魔剣王正伝   作:プルプルマン

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久々の次章だぁ。
サブタイトルはノリと響きで決まりました。


創世記の章〜Gangstarr's Diary〜
生ガキ魅惑のシーフード


地平の向こうに、それはそれは透き通って輝く広い水面が見えてくる。

初めて見る圧倒的なスケールの水量に、朝日に背を押され空を行く飛行船のクルー2名は、ずっと前方の窓に釘付け状態だった。

自動操縦様様である。

だが無理もない、彼等…特にこの旅の言い出しっぺはこの日のために、操縦席と窓の間にスペースを設けた。

そう言っても過言ではないほど、海との遭遇その瞬間をビッグイベントとして心待ちにしていたのだから。

『でっっっっっかい!カブさん!あれ全部塩水なんでしょ⁉︎舐めて大丈夫⁉︎死なない⁉︎』

『大体は死なないとも。うん。』

『ウォォ…気色悪ぃ、想像の倍は青いぞ…変なガスとか出てたりしないのか⁉︎カブさん!』

『あんまり出てないよぉ、うん。』

2人がキャンキャン騒いでいる内にほぼ直線の海岸上で、ポツンと佇む港町が見えてきた。

本日の目的地、チャンカムルである。

立ち並ぶ家屋は、高い円錐形の屋根を持った石造り…この地方特有の様式だ。

年間を通しての厳しい陽射しに対するせめてもの抵抗か、家々は目にも涼しげな青と白で塗装されていた。

飛行船がさらに高度を下げる。

もう家々の屋根で寝ている猫と目が合い、沖の方で漁をしている漁船まで数えられる距離だ。

『潮風ネ、ろくナモンジャネェナオイ。』

アミンだけは冷め切った反応であるが、そんなのことは瑣末な事案。

イオン・アイシクルとジュラ・パズズは一層ソワソワし始め、カブウはお可愛らしい海ビギナー達を生暖かく見守っていた。

 

『よし、夏は短いの。テキパキ行かなきゃ、じゃあやること確認するよ。まず、ジュラは食材と水着の調達!とびきり美味しいのを頼んだ!』

ジュラが自信ありげにサムズアップする。

『ふっふーん、何もわからないけど承知ぃ〜、あれそういやお前は水着いいのか?』

『心配無用!もう、それはそれはものすんごいのを用意してあるから!時代が時代なら祭壇が2、3個建ってるレベルの。』

『お…おう、ものすんごいのか…』

『そして私はコンロの製作と花火の用意!これはマストで、後は…水鉄砲でも作っとくね。』

『浮き輪も忘れんなよ、お前すぐ波に攫われそうだし。』

イオンがムッとした表情を浮かべる。

『しつれーな、私ちゃんと泳げるよ。5mくらいは。』

『世間じゃそれは沈んでないって呼ぶんだぜ。』

『フッフーン、その言葉忘れないでよジュラ?ひれ伏して謝ることになるからね。』

カブウがぴょこぴょこ触手を上げ下げする。

『イオン、俺は?俺は?なんか任せられることがあるんじゃあないかい?』

『うーんと、それじゃカブさんは…………海辺の珍獣として狩られない程度に、町楽しんできて!アミンはゴメンだけどお留守番ね。それじゃ皆、2時間後にイオンフライヤー集合で!』

カブウのハートに傷一つ。

 

ジュラ・パズズは、本能のままに導かれた魚市場で目に映る物全てに圧倒されていた。

地界の川や湖、勿論魔界でも見た事のない色形の魚が、所狭しと並んでいる。

なぜコイツは全身真っ青なんだ、海に染まりすぎたのか?

なぜコイツは体がダイヤモンド型なんだ、形からセレブリティ目指すタイプなのか?

なぜあの真緑の魚は飛ぶように売れてるんだ、そんなに味がバツグンなのか?

オマケに、棘のついた貝や蠕動する漬けすぎたキュウリのような謎の生物等、もはやどう呼び表せばいいかもわからないモノも、ごまんと揃っているときた。

興味も謎も、海の水の如く底無しに湧き上がってくるというものだ。

何より凄まじいのは、一流の商人達が己の意思をぶつけ合う、燃え上がるような競りである。

ほんの数秒の間に武術の達人もかくやという高度な駆け引きが飛び交い、各々が思惑を通すためパリッとした緊張感を滾らせている。

しかしそこに混沌は全く無い。

隠しきれない熱を秘めながら儀式化されたような流麗な取引は、もはや芸術の域に昇華されている。

ジュラが感心して見つめていると、一足早く品物を捌き終えた男が声をかけてきた。

『ウォニイチャン、アンタァ初めての人だろう?こっちは取引手形持ってねえと入れない場所だぜ。アンタァあっちへ行くといい。ヒマんなったから案内してやるよ。』

『おお、ご親切にどうも。んじゃ1つよろしく頼むぜ。』

男の案内に従いその後を追う。

程なくして、先程より幾分使いやすいサイズの魚介類が並ぶエリアに辿り着いた。

確かに、ここだけは籠を持ったおばさま方やめかし込んだ装いの観光客が客層の多くを占めている。

『お客さん方はともかく、おばちゃん達は大体家業も漁師やってんだが、自分ちじゃどうにもならんモノを買いに来てるんだ。ウニとか釣りでも網でもかからんしな!』

大方お裾分けで揃うけど、と捕捉しつつ男が赤い棘のついた貝を指差す。

『アレはウニっていうのか…もしかして貝じゃない?』

『ウォニイチャン、もしかしてウニ見たことないのか?まぁ他所じゃあんま食べないとは聞くが…騙されたと思ってぇ一個食ってみな!』

男の顔は人生半分損してる、とでも言いたげだった。

『はぁ、そんなになんだ…んじゃマダム、そのウニ一個くれ。』

120コンスを支払い串に刺されたウニを受け取る。

やはり直接触れると痛いのだろう…どうやって食べるんだ?

『おっと、ワイルドにトゲごといこうなんて考えるなよウォニイチャン。もし刺さったらスゲー腫れるし痺れるからな。見てろ…』

男はジュラのウニを店に吊るされた鋏でバリバリ砕き始めた。

『あっ、そういう使い方…てか身ちっせえ。ほとんど空洞じゃん…』

若干割に合わない値段だと思いつつも、テラコッタ色の中身を勧められるままに口へ運ぶ。

味が満ちた。

甘い、とにかく甘い…しかし同時に咀嚼するたび潮の香りが鼻に抜け、濃厚な粘りが拡散していく。

棘に覆われた外見からは想像もできない、正しく甘美な味わいだった。

ジュラの反応を見た男が、してやったりと得意げな顔を浮かべている。

『ヘッヘッヘ…どうだウォニイチャン、あっちで俺のカミさんがもっと色んなものが食える店をやってるんだが?』

『オッさんよお、あんた商売上手だなぁ。もちろん、とことん味わわせてもらうぜ。さあこい大海原!』

ジュラ・パズズは確信していた。

ここの食材達に包丁を入れる経験ができれば、確実に自身が一段階上に成長できることを。

 

 

 

 

 

『また…えらい生もの買い込んだねぇ。リヤカーまで借りてきちゃって。』

カブウが机の上に積まれた食材の山を見て感嘆の息を漏らす。

『んー、どれもこれも見たことないヤツばっかでさ。ついつい手に取っちまった。勿論味見はしてきたし、調理法も一通りは聞いてきたぜ。』

カブウが舌なめずりする。

『そりゃあグルメなカブさんとしちゃあ気合入っちゃうなぁ。胃袋増やしておこうか!ところで、水着は用意できたのかい?』

『おう、流石に需要ってもんをわかってる町でさ、トトルス村じゃ見ないようなのも色々揃ってたぜ。ブランドの高いやつだと10万コンスくらいするのもあったな。』

『まぁ、こんな海を見たら泳ぎたくなるのもむべなるかな。聞いた話によると、サメだとかクラゲを追い払った有料の安心エリアが用意されてるとか。んで、どんなの買ったんだい。見せて見せてよ。』

ジュラがカバンの中から取り出した布を広げる。

形は至って普通のサーフ型、しかし問題はデザインである。

『どうよ!何書いてあるか知らねーけど、厳つい文字ついててカッコいいだろ!後は腰んとこに尻尾通す穴開けてだな…』

確かに古風な書き方で、オマケに達筆である。

少々の事前知識が無ければ読めない文字には違いない。

その水着の後ろには『丸顔なんだが?』、前面には『My great dragon』とやたら力強く書かれ、丁度股間の位置に天を衝く古竜の意匠がプリントされていた。

『……………ほう、個性バクハツだね!ビーチの視線を独り占めするつもりかい?』

ああ、誰が御満悦なこの少年に水を差すことができようか?

それがどんなに独創的であれ、彼の琴線に触れた尊ぶべきものであることは間違い無いのだ。

だからカブウは口を噤んだ。

こんなにも美しい海があるのだから、多くを語る必要は無い。

寡言もまた、美言なのだ。

『お待たせー、次ジュラ使っていいよー。』

脱衣所から少しくぐもったイオンの声が響き、ドアがガチャリと開けられた。

 

 

 

 

寄せては返す潮騒の音、スキップしているような潮風、ヤァヤァ鳴くカモメの群れ。

サングラスを通して尚眩しい太陽がそれら全てをライトアップし、誰もがやんわりとイメージする楽園の再演とでもいうべき、完璧なシチュエーションを演出している。

ジュラは大量の食材が入った木箱を砂浜に下ろす。

イオンたっての願いで管理外の砂浜に来たが、なるほどこれはいいものだ。

少々の危険はあるものの、人っ子1人いないビーチはまさに貸し切り状態。

全身で海を独占する、それは世間的に見ても理想の享楽なのだろう………横にいるのがカエルっぽい謎の触手生命体と、奇妙な排気音を放つ潜水服の怪人でなければ。

『うぁー!実際近くで見ると全然違うねー!あ!見てジュラ、今魚いた!』

潜水服が波打ち際を疾走し、魚の群れを追い回す。

イオンが用意したものすんごい水着とは、ガチガチの潜水服であった。

本人曰く、どんな危険生物の攻撃でも平気で、水深200mまで潜行可能、温度調整も勝手にやってくれる、ヒノ国探索で使ったスーツを正当進化させた傑作とのことだ。

あと、浮上用バルーンもついてる。

確かに、世が世ならこんなのが舞い降りるだけで奉る対象にもなるだろう。

尤も、建つのは神秘を湛える祭壇というより異形を封じる祠だろうが。

『ここんとこゴソゴソなんかやってると思ったら…あんなもん作ってたとはな。』

『ヘイジュラ!カブさん!こっちこっち〜、遊ぼーよぉ!』

想像とは少し違ったが、地界に来て初めての海体験であることには違いない。

羽織っていたウインドブレーカーを畳み、大げさに水鉄砲の撃鉄を起こす(フリ)。

ジュラ・パズズは未知なる大海への一歩を踏み出した。

 

ひとしきり水鉄砲合戦を繰り広げた後、3人はそれぞれ好きなように過ごしており、ジュラは少し深いところまで冒険に出ていた。

『ぷはっ、塩っぺー!何回舐めても塩っぺー!こんな水の中でずっと暮らしてんのかこの魚どもは!まったく正気じゃあねーな!』

海底の砂が舞い上がり、ジュラを押し上げてカブウの大きな顔が出現する。

『うおビックリしたぁ!何やってんだカブさん⁉︎』

『フフ、少々スタァゲイザーごっこをね。時に、魔界にも海のような環境はあるのかい?』

カブウの顔の上でジュラはしばし考え込む。

『広い水辺って意味ならある………らしいけど、何せ、誰も寄り付かねー超危険地帯だからな。ウワサじゃ広大な酸の溜まり場だとか、秘されるべき異界への接続口だとか。宮廷学者でもわからないことの方が多かったかな。』

『なるほど、興味深いねぇ。いつかお邪魔してみたいものだ。そしてこのカブウが、生態系の頂点に立つ!なんてシナリオもドラマチックじゃあないか。』

『ただの侵略じゃねーか。魔剣王として許可しませんよっと。』

外来種カブウの野望に釘を刺しつつ、その額に寝転がる。

太陽が目を焼かないよう、カブウが触手のパラソルを作ってくれている。

下も碧、上も蒼、青一色の世界に漂う感覚にしばし没入する。

これまでもこれからも、魔界に生きる限りはまず考えられない不自然だ。

この際、存分に味わっておくのもいいだろう。

『ねぇ見て見て!変な魚捕まえた!』

海の底から浮上したイオンが、やけにプルプルした何かを手に持ってこちらへと向かってくる。

『うわ真っ黒い魚、ウチの池にいたやつにちょっと似てるな。かわいそうだから逃してやんなさい。』

『えー、食べてみたかったんだけどなぁ。』

『毒とかあったらどーすんだ。まぁお前1人で食うなら調理してやらんでもないが。』

『ハッハー、彼の名はチョウチンアンコウ!少々水っぽいだろうけど、おそらく毒は無いから安心していいとも!……ところでイオン、いったい何m潜ったんだい?』

『んー10mくらい?そんなに潜ってないよ。…そうだ!2人とも来て!とにかくすごいよ!』

イオンに手を引かれるままに海中へと飛び込む。

泡で覆われた視界が開けると、そこには華やぐ都があった。

果てしなく積み重なった色とりどりの珊瑚は、一流の芸術家が心血の限りを注いだフレスコ画にも劣らない色彩を呈し、各々が好き勝手に主張しているというのに、絶妙にそのバランスが釣り合っている。

圧倒されるべきか、畏怖すべきか、単なる色の集合に止まらない躍動がそこにはある。

だがしかし、それでも珊瑚だけでこれほどの衝撃は生まれない、そういう確信も同時にあった。

珊瑚の隙間で群れる小魚、物陰から外界を窺う海老、その全てを睥睨し悠然と泳ぐ巨大魚…そのどれ一つが欠けたとしても、この光景に湧き上がる感情は別のものになっていただろう。

重言にはなるが、彼等も常に動き続ける以上、この瞬間を堪能できるのは今しかない。

そう思うと、自分が今ここで揺蕩っていることが、特別に思えて仕方なかった。

横を泳いできたカブウも大いに感嘆しているようだ。

自らを突く小魚を追い払うこともなく、ただ海流に身を任せている。

ふと、イオンの潜水服から棒のようなものが飛び出し、伸び始めた。

棒の先端はやや膨らんでおり、膨らんだガラスのようなものが内側に向けて付いている。

イオンが手招きしていることからも、カメラか何かなのだろう。

2人が寄っていくと、イオンから謎のチューブを手渡された。

その先端は水の侵入できない弁のような構造となっているらしく、もう一方はイオンの背負う機材に接続されている。

空気のお裾分け的な機能なのだろう。

特段呼吸を必要としないカブウもノリで太めのチューブを咥え、触手2本でピースサインをつくる。

カシャリ、とシャッターが3人の揺蕩う楽園を切り取った。

 

 

 

 

『ホント今更だけどよカブさん、アンタ塩水浸かっても大丈夫なのか?』

潔く開いた二枚貝に特製のソースを注ぎつつ、ジュラが問う。

遊び疲れた彼等は砂浜へと戻り、シーフードグリルに興じていた。

『いや、絶対ダメだよ?塩水禁制、全身崩れちゃう。けど安心したまえ、油と空気の層を体表に作って完全防水に努めているからね。』

確かに、よくよく見ればカブウの皮膚がいつもよりテカっている気がする。

『はぁ〜、もう進化が止まらないんだなぁ。てかイオン、お前いつ着替えたんだ?』

いつのまにかイオンはビーチチェアを持ち出し、フルーツジュース片手にくつろいでいる。

あの潜水服は跡形も無く消え去り、今の彼女は上下に分かれたフリルとパレオ付きのかわいらしい水着を身に纏っていた。

『んー、その辺に置いとくのも邪魔だから、圧縮してブレスレットにしまえるようにしたんだ。便利でしょー?』

イオンがサングラスをかけたまま、自慢げに腕を振る。

確かに幅広の腕輪はつけていたが、ヘルメットも含めてあの装備が収まるとは到底思えない。

ポケットにしまえる機関銃といい、相変わらず謎の技術である。

『んへへ、てかどうよ私の水着チョイス!よく似合ってるしセクスィーでしょ!』ドヤ

『……お前ってマジで胎生動物だったんだな。なんか、虚空からやってきた突然変異種かと思ってたぜ。』

『私ゃおへそ無いと人間判定されないの⁉︎不服なんだけど!』

悪魔J、クソ腹立つ機械A、珍獣K、珍獣Iのパーティ完成である。

どこのサーカスだ。

そんなやりとりをしているうちに、グリル第一陣の中に焼き上がった者達が現れ始めた。

シーフードと名乗る連中は火の通りがいい。

手早く火から上げ、イオンとカブウの皿によそう。

『ほれ、オニオンとバジルのソースも用意しといたから好きにつけて食べろよ。あ、二度づけは禁止な。』

『『はーい、いただきまーす!』』

 

初めて見る食材ばかりの献立ではあるが、2人の反応を見る限り大失敗はしていないようだ。

『うーん、ジューシーぃ。何この…紙粘土?』

イオンが分厚い白い肉を頬張る。

『んなわけあるか、イカって生き物らしい。頭の上にとんがった体がついてて、下には十本の足がある。あと目がでかい。』

『あーそれ裏の山でたまに見るよ。よく木とか登ってるやつ、あれ食べれたんだ。あ、こっちの黒いのは知ってる。栗でしょ!』

『惜しいな、ウニって名前だとよ。這い回ってなんでもボリボリ齧るらしい。』

『え、それっていわゆる動く方の栗だよね?裏の山にいっぱいいるけど…こっちじゃ別の名前なんだ〜。』

『いやどうなってんだよ裏の山、そんな混沌とした場所だったのかよ。』

もしかしたら、イオンフライヤーのお披露目の時も、どこかでコイツらの親戚が目を光らせていたのかもしれない。

『まぁ住むところなど些末な違いさ。重要なのは、彼等の生命が今俺達を生かしていること、そうだろう?まったく実にウマい‼︎』

カブウが豪快に酒をあおり膝(どこ?)を打つ。

対照的にイオンは珍しく酒に手をつけず、未知なる料理を頬張っていた。

曰く、まだ遊びたいから飲まないとのこと。

その分別を1%でも普段に持ち込んでくれたら、ジュラとしては大助かりなのだが。

『まったくでけた側から食いやがって、このグラトニーどもめ。ほらイオン、お前の謎魚だぞ。水気が多いんで塩締めして炒めてみた。』

『ありがと〜、んじゃいただきまーす。もしなんかあったら骨は拾ってねっと…………何にも味しない…いや、うーん…しょっぱい?』

『そりゃ塩使ってるし。その感じ見るに、あんま食材には向いてなさそだな。』

『うーん、なんかプルプルしてすぐ溶ける…ほあ。』

『口の中見せんじゃないよもう。まだ別のもあるから、口直しも兼ねてじゃんじゃん食いな。』

食の探究は進化の道程である、サクタイから借りた本にそんな一節があった。

だからイオンの今日の一口も、明日の一歩につながるのだろう。

『ウワー!噛めば噛むほどゴムの味‼︎何食べてもゴムの味するぅ!』

つながるのだろう。

 

砂浜に鎮座するストライプの映える珠、小洒落たビリジアンとアイボリーを纏うそれは、言ってしまえばただのスイカである。

その哀れな珠は苛烈な日射に照らされる中、並々ならぬ殺気を向けられていた。

今、全身全霊をかけてスイカと対峙するは、魔剣王の系譜ジュラ・パズズである。

カッコつけたがりな彼は、ついつい同行者2人に宣言してしまったのだ、『俺なら気配だけでスイカを3等分できる。』と。

だが、冷静に考えてスイカの気配とはなんなのだろう。

心音も無ければ体温も無い、呼吸は…してるにしても聞こえないし、魔力を帯びてるわけでもない。

そんなモノの何を読み取れというのか。

まったく海とは危険な場所である。

強烈な日差しに潮の香り、灼熱の風に陽気なジャズのメロディ、それら全てが少年の言動を狂わせにくるのだから。(ただの夏の開放感とも言う。)

しかし今更引けはしない、だって引いたらカッコ悪いから。

そんなわけで目隠しをされたジュラは、かれこれ1分以上砂浜をふらふら歩いていた。

少し離れた場所から2人があれこれ叫んでいるが、信用はしない方がいいだろう。

何せ前後左右のヒントならともかく、上下や背後を取られている、なんて抜かしている。

(惑わすにしてももっと、こうなんかあるだろ…)

体の周囲を探らせていた尻尾に何か固いものが触れる。

『見つけたぞっ!ここだァァーー!』

威勢良く魔剣を振り下ろした瞬間、ジュラの意識はプッツリと途切れたのだった。

 

『ああ!ジュラがやられた!』

『クッ…あえて隙に飛び込ませてからのジョーへのカウンターとは…手練!』

2人の視点からは、スイカが散々ワープしてジュラを翻弄した後、あえて割りやすい位置に移動し誘いをかけて、強烈な反撃をくらわせていたのだ。

2人は、一切嘘の呼びかけなどしていない。

ただ、スイカの機動力が圧倒的だった、それだけのことである。

『カブさん、あのスイカって…』

カブウが苦々しく頷く。

『間違いないね…肥沃なスイカ畑でごく稀に生まれ、無害なスイカに擬態して出荷されることで勢力を伸ばす魔物…いわばNEOスイカ!発生確率は人間の能力者の2倍程度と言われるっ!』

『その正体は熟れ過ぎたスイカの進化か!はたまた、食べられるがままだったスイカの逆襲なのかっ!…ってうわぁ!こっちきてるよカブさん!』

次の獲物を定めた血に飢えし果実が、砂浜を割りながら2人の元へ迫る。

『やるしかないっ!今、俺達でこのスイカを打ち破るより他に道はナシッ!』

『メッロォァァァァン!』

果汁を滾らせたNEOスイカが、身も冷えるような雄叫びを上げ牙を剥く。

 

『お…俺はスイカに負けたのか…流石に凹むぜ…』

決着はスイカの甘みのようにあっさりだったらしい。

カブウに雷速の連撃を叩き込み昏倒させた後、一直線にイオンへと矛先を向けたNEOスイカ。

倒れたパラソルに遮られ、イオンに逃げ場は無い。

勝利を確信し獰猛に笑うNEOスイカであったが、その油断こそ彼女が求めていた隙となる。

衝突の瞬間、イオンは腕輪から潜水服のヘルメットだけを取り出し、狂気的な果実をその中に閉じ込めることに成功したのだ。

突然の密閉空間に戸惑いを隠せないNEOスイカであったが、状況を理解できぬままヘルメットごと海に沈められ、周りがしょっぱくなって嫌になったので素直に負けを認めたのだった。

イオンは対NEOスイカ戦のMVPとして、果肉の半分を独占する権利が与えられ、現在上機嫌で齧り付いている。

『ふへへ、修行が足りませんなあ、ジュラくん。』

『くっそー、今回ばかしは反論できねー。あ、こら。タネはちゃんと吐き出せよ。こんなのの種とか、ホントに体からスイカ生えかねないぞ。』

『あんまり美味しいもんだから忘れかけてた。スイカ人間はやだなぁ。』

吐き出された種から、舌打ちのような音が聞こえるのは気のせいだろうか?

ちなみに、カブウ曰く熟したNEOスイカは畑の栄養を半独占するため、味わい・瑞々しさともに最上級だそうである。

尚更危険生物だ。

『ほぅら2人ともー!火ぃつけるよー、それっ!』

カブウが、硬質化させた触手を打ち鳴らして導火線に火をつける。

導火線は途中で何叉にも分かれ、微妙な成分の違いで時間差をつけつつパチパチと燃焼が進んでいく。

イオン謹製の時間差打ち上げシステムである。

カブウがヒョコヒョコと2人の待つ安全圏に戻り、無い腰を落ち着けた直後、1発目の花火が上がった。

咲き乱れる赤と緑の大輪、ヒノ国の職人に作ってもらっていたらしいが、なるほど職人芸とは正にこのことだ。

単なる炎色反応に美を見出し、計算され尽くした形で空に咲かせる。

それはとても一朝一夕で成る業ではなく、故に今見ている自分も徹底的に目を奪われてしまっている。

『樹海の雨でダメになんなくて良かったよ。キレイだねー。』

『ん、そうだな。すっげえ綺…麗………』

ぽわぽわした声に釣られて、何気なく横を向く。

黒々した瞳に大輪の華を浮かべたイオンの横顔が、いつになく輝いて見えた。

あんまり見ていると、無性に気恥ずかしくなってしまいそうで、慌てて目線を空に戻す。

急には呑み込み難い感覚…しかし嫌では、無かった。

『どう?カブさんも楽しんでる?……カブさん?』

イオンが怪訝そうに問いかける。

それもその筈、カブウはガラス玉の目に花火を写したまま、込み上げる涎を抑えきれずにいたのだ。

『いやーうん、こんな風情に欠けることを言うのも何だけどねぇ。どうもああいう光を見てると、いっぱい虫が寄ってきそうでついつい本能がね。』

『…俺ぁ初めて見たよ。花火を食欲観点から見るヤツは。』

カブウはもう開き直っている。

『誰とて抗えないモノはあるのさ、ジュルリ。どんな澄まし顔の生き物だって、砂漠でオアシス見つければ顔を突っ込む、そうだろう?』

一周回って誇らしげなカブウのバックで、一際大輪の華が咲いた。

 

 

 

 

ジュラ一行が初めての海を満喫した翌朝、ものの見事に全員が寝坊していた。

理由は当然はしゃぎ過ぎ、これに尽きる。

這々の体で操縦席に集まった面々を見て、アミンは露骨に呆れていた。

『だってしょうがねーじゃん楽しかったんだからよぉ!』

『何モ言ッテネエダロ。ソノ幸セナ耳ニャ潮騒デモ聞コエテヤガンノカ?…マァンナコタイイ、ソレヨリジキニ天気ガ荒レルカモシレネェ。らじおジャ、海峡ノ北側ニデケェ低気圧ガアルトカ言ッテタカラナ。ツーワケデモウ出発スルンダガ構ワネーヨナ?』

誰の返事も待つ事なく、飛行船が陸を離れる。

『シッカリ掴マッテロヨ、頭打ッテモ文句ハ聞カネーゼ。いおんふらいやー、ほばーもーどダ。』

海へ向け、一直線に進み始めた飛行船イオンフライヤーが変形していく。

エンベロープはよりコンパクトに折り畳まれ、内部のガスは一時的な圧縮で液体に戻りタンクに納まる。

側面翼の展開は半分程度にとどまり、あくまで目的はバランス維持であることを窺わせる。

下方では空気の詰まったバッグが展開し、推力の要となる圧縮空気管の口が開いた。

ジュラが悲鳴を上げる暇も無く変形は完了し、イオンフライヤーは姿を新たに大海原へと漕ぎ出したのだった。

『マァ大海原ツッテモ海峡ダ、半日アリャ渡レルガナ。ソレジャ精々船旅ヲ楽シメヨ。』

 

圧縮空気の猛々しい力で、寄るも離れるも全ての波を切り裂いて行くイオンフライヤー。

半分浮遊しているようなものだからだろうか、速度の割にそこまで振動が酷いということは無かった。

航路もちょうど半分を切った頃、イオンがやたら長い網を持ち出しジュラへと手渡してきた。

『……何これ?』

『私どうしても海でやりたいことがあったんだ。ジュラは飛び魚って知ってる?』

『いや知らんけど、魚なのか鳥なのかはっきりしなさそうなコウモリ野郎だってのは想像つくな。』

ジュラの脳内でピヨピヨ鳴きながら魚が飛び回る。

『何でも、船が来ると船員に体当たりして海に突き落とすとか、そのまま口から内臓を啜るとか。』

『いやこえーな、カブさんこの話マジなのか?』

『いやぁ、俺も世界のトビウオを全部知ってるわけじゃないからねぇ。断言はしかねるなぁ。』

『えぇ…1%でもいる可能性あんの…?』

先程まで牧歌的に群れていたジュラの脳内イマジナリー飛び魚は、既にナイフの如き牙を備えた人喰い魚に変貌していた。

『んで、その飛び魚を捕まえてやろうと思って!こう、網で窓からちょいちょいと。』

『いや自分でやれよ。やだよ俺わけのわからん魚相手に命かけんの。』

『でも、私がやると一瞬で後ろに吹っ飛ぶだろうし。スクリューに巻き込まれて、微塵切りの撒き餌になっちゃう。』

『よかったな、人喰い飛び魚にモテるぞ。』

 

建設的な交渉の結果、網の振り手はジュラ、腰を抑える錘役はイオンがやることになった、ちくしょうめ。

決め手は、イオンではそもそも外の風圧に耐えて長物を振ることができなかったことである。

そのぐらい計算に入れときやがれ。

まあ一応カブウが触手で固定してくれるからよしとしよう。

かくしてジュラは硬いゴーグルを装着し、恐怖の血を欲する魚を捕獲することとなったのである。

因みにゴーグルはカブウの入れ知恵で、こっちは確実に存在する、目に向けて飛んでくる槍のような魚を防ぐためであるらしい。

何ならそっちの方が危ないのでは…?

『前方200mに魚群アリ。ホレ出番ダゾ擬似餌。』

『サラッと他人を差し出そうとすんな。やりゃあいいんだろもう。』

右方の窓を開け、網を構えて身を乗り出す。

ジュラの腕に衝撃が走り、体が傾く。

風と飛沫を受け途端に重くなる網を何とか支え、崩れる瀬戸際で体のコントロールを立て直したのだった。

『い…意外とトレーニングになるかもなこれ…きちぃ。』

『間モ無ク追突…ン?魚カコレ。マァトンデンノニハ変ワリネェナ。』

直後、船はその生き物の群れへと突入した。

その銀色の体は、白波が水面を離れた後そのまま命を得たかのように輝き、ダイナミックに着水と離水を繰り返している。

頭?に当たるヒレは目一杯に水平を保ち、滑空時の揚力の大部分を担っているのだろう。

お尻?からはよく見ると絶え間なく水を吹き出し、近くにあるやや小さめのヒレで方向を細かく制御している。

その生き物の姿は、どこまでいってもなんかヒレのついた銀白色のヘチマだった。

『え…何この魚…魚?なんかずんぐりだしなんか水噴いてるしなんかキュリキュリ鳴いてるし‼︎』

カブウは震えていた。

『まさか……そんな…出会ってしまうなんて…彼等は「ガレオンイーター」‼︎生物学的にはナマコにあたり、食料となる木材を求めて船を追い回す一線級の危険生物だ!』

『何でわざわざ海に産まれて木ぃ食うんだよ!食の新天地求めてんのかぁ⁉︎じゃあしょうがないか!』

騒がしく自問自答するジュラ、相手が謎の珍生物であろうと食は否定されるべきではない、そういうスタンスである。

『ある一説によれば、元は北方で海藻を食べていた種が、間違えて南に居着き代わりの食料をいっぱい沈んでいた木造船にしたとか!』

『今を生き過ぎだろ!あーもうとにかく船に噛みつかれる前に追っ払うぞ!アミン、スピード上げろ!』

『既ニ出力ハアゲテアル、命令シテル暇アンナラ網振ッテナ。』

『わーってるよ!くらえっ、胴・胴・追撃の胴っ!』

べチンだとかムニュンだとか、パッとしない手応えと共に船食いナマコが海に戻って行く。

しかし不幸にも稀に見る大群と行き合ってしまったらしく、以後2時間ジュラ達は乱舞するナマコと格闘し続けるハメになったのだった。

 

 

 

 

『意外とコリコリしてて美味いなコイツ。』

何とか対岸の町「モルガムル」へ辿り着いたジュラ一行は、最後まで船に食いついて来た根性あるナマコに引導を渡し、美味しくいただいていた。

カブウのアドバイスに従い酢締めにしてみたが、弾力ヨシ香味ヨシで中々どうして悪くない。

『にしてもすげー話だぜ。貝に魚、このよくわからん生き物でも生で食えるってのは。こんなのトトルス村でやったら、1日トイレ引きこもりコース直行だろうよ。』

肉まで銀色の切り身をまじまじ見つつ、ジュラが感心する。

『2人が生ものとの相性が良かったのも大きいけどね。ダメな人はとことんダメと聞くよ。』

『俺の場合は王宮でたまに出てたからなぁ。イオンは生もの食ったことあったのか?』

『あるよー、その辺の川でカニ捕まえてポリポリ食べてた。』

『獣かよ、なんで今まで生きのびてんだ。』

『…なんでだろうね?まぁ若気の至りってことで、病気も見逃してくれたんじゃないかな。』

なんて聞き分けのいい病気だ。

他の皆々様にもぜひ見習っていただきたい、世界が平和になる。

『あ、そうそう。話は変わるけど、結構切羽詰まってる問題があってー。』

『ん、なんだ?野菜と肉の配分変えろとかは受け付けないぜ、バランスは食事の要だからな。』

イオンが首を横に振る。

『それはいいよー、ジュラのごはん何でもおいしーから。問題ってのは…旅の資金が尽きました!』

形ある物の定めである。




淡水の魚介類を生食したい時は、実績あるお店に頼んでください、絶対に。

登場人物

競りにこなれたおじさん
本人はサンゴ礁で魚突いてる。

NEOスイカ
一説によれば人間で言うところの能力者にあたる存在とも。
高額で取引される。

用語集

ガレオンイーター
雑食性の半飛行性ナマコ。
常に飛んでいるのは、魚群と勘違いした海鳥を集団で喰らうためとも。

モルガルム
サイレンス共和国に属する港町。
チャンカムルとの間で安全性の高い航路が確立されており、姉妹都市のような関係となっている。
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