

『ギャーオッちゃん助けてぇ!』

『なんでその呼び名定着してるわけ?早くない?俺は!山威 汽穂だっ!』(お目付役)

 

 

 

次々と治療を終えた戦士達が加わり、喧騒はまだまだ止みそうに無い。

宴の音頭をとり、長老会にあらましを報告した後、ハイロバは1人静かに屋外で酒に浸っていた。

物思いに耽る戦士の長であったが、常に張り巡らせた感覚はその足音を聞き逃さない。

チラリと目をやれば、そこに居たのは松明の灯りに照らされたジュラ・パズズだった。

『よ、隣空いてるか?』

『空いている。が、少し湿っているからな。ゴザを敷いた方がいい。』

『いいよそんくれー。』

ジュラが腰を下ろす。

『『乾杯』』

イオンなら見ただけで潰れそうな、強い酒だった。

『遥かな昔、果実を溜め込む鳥を真似した先祖が作り始めた酒だそうだ。真偽は知らない。』

『ふーん、分厚い肉焼く時のソースに使えそうだ。いいな、コレ。』

前方が東にあたるのだろう、空は白んでいた。

『何から話したくて来たんだったかな。へっ、酒に当てられちまったかな。あーそうそう、ココって罪人には刺青を、みたいなルールあったりすんのか?ちょーっとかんべ…』

ハイロバが言葉を遮った。

『まずは感謝を述べさせていただく。この里の長、ビヌヤンカとして…そして、戦士ハイロバの名においても。本当に、この度の討伐戦での多大な貢献、援助、全てに最大の感謝と尊敬を申し上げる。ありがとう、ありがとう…貴殿等の誰が欠けていても、今宵最良の戦果は得られなかった。そう断言する。本当にありがとう…………』

ハイロバが深々と頭を下げる。

『そんな、やめろよ。王たる者が頭を下げていいのは…』

『ああ、大事であり全てに優先される事柄においてのみ。我は今がそうだと感じたからやっているまで。…コレで我は『聴く側』へと回る準備ができたぞ。』

ジュラの顔に驚きと恥じらいが浮かぶ。

『…バレてたか。やっぱアンタ大した王器だよ。』

『率直な賞賛として、ありがたく頂戴しよう。…我は待っても構わない。』

『悪い、気を使わせた。………なぁ、ハイロバあんた『変わった』だろ。何が、だとか突っ込んだこと聞かれりゃわからないけど、絶対何かが変わってる。』

ハイロバが頷く。

『ああ、今宵迷いは無くなった。悪夢と共に…去っていった。』

『そっか、やっぱり…よかったな。合流した時ぁビックリしたぜ、目の輝きが違うんだもんな。』

『我が師より心強い言葉をいただけた。我の変化が見てとれたというならば、それはひとえに次なる旅路を往く師よりの餞である。』

『…………いや、あんたはやっていた。この夜以前から、ずっと…先導者だったんだろ?突然降って湧いた役目だってのに…辞退せず胸を張ってた。んなこと俺にはできねぇよ、素直に尊敬してる。』

『徒に我武者羅だっただけである。戦士達からの信頼は得られず、いずれは瓦解する体制だった。』

『それでも、やってきたことが答えだよ。現に今、誰もがあんたを認め信じてる。きっかけは足元に積み重ねが無いと届かないだけだ。』

『感謝する。』

2人の間に沈黙が漂う。

暫しの間、器を口に運ぶ音だけが続いた。

『………俺さぁ、審問の時はあんなデカい口叩いたけどよ、怖いんだ。何も持ってない俺が、大勢の上に立って引っ張っていくなんて大それたことできるわけがねぇ。』

『聞き間違いか?先程、器は後から出来上がると自答していたが。』

『ああ、そうだ…そうなんだけども…これはさ、まー軽い例え話なんだが…立場にそぐわない行動で国を追われた王子がいるとしてだ、そいつがよそで経験積んで戻ってきましたっつって、歓迎されると思うか?てめえの国のこともよく知らないのによ。』

『………難しい問いだ。身内で手一杯のビヌヤンカには過ぎたるものであり、答えを出すことが既に烏滸がましいと言える。だが、1人の…ハイロバとして言わせてもらうなら、過去の全ては土なのだと思う。日々、土台を積み上げて、少しずつどこまでも登っていける、そういうものだと。どこかで転げ落ちたとしても、その時目の前にある巨峰は自身の裏打ちであり誇り…だからこそまた明日へ登って行けるのだと。どんな土をどれほど積もうと山は山、ただ己の磁針となり腐ることなどありはしない。だから、その王子も、どこかで明日のために土を積んでいる、そう断言する。』

『……………ありがとよ、優しいな。』

顔に熱を感じ、視線を上げる。

 

朝日だった。

鳥が声を上げ、平穏を取り戻した樹海に喧騒が広がっていく。

薄い巻雲は真紅に染まり、霧に烟る森は緑と赤の狭間で萌えていた。

 

ジュラはいい思い出等一つも無いはずの樹海を、何かとても美しいと感じ、思わず息を呑んでいた。

ふと、東に見えた物体に視線を移す。

それは外法に怒り、アインの鎖を断ち切った祀墓所だった。

『この里では地平の彼方には楽園があり、太陽とはそこに住まう祖霊が我等の幸せを願って、たっぷりの炎を詰め送り出してくれた果実だと言い伝えられる。長い夜だったが…それでも、太陽はやってきた。貴殿等が共に土を積み、一押ししてくれたからこそ運ばれてきたのだ。誇れ、勇士ジュラ。我等にとって、貴殿等は紛れもなく光に満ちた『明日』だった。』

それは、ジュラという1人の少年が地界で歩んだ道への肯定であり、希望に満ちた未来の予感だった。

『そうかぁ…へへ…まぁ…そうかあ。』

ストレートな言葉を噛み締め、照れ隠しに尻尾をいじる。(ハイロバからは空中で指遊びをしている変な奴に見えているだろうが。)

『己を信じられぬというなら、仲間という導きを頼るがいい。我の言葉等よりずっと力強く背を押すだろうよ。さて、随分と明るくなった。ここは1つ、サインでも書いてもらおうか?』

朝日に照らされたタレ目の青年は、満面に友愛の情を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

『リンリンちゃん、もう行っちゃうんだね。せっかく仲良くなれたのに淋しくなるなぁ。』

『ごめんねイオンちゃん、オッちゃんがどうしても離れたいって聞かないのよ〜』

よほど別れが惜しいらしく、イオンと燐が抱き合ってオイオイ泣いていた。

唐突に槍玉にされた山威が首を振る。

『詳細は言えないが、早急に移動せねばならない事情があってな。長居しても、ここに迷惑をかけるだけなのはわかるだろう?』

カブウが同調する。

『マア世間は広いようで狭いもの、互いに生きていれば再会することもあるだろう。』

『わかる〜自分も、この間までどこ行っても姉貴に出くわすもんで、距離感おかしくなってたからさー。』

『エリシャ君…それはなんかまた別の恐怖だと思うけどもね。』

『うぅ〜、次会った時はイオンフライヤーのっけてアクロバット飛行してあげるからね。ハイこれ私の船番号、空便に往復で出したら届けてもらえるから、やりとりしよーね。』

『ゔん、楽しみにしてるーぅ!』

『挨拶は済んだか灯焆、では行くぞ…いつまでもじゃれあってんじゃないぞゼロ。』

山威が、かれこれ30分はジュラと威嚇し合っていたゼロの襟を掴み、引き寄せる。

『やーいやーいママに引っ張られてやんのぉ。巣立ちが遅いんじゃないかぁ?』

『ハッ!よかったよかった離れられて。臆病が感染りそうで困ってたんだよなぁ!』

2人が中指と親指で挨拶を交わす、仲の良いことだ。

『馬車の用意よし、全員乗り込んでいいぞ。……それでは、アイシクル嬢御一行、ビヌヤンカ様、大変世話になった!縁あればいずれ逢おう!』

御者席に山威が座り、ゆっくりと動き出した馬車が一歩ごとに天へと登ってゆく。

その深緑の幌が空の彼方へ見えなくなるまで、イオン達は見送っていた。

 

 

 

 

『いやー、ゼロ君といるとジュラの違う顔が見えて面白かったねぇ。』

『うーん冷静になると恥ずかしい。なんだろうな、アイツの顔見たら無性腹立ってきたんだよな。ホンノーから嫌いなのかな。』

『ついつい意地悪をしてしまう。それを人は懸想というのさ。愛人(ライバル)は多いかもだけどねっ。』

『やめてくれよゾッとしねーなぁ。てかカブさん、なんか致命的に勘違いしてね?』

危うし、ゼロの名誉。

まぁジュラ的には、わりとどうでもいいので深くは突っ込まない。

『んで、どうだイオン。船の方はどんくらいで修理できそうだ?見てきたんだろ?』

『んー、予備部品あるから機関部直すだけなら3日もあれば十分なんだけど、船体ちょっと燃えちゃったしあちこち傷だらけだから2週間はかかるかなぁ。』

『結構かかるな…まそんなもんかぁ。』

『案ずる必要は無い。我等から資材を提供し、若い衆をよこそう。』

ハイロバからのありがたいご提案である。

『いいのか?あんたらも忙しいだろうし、俺たち森を焼いた張本人だぜ。』

『償いは既に果たされた。貴殿等は既に罪人でなく友人、我等全てが認めるところである。』

『さすがハイロバさん、話がわかるぅ〜。5人、回してもらうことってできますか?』

『心得た、声をかけておこう。太陽が天頂に達する頃広場に集める。』

『わかりましたー、それまでにやってもらうとこと手順決めときます!』

かくして、我等が船の修復作業が始まった。

 

 

 

ムシ暑い正午…木陰に並べられた作業員達にイオンが白い箱を渡してゆく。

『………ナニコレ?硬めのバター?』

作業員Jことジュラ・パズズの率直な疑問である。

イオンがドヤ顔で指を振る。

『チッチ、違うんだなー、とりま横のボタン押してみてくださーい。』

言葉に従って押してみると、突如目の前に半透明の何かが浮かび上がった。

驚きつつ辺りを見回すと、浮かび上がる形こそ違っていたが、他の箱でも同様の現象が起きていた。

『驚いた?こいつぁその名もカントクトウフくん!アミンと無線接続されててねー、次にやってほしい作業内容と道具を映してくれるよ!間違ってたら、ちゃんとスキャンして教えてくれる優れもの!』

『何をわちゃわちゃ作ってんのかと思ったら、これかぁ。ここのボタン押したらいいのか?』

箱を下から眺めつつ、ジュラが尋ねる。

『うん、作業の進み具合も管理してくれるよ。電池は2時間分しか持たないから切れたら持ってきてー。』

さすが、我等がメカニックは優秀である!

ジュラはスムーズで快適な作業の進行を確信していた。

 

 

 

 

 

『ちくしょう、こいつ何とか黙らせらんねえの?』

ジュラ・パズズは忘れていた。

手中にあるレンガ程の大きさの箱に入っているのは、毒舌辛口コンピューター アミンなのだ。

その電子頭脳とムダに音質のいいスピーカーから作業者に飛ばされる罵声は、いつも通り正論をトゲ付きの板金鎧でガチガチに覆ったような破壊力で、何なら普段の3割り増しで研がれている。

手順を間違えればアホバカマヌケ+迅速な修正、作業をド忘れすればボケドジノロマ+明瞭な指示、休憩開始の時さえ『おら休メ、日陰デ水飲メ。死ニテーノカ。』とのお達しだ。

正論+罵倒のミックスに、屈強な戦士達も言い返せずタジタジになっている。

つくづく厄介な奴である。

そして今、ジュラもそのありがたーいお叱りを浴びせられていた。

『テメェワザトヤッテンノカ?ソコノぼるとハ15mmダッツッタダロ、13mmジャアネェッツノ。』

『ウルセー!ややこしいサイズで作ってあんのが悪い!こまけー指定すんなら頭にサイズ書いとけやコラぁ!』

箱が呆れたように震える。

『野菜はこんま1mm単位デ刻メルくせニ、ナシテソレ以外ぽんこつニナンノカ理解ニ苦シムナ。』

『よけーなお世話ですー。そもそもテメートゲありすぎんだよ。俺たちあくまでゲストなんだぜ?4日ぶりに俺たちと喋れて、テンション上がるのはわかるけどなー、もーちょっと他所行きのガワってのをな…ありゃ?』

ジュラが文句を垂れ終わる前に、アミンは不機嫌そうな音を立てて沈黙してしまう。

『おーい、喋りすぎてぶっ壊れたか?………いや、ははん?さては図星だったなこのヘソ曲がりマシーンめ…』

カントクトウフくんの側面から、ジュラの鼻っ面めがけてゴム球が発射される。

2人は今日も仲良しだった。

 

 

 

『いいなー2人とも仲良さそうで。妬けるぜ〜』

ジュラが箱と騒いでいるのを見たイオンが頬を膨らます。

その手元にあるスピーカーが不満げな声を上げた。

『冗談きつイゼいおん。オナジすてーじニ並ビタカネーヨ。』

『またまた〜、もう相性バツグン阿吽の呼なんたらだよー……ん、もうこんな時間。皆さーん!今日はここまでにしましょー!』

少女は既に6割方修理の終わったエンジンに麻布を掛け、作業者達に呼びかける。

まだ日は地平の上にあるが、1日の進行としては十分すぎるとの判断だった。

 

『んー?もう終わりでいいのか?正直まだ動けるぞ?』

『でもネクロさん倒して昨日の今日だし、みんな病み上がりなんだから大事にしないと。それに十分進んだしね。今日入れて5日くらいで終わると思う。』

ジュラが口笛を吹く。

『はやーい。んじゃ後の時間は…』

『各自自由時間ってことでー。あ、アテレさんたちもありがとうございました!また明日もよろしくお願いします!』

アテレと呼ばれた青年が腕を掻く。

『礼などそんな…清廉なる助け舟に義をもって答えることは当然ですよ。ただ…その…何か間違いがあったとか、そういうことでは無く、アミン殿の声色をほんの少し柔らかくしていただきたい…』

『あー、ごめんなさい。アミンには私から言っておきます。』

ジュラが箱に耳打ちする。

『ほら、言われてるぜポンコツ。』

『喧嘩ナラ手前ノ言葉デ売レヤおお?』

『ええ、このままでは私、新たな扉を開いてしまいそうでして…』ポッ

とんでもないことを口走った青年の目はキリっと引き締まり、頬は僅かに赤みが差していた。

『えぇ………ちょ、えぇ…………』

『その扉は……元々半開きではありませんかな…』

流石のジュラとカブウも、これには困惑あるのみである。

そして、扉の鍵たるアミン曰く…

『イヤ、知ラネーヨ気色悪リィ。』

明日からの作業に、何かとてつもなく大きな爆弾が投下された、そう感じるのは杞憂だろうか。

 

 

 

 

『では…師匠、よろしくお願いしゃぁす!』

エプロンの紐を締めたジュラ、対するは子供2人を相手しながら鮮やかに料理をこなす女傑レスラである。

当然、ジュラは空いた時間を料理の探究に当てると決めていた。

『腹から出てるねイイ声だっ!お客様だろうとビシバシ行くよ!』

広大で美食溢れる地界、その更なる深奥とも言える樹海の食文化など、究極の未知・至高の秘宝と言っても過言ではない。

そして、幸運なことにその食に精通した頼もしい師匠までもが存在しているのだ。

これを習わずして何を得るというのか。

既にハイロバから出入りの許可はもらっている。

マンツーマン指導、目標は集落内を物見行脚しに行ったイオンとカブウが帰還するまでに一品をマスターし、振る舞ってみせることだ。

包丁を持ったジュラの集中力は、何ならネクロ討伐戦の最中よりも研ぎ澄まされていた。

『ほいじゃ、まず今日採れたてのパムハムを…』

元気よく蠕動する生命と目(どこ?)が合った瞬間、舌に蘇るクリーミーな肉とやたら残る皮の食感。

気づけば、思考は飛んでいた。

 

 

 

『あっ、見て見てカブさん。狩りに出てた人たちが帰ってきてる。なんかでっかい鳥担いでるし、近くで見よー。』

触手を引っ張られたカブウがイオンの示す方向に目をやる。

『アレは…見たことが無いね、この地特有の躯鳥類かな?ま、邪魔にならない程度に見学させていただこう。』

2人が寄った時には、既に子供を始めとした人だかりが獲物の周囲にできていた。

その中でも一際目立つカブウを目に留め、1人の戦士が群衆を分けて歩み寄る。

『朋輩よ、今一度助力に対する感謝を。夜を越えて探し回っても出会えなかった獲物に、再び巡り会えた。…厄災は、退けられた。』

よくよく見れば、戦士達は他にも大小様々な獲物を抱えている。

ネクロの消失を感じ取った生き物達が続々と戻ってきたらしい。

1日にも満たない時間で、死が香るばかりだった幽林は生命脈打つ姿を取り戻しつつあった。

『強いですな。』

『ええ……もしかすると、我々がかの厄災に手を下す必要は無く、時間と自然の力が全てを解決したのかもしれない。そう思わざるをえないほどに。それでも、犠牲を払ってでも、抗って正解だった。』

獲物を積んだ荷車に集まり笑う人々。

戦果としては十分すぎる光景を見て、戦士は微笑んだ。

 

『ぶぇー、死ぬかと思った〜。あ、カブさん見てほら、綺麗な羽根もらっちゃった。』

もみくちゃにされながらも、羽根の束をもらって上機嫌なイオンがカブウの元へ帰還する。

『ほう、そりゃあ色々できそうだ。カブさん髪飾りがいいなっ。』

『どこに着けるの?』

『そりゃあ頑張って生やすのさ。海藻とか食べたらいんだっけかな。』

『んじゃ今度海に寄るつもりだし、そん時集めよー。』

いかにも髪を自在に生やせますよ的な口振りだが、最早誰もそれに違和感を覚えることは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、修理開始から6日後の明朝…

 

ジュラ・パズズは樹海の中にポツンと立つ、小高い丘へと足を運んでいた。

角ばった小綺麗な石の横に、古びたブロードソードを刺す。

やはり相当の銘品だったのだろう、幅広の刀身は水の中にでも落としたようにするりと土に滑り込み、地中に半分ほどを埋めたところで傾いて止まった。

『ここなら、月もよく見えんだろ。リコールは受け付け無いぜ。』

そこは誇りを取り戻した戦士の墓である。

集落の長老会にも認められているし、墓石にも石工の手で丁重に名前が彫られている。

同じくネクロの被害に遭った者として、同情があったのだろう。

墓所の整備はトントン拍子に進み、ジュラ達の出発に間に合わせた急拵えとは思えない程、厳かな仕上がりだった。

『ゼロのヤツも生きてりゃそのうち参りに来るだろうから、そんときゃ歓迎してやってくれ。……そんでもって、メッセージは預かった。あんたの言うフリソデ イザリに出会えるかはわからないが…気持ちだけでも伝書鳩になってやるよ。』

朝日が顔を出し、墓石の影を長く伸ばしていた。

 

『竜戦士アイン 誇りを持ってここに眠る』

 

全ての生命が朝を享受する中、その名は一際煌々と照らされていた。

 

しばし樹海の夜明けに浸っていたジュラであったが、自身を呼ぶ声に気づきふと我に帰る。

冷たく引き締まった空気のおかげか、それがイオンのものであることはすぐにわかった。

最終点検や荷物の積み込みが終わったのだろう、声色は明るかった。

『じゃあな。』

ジュラが手を振りアインに別れを告げる。

そこにもう魂は無いというのに、剣が瞬き返事を返してくれたような気がした。

 

 

『よー悪い悪い、今戻ったぜ。』

地図を広げアミンと航路の最終確認をしていたイオンが振り向く。

『よかった〜迷子になんなかったんだ。』

『なめんな、この1週間で狩りにも付き合ったからな。ここら辺はカンペキにインプットしたっての。』

ジュラが何やら数字や線の書き込まれた地図を覗き込む。

『目的地は変わらずサイレンスか?』

『うん、ただ、海峡越えになるからこの「チャンカムル」って港町で補給してから行くよ。あと私海って初めてだからー遊んでいこうと思ってるんだけど、いい?』

『船長決定なら逆らう理由はねぇわな。俺も大いに興味あるぜ、食材的な意味で!』

『決まりぃ。んじゃジュラは積んである食料の確認だけよろしく〜。』

ひんやりとした食糧庫には、集落の人々が厚意で積んでくれた食材が所狭しと並べられていた。

もちろん、うぞうぞと元気そうなイモムシも。

(うぅ〜やっぱ慣れねーな…だいぶ触れるようになったとはいえ。)

どの食材をいつどれだけ使うか、大体の算段をつける。

次の港町…いや仮に海峡越えをするとしても、十分に持つ量だった。

(いょし、不足無し。魔導冷却構造にも…特に問題は無いな。)

計器の針が安定していることを確認し、食糧庫を出る。

むわっとした熱気に、思わずシャツの襟をパタパタさせつつダイニングに戻る。

話はまとまったか、イオンはすでに操縦桿の前に立っていた。

『特段、問題は無かったぜ。お前の分を大盛りにしたとしてもな。』

『んへへ、やったぜ。それじゃ、出発しようか!』

機体の外にアナウンス(カブウの肉声)が流れ、エンジンのトルクは秒刻みで加速してゆく。

『御見送りの皆様〜大変ありがたく存じますが〜危険につきもう5歩御下がりいただきますようーそこの坊や、気筒の近くは危ないから、近づいちゃダメだぞう?』

足元に浮遊感を覚えた直後、飛行船イオンフライヤーはだんだんと高度を増してゆく。

窓から見下ろせばレスラ御大に長老会の面々、あの夜肩を並べた戦士達が、去り行くジュラ達を見送っていた。

 

現地人と大罪人、最初の印象はお互い最悪だった。

だが、今は違う。

皮肉にも、魔人ネクロの糸は2つの集団を強く結びつけた。

ジュラ自身があれほど圧力をかけられた長老会の重鎮達に対し、親しみを抱いてしまうほどに。

『ありがとうよ魔閣樹海!絶対にまた来る!そんときゃ土産を楽しみにしててくれ!』

窓から身を乗り出し手の甲を指で叩く。

それは戦士達の間で常用されるハンドサイン。

意味は『酒肴は持参で』常に死が付きまとう狩猟に赴き、気軽に『また明日』が言えない彼等が示せる最大限の再会宣誓である。

尤も、それを教えてくれた若きリーダーは狩猟で席を外しているのが残念ではあったが。

自動操縦に切り替え、イオンも窓へと近づこうとしていたその時、船内にけたたましい警告音が響いた。

『ちっ、マダうろちょろシテヤガッタ!すぱんどぅーるダ!コナイダト同ジナ!』

逃した獲物に執着があったのか、生命溢れる森に惹かれたのかはわからない。

一つ言えることは、速やかに対処しなければ再び船は地に落ち、見送りの人々とバツの悪い再会を果たす羽目になるということだけだ。

『クソッ!あんのカラスヤロー手前のストーカーぐらいちゃんと連れてけよ!』

カブウが同情を浮かべつつハーネスを差し出す。

そう、今船外で暴威に対することができるのはジュラしかいないのだ!

『ムリムリムリ………って言いたいがちくしょう…やるしかねーんだろ、うん…』

躊躇っている間にもスパンドゥールはグングン距離を詰めてきている。

ジュラが嫌々ハーネスを着け、船外へと繋がるドアに手をかけた瞬間、樹海の中から何か小さな物が打ち上げられた。

 

 

 

深緑に染まる梢で戦士はその時を待っていた。

『……来たか。』

その鋭い目には、離陸した飛行船目掛けて突進する巨大な昆虫の姿が一つ写っている。

『一昨日から雲上を旋回する影があったが、やはり狙っていたか。』

並の望遠鏡よりよく見えるその目は、この瞬間が来ることを何となく察知していた。

何事も起きない方がいい、それ自体は間違い無いだろう。

それでも、友人達に最後の餞別ができるということに表情が柔和になる。

戦士は懐に忍ばせていた木の実を取り出し、空舞う不埒者へと目掛けて全力で腕を振るった。

 

 

 

それをいち早く察知したのは優秀なレーダーと繋がるアミンである。

『オイ待テ、じゅら。何カコッチニ飛ンデクル。直径20cmノ球形…キノミカ?』

『はぇ?』

 

投げられた木の実はほぼ無回転のまま加速し続け、数秒の後にスパンドゥールの目の前へと差し掛かる。

次の瞬間、2つに割れた木の実の中は既にくり抜かれており、ほとんど果肉は残っていない。

しかし、その代わりに中から飛び出したのは1匹の小さな獣であった。

 

『アイツは…!イオン!カブさん!目を閉じろ!』

 

あの夜、番と子を守るため不審大型動物(ジュラ)と組んだ獣が光を放つ。

よく晴れた明るい朝に薄められて尚、その光はスパンドゥールの複眼に連なる神経回路を撹乱するのに十分な狂気を湛えていた。

たまらずバランスを崩したスパンドゥールは、一瞬の錐揉み飛行の後に体勢を整え、辟易したかのように空の彼方へと飛び去っていったのだった。

薄目で危機が去ったのを確認したジュラが窓の外に目をやると、ちょうど小さな番人がたるんだ皮膚を広げ自らの居城へと滑空していくところだった。

『これで貸し借り無しってか。くっそー、カッコいいマネしてくれるじゃんよ。』

『いやービックリしたねえ。もしかしてこれって…』

イオンの問いかけに頷く、恐らく考えは一緒だ。

『だろうな、こんなことできんのは1人しかいねー。ありがとよ、ハイロバ。』

昇り始めた日を背に受け、飛行船は楽しげに朝焼けの空を駆けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔閣樹海から遥か離れた極寒の地、「ムロ雪原」…その地下に造られた研究所で1人の魔法使いが首を傾げていた。

『おかしいねぇ、樹海に行った私から定期連絡が無い。こりゃあ排除されたか寄生菌にでも侵されたかな。』

魔法使いの手元では、耳障りな音を立てる肉塊が不規則に痙攣していた。

『てことはリブルとアインはほぼロストかぁ…残念。近くに取りに行ける私も居ないしぃ、『見えてる』危険地帯にわざわざ踏み込んでもしょうがないかぁ。』

挙げられた名はおそらく、その魔法使いにとって自らの知識そのものに次ぐ強い思い入れを持った二体ではある。

しかしリスクが見合わないと判断すれば、迷い無く捨てることができる。

いや、正確に言えばその場面で迷いが生じるということ自体が理解できない…魔法使いはそういう生物だった。

部屋の隅では、脳の代わりに凹凸で楽譜を表現した金属板を埋め込まれた屍が、昔『彼女』に教わった曲を弾いている。

かなり古いオルガンだが、音の広がりは良好だ。

魔人ネクロは今日も楽しく探究を邁進していた。




あと番外編一個挟んで次章開始予定です。
イオンちゃん達はいつ海を見れるんでしょうね…

登場人物

燐、エリシャ、山威
ゼロと行動を共にしている3人組。
大きな目的のために動いているとのこと。

アテレ
目覚めたマゾヒスト、救えない。

魔人ネクロ
ジュラ達と戦っていない分体。
本体という概念は無く、世界中に散らばった分体同士は地下の菌糸を通して連絡し合っているとのこと。
全ての分体である程度能力は画一化されている。

用語集

チャンカムル
マーマイオ区の代表的な港町。
アイノコ海峡を最短距離で渡るため、多くの人々利用する。

ムロ雪原
マジェラン皇国では比較的住みやすい平原だが、それでも一年の8割を雪が支配しているため、広さの割に住民は多くない。
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