魔剣王正伝   作:プルプルマン

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結局、夜にテレビつけて明治のファミリア抱えてる時が幸福なのよ。


そいつの名はL.P

『アー、アー、右手に見えますは…しっくりこねぇな、ガイド気取り止めるか。そこにあんのがションベンおやじの家、どこにでも立ちションするクソみてぇなオジンだぜ。』

イオン一行は、捕獲した地元民ライコを連れて暗黒街の散策を嗜んでいた。

狙うは10〜50万コンスの小粒賞金首。

麻薬中毒だとかを患っていてくれたなら尚楽でいいのだが、そこまで願うのは高望みというものだろう。

無論、そいつらよりはるかに危険なライコは厳重に拘束されたままである。

『でょー、そのションベンおやじがブッ飛んでてよ、ゲリラ豪雨みてぇな爆発力なんだわ。ありゃあ砂漠に産まれたら伝説に…えーとジュラだったか。せっかくこのオレが案内してやってんのに、何キョロキョロしてんだ?』

ライコがキョロキョロとして落ち着きの無いジュラを訝しむ。

『いや、なんかあちこちから視線を感じてよ。クセで警戒してるだけだ。』

『物珍しいだけだろ。ここにゃ酒とヤクぐれーしかマトモな娯楽はねぇ。バクチは当たらねぇが、女はそこそこアタリ付きときてやがるしな。テメェ等は珍しい柄の野良猫みてぇなもんだ。』

なるほど改めて視線を分析してみれば、確かにそれは敵意よりむしろ、興味に近いものだと感じられた。

それも野次馬根性はくすぐられるが、わざわざ行動に起こす程では無い…といった塩梅だろうか。

それでも、無遠慮な視線を向けられることにいい気はしないが。

『癪ならブッ殺してくるぜ?この縄…』

『だーめ。』

『ハーッ!信頼ねーなオレってばよぉー!』

食い気味に要求を受け流されたライコがケタケタ笑う。

その度にカブウの牙へと結ばれた縄がギシギシ擦れている。

内臓を幾つも斬られたばかりだというのに、まったく元気なことである。

これも人狼の生命力とやらが発揮されているのだろうか?

『えー、どこまで話してやったか………忘れた、まいいだろ。お、あそこの黄色い消火栓見えるか?水はもうずっと通ってねぇが、なにぶん目立つんでヤクの売り子が待ち合わせに使ってんだよ。お、アイツなんて手前でもチャンポンしてそ…』

『観光案内はありがたいが、その前に1つ良いかいミスターライコ。』

機嫌良く話していた腰を折られ、ライコが舌打ちする。

『なんだデカ頭、ワタの買い方でも聞きてぇのか?』

露骨に喧嘩腰になるライコであったが、剛毛の心臓(どこ?)と玉鋼のメンタルを誇るカブウに対し、その程度で萎縮の2文字は引き出せない。

『おっと失礼、自己紹介がまだだった。俺はカブウ、みんな愛を込めてカブさんと呼んでいるとも。キミもそうするといい。さて本題だが、キミは何故『立ち蛇通り』を探る者を襲う?さっきは仕事だとか言っていたが…』

ライコがカブウに憐れみの視線を向ける。

『救えねぇバカだなテメェ等、拾った命で崖下ダイブなんざ旅鼠でもやらねぇぞ?知って損することも、覚えて窮する芸もあんだろ、この糞溜めなら尚更な。』

存分以上に嘲笑の意図は含まれていたが、目の前の狼男が発したものとしては、過去一番クラスに聞く価値のある言葉だった。

『…親切からの注告と受け取っておくよ。俺としちゃ片足を入れたが最後、狙われ続けるのかどうかを知りたかったが…引き返せる距離だったということかな。ちなみに、2人とも深入りする気は?』

イオンとジュラが同時に首を振る。

『気になるとこはあるけど、今回はパスでいいかな。そっちに時間取られたら、いよいよお財布が冷え切っちゃうし。』

『見えてる罠踏み抜いて闊歩できるほど、俺のハートはタフじゃねーし、イオンが良いなら無視でいいんじゃね。あんまし気分いい展開じゃないけど。』

『フフフ、流石賢明だね。ミスターライコ、話に水を差してすまなかった。』

退屈そうに石を蹴っていたライコが鼻で笑う。

『おう、反省しろよデカ頭。しかし行く道1つにつけてもおしゃべりで決めるたぁ、不自由なこったな。っぱ1人ほど気楽なもんは無いぜ。生きたい様に生きて死にたい時に死ぬ、実に文化的ってな。』

ともすれば、逸れものの負け惜しみのようにもとれる言葉である。

しかしながら、ライコの足取りは拘束されているとは思えない程に軽やかで、そこには一切の苦悩や劣等感は存在しない様に見えた。

(迷い悩まず生きるなんてできんのか?それが…さっき味わった揺るぎない強さの土台なのか?)

あまりに楽天的なその態度に、ジュラは無意識にそう考え込んでしまう。

しかし、目の前を行く3人は能天気っぽさが服を着て歩いているような連中であり、ここが暗黒街と呼ばれるような場所であることを忘れさせるような、他愛無い会話を続けていた。

その事実はノイズとなってジュラの脳内で好き勝手に遊び始め、50m程を歩いた辺りで少年は思索を放棄したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

気づけば日は没し、街灯など碌に無い暗黒街は不気味な静謐の帳に覆われていた。

不幸なことに今宵は曇天、星月の明かりには期待できそうもない。

ジュラは並の夜闇なら昼間と変わらず行動することが可能だが、心配すべきはイオンであろう。

何せ、雲一つ無い青空の下、石一つ無い草原で転ぶ人間なのだ。

即ち、彼女にとって暗闇の荒れた道はイコール霊峰の隘路に匹敵する危険地帯となること必至である。

このままでは、数歩も行かぬうちにこね過ぎたパン生地のような姿になってしまうだろう。

 

なんて考え、1人焦りを募らせていたジュラの目の前に光が現れた。

急に差し込んだそれに、暗順応が進んでいた目が反射的に瞼を下す。

その正体はカブウの紳士的配慮であり、膨らませた触手の先端で、蛍のそれと類似した光を発生させるという、新たな能力の『目覚め』でもあった。

『どうだ、明るくなったろう?』

『ありがと〜流石カブさん、オールマイティ!』

『フフフ、もっと褒め称えたまえ!俺の器はまだまだ渇いたままだよぉ!』

何の説明も無く始まったカブウの発光現象に、ライコはなにか悍ましいモノを前にした態度を見せていた。

どうやら、暗黒街の狂犬にも潰す肝は残っていたようだ。

『オイ、何だありゃあ…テメェのオトモダチちょっとおかしいんじゃねぇのか?』

『そんなの俺が聞きてーよ。まぁすぐ慣れちまうと思う…かわいそうに。』

声を抑えて耳打ちしてきたライコに対し、ジュラは憐憫の眼差しを向けていた。

(どうか、願わくば…このチンピラから真っ当な感覚が失われませんように……)

しっとりとした眼差しに本能的恐怖を覚えたか、ライコが3人から最大限距離を取る。(といってもリードの長さ分1m程度だが。)

だがしかし、その『存在』を認識してしまった時点で既に、深層意識への侵入・改竄は始まっているのだ…

 

 

 

『お、そっから入れる場所はここいらじゃ一番面白いぜ。』

疑問を覚えることも叶わないままにカブウの触手から噴き出る冷風を堪能しつつ、ライコが見窄らしい格子で塞がれた階段を足で示す。

声色が1段階上がったことから察するに、普段から通うお気に入りの場所らしい。

『そうなんだ〜、どんな場所なの?』

『しょーがねぇ、平和ボケしたテメェ等に教えてやるかな。そこを降りて左に曲がれば、行き着くのは熱気と血気の闘技場!命知らずのバトルジャンキーが、血に生きがいを求めて集う牢獄(ユートピア)!ここ見ずしてタライロンは語れねぇよ。』

『なんか、さっきまでとテンション違くね?……要はあれだ、違法寄りの賭け試合専用のリングがあるってことだろ。』

ジュラの頭に、ケイマーデの街でちょっとしたリングネームを轟かせた記憶がよぎる。

あれは、中々に楽しかった。

『何だ、わかってんじゃねーか。さては童貞(ビギナー)じゃねぇな?なら結構なカネも動くし、出るか?オレと闘えんならいいとこいくだろ。』

『確かに、手早く稼ぐなら野良試合のファイトマネーもあったね。荒れたこの国なら尚更得やすいところもあるか。』

カブウが感心したように頷く。

ジュラとしても武者修行の一環となる、悪くない提案ではあった。

『でも、そもそも私たち入っていいの?おじいちゃんから聞いたことあるんだけど、こういう裏の場所こそ出る側は厳正な登録がいるとか何とか。』

(サク爺…やっぱアングラにも行ってたのか…つくづくスキモノだなぁ。)

ライコが指を振る。

『意外と詳しいじゃあねぇか。だが、問題はねぇ。審査なんざ形だけのザル、何よりこのベテランスーパーファイター、ライコ様の脅迫…もとい、紹介があればストレート同然で入らせてやる。』

『ああ、アンタもファイターなのか。』

『トップクラスの、な。勝ちまくりで賭けが成立しねぇんで、今は出禁食らってるが。』

ライコがまた大声で笑う。

話の内容を鑑みるに、ファイター全体の水準もライコの戦闘力から推し量ることができるだろう。

ライコの話に嘘や脚色が無いと仮定した場合だが、そのレベルはジュラが十分トップに食い込める度合いのはずだ。

(わりかし安全に稼げるか…?いやでも、仮にコイツと同レベルの相手がいたら…)

考え込むジュラにライコが最終確認を突きつけた。

『で、やんのか?やんないのか?』

思わず視線が2人の仲間の方へと向く。

それに気づいたイオンが微笑みを浮かべつつ下手なウインクで返し、カブウは既に触手シャドーでアップを始めていた。

(判断は任せてくれてる…か。なら……)

『ああ、やってやるよ。ベトベトの下水道覗いて、小悪党の尻尾追っかけるよりゃ楽しそうだ。』

ライコの目が細まり獰猛な光を帯びた。

『グッドな答えだ、だんだんテメェ等気に入ってきたぜ。んじゃファイター用の裏口から入るが…………その前に、相応しくねぇ奴がいやがるなぁ〜!』

突如としてジュラの背後にライコが中段蹴りの要領で靴を飛ばし、それを避けるような暗がりの動きがあった。

『出てこいやクソっカス!オレのファンなら別だが、ヨソ様の背中尾け回すってのは無礼に当たるんだぜ!』

 

その追跡者は、意外にも素直にジュラ達の前へと姿を現した。

ジュラやカブウに全く尾行を悟らせない力量からして、逃走という手段も十分選ぶことができたはずだが…

深々とマントを被る、いかにもな不審人物。

背の丈はジュラと同じか、少し低いくらいだろうか?

『不快な思いをさせ、誠に失礼した。私は…』

『ツラぐれぇ出せよ。誠意って言葉を知らねぇのか?』

少しの沈黙があり、追跡者がパサリとマントを脱ぐ。

追跡者の正体は、艶やかなブロンドのサイドテールを揺らす、若草色のワンピースを纏った女だった。

その佇まいは気品に満ちながらも、その奥には強火で燃える決意が見え隠れしている。

『改めて、私はユウベラ。フリーの始末屋…』

ライコの耳が小刻みに動く。

『下手なホラ吹いてんじゃねぇぞアバズレ。心拍数が上がってんだよボケがぁ!』

即座に噛み付くライコをイオンが制止する。

『まあまあライコくん落ち着いて〜。えーと、それであなたはどちら様なんですか?』

その声色に温かみはありつつも、信頼は一切含まれていない。

吸い込まれるような黒い目で改めて問いかけられ、女の瞬きが露骨に速くなる。

嘘を吐くのは慣れていないらしい。

やはり、ライコが看破したようにフリーで世間を渡ってきたやり手ではなさそうだ。

射竦めるような視線に晒された女は、10秒程沈黙した後諦めたように言葉を発した。

『私はカシュアナ。訳あって身分は明かせません。貴殿達を酒場で見かけ、仕事の依頼をするため追けさせていただきました。我が国に誓って、この言葉に偽りはありません。』

小綺麗なお辞儀に釣られ、イオンも頭を下げる。

『イオンです、よろしくお願いします。それでカシュアナさん、ご用は何ですか?』

『率直に申し上げましょう。ある人物を捕縛、あるいは暗殺していただきたい。勿論、報酬は弾みます。』

既にジュラは確信していた。

人気の無い路地で、わざわざプロではなく流浪の旅人に声がかかる暴力の案件。

どう考えても越えるべきでない一線を跨いでいる。

報酬は弾むというが、泳ぎたいからの一心で冬の川に飛び込む馬鹿になった覚えはない。

ましてや話を持ち込んでいるのは身分も、本名さえも偽ろうとした相手なのだ。

少々の気まずさはあるが、以降の話は全て無視し、一刻も早くこの場を離れるのがベストだろう。

『ごめんなさい。せっかくですけど、他を当たってください。それじゃ私たちはこれで…』

イオンも同じ判断を下したらしい。

すげなく断られたカシュアナが明らかな動揺を見せる。

『おお待ちを!待って!…………報酬は1人頭3億コンスでいかがでしょうか‼︎』

全員の足が止まる。

おそらくは桁を1つか2つ間違えたのだろう。

地界の、それもこの国での命の値段などジュラには知るよしもない。

しかし、それが異常な金額であり、口から出たデマカセでも無いことは、闇の住人ライコの反応から読み取ることができた。

『オレの聞き間違いか、今テメェ3億っつったのか………?』

少し上擦ったライコの声に、カシュアナが頷く。

『確かに。加えて、条件次第では色をつけることも可能です。』

カブウが唾を飲む。

『仮に、俺達全員で受け成功すれば12億コンス…この国の物価基準なら農園が何個も買えてしまうじゃあないか…!』

イオンも思わず皮算用を始めていた。

『それだけあれば、もうずっと燃料のやりくりの心配しなくていい…!何なら燃料運搬用の浮空コンテナだって買えちゃう!』

ライコの脳内では、既に酒池肉林ができあがりつつあった。

『12億…んだけありゃカロウエルにでも女囲って、とんでもねぇ豪邸建てれんぞ!プールとシアターもつけられる!10人殺したって手に入らねぇカネだ!』

魔界の王族であるジュラは、他の3人程金額にインパクトを受けていない。(ちょっとさみしい。)

しかしそれでも、それがちょっとした地方政府予算のような金額であることは、飲み込めた。

そして、それを手にすることができる可能性が、どれほどか細く危険な道なのかも。

ジュラは知らず知らずのうちに拳を握りしめ、口を開いていた。

『誰だ?誰の首にそんな金がかかってる?大統領でも狙えってのか⁉︎』

カシュアナの額に少々皺が寄る。

『まずは決めていただきたい。やるか、やらないのかを。こちらとしても、井戸端で漏らせる情報ではないのです。』

当然と言えば当然の要求である。

しかし、これは一度聞けば逃げられないということの言い換えであり、もし話を聞いた後で降りる判断を下せば、最良でも身柄の拘束は免れないだろう。

真っ先に声を上げたのはライコだった。

『オレはやるぜ。こんなオイシイ話、願っても来るもんじゃねぇ。てなわけでテメェ等オレを解放しろ、仕事終わったら1割はくれてやっからよ。』

金色の目が爛々と輝き、口元から尖った歯が覗く。

欲望に対してはどこまでも貪婪な男である。

『快いお返事、ありがとうございます、そちらの方々は?』

イオン・アイシクルは不審と欲望の間で堂々巡りを繰り返した後、理性ある選択を絞り出した。

『ライコくんの分引いても9億…欲しい!欲しいけど、ごめんなさい。こんなに怪しい仕事は引き受けられません!』

『そうですか…であれば仕方ありません。』

残念そうに目を伏せたカシュアナにライコが歩み寄る。

『まーまー、カシュアナチャン。オレがいりゃあ成功は確実だっての。で、どいつブチ殺すんだ?教えてくれよぅ。』

カシュアナから何か耳打ちされたライコの瞳孔が僅かに開き、ほんの少し口元が歪む。

『なるほどなるほど、ああなるほど。ソイツぁ確かに大層な大物だ。』

ライコがジュラ達の方を振り向き、大地を蹴る。

その瞬間、ライコをギッチリと縛っていた縄が紙切れのように引き裂かれ、飛ぶ矢より速く地を駆けた狼男がジュラ達の背後へと回る。

(まただ…また反応が…!)

全力で後方へ向き直り剣を構えるジュラ、しかし既に拳は振るわれていた。

その直後、夜に沈む街並みを貫き、肉を打つくぐもった音が響いたのだった。

 

倒れ伏したのは、暗黒から滲むように現れた1人の男であった。

『あー、コイツは……名前忘れたな。まぁネズミAでいいだろ、影に入れて安心って奴だしな。そうだ、忘れついでにこれも返しとくぜ。やっぱデザイン好みじゃねぇわ。』

ライコが、うつ伏せに倒れた男の背中にキラキラと輝くバッヂを投げ捨てる。

そのデザインは、イオンとカブウにとってまだ新しい記憶の中にあるものだった。

『あ!あん時のクレーマーが着けてたやつ!』

『なんだ見たことあんのかよ。いや、ははあ、読めたぜ。テメェ等がここに来たワケがよ。だったら喜べ、どのみちテメェ等はこの仕事受けるしかねぇ。でなきゃ…まぁ生きてこの国は出られねぇよ。』

雑に投げ捨てられたバッヂには、逆十字に巻きつく2匹の蛇が彫られていた。

 

 

 

 

 

静かで、暗い部屋…物音らしい物音は偶に壁から落ちるヤモリが立てるそれのみ。

イオン一行とカシュアナは、ライコの手引きで闘技場の闘士控室に通されていた。

よほどライコが怖いのだろう。

主催側は、誰も通すなというライコの要求に縮こまって頭を下げていた。

同情を禁じ得ないところである。

ライコが持って来させた石板の前に立ち、カシュアナが白墨を手に取る。

『では、改めてご説明させていただきます。標的の名はレディース・ファントム、我が国最大のギャング「サルバタージョ」の最高幹部が一角にして、ボスの一人息子の立場にあたります。』

対価にはそれに伴った仕事が必要だ。

3億コンスという莫大な金額が提示されていながらも、その仕事内容には見合わないのかもしれない。

ライコの言葉はそれを物語っていた。

『報酬は倍にしろ。いや、それでも足りねぇ。コイツは暗殺じゃねぇ。実質的に戦争をやれってんだからな。』

ふっかけるだけふっかけるのは、相場の無い取引における常套手段だが、それにしたって極端な要求である。

それとも、本当にそれがまかり通る恐ろしい相手なのだろうか?

『わかりました、そうするよう掛け合います。』

残念ながら、恐ろしさ倍付の相手だったらしい。

それを踏まえても、やけにアッサリと要求は呑まれたのだが。

ふっかけた側としても拍子抜けだったのか、ライコは不遜な態度を忘れて目を丸くしていた。

『オイ、正気で言ってんのか?24億だぞ?どっからカネが出る?サルバの連中に大金払って負け戦仕掛けるバカがどこに……いや、そういうことか?』

『貴方の推測はおそらく正しい、依頼者はロリータ・ファントム氏。サルバタージョの現ボスです。よって、仕事の達成後も決して報復はありません。』

ライコが頭を掻く。

『ッア〜、元々仲悪いたぁ聞くがよ、手前等の親子喧嘩に殺し屋使うなよなぁ。』

何か納得したような声色だが、裏社会チェリーのジュラ的にはほとんど理解が追いついていない。

『わけがわからねー、サルバタージョってなんだよ。親子喧嘩ってどういうことだよ‼︎』

カシュアナが頭を下げる。

『失礼しました。一つずつ答えさせていただきます。まず、サルバタージョは構成員700名を超える我が国最大のギャングであり、極めて強大なパイプや情報網を保持しています。今回の標的レディース・ファントムは、組織の中でも正面戦闘に特化したチーム・ヤビーの指揮を取る男です。』

黒板になんと表現すべきか、非常に独創的な絵で関係性が示されているが、それは一旦無視すべきであろう。

『はいはい要は武装チンピラの最大手ね、で数はいかほど?』

『確認している限りでは30名前後、先ほどトルバーフロス氏が倒した分で1人は減っていますが。』

『8人だ。先日、旅人市場でぶちのめされた連中を含めてな。テメェ等の誰がやったかは知らねぇが。』

ライコの言葉にカブウとイオンは驚きを隠せない。

『見てたの?ライコくん。』

『いーや、全く。だが昨日知らせは受けた。そん時の犯人も見つけたらブッ殺せ、報酬は上乗せするってな。そんで、テメェ等の反応とバールについた臭いでアタリつけてみたってこった。』

この話に巻き込まれた時から薄々感じてはいたが、もう間違いは無い。

このライコという男は、元々巨大な闇に肩まで浸かっている。

そして、これからジュラ達も浸かることになるだろう。

『さっきのバッヂといい…キミはその組織と何の繋がりがあるんだい?』

ライコがテーブルの上にあった黒パンを取り齧る。

『オレはサルバタージョに雇われた客分だ。役目は手前共に都合の悪い事をする奴に、一生分の後悔と懺悔をさせること。尤も、今はテメェ等と同じ始末対象だろうがな。』

『じゃあなんだ、あのグチャグチャに歪んだ立ち蛇通りも、そのヤビーとかいうチームと関係あるってのか?』

ジュラの疑問にライコは首を捻る。

『あー、噂じゃ制裁とか言われてるが、ホントのとこはオレも知らねぇ。まぁ一晩でああなったらしいし、なんかの能力じゃね。』

『そこまで強力になっていたのですか…!』

カシュアナが小さく呟いたその言葉を、ライコは聞き逃さない。

『なんだ、知ってんのなカシュアナチャン。持ってるネタは出しておけよ、テメェの信用なんざまだカス程も無いんだからな。』

『俺も聞いておきたい。何しても狙われるってのがわかった今、逃げる気はねーが、勝ち目の無い戦いをする気もねー!』

カシュアナが唾を飲み込み、呼吸を整える。

『……これから話す情報には、不確定な要素が多々あることをご理解いただきたい。レディース・ファントムは、これまで能力の詳細を隠し通しています。ただ、奴と対峙し再起不能となった者の証言によれば、それはあらゆる物体を造り変え、己のルールを強いる神の如き力であったという話です。私も、噂の立ち蛇通りを目にしたが……なるほどあんな芸当ができるなら神とも呼びたくなる、そう感じました。』

能力は天与の才覚だ。

それをかざして神の如き振る舞いなどと、敬虔な修道士が聞けば卒倒するような文言だ。

存分に膨らんだ、荒唐無稽の域を出ない話であることは想像できるが、実際にあの異様な光景を目撃した身としては、嫌な実感を帯びた表現であった。

そして、もう一つ確かめなければならないことが残っている。

『よーくわかったぜ。ソイツが危険人物で、俺たちが狙われる理由も、大事な面子を潰したからってことが。だが、ソイツはたった30人ちょっとで組織全体と揉めたんだろ?どんなに精鋭が揃ってよーが、人数差は20倍以上。ギャング総出で叩けばいいじゃねーか。何をわざわざ旅人に……』

カシュアナが口を真一文字に結ぶ。

『できないのです。軍も、サルバタージョも今は動けない。今、サイレンス共和国は改革の真っ只中にあります。苦痛に喘ぎながらも傷を焼き、膿を搾り、腫瘍を一つ一つ切ってゆく痛々しい時期。………それでも、ずっと金と利権だけの汚れきった関係だった政府とギャングが、初めて人間愛の元に手を取り合って前を見た…そんな時期なのよ!ここであいつらの企みが公になれば、それはようやく歩き始めたこの国の未来を、徹底的に狂わせる。だから、しがらみの無い誰かの手で密かに、でも確実に潰さなきゃなの!………失礼、言葉が乱れました。』

今にも血を吐きそうなその言葉が、本心からの吐露であったことは、ライコに聞かずともわかる。

『改革』という表現もジュラ達は既に肌で体感していた。

(フェスティバムで、イオンが賄賂要らずだったのを話が違うとか言っていたが…一歩ずつ、進めてるってとこか。国一丸で根っこからの変革をやってる時に、内部から崩されちゃたまらないよなぁ。他国も隙があるってわかりゃ、『救援』の兵隊を送り込んでくるだろうし…)

考えたくはないことだが、大規模な戦争の口火にもなりうる。

そういう事案だった。

『わかりました、カシュアナさん。最後に…そのファントムさんが、何をしようとしてるのかだけ教えて貰えませんか?』

カシュアナが少し咳払いを挟み、言葉を続ける。

『先日、ある海賊団とチーム・ヤビーが接触しました。依頼者からの情報によれば、目的は武器類の取引及び海賊団の吸収…幸い、どちらも決裂したようですが。その他にも、途中で追えなくなる武器や麻薬の取引が明らかに増加しています。おそらく目的は軍事力の強化。どこに矛先を向けるのかはわかっていませんが…十中八九政府とギャングの両方でしょう。依頼者によれば、レディース・ファントムは常に、現体制への不満を漏らしていたそうですから。』

平和と規律のためにある組織機構を、暴力でねじ伏せ自我を通す。

それは、組織の存在意義そのものの否定であり、行く末には悲劇的な破綻だけが待つ葬送の道である。

元気の良い勝鬨の声は、そのまま自らのレクイエムをコーラスすることになるだろう。

『テロリストなんざ手前勝手な理屈並べて、仲間内だけでおしゃべりを完結させてるハッピーな連中だろ?なんとか協力体制で潰せないもんかね。』

『難しいです。軍が動けばギャング構成員の反感を買い、組織が自浄を試みれば軍が鎮圧せざるをえなくなる。協力は…まだそれができるほど良い関係ではありません。先程も述べた通り、今双方の溝を深めるわけにはいかないのです。面倒ごとに巻き込んでしまい、申し訳ありません。』

カシュアナが再び頭を下げる。

本人の真面目な気質がよく現れた、癖のようなものであった。

『いいよお金出るし、あんたらの事情も大体わかったし。……ハァ、またおかしなコトに巻き込まれんのかよ。』

『しょうがないよー、戦争起きたら飛行制限で冒険どころじゃなくなっちゃう。やるだけやって、ダメなら逃げよ。』

『カブさんほどほどに張り切っちゃうぞぅ。』

なんだかんだ、やる気になった2人は頼もしい。

『カシュアナ、だったか。ウチの船長とペットも乗り気になったらしいんでな。まぁ死なない程度に頑張らせてもらうぜ。』

カブウから少々抗議の声が上がるが、深く気にしても仕方が無い。

カシュアナの表情に、ほんの少し希望の色が差す。

『感謝するっ!無論、私も貴方達が無為に命を散らさぬよう全力を尽くさせてもらうから!』

ここでリップサービスでも『死ぬことの無いように』と言えないあたりが、ますますもって裏の人間らしくない。

ライコがカシュアナの礼を鼻で笑いつつ、安酒をボトルで流し込む。

その側には、ファイターの誰かのものと思しき裂かれた名札が転がっていた。

戦闘力は折り紙付きとはいえ、やはりあまり側には置きたくない男である。

『それで、どうするんですか?まさか、本拠地にカチコミとか?』

恐る恐る投げかけられたイオンの問いに、カシュアナは首を振った。

『ご安心を。標的は週に一度、必ずある美術館を観覧しに姿を見せます。最も手勢の少ないその時、不意打ちを仕掛けます。』

『はー、呑気なテロリストだなぁ。まぁ心の余裕ってのは、万人に必要な栄養素だけどよ。』

『ふんふんなるほど、次の美術館の日はいつなんですか?』

カシュアナが分厚い手帳をパラパラと捲る。

『えーーーーっと…あ、明日です。』

『『『『いや早いわ‼︎』』』』

『ご…ごめんやさい…』

既に時計の針は日を跨ぎそうな位置を示している。

慌ただしく明朝へ向けた準備が始まった。

 

 

 

 

『オイ、ライコ。ライコ…』

ジュラがヒソヒソと囁き声を発する。

『あんだよ、えーっとジュラ?だったか。』

もう名前を忘れられかけていることに若干ムッとしつつ、ジュラが会話を続ける。

『俺も耳いいから、ボリュームもっと抑えめでいいぜ。1つ確かめときたい。お前、何故すぐに縄を切らなかった?何を企んでやがった?』

『なんだ、んなことか。そりゃ入り組んだ下水道までテメェ等誘き出して、一人ずつ確実に仕留めるためだろ。』

一般常識に疑問を呈されたかのようなライコの態度に、一瞬納得しそうになるジュラであったが、ギリギリ踏みとどまって問いただすことができた。

『てめ、この悪党が。やっぱ信用できねー野郎だな!イオンとカブさんに手ぇ出すなよ!』

『利害が一致してんだ、今は何もしねぇよくだらねぇ。てかオレが悪党なのは当たり前だが、テメェんとこのイオンも相当だからな?縄にほぼ無臭の機械油染み込ませてやがった。お陰で一張羅がしっとりしてやがる。』

ライコが袖を摘んで不服そうな表情を浮かべる。

『ええ…何その嫌がらせ…』

『ちげぇよ、オレが逃げ出す素振り見せたら火ィ着ける気満々だったんだよ。精々気をつけるこったな、オレもこんな街だから外れた奴ァ見てきたが、テメェんとこのイオンがぶっちぎりだ。』

『………そうかい、わかってるよ。気ぃつけるさ。』

『ハン、どうだか。…そうそう、お近づきついでに一個教えといてやる。』

ライコがジュラに歩み寄り、さらにトーンを落とした声で囁いた。

『あのカシュアナって女は政府、それもかなり上の人間だ。洗ったつもりだろうが、服から上等な蘭と葉巻の臭いがしてやがる。改革がどうのとか抜かしてやがったが、依然この国で一番腐ってんのは政府(ソコ)だ。油断はしねぇことだな。』

珍しく真剣なライコの気迫に押され、静かに頷く。

ジュラもまた薄々と、カシュアナが公人ではないかと感じていた。

固い振る舞いに全体の幸福を見た言葉、何より毎日祖父の思いつきに神経をすり減らしている魔界の大臣達とよく似た雰囲気を纏っているのだ、それはもう憐れなほどに。

だが、カシュアナが何者であろうと、味方である限りは些事である。

他人の事情を詮索する無礼は、巨大な隠し事を持つジュラが一番良くわかっていた。

(まあ、我慢できなくなったら喋るだろ。てか、その前にボロ出しそうだなコイツ。)

ただ、あまりに隠し事が下手な彼女に余計な警戒を割く必要は無い、とも言えるが。

 

一方、5人がいそいそと準備を進めるその部屋の扉の前では、いい加減中に入りたいファイター達が、誰がノックをするかで延々と揉めていたのだった。




ライコとかいう驚異的に動かしやすいし喋らせやすい奴。
ありがとう。

登場人物

カシュアナ
1人テロリストを何とかするため飛び出してきた、真面目でどこか抜けてる人。
槍術と格闘が得意。

ネズミA
本名はテーヌイ・ヴィヌス。
能力は他者の影に侵入・潜伏すること。
本人曰く、影はジャストフィットする寝袋に入っているような心地らしい。

レディース・ファントム
自らを神と称し、頂点と信じてやまない男。
趣味は美術鑑賞で好物はスパイスを強めに効かせたタンドリーチキン。

ロリータ・ファントム
サルバタージョの創設者にして現ボス。
現大統領との話し合いの末、表と裏の二軸で国家の改革中。
スキップができない。

用語集

サルバタージョ
サイレンス共和国最大の犯罪組織。
現在は表からあぶれた者の受け皿となっている。
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