魔剣王正伝   作:プルプルマン

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遅ればせながらあつ森に手を出しまして、ものの見事にどハマりしています。
博物館楽しー


暴力の下の法

この世は溢れんばかりのモノやチカラで成り立っている、各々が好き勝手に主張しながらどこかで必ず均衡が保たれる…まったく微妙で繊細で美しい構造だ。

『それ』に共通する根源の律は1つ、如何なる存在も使えば失くなるということである。

流動的で、失われるものだからこそ価値なのだろう。

もし更なる『それ』が必要ならば、再びどこかから得るより他に道は無い。

そんなわけで、ジュラ・パズズ御一行はイイ感じの儲け話を求め、ここサイレンス共和国の首都「フェスティバム」の訪問者管理局へとやってきていた。

窓口であれこれ書類と格闘しているイオンを眺めつつ、ジュラがぼやく。

『そりゃあいつかは来ると思ってたけどさぁ。急に来て仕事なんかあるもんかね。』

通行人の熱い奇異の目に触手を振ってサービスしつつ、カブウが頷く。

『これがね、意外とあるものなんだよ。隊商の手伝いだとか身近な危険生物の退治だとか。ましてやここは罪人の生まれ故郷とさえ言われるサイレンス、力仕事には事欠かないだろうとも。』

『それなら、またスリだとか置き引きにあっちゃ敵わねーし、気は張っとかないとな。あ、戻ってきた。』

一礼し、てくてくと歩いてくるイオンの足取りは軽いものの、表情は怪訝である。

『どうした?俺たちゃ飢えるしかなかったのか?』

『いや、旅人市場に一区画出店出していいって許可もらったのと、フリー向け依頼リストももらってきた…んだけど…』

イオンにしては珍しく歯切れが悪い。

『いや、使わないに越したことはないんだけど…もうあと2・3回燃料補給したら文無しになっちゃうし。』

『何の話だ?』

『…もしや、求められなかったのかい?袖の下というやつを。』

イオンが頷く。

『どこでも挨拶代わりにワイロ渡すって聞いてたから、銅貨小分けにして持ってたんだけど…まあ実際来ると違うモノってあるよね。』

特段ガッカリするようなことでもないが、なぜかイオンは不満げであった。

『ワイロ要らなくて困惑ってのは中々聞かねーな。マァ偏見は良くないってこったな。クリーンな国でけっこうけっこう。んで、店は何やるつもりなんだ?』

イオンがバッと営業許可証を開く。

『もちろんアイシクル工務店の臨時出店!うちの技術力を知らしめるよ!ジュラとカブさんは、このリストから興味あるの選んで向こうの窓口で受注手続きしてきてー。私が手伝えそうなのあったら、遠慮無く言ってね。』

『そっちこそちゃんと呼べよ。てかお前1人で防犯はどうすんだ。ごろつきとか何人も来たらどうにもならねーだろ?市場の中ならともかく、儲けを持って帰る時が一番危ない。』

『隊長さんのアドバイスで、アミン制御の自動砲台は用意したけど…不安?』

いつのまにかまた珍妙なモノを作っていたらしい。

『アイツの能力を疑うわけじゃないけどな。カブさん、用心棒に回ってくれねーか?』

『俺は構わないよ。いつだって、この命に換えてもボディーガード代行を務める心構えはしてあるさ。』

『いや差し出す命失くしてんじゃん、無在庫販売じゃん。てなわけだからイオン、荒事はカブさんとアミンに任せろよ。』

『わかった、ありがとうカブさん、ジュラ。よーし、じゃ午後から気合い入れて稼ぐぞー!』

3人は拳を突き合わせ、健全な勝利を天に誓うのだった。

 

 

 

『出たーぞホノオボゥイ!海ー賊なんて、なんぼぉ沈めーてもいい‼︎』

『あいよー、サクッと片付けっからあんたも避難してな。』

ジュラが剣を抜き、切先に意識を向けた海賊を海へと蹴り落とす。

ここはフェスティバムと沖合の島を結ぶ輸送船の甲板、ジュラはその往復3日の航路の護衛として雇われたのだった。

食事も個室もあるし、調理場も使わせてもらえる。

開口一番に船長から変な渾名を賜ったことや、イオン達と連絡が取れないのは不満だが、それ以外に問題は無く賃金も悪くない。

オマケに、向こうから来てくれたトラブルを華麗に片付ければ、追加の報酬をいただくこともできそうだ。

『てなわけで、運が悪かったなぁ海賊ども!うちの財布を肥やさせてもらうぜ。』

旅に出て以来、散々超常の連中と関わり合ってきたのだ。

今更ただの海賊など、恐るるに足りない。

そう思っていた。

何人かの海賊を斬り伏せ、船の間にかけられた橋を切り落とそうとした時、そいつは現れた。

直感で危険を察知し横へと跳ぶ。

一瞬遅れてジュラのいた場所から、鶏の羽根でも毟るように舟板が引き剥がされた。

『シケた国だたぁ思っていたが、ここまでシケてるとは。こんなことならコッコのやつを置いとくべきだったな〜。』

舟板を破壊したモノがそのまま船縁に引っかかる。

それは半透明の青白い小さな錨で、より薄い水色の鎖に接続されていた。

撓んでいた鎖が突如として収縮を始め、それに捕まって海賊船から1人の男が商船へと降り立つ。

白い髪に青いバンダナ、その左側から魔力を帯びた錨と結ばれる鎖が垂れている。

紺碧のバッカニアコートには、派手な金の刺繍や飾り紐があちこちに着けられ、後ろの裾には『金』を意味する古い忌み字が縫い込まれている。

相当に金を好んでいるらしく、獰猛に笑う口元から覗くその歯さえも黄金色に輝いていた。

『こんなマトモな護衛つけてんならヨォ、俺が出張るしか無くなっちまうじゃぁないか。おいガキ、この俺を黄鉄のドラドと知って尚戦うか?』

自分より遥かに小さい樽に隠れていた船長が飛び上がる。

『ドラード⁉︎なんーで、そんなビッグネィがこーこに!』

『あ?俺が何処にいようと勝手だろ。少なくとも、俺の見解じゃ海に所有者はいないんだからヨォ。で、どうする?大人しく首並べるか?それならサクッと逝ける様、善処はしてやれるぜ。』

ジュラが一歩前に出る。

『ハッ、冗談抜かせよゲス海賊。そのくだらねー金歯引っこ抜いて、船首にブッ刺してやるよ。いつでも大好きなキラキラ追っかけられるよーにな。』

『カカッ、釣りの準備をしとけよ野郎ども。こういう生意気で青臭ェ奴ぁ、お魚さんのエサくらいにしかならねーからなぁ〜。』

海賊ドラドが剣の柄に手をかける。

(鞘の形状からして剣は幅広のカットラス…しかし何故抜かねぇ?抜刀しつつの一閃を狙う構えでもなさそーだが…)

やがて、ドラドはゆっくり剣を引き抜き…ジュラの視界が強烈な光に包まれた。

『あぐっ…!』

強い光に対して体を丸めるのは生物としての反射、生半可では克服できない機能だ。

故にその隙をまだジュラは拒否できない。

しかし、目潰しと同時に振るわれたドラドの剣は少年の骨肉に届くことは無かった。

ドラドが後退り一瞬遅れて飛び掛かろうしていた部下達を制止する。

『待て……なるほど魔法も使えたか。いい物件買ったナァ、船長サンよ。』

ジュラの周囲を壁のように覆っていた舟板が、ゆっくりと元の位置へ戻る。

『咄嗟に出たもんだ、植物操作ってコタァ得意系統は水か?』

『一回で判断するのは早いんじゃねーか?それとも不意打ち外して焦ってんのか?』

『カカッ、ガキらしい強がりだな。こっちも1つ教えてやる。俺の能力は物体の光反射を操作することだ。何でも鏡にできるし、何処でも夜にできる。角度も変えりゃさっきみたいな目潰しだって訳無い。』

ドラドが剣を傾けてみせる。

『そいつはどうも、馬鹿正直に言ってんだったらアンタ海賊向いてないぜ。』

『やはりガキというべきか。これから、オマエは行動選択の度に目潰しが来る可能性を考えざるをえなくなる。船上戦での余分な一手二手がどれだけ大きいかわかるか?オマエはもう縛り上げられてんだぜェ!』

ドラドと手下達が剣を振り上げる。

(ガキか…確かにそうなんだろうな。咄嗟に出た魔法…あれが剣を伝う雷ならそれで戦闘は終わっていた。水魔法だったのはネクロのイメージが焼きついてるからだろうが…)

未熟を自覚しつつ剣を腰に構える。

取り巻きの海賊達の動きは玉石混淆。

とはいえ多対一で正面から斬り合わなければ、触れられることもないだろう。

やはり最も警戒すべきは船長のドラド、目潰しからの斬り込みに移る速度は緊張の走るものがあった。

数の差、ドラド自身の能力という要素も考えれば、正面から相手をするのは得策ではない。

必然的に、正面から奇襲をかけて流れをこちらに傾けるのが望ましいが、雇い主の船をあんまり壊すわけにもいかない。

諸々を鑑みてジュラが下した決断は…

『全員、一撃の元に倒す!魔剣 レッコーム アメーリオ!』

惑わされるくらいなら、いっそ目を使わなければいい。

瞼を閉じての脱力…からの解放、はるか遠くの積乱雲すら切り裂かんばかりに剣が振るわれ、弾き出された有象無象が波間に飲み込まれてゆく。

ジリジリと包囲網を狭めていた海賊達は、その一閃を避けられない。

望遠鏡が一つ落ちて割れたが、流石に弁償を気にしている場合ではないだろう。

結果的に、一振り終えても雇い主の船には傷一つついていなかった。

海賊ドラドの手勢は、その一閃で半数以下へと減り、得体の知れない魔剣の力に残った者達も攻めあぐねている…1人を除いては。

青い錨がしゃがんだジュラの角を掠め、マストの一部を引き剥がす。

飛び散る木屑の向こうに、はち切れんばかりの青筋を浮かべたドラドが見えた。

『くだらねェ、心底くだらねェ国だなここはヨォ〜。マトモに商談もできねェゴミクズに付き合わされた挙句、本業も邪魔される。俺ぁ厄日か厄年かぁ〜?』

先程の一撃も咄嗟に剣で防いだらしい、やはり油断のならない男だ。

『ハッ、てめーの無能嘆くんならおたくのチンケなイカダでやんなぁ!』

『チッ、調子こきやがる…だがこのまま争って痛み分けってのは面白くねェ。ガキ、いくらで雇われた?どうせ安い仕事…こっちは倍出す、手を組もうぜ?』

ドラドが急に剣を納め、ジュラへと語りかけ始めた。

『は?誰がわざわざ違法行為に手ぇ貸すんだよ。苦し紛れにしてももうちょっとなんかあんだろ。』

『クク、生まれてこの方晩飯を抜いたことありません、って感じの発想だな。そういう精神的に高潔なヤツってのはムカつくが、戦力としちゃ悪くない。ショボくれた貨物船の護衛なんてやってるぐらいだ、カネは必要なんだろ?それも直近で。』

海賊ドラドがいささか品性に欠ける笑みを浮かべ、両手をポケットにしまう。

これまで何度も、呼吸でもするかのように人を食い潰してきた、そういう邪悪が全身の態度に張り付いていた。

ドラドの手下達も倣ってニヤけ面を浮かべつつ待機している。

『バカなこと言ってんじゃねーよ。俺を目先の餌に食いつく生臭い生き物と一緒にすんな。デケー法の釣り針も見えてねーアホとはな。』

『カカ、ヒデェ物言いだな…だが心配性はいい。恐れ知らずよりずっとな。そんな小動物ちゃんにもう一つ嬉しい情報だ。この辺りじゃ急激に暖流が流れ込んで、ほんの一時だけ小さいがケタ違いの嵐が起きることがある。通称 天孫経絡現象…ぶち当たったモノを、全て海に還す天の気まぐれだ。これから藻屑へ還る船への略奪を、どうやって証明する?』

船長が小さく悲鳴を上げた。

何をしてもバレない無法の海…なるほど、悪の枢軸とまで呼ばれた国には相応しいのかもしれない。

そして、近くに巡視船はおろか他の船さえ見えてはいない。

身分を明かしていない流れ者が後ろ暗いことをするには整った状況だった。

『重ね重ねお誘いどうも。だが、答えはパスだ。んな真似したら俺の心にゃしこりが残り続けるし、第一この荷物が届かなきゃ困るヤツがいるだろ。てめーらちょっとは奪われる側に立って考えられねーのか?わかったらとっと失せろ。』

ドラドがしばし考え込み、首を振る。

『………わーったよ、コイツは迷惑料だ、受け取りな!』

ドラドが左手の小指から金の指輪を外し、空へと投げる。

顔を覆う手下達の反応から、ジュラは即座に判断を下し、左手を目の上に…そして視界が消滅した。

(づ…何が起きた⁉︎光は防いだは…いや、本当に能力の対象になったのは、俺の左手か‼︎手下どもの反応はブラフっ!)

となると次に来るのは…

胸への強い衝撃、それとほぼ同時に轟いた銃声の後、ジュラは後方へ向けて突き飛ばされるように倒れこんだ。

『クク、サヨナラ腕っこきの小動物クン。来世はも少しこす狡く産まれたまえよ。さて船長、とりあえず手間賃だ。どなたかの首をいただくぜ、おっと一人分でいいぞぉ。』

ドラドが硝煙の立ち上るピストルを弄びつつ下卑た笑みを浮かべる。

一隻を束ねる船長の判断は早い。

『はぁぁーい、おまーちくださいーな!いーま、見習いのーぉこぞうをつーれてきます‼︎』

迷い無く脱出ボートへ向けて駆け出した船長の足首を、仰向けに転がるジュラの手が掴んだ。

『ぎゃん!』

『くぅぅ…いってぇ〜。ツレから聞いたんだが、こういう時船長が最初に逃げ出しちゃダメなんだろ?気持ちは理解できるけどよー…』

『かんにーんしてくーださい!給料やーすいんです!』

顔を強かに打ち、鼻血を垂れ流しながらも前へと進もうとする船長、その愚直なまでの生存欲にジュラは呆れと一種の敬意を覚えつつ立ち上がる。

『とことんシケた日だなぁ〜俺は確かに有効射程でブチ込んだハズだぜぇ〜ギリギリとはいえ、確実に胸骨をブチ割り心臓から血が吹き出す距離だった。火山地帯の間欠泉みてーにドバッとな。』

おそらく、ドラドの話は人間に対して使用した場合だ。

(変装魔法、こういうことにも使えんのか。)

『メンテナンスが雑なんだろ。見るからに部屋中に脱ぎっぱなしの服散らかってそーだぜ、アンタ。チンケな呪いもかかってたが、機能不全起こしてるしな。』

銃弾に付与された呪いは、悪魔の身体とは相性が悪かったらしくほとんど効果は感じなかった。

おそらく本来の効果は止血・治癒の阻害、といったところだったのだろうが、幸運なことである。

そして、不意打ちの一手を2回も防いだことで、ジュラは確実に精神的優位に立っていた。

『で、どうすんだ。こっちはテメーがそのオモチャに弾込め直すまでに、3回は首刎ね飛ばせるんだぜ!』

ドラドが懐を探る。

装填したピストルは後3丁。

しかし、自身がどのような手段で攻撃に出ても敵の一閃の方が速いのは理解してしまっている。

程なくして、ドラドは武器を収め苛立ちの漏れ出る声で手下達に命じた。

『退く!割に合わねェ。』

それは賢明で、ジュラにとってもありがたい判断だった。

何しろ、まだ航海は往路の半分程度なのだ。

ここから復路での護衛もセットでこなさなければならないのだ、無益な体力の消耗は避けるが吉だろう。

(あわよくばひっ捕まえて懸賞金いただきたかったが…思ったより手強そうだしな。)

ジュラが落とした手下は、既に大半が救助されており、数分と待たずに無法者達は大海原へと姿を消したのであった。

 

幸い、その後の航海で大きな問題が起きることは無く、帰りに(おそらく)本物の飛び魚や矢のように水中へ飛び込んでいく鳥など、珍しく面白いモノを見ることができた。

着岸前既に、目を輝かせて土産話を聞くイオンの顔が思い浮かぶ程度には、新鮮なネタを仕入れることができた確信はある。

だが、ジュラはもう二度とこの仕事を受けることは無いだろう。

そう決意させたのは、着岸後潮風で固められた髪を弄っていたジュラに突きつけられた一枚の紙切れである。

『は?………請求書?なんで?』

事務職らしい背広の男が、貼り付けたような笑顔を崩さないまま説明を始める。

『船内調査により、物品の損害及び船員への暴行があったと認定されました。よって我々フェスティバム運輸局は、貴方様に以下の請求を致します。』

船側は明らかに報酬の支払いを渋っていた。

ジュラが背広の男に剣を突きつける。

『俺が壊したのは精々望遠鏡一つ、それで40万コンス?あの似合ってねーヒゲ着けた船長といい、バカにすんのも大概にしろよ。俺には、てめーらがビビってた海賊を追い払える力があるんだせ。』

ジュラ的には、かなり本腰を入れた脅しだった。

しかし背広男の笑顔は消えない。

『そうそう、それが幸運でございました。海賊撃退の特別報酬と通常報酬で、合わせて丁度40万コンスでございます。』

『てめ…いっつも似たようなやり口使ってんのか?』

『なんのことやら存じませんが、貴方の訴訟が成立することは絶対に無い、と申し上げておきます。』

いやに自信ありげでバカにしたような物言いだった。

大方、法を司る機関と仲良くつるんでやっているのだろう。

この船は沖の監獄島に物資を運ぶ公営の輸送船であり、運航は週に一度…事情に明るくない旅人を招き入れるには十分な時間だ。

騙された方がマヌケということか。

(チッ、憲兵と敵対すんのはマズいか…イオンたちにも迷惑かかるしな。)

旅立ちからこれまで、不幸にも治安維持組織と対立することがちょくちょくあった。

今は運良く後が荒れずに立ち去ることができているが、このままでは放浪型小規模テロリスト…なんてありがたい称号を賜りかねないだろう。

大人しくカモられるのは不愉快だが、せめてこの国では大人しく、しおらしく、野の片隅に根を張る草花のように過ごしておこう。

『チッ、わーったよそれで。二度とテメーらとは関わらねぇ、とっとと失せろ。』

『作用でございますか。では、また縁がございましたら。』

ねっとりと会釈し、背広男が去っていく。

その背を見ることも無く、ジュラは呟いた。

(フン、タンコブでもつくってな。)

数分後、背広男は何も無い場所で派手に転び、背中を打った痛みで悶絶していた。

奇妙なことに、その時男の革靴の裏は完全に凍りついていたという噂である。

 

(3日間が無駄になっちまったか…アイツらがっかりすんだろうなぁ。)

少し負い目を抱えつつも、ジュラが3日ぶりにイオンフライヤーのドアを叩く。

『おかえり〜鍵はかかってないから、自分で開けておくれ〜』

カブウの眠そうな声に従い、ドアを引く。

『たでーまー……ほんと悪いんだけど、報酬無くなっちまっ…どうしたイオン?機嫌悪いのか?』

ソファーに寝そべったイオンが、足をぶらぶらさせつつラスクを齧っていた。

誰がどう見ても膨れている。

『むー、聞いてよジュラ〜泥棒殴ったら市場から出禁にされちゃったんだよ〜。』

『んー状況が飲み込めねー。もう3.4倍解像度マシで頼む。』

『わかった、じゃあカブさんは補足お願い。これは昨日の話なんだけど…』

 

それは、サイレンス共和国到着より2日目。

旅人市場に、アイシクル工務店の名が順調に知れ渡りつつあるころに訪れた。

『いやぁモウケモウケですなぁキャプテン殿!』

『ウハウハですなぁカブさん殿!朝からチラシまいた甲斐ありまくりってヤツよ!』

2人が睡眠を返上して作った似顔絵(自画像)付きのチラシは効果覿面であった。

そのセンスと個性が爆発した、きわめて臨界的なタッチのイラストに惹かれ、怖いもの見たさで訪れる顧客を多数呼び込むことに成功したのだ。

イオン的には、『このピンクの魔獣はどこですか?』という質問がそれなりの頻度で飛んでくるのが不満ではあったが、誰のものでも金貨は金貨、貴賤は無しである。

『うはは、しかしイオンの作品は一期一会の場と相性がいいんじゃあないかい?なにぶん他じゃ見ないような発明品ばかり…お客の大半も物珍しさで買っていっているように見えるね。』

『そうかもー、トトルス村までリピートしてくれる人いるかなぁ。』

『遠さはネックではあるけど、心配無いと思うよ。修理作業の速さでもオーディエンスに十分魅せているからね。』

『んもー、照れるぅ。カブさんてば褒め上手なんだから〜!』

実際、表情をコロコロ変えながらもイオンの手は目にも止まらない速度と寸分の狂いもない精度で動き続け、水が滑らかな斜面を流れるかのように修理依頼をこなしていた。

時計や簡素なレーダー装置等、単純な作りのものが多いとはいえ、半超人的な処理能力である。

『まったく、こっちは十本の触手でも足りないぐらいだよ。もしやイオンも腕増やせるようになったのかい?』

売り上げの計上を担当していたカブウが苦笑する。

『すごいでしょー、私の唯一の取り柄だからね!あ、「ラッキーバインくん」もう無くなりそう…材料持ってきてるしもうここで作っちゃおっと。』

在庫補充を並行して尚、修理速度に大きな低下は無かった。

しかし程なくして、少女の手は止まることになる。

イオンブレインのオーバーフローやイオンストマックのお昼休憩ではない、ただ単に修理を求める顧客が居なくなった…より正確に言えば、居なくならざるを得なかったためである。

その原因は、今まさに人集りをつくる客を押し除けて店の前に出た大柄な男であった。

男は2本の嫌味ったらしい葉巻を咥え、フリードハットのつばを少し上げて店全体を無遠慮に値踏みしていた。

『ちゃんと並んでください!最後尾はあっちです。』

イオンが座ったまま人集りの後ろを指差すも、男は全く気にしてはいない。

男自身や周囲の態度から、既に来訪者が堅気ではないと察していたカブウが、先端を尖らせた触手を屋台にかかったクロスに忍ばせる。

爆竹を焚き火で炙るような緊張の中、最初に言葉を発したのは大柄な男だった。

『随分と、景気がいいようで。いや全く天晴れ天晴れ。』

男が軽く体を揺すって笑う度に、濃過ぎるカモミールティーのような香水がカブウの嗅覚を苛立たせた。

『列の後ろはあっちです!』

イオンの言葉を鼻で笑いつつ、男は胸元のバッジをちらつかせて見せる。

(逆さまの十字と巻きつく蛇の意匠…世界一有名で、且つマトモじゃあないデザインだ。)

息を飲む反応の1つも無かったことが不満だったか、男は顔を顰めつつ言葉を発した。

『どうも、少々頭の回りが遅いようで。なら名乗ろう、明瞭に。オレ様はエンガイワ、『立ち蛇の飼い主』と言えば分かるな?』

よほど忌まれたあだ名らしい。

男の口から音に聞いただけで、近くの無関係な店からも客足が遠ざかり始めたほどに。

『売り切れは無いので!ちゃんと後ろに並んでください!』

男がおもむろに屋台を強く叩いた。

『不出来なクソガキがっ、『アガリ』を出せっつってんのがわからないのかァー!これ以上1秒でもオレ様の時間をゴミにするんなら……』

男の意識はそこで途切れ、その顎は下からの衝撃にはね上げられていた。

『並んでよゴルァーー!他のお客さん怖がってるんですけど‼︎』

愛用のバールを振り回しつつイオンが叫ぶ。

その背中をカブウが突き宥める。

『ステイステイ、もう彼意識無いよ。しかし、どう見てもカタギさんじゃあなさそうだ。ケンカを売って大丈夫かい?』

イオンが首を横に振る。

『もちろん大丈夫じゃないよ!でも、ここでカモだとか思われたら、お金持ってかれるだけじゃ済まない。明日のお客さんも寄り付かなくなっちゃう。巻き込んでごめんねカブさん。』

『俺とキミの仲だ、おやつの配分30%マシで許してあげるともさ。で、ならず者のお連れ様は?』

『それはジュラに言って〜。同じバッヂの人が黄色いマントのお兄さんの方に3人、赤い帽子のお爺さんの方に2人、あと1人が後ろに回ってた。』

『こちらの観測と相違ナシ…しかし少々多いね、それに吹けば飛んでくれる相手でもなさそうだ。なるべく早く荷物をまとめてくれると助かるよ。…なんだいそれは。』

カブウの緊張をよそに、イオンは自身ありげにろくでもなさろうなスイッチを取り出していた。

どうも奥に置いてあるアミン砲台とは別のようだ。

『ふふん!よくぞ聞いてくれました!昨日のうちに、ちょっっっとだけ屋台におもちゃ仕込んでおいたんだー。悪質なカスタマーにお帰りいただくためにね!』

『そいつぁ楽しみだねー。この国は葬儀屋も多そうだし、安心して大いにぶっ放したまえよ。』

『むー、カブさんてば爆弾かなんかだと思ってるでしょ。違うから!爆弾『みたい』なものだから!』

イオン的にはその2つには明確な隔たりがあるのである。

『世間じゃ大体同義じゃあないかい、俺にできることは?』

『レールを作ってくれると嬉しいかな。幅は3cmくらいで、バッヂつけた人に向けて。結構熱いから、ダメそうだったら教えてね。』

カブウが触手を振る。

『チッチッチ、甘く見積もられたものだねこのカブさん。溶岩浴を最上の養生とする俺が、小爆発なぞで膝をつくと思うのかい?』

『オッケー!んじゃポチッとな。』

スイッチが押された瞬間、軋んだ大扉のような重低音が響き、屋台が小刻みに振動し始める。

報復に出ようとしていたガラの悪い御客達も警戒しているのか、その場で動きを止めていた。

看板の周囲に取り付けられた歯車も回転し始め、屋根から突き出したパイプが激しく排気を続ける。

群衆が見守る中、屋根は2つに分かたれた。

その奥から現れた金属の塔が日光を受け鈍く光っている。

その塔には外を向いて円状に並ぶ砲門があった。

『なるほど理解した、あの穴から出る何かを誘導すればいいんだね?』

『そ!こけおどしみたいなものだけど、ほんとに危ないから気をつけてね。よーし、全六発「イオンパサリュー」発射!』

発射口の位置を示しているであろう砲門の上のランプが6つ灯る。

カブウの触手が添えられた次の瞬間、砲門から飛び出した小径の火の玉は荒々しく煙と火花を撒き散らしつつも、導きに従い招かれざる客目掛けて飛翔した。

パニックを起こしたトンボのように、めちゃくちゃな軌道で飛来する火球に面食らったのは迷惑客達である。

軌道が読めないうえに速度も十分、そもそも避けようにも周囲の群衆が邪魔で思うように動けない。

故に彼等は【プロトン】を選んだ。

それが未知の攻撃に対する策だというなら、悪手ではない。

しかし、それは『攻撃』では無かった。

音や見た目の派手さに似合わず火球の威力は昆虫の体当たり未満であり、魔力を固めた幅広の盾に当たればつまらない音と共に落下する程度であった。

しかしそこで盾を選んでしまった者は、すでにイオンパサリューの術中にあるのだ。

火球の放出よりワンテンポ遅れて、金属塔の頂点から火柱が噴き上がった。

こんこんと噴き上がる真っ赤な火の粉、それが重力に従うものであると誰かが気づいた途端、呆然としていた人集りは己の足を取り戻す。

我先にと火の粉を避けて走り出す人々に、盾を広げていたならず者達はどうすることもできない。

押され、倒され、踏みつけられ…足並みが過ぎ去った後もはや彼等にイオンとカブウをどうこうする気力も体力も残ってはいなかった。

屋台の中で身を縮めていた2人が顔を出す。

『ぺっぺっ…まだ土埃が。なんとかは…なったみたい。』

イオンが周囲に誰もいなくなったことを確認し、リモコンで装置を停止させる。

程なくして火柱は止まり屋根が再び閉じ始めた。

『ありゃあ流石に危な過ぎないかい?まっとうなお客さんを巻き込むのはいただけないよ、どっちにしろ明日以降の売り上げに響きかねない。』

『ふへへ、心配ご無用。火の玉は火薬抑えめの花火だし、火柱は煙に映した立体映像だもん。万一にも装置でのケ…死人は出ないよ!』

『うーん、それでもヤバい店扱いは不可避だし、安全性の露骨なレベルダウンが見えたが…まぁ良いとしようか。お客は去ってしまったけど、この後どうする?』

『…今日は帰るしかないかあ。』

 

『んで、騒ぎを起こしたから出禁食らったと。』

イオンがブンブン首を振って否定する。

『違う違う、そんくらいのことならいつも通りの範囲なんだってさ。ダメだったのは屋台を勝手に改造したことみたい。』

『うーん、もっとアホみたいな理由だったとは。』

『みたいとは失礼な、みたいとは。だったら最初から契約書に書いといて欲しいよ、屋台改造禁止って。』

『この世に常識ってもんがある以上、一々契約書に殺人はいけません、とか書かないんだよなぁ。てかアホはいいんかい。』

カブウが苦笑する。

『いやはは、面目無いね。しかしあまりイオンを責めないでやってくれ。相手は話し合いの余地無く、暴力に熟達した集団だった。真正面から乱闘になれば命がかかることになっていたかもしれない。互いにね。』

『最良とは言えないまでも、平和的解決だった…ってとこか。まー、こっちもまんまとタダ働きさせられて収入ナシだしな。そっちのこと笑えねーよ。でもどうする?3人でマトモそうな仕事探してやるか?』

イオンが手を挙げる。

『注目!それに関して、私は1つ決めてあります!』

ジュラが椅子に深く座り、足を組む。

『なんだかとっても嫌な予感、話だけは聞こう!』

イオンが勢いよく地図を広げる。

その右上にはサイレンス共和国の名が記され、すぐ横に少しインクの滲んだ方位記号が印刷されていた。

イオンが首都より少し左下の一点を示す。

『移動先は「カイヤンシティ」!治安最悪のここでお尋ね者何人か捕まえて、当面の資金を確保する!』

ジュラが溜め息を吐く。

『えー、絶対コツコツ稼いだ方がいいだろ。そんなアブナイことするよりよぉ。一攫千金ってのは夢あっていいけど。』

『あれ?気乗りしない感じ?』

『そりゃまあ、乱闘が日常の場所より治安悪いって、それはもうちっちゃな地獄だろ。悪魔的には肌に合うかもしれねーけど、お前を連れてきたかぁ無い。』

『でもいろんなもの手に入るよ?真っ青な密造酒とか。』

それはメリットにカウントしても良いのだろうか。

『絶対飲むなよそれ。まぁ最終決定はお前がすりゃいいけどさぁ…やっぱりだな、ボディーガードとしちゃあ…クドクド言いたくもなるぜ。』

『そっかー、なんか面白そうな写真があったから、ついでに現場見に行きたかったんだけどな〜。』

『ほえー、ちょっと見せてくれよ。』

『いいよー、お客さんに貰ったんだ。』

イオンがポケットから出した写真には、波に揺られる海藻の如く歪み捩れた街並みが写っていた。

それは錯覚と呼ぶにはあまりに異様で、トリックを疑うにはあまりに自然な一枚である。

『アミンの見立てだと、空間そのものが歪んでるかもだって。クイーンさんとこで似たような現象も観測したらしいし。』

(スターフルーツ実体化の時か…)

アレは、莫大な魔力の流れによって引き起こされた、特異な事象だった。

そう頻繁に起こるものでも無いはずだ。

しかしジュラ自身も、その空間が捩れるような現象を体験している。

故郷から地界へと来る時、確かに自分は思考の及ばない空間を通った。

その中で、視界の端によぎる…空間の揺らぎとでも表現すべきものの存在が、確かに記憶の隅で存在感を持っていた。

来る時にあったならば、当然帰る時にも…

『つまりなるほど、てめーはこう言いたいんだな。この無法地帯に行けば、俺が魔界へ帰りたい時用の保険が手に入るかも…と。まったく、回りくどいことやってんなよな。お前が行くとこなら、どこでも着いてってやるってのによ。』

口では冷めたことを言いつつも、確かに魅力的な提案ではあった。

『んへへ、ごめん。ありがと。』

イオンが小さく舌を出す。

『まぁ文句はいうけどな。ちなみに、カブさんは納得してんのか?』

『ミートゥー、船長命令は謹んで受ける所存さ。』

カブウが不恰好なウインクをキメつつ答える。

『じゃあ決まり!進路は南西、目的地はカイヤンシティ!早速〜今日は寝て、明日出発!』

なんといっても大都市フェスティバム、窓から見える夜空の雲が街明かりに照らされ金を帯びる…そんな夜だった。

 

 

 

 

同時刻、どこかの薄暗い倉庫にて…

『あ?エンガイワが入院した?カタギに負けて?この大事な時期に何やってんだあのグズは。先日は磯臭え海の害獣にもナメられるしよ…どいつもこいつも、やる気あんのか?』

苛立ちに満ちた長身の男が足元に転がる酒瓶を蹴りとばす。

全力で蹴られた酒瓶は、海賊との取引で下手を打った部下の顔へと容赦無く叩きつけられた。

しかし瓶が割れることは無い。

というよりもはや瓶はそこに無く、代わりに部下の顔には暗色のガラスの仮面が装着されていた。

呼吸器を完全に塞いだそれにより、悲鳴を上げることもできずのたうち回る部下には一瞥もくれず、男はその場を後にする。

その背中には、逆十字と蛇の意匠が大きく縫い付けられていた。




某回転寿司でパンガシウス食べてきました。
意外と河の風味がしなかったことにビックリ。
味は日本のナマズよりむしろ若いカレイ似かも。

登場人物

船長
間延びした独特な喋り方のリーダー。
元々監獄島の受刑者であり、模範囚として船の運行に関わっている。

黄鉄のドラド
黄金大好き白金水軍の頭領、武器の密輸や模造宝石の詐欺で私腹を肥やしている。
表の顔は小規模な貿易商。

背広男
嫌いなものは作り笑い。

エンガイワ
サルバタージョ殲滅チーム所属のギャング。
能力は他人へ魂の権能を貸与すること、技術・記憶の共有や能力の強化等が出来る。

用語集

フェスティバム
サイレンス共和国の経済・政治の中心地。
かつてはギャングが蔓延り日々抗争が絶えなかったが、現大統領の手でかなりクリーンになった。

ラッキーバインくん
スイッチを入れておけば、急激な加速を検知した際に近くの地形へ強靭なワイヤーを伸ばしてくれる安全器具。
イオン謹製。

イオンパサリュー
大量のトンボ花火を搭載した風流(イオン談)な塔。
煙を煙幕やホログラムの投影スクリーンに用いることも可能。

カイヤンシティ
プリステラ郡でも指折りの危険地帯で、大部分が貧民街。
現大統領の政策と全魔連の資金援助でマシになりつつある。
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